【朱雀】三年生を送る会
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/15 14:41



■オープニング本文

 それは平凡に見えるある初夏の日。
「では、三年生の先輩方は皆様無事、ご卒業が決まったのですね?」
 問いかける副委員長に、その委員長は首を小さく前に動かした。
「うん。いよいよ僕達も卒業だ。長いようでなんだか本当に短かった気がするなあ。二年生はまだ結果が出て無いらしいけど心配はいらないよ。普通にやってて落ちる様な試験じゃないから」
 そう言って彼は薬草整理の手を止めて窓の外からどこまでも蒼い空を見上げた。
「こんな風にのんびりするのは、後一カ月もないんだね」
「先輩方は卒業後の進路は決まっていらっしゃるのですか?」
 問われて年上の後輩達に、保健委員長藤村左近はまあね、と答える。
「香玉は故郷に戻って家族の為に村を守るって言ってる。一平は闇陣の砦の警備に入るらしい。貴志は封陣院だったかな?」
「白雪先輩はどちらに?」
「智美は知望院。彼女は下町出身だからいろいろ揉めたようだけど成績で黙らせたらしいね」
 各先輩達の進路を聞き頷いていた二年生達は、ふと首を傾げた。
「藤村先輩は?」
「ん? ボク? 僕は医者になろうかと思ってる。戦地とかを巡る医者にね」
 こともなげに彼はそう言った。
 だが、このご時世、それは決して容易い道では無い。
「先の北面でのアヤカシ襲撃の時、皆で炊き出しに行ったろう? あの時思ったんだ。誰より早く戦地に赴いて誰かを助けられる者になりたい…って。僕はここで身を守る術を学んだから他の人が行くよりきっと生き残れると思うしね」
 でも彼の決意はきっと固い。
 そして必ずやり遂げるのだろう…。
「まあ、あと一カ月だ。もう皆に殆どの事は任せられる。のんびりやろうか」
 微笑する少年、もう間もなく委員長でなくなる目の前の先輩の顔を見て少女達はそっと額を寄せ合ったのだった。
 
「三年生を送る会をやりませんか?」
 集まった陰陽寮朱雀一年生と二年生は仲間から出た提案を真剣な眼差しと心でそれを発した者達を見るのと同じように見つめる。
「もうすぐ三年生の先輩方は卒業です。大変お世話になった先輩方にお礼の会を今年も開けないかと思うのですが…」
「今年も?」
 首を傾げた一年生が口にするより早く、二年生がぽんと手を叩く。
「そう言えば去年もやったっけ。皆でいろいろ考えて」
「ええ、料理を選んだり、プレゼントを用意したり」
「皆で図南の翼使って見せたりもしたよね」
「今年はどうするかは皆さんと相談して、ですけれど幸い追試を食らった方もいないようなのでのんびりできるのではないでしょうか?」
 どうです? 目で問う質問の答えなどもうわかり切っている。
「思いっきり楽しいものにできるように頑張るのだ!!」
 高く掲げられた声と手に、全員の声と心が唱和した。

 その後、寮長などの全面的なバックアップを得て三年生を送る会の開催が決定する。
 残りあとひと月。
 先輩達との最後に近い思い出作りが今、始まった。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039


■リプレイ本文

●それぞれの思い、それぞれの準備
 先日、二年生も無事に全員の合格と進級が発表された。
『これで、とりあえず一安心ですね』
 ふうとため息をつきながら、青嵐(ia0508)はひのふのみ、と倉庫から出してきた品物の数を数える。
 間もなく開かれる三年生を送る会。
 その準備に使う道具を倉庫から今、出してきているところだ。
「蒼嵐! こっちの布の束は運んじまっていいんだよな?」
 大きな籠に束ねられた黒い布を抱える喪越(ia1670)に
『ええ』
 と青嵐は頷いた。
『白い布は図書室に。暗幕は食堂です。他の荷物と一緒に向こうへ運んで貰ってもいいですか?』
「おう! 任せとけ!」
 手早く荷物を纏め運んでいく喪越を慌てて一年生、清心が追いかけて行く。
「ああ、待って下さい!」
『なんのかんのといっても頼りになりますからね。…でも、もうすぐ三年生の先輩達も卒業、ですか』
 気が付けば陰陽寮に入寮して二年が過ぎる。
『白雪先輩は知望院、土井先輩は封縛院、立花先輩は闇陣の砦へ、故郷に戻る香玉先輩。旅立つ藤村先輩…』
 それぞれ、道を選んで旅立っていく彼ら。
 去年もそうであったが、いて当たり前だった先輩達がいなくなるということにまだ実感がわかない。
『いつか…私達も、道を選ぶことになるのでしょうね』
 後、一年。
 長い様できっと短いその時にほんの少し思いを馳せながら、さてと気持ちを切り替え青嵐は腕を捲った。

 開け放した扉は初夏のまだ暑くもなく、寒くもない心地よい空気をほんわりと図書室の中に運ぶ。
「ふわぁ。なんだか眠くなってきそうですねえ〜」
 作業の手を止め深緑を見つめるアッピン(ib0840)はそう言いながら、横にいる俳沢折々(ia0401)を見た。
 眠気とは無縁の真剣な顔が見える。
「ふう〜。できたっと。どうかな? アッピンちゃん!」
 大きな白い布に
『先輩達 ありがとう! 三年生を送る会!』
 大きく描かれた文字は彼女の心そのままに躍動感と優しさを感じさせる。
「とてもいいと思いますよ」
「良かった。後は、夕方、皆の準備と料理、それから会場の準備が出来上がるのを待つだけだね…。あれ? 一年生ちゃん達は? さっきまでそこで何か話してなかった。あ、そう言えば朔君もいない」
 作業に熱中していて一年生達や尾花朔(ib1268)が部屋を出たのに今まで気づかなかったようだ。きょろきょろと周りを見回す折々にアッピンはくすっと小さく笑う。
「先輩達に渡すプレゼントを用意してくるそうですよ〜。今年は皆がそれぞれによういしているみたいですよねぇ〜。なんだか凄い量になりそうですよ」
 そっか…。折々は顎に手を当てる。
「青嵐君はリストバンドを作るって言ってたし、朔君も一生懸命何か作ってたし…。袋でも用意したほうが良いかな…。で、アッピンちゃんは何をしてるの?」
「私は季節の押し花のレターセットを作ってます。薬草園から少し頂きまして…」
「うわ〜。綺麗だねえ〜。きっと皆、喜ぶよ」
 露草に紫陽花、雛菊と優しい色合いの花々が薄い色の紙に美しく咲いている。
「そうだといいんですけどねぇ〜」
 二人は顔を見合わせると、ふと外を見つめた。新緑の緑が目に眩しい。
「先輩達とももうすぐお別れ。素敵な思い出を作って貰えるといいね…」
「ええ。そうですね」
 呟く様に、噛みしめるように二人は青空と緑を見つめていた。
「あ! いけない。香玉先輩と約束してたのです。先輩達の恋愛事情を聴かせて頂くと…!」
「えっ〜?」

 さて、その頃図書委員会の一年生三人組は図書室から正門への道を歩いていた。
「えっ? 土居先輩は封縛院?」
 初めて聞いたと言う様に首を傾げるカミール リリス(ib7039)にうん、とクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は頷いて見せた。
「藤村先輩がそう言っていたって保健委員会の先輩達が言ってたよ」
「あ、そういえば、土井貴志先輩、でしたっけ…」
「どなたか先輩も下の名前は忘れそうになる、とおっしゃってましたわね」
 サラターシャ(ib0373)の言葉に気恥ずかしそうにリリスは頭を掻いた。
「もうじき、進級。三年生の先輩達も卒業かぁ〜」
「でもお世話になった先輩方が卒業だなんて…寂しくなりますね」
「うん…」
 三人は少し言葉少なくなる。今まで、当たり前のようにあった笑顔がもう見られないのは寂しいことだ。
「今までお世話になった分、しっかり見送らないとね」
 クラリッサの言葉に横を歩く二人も頷いた。
「私は薬草園のお花を頂けるように保健委員会にお願いしに参ります。では、また後で」
 朱雀門の前でサラターシャがお辞儀をして二人と分かれる。
「リリスは外へ?」
「はい。注文していた品を取りに行こうと思います。クラリッサさんも?」
「うん。友達に頼んでることがあってね…。じゃあ、一緒に行こうか」
「ええ。後でちょっと気になることが合ったから、清心さんには、会いたいんですけどね…」
「大丈夫でしょ。これから機会はいっぱいあるから」
 二人は一度だけ振り返り朱雀門を見ると、気持ちを切り替えるように歩き出したのだった。

 春、保健委員会は忙しくなる。
 特に薬草園の手入れは草むしり、寄せ植え、水やり、採取といくら人手があっても足りない程に。
「蒼詠(ia0827)くん…。スミレ、花だけ摘んじゃ…ダメ。根っこから全部掘り出すの…。根っこに重要な薬効が詰まっているの…よ」
「あ、は、はい。すみません」
 瀬崎 静乃(ia4468)に指示されて、ぼんやりと薬草摘みをしていた蒼詠は慌てて花を掘りなおす。
「どうしたの…。なんだか、いつもより…ぼんやり?」
「す、すみません…。ちょっと考え事をしていて…」
「考え…ごと?」
 首を傾げた静乃に蒼詠は頷きながら、はああ、と大きく息を吐き出す。
「もうすぐ藤村委員長たちも卒業ですよね。……寂しくなるなぁって」
「…それだけ?」
 自分を見つめる真っ直ぐな目に蒼詠は首を横に振る。
「いえ、あと…自分の成績の位置に…プレッシャーを」
「ああ、次席…。おめでとう」
「言わないで下さい! 僕に、できるんでしょうか…。副委員長とか、二年生の纏めとか…」
 頭を抱える蒼詠の肩を静乃はポンと優しく叩く。
「できるのか? じゃなくて…やるの。大丈夫。できるから…」
「はい…」
 まだ自信なさげではあるが、蒼詠は小さく頷いた。
『そうそう。頑張ろう!』
 側に控えていた人妖翡翠が明るく頷いた丁度その時、向こうからこちらにやってくる影が見えた。
 泉宮 紫乃(ia9951)である。
「蒼詠さん、静乃さん、…お待たせしました。家で、育てていた薬草持ってきました」
「…お疲れ、様。じゃあ、ここの採取が終わったら、皆でプレゼント作り、…しよ?」
「はい…。でも、あれ? 副委員長は?」
『いつもの通りに薬草の整理、それから今日はパーティと言う事ですから料理に使える薬草を真名(ib1222)さんの所に。後は各自できる部分でのお手伝いをお願いします』
 周りを探す蒼詠。
 そう言った時の友の顔をも出した二年生二人は顔を見合わせて、優しい笑顔で首を振っていた。

●三年生を送る会
「こっちが会計簿。それから、こちらが薬品出納簿。毒物類もあるから、持ち出しには注意して」
「はい。解りました」
 保健室で玉櫛・静音(ia0872)は保健委員長藤村左近からから委員長の仕事の引き継ぎをしていた。
 他の委員会は引き継ぎと言っても簡単なものだが、保健委員会は薬品の管理があるので、他所よりも時間がかかっている。
「たくさん、仕事があるのですね。これを全てこなして来られた先輩を、心から尊敬します」
「別に、大したことはしてない。皆、先輩達もやってきたことだから。大丈夫。君にもできるから」
 心の不安を見通したのだろうか? 優しく笑って見せてくれた先輩に
「はい」
 と静音は頷いた。
「もう…卒業式、なのですね…」
 静音の声に、ん? と左近は仕事の手を止めた。
 そう呟いた自分自身の言葉を静音は意識していなかった。
 昨年も感じたこと。
 会おうと思えば会えないわけでも無いのにこうして寂しさを感じる事に驚きさえ感じるのが不思議だった。
 この胸を締め付ける様な切なさは…。
「どうしたの?」
「…寂しくなります」
「えっ?」
 静音の目元に何か光ったような気がして瞬きする左近から視線をずらす様に静音は立ち上がった。
「今晩は三年生を送る会です。皆様、ご参加下さいますか?」
「ああ…勿論」
「では、すみません。ちょっと外します。調理委員会に薬草などを頼まれていたので。また、後で…」
 呼び止めかけたであろう左近に一礼して背を向けると静音は素早く外に出て戸を閉めたのだった。

 体育委員会がフィールドワークから戻り、食堂に足を向けると
「お帰り〜」
 明るい真名の声が出迎えてくれた。
「お疲れ様でした。先導、大変でしたね」
 朔が差し出してくれた水を礼を言って芦屋 璃凛(ia0303)は受けとると飲み干した。
「ま、結構頑張ってくれたかな」
「良いペースだったなり! 一平も褒めてたのだ!」
 先輩二人劫光(ia9510)と平野 譲治(ia5226)の賛辞に、どこか照れた様子を見せながら。
「先輩の分も、頑張らないといけないから…」
「いつも通りを見せるのも大事さ。引き継いで行くと言う意味を込めて…」
 くしゃくしゃと頭を撫でた劫光はそう言って璃凛を褒めた。
「体育委員会の先輩も、きっと安心ね…、といけない。早く料理を仕上げてしまわないと。今日はご馳走だから、あと少し待ってて♪ 朔、彼方手伝ってね!」
「はい!」
「解りました!」
 台所に戻ろうとする調理委員会に 
「うんうんっ! 節目と言うのは大事なりよっ! さっ! 全力全開っ! 祝うなりよっ! 朔! 真名! 三年生を送る会の準備手伝うのだ! 何かやることはあるなりか?」
 譲治は声をかけた。
「ああ、じゃあ、テーブルを並べて、花を飾って貰える? 掃除とかは終わっているの。もうすぐ暗幕とかも届くわ。そしたらきっと他の委員会も来てくれるから」
「了解なり!」
「あ! 先輩! うちも手伝います!」
 小気味よくくるくると動き、働く璃凛や譲治に小さく微笑して、やがて劫光も先輩には手伝わせられないから、と作業へと加わった。

 そして…夕刻。
「本日はお招きありがとうございました」
 白雪智美はそう言うと、優雅に一礼をした。
 その後ろには今日の主賓である三年生達が並んでいる。
「ようこそ。先輩方。さあ、入って入って!」
 折々は彼らを中へと迎え入れた。
 机一面に並べられたご馳走。花の鉢植えなどで飾られた部屋。そして達筆で大きな垂れ幕。

『先輩達 ありがとう! 三年生を送る会!』

 嬉しそうに顔を見合わせた三年生達に飲み物のカップが配られ、さらに一年生、二年生のも回された。
 寮長も加わり、全員が集まった朱雀寮の食堂で折々は高く杯を掲げると
「では! 前置きは無しで行きます。先輩達の前途が明るいことを願って、そして、これからも皆が元気で頑張れるように、願いを込めて…」
 短い口上と共に告げた。
「乾杯!!」
 終わりの会の始まりを…。

 まずは会食となるのがパーティの基本。
「うわ〜。凄いなりね〜」
 鮎の土鍋炊き込みご飯に雛人形寿司。
 蒸し餃子で象った朱雀。春野菜のサラダにゼリー。
 焼き菓子も飲み物もたくさん。
 調理委員会+一人が腕を振るったご馳走が並んでいて、それぞれ拳を競っている。
「前回好評だった炒飯に、スープ。チリソースのエビや魚とかも自信作だけど…実はメインはこっちなの」
 真名が指し示したのは肉じゃがに煮魚、こごみのおひたし、ぜんまいの塩漬け、蕗の炊き合わせなど、山野草の家庭料理だ。
「香玉先輩からあく抜きから教わった料理です。味を見て貰えると、嬉しいんですけど…」
 遠慮がちに言う真名の顔を見ながら小さく頷いて、調理委員会委員長である香玉はそっと口に運ぶ。
「うん。完璧だね。この季節には入手も難しい品もあるのに、新鮮そのもの」
「真名先輩は、自分で食材を探して回ったんですよ。薬草園だけじゃなく、山も回って」
 彼方の言葉に香玉は嬉しそうに微笑む。
「頑張ってくれたんだね。これが本当のご馳走だよ」
「ありがとう、ございます…」
 目頭が熱くなってくるのを真名は感じて顔を押さえた。
 その横で朔も深く、深くお辞儀をする。
「色々教えて下さってありがとうございました、その…母上のようで…凄く嬉しかったです」
 彼にとってはもう一つの告白にも似た気持ちなのだろう。贈り物のとして差し出した簪を髪に挿してくれた香玉に頭を撫でられ、耳まで真っ赤にしているのを見て、聞いて真名も、もう気持ちが止まらなくなった。
「香玉先輩!」
「おっと!」
 胸元に飛びついてぎゅっと抱きつく。
「お世話になりました! …たまには遊びに来て下さいね」
「ああ。ありがとう…」
 母親のような大きなぬくもりで彼女は真名を、そして朔や彼方も抱きしめてくれた。
 そんな様子を仲間達は暖かい笑顔で見つめたのだった。

●伝える思い
「封縛院、合格おめでとうございます!」
 後輩たちの祝福の言葉やプレゼントに、照れたように図書委員長土井貴志はありがとう。と答えた。
「これ、迅鷹の羽かい? 凄いね」
「はい。知り合いのから抜かせて貰いました」
 頷くクラリッサに彼はもう一度礼を言う。
「僕は特に術の研究に興味があってね。これからも今までの術の応用とか研究してみたいと思ってるんだ」
 その言葉にはい! とアッピンが手を上げた。
「土井いんちょ。封陣院に入るにはどうすればいいんですか? どうにも研究終わりそうにないっですしっ、私もちょっと狙ってみたいですね」
「う〜ん、定期的に採用があるわけじゃないからね。こうすれば必ず、というわけじゃないけれど」
 そう前おいて貴志は真剣に答えてくれた。
「事前に希望を出して、論文も提出して、口頭試験とか受けて…。
 その結果によって本院だけじゃなく各地の分院に配置されることもある。とりあえずは自分がやりたいテーマを論文とか提出して認めて貰う事が大事じゃないかな」
 自分の進路を定めた先輩の言葉を後輩達は真剣に聞いていた。
「なるほどなるほど」
 と頷いて後、アッピンは
「それで先輩」
「わあっ!」
 ぎゅうと貴志の手を引っ張ると、そっと耳元に口を寄せ
「白雪先輩とはこのままでいいんですか?」
 囁いた。
「えっ?」
「先輩と一平先輩はかなり本気で白雪先輩をお好きであったようだと伺っています。同じ五行勤めとはいえこのままで、よろしいのですか?」
 問われ、貴志はハッとした表情を一瞬だけ、見せた。
 そして、さっきよりも真剣な目で答える。
「彼女を守る為にも僕らは、強くならないといけない。まだまだ、これからさ」
「えっ? 僕ら?」
 アッピン以外には聞こえない声で囁いて貴志は顔を上げる。
「何の話をしていらしたのですか?」
 首を傾げるリリスに何でもない、と笑って彼は肩を竦めた。
 貴志の鋭くも優しい視線の先には智美や一平がいる。
 それを見てアッピンは、楽しげにうんうんと頷いたのだった。

 斬撃符が空を裂き、一平の服と肌を切り裂く。
 だが返しに放たれた雷閃がチリリと劫光の髪を焦がした。
「どっちも頑張るのだ〜〜!」
 繰り広げられる本番さながらの戦いに、いつしか観客からも声援が上がる。
 劫光と体育委員会委員長立花一平の組手は
「最後の一勝負。受けてくれないか? 委員長」
 そう言った劫光の願いに一平が応えたものであった。
「やるな!」「そちらこそ!」
 二人の実力はほぼ互角。しかし、最後に一瞬の攻防の後
「! まいった」
 気が付けば両者膝を付き、一平が両手を上げていた。
 終わりが見えていた所で、劫光が誘いの隙を作り、カウンターを狙ったのだ。
 一平は、おそらく狙いに気付いていただろうと劫光は思う。けれどあえて打ち込んできた。だから
「力と想い…受けとった!」
 全力でカウンターを打ち込んだのだ。
「後は、任せたぞ」
「ああ」
 二人は立ち上がり、がっちりと握手を交わしたのだった。
 その後には璃凛が続き、頭を下げる。
「初めてでは無いですけど、最後の手合わせよろしくお願いします」
 一平は頷いて身構えた。
「先輩、闇陣の砦ってどんな所ですか」
 組手を交わしながら璃凛は尋ねた。国の事情に疎いことが気恥ずかしかったが、彼は小さく笑って答えてくれた。
「この国の最前線。自分を鍛えるには、一番いい所だと思ったんだ」
「鍛える?」
「ああ、もっと強くならなきゃいない。大事な人を守れるように…」
「先輩…、凄いですね。もっと…強くなるんですね…。わあっ!」
 突然、璃凜が足元のバランスを崩して倒れ込む。それを、一平がすんでの所で支えた。
「どうした…」
 一平が声を飲み込む。
「ご・ごめんなさい」
 璃凜の大きな目からは涙が止めどなく流れていたのだ。
「うち、泣く気なんて無いのに…、止められそうに無い…うわあああん!!」
 そう言うと璃凜は人目もはばからず大声を上げて泣き出した。
 一平はその肩をまるで子供をあやす様に抱きしめ、そしてぽんぽんと叩いてくれる。
「ありがとう。がんばれよ。月並みな言葉しか言えないけど…、応援してる」
 流れ落ちる涙が止まるまで、一平はずっと璃凛をそんな声をかけながら、強く、優しく抱きしめていた。

「よし! じゃあ、みんな! 行くよ!!」
 璃凛が泣き止んで間もなく、折々の言葉に一年生と二年生が場の中央に集まった。
 暗幕を引きいくつかの灯りを落とし、薄暗くなった周辺に、ふんわりと夜光虫が飛ぶ。
 その中で
「ご卒業、おめでとうございます!」
 一年生達の声と共に人魂で作られた赤い鳥、朱雀が空に飛び立つ。
 と同時に二年生達が自分達の鳥人形を傀儡操術で舞わせ始めた。
 夜鳴鶯や白鳥、丹頂鶴、朱雀が空を飛び、孔雀や鶏、小雛達も地上で楽しげに踊りだす。譲治の鶏には親子の様に小さな雛の人魂がよりそい、青嵐の梟は首を回すかのようだ。
 武骨な禿鷹でさえ、どこか楽しげだ。
「自分たちもこういうことができるようになったんだって、見て貰いたいんだ」
 と折々は言う。
「先輩たちのおかげで、成長できたことも多いと思うから。一年間、本当にありがとうございました…っ!」
 言葉にできない感謝の気持ち。伝わっただろうかと、少し不安になってクラリッサは三年生達を見る。
 心配は不要だった。
 彼らの思いを、願いを、三年生達はその胸に焼き付けるかのように、じっと真っ直ぐに幸せそうな笑顔で見つめていた。

●受け継がれる優しさ
 ゆっくりと穏やかな時間が流れる。パーティもそろそろ終わりと言う時。
『陰陽師となって、この寮で学び、知望院へ向かう貴方は。どんな自分を目指したのですか?』
 ふとそう問う声が聞こえて、智美は振り返った。そこに立つのは同じ委員会の青嵐。
「あ、それ私も聞きたかったんだ。どうして、知望院に入ろうと思ったの?」
 雑談をしていた折々も興味深いと言う顔で、智美を見つめている。
 智美はふと目を伏せた。何と言ったらいいか言葉を探していたのだろう。
 やがて
「私には何も無かったから…」
 そっと切り出した。
「えっ?」
「私は生まれも親の顔も、何も知らず闇に育ちました。名前も誕生日も、何歳かも記憶にないまま最下層の汚い中で生きて、ある日偶然出会った育ての親に志体を認められて拾われました」
 淡々と話す智美の声は不思議に遠く、でも心に沁みこんでいく。
「拾われた私は名前を貰い、言葉を、文字を一から教えて貰いました。自分の名前を書いて、読んだ時初めて自分と言うものを見つけた気がしたのです」
 かける言葉もなく彼らはただじっと彼女の話に耳を傾け続けた。
「世の中には広い世界があって、キレイなものがたくさんあると知って、それからは読めるだけの本を読み続けました。陰陽寮に入ったのも養父母の思いはともかく私はたくさんの本を読めるからという、それだけの理由であったのです。でも…」
『大丈夫だよ。君のことは僕らが守るから』
「陰陽寮での生活と仲間達を通して、私は自分が一人では無いことを知りました。そして、人は命と、知識と友があれば何でもできる。全てを無くしたと思っても取り戻せる、この汚れた手でも綺麗なものを作り出せると。だから私は知望院に進みたいと思いました。知識を守り、伝え、私が貰ったようなたくさんの素晴らしいことを、次の誰かに伝えて行きたいと思ったのです…」
 三年生一人一人、いや人全て、生きている限りそれぞれ、思う何かを持って生きている。
 彼女の人生と思いに二人が頭を下げた時
「あら?」
 ふと智美の足元に一枚の紙が落ちた。
「手紙…ですわね」
『この時間に、向こうの山を見てくれ?』
「おい! 見ろよ。あれ!」
 寮生達が指差した裏山に不思議な文字が浮かび上がっていた。
「何だ? あれ?」
「あれは!」
 智美は口元を思わず押さえた。
 篝火で象られた不思議なマークと不思議な言葉を見つめ、涙を流す彼女を折々と青嵐はそっと側で支えている。

 I LOVE YOU。

 古い意味のこの文字が愛の告白であることを知る者はそう多くは無い。
 だが
「やっぱりこういうのが俺らしいぜ、フハハハー!」
 賑やかなパーティから暫し外れ、山の中で笑う喪越は
「出逢いは別れの始まり。何をそんなに哀しむ必要がある。大事なのは心、すなわちラブ。心さえ繋がっていれば、体が離れていても寂しくはない。なんて思っちまう俺は、独りに慣れ過ぎたのかねぇ? ハハハハハー!」
 そう言って目を閉じた。
 一人であったときには解らなかった寂しさ、哀しさ、でもそれ以上に胸に溢れる暖かい大切な人を想う気持ち。
 心は確かに伝えたい人物に伝わったようだった。

 そして一人、宴の輪から遠い所で様子を見守っていた朱雀寮長、各務紫郎は珈琲をカップを手に取った。
 譲治が用意し、届けてくれたもの。
「さびしくなるなりね。はい。苦い珈琲どうぞなのだ」
 そっと口を付ける。
 黒い苦い液体と一緒に寮生を送り出すたびに感じるこの胸の滓を、飲み干す為に‥

 宴を終えた帰り道。
「どうしたんだ? 左近」
 立ち止まった友に一平はそう声をかけた。
「…ごめん、荷物を落としちゃいそうで…先に、行っていて」
 俯く左近の側に逆に三年生達は集まってきた。
「荷物、たくさんですものね」
 両手いっぱいの荷物。
 全て、一年生と二年生からのプレゼントだ。
 三年生皆にと贈られた手縫い刺繍入りのリストバンドに朱雀の根付。ハーブ入りの和紙の箱、傷薬。感謝の言葉と絵が描かれた色紙。木彫りの朱雀。
 それ以外にも個人個人にガラスのペーパーウェイト。手描きの栞、簪、押し花のレターセット。そのどれもが寮生達の思いが込められていて折々が用意してくれた袋から溢れそうであるが大事に持って帰ってきていた。
 中でも左近は小さい体の割にさらに荷物が多い。
「お身体には十ニ分に気をつけて下さいね」
 と静音がくれたお守り。
「…ありがとうございました」
 静乃が言葉を添えてくれた和紙の箱の優しい香り。
「何かお手伝いできる事がありましたらお気軽に声をかけて下さいね。
 薬の調達でも、現地へのお手伝いでも、出来る限りの事をさせて頂きますから。…どうか、お気をつけて」
 紫乃はそう言って薬草袋を渡してくれた。
 そして何より蒼詠がかけてくれた言葉が忘れられない。
「いつか、先輩のように各地を回る医者になりたいです」
「僕みたいになんて…ならないほうがいいのに…」
 彼が足を止めたのは荷物の重さのせいでは無かった。
 左近は薬草入りの香り袋を握って下を向く。気が付けばその眼には大粒の涙が溢れていた。
 …左近の素性を三年生達も彼が語る以上には知らない。
 ただ家族をアヤカシによって失い、誰も悲しむ者はいないのだと言っていた。
 膝を折り…手に持った紫陽花を左近に差し出して智美は言う。
「これを下さったサラターシャさんが、おっしゃっていましたね…」
『絆を表すこの花はさまざまに色を変えます。卒業された後はそれぞれの道を歩まれることと思います。ですが朱雀寮で培った絆は卒業の後も途切れることはありません
先輩方のご活躍をお祈りしています』
「貴方は、もう一人じゃないんです。死んでもいいと思ってなど旅立たないで下さい。必ず帰ってきて下さいね」
「…智美、皆…」
 差し出された手と、笑顔を見て、彼が何を思ったか。顔を上げて左近は智美を見る。
「私も、…教えて頂きましたから」
 左近が見せた涙も智美の言葉も、後輩たちは知ることはない。
 けれど彼らの優しさが、この陰陽寮が旅立つ陰陽師に帰る場所と生きる希望を与えたのは確かであった。

 時は流れる。決して留まることなく。
 それぞれの未来に向かって。

 けれど共に過ごした日の輝きと、思い出、そして作り上げた絆が消えることはないだろう。
 決して…。