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■オープニング本文 【これは陰陽寮新三年生用シナリオです】 ●熱き砂塵 エルズィジャン・オアシスを中心とする戦いが始まった。 アヤカシはオアシス――もっと言えば、オアシスにあった遺跡の内部から出土したという「何か」を狙っている。 王宮軍と遊牧民強硬派の確執も強く、足並みも中々揃わない状況が続いている。もちろん、アヤカシはそれを喜びこそすれ遠慮する理由などはなく、魔の森から次々と援軍を繰り出しているという。 おそらくは、激しく苦しい戦いになるだろう。 しかし、何も主戦力同士の大規模な野戦ばかりが戦いの全てではない。熱き砂塵の吹きすさぶその向こう、合戦の影でもまた静かな戦いが繰り広げられようとしていた。 その中で、自分達は何をすべきか…。彼らは自分達が試されていると感じていた。 ●異境の魔の森 進級試験も無事終わり、三年生を送る会も済み、新一年生の入寮試験も始まった。 現一年生。まもなく二年生となる寮生達は入寮試験の試験官に駆り出されている。 なのに、今年は二年生達は試験に不参加であると言う。 その上で、今日この講義室に集まるようにと指示を受けていた。 「今年もてっきり、試験の手伝いをやるもんだとおもってたんだけどな?」 だが、少し前まで場を支配していたそんな呟きとざわめきも、訪れた寮長と、その後に続いた『少女』に一瞬で消え失せた。 「凛!!」 名前を呼ばれたカラクリの少女は、ニッコリと微笑む。 『皆様、ご心配をおかけしました』 駆け寄る者、抱きつく者、見つめる者、それぞれであるが一度失われたこの微笑みがまた目の前にあることを喜ばない者は誰一人いなかった。 パンパン。 乾いた音が場に響く。 寮長が手のひらを打った音だと気付いた寮生達は、慌てて席に戻って行った。 全員が着席したことを確認して、朱雀寮寮長 各務 紫郎は寮生達の前に改めて凛を伴って立つ。 「まずは皆さん、進級試験合格おめでとうと言っておきましょう。また、皆さんのおかげで凛も無事回復しました。三郎からも感謝の言葉を預かっています」 二年生達は寮長からの褒め言葉にそれぞれ顔を綻ばせた。 「ですが」 とはいえ寮長はいつまでも寮生の顔と心を緩ませたままにはしてくれない。 厳しい声と共に眼鏡を指で押し上げる。 「ここで気を抜いて貰っては困ります。皆さんは間もなく三年生となるのです。陰陽寮の三年生。改めていうまでもない事でしょうが、最上級生の自覚と責任を持って今まで以上に勉学や研究に励んでくれることを期待していますよ」 寮長の言葉に寮生達は背筋を伸ばした。 自覚と責任。 その言葉の意味を噛みしめるかのように。 寮生達の真剣な思いと眼差しを受け止めて、寮長は小さく微笑み頷くとさて、と本題にと話を変えた。 「現在、皆さんもアル=カマルの事変については聞き及んでいると思います。もしかしたら参加している人もいるかもしれませんが、現在アル=カマルでは魔の森と本格的に向かい合っての戦闘が発生しています。オアシスを巡る内乱等もあり、ことは対アヤカシとばかりはいかないようではありますが、しかしこの事変の行く先は五行も大きく注目するところです」 確かにアル=カマルの事変は今までにない形の魔の森との戦いである 「そこで、皆さんにはアル=カマルに赴き、アル=カマルのアヤカシの実態調査などを行って貰いたいのです。このような時でもないと、と言っては不謹慎ですが他の儀の魔の森に接近することができる機会などはそうありません。特にアル=カマルのアヤカシは天儀とは違う独特な進化を遂げているものが多いので、今後の戦いにおいて人が有利に戦えるようにアヤカシの専門家、陰陽師の目で確かめてきて欲しいと思っています」 貰いたい、思っている。 寮長にしては珍しい使いまわしだと思っていると、その疑問を読み取ったように彼は続ける。 「皆さんは既に二年生の授業を終えていますので、今回は課題外の活動になります。参加しなくても成績評定が下がることはありませんし、参加を強制はしません」 「と、いうことは授業では無い、と…」 「ええ。アル=カマルでアヤカシ調査を行って来ること。参加者の必要経費、その他は陰陽寮で持ちます。レポートさえ提出すれば向こうでの活動も規定はしません。とはいえ内乱に巻き込まれることは望ましくありませんが…。集められた資料は五行で纏め、要望があればアル=カマルに提供する用意があります」 あちらは戦地。確かに向こうで陰陽寮生達ができることはいろいろあるだろう。 「三年生となれば、二年生の時とはまた違った形の課題と向き合うことになるでしょう。この一年を振り返り、自分自身を見つめなおす意味でも、そしてアル=カマルの人達の役に立つという意味でも、五行の研究と情報収集に役立つと言う意味でも無益な旅にはならないと思いますので、参加を希望する者は私の所まで来て下さい」 そう言うと、寮長は去って行った。 凛が残っている、ということは彼女を連れて行っていいということかもしれない。 アル=カマルの戦乱は内乱の様相も孕んで混戦の様子だ。 アヤカシの襲撃はまだ続いているのだが…。 人と人の戦いに、彼らが口を出すことはできない。 しかし、それが終った時、少しでも役に立つように状況を調べることは、確かに無益でも無意味でもないだろう。 六月もあと僅か。 七月になれば三年生との別れ、そして入寮式の後は、自分達が三年生になる。 眼前に迫った時。 「行ってみようか…」 陰陽寮の最上級生としての自分と向かい合う為にも。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●アル=カマル調査隊 ジルベリアの日差しは強い。 じりじりと焼け付く様に熱い。 「空に近いからより暑いってわけでもないと思うけど…。本当、この暑さは何とかして欲しいなあ」 呟く様に言う俳沢折々(ia0401)の呼吸もいつもより荒い。 「うがち。まずは無理しないで近くのオアシスや集落を探すよ。前の皆から離れないで」 主の言葉に答えるように甲龍うがちは軽く旋回するとさらに高く上昇した。真下に見えるエルズィンジャン・オアシスに背を向けて。 試験に無事合格し、後は進級を待つばかりであった陰陽寮朱雀二年生達に、アル=カマルの魔の森調査の依頼があったのは三年生の卒業式を待つばかりとなった六月の事であった。 課題とは関係ないので参加を強制しないと寮長は言ったが、ふたを開けてみれば二年生は全員参加である。 「完全に火事場泥棒な感じで、いやはや寮長も黒いね?」 『そんな本当の事を言っていないでしっかり準備を手伝って下さい』 「…青嵐(ia0508)。お前さん…」 そんな軽口を言い合いながらも喪越(ia1670)は次期用具委員長と一緒に倉庫から、必要品の準備に勤しんでいた。 「皮の水筒や素焼きの壷に水、干肉干果実や、清潔な布、薬類、大きな厚手の布…持てる範囲、動ける範囲でできるだけ色々なものを持って行っておいたほうが良いですね。私達は使わなくても、戦乱に巻き込まれた方の救助などに使えるかもしれませんから」 「なら、少しはおいらの強にも積めるからよこしてほしいのだ! 賽子、賽子〜4なりね!」 準備品を確認する尾花朔(ib1268)は解りました。と平野 譲治(ia5226)に頷く。 そして譲治より少し先で嬉しそうに笑い、咲く少女達を眩しげに見つめたのだった。 「凛! また会えて…話せて、本当に嬉しいわ! よかった…」 「…おかえり」 「元気になりましたか?」 ぎゅうと、カラクリの少女凛を抱きしめる真名(ib1222)の傍で玉櫛・静音(ia0872)や瀬崎 静乃(ia4468)、泉宮 紫乃(ia9951)にアッピン(ib0840)も手に手を重ね微笑んでいる。 『ご心配を、おかけしたようで、もうしわけありませんでした…。何があったのか…今もよく解りませんが、こうして目覚めて、皆さんと一緒にいられることを心から嬉しく…思います』 からくりの顔ははっきりとした表情を作らない。 でも、 「心から…か」 黙って凜の頭をくしゃりと撫でた劫光(ia9510)の大きな手、そして寮生達の思いを、凛の『心』が感じている事が解るからそれぞれが、それぞれに幸せをかみしめていた。 「よ〜し! 凛ちゃんも無事戻ってきたことだし、アル=カマル行きの打ち合わせ、始めるよ〜」 よいしょ。折々が運んできた書物をテーブルの上に置く。 「アル=カマルは国交が開かれるようになってまだ間もないからね。図書室にもあんまり良い資料は無かったんだ」 「でも〜、本当に天儀には見られないアヤカシさんがてんこもりみたいですねえ〜。シュラムさんとかシュラムさんとかシュラムさんとか…」 アッピンも一緒に書物を広げて見せる。 「まあ、その辺はさておきある程度、調査の方向性は決めておかないとな」 真顔の劫光の言葉に寮生達の眼差しも真剣実を帯びる。 「今回も、基本寮生であることは隠す、でいいなりね。大規模に備えての調査や興味はあったが、やっと来れたって感じで」 「困っている方がいたら調査よりも救助を優先。それも、問題ありませんね」 「うん。基本方針はそれでいいと思う」 頷いた折々に譲治と紫乃は微笑むが 「ただ…」 と続く言葉に少し怪訝そうな表情を浮かべた。 「勿論、困っている人がいたら救助はする。でも今回に関しては救助ばかりに気を取られない方がいいんじゃないか、と思う。不慣れな砂漠の道中。相棒も含めた、私達の身の安全を第一に考えるくらいでちょうど良いかなーと思ってるよ」 「それは、その通りですが…」 「内乱に巻き込まれないように一番大きなエルズィンジャン・オアシスには近寄れない。魔の森周辺の集落やオアシスを調べて、そこを拠点にしつつお手伝いとかもして調査を進めていく、でいいんじゃないかと思うけどどうかな?」 寮生達の中から異議は出ない。 「ありがとう。じゃあ、私や飛行朋友を連れて行く人は先行して拠点探しとかしておくから、皆は無理しないで内乱や襲撃に巻き込まれないように来てね」 「何かありましたら私が連絡役として駆けつけますので…」 静音の言葉に紫乃は小さく頷いた。 方角や合流ポイントの確認を行って、いざ、出発となる。 「せっかく会えたのに名残惜しいけど、凛ちゃんは地上組と一緒に来てね」 『はい。どうかお気をつけて』 『空を行くと言う事は太陽により近づくという事です。空を行く人たちは特にお気をつけください』 「ありがとうございます〜。では、やわらぎさん、行きましょうか〜」 アッピンの合図に譲治、静音、折々がそれぞれの朋友に跨って空に舞う。 姿が消えるまで見送って後 「行きましょうか」 残った寮生達もまた歩き出したのだった。 そして小さなオアシスにて 「はぁ〜るばるぅ〜来たぜ、ア〜ルカマル〜♪ ってかぁ。しっかし、内輪揉めやらかしてる連中より、その隙を突こうと蠢くアヤカシよりも一番厄介な敵は――このあ・つ・さ・DA☆」 「主、主。見て下さい。熱せられた私の肌でお肉が焼けそうです。じゅー」 やっとたどり着いた寮生達は喪越とその相棒カラクリ綾音の漫才を聞きながら、とりあえず大きく深呼吸する。 熱砂の行軍は予想以上に寮生達の体力を削っていた。 『紫乃様、霊騎に乗せて下さいましてありがとうございました』 朔の人妖槐夏が紫乃に頭を下げた。地上移動型の朋友は紫乃の千草だけであったので体力の少ない女子や人妖などが順番に乗って来たのだ。 「いいえ。千草が頑張ってくれただけです。それに皆さんも。お疲れ様でした」 「まあ、それはともかく人がいないな…」 「この近辺も幾度か襲撃があり、もう遊牧の人達も殆どいないそうです。皆さん避難が済み、少し離れたオアシスに数家族がいるだけ、本格的な魔の森攻略が始まるまでは人も来ないのでは、ということでした」 鷲獅鳥の真心で地上組をここまで誘導してきた静音がそう告げる。 「オアシスの家族には物資援助をしてきたなりよ! 逆に水とか周辺の情報とか貰って。ぎぶあんどていくなのだ!」 「逆に言えば本格的な攻略前に調査を終えないといけない、ということだな」 「…うん。ここや近くのオアシスを守りつつ…」 劫光や静乃も疲労表に出さず、決意を新たにしていた 真名は凛を伴って野営の料理を作り、それぞれが明日以降に備える準備をしたその夜 「紫乃さん、少しだけ良いですか?」 就寝寸前の紫乃を朔が呼んだ。 「星が綺麗ですよ、降ってきそうですね怖いぐらいに綺麗です」 空を見上げれば満天にちりばめられた光の欠片が広がっている。 「危険でも、この地で生まれ、そして死にたいと願う人々の気持ちが、解りますね」 「…もう少し、一緒にいてもいいですか? 少し、寒いですから」 「ええ。勿論」 紫乃が寄り添うと、朔が自分のマントを肩に羽織らせる。 昼の地獄のような熱砂が嘘のようなほど静まり返った白い砂丘を見ながら、二人はずっと一緒に夜空を見上げていた。 ●見た事のないヤツラ 「くっ…やっぱり予想以上にデカくてやっかいだな…。双樹! 巻き込まれるなよ!! 高く飛べ!!」 『は、はい。…うわああっ!』 「双樹!!」『双樹さん!』 凛が声を上げた。目の前に現れた巨大な竜巻。直径8mはあろうかと言うそれは寮生達が発見したと同時、真っ直ぐに彼らを襲ってきた。 周囲に身を隠すモノがない砂漠、なんとかやり過ごせないかと思ったが、かなり距離を置いていた筈の双樹が、まるで足を取られるかのように吸い込まれていくのが見えた瞬間、逃げられないと彼らは判断した。 「凛さん!」 フードつきマントを脱ぎ落して、凛が躊躇わずに竜巻に向かって飛び込んでいく。そして真空波に切り裂かれた双樹を引っ掴むと真っ直ぐ戻ってきた。 勿論、彼女の身体もかなり切り裂かれている。 『あ、ありがとうございます。竜巻の、中心に…大きな宝石のようなものが…』 「しゃべらないで下さい。双樹さん。今治療しますから」 「凛さんも無茶をしないで下さい! 槐夏!!」 朔の人妖と紫乃が必死の治療を始めたのを確かめて、劫光は逆にその一歩を竜巻に向かって踏み出す。 「20mは離れてた双樹を吸い込めるとなれば下手に逃げても無駄、ということか。だが、無差別攻撃ならこっちにもある!!」 劫光が発動したのは悲恋姫。 「視認できないならこいつが一番だ」 敵意が明らかにこちらに向いた気がするが、気にせずに敵を見据えて放つ。自動命中である筈の術だが手ごたえは今一つ弱い。しかしさらに踏み込んで二度目、三度目の術を放ったある時 パキン。 微かに何かが砕ける音がした。 途端、竜巻は急激に力を失って消失する。 「悲恋姫が、当たったのか…」 思っていたのとは違う手ごたえに思わず肩が下りた。 どうやら、本体であるアヤカシの防御力や生命力そのものは強くはないようだ。 自動命中の効果を無効にはできるが、攻撃は当たらないわけでは無い。 と、分析できたのは後の話。 「劫光さん!」 駆け寄ってきた仲間達の姿を確認して後、崩れ落ちるように彼は膝を折ったのだった。 サソリと言えば小さいイメージがある。巨大サソリと聞いてもせいぜい1〜2mくらいだと思っていた。実際に昨夜、キャンプを襲った敵はその程度だったし。しかし… 「あわわ。大きすぎるなりね〜」 口調は冗談めいているが、実際の表情は真剣そのものだ。 「紅印! 危ないから下がって!」 『マスター!』 真名も青嵐も敵を睨みつけたまま警戒を解くことが出来ない。 寮生達を感知して砂の中から出てきた目の前に立つサソリは体長5mはある。あの巨大なハサミで掴まれたらひとたまりもないだろう。 「…昨日の夜、キャンプを襲った奴の3倍以上、あるね…。身体が大きいせいで白房が早く見つけてくれたのはよかったけど」 『砂漠に適応して砂に隠れる能力は身につけているようですが身体が大きい分、見つけやすいということでしょうか』 「そうね。昨日のは本当に見つけにくかったら、ってそんな問題じゃないわね」 顔を見合わせて相談する。 「もふら君! ごめんなり!!」 譲治は用意しておいたもふらのぬいぐるみを渾身の力で投げるがそれは、巨大なハサミであっさりと捕まれてしまった。と同時尻尾の針が勢いよく人形を刺す。 「!」 毒液を注入しているのだろうか。 青嵐がため息とともに剣を強く握った。 『こうなれば倒してしまわないと危険ですね。アルミナ。援護を!』 『了解。主上』 「援護するわ。砂漠のアヤカシは冷気…心属性の術に弱い…よね?」 真名の疑問に大サソリは答えても待ってもくれず、一直線に突っ込んでくる。 「…白房。雷撃」 『任せとけい!!』 寮生達はそれを全力で迎え撃つのであった。 そして、夜。 「と、言うわけで、大サソリはなんとか退治できたんだけど、固そうな外見の割に甲殻はそれ程頑丈じゃなかった。攻撃は良く効いたわ。でも、冷気が良く効くと言う訳じゃなかったから、気を付けないと」 「尻尾から毒液を注入するみたいなりね。ただ、どうやら時間をかけて注入する毒と、通常攻撃の時の毒は質が違うみたいなりよ。こっちの毒を人間が受けたらきっとひとたまりもないのだ…」 もふらのぬいぐるみを横目で見ながら譲治が悔しげに唇を噛みしめている。 瘴気の猛毒により触るのさえ恐ろしい程に真っ黒だ。 でも敵が、このぬいぐるみに毒液を注入していたおかげで初撃が通り、その後の戦闘が有利になったのだ。 「こっちのドラゴンマミーも強敵だったよ。腐ってるというよりミイラになってるの。毒のブレスが強力でね。瘴気のブレスかと思ってたんだけど…こう、ぶわっとね」 「上空から攻撃してくるので、最終的には空中戦になりました。強敵ではありましたが単体であったことが幸いしました」 「あんまり群れてくる敵では無かったみたいだね。でも、進軍してた骸骨兵やシュラムみたいに群れてくる相手だとこちらの人数次第では後手になることもありそうだな、と思ったよ」 「砂漠のスライムさんは皆、シュラムさんなんですかねえ〜。あんまり合体されると手が付けられなくなるなあと感じましたよ。正直、人間サイズでも十二分に怖かったです。中に溜まってた真水はちょっと瘴気に汚染されているようで飲めるものではありませんでしたし、捕獲もちょっと難しかったですね。小型の奴が見つかればいいんですが…」 寮生達は夜になるとこうして集まって、アヤカシの情報を教え合い、纏めている。 夜行性の敵がいる為、警戒は怠っていないが、共通理解が必須であると判断したからだ。 「敵を調査するのですから、多少は仕方ないですが…皆さん、無理し過ぎです。特に凛さん! 目覚めたばかりなのですよ」 『申し訳ありません…』 紫乃の言葉が心配からの注意だと解っているので、凛は素直に頭を下げた。 「魔の森周辺からアヤカシの群れが出てくる姿も見られるようになってきた。そろそろ本格的な攻撃も近いのかもしれない。こっちには今のところ主力が来る様子は無いけど、そろそろ潮時かもな…」 劫光の言葉に意義は無いが 「なあ、皆?」 ふと上げられた手とかけられた声に寮生達は意識を向ける。 「帰る前に、ち〜っとやってみたいことがあるんだが協力してくれねえか? まあ、無茶してって怒られるかもしれねえんだが」 そこには珍しくも真剣な目で手を上げる喪越の姿があったのだった。 ●魔の森の奥に… 腰に手を当て森を見据える喪越。 「さてさて、鬼が出るか、蛇が出るか。まあ、アヤカシが出るのは間違いねえんだけどよ」 「…魔の森を、あんまり刺激するようなことは…控えて…ね」 彼に静音はそう声をかけた。 「わ〜ってるって。それよりお前さんもサンプルの扱いには気を付けろよ」 あと数歩足を踏み入れれば魔の森の中。 そんなギリギリのところまで近づいた喪越は人魂を形作ると森へと放った。 魔の森への接近調査。 アヤカシのある程度統率のとれた様子からして、指揮をする大アヤカシがいるというのは推察できることであった。そしてそれが魔の森の奥にいるであろうことも。 『魔の森の奥にいる確率が最も高いと分析できますが。乗り込みますか?』 「死ぬ死ぬ。いいとこ、ギリギリのラインまで接近して『人魂』で遠巻きに様子見だな」 そういうわけで彼らは魔の森の近くまでやってきたのだ。 数か所から人魂を放ち、内部の様子をできるだけ探る。 飛行朋友もちは空から魔の森に異常がないか見張っていてくれているし、万が一にも単独行動の無い様に数人ずつのチームも組んでいる。 「…それで、どう? 中の様子は?」 心配そうに問う真名に喪越はまあ待てと手を振った。 魔の森の奥まで調査が入ったことはそう多くない。 吐き気が出そうなほど濃い瘴気にアヤカシの群れがどっちを向いてもいる状況は見ていてあまり気持ちのいいものでは無かった。 そしてどれほどの時間が過ぎただろう。 かなり奥まで潜入したと思った時、 「な、なんだ? あれは?」 彼には珍しい動揺が隠せない声に、真名も静音も顔を見合わせる。 「何が、見えたの…」 「暗くて、良くは見えねえ…なのに、感じる。尋常じゃねえ気配を。それが…動き始めて…いる?」 周囲のアヤカシがこうべを垂れている。明らかに上級アヤカシのようなものもいるのに。 『アレ』はなんだ。もっと近くで。 そう思った時、ぷつり、と映像が切れた。 即座に喪越は横の真名と静乃。二人に向けて怒鳴る 「走れ!」 「え?」「…何?」 「いいから走れ!! 気取られた訳じゃあねえと思うが、万が一にもあいつが今、出て来たら俺らだけじゃ全滅するかもしれねえ! 撤退だ!」 「あいつって…?」 と本当は問いたかったが、その気持ちを今は封じる。 陰陽寮随一の実力を持つ「開拓者」が言う事だ。 二人は顔を見合わせて走り出し、それを見届けると喪越もまた 「行くぞ! 綾音!!」 『はい。主』 魔の森に背を向けて渾身の力で走り出したのだった。 ●黒く怪しい影 調査を終え、戻ってきた寮生達を出迎えて後、報告書を朱雀寮長 各務紫郎は真剣を超える真剣な眼差しで確認してきた。 今までアル=カマルのアヤカシについて詳しく調査する機会は無かったので今回の報告書が五行のアヤカシ研究と言う意味で果たす役割は大きい。 特に今まで目撃事例が少なかったデススコルピオ、ドラゴンマミー、竜巻宝珠などの情報は今後に大きく役立つだろう。スコルピオ系の敵の対処法や、ドラゴンゾンビのブレス攻撃などについてのも有意義だ。 土壌のサンプル、魔の森の植物のサンプル。 ベースとなる植物の種類が違うので、天儀のそれとはかなり種類が違う。今後の研究次第では何か成果が出せるかもしれない。 そして…数多くの報告の中で彼が注目したのは魔の森奥地で目撃されたと言う怪しい黒い影であった。魔の森の中に人魂を放った寮生はそれぞれ出撃前のアヤカシらしき集団を目撃しているが、その一人が大アヤカシと思われる存在の気配を感じたと言う。 『巨大で醜悪な気配が印象に残る。あれに比べりゃあドラゴンゾンビなんざ子供みたいなもんだと感じた』 折しもアル=カマルでは、魔の森にいる大アヤカシを滅すれば砂漠に緑が蘇る、という神託があったと公表されている。 寮生が見たという気配がその大アヤカシである可能性はかなり高い。 その点も添え書きして、調査報告書はアル=カマルに送ることにした。 陰陽寮は五行の所属である為、他国の事情に大きく口出しはできない。 こうして、他国で調査を行うのも結構ギリギリでもある。 しかし、折々はこう言っていた。 「魔の森の近くに居を構えるってことは、実際に思うよりずっと大変だと思うんだ。 困ってたらやっぱり助けてあげたいなーって」 共に生きると決めてはいても、魔の森など無いに越した事は無い。 魔の森を消失させる手がかりがここにあるのだとしたら…。 寮長は今後も注意深く、その動向を見守って行こうと思っていた。 『これで…よろしいのでしょうか?』 『私も、得意ではないのですが、良いのではないでしょうか? ここを押さえて、ここを入れれば。ほら、花冠です』 『とても可愛いですね…。主様に差し上げてもいいのでしょうか? 『きっと、喜びます』 『おや、賑やかですね。何をしているのですか?』 報告を終えた寮生達が中庭を遠巻きに見つめている。 見れば凛と喪越のからくり綾音が一緒に花を摘んで遊んでいるのだ。 側には人妖の二人、管狐達も一緒にいてなかなかいい光景だ。 「いや、綾音が凛と遊びたいって言うんでな」 『ところで、主。凛様はからくりなのですよね? 自分以外のからくりと接する機会があまり無いので、お話しても宜しいでしょうか?』 「俺の許可なんて必要ねぇさ。いつも言ってるだろ。「汝、己が欲望に忠実たれ」ってな。お前ぇさんは自分の思ったまま好きに生きていいんだ」 『欲望……主が仰ると社会的にアウトなもののような気しかしません』 「ひどい!?」 そしたら他の朋友達も顔をやってきたのだという。 見れば保護者達も側にいる。 『面白いですね。アルミナも行きますか?』 『えっ?』 穏やかな時が流れる。 ほんの半日前、戦場にいたとは思えない緩やかで優しい時間がここにはあった。 どんなに危険でも故郷を愛し、残る人々がいる。 彼らの上にも、こんな当たり前の幸せが訪れることを寮生達は願わずにはいられなかった。 |