【朱雀】進む道
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/19 12:04



■オープニング本文

 入寮式を終え、新しい年度を迎えた陰陽寮朱雀。
 一年生は間もなく寮内の見学会が行われ、その後、正式な授業が始まるだろう。
 それより一足先、二年生、三年生は授業が再開される。
 一番最初の授業はオリエンテーションで、自分達の今年一年間の方針を決めるのが通例であった。
 講義室に集められた新三年生達。どんな課題が科せられるかはやはり気になるというものだ。
「去年は術研究と、アヤカシに分かれたんだよね。今年はどうなるのかな?」
 呟いた寮生の言葉が聞こえた訳ではあるまいが、暫くの後、現れた朱雀寮長 各務 紫郎は集まった三年生を前にこう言った。
「三年生として初めての課題として卒業研究を決めて貰います」
「卒業研究…ですか?」
 確認するように問う寮生達に寮長は黙って頷く。
「そうです。昨年は術と、アヤカシ研究に分かれたが、今度はチーム分けはしません。自分自身で自分の研究テーマを決めて下さい。それに基づいて一年間、実習、調査を行って貰う事になります」
「それは、術でもアヤカシでも構わない、ということですね」
 寮長は質問にもう一度頷いて答えた。
「アイテムでも、符でも。陰陽寮生として陰陽術の進歩、発展に関わる研究であるならテーマは問いません。但し、既存の術やアイテムは現時点で完成されているので、直ぐに加工することは難しいでしょう。提出された研究は今後の使用や展開への提案と言う形になります。寮生自身が作り変えることはできないと思って貰って構いませんのでそれを頭に入れた上で研究を行って下さい」
「アヤカシに関しては実験も可?」
「アヤカシ牢の使用制限が三年生はかからなくなりますので、かなり突っ込んだ実験を行って問題ありません。勿論、口外禁止と解放厳禁の両点は厳守して貰いますが」
 なるほど、と寮生達が思っていると寮長は一本の鍵をどこからか取り出すと、教卓の上に置いた。
「それから、これを預けます」
「その…鍵は?」
 誰からともなく放たれた疑問の言葉に寮長は静かに答える。
「これは、朱雀寮の蔵書書庫の鍵です。陰陽寮内でも特別な書庫。陰陽術やアヤカシについて現在公開されている書物よりかなり詳しく調べることができるでしょう。貸し出し禁止の図書ばかりですので内部での閲覧のみになりますが、役立てて下さい」
 図書委員長にその鍵を渡すと、寮長は三年生達をまっすぐ見据え通告する。
「締め切りまでに卒業研究を決定し、その理由と共に締切日までに提出して貰います。その為の朱雀寮内の書物の閲覧、施設の使用は自由です。
 但し、過去の卒業生の卒業研究論文の閲覧は禁止とします。自身の研究制定に他者の研究を参考にしないようにという理由からです。今後解禁される可能性はありますが人の研究を当てにせず、自分自身の考えで決めること」
「去年とテーマを変えても構いませんか?」
「勿論。同じでも構いませんし変えても構いません。また共同研究も妨げません。しかし原則として提出された課題を後から変更することは認めませんので良く考えて提出して下さい」
 そこまで言って、彼は自分の話を聞く寮生達を見る。
 今後の陰陽寮のみならず、五行、いや世界をも救い、守って行く可能性達であると寮長は思っていた。
「今、ある陰陽術は先人たちが長い年月をかけて、考え、整え、伝えてきた知識の結晶です。朱雀寮の三年生である皆さんにはそれを正しく伝え、より高めて次代へ伝える義務があります。今後の陰陽術を自分達が作って行くのだと言う意識を持って取り組んで下さい」
 それだけ言うと寮長は歩み去ってしまう。

 寮長の背中を見送りながら、三年生達はまだ遠く、でも確かに見えてきた『卒業』と言う言葉をそれぞれに噛みしめたのだった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●研究課題決定
 陰陽寮の卒業研究と言うのは可能性の追求である。
 陰陽術に限ることなく、あらゆる技術は数多の研究と、失敗の上にある。
 今あることに疑問を投げかけ、より良くするために研究と努力を重ねていく。
 その先人たちの努力の先に、『今』があるのである。

 今年の夏はタダでさえ気温が高い。
 まして図書室と言うのはその性質から人よりも本の快適を重視するところがある。
 閲覧室はまだマシで、窓も開け放してはあるが快晴の空に暑いを通り越して上昇する気温は頭が煮えそうになる。
「暑いねえ〜」
 三年生用の図書閲覧室には資料を広げる為か大きな机がいくつもあってその真ん中で、組んだ香箱に顎を乗せた俳沢折々(ia0401)は、はあ、と愛らしくも大きくため息をついた。
 彼女のため息は別に暑さが理由ではない。重ねられた書物、広げられた巻物達。
「卒業研究…う〜ん、とはいえなんでもありって言われると逆に悩んじゃうよね〜。どうすればいいんだろう」
 周りから、くすくすと小さな笑みが零れる。
 それは当然ながら嘲笑ではなく、同意を表す笑みである。彼、彼女らは今までとは違う大きな課題に挑もうとしているのだ。…卒業研究という。
「そうですね。確かに、何でもあり、と言われてしまうとホントに難しいですね…。こう、非常に悩んでます…」
 手に持った書物をパタンと閉じて尾花朔(ib1268)も頷く。
「ええ。難しい所ですね」
「遂に三年生になったんですもの…課題も自由度が高い分、より高度なものになってきたってこと…頑張らないと」
 泉宮 紫乃(ia9951)の言葉に真名(ib1222)も背筋を伸ばして頷く。
 卒業研究の課題決定を前にここ数日三年生達は図書室に集まることが多かった。
 三年生になり、ごく一部を除いた朱雀寮の本が閲覧できるようになり、何かヒントを得られないかと思うのだろう。
「は〜い。青嵐(ia0508)さん。これ、頼まれていた術式の研究書ですよ。数が多いのでとりあえずは瘴気回収と蠱毒ってことでいいですか? こっちは劫光(ia9510)さんの符の作成資料ですね〜。本は重くて困ります〜っととっと」
「おっとすまん!」
『ありがとうございます。今、手伝います』
 奥の書庫から持ち出した本の重さによろけるアッピン(ib0840)に劫光にその人妖双樹、蒼嵐も駆け寄って手を貸した。
「いえいえ。でも、流石三年生用の書庫。資料も多くて重くて、必要なものを見つけ出すだけでも一苦労ですねえ」
 ふうとアッピンはため息をつく。
 頼まれた本をそれぞれに差し出しても、まだ、かなりの本が彼女の手の中に残っている。
「それは、なんの資料ですか?」
 資料閲覧の手を止めて玉櫛・静音(ia0872)がアッピンに問う。
 表紙に描かれた『瘴気』の文字が気になったようだ。
「これは瘴封宝珠についての本ですね。壷封術も含めて瘴気を集めて持ち帰る手段がなければ術道具やアイテムを作ったりすることはできないわけで。モノに瘴気を閉じ込めたり、封じたりするその理論とか解らないかなと思ってですね〜」
「アッピンさん。その本、読み終わったら、私にも貸して頂けないでしょうか?」
『私も興味があります。ぜひ』
 静音や青嵐の真剣な目にもちろん〜とアッピンは頷いたが、同時にふと気づいて図書室の隅を見る。
 黙々と資料を調べる瀬崎 静乃(ia4468)の姿…。
「静音さんと、静乃さん。今年は共同研究では無いんですね〜」
「ええ。二年前、はじめてこちらに赴いた時より考えていた事を実践に移す時が遂に来たのです…」
 静音は知らず握り締めていた拳に力を入れる。
「…僕は去年の課題を別の視点から…、できるかどうか、解らないけど」
「なるほど〜みんないろいろ考えてるんですねえ〜」
 アッピンが感心したように頷くと、背中からうんうんと声がする。
「まあ、卒業研究と言われちゃあ逃げる訳にもいくめぇってってか。う〜む。しっかしだいぶ行き詰まった感があるなあ。やっぱりアヤカシの心理や行動原理の解明ってのは一足飛び過ぎたか。ここは目先を変える事になりそうかね」
「おや、喪越(ia1670)君も来てたんだ」
 顔を挙げた折々によっ! と喪越は片手をあげて見せた。
「ああ、息抜きがてら資料閲覧と情報交換をと思ってな。何より俺の脳味噌が癒しを求めている…って、何やってんだ綾音?」
 がらりと開いた扉から数名が入ってくる。三年生以外は入れない図書室。
 だがそれを止める者はいない。入って来たのは人では無かったから。
 先頭にたってお辞儀をしたのはメイド服姿のカラクリである。
『主、お茶が出来ましたよ。この暑さも吹き飛ばす熱々の緑茶が。他の皆様には冷えた麦茶を。どこか空いている机はありませんでしょうか?』
「おう、サンクス。地味に嫌がらせっぽいが…でも、どういう風の吹き回しで…?」
「メイドごっこです。あくまで私が好きでやっているだけですので、お気になさらず」
『台所で綾音様とお会いしまして丁度休憩には良い時間かと。ご用意くださった物を運んできましたが宜しかったでしょうか?』
「ああ、ご苦労様です。槐夏」
 朔も人妖槐夏を労う。
『あ、私も手伝います!』『私も』『…某にもできることはあろうか?』
『ああ、じゃあ、これを運んで下さい』
 駆け寄ってきた双樹や折々のカラクリ山頭火、青嵐のアルミナに凛は麦茶や朔の用意した水饅頭などを一人分ずつ渡す。
『はい。どうぞ』
「菖蒲、ありがとう」
「メイドごっこ…ね。また上手い言い訳を考えたもんだな。だけど言い訳を考える事自体、自我の発達の顕れかもしれねぇ。いいぜ、好きにしな」
 真面目な顔で水饅頭を切り、お茶を口に運ぶ喪越。
 なかなかカッコいい主の顔をしている。だが全員に茶を運び終えると
『飽きました。凛様と遊んで参ります。行きましょう。凛様…』
 ガクッ!
 脱力した喪越を無視して綾音はさっさと凛と手を繋いで行こうとする。
「飽きるの早いねオイ!?」
 ふと主に言われたからではなく彼女は足を少し止めた。綾音の目を見て頷くと振り返り
『アルミナ様や山頭火様、双樹様や槐夏様もご一緒にぜひ?』
 凛は三年生の朋友達に呼びかけた。
『いや、私は…』『某も…』『ちょっと行ってきま〜す!』『後ほど薄荷茶の方も持ってまいります』「菖蒲も行ってらっしゃいな」
 連れだって部屋を出て行く朋友達を見て、気が付けば折々は香箱を解いて顔を上げていた。
「そっか、何も術やアヤカシの研究だけが陰陽術の発展に役立つって訳でも無いんだよね」
「何か、掴めたのですか?」
 心配そうに顔を覗き込む紫乃にうん、と折々は頷いた。
 麦茶の杯を手に取って空を見上げると青い空に大きな羽ばたきが聞こえる。
「あ、譲治くん?」
 見れば平野 譲治(ia5226)が甲龍小金沢 強と空を飛んでいたのだ。
「私も後でやわらぎさんを見てあげないといけませんねえ〜」
「少し構ってあげないと真心も機嫌を悪くするかもしれませんね」
「ちょっと気分転換なり」
 そう言って飛び出して行った譲治とその龍を見上げていると、見ている寮生達も雑念が消えるような明るく前向きな思いを感じる。
「よし! 頑張らないとね!」
 水饅頭を口に放り込み書類に向かう折々。それに続く様に寮生達もまた机に向かい合う。
 沢山の人々の沢山の思い。
 その先にきっとある自分の目指す道を見つける為に。

●瘴気という力
「ふう、お疲れ様なのだ。強」
 ポンポンと自分の龍の背中を労わるように叩くと譲治は飛行朋友達の場へと龍を繋いだ。
「纏まったのか?」
 水の入った筒を投げ渡す様に声をかえた劫光に
「ん」
 頷いて彼は水を飲みほした。
「ま、なんとなく、なりけどね。一番興味があった壷封術に関してはもう少し待ってくれと言われたし。だから去年のを発展させて、瘴気の種類や瘴気回収、瘴気除去の研究をしてみたいと思っているのだ」
「なるほど、な。瘴気っていうのは俺達にとって一番身近なのに解らない存在だからな。種類があるのか、どうして発生するのか、そしてそれをどうやって捕え活用するのか。興味深い研究にできそうだな」
「劫光はどうするつもりなのだ?」
 投げ返された水を受け取って、劫光は小さく肩を竦めて見せた。
「俺は、もう少し範囲を絞ってみようと思っている。具体的には『陰陽武器としても使用可能な防具作成の可否』だ」
「?」
「簡単に言えば瘴気を込めた呪術防具はできないか、ということだ」
「そう言えば…無かったなりかね。呪術防具」
「精霊の力で瘴気を弾く、とかいうのはいくつかある。後は効果を高めるが呪われる兜とかはあるらしいんだが…」
「劫光の狙うのはそう言うのとは違うなり?」
「ああ」
 彼は頷いた。
「瘴気を遮断したり、物理攻撃から身を守ることができないか。だ。陰陽師には物理面での攻撃は弱点なのにそのくせ自ら危険に飛び込んでいく奴が多いからな」
「そうなりね」
 苦笑交じりの、でも優しい笑顔が思い浮かべている顔を思って譲治も一緒に笑う。
「瘴気回収は他の奴らも色々な面からテーマにしてる。静音や喪越も話に聞く限りは近い所みたいだから、お互いに情報交換しながらやっていかないか?」
 図書室へと促す様に歩き出す劫光の後を、譲治は小走りに追いかけた。
「それ、助かるのだ! 思い立ったが吉日! なり」

 やがて彼らは課題を提出する。

『玉櫛・静音
 テーマは、広義には『瘴気のコントロール』。
 手をつけていくなら、『特定空間内における瘴気の増減、あるいは消滅』

 主に自身の周囲の瘴気を集め集約する事によって、限りなく一瘴気の薄い、もしくは消滅させた空間を作りだす手段を模索しようと思います。
 そして集めた瘴気は強力な術等として使用する事で無くしたり出来ればと考えます。
 神社などで瘴気が極めて薄くなる事に着目しました。
 こうした例がある以上不可能ではないと思います』

『喪越
『付喪神』の創造。
 「アヤカシの自然発生を未然に防ぐ可能性の一つとして、人為的発生の可能性を模索する』

『アッピン
「人造アヤカシの研究」
 広義では人妖の作成を含む人造アヤカシの技術は既にあるようですので、それを理解して人の制御できる人造アヤカシの技術を向上・発展させられれば、自然発生しそうな場所に無害な人造アヤカシを作り出して瘴気を消費してガス抜きをすることでアヤカシ害を未然に防ぐ方法もあるのではないかと思うのです』

『平野 譲治
 大項目は「瘴気種類に関連する研究」
 具体術は「瘴気回収」

「空気中」「物体中」の瘴気
「瘴気回収」を調べ、練力と結び付けられないか
 あるいは「瘴気回収」とは一度「何かを召喚している」のか

 また「空気中」の瘴気がどのように変化すれば「アヤカシが発生」するのか
 アヤカシが発する術も「瘴気」を使用しているのかなど
「瘴気回収」を含む瘴気関連術のプロセスを理解する事で瘴気を場から切り離す事。切り離した瘴気を物体化させる等で無効化することなどを研究、実現を目指す』

『劫光
『陰陽武器としても使用可能な防具作製の可否』
 発展形として瘴気の遮断、瘴気の変換、操作など。
 使用者に瘴気感染などを及ぼさない事を前提として、瘴気の操作というか、より具体的に瘴気から身を守る事を主眼におき、更に踏み込んで瘴気を持って身を守る業に置き換えられないかを考えてみたい』

 瘴気というもっとも身近で難しい課題に着目している。
 難しい課題ではあるが、色々な意味で期待が大きい分野であると言えるだろう。
 全ての実現は難しいかもしれないが…。

●望む未来の為に
 その夜、図書室には夜遅くまで明かりが灯っていた。
「紫乃! 食事の時間にもなかなか来ないと思って心配してたらやっぱりまだここにいたのね」
「……ああ、もうそんな時間ですか? 本に集中していたら気が付きませんでした」
 夕食の支度の為、早めに席を外していた真名が少し呆れたように声をかけた。
「まったく、朔も一緒になって…。あ〜! 蒼嵐や静乃もいる! もう。みんな真剣なのは解るけど…」
『ああ。新しい資料の本が興味深かったもので、つい』
「すみません」
 苦笑の青嵐に朔、静乃に比べて
「ごめんなさい。心配かけて…」
 紫乃は恐縮したような表情を浮かべるが…
「まあ、その資料には私も世話になるんだから強いことは言えないけど、無理はダメよ。先は長いんだから」
 真名は本当に優しい眼差しで親友を見つめている。本当に怒っているわけでは無いと解っているから紫乃ははい、と答えた。
『お話を聞くにお二人は今年も共同研究をするのですね?』
 青嵐の問いにええ、とはい。二人はそれぞれに頷く。
「ベースは治癒符。目指すことはちょっと違うんだけど、アプローチは一緒だから共同研究って形で」
「私は、治癒符をより使いやすい術にしたいんです。対象を増やしたり、重傷を治せるようにしたり。真名さんは術で人間の持つ傷を癒す力を高めることはできないか、自身の能力を高め治癒符や術では直せない病気にも対処できるようにできないか、ということでしたよね」
「そう。まあ瘴気という身体にどうしたって悪いものを利用して、そういうことができるかどうかは解らないんだけど最終的には瘴気感染とかを陰陽術で直せたらいいなあって思ってるの」
「なるほど。お二人らしいですね」
 朔はニッコリと微笑んで見せた。
「そういう朔は何にするか決めたの? 青嵐は? 静乃は?」
「私も術の上位術作成研究に挑んでみたいと。火輪と氷柱は上位に炎獣、氷龍があるのに雷獣にはないので挑戦できないかと。難しいというのは承知の上なのですが」
『私は傀儡操術を基本に錬力を送り込むことで、物理的な接触を知覚に変換することができないか。最終的には道具に術式を込められないか、研究してみようと思っていますよ』
「僕は…術。テーマは食屍鬼」
「? アヤカシ研究ではなく?」
 疑問符を浮かべる仲間にうんと頷いて静乃は続ける。
「食屍鬼は…屍に憑依して操るアヤカシ。『操る』ということに陰陽術との共通点は無いか…。短時間でもアヤカシなどを操れないか…とか」
『それは面白い研究ですね。呪術人形でないと操れないという制限はありますが傀儡操術にも近いものが…』
「…うん。そんな感じで調べてみたい。まだ、手探りだけど…」
 それぞれが、それぞれに選んだ研究は、目指す道に近付く為のもの。
『まあ、陰陽術自体、他の氏族に比べてかなり新興の技術です。例え「失敗しようとも構わない」と言う勢いが必要かもしれませんね。
 研究したこと、全てが実現できるわけもなく。成功だけで物事は進みませんから』
 腕組みしながら告げた青嵐の言葉は一つの真実を言いえている。
「そういうことね。失敗してもそれで得る物があればそれでいいんだわ。…だから、頑張りましょう。紫乃」
「ええ。真名さんとより仲良くなったきっかけも、治癒符でしたね。
 同じ術を選んだから、と声をかけてくれて……。同じ術を違う方向に進化させて、互いに補い合えたら素敵ですね。よろしくお願いします」
「勿論」
 二人の少女は互いに手を取り合うと…
「じゃあ、少し休憩しましょ。さっぱりとした冷やし素麺作ってあげる。みんなも早く!」
 図書室を仲間と共に出て行った。
「いけない! 千草の相手もしてあげないと…」
「…大丈夫、図書室の鍵、借りてあるから」
 一時消される灯火。
 だが後でまたそれは灯り、夜遅くまで消えることは無かったと言う。
 互いに励まし合う寮生達の声と共に。

 そして提出される研究課題達。

「研究課題 
『非実体であろうと、アヤカシを捕縛するに足る道具の作成』
 基本理念
『錬力を送り込むことで、物理的な接触を知覚に変換する』
 既存の術などを研究し、それを道具の基礎的な部分に再現することはできないか考える。
 最終目的は志体が無くても扱えるアヤカシ牽制道具の作成である。 蒼嵐」

「研究対象は術。テーマは食屍鬼
 屍を操るアヤカシの能力を術で再現できないか。 瀬崎 静乃」

「研究課題は治癒符です。
 高度な治療、欠損部位の再生等。
 より使いやすい術となるような発展形を探したいと思っています。 泉宮 紫乃」

「私の卒業研究は『治癒術』です。
 今回も紫乃と共にやっていこうと思います。
 目標とするのは瘴気によって身体の回復能力などを活性化させる事。
 病気の治癒、瘴気感染を取り除く術を編むことはできないかと考えています。 真名」

「研究課題は術の強化 対象は雷閃
 炎、氷の術には派生形と思われる術があるのに雷閃にはそれがない。
 何故、今まで作られなかったのか。作ろうとした記録などはあるかなどを踏まえた上で新しい術式を作れないか考える 尾花 朔」

 
 それぞれに、それぞれの願う思いが込められている。

 そして…
「んと、こんなところかな」
 折々は提出書類に最後の署名をする。

「【研究課題】「からくりに陰陽の術を習得させることができるか」

『人と同等の知性を有し、特有の正確性を持つ機械人形に陰陽術を覚えさせる』

 もしこれが実現するならば、後継者不在の陰陽師や、または術を秘匿したい氏族にとって、からくりは絶好の器、言うなれば生ける奥義書として活用することができるのではないだろうか。
 人並みの知性を持つ相棒は他にもいるが、まず何より寿命がなく、理論上は半永久的に活動できる点。そして主人と認識した相手に忠誠を尽くすという点。
 以上二点より、彼ら無機物自立系相棒こそが最も用途に合致した種ではないか、と考えた次第。
 今回の研究では、その第一段階としてからくりが本来得意とする格闘攻撃に類似した陰陽術、具体的には霊青打、瘴刃、爆式拳、そして巴。
 このあたりのスキルをからくりに会得させるべく、多様なアプローチを試みる。 俳沢折々」

 いろいろ考えてそれらしい理由をつけてあるが
「本当のところは凛ちゃんに何か残せないかなと思ったのが発端なんだ」
 後に彼女はそう語る。
 今まで一緒にやってきた彼女が何か、一つでも陰陽の術を使えるようになれば、それは素敵な事ではないか、と。
「まあ、大変だと思うけど、でも最後の一年、友達の為にちょっとだけがんばってみるよ」
 と。

 目指す夢、願う思いに向けた研究がこうして出揃ったのである。

●最初で最後の一年
 それぞれに提出された課題を確認して後、寮長は小さな笑みを浮かべ書類を揃えた。
 提出された研究課題、その一つ一つに寮生達の前向きな思いを感じるからだ。
 青嵐も言っていたらしいが、陰陽術と言うのは他の技術に比べれば新興のそれであると言える。
 それを先達が試行錯誤や研究、失敗を繰り返して今日まで進めてきたのだ。
 提出された研究は面白い視点のものが多いが、その全てが望む、あるいは目指す成果を出せるとは限らない。
 いや、うまくいかない事や思った結果が出せない事の方が多いかもしれない。
 しかし、その過程は決して無駄にはならない。
 研究の為に学んだ事、実現の為に努力した行為。そしてそれらの過程全てが寮生の成長、さらには陰陽術の発展に繋がって行くのだ。

 今回の課題において不合格は無い。
 成功、不成功もない。
 それらを決めるのは全てこれからの寮生達自身なのだから。

 そして、新たな一年が始まる。
 陰陽寮生として、おそらく最後になる一年が。

「悔いだけは残さないように頑張りなさい。皆さんの上に幸いがあることを…」
 提出された課題に向けて寮長は、そっと祈るように呟いたのだった。