【南部】迫る闇影
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/18 03:21



■オープニング本文

 どこまでも広がる新緑が美しく広がり輝くジルベリアの初夏。
 南部辺境、春花劇場は植えられたヒマワリの花が日に日に背を伸ばして来ている。
 もう蕾を付けた気の早い花もあって、来月にはかなり咲きそろうだろうと言われている。
 周囲の果樹園では食べる宝石と称えられるベリーや果物が実を結び、郊外を歩けば一面の雛菊の花園が訪れる者を出迎える。
 この季節の南部辺境は、実は劇場建設前から人気の観光地の一つであったのだ。
「今年は劇場も開幕した。例年以上の観光客を見込みたいものだな」
 そう告げると南部辺境伯グレイス=ミハウ=グレフスカスは二通の書面をしたためると部下にギルドに持っていくようにと伝えた。
 と、怪訝そうな顔で側に控えていた従卒の少年が声を上げた。
「あれ? おじさん? じゃなかった辺境伯。ギルドへの使者なら俺が行くのに…」
「オーシニィ。お前もいつまでも私の使い走りでは困るだろう。来年には騎士の叙勲をと父上から言われている。本気で訓練や勉強に励んで義姉上を安心させてやりなさい」
「あ…はい。解っています」
「それなら先生が待っている。こちらはもういいから行きなさい」
「解りました。では…」
 少年がお辞儀をして去って行くのを見送って後、辺境伯は机の奥に隠してあった文書を取り出す。
 その文書は開拓者からの報告書と、それに基づいて確認したある人物の身辺調査報告書であった。
「アヤカシや他の事だけでも頭が痛いと言うのに…。兄上。貴方と言う人は…」
 彼はそう呟くと複雑な思いをため息と、そして涙と一緒に吐き出したのだった。

 
 開拓者の元に辺境伯から開拓者ギルドに届けられた文書は二通。
 一通は南部辺境劇場の出演者たちに向けた新規夏公演の出演依頼であった。
 夏のバカンスシーズンに合わせてやってくる観光客に向けて、春の演目から夏の演目に変えたいので力を貸して欲しいというものである。
「かの演目は大人気ではありますが、季節に合わせた方が良かろうと、6月いっぱいで一度舞台を閉じることになっています。その後の新演目にお力をお借りしたい、とのことでした」
 そして、もう一通は劇場の護衛とあった。
「先の南部辺境劇場、こけら落とし公演の時、何故暗殺者が潜入したのか、未だ明らかにはなっておりません。その為、また劇場を狙う者が現れるかもしれない。ですから引き続き調査を欲しい、と言うのが辺境伯様からのご依頼です。よろしくお願いします」
 使者はそう告げると城へと戻って行った。
 係員はふと思い出す。
 先の調査で『ユリアス卿』という人物の元に贈られた空き席に暗殺者は入り込んでいたと言う事が判明していた。
 だが当の『ユリアス』は開拓者からの質問や、辺境伯からの問いに
「同行の予定であった部下が行けなくなったので私一人で参りました。チケットは私が参りました時、劇場にお返しした筈ですが」
 と告げたと言う。
 その言葉通り、チケットを受け取ったと言う者も見つかった。
「しかし、あの時は御来賓の方々が多くお見えになっており、その対応に追われておりました。チケットの入った封筒も頂いた記憶はあるのですが、受け取った後どこに置いたかは恥ずかしながらあいまいで…」
 これは劇場側の管理ミスではあるが、ある一つの事を指し示してもいる。
「内部の者が関係している…ということかな?」
 席が空いたことを知っていたか、チケットを盗んだか、他の手段にしても誰か関係者がなんらかの形で関わっていなければ難しい話になる。
 勿論ユリアスの話を信じるならだが。
 悪く考えれば返したと見せかけて実は返していなかったとか、また盗み返したとかのこともあり得るからだ。

 光が強ければ強い程、闇もまた濃いと言われている。
 夏の輝く光の中、ヒカリノニワは人の夢や笑顔を包み、その名の通り美しく輝く。
 しかし、そこに迫る闇もまた濃いのかもしれない。

 開拓者達は不安と予感が胸に広がって行くのを確かに感じていた。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ


■リプレイ本文

●信じる人
 南部辺境、春花劇場「ヒカリノニワ」は春公演を終え、暫しの休演期間に入っていた。
 前庭の広場や中庭は解放されていて決して人が少ない訳では無かったが、それでも舞台になにもかかっていないのは寂しいと、花の手入れを請け負う子供達は思っていたらしい。
 だから、喜びを隠せない表情で彼、彼女らは顔を見合わせた。蕾を開かせつつある向日葵の手入れにも力が入っている。
 さっき、劇場に辺境伯と、ヒカリノニワの出演者達が入って行った。
 きっと間もなく始まるのだ。
 皆が待ちに待った夏公演が…。

「ユーリ…どうしてここに…」
「フェンリエッタ(ib0018)さん、皆さん…お久しぶりです。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
 春花劇場の舞台裏、楽屋の一室で頭を下げた『娘』にフェンリエッタのみならず、数名の開拓者達が目を見開いた。
 目の前に立つ銀の髪の娘をフェンリエッタはユーリと呼んだ。
 開拓者の手を払い、貴族となった吟遊詩人。事情を知る者の中には苦い思いを抱く者もいる。
 しかしまさか、突然ここに本人が来るとは思わなかった。
 そして彼女をユーリと呼ばない者もいる…。
「リリーさん、ですよね? 貴方が何故ユーリさん、と?」
「オーディションにもいたし、一緒にこけら落とし公演にも参加したことを覚えてる。身体の具合を悪くして休んでいると聞いていたけど…。なんで彼女がここにいるの? ウルちゃん?」
 混乱したような顔のシータル・ラートリー(ib4533)やアルマ・ムリフェイン(ib3629)は助けと説明を求めるようにウルシュテッド(ib5445)を見た。
「フェルルが話に行ったら自分からここに来ると言ってね。まあ元から夏公演の前には来るつもりであったようなんだが…」
 彼はそう言って彼女の背を軽く叩く。フェルル=グライフ(ia4572)は別の調査に向かったのだが、今、それはあえて言わない。
「出来る説明と釈明は自分ですると言っている。だから辺境伯にも来て貰った。本人の話を聞いて判断してやってくれないか?」
 事情を察し始めているであろうアレーナ・オレアリス(ib0405)やイリス(ib0247)も複雑に絡み合った事態を纏めることに異論はない。広がる沈黙を同意と見て今はリリーの外見をしたユーリはそっと言葉を紡いだのだった。

「とりあえず、事情を知らない人物が纏めた方が解り易いかもしれないから僕が纏めさせて貰います。ユーリさんのことは知っているけど、南部辺境の事情にには今一詳しくないので勘違いしているような点がなければ良いんですが…」
 お久しぶりです、と辺境伯に挨拶をして真亡・雫(ia0432)はメモを開いた。
「まずはユーリさん。ユリアスさんとも名乗って男として生きてきたけれど、本当は女性でユリアナさんという。彼女はある目的を持って男性として貴族家に養子として入った。今はその家の実質的な当主で街の領主でもある」
「街の事はともかく家の事を勝手にできる権限はないのですが」
 苦笑する彼女に頷いて雫は話を続けた。
「ユーリは領主の傍ら協力者の力を借りながら人々の保護や、人脈作りに動いている。その過程で吟遊詩人の姿で街を歩いたり、リリーさんの姿で春花劇場に出演したりもしていた」
「はい」
 と彼女は答える。出演者達はユーリと言う存在が『男性』と思っていたからリリーがユーリと同一人物とは考えず気付かれなかったのだろう。
「こけら落とし当日、ユーリさんには貴族家としての招待状が行っていた。しかしここが重要ですね。ユーリさんはリリーさんとして出演しなくてはならないから代わりの人物、つまり影武者が当日ユーリさんとして観客席に座り、舞台を見ていた。万が一の時には互いに入れ替わることも考えて。だから使用人の席を使わなかった」
「まだ貴族として顔を合わせて間もない人物達なら、暗い劇場で誤魔化せるだろうと思ったのです。最悪の場合でも劇場から出る方法はいろいろある知っていましたので」
 確かに劇場内部を知り尽くしている出演者であるなら、人ひとりを隠したり逃がしたりすることはできるかもしれない。
「そして空いた席に何故か座っていた人物が暗殺事件を起こした。ユーリさんはその人物を全く知らない」
「はい。顔も名前も知らない人物です」
「状況からしてユーリさんに疑いをかけるようにしたと見れるのですが、ユーリさんが返却した筈のチケットを暗殺者は如何にして手に入れたのか…」
 結局のところ、事はそこに戻る。チケットをいかに手に入れ、それで暗殺者を入場させたのか…。
「では、そこのところを中心に調査を致しましょう。夏公演の演目の準備もありますから忙しくなりますよ」
 アレーナの言葉に皆が頷いた。それぞれに動き始めるその前に
「ユーリ」
 フェンリエッタは震える声で呼びかけた。
「どうして…自分からここに?」
「…いろいろとご迷惑をおかけして、本当は皆さんに合わせる顔など無いのですが…」
 目をそっと伏せたユーリは自分の元に訪れてくれたフェルルの言葉を思い出していた。
『貴方が描く夢を信じたい。
 だから貴方が自らの意志で進む間、私は力になります。
 けどそこにアヤカシの手や人に犠牲を強いる手口が見えたら、私は全力で止めます
 協力者が犠牲を強いる手を使ったり、陰謀でユーリさんの道が歪められても、止めます。それが私の道です』
「私を信じてくれる人がいるなら、それに応えたいと思ったのです。私にできる全てで…」
 お辞儀をして走り去るユーリを見送ったフェンリエッタはそっと、胸に両の手を重ねたのだった。

●劇場の光と影
 新演目の開演が正式に決まると、今まで眠っていた劇場は目を覚まして動き出す。
 大道具や小道具の準備、衣装の作成。練習。
 特に今回は演目や夏と言う事に合わせて特別な企画も用意されているようで開演間際の劇場は賑やかを通り越した活気に満ち溢れている。
「お疲れ様。フェンちゃん」
「はい、頼まれていた品物を持ってきました。交渉もうまくいって街の皆さんも協力して下さるそうです」
 走龍ジゼルから降りて荷物を降ろしたフェンリエッタは出迎えてくれたアルマに嬉しそうに笑いかける。
「そりゃあよかった。こっちも準備は万端、後は開演を待つばかり、かな。フェンちゃんの描いた話だから楽しみだね」
「叔父様は?」
「ウルちゃんは、ちょっと用事があるって。終わったら手伝うから進めててってさ」
 荷物を運ぶ二人の耳に掃除係や、花係の子供達の歌声がふと聞こえてきた。
「こ〜ころ 繋ぐ 歌をあげる 望み〜 幸せ〜 明日へ架ける虹の橋〜」
「あ、この歌は!」
「そ。宣伝の時に歌ったあの歌。皆に気に入って貰えたみたいだね。結構流行っているみたいだよ」
 フェンリエッタは照れたようにあの時の事を思い出した。
 自分やフェルル、アルマ達と一緒に浴衣を着て広場や街で新作のPRをしたのだ。

「ウルくん。ん、似合ってる♪」『主…、ちょっと恥ずかしい』
「カフチェくんももう少し笑ってくれればいいのに」『勘弁して下さい』

「こころ 繋ぐ 歌をあげる〜
 望み 幸せ 明日へ架ける虹の橋
 踏み出した一歩を 讃える歌を
 凍える夜に涙して 輝く朝に目覚めたら
 貴方にひとつ 呪文をあげる
 カナデヨ ツドエ ヒカリノニワヘ〜♪」

「楽しかったよねえ〜。興味持ってくれた人も結構いたみたいだからイベントも舞台も上手くいくよ。きっと…どうしたの?」
「私の居場所はここにあるのでしょうか…」
 ふと立ち止まったフェンリエッタにアルマは小さく笑って片目を閉じた。
「あるに決まってる。無ければ作ればいいんだよ」
「アルマさん…」
「さあ、行こう。舞台稽古も大詰めみたいだよ」
 二人が歩いて行くヒカリノニワにはその名の通り光が溢れていた。

 しかし闇の影もまた、ある。
「どうやら、考え違いをしていたかもしれないな」
 建物から出てきたウルシュテッドは待たせていた霊騎ミーティアに跨りながら小さく呟いた。
 彼はさっきまで皇帝陛下暗殺未遂事件の犯人と話をしていた。
 無理に情報を引き出そうとせず
「税は決して軽くないな。俺も家族を守る為に出稼ぎをする身ゆえ、少し解る気がするよ」
 同調し、雑談の中から情報を引き出す様にしたのだ。
 その中でさりげなく出した『ユーリ』の名前に彼はまったく反応しなかった。
 だが言葉の端々に
「自力で今の地位を勝ち得た方」「志体も無いのに、あの人は他の人とは違う」
 と『大恩ある尊敬する人物』が出てきたのだ。
 基本的に世襲と志体以外でのし上がることが難しいジルベリアで彼の言う人物に当てはまる人間をウルシュテッドはユーリ以外に一人しか知らなかった。
「ミーティア。急いで戻るぞ。今なら、フェン達の芝居の開演に間に合うだろう」
 そう言って彼は手綱を持つ手に力を込めたのだった。

●「星盗人〜人と守護星の物語」
 春花劇場の夏公演。
 その初日のチケットは噂によるとプレミアがついたとか。
 今回の招待客はそれほど多くなかったが、大人気となり初日の舞台を見れる者はそう多くは無かった。
 だから幸運にもチケットを手に入れた人物は劇場で驚きの声を上げたと言う。
 天儀風に飾られたロビーにはジルベリアでは珍しい竹が飾られ、色とりどりの札や飾りがかけられている。チケット係や受付もごく一部を除いては皆、天儀風の衣装を身に着けている。そう言えば街でもそれに合わせた売り出しをしていた。
 希望者には衣装を着付け貸し出すサービスがあり、着付けを担当する女性を手伝いながら可愛らしいカラクリの少年が客寄せをしていた。
「あ、リーガの歌姫」
 澄みきった歌声に合わせて踊る異国の肌の少女と天儀風の衣装が不思議に合っていて目と心が惹きつけられるようであった。
「良ければ、これをどうそ」
 差し出された紙の札に客が首をかしげると案内役の娘が微笑んだ。
「天儀には七夕という風習がありまして、この札、短冊に願い書き笹に飾ると叶うと言われています」
 興味から願い事を書いていく者も多いようだった。
 一時も飽きさせない演出に観客たちはロビーでの時間を楽しみ、やがて開演を告げるベルが鳴った。

 客達が次々に劇場へと吸い込まれていく中
「ん?」
 観客に紛れていた雫はふと、ある人物に気付いた。
 スタッフの一人に案内されてくる貴族の風情の男性。
「その方は?」
 声をかけるとスタッフは笑顔を見せる。
「あ、雫さん。この方は南部辺境のご領主の一人、ラスリール様です」
「はじめまして、ですか? よろしくお願いします。後で楽屋にご挨拶に伺わせて頂きますね」
 そう言って彼は自分の席に向かった。
 ラスリールが貴族であるというのなら、自分が守るべき招待客の一人だという事は解っている。
 それでも
『マスター。どうしたの?』
「大丈夫。刻無。できればあの人の側で見張ってて」
 背に感じる冷たいものを雫は感じずにはいられなかった。

「さて、いよいよ開幕です」
 舞台袖、集まった出演者やスタッフを前に演出家兼脚本家兼出演者アレーナは静かにそう言って微笑んだ。
「今回のお話の原作は私ではなく、フェンリエッタさんですが、とても優しく、ステキな物語です。それは準備してきた皆さんの方がご存知ですよね」
 そうして周りを見回す。
「これまでの練習の成果と仲間を信じて、全力を出しましょう。そうすれば、成功は自ずとついてきますから」
 演技や準備には厳しいが、いつもスタッフに話しかけ、相談にのってくれるアレーナを皆、尊敬している。全員がやる気を漲らせていた。
「アルマさん。お願いします」
「了解!」
 暗闇の中、一筋の光が舞台に飛び出したアルマを照らした時、物語は始まったのだった。

「さてさて、皆様。今宵語ります物語は空を照らす星のお話。
 人間は一人に一つ守護星があるという。
 死して人の体は土に還り、魂は星になる。
 星は最後に願いを叶え降り注ぎ、新しい命を芽吹かせる

 人々の願いを聞き届ける星の日常。
 きらきら楽しげにさざめいて、いつも人々を見守っている…」
 音楽に合わせたアルマの口上が終わると星役の役者が現れて
「願い事を、叶えましょう。ステキな誰かと出会えますように」
「作物が豊かに実りますように…」
 願い事を語る。これは短冊に書かれていたもののいくつかだ。客席参加型の舞台の趣旨を気付いた者がいたかは解らない。
 流れ走り去っていく星達と共に舞台は場面変換。
 物語へと変わって行った。

 青年は病気の恋人を救う為、恋人の傍を離れ方法を探し回っていました。
「待っていて。愛しい人よ。必ず助け出すから」
 薄桃色の髪の青年は東の名医を訪ね、西で薬草を探し、南の精霊に祈ります。
 そして北の魔法使いの元にたどり着き、聞いたのです。
「大勢の守護星を集めて願えば良い。より強い効果を望めるだろう」
 小さいけれど威厳のある魔法使いの青い瞳に青年は決意します。
 星盗人になろう。と。
 龍を駆り青年は空を目指します。
 しかし知った天の神が怒り、分厚い雲で行く手を遮り雷を降らせたのでした。
「退け! 愚か者よ!」
「嫌だ! 大切な人の命。それ以上のものなどない!」
「ならば許さぬ!」
「うわあああ!!」
 …雷に打たれた青年は墜ちて命を落とす筈でした。

 しかし彼は目を覚まします。
「生きている…。どうして?」
 気が付けば光に包まれた銀の髪の娘が彼の目の前に立っていました。
 傷だらけの彼女は青年と恋人の守護星。
 星の命を捨てて、彼を守ったのです。
「貴方の命が消えたら、何の意味もありません。側にいて欲しい。それが彼女の願いです。
 貴方が側にいることが、貴方の笑顔こそが彼女の薬。
 願いを叶える星も叶えられない願いを叶えてあげて。どうか戻ってあげて…。彼女の元に」
 そのまま星は力尽き、青年は星を土に還したのでした。
 故郷に戻った青年は、恋人から片時も離れず看病を続け、やがて恋人は快癒します。
「ありがとう。貴方の笑顔が何よりの薬よ」
 彼女は金の髪をなびかせて美しい笑顔でそう言います。
 守護星の言葉は真実だったのです。
 そして二人の守護星は、春に桜、夏に向日葵となって花を咲かせ…
 今も二人を見守っているのでした…。


 ナレーションのアルマが物語を語り終えると、拍手が沸き起こり満場に広がって行った。
 出演者たちは鳴りやまないカーテンコールに公演の成功を確信したのだった。
 
●向日葵の願い
 南部辺境春花劇場の夏公演は評判も上々で、早々にロングランが決まった。
 日ごとに咲き揃う大輪の向日葵と相まって劇場には連日多くの人が集まっている。

「フェンの向日葵、しっかり咲いてますね…♪」
「フェルル…」
 公演の空き時間、劇場の窓からそんな人々を見つめるフェンリエッタにフェルルは声をかけた。
「あら? そのコートは?」
 彼女の手には辺境伯のコートと皆に配られた希望の花飾りが握られている。
「打ち上げの時…お返ししようと思ったのですが…」
『誕生日、おめでとうございます。それと…コートをお返しする為に来たんです。約束…守れなくて、裏切って、ばかりで…ごめ、なさい…』
『何も、何一つ、貴女が悪いことは無いのですよ。謝る必要はありません。むしろ…私の方こそ…』
 目頭が緩むのを止められず、ボロボロと泣いてしまったフェンリエッタをそっと、彼は抱きしめてくれた。
 まだ恋人の抱擁ではなかったけれど、フェンリエッタは彼の胸元で泣いたのだった。
「フェン…。リィエータさん。辺境伯のお兄さまの奥さんで辺境伯の義姉さまに当たる方は辺境伯の憧れの方であったという話を耳にしたんです。おそらく初恋の方であった、と」
 リィエータとの話と、聞き込みの結果解ったことを彼女はそっと告げる。フェンリエッタに話すべきか迷いもしたのだが…
「!」
「でもリィエータさんはお兄さまと結婚し、さらに御主人を出奔という最悪の形で失った。後に残された辺境伯は…きっと思いを告げることはしなかったのでしょう」
「…そんな…」
 言われればいくつか思い当たることもある。だから、とフェルルは言うとフェンリエッタの手をとった。
「ねえ、フェン。リィエータさんはけじめをつけたいとおっしゃっていました。だから今度の件、ちゃんと調べて決着をつけませんか? そうすれば、きっと辺境伯も前に進めると思うんです」
「決着…?」
「ええ、今回は夏公演の準備があって調べきれなかったこと。お兄さんの出奔や冬蓮さんの背景とかを慎重に時間をかけて調査するんです。アレーナさんのからくりが聞いたという噂話では冬蓮さんにはお兄さんがいて、お父さんもお母さんも既に亡くなっているとか。隠されているから火種になるんです。明かして終わらせてしまいましょう」
 フェンリエッタは無意識にポケットに手を入れた。コートの中にいつの間にか入っていた小さな香水瓶。これの意味は…
 その時だ。
『二人とも!』
 突然飛んできた小さな小鳥が、間に割り込んできた。
 即座に人の形を取り戻した彼は…
「刻無くん!」
 雫の人妖刻無であった。
『急いで楽屋に! マスターが呼んでる!』
「何があったんですか?」
『とにかく急いで!』
 二人は顔を見合わせると走り出した。

 楽屋前をからくりが止める。
『無法はお止め頂きたい。ここは楽屋。関係者以外は立ち入り禁止です』
「カフチェ。…大丈夫。下がって」
 アルマに引かれてとりあえずからくりカフチェは退いたが、歩を進める青年貴族をカフチェも開拓者達も睨むように見つめた。
 大きな花束に整った外見。知らない者が見れば王子様のようなこの男
「ラスリール様、お久しぶりですわ。お元気そうで何よりでございます」
 アレーナが優雅にお辞儀をする。貴族のお辞儀で返礼した姿は文句のつけようのない美青年であるが、ラスリールと呼ばれた彼に好意の感情を持った者はその場にはいなかった。
「別に無法をしているわけではありません。この劇場の関係者の一人として出演者にご挨拶を。前にそこの方には言っておいたんだけれど通じていませんでしたか?」
 横目で見られた雫は何も言わない。招待客で、南部辺境の貴族で、劇場の関係者の一人だと聞いていてもこの男の何かを企んでいるような目は嫌なものしか感じさせない。
 警護対象として勿論護衛に手は抜かなかったが…。
「まあ、今日の所は皆さんに用事は無いんです。私が用があるのは…」
 そう言うと開拓者達の間をすり抜け、唸り声を上げる護衛の忍犬達も気にも留めず奥にいたリリーに彼は花束を差し出した。
「リリー姫。私は貴方のファンになってしまいました。今度、どうかお食事にでも…」
「え? 今回の主役はアレーナさんとイリスさんで、私は脇役の守護星で…」
「いいえ。我が身を捨てて主人公を助ける、その姿に私は心奪われたのです。…ユーリさん」 
 驚愕する彼女にラスリールが手を伸ばした。彼がリリーに触れようとした瞬間
「ゆきたろう!」「忠司さん!」
 二匹の犬がその間に割り込んで吠える。主の命令や不審者、と言う以上の何かを感じているようだ。シータルはハッとした。
 犬達の調査は人の出入り激しく、掃除も行き届いている劇場では芳しい成果を上げられなかったが、でも貴族の招待客としても関係者として裏にも、そしてこうして楽屋にも入れる人物がユーリ以外にもう一人いる。
 犬たちも唸っている。事件当日と、今、共通の匂いを感じたのかもしれない。
 目の前の男、ラスリールの…。
「今日は日が悪そうですね。ではまたいずれ…」
 ラスリールが部屋から出ると同時、震えるリリーにイリスとアレーナは駆け寄った。雫とウルシュテッドは顔を見合わせると男の後を追っていく。
 やがて帰ってきたフェルルとフェンリエッタに事情を説明したシータルとアルマは口を揃えて言ったという。
「あの人が怪しい」
 と…。