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■オープニング本文 最近、美しい色合いで飾られたチラシがギルドだけでなくあちらこちらに貼られているのを時々見かける。 『ジルベリアの美しい春をぜひ南部辺境で! 南部辺境 春祭り開催! 南部辺境劇場こけら落とし!』 そう華やかに描かれたチラシは、どうやらジルベリア帝国南部辺境への観光案内のようだ。 ちょっと足を止めて見てみる。 『ジルベリアの春と夏は、最高に美しいシーズンです。 広がる大地に花が開き、緑咲く姿は時にこの世の光景とは思えないほどの感動を与えてくれます。 かつて南部辺境は戦乱に襲われました。 しかし、人々は立ち上がり、今、新しい一歩を踏み出そうとしています。 この春、南部辺境メーメルに新しく劇場が完成しました。 こけら落とし公演は間もなく。 当日はお芝居の公演の他、吟遊詩人や踊り手などの素晴らしい演技もご覧頂けるでしょう。 それに合わせ、メーメルの商店街では大売り出しなども開催します。 のんびり、見て回れば掘り出し物なども見つかるかもしれません。 オープンカフェや屋台も数多く出店。 過ごしやすくなってきた外で、美味しい料理に舌鼓を打つのもいいかもしれません。 春のひと時を、大事な人と南部辺境で過ごしてみませんか? きっと素敵な時間を過ごせるでしょう。 追記 南部辺境劇場の愛称を募集しています。 採用された方には豪華景品進呈 応募用紙に記入の上、劇場前の応募箱にお入れください』 南部辺境の戦乱と言えばヴァイツァウの乱。 国を二つに割る反乱の果て、メーメルや南部辺境は大きな被害を受け、たくさんの人が亡くなった。 アヤカシによる災害ではなく、戦乱。 人同士の戦いは災害とは違う傷を生き残った人々の胸に深く残した。 しかし、人々はがれきの中から立ち上がり、今、前に進もうとしている。 再興の道を歩みだした彼らにとって、一番の支援は、かの地の事を忘れず、その地に生きる人々を思い、訪れることだろう。 おりしも春。 チラシが言うようにジルベリアはこれからもっとも美しい季節を迎える。 一人で、あるいは誰かとのんびりとした時間を過ごすのも悪くないかもしれない。 そう思いながら貴方はそのチラシを見つめたのだった。 |
■参加者一覧 / ゼロ(ia0381) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / からす(ia6525) / フラウ・ノート(ib0009) / 无(ib1198) / リア・コーンウォール(ib2667) / ウルシュテッド(ib5445) / キルクル ジンジャー(ib9044) / 金剛寺 亞厳(ib9464) / ツェルカ イニシェ(ib9511) |
■リプレイ本文 ●再興の春 その日は雲一つない快晴となった。 メーメルの街は街路樹として若木が植えてあったり、花壇が備えてあったりする。 そして、その若木の殆どは、今、美しい桃色の花を満開に咲かせている。 「ちらし見て足を運んだけど風のきもちーとこだなぁ」 のんびりと歩きながらゼロ(ia0381)は大きく伸びをして空と花を仰ぐように顔を上げた。 彼の言う通り、五月の爽やかな風が頬を撫でて行くようだ。 今日はメーメルの劇場のこけら落とし。 劇場近辺は特に賑やかで人が多いが、街全体がお祭りのようなもので劇場に行かなくても結構楽しめそうだ。 「あっちこっちに出店も出てるしな…ん?」 足を止めたゼロの視線の先で声を上げて呼びかけをしている子供達がいる。 「メーメルの新劇場の名前を募集しています。ふるってご参加下さい!」 「参加賞もありますよ〜!」 「新劇場の名前かあ〜。後で寄ってみるかな? とりあえずはもうチョイまわってから。いろいろと美味そうなものもあるしな。まずは腹ごしらえでも…」 ゼロはそう言って人ごみの中に消えて行った。 「う〜ん、ちょっとこれはビックリかも!」 ペケ(ia5365)はそう言うと劇場とその周囲を取り巻く木々の下、周囲をくるっと見回した。 劇場の周りは花、花、花。これでもかっていうくらい花で溢れている。 その花に見惚れて歩いていたからだろうか。 服の隠しに丸めて入れてしまった紙が気が付かないうちにぽろりと落ちてしまったようだ。 『もふ〜〜!』 「もふ?」 のんきで間延びした声に振り向くとそこにはもふらと一人の少女が立っていた。 「落しものではありませんか?」 「あ! ゴメン、ありがとう」 ペケは少女が差し出した紙を礼を言って受け取った。 「あの…それって劇場名称の投票用紙だと思われます。どちらが受付場所か良ければ教えて頂きたいのですが…」 躊躇いがちに言う少女に 「ああ、じゃあ、案内します。私もちょっと用事があったのです」 笑いかけるとペケは前に立ち歩き始めた。 「え〜っと、お嬢さん」 「柚乃(ia0638)です」『八曜丸だもふ〜』 「じゃあ、柚乃さん。もう名前決まりました?」 歩きながら問うペケに 「はい、一応」 柚乃はこっくりと頷いた。 「私は、たくさん考えたですが実物見て考えたら全部、ふっとんでしまいました。もう一度書き直しです」 何故、吹っ飛んだかを彼女は解らない しかし、でも柚乃は理由問わず、久しぶりの友人達が待つ劇場に向けて、歩き出したのだった。 待ち合わせは噴水広場前。 人待ち顔の少女が一人、置き降り現れるナンパを追い払いながら人ごみを見つめていた。 やがて待ち人を見つけたのだろう。 嬉しそうに手を振った。 「お待たせした。フラウ殿」 フラウ・ノート(ib0009)に少し息を切らせながら謝るリア・コーンウォール(ib2667)に気にしないで、と手を振ってフラウはニッコリ笑いかけた。 「今日は、メーメルのお祭りです。美味しそうな屋台もいっぱいでているし、メーメルには美味しいお菓子屋さんなどもあるようです。なのでケーキ屋巡りをしよーと思います。異ろ…はい、ちょっと待とう!」 話が終らないうちに回れ右して逃走を試みたリアの腕を満面の笑みを見せながらフラウはがっしりと掴みとった。 「なっ!? か、甘味店を巡るのか? …急な用事を思い出したから、私は失礼す…フラウ殿!!」 逃亡失敗。 リアは甘味が大の苦手なのだ。 フラウもそれは解っている筈。人生三回分の甘味は食べた。もう十分だと思う。しかし… 「暴漢に襲われたら、ひ弱なあたしだと対処できないし。付き合ってくれると助かるんだけど…」 解っているからこそ、対処法も知っている。 少し潤んだ目で見上げれば、多分十分の筈。 「むぅ。食べられることは可能だが、見ているだけでも構わないだろうか?」 大きなため息をついて言ったリアにフラウは嬉しそうに頷くと、歩き出した。 「いくつか目星をつけていたお店があるんですよ〜」 リアと一緒に、手を組んで。 涙は勿論あくびをかみころして出たものだったけれど、リアと一緒に祭りを楽しみたい気持ちは本当であったからだ。 「え〜っと、投票所はここでしたっけ?」 うろうろするキルクル ジンジャー(ib9044)に案内役の子供達がはい、と頷いた。 「あれ? 貴方は出演者のお一人では無かったですか?」 振り返った責任者の一人が首を傾げる。 「あ〜、辺境伯の甥っこサンではありませんか〜! お勤めご苦労様です!」 ピッと敬礼するキルクルに彼、オーシニィは慌てて敬礼を返した。 「あれ? この子達は」 オーシニィの傍で仕事に励む子供達を指して首を傾げたキルクルに彼は説明する。 「戦乱の戦災孤児たちですよ。劇場の掃除や花壇整備とかの仕事をやってもらっています」 「それは偉いですねえ〜」 キルクルはそう言って子供達を褒めるとポケットから紙を取り出した。 「本番前のちょっと息抜きに投票しに来たのです。受け付けて欲しいのです!」 差し出された投票用紙を受け取り、受理しながら 「こんなところに来て大丈夫なんですか?」 とオーシニィはキルクルに問うた。 「ちょっと出てきただけなので大丈夫なのです。それに皆に知らせてあげたいのです。この沢山の人の笑顔を!」 キルクルが指し示した通り、広場にはたくさんの人達の笑顔が満開に咲いている。 これは全てメーメルの為に足を運んでくれた人達…。 「この人たちの為にも頑張るのです!」 力を入れたキルクルにオーシニィは 「ありがとうございます」 と答えた。それはきっと投票ありがとうの意味だけではなかっただろう。 「あ、これ参加賞です! どうぞ」 戻ろうとするキルクルに子供が小さな紙を一枚差し出す。それを見て、受け取ったキルクルは 「うわ〜! 嬉しいです。ありがとうございますなのです!!」 飛び跳ねんばかりの勢いで帰って行った。 たった一枚のポートレート。 しかも彼は同じものを多分持っている筈だけれど、喜んでくれる人の笑顔は嬉しくて子供達もそして少年もまた笑顔になったのだった。 メーメルの劇場のこけら落とし公演。 午前の部は来賓客や招待客が主である、と礼野 真夢紀(ia1144)は聞いていた。 真夢紀が貰ったチケットも午後の部だ。 さっき劇場の名前募集は応募して来たし。入場まで少し時間もある。 「それじゃあ、午前中はのんびり春祭り散策しましょうか?」 独り言のように呟きながら町の中を、周りを見ながらゆっくりと歩いて行く。 同じように思う人は多い様で街中をあるくといろいろな顔が見える。 向こうに行くサムライの顔はギルドでよく見かける顔だ。 「おや? ラティーフ。久しぶり。観光かな?」 「はい。お久しぶりです。貴方は?」 「図書館だよりのコラムのネタになるかと思ってな」 図書館司書の无(ib1198)は同じく図書館のアッ・ラティーフ(iz0210)と楽しげに話をし始めた。 立ち話をしても寒さを感じないくらい、今日は居心地のいい日であった。 南部辺境はジルベリアの中では農業などが盛んでメーメルも本来であれば豊かな部類に入る街らしい。 街はカウスリップや雛菊、スズランやすみれなどが咲きそろい 「お花は如何ですか?」 花売り娘が作った小さな花束を売っていたりする。 果物などは丁度端境期。 はしりのイチゴなどが少しならんでいたりするが、他所から運んできたモノが殆どようだ。 その代わり、ジャムなどのケーキやクッキーなどの菓子は充実している。 「ほら、味見してみないかい?」 屋台の夫人が焼き立てのクッキーを一つ真夢紀に差し出した。 焼き立てのクッキー。プリニャキと言うらしい。 「あ、美味しい」の あっという間に食べてしまった。 天儀よりは少し寒い為、ボルシチなど暖まる料理や紅茶などの飲み物の屋台もある。 「どれもこちらの料理は独特で美味しいですね。料理の作り方のレシピ本とかはないのでしょうか?」 料理を食べ終わり、さて、今度はお土産探しでもしようと真夢紀は立ち上がった。 すると向こうの劇場側がなにやらざわめいているのが見えた。 周囲には何かの取材だろうか? 手帳などを広げる瓦版屋や帳面に目をやる開拓者の顔も見える。 「あれは誰だ? 馬車からして身分が高そうな人物だが…」 そんな開拓者の言葉に真夢紀はあることに気が付いた。 「ま、まさか?」 さっき新劇場名投票の参加賞だと言って貰ったポートレート。 これはこの国の皇帝陛下の写真であると聞いている。 「カラドルフ陛下?」 殆どの者が肖像画でしか見た事のない人物が目の前にいる。 その瞬間、広場は恐ろしいまでの静寂に包まれた。 誰しもがその威厳に顔を上げられなかったのだ。膝を折った者、頭を下げた者。開拓者達もその例外では無い。 その頭上に 「メーメルの者達よ。復興の努力、大義である」 低く深い声が広場全体に響き渡った。 「これからもジルベリアの為に全力を尽くせ」 彼が残した言葉はそれだけで、直ぐに親衛隊長や辺境伯に促され劇場へと入って行った。 劇場の初演に招かれたのだろうと開拓者がそんなことを考えた瞬間。 周囲からは大地が奮えるほどの歓声が沸き起こる。 「大帝陛下がメーメルに!」「我々を労って下さった!」「大帝陛下万歳!」 「こりゃ、大スクープや!」 帳面に筆を走らせたり、驚きに目を見開いたり、无も懐を撫でながら帳面に今のことを書き止めていた。 「これは…お姉様達へのいい土産話になりますね」 真夢紀はそういって人々の弾けんばかりの笑顔を嬉しそうに見つめていた。 「あの子は笑わなくなったな」 満開の桜と、笑いさざめく人々の顔。 それらをすれ違いざま見つめながらウルシュテッド (ib5445)はその輪の中に入ろうとせず、人々の笑顔、希望の花、そして辺境伯…。 一人何かを思い返すように輝くそれらを見つめていた。 「本当は何をおいても、誰よりも先に駆けつけたいだろうに」 彼が呟いたのは、ここにいる誰に贈られるものではなく、今はまだ遠くにいる姪を思う言葉。 彼女が胸に抱く思いは余人には理解できないだろう。 「でも、この街は光り輝こうとしている。…いつかまた見せてやれる日が来るといいんだが」 そこまで考えてから彼は、首を横に振ると雑踏の中にその身を滑らせたのだった。 ●開演前の腹ごしらえ 劇場前の広場には満開の花が咲いている。 右を向いても左を向いても、花。花。花。だ。 「ほら! ゴン! 見ろよ! キレイだな〜、あ、花びらが落ちてきた!!」 ツェルカ イニシェ(ib9511)がまるで飛び跳ねんばかりにはしゃいで自分の手を引いていく。 「俺の住んでいたトコと全然ちげぇなぁ。空気の色も、咲く花の色も…さ」 「そうでござるか…」 「なんだか、すげえ楽しみだぜ。へへっ、劇なんざガキの頃芝居小屋で観たきりだ」 (楽しんでいるルカ殿はまるで子供のようでござるなぁ) 「良かったでござるな」 その楽しそうな様子を金剛寺 亞厳(ib9464)はニコニコとした笑顔で見つめていた。 恋愛感情とかのそれでは多分ない、あえて言葉を探すなら子供を見守る親の心境であるがそれをもしツェルカに気付かれたら… 「あ〜!! ゴン! ま〜た俺を子ども扱いしてやがるな!」 「いやいや、そんなことはないでござるよ!」 「い〜や、そういう目、だった! 絶対!!」 「そんなことないでござるって!」 ただじゃあ済まないだろう。 と、いうかもう済まない状況になっていた。 「仕方ない。小腹も空いたし開幕までの時間つぶしだ。あそこでのケーキとお菓子山盛りで手をうってやるぜ!」 言われるままに亞厳は 「待って欲しいのでござる! ルカ殿!! 広場の一角に作られた屋台と食事処に足を運ぶことになっていた。 午後の部の開始を待つ人や、花見に来た人、祭りを楽しみに来た人、それらを当て込んだ食べ物の屋台が主である。 その中でひときわ目を引いているのは 「は〜い! 南那亭の出張サービスで〜す!」 「今回はなんとチョコレート・ハウスとのコラボです! 珈琲や紅茶とチョコレートの共演をぜひぜひ楽しんで下さ〜い」 深夜真世(iz0135)とコクリ・コクル(iz0150)のコンビ。 天儀からやってきた珍しい食べ物と飲み物が大人気で行列ができているが看板娘たちとの笑顔も人気の秘密だろう。 そして美味しいお菓子も。 「ああ、美味しかったね。八曜丸」『もっと食べたかったもふ!』 「ん〜、のどかのどか。いいね。こういうのも。さて、皆への御土産、どうするかな?」 そんなことを言いながら笑顔で出てくる人たちとすれ違いながら待つこと暫し。 やっと席に座ると 「いらっしゃい」 メイド服姿のからす (ia6525)がやってきた。 「元々、皆に茶を振る舞いたかったので場所をお借りしてもいいか?」 からすの申し出に二人の旅の看板娘達は快く頷いてくれていたのだという。 紅茶やお茶を入れさせたら天下一品のからす。 珈琲があって、チョコレートや菓子まであるとなれば、もはやこの店に死角は無い。 大人気であった 「紅茶はいかがかな? お勧めのケーキはコケモモジャムのケーキとチョコレートのセット」 「美味そうだな。じゃあ、ケーキセットひとつ。紅茶で」 「では、拙者も同じものを」 「かしこまった。少し待たれよ」 お辞儀をして戻って行くからす。 程なくやってきた菓子と紅茶に二人は舌鼓を打った。 「おお! 美味いな!」 「ふむ、ジャムとスポンジの味わいが絶妙でござる」 「あと、酒が欲しい所であるがそれは舞台が終わってからのお楽しみ、とするでござるかな?」 同じ店ではフラウとリアがこちらは砂糖漬けの果物ケーキをつついていた。 「これだけ一杯混ぜ込んであると嬉しくなってしまいますね。うん、美味しいです」 「それは良かった。こちらのチョコケーキもそれほど甘くなくて美味しいだ。でも…私と一緒でよかったのか?」 「えっ?」 「一緒に来たかった人が他にもいたのでは? 私は一人でのんびりするのも味気ないのでよかったが…」 「それは?」 とフラウが何かをいいいかけた時広場に澄んだチャイムの音が鳴り響いた。 「あれ? 何の音?」 「午後の部の開始を告げる音だ」 からすはそう言うとエプロンを外した。 「じゃあ行ってくる」 店の者達に会釈をして。それを合図に他の開拓者や一般客も動き始める。 「やばっ! 始まっちまう! ゴウ! 奢れ、といいたいところだけど、今日の所は割り勘な」 「ああ、それは助かる。行くぞ!」 「フラウ殿、お早く!」 「解りました。ごちそう様です…」 「おや? あれは」 天儀からの観光客達も大勢やってきた。 一抹風安(iz0090)やゼロ(iz0003)などが走って行くのが見える。 ウルシュテッドもだ。 「あれ? なんで町と反対方向から?」 だが、それを確認している時間は今は無い。 そうして、彼、彼女らは開演に間に合う様に劇場に向かって走り出したのだった。 ●観劇記録 こけら落とし公演の演目は『歌劇 春の精霊』 冬を支配する精霊が国にやがて春の精霊が訪れて、世界を変えて行くという物語であると聞いていた。 ジルベリアと言う冬の国において共感は得られるかもしれないが、ストーリー性に欠けるのではないかと思っていたのだが 「なるほど…こうするのか」 からすは舞台の内容を胸の中に刻み込む様に書き止めていた。 冬の精霊の国を旅する人間を話の中に入れることで話に一本の筋が通ったように思えたのだ。 人の進む道の先に冬の精霊の厳しい風と力が立ちはだかる。 その強大な力の前に負けてしまいそうになるけれど、諦めずに立ち向かっていけば力を貸してくれる存在が必ず現れる。 春は必ずやってくる。 人の人生を美しい歌と、演出、演技で表現した作品を 「くそっ! 泣かせるじゃねえか!」 ツェルカは冬の精霊に、傷つけられても幾度も立ち向かっていく。 その人間の姿に思うところがあったようだ。 からすも舞台にかつての戦いを思い出したらしい、目を閉じてその歌声に浸っていた。 思いかえすは二年前、ジルベリアの冬。 ヴァイツァウの乱と呼ばれた戦い。 「私は戦乱参加者だった…。ヴォルケイドラゴンへの対応だったが一般には知られていない戦いがこの劇にはある」 噛みしめるように、呟く。 「コンラート殿もアヤカシに唆された被害者と言える。冬の精霊も厳しいながらも己の役割を果たしている。本当は誰も悪くはないのだ」 歌劇の最終場面。 舞台全体に咲いた花に人々の歓声が上がった。 衣装、演出、そして演技。 全てがこけら落としに相応しい、最高レベルのものであったと言えるだろう。 「なかなかに、いいもの見せて貰ったのだ」 「路上の連中も悪くないけど、質が違うね。面白かった」 鳴り止まない拍手とスタンディングに出演者たちが出てきて優雅にお辞儀をした。 さらに強くなった拍手に出演者たちは何度も答えたのだった。 やがてそれらも全て終わった劇場にて。 「うん、冬蓮くん、頑張ってるみたい」 終演後、柚乃は舞台の衣装を思った。 群舞の中に何人か、独特の服を着た者がいた。 天儀とジルベリアのアイデアを融合させた浴衣ドレスの変形タイプだ。 「うむ。秋成くんも、冬蓮が頑張っていると知れば嬉しいだろうな」 嬉しそうにからすも頷いた。 「さて、外に出るとしよう。これから外でもいろいろあるらしいからね。皆で楽しもうじゃないか!」 広場には芸人の有志が集まり、劇とは違う演技を見せている。 手品、水芸、歌や楽器演奏。 日はゆっくりと落ちて行くが夕暮れになるにしたがって、小さいがたくさんのランプに灯が灯り周囲はまだ明るいままだ。 まだ帰ろうと言う人々の気配はあまり感じられない。 桜の花も薄闇の中に白い花が浮かび上がりとても美しい。 「フラウ殿。本当は大切な人と来たかったのでは? 良かったのかな?」 さっき聞きかけたリアの質問にフラウはおどけたように答える。 「アイツ?! あー。誘おうと思ってたら、忘れてて。急に呼び出しても可愛そうだから今回は♪」 口調はいつも通りだがその様子に後悔の色が見える。だからリアは 「そうだな。次は一緒に来ると言い。絶好のデートスポットがいくつもあるようだぞ」 「ええ」 と、明るく笑いかけたのだった。 「間もなく投票の締め切りです。まだの人はお早めに〜」 声をかけるのは辺境伯の甥っこ。顔なじみの登場に嬉しそうに柚乃は微笑み声をかけた。 「オーシ君。久しぶり。元気だった?」 「あ、お久しぶりです。柚乃さん。投票、終わりました?」 今はまだ仕事中らしい。そういえば、と柚乃はさっき貰った紙を思い出す。 「ううん、まだ、だった」 「じゃあ、よろしくお願いします」 「うん、いいよ」 「あ、そうだ。聞いて下さい。僕の母上が来ているんですよ! 久しぶりに会えてうれしくってうれしくって!」 わいわいと笑顔の花が夕闇に咲く。 やがて誰からともなく手拍子が上がり、音楽に合わせてのダンスが始まった。 最初に音楽を合わせていたのは旅芸人であったが 「わあっ! 見て下さい。今日の出演者さん達ですよ」 真夢紀は目を見開く。 見ればそのうちのひとりがバイオリンを肩に軽快な音楽を奏で始めた。 今日の舞台のクライマックスで使われた春の精霊達の舞の曲だ。 「よ〜し! 飲むぜ! 踊るぜ。とことんまで付き合えよ。ゴン!」 「解っているでござるよ」 「見てみて、売れ残ったプリニャキ貰ったの!」 「それは、ジャムを付けて食べると美味しいですよ」 「へえ、それなら土産に買って行こうかな」 「他にも美味しいものがあったら教えてくれないか? 姪の土産にしてやりたいんでね」 大人も子供も入り混じった楽しいひと時。 それを見つめ、忘れないように書きとめながら 「皆を照らせる灯火のようになればいいな、この劇場。いや、皆で、でもあるか」 そう言って无は夜桜の中、花と白く輝く劇場を飽く事なくいつまでも見上げていた。 ●ヒカリノニワ 〜春花劇場〜 メーメルでの新劇場、こけら落とし公演は皇帝陛下の行幸も賜り、小さなトラブルもいくつかあったが結果として大成功に終わった。 こけら落としの演目となった新作『歌劇 春の精霊と旅人』はストーリーとして解り易い一方で深読みしようと思えばいろいろと深読みできる奥が深い作品と評価され好評を博していた。 チケットはここ数週間の分はほぼ完売だ。 開拓者が出演できない時も上演できるようにと代役の準備も進められている。 ただ、ちょっとエンターテイメント性に欠けるのではないか? という旅の開拓者のアドバイスがあったが、それはいくつかの反省点として今後に生かして行けばいい。 この劇場が、皆に愛される場所になれる、その手ごたえをグレイスは確かに感じていた。 「グレイス様、劇場の名前につきましてはこれで決定でよろしいでしょうか?」 メーメル領主アリアズナに声をかけられて、物思いに耽っていたグレイスはええ、と頷いた。 たくさんの投票の中からアリアズナがいくつかに絞り、最終的に大帝の意見を元にグレイスが劇場の名前を決定したのだ。 「どれも良いものばかりで迷ってしまいましたね」 そう言ってグレイスは最終候補に残った紙に目を止めた。 『のんびり座』 これはゆったり、のんびりとした時間を楽しめるように、ということだろう。 『フェアリーガーデン』『ビューティフルワールド』 「夢と希望を抱いた妖精が集う、賑やかでいて優しい場所…」 「美しい季節、復興する地…」 未来を祈った美しい言葉だ。 出演者の一人が考えたのが 『麦穂劇場』 踏まれても地にしっかり根を貼って豊かな穂を実らせる麦のようになにがあってもへこたれずに発展していけるように。 最後まで候補に残ったのが 『桜鳩劇場』と『千春劇場』 どちらも美しい劇場の春を現す言葉である。 どの名前にも劇場の明るい未来を祈り、願う気持ちがしっかりと込められていた。 その中から最終的に選ばれた一つ、いや二つをグレイスは手に取り見つめる。 劇場名と、愛称として二つの名前を選んだのだ。 語感の柔らかさと可愛らしさ。 そして愛称としての呼びやすさなどが決め手となった。 ヒカリノニワ 投票者 ウルシュテッド 『普通に書けば光の庭だが捻りがない どんな意味の言葉だろう、と 皆が考える機会になればいい 姪が言っていた。 姫が領主となった始まりの日の事、姫の言葉を思い出すと この劇場は誰かの思惑の為にある訳じゃない 姫や民が望む光を、この庭に集められるよう祈っている』 春花劇場 投票者 ペケ 『周りは花、花、花。 これでもかってぐらい過剰に春なんですよ。 花に包まれた春の劇場。春というのは季節の春だけではなく、苦しみの終わりに来る幸せって意味もあるのです。 苦しみのはてにいつか、必ず春が来るってことで闘魂(投函)です』 「新劇場の正式名称はペケさんの春花劇場、愛称としてウルシュテッドさんのヒカリノニワと決定します。お二人にはご連絡と賞品の授与を行って下さい。そして、各地に告知を…」 「はい」 新しい劇場を狙う影は決して少なくない。 公演中に皇帝陛下を狙った暗殺者の影。 開拓者によって未然に防がれたがアヤカシの襲撃。 皇帝の行幸を知ってか知らずか、招待に応じなかった各地の貴族達もいる。 逆に自分達の側にさえ敵はいるかもしれない。 ほぼ招待客しかいない公演で暗殺劇が繰り広げられるところであったのだから。 でも、多くの人は南部辺境の平和を祈り、願っている。 祭りの成功と南部辺境を訪れた人々の笑顔、そして贈られた沢山の名前には彼等の思いが込められているのだ。 その願いを力に変えて、これから再興への道を歩んでいくことこそが再興への祈りとエールを送ってくれた人々への一番の感謝の気持ちとなるであろうとグレイスは思ったのだった。 窓の外は今も賑やかだ。 今も外では沢山の人々が春の祭りに酔いしれている。 今日の出演者達も街に出て一層賑やかさを増したかもしれない。 ヒカリノニワ〜春花劇場の未来はその名の通り、花と光に包まれて光り輝くと皆が願い、祈り、そして信じている…。 |