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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀2年生用シナリオです】 彼らはは目の前で行われる作業から決して、一秒も目を離すまいと見つめている。 その真剣な目視の前で朱雀寮長各務紫郎は少しも臆することなく、手際よく作業を続けていた。 机の上に広げられているのは木や竹で作られた部品。バネや糸、鋼でできた嘴や爪。 鳥人形を作るそれらは主に朱色に塗られており、朱雀をモチーフにしているのだと解った。 金属の部分は嘴や足、翼の一部に組み込まれていく。 翼が形になり、頭が組みあがる。 それぞれのパーツができたのを確かめて彼は胴体の中央部を開いた。 そこに開いた空洞部に小ぶりの宝珠を填めると部品を組み合わせて鳥の形にしていく。 最後に糸を付け目を入れて形はほぼ完成した。 鷹や鷲を思わせる鳥の姿の人形。 最後に寮長はもう一つの宝珠を手に取ると呪文を唱えた。 宝珠から放たれた薄紫の瘴気が鳥人形にまとわりつくと、まるで吸い込まれるように消えていく。 やがて、小さな、言葉にできない音がして寮生達は陰陽人形が、完成したのを知った。 宝珠を置き、釣り手部分に手を絡めると、寮長は下がりなさい。と寮生達に手で合図をする。 そして周囲の空間が開いたのを確かめて、彼は傀儡操術を発動させる。 大きく翼をはためかせた鳥は、大きく回転し、または真っ直ぐに飛び生きているような錯覚を見る者達に感じさせた。 暫くの操演の後、鳥人形を着地させた寮長は大きく息を吐き出すと 「いかがですか?」 そう見ていた朱雀寮二年生達に微笑した。 「陰陽人形というのは本来それを専門にした職人などが作ることが多いものです。その為、作り方はも職人ごとに様々で、作り終わった後、さらに特殊な術式を加える者もいれば、宝珠を組み込まず、独自の方法を為す物もいます。今見せたやりかたはあくまで陰陽寮朱雀のやり方です。感想はどうですか? 皆さんの考えた陰陽鳥人形 『朱夏』は」 寮生達の多くは人形を言葉無く見つめている。 「さて、ここから先は進級試験。いつまでもぼんやりしていて貰っては困ります。これから皆さんはこれを作って貰うことになるのですからね」 感動か、驚きか、緊張か。 彼らの集中を打ち切るように手を叩くと寮長は宣言した。 「第二義 期限一週間の間に一人、一体の陰陽鳥人形を作成し、完成させること」 そう言うと寮長は既に用意してあった箱を一人一人に手渡す。 中に入っているのは設計図。木材、竹、紙、鳥の爪や嘴の金属パーツなど人形つくりの材料と、彫刻刀、やすり、筆絵の具などの人形作りの道具。そして大小二つの宝珠であった。 「陰陽人形と言っても形その他は別にこれというものが決まっているわけではありません。猫に黒猫、白猫、三毛猫などいるように、この鳥人形も一人一人が自由に自分の好きな鳥で作ってもいいと考えます。 自分達でそれぞれ鳥のデザインを決め、設計図に合わせてパーツを作り出し、組み立て形を完成させて下さい。形を完成させるところまでの期限が六日間、最後の日に講堂で瘴気の注入を行って貰うことになります。それまで寮内の部屋は自由に使って構いませんし、資料閲覧も一年、二年用図書室は自由に使って構いません。宿泊も許可します」 「あの…」 一人の寮生がためらいがちに手を上げた。 「あまり、このような工作をやったことがありません。誰かに教えて貰ったり、一緒に作ったりしてもいいのでしょうか?」 「その点は構いません。ただ、人の手伝いばかりにかまけて自分の人形が完成しなかった、では本末転倒ですがね。それから、材料は全て特別な加工を施してあります。製作に失敗して普通の材料と交換することはできなくもありませんが、その時は効果が下がるかもしれないですね」 「どんな形でもいいなりか?」 「かまいません。ただ、体内に入れる宝珠や嘴、翼の部品の関係上、スズメや燕などあまり小さい鳥は難しいかもしれません。また逆に大きすぎるのもバランスや材料の関係で難しいでしょう。羽根を入れない体長が20cmくらいがいいと思います。肩に乗せたりするのにも適しているでしょう」 「鳥の形でないとだめですか?」 「鳥以外の形は不可とします。龍や鷲獅鳥、妖精の形はダメです。まあ、空想上の鳥や迅鷹まではありとしましょう」 小さく笑った寮長はそこで、寮生達を見回すと真っ直ぐに彼らを見つめた。 「一つ、誓って言いましょう。今回の試験において一年時のような皆さんを試す課題はありません。ですから、人形制作に全てを賭けて挑んで下さい。 どんな思いを込めて、どんな鳥を象ったか。最後に紙に書いて人形と一緒に提出してもらいます。勿論、後で人形は返却しますから心配はいりません」 そして、一呼吸を置いて彼は、言う。 「陰陽師というものは、瘴気を象り式を作ります。式もまたごく僅かな時間に過ぎませんが生まれた命であり皆さんが象る皆さんの分身でもあります。今回作るのは人形という命無いものではありますが、皆さんが自分の手で生み出すものであることに変わりはありません。 どんな思いを持ち、希望を持ち、未来を願うのか。それを見せて欲しいと思います」 かくして陰陽寮朱雀二年生、進級試験の幕が開いた。 未だ象られぬモノ達は箱の中で、自らが飛び立つ日を待っている…。 |
■参加者一覧
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872)
20歳・女・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951)
17歳・女・巫
アッピン(ib0840)
20歳・女・陰
真名(ib1222)
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268)
19歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●のぞんだ姿 試験と言うのは基本的に個人の戦いである。 自分自身の戦い、ライバルたちとの戦い、試験官との戦い。 しかし進級試験、と名が付いた時はその意味合いは大きく変わる…。 のどかな春のある日。 「あ、燕!」 窓の外をひらりと影が通ったのを見て俳沢折々(ia0401)は一瞬足を止めた。 和やかな空気に笑みが零れてしまう。だが、気持ちを切り替えるように首を振って彼女は先を急いだ。 二年生用図書室。貸し出しカウンター。 積み重ねられた本の上にトサトサトサとまた本が積み重ねられる。 「え〜っと、これと、あとこれも役に立ちそうかな。そっちはどう?」 「鳥の骨格関係の本はこれで全部ですね。後はからくりについて書かれた本と人形について書かれた本がありました。これとこの本は閲覧のみですけど、書き写して。こちらは持ち出しても大丈夫そうなので後で手続きをして大部屋に持っていきましょう」 書棚の奥から返ったアッピン(ib0840)の声にうん、と小さく頷いてから折々はテーブルで真剣に本をめくる同輩に声をかけた。 「どう? 青嵐(ia0508)君? うまくいってる?」 動物の図解本を見ながらスケッチを繰り返していた青嵐は呼び声に顔を上げると苦笑の混じった笑みを見せた。 『なんとか。本当なら実物を見て確かめたいところですが、贅沢は言えませんよ』 「まあ、ねぇ〜。なかなか本物の鳥を見ようっていっても見れないから、その辺は想像力で補うしかないんだけど…。でも、こういうところは流石だね」 テーブルの上に並べられたスケッチは絵を見ただけとは思えない出来のモノが多く、今にも羽ばたいて空に飛んでいきそうだ。 『しかし、今回は絵を描いて終わりではありませんからね。それらを元にして人形の骨格を考えて、それを作らなくてはなりません。まだまだですよ』 「そうだねえ〜。今回は実技実習を伴うから難しいよねえ〜」 折々は少し羨望の入った眼差しで青嵐を見た。 今回の試験はおそらく用具委員会の二人が工芸系技術に長けている分有利であろう。 『ああ、折々さん』 少しぼんやりしていた分、青嵐の呼び声に気が付くのが遅れた。 「あ? ごめん、なに?」 『さっきの提案、私も乗らせて頂いてもいいですか?』 「えっ? いいの?」 『はい。設計程度ならお手伝いさせて頂きたいと思いますよ』 青嵐はニッコリと笑顔で頷いた。 さっきの提案というのは劫光(ia9510)が言った 『皆で協力して作らないか?』 というものだ。できるところを分担しみんなで一緒に作る。 既に平野 譲治(ia5226)が動いてくれていた。 「大部屋を試験終了まで使ってもいいことになったんだって」 「それは助かりますねえ。百人力でしょうか〜」 奥からやってきたアッピンも嬉しそうに笑っている。 『まあ、どこまで皆さんの力になれるかどうかは解りませんが、そうですね。今後に向けた練習でもありますから…』 「ん、ありがとう。これでほぼ全員参加かな」 青嵐の優しい笑みに笑顔で折々は礼を言った。 『ほぼ、ですか。うむ…』 皆の事を自分の事のように考えるこの優しい主席に蒼嵐はもう一度微笑むと 『と、では、私は一度失礼します。街の人形師さんや剥製師さんなどからお話を伺う事になっていますので』 と立ち上がった。 「行ってらっしゃい。他の皆も何人か街に出てるから会ったらよろしく行っておいて」 『解りました。では、また夜に』 荷物を纏めて部屋を出た青嵐を見送って図書委員二人は 「さて、もう一頑張しようか。皆から頼まれた資料、もう少し揃えておかないと」 「後から紫乃さん達も来ると言っていましたからね。それに私もちょっと人形師さんのお話を聞いておきたいのです」 「うん、じゃあ早く片付けちゃおう」 「いよいよですからね〜。さくっと完成させて三年生に進級したいものです〜」 「うん、そうだね」 そう言って彼女らはまた資料の海と向かい合ったのだった。 「? あれは?」 街に向かうべく歩いていた瀬崎 静乃(ia4468)はある農家の前でしゃがみこんだままじーっと置物のように動かないでいる少年を見つけた。 「…譲治、くん?」 「あわわ! 驚かせないで欲しいのだ!」 「…別に、驚かそうと思った訳じゃないけど…、なに、してるの?」 目の前の少年平野 譲治(ia5226)はいつも元気に寮内を駆けまわっている陰陽寮きっての元気少年だ。じっと静かにしているのは失礼な言い方ではあるが珍しい。 「ん! 観察してたなり」 「観察?」 見れば彼の視線の先、農家の庭先には数羽の鶏が放し飼いにされている。 「…鶏の?」 「そうなのだ! おいらは朱夏の鳥を鶏にする予定なのだ! だから、観察してたなりよ」 「…なるほど」 言われて静乃は横で並んで鶏を見る。翼の動かし方、歩き方などは実際に見てみるとよく解る。 「静乃は何にする予定なりか? もう決まったなりか?」 「…まだ。燕か、百舌鳥か、夜鳴鳥がいいかな…って」 「燕なら今、あちこちにいるなりよ。街で時々見かけるなり」 「…うん、探してみる。僕はこれから、静乃やにぃやと待ち合わせて、街の人形師さんの所に…行く。譲治君も…来る?」 「う〜ん」 少し考えて譲治は首を横に振った。 「おいら、もう少し鶏を見ているのだ。寮に戻ったら忘れないうちにスケッチしないといけないなりし、夜に、皆が集まった時にいろいろ教えてくれると嬉しいのだ」 「うん、解った。…じゃあ、ね」 手を振って別れた二人の頭上をさあっと音を立てるように影が通り抜けて行った。 かちゃんと音を立てて用具倉庫の鍵が開く。 少し埃っぽいその部屋の中に手に持った灯りを掲げた。 と同時 「わあっ!」 嬉しそうに泉宮 紫乃(ia9951)は声を上げた。 「まるで、宝の山ですね」 彼女がそう言う視線の先にはたくさんの布、いろんな種類の木材、様々な色の紙や糸が棚全体を埋め尽くしていた。 「こんなにいろいろな材料が常備してあるなんて…朱雀寮、奥が深いわ」 「術道具や人形などを作ったりする時に使うのでしょうね。好きに使っていいということでしたし」 真名(ib1222)と尾花朔(ib1268)も頷きながらどこか胸が沸き立つのを感じていた。 「もう少ししたら、皆さんが大部屋に集まってくるでしょう。用具委員会の方や譲治君が道具の用意をして下さるそうですから、私達は素材を持って行きましょう」 「そうね。練習用と、頼まれた分とあと工夫したい人が使えるようにいろいろと木や金物も持って行って…、って紫乃? 布を使うの?」 棚から柔らかい布などを選んでいる紫乃に真名が聞くと彼女ははい、と頷いて見せた。 「上手くいくかどうか…解りませんけれど」 ふ〜ん、と真名は頷いた。どうやらしっかりとしたイメージがあるようである。 「同じ、モチーフでもずいぶん、イメージが違うのね。でも、それも面白そう」 「おや? お二人は同じモチーフで作られるのですか?」 黒檀や漆などを選んでいた朔が真名と紫乃、二人を見る。 「しかし、お二人は本当に仲が宜しいですね…すこし焼けてしまいそうです。ああ、紫乃さん。お手伝いしましょう」 (仲が良くて焼けるのは、私の方よ。朔…) 言葉にならない思いを飲み込んで、二人を見つめる真名。 その背後を風の様に影が通り過ぎて行った。 ●皆で作るということ 夜、灯火の灯った大部屋で、寮生達はそれぞれに知恵と知識を出し合っていた。 山のような資料を持ち込み、材料を集め、それぞれが設計図やイメージを見せ合い、どう作ったらいいかを互いに相談し合うのだ。 「作業能率を上げる為に、基礎部分などは分業して作ろう」 劫光の言葉に玉櫛・静音(ia0872)は頷きながら 「自分の人形、とは言え各々得意不得意はありますし、何より皆の手も入っているという実感も欲しいですよね。これは、街で人形師の方が教えて下さった鳥人形の基本図解です。これをそれぞれにアレンジしていくのがいいかと思います」 手に持った設計図を広げ配る。 「竹や木の細工は得意ですので、できることがあればいつでも言って下さいね」 朔の側では譲治やアッピンが部品についての打ち合わせをしており、向こうでは真名がデザインを紫乃に見せて、意見交換をしている。 「設計図を書きかえる時には、動線が切れない様に注意して下さいね。特に翼と頭部の部分が重要になります」 劫光や静乃、静音は人形師の所で教わってきたコツなどを仲間達に教えている。 誰も作ったことが無い品であるから、皆、試行錯誤だ。 「おや? そう言えば青嵐さんは?」 ふと周りを見回して静音が気が付いた。 次期用具委員長でもあり、人形ついて一番素での知識を持っている青嵐は頼りになるとみられていたのだが…。 『そう言えば剥製屋で見かけてからは、見てないな…』 劫光が呟いた正にその時 『遅くなってすみませんね。ほら、早く入って下さい』 「解った。わ〜かったってば、引っ張るな。痛い痛い!!」 「あ? 喪越(ia1670)くん!」 自分より頭一つ大きな学友の耳を引っ張ってきた青嵐はぽんと彼を皆の輪の中に放り投げた。 「や、やあ! ちゃお! 一つ一つのパーツを説明書に沿って組み立てるだけでキミにも陰陽人形が作れる! って、何か商売できそうだよな〜」 仲間達の注目を集めて、照れたように喪越は顔を掻く。 そんな様子をくすっと笑って見つめると 「でも、良かった。これで全員揃ったね。これ、頼めるかな」 折々は筆と墨とパーツの一つを喪越に差し出した。 「ん? これはなんじゃらほい?」 「パーツに皆の名前を書いて貰おうと思って。繋げると二年生全員が手を繋いでいるイメージ、かな? 一緒にやろう」 「おいらも頼むなりよ」 無意識に喪越は首を横に捻った。そこには青嵐が腕を組んで立っている。 自分を見つめて。 自分に集まる仲間達の視線を受けて、一度だけ自嘲するように笑うと喪越は差し出されたパーツを受け取ってさらさら、っと名前を書いた。 「…ま、一週間って長いようだけど、実際には短いんだろうなぁ。夏休みの宿題は最後の最後で焦る方だから、我ながら心配だぜ。 とはいえ、こういう細かい作業は嫌いじゃねぇ。 何かを創っていくってぇのは楽しいよな。壊すのは一瞬で簡単なだけに、手間を掛けられて創られた物には価値がある。俺にもできるだろうか。……いや、ヤってやるさ」 「よーし、これで全員揃った。一気にやるぞ!」 「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」 大きく天井に向けて挙げられた手と声を合図にして寮生達の本格的な人形製作がはじまった。 『設計が纏まったら、一度見本を作ってみるのもいいかもしれませんね。あ、これは基本骨格をこう直すといいと思いますよ』 「劫光さん。サイズの上限は決まっているのですから、少し小さくしないと」 「ああ、そうだな。お前さんのは鷹…いや、ノスリか」 「丹頂鶴とは見かけによらずかわいいなりね〜」 「ダチョウとかファンキーなのと迷ったりもしたんだがな。ほれ、ジョージ力仕事は手伝うぜ」 「真名さん。ここのデザインなのですが私は布を使ってみたいのです。ここをこうして…」 「いいけど、ずいぶん丸っぽいイメージになるわよ」 「お二人とも、根を詰めすぎないで下さいね」 「う〜ん、ふわふわの質感はどうしたらでますかねぇ〜」 「…静音。自重を支える足の構造はどうするんだっけ? これじゃあ、細すぎて倒れそう」 「待って下さい。それは確か、人形師さんの所で伺ってきたコツがあった筈」 『針金などで補強するといいそうですよ。剥製師さんがおっしゃっていました。後はバランスをうまくとって…』 「…どれにしようかな。サイコロのいうとおり…」 賑やかに、楽しそうに製作を行う二年生達。 その様子を窓の外から見ていた影が、すうっと遠ざかっていくのを、その時気づいた寮生はいなかった。 夜、寮長室から消えることのない大部屋の灯火を見つめながら寮長各務 紫郎は窓の外に向かって手を伸ばした。 その手に燕が一羽すっと空から舞い降りていく。 「どうやら、ちゃんと気付いたようですね」 灯りに向かって満足そうに彼は微笑んでいる。 試験の意図を言われずとも理解して実行した寮生達に、だ。 寮生達は気付いてはいないだろうが、ここ数日彼らを寮長は人魂で見ていた。 今回の試験において、何故六日間もの時間が与えられているのか。 それは、勿論試行錯誤しより良いものを作る為。 そしてその過程で彼らは気付くことになる。 一人で作るよりも、皆で意見を交換し合い、助け合った方が良いものができるのだ、と。 プライドや自尊心もそれぞれあるだろう。 だがそれを置いて、他者に頭を下げて教えを乞い、さらに力を合わせ努力することこそが良い結果を生み出すのだと言う事を知る為の、これは試験であったのだ。 裏は無いが製作過程全てがいわば試験だと言えるだろう。 それに言わずとも気付いた彼らにもう不合格要因は無い。 紫郎は燕を還すと、黙って灯りに背を向ける。 残る試験は、正真正銘、あと一つであった。 ●それぞれの鳥達 そして、試験、最終日。 講堂に集められた寮生達はそれぞれが用意された席に着いた。 六日間、真剣に製作に取り組み、ここ数日まともに寝ていない者もいるが、その甲斐あって全員がおおよその外型を完成させていた。 後は、最後の仕上げのみである。 今回は広い会場に椅子と机が用意されているが、間仕切りもない。 その気になれば隣の友人が何をしているか。簡単に見えるくらいである。 「おやおや、丸見えだね。こりゃ」 「まあ、今回はカンニングなんて意味ないからな」 思わず声を上げた喪越の声に劫光が答える。それを聞いていたのだろう。 「そうです。進級試験は基本自分自身との戦いです。周りが何をしようとどんな成績であろうと自分の結果が全てです。人の目があるからどうだという者など、よもやいませんね」 寮長が背後から声をかけた。 振り返った11人、22の瞳が真っ直ぐに彼を見る。 その視線と込められた思いに満足したかのように、 「よろしい」 頷いて彼は手を前に差し伸べた。 「では、席に着いて持ってきた道具と人形を前に置きなさい」 指示に従い、彼らはそれぞれ手近な席に着いた。 準備が終わり、落ちる針の音さえ聞こえそうな静寂の中 「では、陰陽寮朱雀二年進級試験 最終作業、始め!」 彼らは自分の人形、いや、自分自身と向かい合うのだった。 「んっ! 全身全霊っ! 作る物に失礼なきようっ!」 譲治は机の上に乗った鶏の人形をじっと見つめた。 鶏は多くの人にとって一番身近な鳥である。 『鶏って、皆見たことあるなりよね? あるいは知ってるなりよねっ! ならなら、一家に一台ってのは違えてないなりっ!』 彼はそう提出メモに残していた。 故に誤魔化しが効かず難しい。 「ん!! 集中なり!!」 五感を研ぎ澄まして作成した人形に仕上げを施し、彼は一心に神経と瘴気を注ぐ。 やがてフッと力が抜けるのを感じた。 と同時目の前の人形が、さっきまでとはまったく違って見えるのも譲治は感じる。 「んっ! こんにちはなりっ! おいらは平野譲治っていうのだっ!」 鳥の頭に手を置いて彼は満面の笑みでそう微笑んだのだった。 いろんな鳥を調べた。本や町にも出て実際にいろいろな鳥を見た。 (…小型で小回りの利く素早い鳥がいい) そして静乃が選択したのは夜鳴鶯と呼ばれるサヨナキドリであった。 最後まで燕や百舌鳥と迷って最後はサイコロで決めたと言う事を彼女は正直に提出用のメモにも書く。 朱雀寮のイメージで赤系の鳥がいいと思っていたし、この鳥と出会えた事もサイコロがこの鳥を指し示したのもきっと何かの導きであった筈だ。 瘴気を注入し終えて静乃は夜鳴鶯と目を合わせる。 小さくて黒い真っ直ぐな目が彼女を見ていた。 静音が選んだ鳥は白鳥であった。 形を作り、彩色まで静音は細心の注意を払っていた。 優美なその外観を壊す事の無い様に。 理想にかなり近い形に完成した人形を見つめ、瘴気を込めながら、彼女はいろいろな事を思い出していた。 特にここに至るまでの陰陽寮での生活の事を。 間もなく進級。残された時間は今まで過ごしてきた時間より短くなった。 「だからこそ、この一瞬を大事にしないといけないのですね」 完成した白鳥に静音はメモを添える。 『月並みではありますが、優雅に見えてもその脚は常に水を掻く事を止めない。その姿が自分にあっていると思ったからです』 と。 優美な外見では喪越が選び組み立てた鳥も決して引けを取らない。 しなやかに丁寧に、驚く程に一つ一つの部品を丹念に仕上げて作られた丹頂鶴の純白の羽に一枚だけ、朱の羽を彼は仕込んでいた。 彼にどうしてこの鳥を選んだのかと問えば 「おめでたい鳥で縁起が良さそうってのもあるんだけど〜」 と言葉を濁すだろう。だが提出メモにはぶっきらぼうながら彼の想いが込められていた。 『志は受け継いだ、心はいつでもあなたと共に…ってな。色んな想いひっくるめてだけど』 尊敬する先輩と出会い、友と出会い、この陰陽寮で過ごして得てきたいろいろな思いを込めて…。 言葉に出さず、彼はそんな心を瘴気と共に人形に注ぎ込んだのだった。 アッピンが作ったのは鳳凰の雛鳥であると記されている。 無論、鳳凰のまして雛など資料がある訳ではないからあくまでアッピンが作ったイメージに過ぎない。 けれど雛鳥としての可愛らしさと幼さを残しながら、普通の鳥では無い何かを組み込むことはできたのではないかと思っている。 呪術人形としては適さないかもしれないが柔らかい素材も使っている。 『「鳳雛」 鳳凰の雛です。 理由は、これから成長して羽ばたいていくような希望といつか鳳になるという意志を込めて作らせて頂いたからです』 まだまだ未熟だけれど、いつか大きな存在に成長する希望の鳥。 アッピンは完成した人形の頭を撫でながらニッコリと微笑んだのだった。 「ん〜、ちょっと重いかなあ。でも部品減らせないからなあ〜」 バランスを考え、調整しながら、しかし折々はメインとなる材料や部品を結局減らすことはしなかった。 特に仲間達に名前を書いて貰った羽根は大事な尾羽に使用する。 選んだのは孔雀。若干重いし、孔雀であるから軽やかに空を飛ばせるのには向かないが人形としての美しさには自信がある。 十一人の名前が書いた尾羽が開くと手を繋いでいるようなイメージになる。 『テーマは「和」 それを形象化しようと、本デザインにした次第。開いた羽根は陽光。 一人で作ったのであれば、きっとここまで完成度の高い人形はできなかった。 思考や性格が異なっていても、手をとりあって歩むことはできる。 否、異なるからこそ、互いに補い合い、進んで行けるのだという想いを象った』 そうメモを残した後、彼女は筆をもう一度とって羽根の一枚にさらさらと文字を記した。 『朱鳥軽やかに舞い大南風』 願いと思いを込めた詩を自分の名前の隣に。 鳥人形、と呼ぶには自分が選んだ鳥は骨太であると劫光は理解していた。 人形として肩に乗せるにはややというかかなり重い。 けれど木組みを使いどっしりと丈夫に作った身体は、どこか人間っぽさを残した表情と共に満足と納得のいく出来であった。 『禿鷹 腐肉を漁る鳥。 生きる為に腐肉を食らうその様を自己と同一視して作成。 俺にとっての陰陽術はその人間の『業』…欲望である 自分の中にそれがあると認識して受け入れる事で力としたい』 もう一人の自分であり、相棒。 完成した鳥人形の無骨だが力強い姿を劫光は強い眼差しで見つめていた。 己を人形師と呼ぶ青嵐の鳥人形はシンプルかつ機能的に作られていた。 『胴回りの大きさを考え、私自身の研究を進める上で良い練習になるというのもありますが、梟は「森の賢者」とも呼ばれます。 智を扱うこの寮において、相応しいのではないかと思ったのです』 大きさ、扱いやすさ、その他の点で見ても一番バランスが取れている。 はく製や様々な人形を参考にして作った外観は生きているようでさえある。 「よろしくお願いしますよ」 人形は言葉では答えなかったが、その丸い目で彼に返事をしたようだった。 朔の人形も後に呪術人形としてのバランスが良いという評価を得る。 鷹の一種ノスリ、大きさその他において一番戦闘などに使用しやすいことだろう。 軽量化や強度増強などの工夫も取り入れられている。 色は赤と黒をベースに仕上げられた。 瘴気を注入し終えた朔は大きく息をつくと人形を見つめ、出来を満足したように頷いた。 そして後ろを振り返り見つめる。 紫乃と真名。 大切以上に愛しく思う二人を。 試験なんだから一人で頑張らなくてはいけないと思っていた。 しかし、自分だけではできないことがやはりいろいろあったと今は間違いなく解る。 「私は…本当にまだまだです」 出来上がった人形を見つめて、紫乃は小さく呟いた。 完成した人形は朱雀の雛。布を取り入れて作った人形は大きいと重いから小さめでも宝珠を入れられるようにと丸くしたら雛にしか見えなくなった。 「入学したばかりの頃、人魂で作った朱雀にそっくり」 自嘲したように笑うが、その笑みは決して暗いものではない。 今の自分にはこれがふさわしいかもしれない。直そうかと思ったが止めにした。 「今は雛でもいつか朱雀となり飛び立てる様に。 そして、朱雀となっても雛であった事を忘れない様に」 思いを込めて紫乃は瘴封宝珠を手に取った。 真名は瘴気に想いを込める。 ここに来る直前 「ちょっとだけでいいかしら? 付き合って」 親友とその恋人に彼女はそう頼んだ。 紫乃の隣に立つ朔をじっと見る。 (この人を好きになって楽しかった…選ばれなくて泣いた…身を焦がす様な想いを抱いた事をありありと思い出す) 「まるで炎の様…こんなにも燃え上がってる」 「えっ? なんですか?」 「なんでもないわ。ありがとう。がんばりましょう」 その想いを抱いたまま彼女は瘴気を込める。 燃える様な想い全てを封じるように。 完成したのはまだ朱雀。 でもあちらこちらに若さ、未熟さが残っている。それは意図してそうしたものだ。 まだ未完成。思い浮かぶ朱雀の様に優雅に落ち着いたものでなく、けれど完成を目指して身を焼きながら高く高く飛ぶ火の鳥。 自分自身がそうあれるようにという思いを込めて。 瘴封宝珠を置き、大きく息を吐き出して完成した人形に微笑む。 「あなたは私。これからよろしくね…」 人形は黙って命と形を与えた彼女を見つめている。 「そこまで!」 全員の作業終了を確認し、寮長は手を叩いた。 「では、動作確認をします。メモと一緒に人形を提出して下さい」 その指示に従って彼らは己の鳥人形を寮長の机の前に置く。 そして彼らの目の前で、寮長は一人一人の人形を羽ばたかせた。 「うわあ〜」 まるで生きているかのように軽やかに舞う鳥達。 呪術鳥人形『朱夏』 呪術と書いて陰陽と読む。陰陽の術に使うだけでは無いという意味合いがそこには込められていた。 陰陽寮生による陰陽寮生の為の魂の籠った鳥達が今、大空に羽ばたこうとしていた。 ●進級試験終了 そして 机の前に並べられた十一体の鳥人形を見ながら朱雀寮長 各務 紫郎は進級試験の採点を始めていた。 鳥人形の出来栄えその他にも勿論点数はつけてある。 斬新なアイデアが取り入れられたものも多く、それぞれの寮生の個性が表れており見ていて楽しかった。 だが今回の試験課題に置いて人形作成と同等と言えるほどに重要だった点は試験にどう臨むか、であった。 試験であるから、とそれぞれ個々人が部屋に閉じこもって製作していたとしたら、今ほどの高得点を与えることはできなかっただろう。 試験と言うのは成績を競うものであっても一番はなにより自分自身との戦いである。 自分と真剣に向き合い努力すれば、自分自身に負けなければおのずと結果は出るものなのだ。 特に進級試験は基本、成績を争う意味はあまりない。 進級に相応しい知識と精神を持っているか。それを問うのが目的だからである。 進級試験の意図を理解し、難しいところがあるなら協力し合ってよりよい結果を出せるようにする。 それが出来るか出来ないかでどこまで登って行けるかが変わると紫郎は思っていた。 さて、総合成績を出すことにする。 今回の試験において不合格者はいない。 授業に明確な欠席があったり、試験で大きな失敗をした者はいないからだ。 論文発表会の評価も十段階評価で6〜8。 全員が合格点を得ている。 最低点と最高点の差もそうない。 特に上位は本当に僅差である。 俳沢折々、劫光、青嵐、泉宮紫乃、尾花朔、それに玉櫛・静音と瀬崎 静乃までは誰が主席になってもおかしくない成績であった。 その中で検討を重ねた主席の評価を今回得たのは昨年同様俳沢折々となる。 俳沢においては今回一度の減点があった。実験の為という名目はあったといえ、アヤカシ牢で自分の手をアヤカシに差し出すと言う行為は褒められたモノでは無い。 だが、それを補って余りある実習評価があった。 一年間、多くの実習においてリーダーシップを発揮し、皆を纏めてきた知識と実力に関して疑う余地は無いだろう。 論文評価も8.1。全体的なバランスの良さとリーダーシップがほんの僅か他の寮生達の上に立つ。時として危うさも感じさせるがそれを正しく力に変えられればさらに高みへ登れるだろう。 次席は劫光。次席にあることで冷静に全体を把握し、仲間を守る能力に長けたように感じられた。彼はきっと守る者がいるとさらに強くなる。この強さに更なる知識が加わればバランスの良いリーダーになれると思われた。 三位に玉櫛・静音が入る。能力値や知識の高さに加え論文評定8.9が大きい。 同じ論文評定を受けた瀬崎 静乃も大躍進だ。今後は積極性や行動力が期待されている。 積極性や行動力、自信が必要とされる者として他に泉宮 紫乃がいる。 どこか自分に持つ不安や自信のなさが行動や術に現れがちだ。 論文発表会の時のような強さをもっと見せられるようになればもっと高い評価が得られるだろう。 主席も狙える能力がありながら今回はそれが惜しい所であると見られていた。 他、上位三人に入ってもおかしくない位置に青嵐、尾花朔がいる。 青嵐については己の方向を既に『人形師』と定めている点が陰陽師として若干バランスが悪いと見られることがある。だがその分、人形に関してはエキスパートとも言えるので決して悪いことではない。 朔についてはその反対で、今はまだ若干器用貧乏の感がある。しかし一つ一つをより深めていければ正に陰陽寮や五行が求めるバランスの良い陰陽師になるだろう。 上位と下位として順番をつければ下位に位置するが、他の寮生達も決して成績が悪い訳では無い。 真名は論文評価がかなり高い。研究に関する視点の良さが評価されている。 実習に向かう姿勢も素晴らしいものであった。 アッピンは難しい論文テーマを選びながらも的確に纏めている。 全体の成功をサポートする下支えの役をかって出ることが多く実習成功の影の立役者になっていた。 平野 譲治はこの二年間、最年少ながら他の寮生達に一歩も引けを取ることなくついてきた。依頼に対する着眼点や意欲、論文視点も優れている。朱雀寮二年の今を作り上げるムードメーカーであると言えるだろう。 普段の態度が冗談めいている事と、相談にあまり参加しないことにより実力相応の評価を得られないでいる喪越もこの2年でそれが彼の姿勢であることも解ってきた。もう少し積極的に皆と関わって、と思わない訳では無いがその点は彼なら十分に解っている筈だろう。 新学期が来れば彼らは陰陽寮の最高学年になる。 進路を含めていろいろな問題と向かい合う事になるだろう。 だが元より陰陽寮朱雀は陰陽寮としては独特であり、卒業後『陰陽師』として五行に属する者はそう多くは無い。 三年間を学び、陰陽師として五行に属する者としていろいろな矛盾や思いと向かい合ったうえで、どういう進路を選択するかはそれぞれ次第だ。 たった一つの朱雀の基本理念。 それさえ理解していれば。 「彼らに、それを心配する必要はありませんからね」 呟くと微笑みのまま彼は筆を取った。 数日後、貼り出された掲示を見て寮生達の歓声が青空に響いた。 『朱雀寮二年生 進級試験合格者発表 主席 俳沢折々 次席 劫光、玉櫛・静音 尾花朔、青嵐、泉宮 紫乃、瀬崎 静乃、真名、アッピン、平野 譲治、喪越 上記の者の三年進級を認める』 朱雀寮の一年がまた終わる。 新しい、そして最後の一年はもうすぐそこに迫っている…。 |