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■オープニング本文 ヴァイツァウの乱において荒廃した南部辺境。 その再興を願い、復興の旗印となるべく建設された劇場ヒカリノニワ 春花劇場と名付けられ無事こけら落とし公演を成功させ、その目的通り多くの人々に夢と希望を与える施設としての第一歩を記しはじめていた。 皇帝陛下をはじめとする多くの客が訪れ話題になったこけら落とし公演は一つの伝説となりこけら落とし公演で演じられた舞台は配役を変えながら今も上演され、多くの観客を集めており評判も上々である。 劇場を目的とする観光客も多く訪れ、ついでにと近隣の町や村を観光客が回っていく。 舞台で俳優が着ていたのと同じ色合いのドレスなどが飛ぶように売れる。 名産品の花や果物、菓子を買い求めていく人もいて想像を超える経済効果もでてきているようだ。 「ヒカリノニワに行こうか!」 が人々の合言葉にもなっている。 この活気が持続できるかは今後の演目等の持続にも関わってくるがとりあえず、春花劇場と名付けられた南部辺境の希望は順風満帆のスタートに思われていた。 しかし、それは表向きの話。 劇場の主催者達は心休まらない日々が続いていた。 「一体、何故暗殺者がこけら落とし公演に潜り込めたのですか?」 この劇場の責任者である南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの問いに劇場スタッフ達は首を下げて項垂れるばかりであった。 先日のこけら落とし公演の最中、暗殺者が現れこけら落とし公演に来賓として現れたジルベリア皇帝ガラドルフ陛下に魔法を放つ場面があったのだ。 攻撃は会場内で警護に当たっていた開拓者の尽力と、親衛隊によって皇帝を傷つける事は無く、また舞台上の開拓者の機転でその攻撃すら演出のように見せかけることに成功したので一部の貴族以外は事件が起きたことすらおそらく知らないほどであった。 アヤカシの襲撃も実はあったがそれは開拓者によって未然に防がれているので皇帝以外は招待客も関係者もほとんど知らない。それほど厳重な警戒の中での出来事。 一歩間違えれば大惨事になっていた筈だが、命を狙われた皇帝自身はさして気にした様子も見せず 『新劇場のこけら落としに事を荒立てることもあるまい』 と事態の対応を辺境伯であるグレイスに任せてジェレゾに戻って行った。 とはいえ同行した親衛隊長からは、背後関係などを含む徹底調査を命じられている。 無論主催者側としても再発などあってはならない事であるから今回の件に関してはしっかりと原因を把握しておかなければならない。 「一番の問題は基本招待客などで埋められているこけら落とし公演になぜ、身元の知れぬ暗殺者が入りこめたのか…」 グレイスが首を捻る。暗殺者の尋問は何度かしているが、彼は完全な黙秘を貫いていた。 犯人は皇帝に恨みを持っていたと言っていた。 しかし、皇帝がこの劇場に来ることなどごく一部の者以外当日まで知らなかった筈なのに。 「スタッフの方から、ではおそらくありません。スタッフ証が無い人物は身元のはっきりしている開拓者の方々以外は入場していませんから」 「招待客の方から、ではないでしょうか? ご招待の中でも貴族の方々には貴賓席の他に使用人用の数席が送られています。同行の使用人用の席ですが、その中に紛れ込んでいたのでは…」 おそらくそんなところであろうとグレイスも思うがそれはそれで、問題が生じる。 貴族や招待客の中に暗殺者を招き入れ、手引きした者がいるということなのだから。 「これは、本格的な調査が必要かもしれないですね。オーシ、この依頼書を開拓者ギルドへ…」 グレイスは側に仕えている従卒の名を呼んだ。 しかし、返事は無い。 「オーシニィ!」 「あ、はい!!」 珍しいグレイスの強い口調に名を呼ばれた従卒は慌てて意識を前に、自分を呼ぶ騎士に向けた。 「何か考え事ですか?」 「い、いえ。何でもありません。これをギルドに届けるのですね。解りました」 差し出された書類を受け取り、一礼し駆け出して行く甥をグレイスは黙って見送ったのだった。 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスからの依頼は先日、南部辺境で起きた事件並びに招待客の徹底調査、であった。 「事件の背後関係などを第三者の視点から調べて欲しい、か…」 南部辺境伯からの依頼、ということは公表しても構わないが相手をなるべく警戒させないように、と記されてる。 依頼の受理には問題のない話だ。 「で、浮かない顔をしているようだが、まだ、何か?」 手続きの作業をする係員は、依頼を持ってきた従卒の少年にそう声をかける。 何か言いたげな様子の少年は、 「あの!」 やがて意を決した顔でこう答えた。 「ついで、で構わないんだけど調査の時、スタッフとかも調べて欲しいんだ。身元調査とか、そういうの」 係員は首を捻る。 「それは、構わないだろうけどそれくらい採用の時に辺境伯が調べているだろう?」 「ジルベリア人は身元がはっきりしているけど、何人か入ってる天儀からの人間は開演準備で慌ただしくて書類になってないんだ。皆、ジルベリア人の紹介だから怪しい者はいないと思うんだけど」 「では、何故?」 少年は声のトーンを落とした。 「母上が…、泣いてたんだ」 「?」 「楽屋を慰問に行って戻ってきた母上が、涙を流していた。何も言わなかったけど…小さく『天儀に…』って。気になるんだ! 父上がいなくなってから一度も泣いた事の無かった母上が泣くなんて! でも僕は劇場にはタッチする資格がないから…、だからついでで構わないから…」 まあ、事件の調査をすれば自然とスタッフの調査も行うことになるだろうから、問題ないと係員は依頼に追加調査の旨も書きこんだ。 ジルベリアの春は短い。 だが、春花劇場の春を、南部辺境の花の季節を短いままで終わらせてはならない。 迫る影と風と闇の気配を突き止める為に彼等は動き始めた。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ
ソル・カフチェーク(ib9610)
18歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●南部辺境を狙うもの ジルベリアの劇場は、春に開拓者達が訪れた時とは全く違う色合いを見せていた。 「キレイな緑ですね。目に沁みるよう」 「初夏から夏にかけた新緑の緑。ジルベリアはこれからが一番美しい時ですわ」 目を輝かせるシータル・ラートリー(ib4533)にアレーナ・オレアリス(ib0405)はニッコリと頷いてそう言った。 劇場周辺も流石にこけら落としの時のような賑やかな祭りの賑わいはないものの、劇場の公演を見にやってきた旅人や、広場に集まる大道芸人達。それを見物しにきた地元の人達。加えてそれらを当て込んでやってくる屋台の売り子たちなどで今も、人はかなり多い。 「でも、この劇場に黒い影が…」 そっと、囁く様に言ったフェルル=グライフ(ia4572)の言葉を聞いて 「フェルルさん…」 柊沢 霞澄(ia0067)は心配そうに彼女の顔を見た。握り締められた拳に彼女の思いが乗せられているのが痛いほど解る。 「私はこの劇場が人々に笑顔と希望を齎すものであってあって欲しいと思います。でも、賢しい方には諍いの場になってしまう…。何とか、悪しき流れを食い止めて行きたいものです」 そう告げたアレーナの思いはこの場に集う全員のものでもあった。 「そうですね。今の復興の流れを止めさせたくはありません。再発の防止に努めましょうっ!」 「じゃあ、とりあえず分担して取り掛かることにしますか。まずは招待客とかスタッフとか解り易い所からになりますか?」 暗くなりかけた場の空気を変えるように明るくフェルルの後を継いで言ったソル・カフチェーク(ib9610)の言葉に仲間達は同意するように顔を見合わせて頷いた。 「そうですね。まずはやはり招待客関連でしょう。中と外からあの暗殺者が一体どこから潜入したのか調べるのが良いと思います」 「っじゃ、俺は外回りに調べてみます! 招待客の背後関係とかの方を中心に。龍があるから遠出も大丈夫ですよ。劇場の中の方は劇場関係者さんがいるみたいだからそちらはお任せして…」 「あ、でも私は今回は辺境伯のお名前やスタッフとしての肩書はあんまり使わないようにしようと思っているんです。元々、飛び入りに近い形でしたし…」 フェルルはそう言って手を横に振るが、アレーナやシータルはクスッと笑って否定する。 「ほぼ主役を演じて頂いたのにそんなことをおっしゃられなくても、もう立派な劇場の一員ですのに」 「そうですわ。でも、そうおっしゃるのなら劇場内部から招待客の事などを調べるのはボクがしますね」 「私は顔を知られてもいませんので、外側から調べさせて頂こうかと…」 「では、私は内側から。劇場の脚本家でもありますし、夏の公演用の脚本を作成するという名目で、劇場のスタッフに話を聞いてみましょう」 分担ができ、それぞれが動き出す。 「それにしても…フェルルさんや皆さんの舞台、私も見たかったです…」 鷲獅鳥スヴァンフヴィードのと共に飛び立つフェルルを見送りながら、ふと呟いた霞澄の言葉を聞き取ったのか 『私は霞澄様の舞台も見たいです』 側に控えていた麗霞が真剣な目を向ける。 その真っ直ぐな瞳に小さく微笑み頷いて 『麗霞さんには苦労をかけてしまいますが、一緒に頑張りましょう…』 霞澄もまた歩き出したのだった。 ●貴族達の思惑 まず霞澄が行ったのは招待客である貴族の身辺調査、であった。 南部辺境劇場の開幕に合わせて辺境伯が送った招待状の控えを元に彼らの身辺を調査する。 遠いところはソルが担当してくれている。 さらに直接の面会はフェルルが担当していた。 だから霞澄は南部辺境の比較的近い所の調査を主として行っていたのだ。 「南部辺境は、他所の地方に比べると…比較的豊か、なのかもしれませんけれど…」 この地を壊滅寸前まで追い込んだ動乱から早二年。 人々の努力で、戦乱の面影はもうほとんど感じられなくなっていた。 ただ、それはメーメルやリーガなどに限るんだよ、と旅の商人は語ってくれた。 「南の方でも、かつての乱でヴァイツァウに与した貴族なんかは重税をかけられてね、それを民に押し付けるものだから、生活は苦しくなる一方。夜逃げに走る民も少なくないんだよ」 元々、南部辺境に課せられていた税は高く、それが理由で初期はグレイスさえ、民に嫌われていた事実がある。 「リーガ、メーメル。クラフカウ。それに最近は新しい若い領主の所は税が低いっていう噂だね、ラスリール卿とか…少し遠いけどユリアス卿とかは吟遊詩人が歌ってたりしてるから追い詰められた一家が皆で望みをかけて行く姿をたまに見かけるよ」 「なるほど…」 話を聞き終えて霞澄は考えた。 皇帝暗殺未遂犯である青年は、動機をヴァイツァウの乱の後の増税で家族を失った為であると言ったという。 ならば、関係する貴族は直接の領主、もしくは助けを求めに行った先の領主ということになるだろうか。 「フェルルさん達にご相談しないといけませんね…どうしたのですか? 麗霞さん…」 不穏な顔で後ろを睨みつけていたカラクリに霞澄は声をかけた。 『今、我々を見る視線を感じたのです』 「え? 誰かが…こちらを見ていた、と…?」 『おそらく。敵意や殺意は感じなかったのですが…』 霞澄には感じられず、見えもしないが自分達を見ている『誰か』がいる。 その事実に霞澄は肩を抱く様に背筋を震わせたのだった。 「う〜ん、手掛かりなしかあ、仕方ない。とりあえず次の街に行ってみようか」 大きく伸びをしたソルは町外れで待っていた自分の甲龍の肩を叩いた。 ここはジェレゾ近くの小さな街。 今回南部辺境からの劇場への招待を受けた貴族は多かったが、実際に訪れた客は実は意外に多くなかったらしい。 皇帝の行幸も直前まで知らされていなかったので、後で知った貴族の多くが慌てたと言う笑い話も耳にしていた。 その中で、ここの若き領主ユリアスはいち早く招待に応じて南部辺境に向かった一人であるそうなので何か話を聞けたら、と思ったのだ。 この街は良く治められていてユリアス卿は領主としての人気は高いようだ。 最近はこの街に逃げてくる民も多く、彼らの殆どはユリアスに恩を感じている。 「この街は良い町だよ。税は安いしね」 「うちの息子夫婦はご領主様にお仕えしてるのさ。この間、新劇場では皇帝陛下を拝見させて頂いたってさ」 楽しそうな話は良く聞くが怪しい話はなかなか出てこない。 「今はお風邪を召されているらしくてあまり出ておいでは無いけど、本当に綺麗な方さ。早くお会いしたいねえ」 そんな話をお腹いっぱい聞いて、旅立とうと龍に跨った時、ふとソルは動きを止めた。 「風邪で…お休み? あ、もしかして!」 怪訝そうに自分を見る龍の背を軽く叩いて、ソルは行き先の変更を指示する。 「メーメルへ帰るよ! 確かめてみなくっちゃ!」 彼はあることに気が付いた。 (例の公演の時、招待客は全員出席していた? 席を各貴族に送った時、元開拓者の犯人の席、どこの使用人の席って割り振りはなかった? もしあるのなら出席させた使用人と齟齬がないか確認取れれば、絞れる、かも!) 空に舞う龍は跨る主をメーメルへと運ぶ。 それを見つめる影に気付く由もなく。 線が大分多くなってきたリストを見つめながら、フェルルは応接間である人物を待っていた。 「さて、どう出るでしょうか…」 やがて開いた扉の先に、久しぶりの顔が笑う。 「お久しぶりですね。お元気ですか?」 「こちらこそ、お久しぶりです。ラスリール卿」 南部辺境フェルアナ領主 ラスリール。 立ち上がり頭を下げたフェルルはこの相手をある意味本命と考えていた。 今まで面会してきた出演者からのご挨拶、という言い訳はおそらく通じないだろう。 しかし、そんな思いを表には出さず、フェルルは笑顔で話しかける。 「先日は私どもの舞台に御足労下さいましてありがとうございます。いかがでしたか? 感想などをお伺いできれば幸いなのですが…」 「とても素晴らしかったですよ。脚本も舞台もレベルの高いものであったと思います」 「ありがとうございます。そのお褒めの言葉を聞けば、スタッフや出演者の皆も喜ぶと思います…」 たわいもない会話から、相手の様子を窺う。 (負けられない) 相手もきっとそう思っているだろう。 真剣勝負の気配をフェルルは感じていた。 「当日、卿はお一人でおいでになられたのですか?」 唾を呑み込んで問う。 「いいえ。従者を一人連れて行きました。あの騒動の席のすぐ隣で驚いた、と聞いていますよ」 「そうですか…。解りました。ありがとうございます」 そう言うとお辞儀をして立ち上がり彼女は退室の準備を進める。 「もうよろしいのですか?」 「はい。何かあればまたお邪魔しますので、その時はよろしくお願いします」 「何か、ですか。そんなことが無いことが一番なのでしょうが…ちょっと、あってもいいと思ってしまいますね」 「それは、どういう意味でしょうか?」 意味深な言葉にフェルルが眉をしかめる。フェルルに向けて手を伸ばしかけた彼はゆっくりとその首を横に振った。 「いいえ、なんでもありません。ではまた」 「ありがとうございました」 深い礼をして退出したフェルルを、ラスリールは黙って見送ったのだった。 ため息とともに館を出たフェルル。その頭上から 「フェルルさん!!」 彼女を呼ぶ声がした。 「シータルさん、どうかしたんですか?」 「これを、渡してくれって…アレーナさんが」 駿龍ラエドを操り降りてきたシータルは真剣な眼差しである一通の手紙をフェルルに差し出した。 それを見たフェルルは中に書かれた二つの事柄に 「えっ?」 驚きの声を上げたのだった。 ●情報収拾の中で 事は、フェルルが連絡を受け取る少し前の事となる。 「ごめんなさい。ボクだけでもよかったのですが、劇場内は複雑で迷ったらいけませんし…」 春の木漏れ日のような優しい笑顔に 「いえいえ。ご一緒で来て嬉しいですよ」 案内役を務めた少年はこれも鮮やかな笑みで答えた。 「衣装担当は出来上がってしまえば後はそんなに仕事もありませんし、中の案内や掃除のお手伝いをしているんです」 そう笑った彼はどこからどう見てもジルベリア人で、出会ったことなど無い筈なのにシータルは懐かしさ、というか見覚えを感じていた。 「こちらが楽屋で、こっちが客席です。演出上客席に出ることもあるので通路は繋がってますが、開演中は係員が側に付いてますから客席からの出入りはできませんよ」 「内鍵もかかっていますわ。楽屋から外に出るのは簡単でも向こうからは入れない…」 「はい」 「なるほど…。今度そういう通路を使っての演出を使えると面白いですわ」 客席、控室、貴賓室、ロビーなど一通り見て回ったが特に異常は無そうだ。 「営繕の職員さんが毎日見て回ってますからね」 二人がそんな会話をしながら歩いていた時。 「冬蓮!」 そう呼ぶ声に少年ははい、と振り返った。 「アレーナさんが呼んでる。皆の話を聞きたいんだってさ」 「解りました。今、行きます。すみません、じゃあ、また後で…」 「冬蓮…さん?」 「はい、あ、名乗ってませんでしたっけ。僕は冬蓮。天儀からジルベリアに服飾修行に来ているんです」 「あ、ひょっとして弧栖符礼屋の…」 「はい。美波は僕の友達です。ご存知でしたか?」 「以前バレンタインの時にお世話になったことがあるんですわ。奇遇ですわ。これも何かのご縁ですわね。お忙しいところ、ありがとうございました♪ 嬉しかったですわ」 「こちらこそ。楽しかったです。よろしくお願いします」 そう言って少年冬蓮は走って行った。 そこに 「丁度良かった。シータルさん! ちょっと手伝って欲しい事があるんです」 「どうしたんですか? ソルさん?」 慌て顔で戻ってきたソルに頼まれて、シータルはある調べものをすることになったのだった。 ほんの少し感じた何かの予感を、胸にしまって。 アレーナは己のカラクリ伴い、春花劇場へとやってきた。 そしてスタッフとの個人面談を望んだのだった。 「夏の公演用の脚本を現在考えていますの。その舞台設営や衣装作成の事で少し、ご相談したいことがあるのですが」 そう言った演出家兼出演者の要望を断る人間は勿論いない。 「ここで雇って貰えて助かりました。家族を食べさせて行く為にも頑張らないと」 「裏町の子供達とかも雇われてますけど…悪事をするような子はいないと思いますよ。もし、それがバレたらせっかくのまともな職を失うことになりますからね」 それぞれの出身や事情などをさりげない範囲で聞き出していくことができた。 アレーナの微笑みは士道など使わなくても人の信頼を得る力があるようだ。 その中でアレーナが特に目を止めたのは 「冬蓮です」 と名乗った衣装係の少年であった。 「あら、ジルベリアの方かと思いましたわ」 彼は銀髪、蒼眼。顔立ちのどこかに天儀の雰囲気があるが言われなければジルベリア人以外には見えない外見をしていたのだ。 「僕の父がジルベリア人であったようです。あまり言いふらすなと兄には言われていますがこの外見ですからスタッフの皆さんは皆知っています」 「そうですか…。そう言えばジルベリアでは他国結婚はあまり喜ばれていないのでしたわね」 「はい。ですからあまり広めないで頂けるとありがたいです」 「解っていますわ。その点はご心配なく。何かご苦労やご心配はありますか?」 「いいえ、とても良くして貰っています。ジルベリアは憧れの国だったので来れて嬉しいです」 そう少年は明るく笑っていた。 他に幾人かの面談を済ませ、体調不良で欠席しているスタッフなどの他は一回り話を聞く事が出来た。手帳にその情報を纏めるとある事が浮かび上がってきたのだった。 「衣装係…言え、冬蓮さん、ですわね。オーシニィ君の御母上が気になさっていた方は」 手帳に書かれた名前に触れながらアレーナは呟く。 彼は暗殺者を引きこんだと言う点に関しては無実だろう。 しかし、スタッフから裏方スタッフに夫人が挨拶に来たとき、何かを見て驚いたようだったという証言を聞く事が出来た。 辺境伯の義姉であるという夫人が見て泣き出すような事情を持ちそうな人間は聞き込みからも彼以外思い当らない。 「鍵は…彼のお父上、でしょうか?」 今のところは結論を出すには情報が足りない。 直接当たってみるしかないのだろうか…。 そう思っていた時であった。 「誰です?」 窓の外に感じた気配にアレーナは鋭い声を放った。 と同時に駆け寄って窓を開けるが、外には誰もいない。 しかし、誰かがいた気配は確かにある。 「? この髪の毛は?」 木に絡まった髪の毛が一本残っていた。銀の長い髪。それをアレーナが手に取った時。 「大変です!」 シータルとソルが部屋に駆け込んできた。 「どうしたんですか? お二人とも?」 優雅に問うアレーナにソルは呼吸を整えながら言う。 「あの席に座っていた人物の主人が解ったんです」 「使用人席はどの席にどの貴族と、割り振られて記録されていて…当日の記録を調べたらその席を受け取った貴族が解ったんですわ」 「それは、誰だったのですか?」 二人は顔を見合わせて頷き告げた。 「「バートリ家。ユリアス卿です」」 その時アレーナは風が再び動き出す音を確かに聞いた気がしたのだった。 ●情報の意味と重さ 「この、リリーさんと言う方はどちらに?」 招待客の調査を終え、春花劇場に戻ってきた霞澄はアレーナとスタッフの所在確認を行っていた。その中で数人スタッフに名前はあるが、出会えなかった人物がいたのだ。 リリーと言う女性もその一人。 「風邪で暫くお休みしたいということでした。こけら落としから暫く休みなしでしたので先日交代したんです」 出演者の一人がそう教えてくれた。 「リリーさんはこけら落としの時は舞台に上がっていたので、直接関わってはいないとおもうのですけれど…」 「ご住所を教えて頂けますか? お見舞いに行きたいのですが…」 一緒にオーディションを受けた仲。アレーナは少し庇う様に言うが口が濁るのは彼女自身、リリーという女性に言葉では言えない何かを感じていたからであった。 リリーの家を開拓者達が訪ねた時、既に彼女は家にいなかった。 ただ、借りた部屋を引き払ったわけでは無いようだから、また戻ってくるつもりかもしれないけれど…。 フェルルは急に知れたいくつもの情報を全て整理しきれずにいる。 まず、あのこけら落としの日、襲撃者が座っていた席は招待客の従者様に用意された席であったという。これはシータルが知らせてくれた。 その席はバートリ家ユリアス。つまりユーリの席であり襲撃者をユーリが手引きしたという可能性が生まれてくる。実際不審者が急に入って来られる警備では無かったことがシータルの調査でも明らかであるからだ。 しかし、皇帝の命を狙う人間を自分のものと解っている席に座らせるものだろうか。 真っ先に疑われることが目に見えているのに…。 フェルルはその点を確かめる為、意を決してバートリ家を訪れ、ユーリとの面会を求めたが留守であると言われそれは叶わなかった。代わりにユーリの義祖母が後で相談があると言っていたが…。 「まさか、ユーリさんが本当に…」 悪い考えは留まるところを知らないが…トントン。ノックの音に彼女はハッと我に返った。意識を切り替える。面会を申し込んでいたのだ。辺境伯の義姉という人に。 「お待たせしてすみません。リィエータと申します」 目の前に現れたのは仕草も優雅な美しい貴族の女性であった。 「お初にお目にかかります。オーシニィ君の依頼を受けて参りました。唐突に失礼とは思いますが、彼は母君の様子に何かあったのではないかと心配しています。泣く程の何かが、おありになったのでしょうか?」 そっと眉を寄せ目を伏せるリィエータ。何かあるのは間違いないのだろう。 だが、フェルルは真っ直ぐ向かい合おうとする。 「冬蓮君…ですか?」 「! どうしてそれを?」 「友人が教えてくれました。貴女が彼を見て、動揺した姿を、目撃していた人がいる、と」 唇を音がするほど噛みしめた彼女の側にフェルルは近づいた。 この一歩を躊躇ってはいけないのだと知った。拒絶されても相手の心に寄り添う為には。 「私で力になれるなら、教えて下さいませんか?」 「……オーシには、真実がはっきりするまで伝えないで頂けますか?」 「勿論」 と約束したフェルルに彼女は静かに告げた。 「私は夏、息子は秋…、そして彼の名は冬であると聞きました。そして彼はあの人とうり二つであった…」 「え?」 「あの冬蓮という少年は、もう一人のグレイスの甥である筈なのです」 「ええっ!!」 また、一つ、新たな、そして重い情報が、開拓者の前に積み重なっていく…。 アヤカシの出現場所を調査していたソルは、森の中で偶然出会ったある人物達の会話を耳にした。 「御苦労でした。開拓者を調査するなど危険な真似をさせてしまったことを許して下さい」 「そんなことは!」 「ユーリ様だって…」 「でも、このままではユーリ様が疑われて!」 「疑われても仕方ないことはしているのだけれど…、私の身に覚えのない罪まで着せられるわけにはいきませんからね。大丈夫。私がちゃんと話します。あの方達を敵には回したくありませんから」 心配そうに集まる者達に優しく声をかける銀髪、青い瞳の娘がそこにいた。 「ユーリって知人から聞いた時は男だと思ってたんだけど…違うのかな?」 ソルが後にこの話を仲間達にした時、彼らの幾人かは驚きにその思考をさらに凍らせた。 「女性の…ユーリさん?」 風の音は、もはや幻聴ではなく、再び、そして確かにジルベリアを揺らそうとしていたのだった…。 |