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■オープニング本文 【これは陰陽寮新二年生用シナリオです】 ●陰陽寮 入寮試験 場所は五行の首都、結陣。 「入寮試験の時期がやって参りました」 そう言うと五行王の架茂 天禅(iz0021)の前で朱雀寮寮長 各務 紫郎(iz0149)は頭を下げた。 「もうそんな季節か…」 気だるそうに空を見上げると架茂はふと眉を寄せた。 「今年の試験はどうなさいますか?」 紫郎がそう問う事、そしてさらにその先に続く言葉が解っているからだ。 雲が空に厚く立ち込めるこの六月。 五行の陰陽四寮では入寮試験が行われている。 陰陽四寮とは五行の国営の教育施設である。 陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多く、天禅も陰陽四寮の出身である。一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費と厳しい授業などから入寮できるものは限られ、卒業できるものはさらに少ない。 それゆえ五行の者達の憧れであった。 寮は四つ。 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。 白虎寮の建て替えはいっそ立て直した方が早いのではないかという意見の元、大きく見直しを余儀なくされており、今年も白虎寮は募集が見送られている。 昨年から授業が再開された玄武寮は今年二年目に入る。 新たな寮生を迎えればさらに研究が深まることだろう。 朱雀寮、青龍寮は開拓者に門戸を開く様になってから三年目。 予定通りであれば初の卒業生を送り出すことになるのだが… 「青龍寮の対応は如何なさいますか?」 紫郎は架茂が予想通りの言葉を吐く。 今年度青龍寮は寮長不在のまま殆ど授業が行えないままであった。 「言いたいことは解っている。青龍についてはもう少し待て。各寮の試験に関しては例年通り各寮長に任せる」 「ですが、試験の日程は待ってはくれません」 「解っていると言っている!」 そう苛立った口調で言うと架茂は手近にあった紙を引き寄せさらさらと何事かを書きしるした。 そしてそれを紫郎や側近たちに渡す。 「今年度の青龍寮の入寮試験は、朱雀寮と合同で行う。 受付場所は朱雀寮正門、朱雀門前。玄武も含む全入寮希望者は受付を済ませた後、各寮それぞれの試験を受ける。それで良いな」 反論は勿論あり得ない。 かくして陰陽寮入寮試験が始まったのだった。 ●朱雀寮にて 「さて、皆さん」 朱雀寮の寮長 各務 紫郎は集まった担当官を前にして眼鏡を持ち上げた。 朱雀寮の職員などの他、なぜか一年生達も集められている 「今年も陰陽寮の入寮試験を行います。 昨年はアヤカシの大きな襲来が幾度かおこり、カラクリ事変なども含め、陰陽師の専門的な知識が多く求められた時期でした。今後も陰陽師の持つ意味合いはさらに重要になってきて、優秀な人材を育成する陰陽寮はさらなる躍進が必要になります。新しい寮生を迎え入れるこの試験はその第一歩。真剣に臨んで下さい」 今年試験を行うのは四寮のうちの三寮。。 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。 そして 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。この朱雀寮である。 「一年生、いえ二年生となるの皆さん」 寮長は寮生達に向かい合う。 「進級した皆さんは、今後、さらに専門的な授業を行っていくことになりますが、同時に下級生を持つ上級生となることを自覚して、後輩の育成にも心を砕いて貰わねばなりません。その為、例年朱雀寮の寮生が受験生の面接試験の一部を行ってもらっています。今年も受付と、面接を皆さんにやって頂きますのでよろしくお願いしますよ」 そう言われて一年生達は自分達がなぜ、ここに集められたかを理解した。 思い出してみれば昨年の入寮試験の時。 二年生達が入口で受付などをしていた。 そして陰陽寮の門を入って後、案内板も出されていない寮内で迷い、そこに声をかけてくれた寮生がいて…。 『どうして陰陽師になりたいの?』 確かにそう問われた…。 「あの方達も試験官だったのですね」 一年生の問いに寮長は答えない。 ただ、微笑を浮かべた表情が十分な肯定であることが解るから、彼らは顔を見合わせた。 試験として問われたことだけではない。 ごく普通の会話ですら試験の一つであり、自分達は見られていたのだと思うと、少し気恥ずかしくなる。 「まあ、言いたいことやいろいろと思うこともあるかもしれませんが、それは後で聞きます。今後、朱雀寮を浴して行く為の意見なら歓迎しますよ。」 そう言うと寮長は担当官にいくつかの指示を与えた後、寮生達に指示を出した。 「受付役は、朱雀門での口答試験を行って貰います。 他寮への受験希望者の案内は別の担当官が行いますので朱雀寮受験生の案内役は皆さんで割り振って下さい。 その際、どうして陰陽師を目指すか、何を望んで開拓者となり朱雀寮に入ることを選ぼうとしているのか。それを雑談の中から聞き出すことが貴方達の仕事となります」 「聞き出して、報告をすればいいんですね?」 「そうですが、それに加えもう一つ大事な役割があります。もし、朱雀寮の適性がないと判断した場合、私の待つ講堂ではなく、別の担当官が待つ場所に案内することです」 えっ? 寮生達の顔に困惑が浮かぶ。 「…あの寮長。もし、寮長の方じゃないところに連れて行った場合はどうなるんですか?」 「基本的に不合格ですね。相手の担当官次第で考慮もしますが」 つまり受験生の合否。その一部を彼らが握ることになるのだ。 「勿論、逆もあります。基本的に一部でも口答試験を間違えた者は別の担当官の方に案内されますが、寮生の判断でそれを変更させることは認められています。だから受験生のどんなところを見て合格、不合格を判断するか、そんな会話をするか。よく考えておいて下さい」 そう言ってさらにいくつか細かい指示を出してから寮長は最後にこう締めくくった。 「今年は3寮の入寮受付、全てを朱雀寮で行うことになりました。朱雀寮以外の受験生にも誠実に対応し、受け付け作業を行って下さい。最後にくれぐれも言っておきますが羽目は外し過ぎないように‥‥。とりあえず試験の間は猫を被りなさい」 眼鏡の下に不思議な輝きと微笑を湛えて‥‥。 試験の準備をしながら寮生達は思う。 「昨年、先輩達もこんな気持ちで準備をしてたのかなあ〜」 間もなく、新入生がやってくる。 新しい仲間、新しい後輩。 どんな人だろうか。仲良くやれるだろうか。 不思議な不安もあるが、期待と喜びの方が大きい。 そして、やってきた受験生に寮生達は笑いかけて手を差し伸べる。 「君は、受験生だね。試験会場に案内するよ」 そして彼、彼女に問いかけた。 「君はどうして開拓者に、陰陽師になりたいと思うの?」 と。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●入寮試験を前に かつて、先輩達も同じ仕事を任せられたと言う。 「先輩達も…同じような気持ちで向かわれたのでしょうか?」 サラターシャ(ib0373)は胸に手を当てて静かに告げる。 自分の気持ちを、思いをまるで抱きしめるかのように。 「あれから1年経ったんですね……」 蒼詠(ia0827)も一年前、この扉を外から見上げたことを思い出す。 試験を受け、合格し、一年間をここで学んだ。 そして今年、自分達が試験官を務める。 間もなくこの朱雀門が試験の為に開かれるだろう。 既に外には人の気配が感じられる。 陰陽寮入寮試験。 この門を潜る新たな仲間を選ぶ、その一翼を自分達が担う事になるのだと思うとやはり緊張は誰もが抱くものであった。 「新しく入学される皆さんに目標にして頂けるような二年生でありたいですね。彼等の為にも頑張らなくては…」 少し硬くなりかけた空気を解きほぐす様に 「そんなに緊張しないほうが良いと思うな。先輩達がやってたみたいに、普段通り!」 明るく笑って見せると芦屋 璃凛(ia0303)は緊張の面持ちのカミール リリス(ib7039)や考え事の風情の仲間、清心の背中をそう言ってポンと叩いた。 「あ…そうですね」 リリスはそう言って顔を上げるが、清心はまだどこか俯いたままだ。 落ち込む親友を気にして、彼方が声をかけようとするが 「…せい…?」 それをそっと伸びたクラリッサ・ヴェルト(ib7001)の手が止める。 「うん、変に気追わずに行こう。それで、分担なんだけど…受付役は口頭試験の確認も兼ねているんだよね。これが今年の問題…今年の問題には引っ掛けみたいなのはなさそうかな。でも、昨年は見事に引っ掛かかっちゃったからなぁ…勉強が得意な方がいいかな?」 話題を変えようとしたクラリッサを察して、 「あ、僕は案内役に回ります!」「僕も案内役を」「では、私が…」 彼方はそれ以上の声をかけず役割分担の相談。その話の輪に入った。 しかし、それさえも考えに耽っていた清心は気付かなかったようだった。 だから 「と言うわけですので清心さん。案内役の方、よろしくお願いしますね?」 サラターシャにそう声をかけられた時、心底驚いた顔をした。 「えっ? 案内役?」 「ええ。言いましたでしょう? 受付二人と、案内役五人に別れましょうって」 「ボクは受付を希望します。向いているでしょうしね…」 「練習もしてたし♪」 「璃凛!」 「でも…僕は…」 口ごもりながら何かを清心は言おうとしていたのかもしれない。 でも、寮生達はあえて 「あ! 大変。もうすぐ開門の時間!」 「僕達は先に持ち場に行っていますね? 彼方くん。後でまた」 それに対して聞こえないふりをして持ち場へと連れて行く。 半ば引きずられるようにして行く清心を受付に残ったサラターシャとリリス。そして彼方は小さく手を振って見送った。 「すみません。ありがとうございます。僕も、気になっていたんです…」 彼らの姿が見えなくなってから、彼方はそう言って二人に頭を下げる。 「いいんですよ。私も心配でしたから…」 進級試験の時、彼は危うく評定を落とすところであった。結果的には合格したのだが…それ以降何かを思い悩んでいるようでもある。 「受験生さんと接することで入学した時の思いを確かめる事ができます。それが、悩みを解決するきっかけになるといいのですが…」 そう言って微笑んだサラターシャに、リリスに彼方はもう一度、深く頭を下げた。 「そろそろ開門の時間です。持ち場につきましょう」 「はい。あ、これ頼まれていたものです。どうぞ」 彼方はサラターシャに包みを渡すと走って行く。 彼らが持ち場に着いたとほぼ同時、朱雀の大門がゆっくりと、大きく開いた。 門を潜り、入寮希望の受験生が次々に入ってくる。 陰陽寮入寮試験の始まりである。 ●入寮試験 表 今年の入寮試験は三寮合同で行われる。だから、朱雀寮生以外を希望する受験生も少なくないようだ。 「各寮入寮希望の方は、こちらです。朱雀寮以外を希望の方はもう少しお待ち下さい。後ほど青龍、玄武、担当官のもとへ、お願いします」 まずリリスが声をかけながら列を作りその後、各寮ごとに受付をする。 そして受付が終わった受験生をそれぞれの寮へと誘導するのだ。 楽しげに会話し、交流を深めていた寮生達。しかし 「では! 皆さん!! これから陰陽寮入寮試験を開始します! 玄武、青龍受験希望者はこちらへどうぞ! 朱雀寮希望者の方は、そのままお待ち下さい」 彼方が大きな声で呼ぶと、雑談で賑やかだったその場が一気に静まりかえった。 やがて半分ほどが先導する彼方の後に続いて場を離れて行った。 つまり残るのは朱雀寮希望ということになる。 合図をし扉を閉めて貰うとサラターシャはリリスと視線を合わせ、立ち上がった。 「では、これから試験を開始します」 そう宣言して。 彼女らの役割は基本は問題の正誤の確認であるが、一人一人の印象も軽く見る。 受験生達を緊張させない事も大切だ。 今年の受験生は人数こそ多く無いもの修羅や獣人もいて、資質に優れている人材が多いと彼女達は見ていた。自分達より遥かに実戦経験の高い開拓者もいる。 とはいえ、今は皆、受験生。 「では、問一…」「それでは、続いて問二…」「最後に問三…」 できるだけ柔らかい表情での受け答えを心がけて試験を行った。大きな失敗も無かっただろうと後でリリスは思う。 (練習しておいて良かった) 「はい、これで口頭試験は、終了です」 「ではここから左の方へどうぞ。道に迷ったら近くの寮生、皆さんの先輩がいると思いますので聞いて下さい。あと、これは御土産です。頑張って下さいね」 「あ! おおきに! 行ってきます!!」 しかし、やはり思った以上に緊張していたのだろう。最後の受験生を見送って後二人は大きく息を吐き出した。 「やっと終わりましたね。緊張しました」 リリスの言葉にサラターシャは彼方に作って貰った胡桃のクッキーを差し出してお疲れ様と笑う。このクッキーは緊張を解してもらうべく作って貰ったものだ。 「堅い実に覆われたくるみを取り出すのは大変ですが、取り出せれば美味しい実を食べることができます。受験生の皆さんが合格するように、ちょっとした願掛けです」 試験を振り返れば今年もひっかけというか意地悪な問題があったので口頭試験の答えだけを見るなら芳しくない者もいるにはいる。 でも落とす要因を感じた者は誰もいない。 きっと全員が合格してくれる…。 「後は皆がちゃんと、案内してくれるでしょうからね。」 片付けをしながら、二人は健闘を祈りながら仲間と受験生の会話に思いを馳せていた。 ●入寮試験 裏 蒼詠が案内することになった人物は修羅の青年であった。 「いや〜。兄さん。助かったぜ。どっちに行ったらいいか解らなくて困ってたんだ」 「それは良かった。ここ、広いから初めての人は迷いやすいんですよ」 話しぶりも態度も豪快で力強い。 背も高い。修羅としては軟弱だと言っていたがうらやましいと思わなくもない。しかし…ふと蒼詠は思った。 質問の内容でもあるので。 「ちょっと、聞いてもいいですか?」 「ん? なんだ?」 と首を動かした彼に試験気なしで真剣に問う。 「これから一緒にやっていくことになるかもしれない先輩として教えて欲しいです。陰陽師を志した理由や陰陽寮に入ろうとしたわけ、朱雀寮を選んだきっかけなどを…」 それに対する彼の返事は 「修羅のイメージを変えたいおってことy」 であった。 「力の強さってのは認めるが、それが悪い事にもなってやがる。修羅にも創意工夫出来る奴も居るってのをな」 …生まれ持っての資質という変えがたいものにも向かっていこうとする彼の心を蒼詠は尊敬できると感じた。 (不合格にはしたくありませんね) 彼は本来、解答を間違えた者の所に向かうはずだったが、蒼詠はそれを取りやめ、寮長の待つ面接会場へと誘導したのだった。 「ここでお前の足りないものが手に入る」 と彼女は朱雀寮の先輩の誰かにそう言われて誘われたのだという。 (そういう事を言う先輩はきっとあの人、だよね) クラリッサが出会った女性は 「どうして陰陽師になろうと思ったの?」 と質問したら 「別になりたい訳ではない!」 そう返事を返してきた。緊張か、いら立ちか、それとも他に理由があるのか、その全部か。 (ま、試験中は落ち着かないものだしね。できれば不安を消してあげたいところだけど…) どうしたものかと考えながら、どうして朱雀寮を選んだのかを聞いた時、彼女は最初の言葉を口にしたのだった。 口調やこういうことを言いそうな人物には勿論心当たりがあった、 去年、自分を案内し緊張を解してくれた、人…。 「何を言ってるのかはわからない。が、わからないのはおもしろくない。だから来てみた。それだけのことだ…」 彼女の言葉は、素直に思いを語ってはいない。 けれど… (自分を変えたいと思っている。前に進もうとしている。なら、…きっと大丈夫だよね) くすくすと笑いながらコースを変えるクラリッサに 「何を笑っている!」 女性は少し声を荒げた。ごめんと謝るように手を振ってにっこりと笑いかける。 「そう言う事を言いそうな先輩を知ってるから。きっと同じ人の顔を思い浮かべてるのかなあって思って」 「同じ人?」 彼女はそれ以上何も言わなかったけれど、あの人と彼女が出会うその日がクラリッサはとても楽しみに思えてきた。 自分が出会った修羅の少年は、強い決意を持ってこの門を潜ったようだ、と璃凛は思っていた。 「僕は、自分で選んでここに来ました。母の愛した陰陽寮…ここで学び、名を上げたい。修羅と人の架け橋と成る為に」 母親が陰陽師であったという少年の今までは、彼が自分で言うほどに容易くは無かったのではないかとも。 「どんなに難しい授業でも、食らいついていくつもりです」 力ある立場になりたいという彼と、師匠のように強い存在になりたいと願う自分。 同じでは決してないのだが…。 「へー、そうなんだ…、良いと思うよ。だって、みんな違うんだからさ」 頷くように言った後、璃凛は足を迷わせることなく、前に進ませた。 寮長の待つ場所へと。 本当に一緒に歩いた時間はごく僅かにすぎない。終わってみればあっという間だ。 「もう、ついちゃったか…。それじゃ、楽しみに待ってるよ」 そう言って階段を上る彼を見送る璃凛の気持ちと言葉に偽りは無かったのだった。 彼方が案内した人物は揺るぎない信念と、実力と、そして「自分」を持っていた。 「開拓者、陰陽師なんて小さいモノだ。…どう選択し自分が歩んでいくかの方が大事だろう。之は其の通り道だよ」 大きい人だと、彼方は思った。 ふと、大切な師匠を思い出す。どこか彼女と似ているような似ていないような、いや、やっぱり似ている気がする。 「ありがとうございます! どうぞこちらへ!」 元より、彼女は合格のコースに向かっている。 彼方が道を変える必要は何もない。 「合格してまた会える日をお待ちしています。頑張って下さい!」 彼はそう言って寮長のもとに進みゆく彼女を見送ったのだった。 そして清心は目元に貯まった涙を手で拭う。 「大丈夫かいな?」 心配そうに自分を見つめる目に彼は大丈夫、と答える。 「そういうしょぼくれた顔しとったらあかんよ。幸せが逃げてまう。笑う門には福来るねんで!」 楽しげに微笑む少女が眩しくて、話を聞くたび自分が小さく思えて、清心は思わず顔を背けてしまった。そして… 「そうだね。ありがとう。ああ、棟を間違えちゃった。ここは広くて間違う人が多いんだ。こっちだよ」 前に立って歩きはじめる。 このくしゃくしゃになった顔を、彼女に見られないように。 ●そして、新たなる仲間 「寮長先生、余計かも知れませんが、新一年生の印象などを、纏めておきましたのでお目通しお願いします」 試験後、集められ試験官達はそれぞれが、自分達の目で見た受験生を熱い思いで語る。 『一言で言うなら凄い人です! とっても…大きな人で、僕はあの人の前では先輩だなんて言えないと、思いました』 覇王と名高い開拓者と会話した彼方は、そう興奮ぎみに言い 『あの方は、修羅のイメージを変えたいと、おっしゃっていました。向上心と意欲を僕は心から尊敬します』 蒼詠は揺るぎない眼差しと心で自分を見た青年を強く応援する。 『こういうと失礼かもしれないけど、かわいい人。だと思いました。ここでなら、確かにきっと、足りないものが手に入る。そう思うから』 クラリッサは思い出し笑いのように彼女の顔を思いだし、微笑んでそう告げ 『あの子! 修羅と人の懸け橋になりたいんだって! その気持ち、共感できるし助けたいと思うし、成し遂げて欲しいと思った。だから、合格です!』 (はっきりと『力ある立場につきたい』と言った修羅の少年。力を追い求める気持ちはよく解る…) 璃凛は自分と正反対な少年に逆に自分に近しいものを感じていた。 そして 『…ひたむきな思いと、明るくて元気な前向きさ…。僕も見習わなくてはならないと思いました。そして、絶対に落ちて欲しくないと思います』 同輩たちのような目標なくエリートコースとして陰陽寮に入った清心は自分の未熟さに落ち込み一時、退寮さえも考える程であった。だが、試験会場で出会った向日葵のような少女との出会いに光を見出したようである。 それは口頭試験を担当した者達も同じ。 サラターシャは解答用紙を提出しながらこう告げる。確かに問題を間違った者もいたけれど… 「知識は時間をかければ学べます。ですが、思いは時をかければ得られるとは限りません」 「皆、一人一人違えど真剣な気持ちは伝わってきました。落とす要素は見つかりません」 「解りました。ご苦労様です」 寮長は彼等一人一人の言葉を真剣に聞き終えた後、彼らに退室を促した。 帰り際 「寮長先生」 「何でしょう」 リリスが思い出したように振り返り、そして微笑んだ。 「ボクの一年前は、どう見えていました?」 寮長は答えない。けれど別に答えを望んで聞いたことではないからリリスも深くは返事を求めなかった。ただ 「寮長先生の気持ちが分かったような気がしますよ。ここに入れて頂いて感謝していますよ。それでは、失礼します」 一年を経て思った正直な気持ちだけを告げると頭を下げて退室していく。 「…一年後、新しい一年生達にもそう思って貰えると嬉しいのですが、ね…」 独り言のように呟いた寮長の言葉は誰にも届かなかったけれどきっと思いは通じているのだろう。 かくして寮長は筆を走らせた。 「陰陽寮 朱雀 合格者」 と、白い紙に向けて。 寮生達が選んだ新しい仲間。 合格者達を迎えて陰陽寮の、朱雀寮の新しい一年がまた始まろうとしている。 |