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■オープニング本文 場所は五行の首都、結陣。 「入寮試験の時期がやって参りました」 そう言うと五行王の架茂 天禅(iz0021)の前で朱雀寮寮長 各務 紫郎(iz0149)は頭を下げた。 「もうそんな季節か…」 気だるそうに空を見上げると架茂はふと眉を寄せた。 「今年の試験はどうなさいますか?」 紫郎がそう問う事、そしてさらにその先に続く言葉が解っているからだ。 雲が空に厚く立ち込めるこの六月。 五行の陰陽四寮では入寮試験が行われている。 陰陽四寮とは五行の国営の教育施設である。 陰陽四寮出身の陰陽師で名を馳せた者はかなり多く、天禅も陰陽四寮の出身である。一方で厳しい規律と入寮試験、高額な学費と厳しい授業などから入寮できるものは限られ、卒業できるものはさらに少ない。 それゆえ五行の者達の憧れであった。 寮は四つ。 火行を司る、四神が朱雀を奉る寮。朱雀寮。 水行を司る、四神が玄武を奉る寮。玄武寮。 金行を司る、四神が白虎を奉る寮。白虎寮。 木行を司る、四神が青龍を奉る寮。青龍寮。 白虎寮の建て替えはいっそ立て直した方が早いのではないかという意見の元、大きく見直しを余儀なくされており、今年も白虎寮は募集が見送られている。 昨年から授業が再開された玄武寮は今年二年目に入る。 新たな寮生を迎えればさらに研究が深まることだろう。 朱雀寮、青龍寮は開拓者に門戸を開く様になってから三年目。 予定通りであれば初の卒業生を送り出すことになるのだが… 「青龍寮の対応は如何なさいますか?」 紫郎は架茂が予想通りの言葉を吐く。 今年度青龍寮は寮長不在のまま殆ど授業が行えないままであった。 「言いたいことは解っている。青龍についてはもう少し待て。各寮の試験に関しては例年通り各寮長に任せる」 「ですが、試験の日程は待ってはくれません」 「解っていると言っている!」 そう苛立った口調で言うと架茂は手近にあった紙を引き寄せさらさらと何事かを書きしるした。 そしてそれを紫郎や側近たちに渡す。 「今年度の青龍寮の入寮試験は、朱雀寮と合同で行う。 受付場所は朱雀寮正門、朱雀門前。玄武も含む全入寮希望者は受付を済ませた後、各寮それぞれの試験を受ける。それで良いな」 反論は勿論あり得ない。 かくして陰陽寮入寮試験が始まったのだった。 ●玄武寮入寮試験 一方、その頃。 玄武寮でも入寮試験についての準備が進められていた。 朱雀寮での受付を終え、玄武寮にやってきた受験生の前に一人の人物が現れる。 「受験者の皆さん。初めまして。玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)です。これより筆記試験を始めます」 筆記試験を終えた後は、面接試験があるという。 + + + ■【玄武寮・筆記試験−陰陽師基礎教養問題−】■ 【問1】五行王の本名を、漢字とカタカナで書きなさい。(10点) ※誤字は減点とする。 【問2】五行の首都「結陣」に継ぐ、研究施設を持つ都市はどこか。(10点) ※以下の選択肢から1つ選べ。 (選択群/闇陣・三陣・矛陣) 【問3】陰陽術「呪縛符」で人を空中に固定できるか?(10点) ■【玄武寮・面接試験】■ 筆記試験終了後、玄武寮長による面接が実施される。 持ち時間は一人5分間。 面接官は、筆記試験の答案用紙を持って面接に望むため、 自己紹介は不要である。 受験者は、玄武寮に入寮を認められた暁には、 いかなる研究生活を送り、どのような貢献をしていきたいのか? 将来の展望を語るべし。 以上。 筆記30点、面接20点、合計50点の試験である。 採点の結果、35点以上の者のみに玄武寮の入寮を許可する。 ●朱雀寮、入寮試験 基本的に朱雀寮の入寮試験は口答試験と面接で行われる。 『陰陽寮 朱雀の入寮試験案内 入寮資格 陰陽師である。もしくは陰陽師の力を得たいと思う者であること。 入寮試験内容 以下の口頭問題を答えること。 1)陰陽師が初期スキルとして習得できる体属性のスキルはいくつあるか? 全てあげよ。 2)陰陽師のスキルの中で生物がその名称に入っているものはいくつあるか答えよ。 (首など一部分のみは入らない。『黄泉より這い出る者』は対象外とする) 3)人質を取った人間を捕縛しなければならない状況下において、一つだけ術を使えるとしたら何を選択し、どう使用するかを100文字以内で述べなさい。 その後、寮長の面接を経て合格者を決定する。 寮長の前に立ち入寮への意気込みを得意な術と共に100文字前後で述べなさい。 会場は五行 陰陽寮 朱雀。 日の出と共に受付を開始する。 日没時に終了。 以上』 寮長の前に立ち、と言われたが寮長がいるのは朱雀寮のどこだろう? 試験日当日、受付と口答試験を終え、緊張の面持ちで探す受験生に明るい声で朱雀寮の寮生が声をかける。 「貴方は受験生ですか? どうぞこちらへ。試験会場に案内します」 そして彼、彼女は貴方に問う。 「君はどうして開拓者に、陰陽師になりたいと思うの?」 と‥‥。 ●青龍寮入寮試験 青龍寮の入寮試験は筆記試験と小論文によって行われる。 筆記問題 1)陰陽師の術の呼称において、名称と呼び方が異なる術はいくつあるか答えよ。 2)地縛霊の効果時間はどのくらいか答えよ。 小論文問題 『課題 青龍寮において何を望み、何を為したいかを述べよ』 受付時に担当官に青龍寮を希望する旨を伝える事。 陰陽寮の新しい年度の、これが本当の始まりである。 |
■参加者一覧 / 雲母(ia6295) / 雅楽川 陽向(ib3352) / 土御門 高明(ib7197) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 羅刹 祐里(ib7964) / エリアエル・サンドラ(ib9144) / ユイス(ib9655) |
■リプレイ本文 ●陰陽寮入寮試験の日 初夏の輝く空がどこまで晴れ渡るある日。 彼らは、結陣の都の一角。 独特な雰囲気を放つ建物の前に立っていた。 陰陽四寮。 普段、資格のない者には入る事ができないその扉が今日は大きく開かれている。 「いよいよ…やな」 ぶるるんと、身震いするように尻尾を振った少女は 「よっしゃあ! いくで!!」 自分を奮い立たせるように声を上げると、走り出しはせず、ゆっくりと、だが確実にその歩を先に進めたのだった。 陰陽寮は四寮と言われる通り、通常四つの寮に分かれている。 青龍寮と、玄武寮、そして今回受付場所ともなっているこの朱雀寮に、だ。 今年は、陰陽寮の入寮試験は合同で行われることになっている、とは聞いていた。 今は、受付時間。 「各寮入寮希望の方は、こちらです。朱雀寮以外を希望の方はもう少しお待ち下さい。後ほど青龍、玄武、担当官のもとへ、お願いします」 各寮の受験生達がそれぞれ、希望寮の申請と受付を済ませてから各寮に分かれるという事になっているようだ。 受付時間が終了し次第門は閉められ、玄武、青龍受験希望者は各寮へと案内される。 「ふう。とりあえず第一関門突破、っと…」 無事受付を終えて雅楽川 陽向(ib3352)はぐるりと周囲を見回した。 一般の受験生もいるようだが、開拓者も少なくないらしい。 厳しい空気を纏う寮生達が多い中、 「こんにちわ!」 陽向は目が合った少女に元気に挨拶をした。 「はじめまして…かの?」 小首を傾げる銀の髪の少女にうん、と頷いて 「朱雀寮受験予定の雅楽川 陽向や。よろしゅうに!」 狼の獣人である陽向は尻尾を振りながら明るく笑いかける。 くすっ。 小さく微笑んで、頷いて 「これはご丁寧に。玄武寮受験者のエリアエル・サンドラ(ib9144)じゃ。よろしく頼むの」 エリアエルも優雅に頭を下げ挨拶を返した。 「あ〜、玄武寮。違う寮の受験生か〜。ちょっと残念やな」 頭を掻きながらそれでも変わらぬ態度で話し続ける。 「うち、去年は受けるかどうか悩んで、見送ってしもたねん。でも、一年たっても、やっぱり悩んどった…。でも、勇気がなかったら、始まらんと分かったから…、とにかくやってみよう思うて、受けてみることにしたんや。でも、なんかこう、緊張するわ…」 「それは、我も同じじゃ。憧れの陰陽寮。10歳にならないと受験できぬと聞いており、こうして受験する機会に恵まれた。…だが、こうしていても緊張で手が震えるものじゃ…」 周囲を見れば自分より明らかに年上ばかり。あちらにいる土御門 高明(ib7197)などは自分の数倍は年上だろうし向こうの雲母(ia6295)などは恐ろしいくらいの実力を感じる。 彼らと一緒に試験を受けるなど大丈夫だろうか。と不安になるものだ…。 でも 「だ〜いじょうぶやて!」 まるで太陽のように陽向は明るく笑った。 「試験なんてのは実力を出し切ればそれでええんや。結果なんてのは後からついてくるもんやさかいな!」 自分も不安であろうに不安を笑い飛ばしてくれた陽向の笑顔と言葉にエリアエルは 「そうじゃの」 と頷いた。 「お二人のお話に、元気が出て来たよ。はじめまして」 ふと背後からそんな声がかかって、二人は振り返った。 「ボクはユイス(ib9655)。思うところあって受験させてもらう事にしたよ。朱雀寮希望。よろしくお願いするよ。出来ればこれからも、ね」 帽子を取り丁寧に下げられたユイスの頭には修羅を表す角が見えた。 でも、一瞬顔を見合わせた二人の態度がそれを見て大きく変わる事は無い。 「こちらこそ、よろしゅう!」 「よろしく頼むの」 当たり前のような変わらない笑顔。それに 「ワハハハハハ! いいねえ。こういうの! 我(おれ)も混ぜてくれよ!」 と羅刹 祐里(ib7964)もやってきた。 「あ、貴方も修羅ですか?」 「そ! お互い変わり者ってわけだ。仲良くやろうぜ!」 明るく笑いあう若い受験生たち。 「ふ、のんきなものだ。これから試験を受ければ敵手となるかもしれんのに」 「いいんじゃないのか? いい具合に緊張も抜けたようだしな」 「確かに。いい笑顔のようですね」 それを少し離れた所から少し年長組が見ている。 どこか見守る様な優しい視線で…。 それから暫しの後 「では! 皆さん!!」 雑談などで時間をつぶしていた彼らは大きく通る少年の声で呼ばれ、振り向いた。 「これから陰陽寮入寮試験を開始します! 玄武、青龍受験希望者はこちらへどうぞ! 朱雀寮希望者の方は、そのままお待ち下さい」 紫の瞳の瞳の少年が先導するように前に立って歩き出す。 「では、お互いの検討を祈っておるぞ」 「うん! またね」 「では…」 エリアエルと高明、そして数名が朱雀門を抜け、外へ出て行った。 そして間もなく扉が固く閉められた。 残された彼らは、もう逃げだすこともできない。 「では、これから試験を開始します」 覚悟を決め唾を飲み込む寮生達に、試験官として並ぶ二人の女性は優しく柔らかく微笑んだのだった。 ●玄武寮入寮試験 玄武寮に案内された受験生達は講義室のような場所に案内された。 席に着き、待つこと暫し。 扉が開き、黒髪、紫の瞳のたおやかな女性が彼らの前に現れ、ニッコリと微笑んだ。 「受験者の皆さん。初めまして。玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)です。これより筆記試験を始めます」 穏やかで柔らかい印象の外見にうっかり和んでいた受験生たちは配られる答案用紙に瞬きすると気を引き締めるようにそれを見つめた。 そう、ぼんやりしている暇はないのだ。 今は試験中なのだから。 「筆記試験が終わった方は、試験官に答案用紙を提出後、呼ばれるまで別室で待機なさって下さい。一人ずつ面接を行います。筆記試験と面接の内容によって合格、不合格が決まりますので、頑張って下さいな。では、始め」 一切の質問も受け付けず、東雲はそう宣言すると試験官に場を任せ部屋を出た。 室内にはもはや筆やペンを紙の上に走らせる僅かな音が聞こえるのみだ。 【玄武寮・筆記試験−陰陽師基礎教養問題−】 そう書かれた答案用紙に受験生は向かい合っている。 問題は三問。 『【問1】五行王の本名を、漢字とカタカナで書きなさい。(10点) ※誤字は減点とする。 【問2】五行の首都「結陣」に継ぐ、研究施設を持つ都市はどこか。(10点) ※以下の選択肢から1つ選べ。 (選択群/闇陣・三陣・矛陣) 【問3】陰陽術「呪縛符」で人を空中に固定できるか?(10点)』 「ふむ、試験問題そのものは本当に基礎教養を試すモノですね」 そう言いながら高明は答案用紙に筆を走らせた。 冷静に考えれば解る問題である。数度見直して彼は立ち上がって答案用紙を試験官に提出した。それとほぼ時を同じくして一緒にやってきたエリアエルも答案用紙を仕上げて立ち上がる。 試験官は二人の問題用紙を確認すると、先に進む様にと目で促した。 残された2枚の答案用紙に記載された内容はほぼ同じ。 『土御門 高明 1問 架茂 天禅(カモテンゼン) 2問 矛陣 3問 否、力が弱すぎる』 『エリアエル・サンドラ 1問 架茂 天禅 カモテンゼン 2問 矛陣 3問 出来ない。呪縛符は人の動きを阻害する程度の力しかなく、身柄の拘束や空中に浮かせる事は困難な為』 どちらも解答は満点判定を得られるものだ。 後は面接次第。 「頑張って下さいね」 小さくそう囁いて先に進む受験生達を試験官は見送ったのだった。 こちらは面接試験会場前。 廊下で待つ受験生の名前が中から順番に呼ばれていく。 「では、どうぞ」 筆記試験用紙を先に仕上げた関係で高明の方が先に名前を呼ばれ 「失礼します」 彼は中と外にそう言って入室した。 室内には長机一つと、椅子が二つ。 そのうちの一つに高明は座るように促された。 もう一つの椅子に座るのは、さっき出会った玄武寮の寮長である。名前は確か… 「蘆屋 東雲です。これより面接試験を開始します」 そう言うと寮長は微笑んだ。 笑顔と言葉は優しいがこうして相対していても只者ではないことや、実力は感じられる。 高明は椅子に座ると背筋を伸ばした。 「面接試験と言っても問題は一つだけですので、そう固くならなくて構いません。 玄武寮は陰陽術の研究を特に重視する寮です。 ですので、玄武寮に入寮を認められた暁には、いかなる研究生活を送り、どのような貢献をしていきたいのか? その将来の展望を教えて下さい」 制限時間は五分。 「どうぞ」 促されて高明は少しの間だけ目を閉じ、考えると目とそして口を開いた。 「なぜ、玄武かと言われれば私の性格によると言うところですか」 彼はそう言うと小さく苦笑に近い笑みで笑う。 決して自嘲したわけでは無いだろうが、目の前の寮長は自分より若い。そのことに含むものは無いとは言えないだろう。 「私も老齢となりましたが、公明な陰陽寮の門戸を叩き、新たに学び、研究する場を得られるというのは助かる話です。 黒は玄冬、司るは 私は年をとっているという点で玄冬 水は生命の泉を表す。 私は戦闘向きとは言えない程度の実力なので勝利する為の泉となりたいと言うことです」 本人自身、受験生や開拓者の中から見れば実力が高くない事は認識しているのだろう。しかし、卑屈な態度は一切ない。 「研究内容は瘴気の有効利用です 現状でも陰陽師は利用していますが、効率をあげ他者にも供給出来れば更に強大な術が使える。 多数で天才を超える業の創出を目指しています」 真っ直ぐに彼は寮長を見据えて言う高明に 「解りました。ありがとうございます」 彼女はそう言って微笑んだのだった。 エリアエルは高鳴る胸の音を押さえながら 「陰陽寮にて陰陽師の事をもっと学びたい。明るく生き、人の役に立つ存在になる。それが約束であり、目標じゃから」 寮長の質問にそう答えた。 「約束?」 と寮長は問わなかったので、彼女は己の根底にあるものについて語ることはしなかった。 代わりに研究についての問題にその思いを乗せる。 「瘴気の研究を深め、新たな陰陽術を生み出す事が目標。既存の術を応用・改良させる事を試す所から始めようかと」 「新たな術の開発ですか?」 「はい」 と頷いて後、少し考えてエリアエルは続ける。 「例えば、瘴気回収を瘴気感染治療・人体からのアヤカシや瘴気の取り払い・他者への錬力回復…等へ変化できないかを検討、行動補助系術の開発を考えておる」 「なるほど」 寮長は頷いた。戦いの先頭に立つ為の術ではなく、補助の為の術、ということか。 それは彼女のさっき告げた目標とも一致する。 「解りました。では後ほど結果は発表しますので戻って頂いて結構です。ありがとうございました」 退室を促すとエリアエルは椅子から降りて、大人びた雰囲気と子供らしい可愛らしさで丁寧にお辞儀をして戻って行った。 その小さな背中に頼もしさを寮長が感じていたことなど知る由もなく…。 ●朱雀寮入寮試験 朱雀寮口頭試験問題 1)陰陽師が初期スキルとして習得できる体属性のスキルはいくつあるか? 全てあげよ。 2)陰陽師のスキルの中で生物がその名称に入っているものはいくつあるか答えよ。 (首など一部分のみは入らない。『黄泉より這い出る者』は対象外とする) 3)人質を取った人間を捕縛しなければならない状況下において、一つだけ術を使えるとしたら何を選択し、どう使用するかを100文字以内で述べなさい。 「今年の問題には引っ掛けみたいなのはなさそうかな」 と朱雀寮の口頭試験問題を見て言ったのは先輩の一人。 しかし 「では、問一…」 「それでは、続いて問二…」 「最後に問三…」 続く問題の解答を何人かに聞くうち試験官の一人は明らかに怪訝そうな顔を浮かべていた。 「あれ? うち、…どっか間違っとったやろか?」 元気いっぱいの表情を曇らせた陽向に 「いえ、気にしないで下さい。ではここから左の方へどうぞ。道に迷ったら近くの寮生、皆さんの先輩がいると思いますので聞いて下さい。あと、これは御土産です。頑張って下さいね」 サラターシャは小さな包みを差し出すと微笑んだ。 甘い香りのするリボンで結ばれた布包み。触れば中身はクッキーであると簡単に解る。 照れくさそうに受け取った者も多いが陽向は嬉しそうに受け取ると 「あ! おおきに! 行ってきます!!」 駆け出していく。 彼女が最後の受験生。 「ねえ? 問二の正答っていくつでしたか?」 その背中を見送って後、黒い肌の少女は横で解答を確認する金髪の女性に問いかけた。 「問二ですか?」 「うん。答えにバラつきがあってなんだか迷ってしまって…。十一、でしたよね」 問一の答えはほぼ全員同じであった。 『初期スキルの中にはない。けれども、開拓者となってすぐ、レベル一で習得できる、岩首は体属性である』 さっきの陽向の答えは模範解答でもある。 また問三はどんな答えでもある点のみ満たしていれば不正解とはしないとされていた。 『治癒符 まず相手がとる行動は、人質脅すか、攻撃すると推測。 自分か人質が傷付き動けないと分かれば、犯人は念を入れて攻撃し、逃げ始めるはず。 油断して逃げ始めた瞬間に、自分か人質を治癒し、こちらの反撃の隙を作る』 という陽向の解答。 『呪縛符。動きを阻害してすぐに近接、人質との間に入り物理的に捕縛する』 『我が気を惹き付けて神経蟲を、そいつに気取られないように仕掛けて痺れさせて捕縛する』 『斬撃符。 人質がいる為、戦闘不能を狙える攻撃術。 中でも符など無くても放てる点、『斬る』と言う副次効果により部位を狙う事で凶器等を落とさせたり、出血と痛みで恐怖と怯みを呼び起こせる斬撃符を選択します』 上から陽向、比良坂 魅緒、羅刹 祐里、ユイスの解答となるがどれも「人質を見捨てる」選択肢ではないから正解となる。 攻めでも、守りでも要は受験生の術に対する視線が見られればいいのだ。 しかし、問二。 「え〜っと、少し待って下さいね」 女性は揃えた解答用紙から一枚を取り出す。 「この方の解答が一番模範解答に近いです。雲母さん…」 『問一 初期取得なら無し、取得可能ならば岩首のみ 問二 人魂、大龍符、夜光虫、眼突鴉、毒蟲、招鬼符、火炎獣、神経蟲、氷龍、蛇神、砕魚符、白狐の十二種。鬼をアヤカシと認識するなら十一種 問三 使用術は毒蟲 注意をここにひきつけつつ相手後方から術を発動し無力化 凶器の所持、距離が場合、逃走等を考慮し、呪縛符より射程がある為』 「十一か〜」 『十個』『十二…いや、十三か』『十二だ。肉塊ってのは違うだろう』『十一 鬼はアヤカシ、姫は立場の為、除外します』 生物が名称に入っているもの、だから『使い魔』は生物では無いし『鬼』はアヤカシだ。『獣』が迷うところではあるが生物の名前、ではなく生物が、であるから入れて問題ないだろう。『姫』は多くの生徒が気付いた通り生物そのものを表す言葉では無いので除外する。 「う〜ん、なんか釈然としないところもあるよね」 少し不満げな表情の少女に女性は 「試験とはそういうものですわ」 と笑いかけた。 「数学とかでもない限り、解法はいくつもあるものですし、解答だっていくつも出るものです。その中で正答というのはあくまで出題者が用意した一例に過ぎませんしそれが絶対唯一の解答と言う訳でもありません。でも、試験と言うのは出題者の意図があり、それに乗っ取った答えが出せるかどうかを見られるある意味理不尽なものなのです」 「あれ? 主席がそう言う事を言うんですか?」 小首を傾げた少女にええ、と女性は頷く。 「でも、知識は時間をかければ学べます。問題ありませんわ。目標は異なっても学び続ける姿勢こそが大切であると思っています」 「なるほどねえ〜。だからあの子を彼に」 「ええ。まあ、後は皆がちゃんと、案内してくれるでしょうからね」 受付の片づけをしながら彼女らは、見送った受験生達の健闘、合格を心から願っていた。 さて、元気よく走り出して行った陽向であるが 「あれ? 左って言われたけど、試験会場はどこ?」 キョロキョロと首を前後左右に振っても解らない。案内板も見つからない。 「どこに行ったらいいんだろう?」 首を捻る陽向に 「やあ、こんにちは」 一人の青年が声をかけた。 「あ、こんにちわ! ひょっとして先輩やろか?」 確か先輩に聞いてと受付の女性が言っていた。 「まあね。良ければ、案内するよ」 「おおきに!」 満面の笑顔で答えた陽向にどこか、寂しげに笑って歩き出した先輩の後を、陽向は小走りで追いかけた。その背中から 「ねえ、君はどうして陰陽師になろうと思ったの?」 ふとそんな問いが下りてきた。 「へ?」 一瞬突然の質問に陽向の尻尾が下がった。でも、直ぐにぴんと上に上がる。 「茶屋のみたらし団子が、美味かったから陰陽師になりたいんや!」 「へ?」 今度怪訝そうな顔を浮かべたのは青年の方であった。 寮長との面接の時に言おうと思っていた言葉を陽向は青年にも紡ぐ。 「団子は深いで〜、いろんなものが繋がってる。 職人の技術、原料作る農家の汗、それから味わう人の笑顔…うちは、その繋がりを守りたいねん。治癒符に人魂。陰陽師の術は沢山の人の笑顔を作れる…だから」 抱きしめるように愛しげに陽向は自分の夢に手を広げる。 「その為に、迷わないと決めたんや! 絶対合格するんや」 「凄いね。君は…前向きで」 青年は褒めてくれたのだろうけれど 「あ、あかん。あかんよ」 陽向は青年の前で指を立てて振った。 「そういうしょぼくれた顔しとったらあかんよ。幸せが逃げてまう。笑う門には福来るねんで!」 すると 「くすっ」 青年は作ったものではない、さっきの寂しげなものとも違う笑顔を見せた。 「そうだね。ありがとう。ああ、棟を間違えちゃった。ここは広くて間違う人が多いんだ。こっちだよ」 彼はそう言って、陽向をさりげなく別方向へと誘導したのだった。 「いや〜。兄さん。助かったぜ。どっちに行ったらいいか解らなくて困ってたんだ」 「それは良かった。ここ、広いから初めての人は迷いやすいんですよ」 頭を掻きながら言う祐里の前に青年、と言うには小柄な人物が現れたのは行く方向を見失ってしばらくの事だった。今度二年生になる陰陽寮生だと名乗った彼は道に迷った祐里を案内してくれると言う「会場まで案内しますから少しお話させて貰えますか?」 「ああ! いいぜ。よろしくな!」 祐里は豪快に笑うと自分より頭一つ分以上小さい先輩の肩を大きく叩いたのだった。 「わっ!」 「ああ、すまない。ちょっと力が余っちまったかな?」 「いえ」 と首を振ってから彼は祐里をどこか羨ましそうに見つめた。 「どうかしたか?」 「いえ、いい体格だなあ、とちょっと羨ましくて」 「そうか? 修羅としてはどっちかというと軟弱な方に入るんだけどよ」 祐里の答えに彼はふと、真顔になった。 「ちょっと、聞いてもいいですか?」 「ん? なんだ?」 「これから一緒にやっていくことになるかもしれない先輩として教えて欲しいです。陰陽師を志した理由や陰陽寮に入ろうとしたわけ、朱雀寮を選んだきっかけなどを…」 う〜ん、と祐里は考え込む。 「朱雀寮を選んだ理由は、まあ俺みたいなのでも一番入りやすいんじゃないかとからからかな? 陰陽寮に入ろうと思ったのは自分の力量でどこまでできるのかを知りたかったんだ。修羅の中じゃ、さっき言った通り軟弱な変わり者だけどよ。存在を認めさせたいんだ。得意は斬撃符だけど、能力で効果もだいぶ違うしな」 「では、陰陽師を目指そうというきっかけは?」 「それは簡単さ」 祐里は豪快に笑った。 「修羅のイメージを変えたいってことよ。確かに、力の強さってのは認めるが、それが悪い事にもなってやがる。修羅にも創意工夫出来る奴も居るってのをな」 「それは、素晴らしいことですね…」 素直な裏の感じられない賛辞に照れたように祐里は頭を掻いた。 「なるほど。僕達も皆さんの気持ちに負けないように頑張らないといけませんね」 明るく笑った先輩の笑顔は本当に晴れやかで美しくて 「おおっ!」 祐里は頬に嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。 その自分より小さな案内役は 「どうして陰陽師になろうと思ったの?」 と問うてきた。突然の質問に 「別になりたい訳ではない!」 ムッとした表情を浮かべて魅緒は声を荒げてぷい、と顔を背けた。 「陰陽師であること」しか教わって来なかったとか、過程の事情とか、そんなことを話すつもりは無いし相手も聞くつもりは無いだろうと思う。 「ふ〜ん。じゃあ、朱雀寮を受験した訳は?」 ニコニコと人形を抱いた少女は笑いながら声をかけてくる。 「これも、別に入りたいと凄く思ってるわけでは無い。ただ…」 「ただ?」 言い淀んだ魅緒の顔を覗き込む真っ直ぐな眼差し。まったく似ていないのに、自分をここに誘った知り合いの顔を思い出して、今度は顔を逸らさず魅緒は吐き出す様に言う。 『ここの三年である知り合いに「ここでお前の足りないものが手に入る」。そう言われただけだ。何を言ってるのかはわからない。が、わからないのはおもしろくない。だから来てみた。それだけのことだ…」 「ふ〜ん」 もう一度返事をして、それからくすくすと何かを思い出したように笑いはじめる少女に 「何を笑っている!」 魅緒は微かに声を荒げた。 「そう言う事を言いそうな先輩を知ってるから。きっと同じ人の顔を思い浮かべてるのかなあって思って」 「同じ人?」 誰だ、と口先まで出てきかけた問いを飲み込んで魅緒はもう一度顔を背ける。 だから、少女がさっきまで自分が歩いていた方向とは違う場所に自分を誘導していることに気付かなかったのである。 最初は同族かと思ったことは内緒である。 「あっ! もしかして新入生? 今行くよ!」 そう言って豪快に走ってきて、豪快にこけた赤い肌の女性は 「いっててて…体育委員なのにー!! …あっ、ごめん。それで、名前はなんていうの?」 「ユイスと言います。どうぞよろしく」 「了解! それじゃあ面接会場に出発!」 それでも明るくパワフルで元気な様子を崩す事は無かった。 案内役の二年生だとだと名乗る先輩。 「君は修羅だね? でも、そんなことを気にする人はここにはいないから大丈夫だよ」 「はい」 並んで進む中、ユイスはそんな彼女の顔と、その真ん中を横切る傷から目を離せずにいた。 「あ、これ?」 視線に気づいたのだろう。彼女はニッコリ笑うとあっさりと教えてくれた。 「アヤカシに付けられた傷。うちは、両親はいなくて、姉さんと村を追いだされて、子供二人で生きられないからって姉さんに捨てられたらしいんだけど、陰陽師の師匠に拾われてね。まあいろいろあって縁あってここにいるの」 さらっと、聞き流すには重い話になんと返していいか瞬きしながら迷うユイスの様子に気付いたのだろう。 「あ! ごめんごめん。変な事言っちゃって。誰かに操られるように、決まっていたかのように開拓者に、陰陽師になったけど、それも縁だし全て縁に報いたいし、今も楽しんでるからいいんだ。自分の道に後悔したってつまらないしね」 謝るように言ってから 「それで、そっちの理由は?」 と当たり前のように問うてきた。促されてユイスは少し考える。 今、先輩の過去を聞いたわけで…陰陽師になった理由を問われていると気付いて、 「僕は、自分で選んでここに来ました。母の愛した陰陽寮…ここで学び、名を上げたい。 修羅と人の架け橋と成る為に」 彼女のように波乱万丈ではないが、それでも真剣に考え、真剣に道を選び、そしてここにいる。その理由も含めて自分の望みを告げると 「へー、そうなんだ…、良いと思うよ。だって、みんな違うんだからさ」 彼女はそう頷いてくれた。 「あ、もう、ついちゃったか。…そこが試験会場。中で寮長が待ってるから」 長階段を指差すと彼女は足を止め、手を横に振る。 「それじゃ、楽しみに待ってるよ」 「はい、ありがとうございました」 そしてユイスは最終面接。寮長の前に進み出た。 「僕は力ある立場につきたい。 実力主義の陰陽寮が一番近道だと判断しました。 修羅であるボクの力が有用であると示し修羅と人との架け橋になりたい。 得意は吸心符。 食らいついてでも達成するという僕の理念そのものだ」 自らの信念を示し伝える為に。 「頑張って下さい」 案内役の青年に言われるまでもなく、合格の為に雲母は進み出た。 何もない部屋で待つのは陰陽寮朱雀寮長 各務 紫郎(iz0149)。 「では、貴女の入寮の理由や、入寮への意気込みなどを語って下さい。得意な術と共に」 「得意な術か。ないな」 そうあっさりと答えた雲母を寮長は 「ほう。随分と実戦経験を積まれてるようですが、それでもここで学びたい理由と言うのは?」 と変わらぬ態度で見つめている。動じない様子に (流石だな) そう思いながら彼女はちゃんと補足説明をする。 「術の得意不得意は無い。全て扱えて当たり前だろう。私が来たのは理想の為だ。 知らなければ知ればいい。経験が無いなら経験すればいい。それだけで十分な理由だ。 私にとって開拓者、陰陽師なんて小さいモノだ。…どう選択し自分が歩んでいくかの方が大事だろう。之は其の通り道だよ。ま、一番の理由は興味が湧いたからだが」 さっき案内役に言ったことを彼女はもう一度目の前の相手に告げた。 知らない世界があるのなら、それを知る為の手をうつことに躊躇いは無い。 知恵を持つ者の前に頭を垂れることを恥としない。 それが、覇王の資質というものなのだろうか。 「解りました。結果は後日発表します」 寮長は微笑んでそう告げたのだった。 ●試験結果発表。新たなる年の始まり。 「こんなところですか?」 玄武寮受験者の採点を終えた東雲はふうと息を吐き出して筆をおいた。 合格者は二名。 どちらも知識、意欲共に問題は無い。 点数の差は研究の具体性の差であるが、それはこれから先、いくらでも縮められるし、また広げることもできるだろう。 最後に彼女はもう一度筆を取り、自分の思いと心を一文に乗せて記したのだった。 同じ頃、朱雀寮でも受験者の採点が終了していた。 口頭試験の結果に多少のばらつきはあるが、朱雀寮の寮生として必要な資質は十分確認できたと言えるだろう。 そして受験生たちの印象を問うた時、案内兼試験官を担当した寮生達は 『一言で言うなら凄い人です! とっても…大きな人で、僕はあの人の前では先輩だなんて言えないと、思いました』 『あの方は、修羅のイメージを変えたいと、おっしゃっていました。向上心と意欲を僕は心から尊敬します』 『こういうと失礼かもしれないけど、かわいい人。だと思いました。ここでなら、確かにきっと、足りないものが手に入る。そう思うから』 『あの子! 修羅と人の懸け橋になりたいんだって! その気持ち、共感できるし助けたいと思うし、成し遂げて欲しいと思った。だから、合格です!』 『…ひたむきな思いと、明るくて元気な前向きさ…。僕も見習わなくてはならないと思いました。そして、絶対に落ちて欲しくないと思います』 悪い印象は何一つ伝わってくることはなかった。 それは口頭試験を担当した者達も同じ… 「知識は時間をかければ学べます。ですが、思いは時をかければ得られるとは限りません」 「皆、一人一人違えど真剣な気持ちは伝わってきました」 寮長は軽く目を伏せた。 朱雀寮の試験において一番大きな意味合いを持つのは口頭試験ではなく、寮長の面接でもなく、寮生達の意見なのだ。この朱雀寮で数年を共にし、その先も共に歩んでいく仲間を確かめることこそが、大事なという視点から。 彼らに案内され、面接にやってきた魅緒は言っていた。 『私に欠けているものを求めに来た。 それがなんなのかは私にもわからぬが…寮長殿は聡明故わかるのかも知れぬな…。 よろしくお願いしたい』 「誰しも自分が望む未来の為に、手に入れたい何かの為に努力をするモノ、ですからね」 寮長は自分が書いた紙を見つめ、 「がんばりなさい。自分が求めるものを手に入れる為に…」 その先にいる新入生達に聞こえない言葉を贈ったのだった。 そして夕刻、数多の受験者の命運を決める一枚の紙が張り出される。 ■陰陽寮『玄武寮』入寮試験〜成績別合格者一覧〜■ 【主席合格者】エリアエル・サンドラ(ib9144)/筆記30点+面接15点=合計45点 【2】土御門 高明(ib7197) /筆記30点+面接10点=合計40点 以上の者に、実り豊かな一年であることを願う。 『陰陽寮 朱雀 合格者 合格者は準備を整え入寮式に参加すべし。 主席合格者 雲母 次席合格者 ユイス 羅刹 祐里、比良坂 魅緒 雅楽川 陽向』 合格者達のうち、玄武寮生にその証である玄冬が。 朱雀寮生には朱花が渡される。 彼らはそれを握り締める。 次に彼らが門を潜り、その証を胸に付けた時が陰陽寮の新たな一年生、誕生の瞬間、そして新年度の始まりの時である。 その時は、もうすぐそばまでやってきている。 |