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■オープニング本文 「兄を助けて下さい!」 飛び込んできた銀の髪の少年は叫ぶようにそう言った。 「兄? 一体どうしたんだ? 順を追って説明してくれ」 ギルドの係員の言葉に少年は冬蓮と名乗って乱れた息を整えながら答える。 「僕の、兄が…盗みの疑いをかけられて、捕えられてしまったんです。辺境伯様に…」 「えっ? 辺境伯が?」 驚く係員に頷いて少年は説明する。 「僕は、今、天儀からジルベリアの劇場に服飾修行に来ています。兄、秋成は天儀で開拓者をしているのですが…、先日久しぶりに兄が様子を見にやってきたのですが…兄と僕が話をしていたら、見回りに来た騎士様が兄の持っていた剣を見て、青ざめて…何が何だかわからないうちに兄は捕えられてしまったんです」 「容疑は?」 「兄の持っていた剣が盗難品の可能性があるって…。確かに兄はサムライで、珍しいジルベリア風の大剣を武器に使っています。でも、盗難品の筈はないのに…。あれは父さん、いえ、父の形見。父が兄に残したものに間違いはありません! でも、そう言ったら…辺境伯様の代理だと言う従卒の方が…」 『盗難品であった方が、まだ罪は少ないかもしれないぞ…』 「まるで氷のような、冷たい視線で僕を見て…。お願いです! 兄の無実を証明して下さい!」 聞けば現在辺境伯は定期報告の為、ジェレゾに行っていて留守。 不在の間、甥のオーシニィが預かっていると言う。 冬蓮少年は従卒と言ったが、近いうちに正式に騎士の叙勲を受けるらしく、今は事実上彼が辺境伯の副官を務めている。 どうやらこの逮捕劇を取り仕切ったのはそのオーシニィであるようだ。 南部辺境春花劇場は、現在夏公演の真っ最中。 天儀風のイメージの舞台は大人気だが、その衣装作成に大きく関わったというあの少年冬蓮はごく普通のデザイナー見習いである筈。 「いや、何かあの少年にはあるようだという話があったな。確か辺境伯の甥かもしれない…と」 いろいろな事件や舞台の準備が重なって、深く調べられないままであったが、そんな話が確かにあった。父の形見ということは、まさか、あの兄弟は… 「とにかく、盗みの疑いと言うのは穏やかじゃあない。しかも容疑をかけられた兄、というのはギルドに登録された開拓者だ。辺境伯は夏公演の千秋楽前には戻ってくると言う事らしいがそれまでになんとか調べてやってはくれないか?」 今回は力技では事態は解決できない。 秋成を捕えているのは南部辺境伯の名代。いわば公的な存在だ。 何か明確な理由があって、秋成を捕えているに違いない。 そこから彼の無実を証明する為にはどうしたらいいのか…。 依頼を差し出した係員の言葉に開拓者達は顔を見合わせたのだった。 「だから、ジルベリアになんか関わり合いたくは無かったのに」 牢屋の中で秋成はため息をつく。 弟の様子を見に来ただけなのに、どうしてこんなことになったのだろうか。 「お前にはジルベリアの剣盗難の容疑がかけられている。またジルベリア貴族失踪に関わる重要参考人でもある」 自分を捕えた青年はそう言っていた。 「俺の…不安が当たっているとしたら…あいつを守る為に下手な事を口にするわけにはいかないな。…父さん、母さん」 『秋成こいつはお前の弟だ。何があっても守ってやるんだぞ』 『冬蓮を、お願いね』 やがて彼は目を閉じた。約束を守る為に今の彼にできるただ一つの事。 沈黙を守る為に…。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●隠された秘密 秘密と言うのは隠されているから秘密となり、火種になるのだとフェルル=グライフ(ia4572)は思っていた。 「今回の件は思った以上に根が深いのですね」 静かに息を吐き出して後、唇を噛みしめる。このままではいけないときっと誰もが思っている筈なのに…。 「……『父の形見』、か。冬蓮ちゃんはジルべリアのこととか、…あんまり知らないのかな」 「外見を見た感じ…ハーフなのかな。僕と同じ…うーん…」 何事か考えていたアルマ・ムリフェイン(ib3629)は真亡・雫(ia0432)の呟きを耳にして後 「フェルルちゃん」 彼はフェルルの名を呼んだ。開拓者の中では彼女が一番この件についての情報を持っている。 「誰が、どこまで、知っているんだろう。この不安は…僕らも彼らも、同じ、なのかな。解らないからこそ不安になり、迷走する。知っている限りの事、教えて貰えないかな」 「はい。…辺境伯家のプライベートに関わることですが、今の状況は、辺境伯の兄の出奔状況や理由、その後が不明だから起きている事。隠されているからこそ火種になり不安や陰謀の元になるのだと私は考えます」 「真実は救いだけをもたらしません」 静かにアレーナ・オレアリス(ib0405)は告げる。真実はさらに多くの人を傷つけるかもしれないと解っている。しかしこのままではいけないのもまた事実だ。 「それでも真実を受け入れなければ彼ら兄弟もオーシたちも前に進めないと思うのです」 「ええ、明かした時に何が見えるかわからないけど、それでもみんなが手を取り前に進む切っ掛けにはなるはず。そう信じて参りましょうっ」 前向きなフェルルの言葉と笑顔にニクス(ib0444)も小さく笑い、頷いた。 「そうだな。俺も知っている限りの事は話す。また冬蓮、秋成の方からの事も調べてくるから、これ以上事を大きくしないでの解決を目指そう。…気になることもあるからな」 情報を共有する仲間達を見つめながらフェンリエッタ(ib0018)は短剣を胸に抱く。 (オーシの行動、息子にはまだ伏せてと仰るお母様。 助けを求めた冬蓮、黙秘する秋成さん…) 皆、お互いが大切で守りたいが故の行動であることは痛いほどわかる。 でも… 「そう、オーシも冬蓮ももう、守られるばかりの子供でもないわ。どんな痛みを伴っても、家族なら一緒に乗り越えなくちゃ」 剣に力と心を込めて強く握りしめると顔を上げた。 目指すべきは真実の先にある道。 その道を遮る障害を取り除き、前に進む手伝いをする。その為に全力を尽くすと、彼女は、開拓者達は心に誓ったのだった。 ●グレフスカス家のスキャンダル 十数年以上前の話である為、今もしょっちゅう話題に上ると言うわけではないが、ジルベリアの貴族階級においてグレフスカス家の醜聞はそこそこ有名な話であるらしかった。 「辺境伯には歳の離れたお兄さまがいらっしゃいましたの。ヴィスナー様とおっしゃって、志体こそお持ちではありませんでしたが、眉目秀麗、頭脳明晰、剣の技にも優れた青年で将来を有望視されておりましたわ」 だから、からくりを伴いジェレゾのサロンにやってきたアレーナは、さして困難もなくある婦人から目的の話を聞くことができたのである。 「その後、志体を持った辺境伯がお生まれになりましたけれど、当主であるグレフスカス卿はだからと言って我が子を差別するような方ではありませんでしたから本当に仲の良いご兄弟でしたのよ。リィエータ様はグレフスカス家と懇意の家の姫君。御両親が親友であるということでお二人は生まれた時からの婚約者であったそうですわ。兄妹のように仲がよろしくて結婚式のこと、今も覚えておりますがとてもお似合いでしたわ」 しかし、と彼女は続ける。 「お式の後、間もなくヴィスナー卿は行方不明になられましたの。陛下の御命令で天儀に向かってその後…ということでしたが理由は今も解りませんの。帰路、アヤカシに襲われた村の話を聞き助けに向かったらしい、と言うのが最後の消息であったとか。死んだとも怪我をしたとも手がかりは掴めず、数年が過ぎ、グレフスカス家は御長男を死亡扱いで廃嫡とし、グレイス卿が跡を継がれたのです」 そこまでが比較的普通の話。 だがここから先はゴシップの領域になる。 「当時、いろいろな噂が流れましたのよ。当時、リィエータ様はご懐妊なさっていて数か月後、ご子息をご出産なさいました。身重の奥方をおいて卿はいったいどこに行かれたのか、と。お戻りになれば正式に家督を相続すると言う話もありましたからそれを疎んで出奔したのでは、いやいや家のことを考え志体持ちの弟に家督を譲るべく身を引いたのだとか、育ちの良さを狙われて追い剥ぎにあったのでは。 アヤカシを倒そうとして逆に返り討ちにあったのではないかと様々。中には下世話な話もありましたからグレイス卿はいろいろとご苦労が大きかった筈ですわ」 それを覆し、今の地位を得たのはグレイス卿の努力と実力であるのだろうが…。 「でも、もしご自分から失踪なされたのであれば相当の覚悟があってのことでしょうね。二度と国には戻れませんもの」 婦人の話を聞いたアレーナは天儀に旅立つ前のニクスの言葉を思い出す。 『「ジルベリアから他国に移住した者は子孫にも咎が及ぶ」。必要以上に話を広めるのは避けたほうが良い』 出奔の日時と冬蓮から聞いた誕生日から考えても冬蓮がグレイス卿の兄、出奔したヴィスナー卿の子である可能性は少なくない。 (一体何があってヴィスナー卿は故郷に戻らなかったのでしょうか? まだ情報が足りない気がしますわね。他の皆様は何か掴んでおいででしょうか?) 『兄を、兄を助けて下さい!』 必死に頼む涙目の冬蓮の顔を思い出しながら、アレーナは空を仰いだのだった。 同じ空の下、ジェレゾ。 「…そうですか。では、その剣はこの家の当主の証、のようなものであったのですね?」 グレフスカス家の応接間でフェルルは躊躇いがちに頷くリィエータを見て改めて考え込んでしまった。心配そうに見つめるからくりウルーヴに大丈夫と手を振りながらあるものを見つめて。 彼女を悩ませるもの。それは一枚の絵であった。 アレーナがサロンで得たのとほぼ同じ情報をリィエータから入手することができた。そして同時にある一枚の絵を見ることができたのだ。 テーブルの上に置かれた小さな額縁入りの絵。 その絵は結婚式を記念して描かれた肖像画でありリィエータ婦人の隣に立つ青年は確かにフェルルも見覚えがあった。勿論、本人を知っているわけでは無いが。 『外見を見た感じ…ハーフなのかな。僕と同じ…うーん…』 天儀人の名を持ちながら外見はジルベリア人。雫にそう言わしめた南部辺境劇場のデザイナー冬蓮にそっくりであったのだ。 「私は夫の生死が解らぬまま寡婦となりました。家に戻れという話や縁談も…無いわけでは無かったのですが…あの人を待っていたかったのです」 リィエータは寂しそうに笑う。目元などはオーシとよく似ていて彼は母親似なのだろうと感じた。 「あの子…オーシにとってはこの肖像画が父を知る唯一のものでした」 だから肖像画と同じ剣を見、父によく似た少年の存在を知った時、冷静さを失った…。 「いろいろと言う者もおりましたから、そういう可能性がないわけでは無いと解っていましたがやはり…言葉にできませんね。でも…この話は知れればグレフスカス家にはさらなる醜聞となります。なんとか秘密裏に収めたいのですが…あの子は…、私は…」 目を伏せたリィエータの思いは痛い程伝わってくる。信じて待ち続けていた夫の、ある意味裏切りの形が冬蓮と秋成の兄弟であるからだ。 それを受け止め、理解した上で、しかしフェルルは顔を上げた。そしてリィエータの両手に自分の手を重ねた。 「お辛い気持ち、お察しします。でも…きっと今は、投獄したオーシニィさんもされている秋成さんも、大切な人の為に自分が犠牲になろうとしているけれど。そうじゃない、お互いに笑顔を向けあえる道を探したいって思ってます。お力を、お貸し頂けませんか?」 真っ直ぐで優しいフェルルの思い。 その気持ちを受け止め、リィエータは静かに頷いたのだった。 ●オーシニィの涙 「オーシニィちゃん。きっと君はもう解っているんだよね」 人払いをしたリーガの応接間で、アルマはこの部屋に入った時から向けられている背中にそっとそう声をかけた。 「何か、ご用ですか? 今、僕達から開拓者の皆様にご依頼は無い筈ですが…」 そう言いながら辺境伯の名代として書類に向かったり、部下に指示を与えている姿はかつての小姓姿からは想像もつかない程凛々しい。しかし 「ええ、そうよ。私達は冬蓮。貴方が捕えた開拓者の弟の依頼で剣の盗難に関する無実の罪を晴らすべく動いているの」 言いながら立ち上がったフェンリエッタはオーシニィの手を取るとくるりとこちらを向かせ 「もうすぐ騎士になるのね。暫く会わないうちに頼もしくなって…驚いちゃった。おめでとう」 以前と変わらぬ笑みで祝福を贈ったのである。 「フェンリエッタさん…」 オーシニィの顔に浮かんだ顔には確かに喜びがある。しかし、それだけではない。いろいろな想いが入り混じっているようであった。 「貴方も、僕を怒りに来たのですか?」 「も、って? 誰か貴方を怒ったの? 怒られるようなことをしたと思うの?」 「それは…」 「うん。誰もオーシニィちゃんを怒ったりしてない。ただ、聞いただけだ。君のお父さんをどう思うかって…」 アルマの言葉は柔らかく、静かに、しかし鋭く事態の本質を貫く。 「秋成さんの剣にはグレフスカス家の紋章が刻まれていた。所持者は君のお父さん。紛失したのは今から十年以上前。秋成さんに犯行は不可能、だよね」 雫が刻無と一緒に調べた情報を仲間達に告げる。 もう少し正確に言うなら15年〜16年前だ。彼が本当に盗んだと言うのであれば18歳前後であると名乗る秋成が3歳頃の時の犯行になる。確かに無理のある話だろう。 アルマは続ける。フェルルやアレーナから先ぶれとして届いた情報、そしてカフチェや雫たちと集めた噂話などから彼は一つの事を結論付けたのだ。 「君は辺境伯の留守中の見回りで、冬蓮ちゃんを見て、動揺した。…君の行方不明になったというお父さんに似ていたから。そしてその冬蓮ちゃんの兄だと言う人物がお父さんが行方不明になっていた時、持っていた剣を父親の形見として持っていたのを見て、解ったんだね? だから、無理やり理由をつけて彼を幽閉した。君はきっと、もう気付いている。冬蓮ちゃんが君の弟かもしれないってことに…」 「違う! そんな筈ない! 父上が家や母上や…僕を捨てて。天儀に出奔したなんて! そして子供までいるなんてある筈ない! そして…死んだ、なんて…」 叫びにも似た声は発するごとに力を失っていく。だんだん涙声になっていく。 そんなオーシニィにアルマは近づいて、そっとオーシニィの肩に手を置いた。 「君は、お父さんをどう思う? 公人としての君じゃない。オーシニィちゃん、本人の思う所を教えてほしい」 「…許せないよ。僕らを置いていなくなってしまった父上。残された母上がどれほど苦労し、悲しんだか…それを会ってぶつけてやりたいとずっと思っていたのに…」 もはや泣きじゃくる少年は騎士でも辺境伯の名代でもない一人の少年である。 「僕は血縁を知らないし…ただ外へ行ってしまった理由が気になると、心を汲めないけれど。でも、君の話を聞いてあげることはできる。君の味方になることも、だよ。僕に言えなければ、僕に言えなければ、君の信じる開拓者に伝えてほしい。 彼らは、信じて」 「僕らを、信じてくれませんか? ここに集まった僕らは、辺境伯の味方であることは間違いないですよ。過去にお世話になったことがある人も多いでしょうし」 アルマの思いを雫が受け継ぎ、フェンリエッタの背を見えない手で押した。 フェンリエッタはオーシニィの前に進み出るとそっと笑いかける。 「…オーシ、一人で無理してない? 勘違いならごめんなさい。力不足という意味でなく…大変な事ほど一緒に苦労して欲しいと言うのは勇気が要るから。 でもいつでも頼っていいの、そう伝えに来たの。皆がいるし頼りないけど私も…オーシは一人じゃないわ」 「…ヒック。強引で…無茶苦茶なのは、解っています。部下達にも…呆れられて…。でも…、もし母上が…剣のことや、冬蓮の事から、…父上の事、知ったら…きっと、悲しむ……だから、だから、僕は…」 泣きじゃくるオーシニィの頭をそっとフェンリエッタは抱き寄せ、撫でた。 「優しい子ね。オーシ。でも、きっとお母様は御存じだわ。冬蓮の事情も、けじめをつけたいとおっしゃっていたと、フェルルが伝えてくれたから…」 「えっ?」 「だから、ね。その為に何が必要か、一緒に考えましょ?」 オーシニィは顔を上げた。自分の傍にいる開拓者達。アルマ、雫。そしてフェンリエッタ。 皆の、優しい思いがオーシニィを、包んでいる。 「…はい。どうか、お願いします…」 目元を手で拭って顔を上げ、開拓者を見つめる瞳はまるで子犬のよう。 少年の頃となんら変わらない澄み切った目をしていた。 ●真実と約束 それから間もなく、天儀の開拓者秋成はリーガの牢から釈放された。 「開拓者秋成の所有する剣は、ジルベリアの名家より失われた剣であるが、彼が直接盗難に関わっていた可能性は薄い」 という理由からであり、剣の返却を条件に彼は許されることになったのである。 「兄さん!」 牢から出てきた秋成に飛びつく様に冬蓮は駆け寄り、抱きついた。 「心配かけたな」 子供をあやす様にポンポンと冬蓮の背中を叩いて後 「世話をかけたようだ。ありがとう…」 秋成は彼ら兄弟を見守る開拓者に頭を下げた。 秋成自身も気付いている様に今回の釈放。その影には開拓者達の調査があった。 「なに、約束だったからな。冬蓮でなく秋成の事になろうとは思わなかったが…」 ニクスはそう言って肩を軽く竦めて見せたものだ。 今回の調査で一番大変であったのはおそらく天儀を往復したニクスと彼の朋友シックザールであったが、それだけに彼の情報が釈放の一番の決め手となった。 『奴の剣は彼の義父から、死の直前に譲られたものだ』 冬蓮に教えられ、ニクスは秋成の親友であると言う人物を探して彼は神楽の都まで出向いた。 そして教えられた青年は、秋成が戦争孤児であり義父に拾われ育てられたとニクスに証言してくれたのだ。 『あいつは自分の正式な歳や誕生日を知らない。今の歳や誕生日も拾ってくれた義父がくれたものであったと聞く。冗談で永遠の18歳だとか言ってたな。とはいえ、どう見積もったって20歳前後である筈だが…』 「盗品で無く、剣も持っていただけで家系の者から授かった物か確かでないなら、追求するべきでは無いのでは無いか? 剣を与えた養父という人物がジルベリア人である可能性は少なくないが、そのジルベリア人も剣の真の所有者かどうかも解らない。購入したモノであるかもしれないからだ。 引き続きの調査は必要であるが、秋成自身を盗難の犯人と断定するのは勇み足だろう」 ニクスはそう秋成を弁護し、オーシニィも開拓者や母の口添えもあり、その理論を認めたのだった。 「兄さん。剣は…いいの?」 「ああ…。父さんも許してくれるさ」 とはいえ、今回の釈放はあくまで『剣の盗難』について、である。 実はある意味、盗品疑惑より問題になるのは、別件である国の法 「ジルベリアから他国への移住を禁じる」という事である。 「ジルベリアでは、他国から嫁いだりして来る分には問題は無いが、他国へ出国することに関しては厳しい制限がかけられている。特に貴族についてはそれが顕著で、当主が出奔したりした場合は家名断絶もあるらしい。また出奔した人物が他国で見つかった場合、厳しい罰があり場合によっては家族にもその類が及ぶ」 ニクスは仲間達に最初にそう説明したとおりであるから剣の所有者に関する追跡調査、そして冬蓮の素性に関して疑惑が持たれてしまった以上、調査が必要でありその件が解決するまでは兄弟の帰国は許さない、とこの点に関してだけはオーシニィが譲らなかったのだ。 「この件をあまり大袈裟にすれば辺境伯の弱みを握ろうとする輩に推察される可能性が高いので、内々に事態の収束を図りましょう」 雫の提案は受け入れられ、兄弟は春花劇場の関係者として辺境伯と開拓者の監視下に置かれることになった。 「秋成さん…少し、今後の話をしてもいいです?」 フェルルとフェンリエッタは釈放後、冬蓮のいないところで秋成を呼び止めた。 「多分冬蓮さんを連れて帰りたいと思っているはずですよね。それでも仕方ないと思います。 ただその前に、良ければ知っている事を教えてくれませんか? そうすれば色んな事が解るし、お二人も天儀に帰れるかもしれません。何より貴方の話で、皆前に進めるようになるかもしれないんです」 「けじめの為には秋成さんが知る事情…父親の天儀での話が必要だと思うのです。 隠そうとしても暴いて利用しようとする悪意が在る。 秋成さんが黙秘を続け、オーシが盗難で処理するだけでは、お互いの大切なものは守れないのです。真実と向き合う事は…できませんか?」 「一人の自由や一人を守る為の行いが他の人間を傷つけたのです。秋成殿、真実を語っては頂けませんか? お願いします」 アレーナも加わった開拓者達の言葉、そしてその真意を秋成も理解しなかったわけではないだろう。 だが…暫し目を伏せた彼の返事は 「少し、考えさせて欲しい」 だった。 『いいか? 男同士の秘密だぞ』 『うん!』 「…父さんとの、約束なんだ」 「秋成さんにも心を整理する時間が必要なのかもしれませんね」 鷲獅鳥アウグスタと共に兄弟を見送ったフェンリエッタにフェルルは、そう静かに告げた。 「ゴシップに近い噂に過ぎませんが、辺境伯の兄上ヴィスナー卿は弟君、つまり辺境伯が自分の奥方に恋していると感じ身を引いた、という話もありましたの」 誰にも何も言わず、残さず消えた青年貴族ヴィスナーの想いが残されているとしたら、もはや秋成の元にしかない。 彼の心が解けた時に知ることができる真実。 それがどんな結果と未来を紡ぐことになるのか。 彼らがそれを知るにはあと僅か、時が必要であった。 |