【朱雀】ある一日
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 21人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/15 06:05



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮朱雀合格者専用シナリオです】

 入学式が終わり、二年生、三年生のオリエンテーションも終わり、間もなく一年生達も最初の授業が始まる。
 新学期もようやく軌道に乗り始めてきたある日、二年生と三年生達はまた、こっそりとある場所に集められていた。
「まあ、別に隠れる必要は無いんだがな」
 そう言って朱雀寮講師 西浦 三郎は笑った。そして、寮生達を前に告げる。
「今回、集まって貰ったのは他でもない。毎年一年生が最初の授業を終えた頃、委員会勧誘会が行われる。覚えているだろう?」
 ああ、と寮生達は思い出した。
 例年、確かにこの時期、委員会の勧誘会があった。多少早かったり、遅かったりもあるが…。
「今年の委員会勧誘会は来月行われる。その時にどんなことをやるか、委員長を中心に決めてくれ。チラシの作成まで任せる。それを来月初めに貼りだして一年生達に加入を誘いかけるから」
「なるほど」
 前回の寮内見学や入寮式の時も軽い説明も行ったが本格的に委員会の説明をしたり、体験をしてもらう体験会がやはり勧誘には一番重要だろう。
 各委員会にとって一年生の加入は待ちに待っていたところでもある。
「ここは全力アピールで新委員をGETだね!」
「どんなことをしたらいいですかねえ〜? やっぱり本好きにアピールするような?」
「身体を鍛える楽しさを体験してもらうか? 組手のデモンストレーションが定番か…」
『ものを作る楽しさを感じて貰うのが一番でしょうか?』
「調理委員会がアピールするとなればやっぱり料理よね!」
「薬学に興味がありそうな方もいらっしゃいましたから、薬に実際に触れて貰うとか…でしょうか?」
 アイデアと話題は尽きない。
 こういう風にわいわいと楽しめるのは学生の特権でもある。
 だから講師はそれに口を出すことなく、壁に背を預けて様子を見守っていた。

 最初の実技実習は来月行われるという。
 座学などの合間、ポツンと開いた一時。
 一年生はふと、自らの学び舎を見る。
 ふと思う。
 寮内を歩いてみようか。
 前回の寮内見学の時は全員で歩いたので迷うことが無かった半面、自由に動くことはできなかった。
 おおよその施設は把握したし、立ち入り禁止か所以外は自由に出入りしていいことになっていた筈だ。
 本格的な実習や、噂に聞く委員会活動などが始まれば、こんなにぽっかりとした時間が開くことはまずあるまい。
 好奇心湧き上がる一年生の前に、朱雀寮は大きく、寮生達を待つかのように手を開いて広がっていた。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655


■リプレイ本文

●ある一日
 夏の暑さも少し緩んできて涼しい風の流れる9月のある一日。
「やれやれ。暇だな」
 雲母(ia6295)は空を見上げながら煙管の煙を一つ、大きく吹かした。
「私はさっさと授業に入ってほしいんだがな。…ぬるくて鈍る」
 本格的な授業は今月からと聞いて彼女は誰に言うともなくそんな思いを呟いた。
 何かが始まる前の不思議に穏やかな日々。
「暇だな、こうもだらけてるとぬるい」
 ふとそんなことを思ってしまう。授業が始まればそんなこともなくなるのだろうか…。
「ん?」
 ふと小走りを通り越して一直線に走って行く小さな影が見えた。
「あれは…譲治?」
 朱雀寮に入る前からの知り合いである平野 譲治(ia5226)だ。
 何やら両手いっぱいに荷物を抱えている。
「何をしているんだ?」
 暇で退屈でしょうがない自分と違って、何やら譲治は忙しそうである。
 そういえば…。雲母は思い出す。
『雲母は何の委員会に入るなりか?』
 何やら言っていたようでもあった。授業以外に何か活動することがあるとかないとか…。
「まあ退屈だからちょっと覗いてみるか?」
 そう言うと雲母は大きく伸びをして譲治が走って行った方に向かって、走らずゆっくり歩いて行ったのだった。

 ドン!
 廊下を歩いていると大荷物を抱えた少年とぶつかりそうになった。
「わっ!」
 慌てて避ける比良坂 魅緒(ib7222)に直撃は避けた相手がぺこりと頭を下げる。
「うわっ! ご、ごめんなのだ! 大丈夫なりか?」
「…ああ、気にしなくて大丈夫だ」
「良かったのだ。ではまだなのだ〜」
 彼はニッコリとした笑顔を残しまた走り去っていく。
「あれは、確か三年生…」
 思い起こすと今日は彼以外にも外や廊下でちょっと忙しく歩き回る影を何度か目撃した。
 数少ない知り合いである劫光(ia9510)も忙しいのか捕まらない。
「何やら上級生が騒がしいようだが…」
 もやっとした気分が胸に広がるが、魅緒はそれを見ないふりをする。
「まあ妾には関係ない。…がくしょくにでも行くとするか」
 振り返り、歩き出そうとした時
「わわっ!!」「なに!」
 ドン!
 今度は本当に誰かとぶつかった。お互いに尻餅をつく。
「あいたたた〜! ごめん。だいじょうぶやろか?」
「大丈夫だ。…すまないな」
 差し出された手を掴んで立ち上がると魅緒は相手の顔を見た。柔らかいしっぽと耳の獣人。確か同じ一年生だった筈。
「陽向、だったか?」
「そうや! 雅楽川 陽向(ib3352)。確か魅緒さんやったよね? よろしゅう、よろしゅう!!」
 握り締めた手をぶんぶんと振り回す陽向の、まるで木漏れ日のような笑顔にふと魅緒も笑みが零れる。
「何か急ぎの事でもあったのか? 何やら荷物もあるようだが…」
「そうやないんやけど…ちょっと…! そうや! 魅緒さん、甘いもんは好きやろか?」
「…まあ、食べないわけではないが…」
「なら、丁度良かった! うち、これから食堂の厨房借りてお菓子作りさせてもらうことになってるんや。暑い夏には水ようかん! 良かったら一緒に来て味見して〜な!」
「それは、まあかまわんが…」
「おおきに! それじゃあ、しゅっぱつしんこう! や…」
「こらまて! ひっぱるなああ〜」
 ずるずると引きずられていく魅緒とひっぱって行く陽向。
 それを少し離れた所から見ていたユイス(ib9655)は
「いい光景だなあ。思わずスケッチしたいくらいだ」
 笑いをこらえながら見ていた。
「水ようかんか、いいなあ。後で僕もお邪魔したらご相伴にあずかれるかな?」
 そんなことを思いながらユイスも思う。手の中にはさっき貸し出し手続きして貰った絵草子がある。
「でも、ホントに今日は先輩達が騒がしい…どうしたのかな」
 ふと、さっきの図書館を思い出した。
 本を借りようと近くのテーブルで作業をしていた俳沢折々(ia0401)は見れば雑巾を持って掃除の真っ最中であった。
『はいはい。本の貸し出しね。あ、でも今ちょっと手が汚れてるから〜。二年生ちゃん達〜。お願い〜〜』
『は〜い! 今アッピン(ib0840)先輩は外出中で、折々先輩は忙しいのでこちらで手続きします』
 そう言ってクラリッサ・ヴェルト(ib7001)が手続きをしてくれたのだ。
「さっそく読書ですか? 今日はいい天気ですから読書などには最高ですね」
 ニッコリとサラターシャ(ib0373)はそう言って笑う。
 その彼女もまた直ぐにお使いがあると出かけて行ってしまったし、他の先輩も忙しそうであったので直ぐに出てきてしまったが、本当に何かあるのだろうか?
「まあ、いいか。風の向くまま気の赴くまま…だね」
 肩を竦めてそう言ったユイスはスケッチブックと本を曲がらないように重ね持つと、涼しさを少しずつではあるが帯びてきた風の吹く方向に向かって、歩き出したのだった。

●図書委員会の計画、用具委員会の準備
 ユイスが本の貸し出し手続きを終えて図書室を出た頃。
「おや〜?」
 丁度、アッピンが出先から戻ってくるところであった。
「ただいま〜。一年生さんが本を借りに来たんですか〜?」
 本を開いて書き物をしていたクラリッサは委員長の帰還にペンを置いた。
「あ、お帰りなさい。委員長。ええ。本好きみたいだから図書委員会に入ってくれるといいですね。今年は何人増えるかなあ〜」
 期待と不安とドキドキが入り混じったような声の後輩にアッピンは去年を思い出して、くすりと小さく笑う。
「お帰り〜。ふう、こっちはこんなものかな。当日までこれでいいよね? そっちはどう?」
 雑巾を片づけ、手を拭きながら戻ってきた折々にクラリッサは目録を横に置き、用意しておいた道具を差し出す。
「大体できてきてます。今、サラさんが用具委員会に道具を借りに行っているので。花とかはさっき蒼詠(ia0827)くんが持ってきてくれました。後は調べものがもう少し…」
「おや〜! 花言葉を調べているんですね。ああ、栞に添えたら確かに素敵ですね〜っと、おや?」
 アッピンはクラリッサの本に挟んであった小さな栞に目を止める。秋の紫が鮮やかな栞に見覚えが、ある。
 その視線に気づいたのだろう。はい、とクラリッサは頷いた。
「去年一緒に作ったやつ。まだ使ってます。楽しかったからその気持ちを新しい一年生にも感じて貰えたらいいなあって…」
「ありがと」
 折々は小さく言うと後輩の顔を嬉しげに頼もしげに見つめる。
「じゃあ、図書委員会は栞作りと朗読会の二本立て、だね。今年は新一年生がどれだけ入ってくれるかも楽しみだけど、それと同じくらい、二年生がどんな風に勧誘してくれるかも楽しみ!」
 今回は企画や運営は二年生にほぼ任せると三年生達は最初から言っていた。
「寮長の許可も下りたので、近くの子供達にも招待を出す予定です〜。沢山の人に見て、楽しんでもらえたらいいですね〜」
「えっ! 本当ですか? なんか緊張するかも…」
「大丈夫。皆で楽しもう!」
 少し焦る二年生達であったが、後ろには頼もしい先輩達がいる。
 だから彼女達は安心して
「「はい!」」
 元気な声で答えたのだった。

「ありがとうございました。こんなに沢山用意して頂いて」
「んじゃ、青嵐(ia0508)! 俺はサラちゃんを図書室まで送ってくるから後は宜しく頼むぜぃ〜」
『いってらっしゃい。片づけの時間までには戻ってきて下さいね』
「りょ〜かい!」
 手を振った喪越(ia1670)の両手には紙袋やらがいっぱいかかっている。
「荷物を持って下さってありがとうございます」
 サラは恐縮したように頭を下げた。
「いいってことよ。で、この紙やらで図書委員会は何をするんだい?」
「栞つくりと朗読会です。音楽に合わせて絵本や話などを読んでみようかと…」
「へえ〜。音楽家か〜。いいねえ〜。俺も後で邪魔させて貰おうかな」
「ぜひ。私はハープなどを弾こうかと考えています」
「ますますいいねえ。いやはや、今日も今日とて平和だわなぁ〜」
 遠ざかる声を聞いてふう、と清心は息を吐き出す。
「喪越先輩、元気ですねえ〜。今日も朝からずっと用具倉庫整理していたのに…。あ、白雪先輩のブロマイド。こんなものまで作っちゃうんですね〜」
『彼ほどとまではいいませんが、もう少し積極的になることも必要ですよ』
 破気の少ない後輩を軽く諌めて青嵐は仕事を続ける。委員長の背中を追いかけるように副委員長となった清心も手伝いに入った。
「そういえば用具委員会は、委員会勧誘祭りの準備とかしなくていいんですか?」
『特に変わりませんよ。道具の手入れをするくらいですし』
 少し心配そうな後輩に青嵐はそう答えた。
『道具の中にはこまめに手入れしなければならないものもありますしね。術具の類の補修と陰干しをやっておきますよ。それに御覧なさい』
 青嵐が指差した先には丁寧に並べられた多くの術具がある。
 符、杖、人形、武器など…。
『こうして並べると、術具の発展の歴史を見るようでもありませんか?』
「なるほど」
 清心は素直に感心する。
「じゃあ用具委員会はそういう展示が主になるんでしょうか?」
『まあ、もう少し考えてはみますけれどね。ああ、その机は一年生の講義室の方に持って行っておいて下さい。それぞれに合う机と椅子。頼まれていたのです』
「解りました」
 なんだかんだ言っても素直な後輩の背中を見送って、青嵐はあることを思った。
『彼らももうすぐあれをみることになるのですかね…』
 ここ暫く『あそこ』に青嵐は通っていた。決して進んで行きたい場所では無いが何よりも勉強になるところであった。
 陰陽師として自身と向かい合う為には避けられない場所でもある。
『頑張って欲しいものですが、他人事のようには言っていられませんね。次の実習までに新しく見つけたあの道具の使い方と構造理論を調べておかないと。それから、勧誘会でどんなことをするか…』
 そう言うと青嵐は喪越にしかまだ見せていない箱を取り出して、そっと別の場所に避けたのだった。

●体育委員会の情熱、保健委員会の優しさ
 サラターシャを図書委員会に送った帰り道。
「お! やってるねえ〜」
 喪越は体育委員会の中庭にひょいと顔を覗かせた。
「あ、喪越〜! 丁度いいところに来たのだ〜!」
 ブンブンと譲治が手を回す。
「お! ジョージ。なんか用か?」
「ちょっと後で手伝って欲しいことがあるのだ。…こしょこしょ…」
「いいぜ。後で倉庫からいろいろ持って来てやろう!」
「ありがとなのだ!」
 耳打ちする様子を見ていた雲母がふっと肩を竦める。
「おい、人の前で内緒話か?」
「そう拗ねるなって。雲母の姉さんよ。これは後からのお楽しみってもんだぜ」
 からかう様に宥める喪越に雲母はふいと顔を逸らした。
「おーい。譲治。こっちは終わった〜。中庭使っていいぞ〜!」
 向こうから劫光が手招きする。それに大きく手を振って応えると
「りょうか〜い!! キララ! 手合せするなりよ!」
 譲治は雲母の手を引いた。
「まあいい。退屈だから暇つぶしだ。付き合ってやるよ」
 手を引かれるまま雲母は中庭の真ん中に向かった。何度か見たがここの中央は格闘術などを学ぶ闘場になっているようだ。
「今日は負けないのだ!」
 構えを取る譲治の前でくるくると煙管を回しながらくつくつと雲母は笑う。
「私に勝ったら、そーだな、いうこと聞いてやろう」
「んじゃ、禁煙なり! 約束なのだ!! 行くなりよ!!!」
「始め!!」
 副委員長が開始の合図をすると譲治はその小柄さを武器に一気に踏み込んで行く。
 だが刹那、先制した筈の譲治の動きが止まった。
 それは瞬きしていたら気付かないような一瞬のことであったが、格闘の場面において、それは十分な隙。
 逆に雲母が譲治の胸元に踏み込んで行く形となった。
「あわわっ!!」
 とっさに回避したものの不自然な体制で転がるように避けた譲治を追う様に、斬撃符の攻撃が迫ってくる。
「だああっ! おいら、術の用意はないなり! ズルいのだ〜〜!」
「ああ、そりゃ悪かったね。でも…問答無用!」
 譲治の後ろに回り込んだ雲母はかるくグーで頭を叩いた。
 ぽかっ!
「そこまで!!」
「なかなかやるな。体育委員会に入らないか?」
 劫光がぱちぱちぱちと手を叩きながら雲母に声をかけるが、彼女の返事は振り返った背中であった。
「うにゅ〜。次こそは負けないのだ〜」
 頬を膨らませる譲治の頭をぽんぽんと撫でて、雲母は歩き去って行く。
「な〜かなか、今年の一年生も面白いのが集まって来てるみたいだねえ〜」
 声をかけてきた喪越にそうだな。と劫光は笑ってその背中を見送ったのだった。

「では、これで保健委員会の会議を終わります。皆さん、準備を宜しくお願いします」
 保健委員長玉櫛・静音(ia0872)の言葉に
「はい!」「はい」「解りました」「…了解」
 保健委員達はそれぞれ返事をすると、自分の仕事に動き出した。
「紫乃さん。真名(ib1222)さんに少々頼まれているものがあるのですが、まだ薬草の名前を覚えきっていなくて…もしよければ教えて頂けませんか?」
 尾花朔(ib1268)にそう呼び止められた泉宮 紫乃(ia9951)は幸せそうに微笑むと
「はい。よろこんで…。委員長。薬草園の手入れもしてきますので、出てきていいでしょうか?」
「お願いします」
 二人で保健室を後にした。
「蒼詠…君。薬草園は…二人に任せて、こっちの香草、干すの…手伝って」
「は、はい!」
 会議が終わって後、少しぼんやりしていた蒼詠は瀬崎 静乃(ia4468)に声をかけられると慌てて作業を始める。
 その手は決して遅いわけでは無いのだが…
「? どうか、したの?」
 時折止まる。それを心配して静乃は声をかけたのだった。
「あ、いえ、今年の一年生は誰か保健委員会に興味を持って下さる方はいらっしゃるでしょうか…? それから保健委員会の企画はあれで、いいのでしょうか…」
「…皆が良いって言ったんだから…大丈夫。何か、心配?」
「心配と言うわけでは無いのですが委員長、静音先輩が…僕を立ててくれるので、その期待に添えているかな…と」
『では、何をしていきましょうか? 副委員長。何か意見はありますか?』
 さっきの会議を思い出したのだろうか俯く蒼詠に
『心配性なんだから蒼詠は!』
 側で作業を手伝っていた人妖翡翠が拗ねるように言うとそれに寄り添う様に
「そうですよ。もっと自信を持って下さい」
 柔らかい声が作業をする彼らの頭上から響いた。
「…静音」
「先輩!!」
「さっきの会議の時もちゃんと自分の意見を言えたでしょう? 大丈夫ですよ」
「うん、一緒に…がんばろう」
 先輩達の励ましに蒼詠ははい、と頷いた。
「先輩方。後は何をすればいいでしょうか?」
「香草茶と、香り袋作りですから、薬草の整理が終わったらその工程とかを纏めて書き出してみて下さい。それから体育委員会が怪我に効く薬草を用意しておいてほしいとのことでした」
「解りました!」
『え〜。…ちょっと飽きちゃったから外で遊んできま〜す』
「…見て。ネズミ車を改造してミニ水車。動力は人魂ネズミ。報酬は…向日葵の種…?」
『え〜! 何々面白そう?』
 保健室には今日も薬の匂いと優しい笑顔が広がっていた。

 そして薬草園。
「これは薄荷。まだ摘み時ですね。こっちはセンブリ。少し苦いですがお茶にすると胃に良いそうです。桔梗や竜胆は花が終わってから根を使うんですよ」
 紫乃は朔に一つ一つ、自分が覚えた薬草を教えていく。
「自分が理解していないと教えることはできませんから、復習と予習に付き合って頂けますか」
 そう言ってはいるが、朔と一緒にいられる事そのものが嬉しいと、顔に現れている。
 朔の方は図書室から借りてきた図鑑と併用して、間違えないように一つ一つ確認して覚えようとしていた。
「秋は木の実や根に薬効が高まる植物が多いそうです。春や夏は葉に力が詰まる。自然と言うのは素晴らしいですね」
 ふと、視線が合わさる。頬と胸が上気するのは恋人と意識してからだろうか?
「そ、それで朔さん。保健委員会の企画は確か薬草園で摘んだハーブでの薬草茶、でしたよね。だったら薄荷がいいと思います。今年は暑いので、ギリギリ、勧誘祭りまで間に合うと思いますよ」
 顔を他所向けた紫乃を愛しげに見つめて、朔は頷いた。
「そうですね。後は果物や野菜などを調理委員会に持ち込んで料理して貰うといいですね。時期に合いそうなものをリストアップして…?」
 ふと顔を上げる。鼻腔を微かに、本当に微かにかすめる優しい香り。
「?…ああ、そうですね。あとこれもお勧めです。勧誘祭りのときにはきっと満開ですよ」
 二人はその木を見上げ、寄り添い、幸せそうに見上げたのだった。

●調理委員会の幸せ。そして…
 学生食堂のテーブルは広くて話をするには良い。
 その一角で調理委員会の会議が行われていた。
「それでね」
 調理委員会委員長である真名は副委員長である彼方に提案をする。
「はじめはただ料理コンテストでいいかなって思ってたけどね? 折角だから誰でも参加できるお祭りにしたいのよ。だから料理のアイデアコンテストなんてどうかしら?
 今から予めアイデア募集しておいて、当日、私達と希望有志で作るとか。飛び込みありで」
「面白そうですね。何かお題を決めても面白そうですよね」
「お題って、いいわね。丁度来月ってハロウィンじゃない? せっかくだからハロウィンに因んだアイデア募集もいいんじゃない? アッピンがね。委員会勧誘祭りを地元の子供達に解放したらどうかって提案して、許可を貰ったらしいから子供たち向けのお菓子も作ってみましょうか」
 次々と出てくる提案は相談の中でだんだんに実現に向けて纏まってくる。
「…私ね、思うの。料理って人を幸せにしてくれるわ。入寮式の時に料理作ったりしたけど、この食堂はいつも皆の笑顔が集まる場所だから…」
 愛おしげに真名が見つめる先には
「ほお〜。ちゃんとようかんになるものなのだな」
「あんこから作るんや。水で伸ばして、寒天入れて固めるねん。だから意外と簡単でぎょーさんできるんや」
「確かに、…ちょっとこれは二人では食べきれんな」
 楽しそうに料理を作る陽向と魅緒がいる。周囲には数十個の水ようかん。
 最初は怖気ていた魅緒もだんだんに楽しげな笑顔を見せるようになってきた。
「だからね。そんな楽しさや幸せを皆に感じて欲しいなあって思うのよ」
 包み込むような真名の優しさに彼方は
「はい。僕も一生懸命お手伝いします!」
 心からの思いで頷いていた。
 そして…
「よ〜し! 寮内回って皆におすそわけしてこよ〜! …魅緒さん。一緒についてきてくれはる?」
「つきあってやらんでもない。ついでに何やら怪しげな事を企んでいる劫光達上級生のところを覗いてくるのもいいだろう」
「怪しげ? ああ、そう言えばなんかやっとったなあ〜。あれはなんやろか?」
「委員会っていうのよ。お楽しみに。あ、あと、はい。これあげるわ。中身ごと、ね」
 小首を傾げる後輩達に真名はバスケットを差し出すと、片目を閉じて見せたのだった。

 そして夜…。
「んと、こんなもんなりかね」
 仮眠室の傍らに置いてある雑談記録ノートに譲治は今日のことや準備を記録のように書き記した。
 皆で協力して作った祭りの横断幕。
 中庭でおにぎりやお茶を囲んで笑いあう一年生達。
 当たり前のありふれた一日だからこそ、それは輝くものであり、残しておく価値があるものだと彼は思った。
 外では劫光がかつての体育委員長と手合わせをしている。
 一年の時、仰いだ大きな背中。
 今の自分達はそれに近付けているだろうか。
「ん。楽しく頑張るのだ」
 ノートを閉じると彼は開け放した窓から外を見る。
 広がる空はもう夏とは違う秋の色をしていた。

 委員会勧誘祭りが終われば楽しいことだけの夏は終わり本格的な授業が始まる。
 賑やかな中にも次への予感を感じさせる、今日はそんな一日であった。