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■オープニング本文 貴族という人種は基本馬鹿である、とその男は言い切る。 自分は高貴な一族に生まれついたのだから、そうでない者は貴族に従うのが当然であり、どんなに相手を苦しめようと許される。 そして、自分には受け継がれた血を守り、より高めて次代に伝える義務があると、そう信じる者があまりにも多いからだ。 志体というのもそれに輪をかけていると思う。 生まれついた時から優れた人間と、そうでない人間が分けられている。 そうでない人間が血のにじむような努力の果てにやっと手に入れるものを、生まれついての資質が簡単に凌駕してしまうのだ。だから、志体持ちという言葉に人は過度の期待をかける。 その点で言えばかつてこの地に戦乱を齎したヴァイツァウの当主も馬鹿な貴族の一員であったと思う。 貴族としての特権意識から逃れられず、自分の血の正当性と志体をもって皇帝に挑もうとした。 結局は自分の一族の復讐であったのだろう。 …故にそれは民を置き去りにし、貴族達の共感は得られても最終的に開拓者を敵に回して敗北し、滅んだ。 愚かだと思う。 貴族は自分の血をブルーブラッドなどと言う。 志体持ちは志体持ちを生みやすいと特権意識に陥る者も多い。 愚かな話だと思う。 しかし血の色など皇帝も貴族も、平民も、下層の民も、志体持ちもゴロツキも皆、等しく赤いと言うのに。 彼は、それを思い知らせてやりたいと思っていた。 その為に調査を重ね、準備を重ね彼はあるカードの存在を知る。 二枚のジョーカー。 まさにそのカードを上手く使えれば彼の望みは叶うだろう。 後は、それを如何に手に入れるか。 彼は静かに微笑み、策を巡らせるのであった。 「別に、あのような人種や事柄に嫌悪があるわけではありません」 リリーは自分を心配する開拓者にそう言った。 ある街を治める地方領主ユリアスという青年がいる。 彼は母の生前からユーリと名乗り男装を続けていた女性である。 便宜上、南部辺境の女優としての姿をしているときはリリー。 吟遊詩人として男装しているときはユーリ。 地方領主として男装しているときはユリアスと呼び分けることにする。 「女性であることのメリットとデメリットは理解しているつもりです。それを利用して生きてきたということもありますから」 リリーは噛みしめるようにそう言う。 母の死後は勿論、生前であっても自分以外に自分や家族を守れるものはいないのだという孤独。助けてくれる者にも完全に心を許せない日々が彼女の心と体にどんな傷をつけていたかは開拓者にも推し量ることはなかなかできないだろう。 ほんの少し、何かが違っていれば何不自由ない一生を送ることができていたのかもしれないのに。 「ただ、あの人が『私』についてどれ程の事をご存じなのかが心配です。そして『私』に何をお望みなのかが。それによって私に力を貸してくれている方達や者達に迷惑がかかるやもしれませんから。私はかの方を殆ど知りませんのに…」 彼女には一つの信念がある。命を賭けてやり遂げたいと思っていることがある。 「その為に惜しいものなどありませんが、私を信じて下さる方をこれ以上裏切るわけにはいきませんから」 そう言って彼女は開拓者に頭を下げる。 「南部フェルアナ領主、ラスリール様を調べて頂けませんか? できれば彼が私に何を望んでいるかも。直接交渉が必要と言うのであればその時は私も参ります」 あの男の調査は一筋縄ではいかないだろうと開拓者は思う。 こちらが調べているつもりで逆に調べられているということさえ起こりうる。 しかし、このまま放置しておくにはあまりにも危険な相手であることは事実だった。 かつてアヤカシを利用して今の地位を築いた男。 「いずれ対決は避けられないだろう。でも慎重にな…」 係員の言葉を噛みしめて、開拓者達は目の前の娘と依頼書と、見えない男の顔を見つめたのだった。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●揺らがぬ決意 久々のジルベリア、久々の再会。 「ユーリさんとお会いするのは、随分とお久しぶりな気がします。これまでいろいろな事があったのですね…。お元気でしたか?」 「はい。その節はご迷惑をおかけしました」 柔らかく微笑みかける柚乃(ia0638)に今は、ユーリは嬉しそうに頷いた。 「フェルアナの領主さんとは面識がなかった気がするのですが、ともあれ、私でも出来る事があればと…お手伝いさせて下さいね」 「ありがとうございます」 フェルル=グライフ(ia4572)もユーリ、いやリリーを呼び止めた。 以前のように単独行動をされるのが一番怖い。 「卿は危険な相手。もし貴女が会いたいなら止めませんが違うなら調査を待って欲しいの」 「はい。皆さんにお任せします。私一人で今はまだ勝手はしないことをお約束します」 「よかった」 フェルルは少し胸を撫で下ろした後、後ろを振り向いた。 「なるほど…女のように美しい領主様と聞いていたが、そういうことかね」 今まで会ったことのない顔がそこで苦笑に似た笑みを浮かべている。 「貴方は?」 「マックス・ボードマン(ib5426)。アルベルトの知り合い、と言って解るかな?」 「はい。アルベルトさんは、私の大事な協力者です。今回はよろしくお願いします。イリス(ib0247)さん。やニクス(ib0444)さんにもお世話になります」 集まってきた開拓者にリリーは丁寧にお辞儀をして花のような笑顔を見せた。 そんな彼女に向けフェルルは 「ユリアナさん」 そう名前を呼んだ。彼女の自分からは決して名乗らない本名を。 只ならぬ雰囲気に顔を向けたユーリはそこに真剣な眼差しのフェンリエッタ(ib0018)やアレーナ・オレアリス(ib0405)がいる。ウルシュテッド(ib5445)やクルーヴ・オークウッド(ib0860)もだ。 「ユリアナさん、フェンや皆さんから話があるみたいです」 「貴方に話したいこと、聞きたいことがあります。答えて貰えますか」 ユーリはそう告げたフェンリエッタに 「はい」 真っ直ぐな瞳でそう答えたのだった。 ジルベリアの夏は黄金よりも美しいと言った者がいるらしい。 誰が言ったか知らないがその言葉は真実であると真亡・雫(ia0432)は感じていた。 「暑くもなく、湿気もない。黄金より美しいジルべリアの夏、かぁ…こんな時でもなければゆっくりと散策してみたいけれど」 空を見上げていた雫はふと、さっきのことを思いだし微かに眉根を上げる。 そして首を振る。 「いつまでも囚われても気にしてもいられない。調査に入ろうか」 「そうですね」も頷きあう。 「私はちょっと別行動になる。では、後で…な。行くぞ」 マックスがからくりを伴い先だったのを先頭に開拓者達はそれぞれに調査へと動き出していく。 「では、行くか。フェン」 輪の中の少し、外。 立ち尽くす姪にウルシュテッドは声をかけた。 だが彼女は顔を上げない。考えに沈んでいるのだろうか? 「フェン」 「ごめんなさい。…今回は少し時間を頂けますか?」 ウルシュテッドは小さく微笑して頷いた。 「解った。俺は辺境劇場の調査に向かう。その後、暗殺者の様子を見に行くつもりだ。気持ちが纏まったら来てくれ」 霊騎ミーティアに跨って走り去った叔父やそれぞれに動き出した仲間達を見送り 『良いのか?』 「私は…考えなくてはならないんです。どうするかを…」 カラクリであるツァイスはそれ以上は何も言わず、誰よりも近くで真剣に考えるフェンリエッタを見つめていた。 ●評判の良い悪い男 南部辺境劇場にやってきたアレーナは改めて演出家兼、出演者として劇場内部の調査に当たっていた。 夏公演は今最盛期。 「でも、秋公演の準備も始めないといけないですからね」 チケットの販売方法などを再確認しつつ、ラスリールの情報を集める。 一人では正直手が足りないと思っていたが 「手伝おうか?」 やってきたウルシュテッドの申し出にアレーナは 「ありがとうございます」 感謝の笑みを零した。 それから数日、スタッフに労いの声をかけ筒話を聞いたり、過去の記録を調べたり、カラクリに情報を集めさせた結果、いくつか解ったことはある。 「ラスリール卿はこの劇場建設にあたっての提案者であり、衣装提供などの大事なスポンサーの一人、ということですからね。楽屋や裏口はフリーパスでしょう。調べてみれば事務員などにも何人もフェルアナ出身者が見つかります。その全てが彼の手の者、と言うわけではないでしょうが…」 「そういうことなら、今回の犯人は捨て石としても、これからも自由に暗殺者もスパイもおそらく自由に送り込めるだろう。劇場建設を提案したのも…、そういうこと…か」 「ええ。彼が最大の益を得るとすれば、辺境伯の弱みの冬蓮と更にユーリの弱みを押さえ傀儡とし、反乱者から皇女を救いだして結婚し皇族の仲間入りをするという筋書。辺境伯の権威を失墜させられればさらに一石二鳥。あの人ならその為にあらゆる策を使う筈。そんなことは…勿論させられませんが」 情報共有も小声になる。 調べているようで、こちらが調べられている可能性は十二分にあるのだ。 「思い通りに、させる訳には参りませんね。その為にもリリーさんには十分注意して貰わないと…」 「保安態勢も整えて貰う様に話をしよう。できることは全てやっておかないと、な」 二人はそこかしこに感じる暗い気配に身震いをしたのだった。 今回の調査で一番、移動距離が長かったのはニクスであったろう。 「ふう、シックザールかアンネローゼでも連れてくるべきだったかな」 最後の目的地、ジェレゾ近郊バートリ家で彼は背負ってきたアーマーのシュナイゼルを展開させながらため息をついた。 だが、このシュナイゼルのおかげで騎士と尊重され、いろいろな意味で話が早かったからまあ良しとしようと思う。 「お久しぶりです。ニクス様」 ふと聞き覚えのある声にニクスは振り返った。 「君は…。元気そうだね」 そこにいるのは以前出会ったユーリの側近の一人であった。ありがとうございます。 と頷いてその子はそっとニクスの耳元に囁いた。 「最近、ある貴族の方からよくお手紙が寄せられます。ユリアス様にお見せしてもいいでしょうか?」 その差出人の名前が耳に入ったと同時、今度は逆にニクスがそっと耳を寄せる。 いくつかの指示と願いを囁いた後、ニクスは自分を見つめる丸い目をまっすぐに見つめ直した。 「俺はユーリの味方であるつもりだ。信じて貰えるか?」 「はい。勿論」 返る笑顔に頼もしさを感じながら、ユーリの故郷でも、乳兄弟であるオリガ達の元でも感じるラスリールの影にニクスは胸に広がる不安という名の暗雲を消し去ることはできなかったのだった。 「イリス…気を付けろよ」 願いをそっと空に向けて呟くほどに。 所変わってフェルアナ。 「ラスリール卿は有能だが油断のならない人物…。南部辺境の既に重要人物の一人…ですか」 『必要なら後で時間をとるから、って辺境伯からの伝言だよ。マスター』 「ありがとう、刻無」 「聞き込みしても評判も…上々。知らなかったら、何も悪いところ…見つからなかったかも。ね? 天澪。八曜丸」 近郊の街で一回りの聞き込みを終えて待ち合わせ。フェルアナで合流した雫と柚乃は並んで歩く。 フェルアナは小さな村の割に活気が良くて、人も多い。人妖と人間、加えてもふらが一緒に歩いていても気にされない。あちらこちらで旅芸人が集まり、まるで祭りのようだ。 「前領主が最低の貴族だったとの話ですからね。それに比べれば、と思うのかもしれませんが…」 おや? と雫は目を前に向けた。 そこにはイリスがいた誰かと話をしている。 「…大丈夫、そう?」 「イリスさんなら大丈夫でしょう。でも…」 傍にいる男達があまり良い人種には見えなくて二人と二人と一匹は身を隠した。 やがて話を終えたイリスが大きなため息とともに歩き出す。 近くで控えていた忍犬、ゆきたろうが近寄り甘えるのを見て、二人もまたイリスに駆け寄った。 「あ、雫さん、柚乃さん」 二人にイリスは微笑む。 「大丈夫でしたか?」 気遣う雫にイリスは小さく頷く。 「あの人達はある酒場のスカウトさん達です。働きませんか? と声をかけられてお話を聞いていた所です」 「えっ?」「何故?」 驚く二人にイリスは答える。 「ラスリール卿が良くおいでになる店だそうですから。上手く取り入れるかどうか解りませんが、チャンスがあればと思っています」 もしかしたらラスリールの別の顔が見れたり、何か話が聞けるかもしれない。 「義兄さんではありませんが不本意ですけれど…」 イリスは強く手のひらを握りしめていた。 ●二つの会談 フェルアナの領主館。 「ようこそ。フェルアナへ。歓迎いたしますよ」 出迎えたフェルアナ領主ラスリールに、フェルルは優雅に、クルーヴは丁寧にお辞儀をする。側に控えるフェルルのウールヴは促されてであったけれど。 「この度は突然の面会に応じて下さいましてありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ。アーマーを見せて頂き普段はあまり見慣れない子供達が大喜びです」 クルーヴは恥ずかしそうに頭をかいた。今頃、彼のヴァンブレイスは子供達のアイドルだろうか? 「それで、何かご用ですか?」 だが、相手はラスリール。油断はできない。射抜くような目で問われてフェルルは 「用と言うほどではないのですが、南部辺境劇場のリリー嬢にアプローチされたと伺ったので。アリアズナ姫とはその後、どうなさったのかと思いまして」 「アリアズナ姫とは今も良いお付き合いをさせて頂いていますよ。ただ、互いに領地が忙しいですからね。直ぐに結婚とか言う話にはならないと思います」 ここまではアリアズナに聞いた時とほぼ同じ返事である。 「卿のお好みは強い女性、でいらっしゃるですか?」 「そうですね。自分の意思を持たず流されるような女性にあまり魅力は感じません。強い信念を持ち前に進もうとする女性が好みですね」 「だから、リリーさんに求婚を?」 「あれは求婚ではありません。リリー嬢はいろいろな意味で魅力的な女性ですから、一ファンとしてお声をおかけしたまでです。強引にどうこうするつもりはありませんよ。嫌われてしまいますからね」 「なるほど。勉強になります」 クルーヴは嫌味でもなく、牽制でもなくそう頷いた。 たわいもない会話に紛れさせた質問でラスリールはユーリの正体を、どこまでか解らないが気付いている。 そしてそれを利用しようとしている。そこまでは確信することが出来た。 見る限り油断のなさは変わらず、何かを企んでいるような様子も変わらない。 そろそろ潮時、とフェルルはクルーヴに目で合図をした。 「ラスリール卿。突然お伺いしてお時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。そろそろお暇させて頂きますが最後に、伺ってもよろしいですか?」 「何でしょう?」 「貴方の理想の社会では、人はどう暮らしていきますか?」 今までの質問とはまったく色の違う問い。 だが彼の返事はただ一言の即答であった。 「自由に。己の望むまま、何物にも囚われず自由に」 「解りました。ありがとうございます」 退室した二人は顔を見合わせた。 「違いますね」 クルーヴの言葉にフェルルは頷く。 確かに違う。ユーリの理想と彼の目指す未来は。 フェルル、クルーヴがラスリールとの面会を終えた頃。 フェルアナの場末の酒場でもう一つの会見が行われていた。 「何の用だ?」 約束の時間よりかなり遅れてやってきたアルベルトは明らかに不満げな顔を浮かべている。 ユーリについての話がある、と言って呼び出したが、おそらくユーリの添え書きが無ければ来なかったと言う顔をしているので。 「お前さんが守れと依頼してきた美しい領主さんだが、どうやら女だったらしい」 マックスは前置きなしに用件を告げることにした。 「女? ……それは面白い冗談だ」 アルベルトは驚く様子も見せずに平然としている。 「例えば、俺はお前が女だということを知っているぞ、と彼女に近寄ってくる輩が現れたら、その時はどうするね。また私を雇ってそいつを始末するかい?」 「どうして俺が始末しなければならない? いっておくがユーリは女じゃない。そうだろう?」 アルベルトは開拓者がユーリは女であることを知っていると解っている筈だ。 ユーリはアルベルトには『全てを話している』と言っていたし、この会見を促す手紙にもきっとそのことを書いたはずである。 だが彼はユーリが女であるとは言わない。 「いずればれるにせよ、ユーリが男である必要性が今はまだ有るのか?」 「ユーリは男だ。ユーリがそう言っているのだからな。つまらんデマを口にするのはやめてもらおう。そして俺とユーリは友人だ。その友人を侮辱する者は……ふふん。わかるだろう。鳥も鳴かずば撃たれまい、という言葉が天儀にあるそうだ」 「友、と?」 驚いたようにマックスは目を見開いた。 アルベルトは決して甘い男では無い。その彼にここまで言わせるとは…。 「解った。では、最後に一つ聞かせてくれ。ラスリールという男がいる。ユーリに言いよっている貴族だ。彼をどこまで信用してよいと思う? ユーリに接近を図っているが好きにさせるかい?」 質問に返ったアルベルトの答えを聞くとマックスは小さく肩を竦めて見せたのだった。 ●風の行く先 「と、いうわけだ」 アルベルトとの会談を終えたマックスの話を、開拓者達はそれぞれの思いで聞く。 『ユーリは馬鹿じゃない。どころか俺の知る限り、最も利口な奴だ。ラスリールは油断のならない男だが、ユーリなら心配はいるまい』 「お話からするに、アルベルトさんとユーリさんの間にはある種の信頼関係があり、アルベルトさんとラスリール卿の間にも何かがあるようですね」 「アルベルトさんとラスリール卿との間にありそうな協力関係とユーリさんとアルベルトさんが交わした条件が達成目標の為に邪魔し合わないものなのか不思議に思うところですが…」 「むしろアルベルトはかなりユーリをかっている様子だった。恋愛感情では無いと言ってはいたがね」 意見交換に余念はない。 「アルベルトさんにはユーリさんが眩しいのかもしれませんわね。一途なユーリさんの思いが」 チェーニやフェイカーとも関わる一筋縄ではいかない男アルベルト。 彼が己のやり方でとはいえユーリに力を貸そうとする理由をアレーナはそう分析する。 「ユーリさんは、きっとこれから先も揺るがないでしょう」 話を聞きフェルルは噛みしめるように言った。友、フェンリエッタとユーリの会談を思い出していた。 『ユーリ、一つ忠告しておく。己だけが辛いとは思わぬ事だ。まるで世の不幸を一身に背負って八つ当たりをしているように見えるぞ。俺達には他人の復讐の為に失って良いものなど何一つない』 『私、皇帝陛下を憎んでいるとか、復讐の為に革命を起こすと申し上げた事がありましたか?』 ウルシュテッドの忠告に彼女はそう答えた。 『違うのですか?』 『違います。志体持ちの方にも貴族にも皇帝陛下にも私は直接の恨みはありません。皇家も貴族階級も即座に廃止と願っている訳でもありません。ただ、皇帝が全てを所有すると言う今の体制は間違っていると思うから、打破したいと願う。誰もが自分に自由に生きられる世界を作りたい。それだけです』 二人の議論は続く。 『貴方が言うように己の生は己のものだと思う。私みたいに無能なテイワズや貴族もいるし貴族社会の腐敗も同感。貴族の身勝手で生まれた子の不幸も見てきた。 …だから思う所も沢山ある。誰もが高い志を持つ訳じゃない。履き違えられた自由は権利をのみ求め暴走し、異なる宗教や思想の共存には争いが絶えないもの。それでもアヤカシもなく真冬に家を失っても生きられる気候なら賛同できたかも…』 フェンリエッタの言葉は真剣であった。 『でも話を聞く限り貴方の理想は人間だけの都合に思えるの。アヤカシやこの大陸ならではの環境の事も考えているのかしら』 『ならば皇帝陛下や貴族は、国民全てを守り、手を差し伸べて下さっていますか?』 『えっ?』 だが返すユーリも夢想ではない思いと決意を持って答える。 『厳しい環境なればこそ、全てを皇帝に任せて危険に対して思考停止する今の人々の気持ちを変えたいのです。民は全て皇帝陛下のもの。でも、皇帝陛下は民全てを守っては下さらない。なら自分の命も思いも自分のものであるべきと私は考えます。もっともその思考の原点が「皇帝陛下も貴族も誰も自分達を助けてはくれない。ならば私はお前達になんか従わない!」そんなヒステリーであることを否定はしませんが』 自嘲するように笑って彼女は続ける。 『守護されること、支配される事に慣れてしまっている人達の意識を変え、自分自身の力と意思で生活していくことができるようにする為には、指導者の存在は不可欠です。それが別に皇帝という存在であってもいいのです。しかし、その指導者がガラドルフ大帝のように民を我が『物』と思う方であってはならないと思うのです』 『それで皇帝を倒し、その指導者にあなたがなる? と?』 『必要ならば。でも私が欲しいのは皇帝を倒す事ができるという事実と説得力です。ただ巨神機に頼ったヴァイツァウとは違う道を行きたいとは思っています。人の力を結集させて皇帝を倒したい…』 体制を変えたいだけだ、とはいえ皇帝を倒すとなれば今のジルベリアを丸ごと敵に回すことになる。 犠牲は0ではすまないだろう。 『地に乱をもたらす悪人と取られても仕方ありません。それでも、私は皆が自由に生きられる世界を諦めたくないのです』 フェンリエッタをユーリは見据え、フェンリエッタもまたユーリを見つめる。 助け舟を出す様にアレーナが優しく声をかけた。 『人の心の闇は深淵よりも深く見え難いものですわ。その理想も利用されるかもしれません』 『はい。でも、私は闇の中に誰しも必ず光を持っていると信じたいのです』 キュッ。微かな音と共にフェンリエッタは口を開く。 『私にも故郷や家族を…同胞を守る権利がある。だから私は貴方の敵になる。本当に流血を望まないなら、敵である私を納得させられる道筋があるのか…その先の展望を教えて』 フェンリエッタの質問にも、ユーリは思う革命の作戦については具体的な内容を口にはしない。 またそれが成った後の具体的な展望はまだ稚拙であったり、甘いと感じるものが多い。 それは口では違うと言っても皇帝や貴族、志体持ちへの羨望や憎しみが根底にあるからだろうか。 『誰しも当人しか持ち得ぬ痛みや悩みがあって当然なんだ。君が自らの境遇を特別と思う限り、言動の端々に己や他者への差別が滲む。それでいくら言葉を交わそうと、真に人と向き合い理解し合う事など出来よう筈もない。 差別と区別は別物だ、それを忘れないでくれ』 『肝に銘じます…。私の行く道が間違っている時はどうか教えて下さい』 その後、フェンリエッタは場を離れた。ウルシュテッドは後を追う。 ウルシュテッドはその後劇場や暗殺犯の調査に加わってくれていた。フェンリエッタも影から手伝ってくれていたかもしれないが…。 ユーリの答えに何を思ったか。本当に敵に回るかどうかは…今は解らない。 そして開拓者達も、知った以上また考えなくてはならないだろう。 「いろんなことを踏まえた上で私達がどう出るか、かな?」 チェーニ、フェイカー、ラスリール。 油断できない敵の中で、ユーリがどこまで自らの意思と願いを貫き通すのか。 そのユーリの力となるか支えるか、潰すか。倒すか。 「リリーさんと卿の会談はそれを僕達が決めてから、ですね」 動き出した風。 その行方は今、開拓者達に委ねられているのだった。 |