【南部】南部劇場開幕
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/17 02:10



■オープニング本文

 南部辺境メーメルに建設されていた劇場のこけら落としが正式に決まった。
 5月の始め。
 春の遅い南部辺境に丁度桜が満開になるころだ。
「新しい劇場のこけら落とし公演に相応しい華やかなものにできればいいですね」
 そう言って総責任者となる南部辺境伯、グレイス・ミハウ・グレフスカスは柔らかく微笑んだ。

 今、劇場では出演者たちがこけら落とし公演の準備にあたっている。
 開幕日、劇場では大ホールで演劇を行う。
 そして、その後小ホールや野外劇場で、それぞれ演者たちが自慢の芸を演じることになっているのだ。
「こけら落としの演目は、今、候補が二つ」
 劇場の責任者、南部辺境伯グレイスの名代でやってきた少年オーシニィはそう言って指を二本、立てた。 
 候補の一つは、先に出演者のオーディションをした時に開拓者の一人が作成した脚本。
 冬の夜の精霊が支配する世界に、春を告げる花の精霊の乙女たちがやってきて、夜の闇と冬の寒さを追い払い、世界に春と陽ざしをもたらすというもの。
 もう一つはジルベリアの民話…戦乱の中両親と逸れた少女が長い旅の果と苦労の果てに、家族と再会して幸せに暮らす物語。
「叔父上は開拓者の脚本が気に入ったみたい。
 でも、その人の許可が得られない時は民話をやるって言ってたから、その辺は開拓者の都合で、ということで。配役や演出は任せるそうだよ」
 新劇場の最初を飾る重要な演目。
 それを任せるということに辺境伯の開拓者への信頼が伺える。
「近隣の地方城主たちにも招待を出しているし、皇家にも届けを出しているから、ひょっとしたらどなたかお見えになるかもしれない。ジェレゾからも有力貴族が来るとかもあり得るし天儀にも再興支援のお礼代わりにあちらこちらの招待状を送ってあるからもしかしたら、ってこともあるかも。
 ジェレゾにあるグレフスカス家からも僕の母上が来るんだ」
「だから、この依頼か。出演者以外の護衛役も募集すると言う」
 係員は提出された書類を確認して納得する。
「勿論警備には万全を期すつもりだけど、この間の事もあるし、何が起きるか解らない。しかもこけら落とし公演中にそれらの招待客にトラブルがあれば間違いなく辺境伯の責任になるからね。力を貸して欲しいってこと」
 なるほどと納得する。
「先に合格した出演者の他、今回の演目用の一時的な出演者とかが必要であれば、それも任せるって。勿論最終的なチェックは叔父…辺境伯がするけどね」
 遅い春が南部辺境にやってくれば、ジルベリアはもっとも美しい時期を迎える。
 その時を南部辺境の復興と再興のシンボルになる劇場で迎えると言うのは悪くない話だ。
「このこけら落としを乗り切れば、南部辺境の復興はかなり軌道に乗ると思う。
 だからどうか、よろしくお願いします。南部辺境の人々の笑顔の為に…」

 依頼書には、今年初咲きという桜の花が一輪、添えられていた。
 南部辺境の人々の希望を表すかのように…。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
士(ia8785
19歳・女・弓
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
キルクル ジンジャー(ib9044
10歳・男・騎


■リプレイ本文

●プロローグ
「うわ〜! 可愛いですねえ〜」
 そう言ってキルクル ジンジャー(ib9044)は踊るように花の横を回る。
 ヴァイツァウの乱で荒れ果てたこのメーメルに戻ろうとする人達に、開拓者達が桜の苗と向日葵の種を贈ったのは2年前の事。
 元々成長の速い木であったが、土が合ったのか、それとも丹精込めて世話をする人々の思いが通じたのか?
 南部辺境劇場へと続く道。その両脇に並ぶ木々は全て桜で若木ながら今年も薄紅色の美しい蕾を膨らませていた。
「…こんなに大きくなっていたのですか」
 桜並木の一本に触れながらフェルル=グライフ(ia4572)はそっと目を閉じた。
 メーメルに最初の桜の接木を贈ったのはフェルル本人である。
 周囲の花壇には柔らかい土が入れられていて、小さな種が芽吹き始めていた。
 これは向日葵の芽。夏には満開の花が咲くと庭番の少女が話してくれた。
 フェルルが桜を残したのと同じ時、ここに向日葵を残したのは彼女の親友。
 桜の並木道、向日葵の花壇。
 街のあちこちで見えるこれらを知れば開拓者が残した花がどれほど大事にされているか、見て取れる。
 復興の旗印である劇場のシンボルとなるほどに。
(でも…)
 彼女は唇を噛みしめた。
 フェルルが二つの花を冠した劇場の噂を聞きながらここに来れなかった理由は、唯一つ。
(私は、この地で笑顔でいられるでしょうか…)
 メーメルと南部辺境ではヴァイツァウの乱以降も小さいとはいえないいくつかの事件が起き、その多くにフェルルは関わった。
(でも、想いは力及ばず遂げられず…、擦れ違い、挙句その想いはただただ仇となり…)
 思い出すだけで哀しみと悔しさが胸に溢れる。無力感と次も悲しみに至るのではないかという恐怖だけが残る。
 しかし…
「フェルルさん。大丈夫ですか?」
 フェルルはハッと振り返った。そこにはイリス(ib0247)と庭番の子供達の心配そうな顔がある。
「桜のお姉ちゃん、大丈夫?」
 丸い目で彼女を見つめる子供の一人がフェルルの手を取った。
 小さな手から感じる温もりはあの時と同じ…。
「大丈夫です。ありがとう」
 子供達に向けて笑顔を作るフェルルを見てアレーナ・オレアリス(ib0405)は柔らかな笑みを向けた。
「そろそろ参りましょうか?」
「南部の人達が笑顔になってくれるなら、僕はその為に…。だから行こう。フェルルちゃん。一緒に」
 手を差し伸べるアルマ・ムリフェイン(ib3629)に、仲間達にフェルルは
「…はい」
 揺るぎない思いで頷き走り寄ったのだった。

 メーメルの新設劇場楽屋裏。
「で? 演目は結局これでいくのね?」
 パラパラと台本をめくる鴇ノ宮 風葉(ia0799)にええ、とアレーナは頷いた。
「折角、書きましたしグレイス伯も気に入られてくださりましたようですし。私が演出ということをお許しいただけますれば…」
「ボクは異論ありませんわ。ただ脇役でお願いしたいですわね」
 ぎゅっとボロボロになるほど読み込んだ台本を抱きしめてシータル・ラートリー(ib4533)は頷いた。
 今回二本の脚本が用意されていた。
 一本は古い民話。そしてもう一本はアレーナが書き下ろしたオリジナル。
 そしてオリジナルの方で行くと話は決まっていた。
「タイトルは『歌劇 春の乙女』というところでしょうか」
 既に舞台装置や小道具などの準備はできている。
「後は配役を決めて、衣装を整えて練習するだけなのです。主役は花の乙女、敵役が冬の夜の精霊ですね? 後はそれを見守る月の精霊と…」
「あの…!」
 台本を呼んでいたフェルルが手を上げる。
「なんでしょうか?」
「案を出させてもいいですか? 一つ役を足したらどうかと思うのですっ」
 どうぞ、と目で言うアレーナにフェルルは台本を広げここをと指差した。
「私は出演者オーディションを受けてないので、強く意見はできませんが。良ければ、一つの意見として聞いてもらえればっ」
 彼女の提案は真剣に検討され
「い〜んじゃない? あたしもオーディション受けてないけど悪くないと思うよ。それじゃあ、あたしは冬と夜の精霊役ってことで」
「私も賛成です。ではフェルルさんにその役をやって頂いたらいいと思うのですが」
「ボクも異論ありませんわ。春の精霊役に回りますわ」
「シータルさんは全てのセリフを覚えていますから、アンサンブル両方の足りない所を補って欲しいのですが」
 受け入れられた。
「僕も追加はいいと思うな。観客さんがより楽しめそうだしっ。じゃあ、いっそ出演者は女性で固めたら? 僕は公演前の口上をやるからさ」
「アルマさんやキルクルさんには春の精霊をやって頂こうかと」
「いや、それは…。他の女性達もいるし…リリーちゃんや他の合格者も向こうに来てるし」
 そこにパンパンと手が叩かれた。
「もう時間もありません。とにかく練習に入りましょう」
 脚本家兼演出家の声に出演者達は頷くと、早速の練習に入ったのだった。

 こちらは裏方。護衛担当チーム。
「と、言うわけで配置はこれでいいかな?」
 自然、一番経験と南部辺境の知識の多いニクス(ib0444)が指揮を執ることになっていたが他の者達は辺境伯の部下も含め、それに反対する者はいなかった。
「中の警備は任せるよ。私は主に外ってことでよろしく。空からアヤカシの接近とか無いか見ておく」
 外で待つ自分の駿龍を見やって士(ia8785)は言った。
 悠夏はシータルの龍ラエドばかりでなく、アルマのゼーレやニクスのアンネローゼ。霊騎たちとも楽しげだ。
「いいのか?」
 ニクスは問うが士は軽く肩を竦めて微笑するのみ。だから
「じゃあ、任せる…で」
 言葉を止めて今度ニクスはキルクルを見た。
「お前さんもこっちでいいのか?」
「ふう〜、やっとケースを下ろせたのです…。肩がこりこりです! もっと軽いケースを開発する必要があるのです! これは工房に要望を出すべきなのです!」
 正面玄関にアーマーのレイピアを展開したキルクルはそこでニクスに呼ばれたのに気付いてはい、と頷く。
「劇は正規の出演者にお任せなのです! 見習いはオープニングの群舞にちょこっと出演で良いのです。だから今回は護衛のお仕事を希望するのです!」
「解った、じゃあ何かあったら…」
 そんな打ち合わせが続く最中。
「失礼します」
 やってきた来客に開拓者達は目を丸くした。
「辺境伯?」
「あ、今回もよろしくお願いしますですー」
 敬礼の後、ぺこぺことお辞儀をするキルクルに南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは笑顔で答えた。士はぶっきらぼうにお辞儀をしニクスは
「こんなところにおいでになっていいのですか?」
 と問うた。
「警備と演目の最終確認です。それから、皆さんにお伝えしたいことがあって」
 そう言うとグレイスは開拓者に一枚の紙を差し出した。
 受け取ってまず見たニクスは言葉を無くし、それを覗き見た士も驚きに瞬きを繰り返す。
 何よりテンションが上がったのはキルクルだ。
「え〜! これ、ほ・ホントですか〜?」
 それは来賓客予定名簿。そこには思いもかけない名前が一つ記されてあった。

●ダイアローグ
 その日は雲一つない快晴となった。
 沢山の人が満開の桜と完成した南部辺境劇場を見る為に集まってくる。
 既にあちらこちらで出店や大道芸人達のパフォーマンスも始まっている。
 大ホールでの最初の舞台は半分以上が招待客の席だと言うので青丹(iz0255)は取材もかねて外で人々の様子と来賓客を見ていた。
 さっき中に入って行ったのは開拓者ギルドの相談役橘鉄州斎(iz0008)だったし、他にも…。
「ん? あれは誰かいな?」
 一際大きな馬車がやってくるのが見える。その様子と馬車に飾られた皇家の紋章に人々は波が引く様に道を開けた。
 やがて馬車は正門前に着き、恭しく開かれた扉から降りてくる貴人に場は一気に静まった。
 開拓者の少女が手元の紙とかの人を見比る。さっき劇場の名前投票の参加賞に貰ったポートレートと同じ…顔。
「こ、皇帝陛下!」
 そう。ジルベリア皇帝ガラドルフ。殆どの者が肖像画でしか見た事のない姿が眼の前に立っている。
 とっさにその場にいたほぼ全てが膝まずくか頭を下げた。彼の人の威厳にそうせずにはいられなかった。
 その頭上に
「メーメルの者達よ。復興の努力、大義である」
 低く深い声が広場全体に響き渡る。
「これからもジルベリアの為に全力を尽くせ」
 彼が残した言葉はそれだけで、直ぐに親衛隊長や辺境伯に促され劇場へと入って行った。
 その瞬間、周囲からは大地が奮えるほどの歓声が沸き起こる。
「大帝陛下がメーメルに!」「我々を労って下さった!」「大帝陛下万歳!」
「こりゃ、大スクープや!」
 そんな喜びだけに包まれた劇場を、暗い目で見つめる影があることに人々は誰も気付く事は無かった。

 暗い舞台に開幕を告げるベルが鳴り響く。
 満席の劇場を照らす灯が徐々に落とされ、舞台のみに絞られる。
 皆の目視が舞台の中央に集まった時、進み出た礼装のアルマが優雅にお辞儀をした。
「ようこそ、南部辺境劇場へ。
 これより繰り広げられますは『歌劇 春の精霊と旅人』
 冬の夜の精霊が支配する世界を行く旅人。
 彼の前に現れるのは…。
 どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」
 拍手と共に舞台の幕がゆっくりと上がって行った。

 舞台の中央に立つのは黒と銀の衣装を纏った冬の精霊。
 演じるのは鴇ノ宮 風葉。周囲には本当に吹雪が舞っているように観客には見えている筈である。
(実際に吹雪かせてっと♪)
 アイスブリザードをかけながら風葉は大きく深呼吸して第一声を告げる。
「さあ、行け! 我が僕たちよ。ここは冬の王国、我らが支配地。その力を存分に示すのだ!」
 彼女の声に合わせて雪の小精霊達がダンスを踊る。どこか攻撃的なその踊りは冷たい冬を見事に表していた。
 そこにコートを目深に纏った人間が現れ、ゆっくりと舞台の中央に立つ。
「ああ、この地は寒い。まるで春に忘れられたかのよう。孤独な私の心よりもなお寒い…」
 周囲を見回した人物の顔はコートに隠れている。
「人々は皆、寒さに凍え、希望を失っている。闇に怯え、祈りを捧げている。その微かな家灯りさえも雪に埋もれて見えない。それほどまでに冬の力は強い…」
 冬の精霊は高笑いを時々残しながら現れては消え、消えてはまた現れる。
 時折、冬の精霊の部下達が旅人のコートや肌を氷で引き裂き攻撃する。
 やがてコートのフードが裂けた。金色の髪が流れるように光を受けて広がって旅人は真っ直ぐに前を向いた。美しい乙女がそこにいる。
「でも、私は諦めない。どんな苦しみもいつかは終わる。春は必ず来る。心は、祈りは、思いは必ず通じると私は信じるから…」
 そして彼女は暗闇の奥に立つ精霊に頭を下げる。
「冬の精霊よ。人々の願いをここに私は伝えます。どうか立ち去りて人々に春をもたらしたまえ…」
 旅人の訴えに冬の精霊は顔を追向ける。
「何故そのような事を聞く必要がある。弱きものは大人しく膝を抱えて泣いていれば良い!」
 高笑いと共にさらに冬の精霊は部下達に攻撃を命じた。さらに激しい攻撃が旅人を苦しめる。膝は折られ地面に手が付く。
 けれど旅人は下を向かず、逆に冬の精霊を強い眼差しで見つめた。
「確かに泣くしかできない人もいる。祈るしかできない人もいる。けれどそれは何もできないと言う事では決してない。祈りこそが力、願いこそが希望。ならば私はこの手と足でそれをあなたに伝えます。皆の思いを…」
「うっ…」
 旅人の強い思いに射抜かれた冬の精霊が一瞬たじろいだその時、薄暗い場に金色の光が差し込んだのだった。


 劇場の入口を警備していたニクスの元に
 ワンワン!
 犬が飛び込んできた。
「ゆきたろう?」
 ニクスが名を呼ぶと義妹の忍犬は外に来いと促す様に彼の足を引く。
「外で何かあったのか?」
 外には多くの一般の客達がいる。士が外から警戒してくれているがゆきたろうの様子からして外で何かが起きている?
「だが…」
「こっちは大丈夫です。任せて下さいなのです!」
 躊躇うニクスの背をまだ舞台衣装のままのキルクルの笑顔が押した。
「よし、頼む。すぐ戻る。行くぞ、ゆきたろう」
 彼は犬と共に走り出した。
「この劇場は希望の灯だ。絶やさぬ様に、否絶やしてはいかぬと胆に命じねばな」
 幾度となく胸に刻み込んだ思いを、再確認しながら。
 空にはイリスの迅鷹サンが主の思いを受けて案内するように高く舞っていた。

●クライマックス
 ボロボロになった旅人の前に、いつの間に現れたか解らない美女がそこに立っていた。
 まるで月が形を取ったような女性は、膝を折り、そっと旅人に手を差し伸べる。
「貴方の気持ちは伝わりました」
「貴女は…」
「私は月の精霊。人々を見守る者。私はいつも見ています。傷ついても苦しくても前を見て進んでいく貴方達の思いを…」
 旅人を立ち上がらせた月の精霊はその手を取りくるりと回転させた。
 まるで魔法にかかったように旅人のマントが外れ薄紅色のドレスへと変わる。
 と、同時に舞台が光に溢れた。
 暗闇に慣れ無い人々が一瞬目を閉じた時、気が付けば旅人の回りには黄色、白、薄紫、ピンク。美しいドレスを纏った少女達が旅人を守るように集まっていたのだった。
「貴方の気持ち、届きました」
「皆の祈りを受け取りました」
「さあ、共に歌いましょう。春の歌を。祈りと願いを込めて」
「希望の歌をもちて、冬の精霊に伝えましょう。
 雪の下に芽吹く生命を、陽の温もりを、心の中の勇気を。
 冬を払う、黎明の産声と共に!!」
 そうして、彼女達はバイオリンの優しい音色共に春を告げる歌声を謳い始めたのだった。

 クライマックスに向けて人々の集中は全て舞台に向かっている。
 だが、その中で唯一、反対を向いている人物に舞台袖のアルマは気づいていた。
 受付を手伝った時に特に気になった暗い顔の青年。
 警備の兵たちも気付いていないかもしれない。
(気付いて!)
 高い一音を入れたアルマがカーテンの前に進み出る。
 同時に観客席の端、一席からウィンドカッターが放たれた!
 だが術の完成の瞬間、
『キルクル!!』
 小さな羽妖精鴇ノ宮・瑞の指示で
「やああっ!」
 体当たりで飛び込んだキルクルの攻撃に意識を逸らされ狙った人物へ当たることなく、風は観客席を薙いで壁に当たった。
「陛下!」
 周囲の警備の兵が王の周りに集まり、傍に控えていたオルガが身を持って庇うように皇帝の前に立つ。
 観客たちが異常に気が付いてざわめくがその時
「負けだ。引け! 我が部下達よ!」
 苦しげな演技をしていた冬の精霊がキルクルと捕えた男に向けて一際大きな声を上げた。
 やがてすらりと背の高い冬の精の一人が舞台から飛び降りるとキルクルと共に、その男の手を取り客席から連れ出したのだった。
 風葉の意図を察し春の精霊達は旅人と手を取り、さらに高らかに春の歌を歌いそれに合わせ冬の精霊達は消えて行った。
 一人残った冬の精霊も小さく笑ってマントを翻す。
「ここは引こう。だが忘れるな。冬があるからこそ、春が輝くのだという事を…」
 冬の精霊の退場に合わせ舞台の上は美しい花が咲き乱れる春の野原へと変わっていた。
「夜の闇と冬の寒さを追い払われて、世界に春と陽ざしが満ちる…。今ここに希望が咲き開く!」
 旅人と春の精霊達が歌い、手を差し上げる舞台を満場の拍手が包んだのだった。

 士はふと後ろを振り返った。
 ここは劇場の裏手の森。大劇場からはだいぶ離れているのにここまで拍手の音が聞こえてくる。
「どうやら、無事成功したみたいだね。何よりだ」
「ああ、そうだな」
 ニクスと顔を見合わせ微笑する。
 側には旅の開拓者や街の兵士達。
 足元には劇場を目指していたであろうアヤカシ達が、今まさに瘴気に戻ろうとしているところであった。
「手を貸すまでもなかったな…」
 影から見守っていたゼロ(iz0003)はそう言って劇場へと戻って行った。

「折角お膳立てしてやったのに失敗してくれて。まあ、いいか。もとよりあんまり期待もしてなかったから」
 そう呟いた声は誰にも聞かれることなく闇に溶けて消えた。


●エピローグ
 その日の夜。
 二回の公演を無事終えた出演者達は劇場の中庭で今は静かな時を迎えていた。
「ふわ〜、緊張したのです〜」

『良く働いてくれた。礼を言おう』

 皇帝ファンのキルクルにとって、直接声をかけられる機会など夢に見ても見れない。
 今もって足が多分地に着いていない気がする。
 とはいえ、緊張が残っているのは彼だけではなかった。
 ジルベリア皇帝と一緒の打ち上げパーティ。緊張で食べ物も正直、喉を通らなかった。
「しかし、流石皇帝陛下であらせられる」
「そうですね…」
 イリスの傍でニクスはさっきの光景を思い出していた。
 公演最中の暗殺劇は開拓者に未然に防がれ、犯人は捕らえられた。
 祝宴前に引き出された犯人はヴァイツァウの残党、ではなく、その後の増税による生活苦で家族を失ったという元開拓者で
「殺すなら殺せ! 俺だけ生き残っても意味がない!」
 皇帝の前でそう毒づいた。死罪も当然の行為。
 だが皇帝は彼を赦免した。
「新劇場の始まりを血で汚す訳にもいくまい。それにお前の命も我がものだ。勝手な死は許さぬ」
 その度量の大きさに居並ぶ貴族達も開拓者も感嘆の声を上げたものだ。
 そして
「見事な演技であった。今後に期待しているぞ」
 出演者の一人一人に労いの声をかけ、
「南部辺境の未来に栄光あれ!」
 祝福を残して戻って行った。かなりの強行軍だ。
「ま、民衆への人気取りと言えない事もないけどね」
 料理を食べながら風葉が呟くがそれでも皇帝に祝福された劇場ということで周囲地域への心象も良くなるだろう。
「このまま軌道にのってくれればいいのですが…」
 アレーナの呟きを聞きながら士は横で目を閉じる。彼女がニクスと共に見つけ、倒したアヤカシは十体に及ぶが、皆弱い屍人であった。力を貸してくれた開拓者や警備のもののおかげでスムーズに退治はできて騒ぎにならなかったが、もしあのアヤカシが本気で襲って来ればこれくらいでは済まなかった筈だ。
 それは例の襲撃犯も同じである。招待客が殆どのこけら落とし公演に何故暗殺者が紛れ込めたのか。今後の調査が必要だろう
「なんだかイヤな感じだね。誰かがこっちを見て笑ってるみたいだ」
 この劇場を狙う悪意を感じる。アルマは身震いした。
「でも大丈夫ですわ。きっとこの劇場は、メーメルの人達は負けません」
 そう断言したのはシータルだった。
「劇場や舞台と言うものは皆で作るもの。今日素晴らしい舞台を作り上げたように、きっと未来も作って行けるのですわ」
 開拓者達は頷く。それはこの数日で実感した。
 衣装係、小道具、大道具、照明、音響、営繕、案内、周辺整備まで沢山の人々が今日と言う日を作り上げた。
「そう、ですね…」
 フェルルは希望の花飾りを握り締めた。
 終演後、風葉や士と共に辺境伯から与えられたものだ。
「この地の皆さんは、前に進もうとしている。まだ…私にもできることがあるのでしょうか?」
 簡単に答えは出せないけれど、贈られたたくさんの拍手と、温もりは今も胸に残る。
「フェルルさん。皆で外の人達に挨拶しませんか? ってアレーナさんが」
 イリスがフェルルに呼びかけた。見ればからくりをともなったアレーナは外を指差している。
 その向こうには人々の笑い声。灯火、歌声…。
「まだ皆、外で大騒ぎしているのです。お祭りみたいです。私達も参加するのです!!」
「お偉いさんとのパーティより楽しそうだよ。ダンスもしてるから、ボクは演奏してあげようと思うんだけど」
「はい」 
 仲間達と共に歩き出す開拓者達。
 彼らの前には満開の花と、人々の笑顔が一面に咲いていた。

 美しい花咲く春花劇場の未来は始まったばかりである。