|
■オープニング本文 五行の都、結陣の一角に陰陽寮はある。 青竜、朱雀、玄武、白虎。 四つの寮はそれぞれがそれぞれの特色を持っている。 五行の基本方針に反しなければ基本的にその授業内容は各寮に任せられているのだ。 さて、ここはそのうちの一つ。朱雀寮の一年生講義室。 「つまり、陰陽師はアヤカシの根源と言われる瘴気を操り、再構築し使役する存在です。故にアヤカシに近い存在と忌避する者も決して少なくなく、また、力を追い求めるあまりアヤカシの側に堕ちたという陰陽師の話も聞かないではありません。 故に、陰陽寮に学ぶ皆さんには正しき精神と理念を持って術を学び、また使うことこそが求められるのです。特に朱雀寮では精神と理念を重視した授業を行っていきますのでそのつもりで」 新入生に対する初の講義で陰陽寮朱雀の寮長、各務 紫郎(iz0149)は昨年、一昨年の新入生に告げたのとほぼ同じことを、今年の新入生達にも告げた。 「陰陽の術を私利私欲の為に行使して、他人を苦しめるようならそれは人の形をしていてもアヤカシと変わりありません。力を求めるのは構いませんが、自分が何の為に学ぶか、何の為に力を欲するか。それを常に忘れないように」 朱雀寮の一年生は毎年問われる。 開拓者としてどんなに経験豊富な実力者であろうとも、逆に経験の無い者でもそれは同じだ。 「何の為に学ぶか‥‥、何の為に力を欲するか…」 自らの立ち位置を確認せよ。 それが朱雀寮生となった者に一番初めに課せられる課題であった。 さて、それから暫し、 「では、本日の授業はここまでとします」 寮長は話し終えると新入生達の方を見た。 「では、これから皆さんの学び舎である朱雀寮を知る為の見学授業を行います。朱里!」 講義室の外に向けてかけた声に応えるように、はーい! と元気よく飛び込んできたのは赤い髪の少女。 人間に見えるが仮にもここにいるのは全員が開拓者であり陰陽師。 その存在は人では無いと『解る』 『こんにちは! 朱雀寮の人妖朱里です。入寮式でちょっと会ったよね。覚えてる?』 新入生達はああ、と手を叩く。 『寮生みんなの直接の世話やお手伝いをしています。どうぞよろしくです! 解らない事があったら何でも聞いてね』 赤い髪と相まって明るい、太陽のような笑みを浮かべる人妖朱里は寮生達に笑顔のまま告げた。 『これから寮内を案内します。朱雀寮は結構広いし、施設もいっぱいあるんです。 ここは『講義室』、他にはこの間料理を作った『厨房』でしょ? 『研究室』に『中庭』中庭にもこの間言行ったね。‥‥『食堂』『購買部』『図書室』『保健室』『物置』まだまだあるから‥‥ちゃんと覚えないと迷子になるよ。しっかりついてきてね』 ざっと見ただけでも朱雀寮が広いのは解っている。 「あ〜! ホントに迷子になるかも」 『そうならない為の見学会なんだから大丈夫。一緒にがんばろう!』 そこまで朱里が告げた後、 パンパン! 寮長が手を叩いた。 「案内は朱里と上級生が行います。彼らの指示に従うように。そして、陰陽寮での生活における注意点をいくつか知らせますのでよく聞いて下さい」 寮長の顔を全員が見つめる。その視線に頷いて後彼は続けた。 「まず、見学会に限らない絶対の禁止事項。 案内されない場所には立ち入らないこと。特に上級生の研究室や資料室などは立ち入り禁止です。 これは研究用の危険な品物もあるからです。皆さん自身の為にも必ず守って下さい。 もう一つはみだりに寮内で術を使用しないこと。特に必要の無い時に術を使ったり、寮生同士のトラブルにおいて攻撃術を使い相手を傷つけるようなことをした場合は退寮もありえますので注意して下さい」 「はい」 寮生達は全員が頷く。 「それから先輩である寮生の指示には原則として従うこと。皆さんは陰陽寮においては最下級生です。年齢的に年下である者もいるかもしれませんが、三年、二年の指示があった時にはそれを守るように。 勿論、問題のある行動であった場合は別ですが、基本的にそんな寮生はいないと信じます。後日、委員会活動の説明などもしますがこれは縦割りで行いますので、ここでも基本的に上級生の指示に下級生は従って下さい。学び舎で学ぶことは術や学問だけではありません。人間関係もまた勉強の一つであると思って下さい」 「委員会活動ってなに?」 首をかしげた寮生もいるが、それには答えず寮長は話を切る。 寮長の言葉にも寮生である以上は、意見はできないし理由なしに逆らうべきではないだろう。 「では、今日の講義はここまで」 「では一年生の皆さん。準備ができ次第、中庭に集合〜。起立! 寮長に礼!」 朱里の合図に寮生達は立ち上がり、それぞれの思いでお辞儀をし退場していく寮長を見送ったのだった。 一年生達の出発に先立つこと暫し。 朱雀寮の二年生と三年生は二年担当教官 西浦三郎にある部屋に集められていた。 とはいえ、三郎は 「おい。三年生。今年は任せていいな?」 そう言うと部屋の隅の椅子に足を延ばして座ってしまった。 良く言えば任せる。悪く言えば投げた教官に肩を軽く竦めて頷いた三年生の代表は二年生達に声をかけた」 「あのね。これから一年生の歓迎会をするようにって」 「歓迎会? ですか? ああ、そう言えば昨年もありましたね。講堂で星を見せて頂きました」 思い出したように言う二年生に、そうだね。と三年生は頷いた。 「毎年新入生の緊張を解す為に先輩が見学会の後、いろいろ仕掛けるんだって。 私達の時は先輩が朋友とか使ってちょっとお化け屋敷みたいなのをやってくれたりね。 何かいいアイデアがあったら出して欲しいな」 「後、夕食会の準備だな。委員会の仕事もあるが、希望者は余裕があれば朱里と一緒に案内をしてやるもOK、だったよな?」 「そうなのだ! おいら去年案内したの覚えてるなりか?」 入寮式から丁度一月。 慣れない環境に緊張しているであろう後輩達と思いっきり遊べるチャンスかもしれない。 「そう言うわけだから、いろいろ考えてみようか。あと委員会勧誘の下準備なんかもしたりして…」 「抜け駆けは…なしで…」 「でも案内していると委員会の話はちょっとすることにはなると思うのだ。今年は誰がどこに入ってくれるなりかね〜」 楽しそうに意見を出し合う様子に二年、三年の垣根はない。 「凛、お前も混ざってきていいんだぞ」 『ありがとうございます。役目を頂けるなら、ぜひ』 寮生の活動に教師は基本口を出さない。 かつて、自分も体験した受ける喜びと、作るドキドキ。 それを楽しめる寮生達を少し羨ましそうに三郎は見つめていた。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 雲母(ia6295) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / 雅楽川 陽向(ib3352) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / ユイス(ib9655) |
■リプレイ本文 ●一年と二年と三年と 八月。 まだまだ暑さの厳しい夏の日差しの中。 「弁当持った。書くもんもった。呼子笛もった、おやつに飲みもんもあるな」 明るく元気な声が陰陽寮の中に響いている。 一つ一つの荷物を指さし確認し、彼女は大きく頷いた。 「よっしゃ、これで遭難しても大丈夫や! あ、集合場所に急がんと! えっと…あっち!」 白い尻尾を振りながら駆け抜けていくのは雅楽川 陽向(ib3352)。 寮内を真っ直ぐに駆け抜けて集合場所に向かう。 「今日は待ちに待った、寮の探検の日やな♪ 楽しみやで…っと」 「おーい! こっちだ。陽向!」 「やっほー!」 陽向は大きく手を振る羅刹 祐里(ib7964)の前まで走り込み、急ブレーキ。 乱れた息を直して笑いかける。 「あれ? お待たせしたやろか?」 少し心配げな陽向にいいえ、とユイス(ib9655)は首を横に振った。 「ううん。全員揃ったのはついさっきだし、まだ朱里さんも来てないから大丈夫だよ」 「よかった♪ 今日はたのしみやね。寮内探検♪ あ、それはスケッチブック? ユイスさんも絵を描くん?」 「まあね。ちょっと覚え書きに書いてみようかと。あれ? 君も?」 「自分の足で、地図製作や! いわゆるまっぴんぐ、ちゅうやつやね」 ワクワクした顔で文字通り尻尾を振って喜んでいる陽向と、一緒に笑うユイス。 彼らをまるで保護者の気分で見守る祐里はふと、周りを見回した。 今年の陰陽寮朱雀、開拓者からの合格者は5人と聞いている。 「あと二人は…と、いたいた。よっ! 今日も暑いな」 祐里は少し離れた所にいる二人の女性にそれぞれ近付き声をかけた。 「私は余り慣れ合うのは好きではないと言ったろう?」 比良坂 魅緒(ib7222)はある意味無遠慮な笑い声にため息をつくが、それほど嫌がっているわけではなさそうだ。 もう一人の雲母(ia6295)はと言えばかけられた声が聞こえているのか、いないのか。返事もせずに壁に背を預けて煙管で煙草をふかしている。 「なあ、雲母…」 そう祐里が何かを言いかけた時だ。 『は〜い。皆さん、揃ってるかなあ〜』 明るい声が後ろで弾けたのでとっさに全員が後ろを向いた。 『うん、うん揃ってるね。では、これから寮の案内を始めます。まずは今日、手伝ってくれる先輩をご紹介!』 見ればそこには案内役と聞いていた陰陽寮の人妖朱里と、先輩が一人二人、三人、いる。 二年生が一人と、三年生が二人。 「やっほ〜! おいらは平野 譲治(ia5226)。案内のお手伝いをするなりよ! よろしく! なのだ」 「うちは二年の芦屋 璃凛(ia0303)。宜しく」 「私は三年生。俳沢折々(ia0401)。というわけで。一年生の皆さん。はい。これどうぞ」 そういうと折々は何かを一年生達に一枚一枚手渡して行く。 「紙? 『宝の地図』何か…枠が書いてありますね。それから陰陽寮の見取り図も…」 「図書館…研究室? 場所の名前も書いてあるみたい」 マジマジと見つめるユイスや陽向にそう、と折々は頷く。 「関所巡りって知ってるかな? いろんな場所を巡ってハンコを集めていく旅なんだけどね、今回はそれをちょっと捻ってみました。その枠の場所に行くとそこにいる先輩が一つ一つメッセージを入れて行きます。一単語ずつ入って段々、言葉が現れてきます。そしてその言葉が指し示す辿り着いた場所がゴール。お宝と朱里ちゃんが待っています」 「朱里…って、あ〜! いねええ〜〜!! いつの間に」 気が付けば朱里は姿を消していた。残っていた三人がニッコリと笑う。 寮生達の企画を聞いて 『おっけーです。今回は皆さんにお任せして、私はお手伝いをしっています』 と任せてくれたのだ。 「と、言うわけで案内は私達が担当。行こうか。お目当ての場所がある子もいるかもしれないけど、ついでだから目ぼしい場所は全部回って行こうね〜」 そう言うと先を立って歩く折々。 「行くなりよ〜」 手招きする譲治。璃凛は寮生達を守るように後ろについている。 「あ、待てよ! 雲母!!」 躊躇わず譲治の後について行ってしまった雲母に祐里は手を伸ばすが一歩、まだ届かなかった。 「どうしたの?」 「なんでもない」 何かを想う様にギュッと手を握り締めると、彼は先を行く仲間と先輩達の後を追いかけて行ったのだった。 ●みんなの居場所 歩きはじめてまもなく。折々は皆にこう聞いた。 「どこか、皆の行きたい場所あるかな? 一応行く場所は決まっているけど希望があればそこに先に行くよ〜」 その問いに 「図書室!」「保健室かな」「研究室と図書室」「…研究室か」「講義室と研究室と中庭」 一年生達はそれぞれに希望の場所を口にしていた。 「んじゃ、図書室から保健室。中庭に講義室、研究室と言うコースにするなりね」 「途中に用具倉庫と仮眠室。台所と食堂は前にも行ったから最後で良いね。丁度良いし」 「? 丁度いい?」 「いやいや、なんでもない。なんでもない。こちらの話」 首を傾げた陽向に璃凛は慌てて手を横に振る。 「皆々っ! 準備はいいなりかっ!? それじゃあ、しゅっぱ〜つ!」 こうして元気に歩き出す譲治を先頭に朱雀寮内の見学会は始まる。 まず始めにやって来たのは図書室であった。迷わないように大きな矢印と道しるべが貼ってあった。 「ここが図書室なり。おいらは良く怒られちゃうなりが、「図書館」では静かにっ!なりよ」 そう言われて静かに扉を開けると 「は〜い。いらっしゃい。図書室&図書委員会によーこそ♪」 明るくアッピン(ib0840)が出迎えてくれた。 「アッピンちゃんは、図書委員会の委員長だよ」 「ん〜♪ この季節がきましたね〜。新入生の皆さんには楽しみながら朱雀寮になれて欲しいですね〜」 歌う様に言うとアッピンは 「クラリッサちゃん、サラターシャ(ib0373)ちゃん。ちょっと来て下さ〜い」 図書室内で本を読んだり作業をしていた寮生達を手招きした。 「は〜い! 改めてクラリッサ・ヴェルト(ib7001)。よろしくね」 「お待たせしました。図書委員会副委員長を務めますサラターシャです」 「図書室は見ての通り、本を読んだり勉強したりするところです。委員会活動については後で話があると思いますから詳しい説明はその時に。今は図書室の仕事をする寮生の集まり、と覚えておいて下さい〜。では、後は二年生にお任せしましょ〜」 そう言うと後ろに下がったアッピンに変わって二年生が前に出る。 「陰陽寮には多くの蔵書があります。 どなたでも閲覧できる書物から、特別な許可が必要な禁書まで。 もちろん信頼度の高い書物を取り揃えていますが、中には不確定な書物もあるかもしれません。 学年を重ねる中で書物から学ぶだけでなく、より発展させる事でいつか皆さんの書物もこの中に並ぶかもしれませんね」 「本は丁寧に扱ってね。あと、借りたい本があれば図書委員に言って手続きを取ること」 「はい! せんぱい!!」 陽向が真っ直ぐに手を上げて前に進み出た。 「なんでしょう?」 「読みたい本があるんやけど、教えて貰えるやろか? 「どんな本?」 「技法について、知りたいんやけど、陰陽術を作ってきた先人ちゅう人たちの思い、どっかで探せんかなって。それと…あと、朱雀寮内の詳しい見取り図も探したい…」 「ああ、それならこっちにあると思いますよ。どうぞ。皆さんも好きな本を探してみて下さいね」 サラターシャが一年生達を案内する。 「あ、それじゃあその間に宝の地図貸して。ここのキーワードを書いておくから」 そうして、さらさらさら、とクラリッサは全員のカードに同じ言葉を記したのだった。 『喜びが』 「上級生も妙な事を…。これが術の役に立つとも思えぬが…。いや、これも修行…なのか?」 受け取ったカードを見ながら魅緒がそんなことを口にした。 「でも、このクッキー美味いで。本の形でおもろいし」 図書館で貰ったクッキーを齧りながら陽向は答える。 「まあ、全部揃ったらなんかあるっていうんだからとりあえずやってみりゃいいさ。で、次は先輩。どこなんだ?」 顔を上げた祐里に譲治は、ん、と振り返り 「次は保健室なりよ。もう着くのだ。「保健室」薬草の香りが心地よいなりよっ! 静音! 蒼詠(ia0827)! みんな〜。いるなりか〜」 目の前の扉をそっと開けた。 板の間の広がる部屋では二人の三年生達が作業をしており、一年生達の到着を見ると作業の手を止めてこちらを見た。 「ようこそ、保健室へ。保健委員長の玉櫛・静音(ia0872)と言います。一年の皆さん、よろしくお願い致します」 正座して丁寧にされた挨拶に寮生達は慌ててお辞儀を返した。 丸茣蓙に座ると尾花朔(ib1268)が薄薄荷茶と飴玉を出してくれる。 「まあ、少し休憩なさって下さい」 「すまねえな」 促されて口にした薄荷茶は良く冷えていて、飴玉はすっきりとしていて、風通しの良い部屋と相まって暑い中歩いていた疲れが取れていくようだった。 「こういう場所は、似た匂いになるんだよな…」 どことなく懐かしげな口調で部屋を見回す祐里に小さく微笑んで静音は周囲の薬棚などを指し示す。 「保健室は名前の通り、傷をおったり気分が優れない時に使って貰う場所になります。 各種薬草等も取り揃えておりますから、必要なら気楽に利用して下さいね。無論許可をとってからになりますが…」 そして薬棚からいくつかの薬草を取り出して見せる。 「これはスベリヒユ。あちらこちらに自生していますが傷口を良く洗い、傷口に塗布します。生薬が一番良いですが乾燥させて粉末にしたものも同様の効果が期待できます。ヨモギ、オトギリソウなどは有名ですね。カタクリ、ツワブキ、ガマなど、後で薬草園にいろいろありますから見てみるとよいでしょう」 「なんだか怪我に効く薬草が多いな…」 小さな祐里の呟きを耳にしたのだろう。小さく肩を竦めた静音はため息交じりに言う。 「ここは、陰陽寮というイメージの割には傷の治療で使う事が多いんですよね…。でも術ばかりに頼っていては身体の持つ力は弱まってしまうでしょう」 傷は治癒符で直せる。しかし、それでも治療の知識は必要なのだと彼女は付け足したのだった。 「薬草園では二年生の副委員長が待っていますのでそちらに言って下さい。では、ここのキーワードをさらさら、っと。それからクッキーはおまけです。どうぞ」 キレイにラッピングされて差し出されたユウガオの花のクッキーと一緒に記された言葉は『火と』 であった。 広がった薬草園にはたくさんの植物が植えられている。 桃やビワなどの果実の木、紫陽花の花、雑草に見えるスギナなどさえ薬草であるという。 「まあ、植物の全てはなんらかの薬効か毒を持っていると言われていますが、必要なものを必要に応じて育てるには草むしりや手入れが欠かせず、気を遣います」 薬草園の手入れを朋友の人妖、翡翠と一緒にしていた保健委員会副委員長は汗を手で拭きながら、そう告げた。 「もう終わりに近いですが、食べますか?」 差し出された桃は大きく、甘く一年生達の心と体を潤したのだった。 『水の側』 記された言葉のように。 朱雀寮には木が多く植えられていて木陰が多い。 「昼寝にはいい感じだなあ〜」 ユイスは嬉しそうに言いながらスケッチをする。 だが、その視線の先にあるのは昼寝とは縁遠いもの。 「えいっ!」「えやああっ!」「たあっ!!」 中庭のほど近くで劫光(ia9510)と璃凛が軽い組手をしている。 「ここが、中庭だよ。詳しくは別の機会にするけど体育委員会が使っているばしょだよ。あ、委員長」 「体育委員長の劫光だ。入寮おめでとな。まあ堅苦しい事は言わない、思う様にやるのが良いと思うぞ」 体育委員の訓練場、中庭で案内役と一年生達を見つけ挨拶した劫光は 「璃凛、ちょっと付き合え!」 と何やら思案顔だった璃凛を引っ張り出すと組手に誘ったのだ。 「ヤアアッ!」 互いの攻撃がぶつかり合う直前に止まると拍手が上がる。 「と、まあこんな風に体育委員は身体作りの一貫としてランニング、それにアヤカシがいるなら退治にって活動してる、普段は雑用も多いがな」 そう言うと璃凛の背をポンと押した。 「ま、がんばれ! 行くぞ。双樹」 『はい。では、皆さんまた〜。あ、中庭のキーワードはこれです。『笑顔と』』 人妖を伴って歩き去る劫光。皆のカードにキーワードを記して後を追う人妖。 「なんだ! 私の事はスルーか?」 頬を膨らませた様子の魅緒の横で 「…先輩」 璃凛は小さく呟いた。 今回の見学会。彼女は自分から案内役へ立候補した。 『あのさ、朱里一緒に案内しても良いかな、気になる子が居るし』 体育委員会に誘ってみたくて、話がしたくて。 でも、いざとなるとなかなか話を切りだすことができずにいたのだった。 ぐるぐるとまわる思い。劣等感にも似た悩みをどうやら、劫光は感じていたらしい。 (「そんなに他人とばかり比べるな。お前はお前だ。この一年間を思い出せ」) 組手の途中で劫光が告げた言葉を胸の中で強く握りしめると 「ねえ、ユイス。朱雀寮に入ってみてどう?」 勇気を出してユイスにそう声をかけたのだった。 ●朱雀寮の心意気 「よお! アミーゴ! 用具委員会へ、ヨーコソー!!!」 用具倉庫に入った彼らを出迎えたのは謎のポーズを決める謎の男性であった。 『何をしてるんです。一年生を脅かさないで下さい!』 それにハリセンでツッコミを入れる銀の髪の青年(?)がいる。 「なんの真似だ?」 睨む様な雲母の声は、男性ではなく、ツッコんだ人形の方へ。 いや、正確にはその背後に投げつけられた。 『バレてしまいましたか?』 やがて物陰から答えるような小さな笑みと共に、本物の青年が現れた。 『改めまして。用具委員会へようこそ。彼は三年喪越(ia1670)。後ろにいるのは二年の清心。そして私が用具委員長を務める青嵐(ia0508)です。どうぞよろしく。ああ、ちなみに人形繰りは一寸した気晴らしです』 楽しげにそう笑うと、委員長そっくりに作られた等身大人形を横に片づけて青嵐は用具倉庫の説明をしてくれた。 朱雀寮の倉庫には珍しい術道具なども多く用意されているようだ。 『陰陽寮でいろいろな術道具を作ったりすることもあります。スキルばかりに頼ることが技ではありません、道具や知恵などを駆使することも大事ですよ』 寮生達のカードに『の隣』と記した彼は、見学会が終わると委員達と共に術道具の点検と研究を手早く終えた。 そして 『さあさあ、時間がありませんよ』 体育委員会と共に食堂で暗幕を広げると、ある準備を始めたのだった。 用具倉庫は委員達が管理しているので基本立ち入り禁止。 一年生用研究室は講義室の延長のような広い部屋で、室内で術を駆使してもいい部屋であるという。 「普段はあまり使用することがありませんが。一年生の授業は実習などが多いんですよ」 研究室と、講義室の案内をしてくれた泉宮 紫乃(ia9951)はそう教えてくれた。 「暑かったでしょう?」 と差し出してくれた冷えた麦茶が心地よい。 「こんなものですみません。皆さんはどんな飲み物が好きですか?」 「それより聞きたいことがあるのだが、良いか?」 「はい。私に応えられることでしたら…」 雲母の専門的な質問にもたじろぐことなくしっかりと答えている。 「確かに〜。研究室なんてほとんど使わなかったなりからね〜。あったことも忘れそうなのだ」 譲治の言葉に苦笑のような笑みを浮かべ、紫乃は一年生達を見る。 「でも、一年生が立ち入り禁止の所は、上級生になるにつけて解禁される場所も多いですから、まずは良く使う場所と、危険な場所から覚えると良いですよ。慣れてくると自然に覚えられますから、大丈夫ですよ。では、キーワードを書きますからカードを貸して下さいね。え〜っと『寮生の』…? どうしました?」 「ホントに大丈夫やろか〜」 ふと、紫乃は筆を止めた。 見れば心配そうな、泣き出しそうな声が聞こえる。手書きの地図を何度も書き直しながら頭を押さえる陽向がそこにいた。 「なんだか皆と一緒のうちはええけど、一人になったら遭難しそうや」 泣き出しそうな陽向を 「大丈夫です。心配しないで」 紫乃はそっと抱きよせた。 「先輩…」 「解らなかったら、誰にでも聞けばいいんですよ。ここには敵なんていません。誰でも必ず教えてくれるし助けてくれます」 「おおきに!」 「いいえ。どういたしまして!」 「先輩。うちらの陰陽術は夢を与えてあげれるねん。それは確信しとるで。…せやけど入学式で言うてくれたんや、「かぞく」やって。うち忘れとらんもん。だから、うち、がんばるんや!」 「ええ。いつでも私達は皆さんの味方ですよ。一緒に頑張りましょう」 優しい紫乃の笑顔と言葉。 「うん!」 陽向は嬉しそうに大きく飛び跳ねたのだった。 それからも一年達はいろいろな場所を見て回った。 そして 「ここは仮眠室兼自習室だよ! 通学が基本の陰陽寮だけど、遅くなるときはここで寝ていいことになってるから」 「仮眠室はふかふかで暖かいなりよっ♪」 案内役達が指し示した場所で、一年生達はそれぞれに目を見開いた。 風通しが良く、気持ちがいい。その上にどこまでも広い部屋であったのだ。 脇に寄せられた間仕切りと山のような布団。 「うわっ! ホントに気持ちよさそうやね〜」 「疲れている時にはたまらんな。こりゃ」 なんとなく心が浮き立つ場所を見回す一年生達に 『はじめまして』 背後から、静かな声がかかった。 「? からくりか」 とっさに反応した雲母にはい、と頷いて彼女は自分の名前が『凛』であると名乗った。 「彼女は二年生担当教官、西浦三郎先生のからくり。と、言っても陰陽寮の仲間のようなものだから仲良くしてね」 『どうぞよろしくお願いします』 表情があまり見えないのはからくり全般の特徴であるが、それでも目の前の凛にはしっかりとした意思が感じられる。と寮生達は思った。 揺らぎの無い確かな目を、彼女はしていたのだ。 「それじゃあ、貴女も僕達の先輩ですね。どうぞ宜しく。後で、絵を描いていいですか?」 『はい。その前に皆様のカードにキーワードを書く様にと申し付かっておりますのでお貸し頂けますか?』 ユイスの言葉に頷くと凛は一年生達のカードに『集まる』。 そう書いたのだった。 ●空の花、地上の星 さて、一通り寮内を回ったところで寮生達は最初に渡された『宝の地図』を見た。 陰陽寮内の簡単な地図とマスが書かれたこの地図。 『喜びと』『火と』『水の側。』『笑顔が』『の隣。』『寮生の』『集まる』 今まで集めてきたキーワードを全て集めると一つの言葉ができる、と最初に折々が言った。 「ん〜、こんなところでしょうか?」 『寮生の笑顔と喜びが集まる〇〇の隣。火と水の側。』 最後の一か所がまだ埋まっていないがここまで来ると文章の流れは見える。 「台所、だろう?」 前置きなく言った雲母の言葉に寮生達は顔を見合わせた。 「ここの連中の思考パターンを読めばだいたい解る。『の隣』の前に来るのは多分、『食堂』。最後は皆で集まって宴会というやつだ」 「なるほど〜! 考えてみれば調理委員会だけ行ってないわ。そうやろか? 先輩?」 案内役たちは答えない。だがニヤニヤと楽しそうな顔はほぼ肯定しているようなものだ。 「さて、その辺は自分で確かめて」 「よっしゃー。みんな、行こう行こう!」 「あっ! 食堂そっちじゃないよ!!」 「台所か…………行こう」 走って行く日向に後を追うユイスや魅緒。そして先輩達。 彼らを我関せずという風情で見て、のんびり歩いて行く雲母に 「雲母!」 とうとう意を決したように祐里は声をかけた。 「雲母、一度だけしか、言わないけどよ。馴れあわんで良いから少しは関わってくれないか」 足を止めた雲母は口から煙管の煙を吐き出すとフッと小さく笑う。 「刺激がなければ興味も起きないのよ」 「えっ?」 「私は、言ったろう? 最低限の付き合い、深入りはしないとな」 それだけ言うと彼女はスタスタと歩き去ってしまった。 「おい! ちょっと待てよ。雲母!!」 呼び止めても足を止めようともしない。祐里は悔しげに頭をかきむしった。 「ったく、お節介だよな。ただ、上に立つ者なら…、勝手な思い込みは良くねぇかまぁ、どうにかなるだろう」 そして、彼も走り去る。 その背を後から小さな影が一つ、追いかけて行った。 「あ! やっぱりいた!!」 台所を覗き込んだ一年生達に竃と水桶の側に立つ朱里が 『は〜い! お疲れ様。無事クリアだね』 明るく笑って見せた。 その横では真名(ib1222)が大きな西瓜を抱えて微笑んでいる。 「寮内見学お疲れ様。厨房にようこそ。ここがゴールよ。そして調理委員会のホームでもあるの。学生食堂のお手伝いをしたり、新作メニューを並べたり、ね。清潔に気をつけて、道具を大事にしてくれるなら自由に使ってくれていいわよ」 厨房は寮生の健康の要であると言う真名の言葉に寮生達はそれぞれが、それぞれの思いで頷いた。 「何を作っておるのだ? 妙に気になる香りが漂っておるな…特に空腹というわけでもないのだが…ん?」 鼻を微かに動かしていた魅緒の言葉が止まる。 それと同時に皆が気付いた。 良い匂いがそこかしこに漂っているのに料理は、ない? 「くすっ」 楽しそうに真名は笑うとパンパンと手を叩いた。 「さあ、後は本当に本当のゴール。食堂へ。皆が待っているわ。彼方!」 「はい! さあ、どうぞ」 厨房から食堂へ続くドアを彼方が開けると、そこは暗幕が貼り巡らされて真っ暗だった。 「な、なんでしょう?」 驚く一年生達の前にふわりと、小さな光が廻った。 「ホタル?」 「いや…夜光虫だ」 寮生達が気付くころにはたくさんの夜光虫たちが暗い夜空の中、美しく舞っていた。 「うわ〜。綺麗やねえ〜」 思わずため息をつきたくなるほど幻想的な光の舞は、時に花を、時に星を形作って行く。 「かんげい、やて!」「すざくへようこそ。文字まで浮かんでいるな。なるほど夜光虫でこんなことを…」 一年生達には見惚れている者も多いようだ 「文字や顔まで形作るには少し光が足りませんでしたね」 「でも単純明快っ! んと、しんぷるいずべすと、なのだっ!」 小さく苦笑する二年と三年。 でも、幻想的で優しい光のマスゲームは、暖かで優しい光で皆を微笑ませていく。 「では、そろそろ…」 いよいよクライマックス。 最後に集まった光が一際大きな鳥を象った時、場から拍手が上がった。 それは、朱雀。寮を象徴する明けの鳥だと誰もが解ったからだ。 沢山の拍手に包まれて、光の演出を担当した寮生達は静かに頭を下げたのだった。 やがて、暗幕が開けられ、会場内を照らすランタンや蝋燭に光が灯った。 明るくなった会場には先輩達の笑顔と、花と、そしてたくさんの祝いの料理が並んでいる。 「今日は、みんなお疲れ様。今日は寮内見学会だけど、一年生の歓迎会も兼ねているんだ。楽しんでもらえたかな?」 調理委員会や朱里、凛が皆に飲み物を配ると、折々が前に進み出た。 深呼吸を一つして皆の前で、彼女は高く杯を掲げる。 「これから一年間、同じ寮で過ごしていく仲間はみんな、家族みたいなもの。皆で一年間、思いっきり楽しんで行こう! じゃあ、乾杯!!」 「乾杯!!!」 朱雀寮で二回目の乾杯もまた、最初に負けない明るさと輝きで場に咲き開いて広がっていくのだった。 「は〜い! 今回は夏を吹き飛ばす元気料理よ! スタンプラリーで甘いものを食べたろうから酸っぱいものと辛いもので攻めてみたの!」 「ピリ辛チキンに辛み肉味噌の冷やしうどん、茄子とピーマンの辛み炒めに激辛麻婆豆腐、ピリ辛たれの豚肉しゃぶしゃぶなど。どれも味は保証つきです。さっぱりしたものが良い方は手毬寿司や素麺のごま油おかか添え、夏野菜のマリネ。苦みがいいゴーヤの梅揉みなどもどうぞ」 「薬膳を使った料理もあります。冷えたものや刺激の強い者ばかりでは胃に良くありませんので冬瓜のスープで身体を暖めるのもいいと思いますよ」 「あれ? 朔先輩って調理委員会でしたっけ?」 「いいえ。でも、こういう時には止まらなくなってしまって…」 「調理委員会に手伝いに行ってもいいですか? と気もそぞろなんですから…」 「すみません。静音委員長」 「でも、このスープはとても美味しいですよ」 「う〜ん、全部食べたいなあ。少しずつ味見とか…ダメ?」 「いいですよ。でも、折々さんがもってきて下さったスイカも冷えていますから、ほどほどにして下さいね」 「飲み物も美味しいね。好みに合わせてくれたの?」 「ええ、紫乃さんが効いて下さいましたからね」 「そんな所まで気を使ってくれてるんだ。あ、璃凛先輩。今日はお世話になりました」 「ユイス。今日はどうだった?」 「とても興味深いと思います。いい絵もたくさん描けました。ほら」 「わあ〜。いい絵ですね。人も特徴がちゃんと特徴が捉えられています」 「それは良かった。…上級生になったら、何だか焦って居るんだ。先輩らしく無くて、ごめん」 『璃凛さんは、ユイスさんが気になる存在なんですって』 「朱里ったら、違うってば…。ユイスの目指すモノを聞いて。うち、目指したい事をしたいだけなのに迷っちゃって。そう、ただみんなの足引っ張りたくないのに…でも、ま、委員長にも言われたし、気持ちは切り替えなきゃいけないって解ってる。…だからお互いに頑張ろう!」 「はい。改めて宜しく」 「こちらこそ」 「しっかし、陰陽寮は広いんやなあ〜。一生懸命まっぴんぐしたのに迷ってしまいそうや。ユイスさんの絵がキレイで羨ましい」 「おや、こことここは方角が違いますよ」 「え、ホント! おおきに!!」 「劫光! 劫光! どこに行った!? むぅ…妾を一人にしおって、あいつはいつもそうだ、無責任な」 「劫光さんなら、三郎先輩が花火を上げるから手伝いに行くと言っていましたよ。良ければ…こちらの料理など如何ですか? 鳥胸肉の梅肉ソースです」 「そ、そうか? くれると言うのなら貰おう」 「どうです?」 「うむ、なかなかの美味だな。柔らかい肉がつるんと喉を通る。いくらでも食べられそうだ」 「ありがとうございます」 「試験の時に、会ったのは蒼詠だったんだよな」 「そうですね。合格おめでとうございます」 「今度、薬草についていろいろ教えてくれねえか? 我(おれ)は、一年の支えになろうと考えているのさ、昔取った杵柄でよ。手当とかの後方支援をしていたからな」 「そういうことなら喜んで」 「お! よろしく頼む! あ、朱里。足りない学費はいつ払えばいんだ」 『あ、それは次の授業の時に貰うから』 上級生下級生入り乱れての無礼講だ。 やがて、 「窓の外を見ろ、と三郎先輩からのお言葉ですよ〜」 すっかり暗くなった窓の外 ドーン!!! ドンドーン!! 虹色の花が咲いた。 「うわ〜、キレイな花火〜」 「退屈なら花火でも用意して上げて下さい、って頼んでおいたんですよ〜」 大輪の花がいくつも、連続して上がり、朱雀寮の空を彩る。 「随分頑張ってくれたみたいですねえ」 「あ、しだれ柳」 それに多くの寮生が見入る中。 「譲治」 「ん? なんなり?」 突きだされた煙管に火をつけながら、譲治は雲母に小首を傾げた。 二人で、少し離れた所から宴を見ていたのだ。 「何を話してた?」 「ん〜、何にも話してないなりよ」 守護の無い会話であるが、互いに意味は通じる。 雲母が背を向けた後、声をかけてきた祐里に譲治が話しかけていたことを言っているのだろう。 「ただ、雲母のことは心配いらないなりっていっただけなのだ」 「そうか…」 彼女はそれ以上を口にせず、暗闇に煙の輪を描く。 「私は慣れ合うつもりは無いからな。ふ、何の為に学んで、何の為に力を欲するか、か。愚問だな、今更私に問い直すほどでもないだろう」 「そうなりね。でも、ううん。…だからきっと大丈夫なのだ」 そして譲治は空を見上げる。 夜空に開く光の花。 「キレイなりね」 「ああ」 二人は仲間達と同じ空、同じ花を見つめていた。 宴は夜遅くまで続き、一年生達は仮眠室の世話になるのが通例であり、今年も例にもれずそうなった。 そして夜が明ければ本格的な朱雀寮での一日が、一年が始まることになる。 そう。 花よりも星よりも輝く、陰陽寮の日々が…。 |