【朱雀】進級論文発表会
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/04 20:43



■オープニング本文

【これは朱雀寮二年生用シナリオです】

 一年生の小論文試験の課題が発表されたのはつい、先日の事。
 一年生の試験が始まれば次は当然二年生である。
 四月に進級試験が始まり、五月に実技試験。六月に三年生を送り出し、新一年生を迎える入寮試験を行うというのが陰陽寮、特に朱雀寮の流れ。
 いつの世でも試験と言うのは受験する者を落ち着かなくさせる。 それは一度進級を体験した二年生であろうとも変わらないだろう。
「さて、進級試験です」
 寮長は何の前置きもなくそう言った。
「進級の仕組みについては昨年も説明しましたから必要ありませんね。実習における配点などについては一年時とそう大差ありません。細かい所で違いはありますが、合格点数が80点、そのうち授業配点で得られる点数が50〜70点。残りをこれからの試験でどの程度獲得するかで合格不合格が決まると思って貰えばいいでしょう」
 つまり、授業をちゃんと出ていれば試験が奮わなくても進級の見込みはある。だが試験を落せば進級は不可になる、ということだ。
「なお、実技試験は陰陽人形制作となります。どのような形で行うかは次回に発表しますが、一年時のように試験の時に行動を見る様な事はしません。純粋に制作とその過程、そして結果を見ますので自分はどんなモノを作りたいか、考えておくとよいでしょう」
 そう言うと彼は寮生達を見た。
 居並ぶ寮生達の背筋が伸びる。
 二年間を朱雀寮で過ごしてきて解ってきた。
 寮長が何かを告げる前の気配と言うものを。
「では、これより進級試験を始めます。
 第一義
 朱雀寮二年生進級試験 課題。
 十二月に決定したテーマについての考察、意見を300字以上、500字以内に纏め、皆の前で発表しなさい」
「発表!!!!?」
 寮生達の幾人かが声を上げた。
 てっきり昨年のように小論文として提出するかと思っていたからだ。
「何を驚いているのですか? 私は最初に言っておいたはずですが。『年度の終わりの進級試験で文章にまとめて発表して貰うことになるでしょう』と」
「あ〜、言われたっけか?」
 思い出そうにもよく覚えていない。
 でも、寮長が言うなら、きっとそうなのだろう。
「発表は今日一週間後。場所はこの講義室です。発表の順番はくじ引きで当日決めます。
 纏めの為の資料閲覧は二日前までは自由。二年生用の図書室などを利用しても構いません。質問等もあれば受け付けましょう。その後、内容を纏め発表をしてもらいます。その発表態度、内容など全てを踏まえて成績を付けます。なお採点者は私の他、何人かになります。発表を聞くのは二年生の仲間だけではありませんので、その点も踏まえて甘えの無い文章を完成させて下さい」
「すみません。質問してもいいでしょうか?」
 手を上げた寮生に寮長はどうぞ、と頷く。
「研究と呼ぶには少し時間とか、経験が足りなくて掘り下げきれない所もあるのですが…」
「その場合は解ることや経験を主軸として、術であれば使用応用のアイデアや、提案をしたり、アヤカシであれば今後、そのアヤカシに対する時どうしたらいいか考えたり、生態に対して考察したり。足りなかった点があるというなら、その反省や今後こうしていきたいという考えなど、着眼点と切り口次第で書き方はいくらでもある筈です」
 なるほど、と寮生達は思った。
 足りないところがあるならそれを武器にするのもまた手だというわけだ。
「文章は発表後、提出して貰い進級論文として図書室に保管されます。勿論、発表態度なども点数に関わってきますのでいう間でもありませんが、真剣に全力で取り組んで下さい。
 この試験が終われば皆さんは、三年生。陰陽寮の最高学年になるのです。その意味を忘れないように。以上」
 そこまで言うと寮長はいつものようにあっさりと立ち去ってしまった。
 聞きたいことはまだあったような気がするが、正直解らない事が解らなくて、質問のしようがない。
 だが
「流石、陰陽寮の最高学年になる、は伊達じゃないか。難しい課題だね」
「でも、まあ、やるしかないだろう」

 そう。やるしかないのだ。
 この試験の先に陰陽寮最高学年と言う未来が、待っているのだから


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●進級論文発表会
 その日、二年生の進級論文発表会の日。
「みんな! 見たなりか!!」
 朱雀寮小講義室脇、発表演者控室。
 平野 譲治(ia5226)が息を切らせて飛び込んできた
「譲治くん、一体どうしたの?」
 部屋の中にいた寮生達はいっせいに彼の方を見た。
「ジョージ、お前さん、三番目だろう? 準備はもうバッチリなのかい?」
 心配そうに声をかける俳沢折々(ia0401)や茶化したように言う喪越(ia1670)に呼吸を整えてから答える。
「そっちは、…大丈夫、なのだ。でも…ちょっと、会場の様子覗いてきたら…凄いのだ。王様、きてるなりよ!」
「えっ?」
 寮生達全員が一瞬、固まって…
「え!」「なに?」「ウソだろ!」
 それぞれに驚きの声を上げた。
 何人かは部屋を出て、そっと影から会場を覗き見る。
 確かに最前列には五行王 架茂天禅。その周辺には護衛らしい陰陽師数名が付き、更に身分がありそうな陰陽師や役人が座っている。
 加えて陰陽寮朱雀の教師もかなりの数が参加しており、小講義室とはいえ会場はほぼ満員の状態であった。
「なんであんなに? 採点者って数人じゃなかったの?」
「採点者は数人ですが、発表を聞くのが数人だと言った覚えはないですよ」
 驚く真名(ib1222)の背後から声が降る。
 慌てて振り返った真名はのど元まで出かかった悲鳴を思わず呑み込んで小さな声で後ろに立つ人物を呼んだ。
「りょ、寮長…」
 朱雀寮長 各務 紫郎はニッコリと笑って寮生達を控室に戻るようにと手で促した。
「毎年この進級発表会には王を始めとする五行の重鎮が訪れます。王の側近くにおられるのは大臣のお一人、向こうにいるのは知望院の副院長様で、あちらは三陣の封縛院の方ですね」
「つまり、五行の重鎮勢ぞろいって事ですかぁ〜」
 アッピン(ib0840)の問いにええと寮長は頷く。
「三年生の卒業論文は発表とはまた別種のものになるので、五行の中でも二年生の進級論文発表会はかなり注目されています。特に五行の上層部への就職などを考えている者にとって今回結果を出せばかなり有利になるでしょうね」
 勿論、不利になる事もあり得るでしょうが…と本当に笑って付け加える寮長の言葉に寮生達はごくりとつばを飲み込む。
「…大丈夫、紫乃さん? 顔色、良くないみたい…」
 心配そうに顔を覗き込む瀬崎 静乃(ia4468)に
「だ、大丈夫です」
 部屋の隅、机の前に座ったまま泉宮 紫乃(ia9951)は答えるが顔色は大丈夫と言ってはいない。俯く顔、その唇も少し紫色だ。並べられた草稿も
「お水を持ってきましょうか?」
 声をかける玉櫛・静音(ia0872)の顔も多分、目に入っていない程に。
 緊張でかたかたと震える手。それに
「大丈夫。一生懸命練習したじゃない」
 そっと真名が自分の手を重ねた。
『本番では沢山の人が来るんですよね。き、緊張します』
 紫乃は人前に出るのがあまり得意ではない事は解っている。練習の時点から緊張していた事も。
 でも、二年間一緒に過ごしてきたのだ。紫乃の実力も努力も良く知っている。
「大丈夫だ。いつもどおりにな」
 ポン。
 緊張で固くなっている紫乃の肩を劫光(ia9510)が軽く叩いた。
『そうですよ。我々はいつもどおりやれば良いのですよ』
 青嵐(ia0508)も微笑の口元を作る。
『「最低限普通の常識を持って」接すれば問題ありません。
 元々我々が朱雀寮の看板を背負っている事は皆さん判っていますでしょう?
 それが少しばかり、強くなるだけですよ』
「…いつも通りの行動。看板が、巨大な大漁旗になった感じだけど」
「そういう事なり。自分が大変なんて言っといてなんなりが誰であろうとおいらは同じ感じなりねっ!
 常識も普通も、作り出されてから定着するものなりからっ!」
「皆さん…」
 紫乃は自分を励ましてくれる仲間達の声に顔を上げた。
 それぞれ、試験前、緊張もしている筈なのに…。
 上げられた視線の先にある仲間達と、
「朔さん…」
 自分を見つめる愛しい人尾花朔(ib1268)の優しい眼差しを受けて、紫乃の顔には赤みと力が戻って行く。
「すみません。ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です」
 立ち上がった紫乃を皆が笑顔で迎えた後、
 パンパン。乾いた音が場の空気を引き締める。
「では、間もなく発表会開幕です。準備は先ほど知らせた通り。第一部がアヤカシ研究、第二部が術研究となります。しっかり頑張りなさい」
 寮長の言葉に全員が頷く。
 泣いても笑っても一発勝負。
 陰陽寮最高学年進級をかけた進級論文発表会が今まさに始まろうとしていた。

●アヤカシの研究と考察について
 まず壇上に上がったのは学年主席 俳沢折々であった。
 この順番については厳正なるくじ引きである。
 一歩前に進み出て折々は礼をすると発表を始めた。

「限界まで腹を空かせた剣狼の前に、獣肉とその他食料を置いた場合、如何なる反応を示すか。
 答えは「目の前の人間への威嚇を継続する」というものでした。
 下級アヤカシであり獣タイプの剣狼が、極限状態時に人の肉や魂の代替となる餌を口にしなかったという事は、即ち彼らにとっての本能が、当座の飢えを凌ぐ事よりも、人を喰らう事を優先している何よりの証左と言えるでしょう。
 また大船原一帯の剣狼に対しても、食料を用いた誘き寄せ等の行為は効果が薄いという事例が複数報告されている事から個体差こそあれ、剣狼全体の特性としては一般的なアヤカシの傾向に近い、「腹具合に左右されず、人の肉と魂を好む」ごくありふれた種であると推測出来ます。
 飢餓状態の剣狼の周囲に異常がなかった事からも、無機物を摂取する悪食アヤカシでは無い事もまた判明しております。
 空腹度合いに応じた気性の変化は顕著で、時間の経過と共に獰猛さは上昇している様子。 一方で運動能力、戦闘能力に関しては人を襲った直後も、飢餓状態の剣狼も大差ないように感じました。
 …ただこちらに関しては十分な数の実験を行なったわけではなく、今後調査すべき課題の一でもあります」

 その他冷静に生態や課題などを論じた折々は、聴講者からの質問にも的確に答えソツなく発表を終了させ段を降りる。
「ふう〜、緊張した」
 大きく息を吐き出して彼女は自分の発表を終えたばかりの草稿に目を落とす。
「ずっと考えてきた割に、そんなにインパクトのある内容にはならなかったけど…」
 聴講者の中には知望院の上役もいると言う。将来を願うならここでいいところを見せたかった気もするが、彼女は奇をてらった事は何一つしなかった。
 的確に積み重ねてきた事を纏めてそこに考察をいれたのみだ。
「多分アヤカシ研究って、こういう地味な生態調査と考察の繰り返しなんだろうなーっ。陰陽師っていうのも…」
 だから自分に言い聞かせるように頷く。
「うん、焦らないよ。一歩ずつ確実に進むんだからね」
 夢への道が見えてきたからこそ、焦らず、しっかり仲間達と。
「みんな、頑張って」
 次々に壇上に上がる仲間達に折々はそんな思いと共に小さな祈りを贈ったのだった。


 二番目はアッピン。
 彼女の選択したアヤカシは粘泥であるが、その資料にはシュラムなどの絵も付記されている。
「粘泥と環境の与える影響について発表させて頂きます」
 丁寧な礼と挨拶の後彼女は用意された黒板などを使って発表を始める。
 アッピンの研究はアヤカシそのものというよりもアヤカシの進化、変化に着目したものであった。

「粘泥、スライム、シュラムは天儀だけではなくジルベリアやアル=カマルにも広く分布するアヤカシで単純な分、多岐にわたる種類がいる事で知られています。
 土の多い天儀では含有される水分は泥水に近いものとなり、砂漠のアル=カマルでは不純物の少ない真水を含んだ体を持っています。
 私の行った研究では、天儀の泥質の粘泥について、アル=カマルに近い砂地や酸性の強い水槽にいれて経過を観察しましたが、粘泥に含有される水分・含まれる酸性に変化は現れず、この事からアヤカシが発生した際に周囲の環境に応じて含有される水分に変化が現れますが、出現後はアヤカシとして固着されている為に周囲の環境が粘泥に変化を与えるような影響を与える事はないのではないかと推察されます…。
 …、というわけで今後の研究課題としては粘泥と瘴気の濃度の因果関係で、瘴気が粘泥の形態にまで変化をもたらすのかを研究していきたいと思います』

 アヤカシの生態変化についてある程度立証させようと思うと、膨大な資料がいるし時間もかかる。どうして人間は住む場所で肌の色が変わるのか、髪の色が変化するのは何故か、それを調べるのと同種の証明が難しい課題だと言う事は勿論解っていた。
「でも、まあ誰かが進めて行かないといつまで経っても解らないままになってしまいますからねえ〜」
 小さく笑ったアッピンは、手早く自分の資料を片づけると控室には戻らず、発表会場の
隅に貰った机と椅子につく。
 発表会の書記として発表を書き止めておこうと思ったのだ。
 今後の研究の資料とする為に。
「疲れましたけど、あと少し頑張りましょ〜」
 そう言って彼女は筆を握ったのだった。


 三番目と四番目は共同発表という事になっている。
 二人一緒に現れた女生徒に少し空気はざわついたがそこはこのような場に慣れている人達。
 直ぐに戻った静寂を前に
「玉櫛の陰陽師、静音と申します。宜しくお願いします」
 そう頭を下げ、深呼吸をすると静音がまず先に話し始めた。

『食屍鬼…それは死んだ人間をアヤカシに変えてしまう、一個のアヤカシというよりは瘴気により引き起こされる現象、と言い変えられるものです。
 死人をアヤカシに変え、そのアヤカシが更に人を襲うというこのアヤカシは瘴気が人に害を及ぼす事象の最たるモノの1つでしょう。
 現状、屍人や食屍鬼に対してアヤカシと人を分断する方法は不明のままです。
 よって対処としてはその身体ごと滅ぼすより他に無いと言うのが現実です。
 更に実体験による観測として、食屍鬼は群れをなして現れるケースが多く、この事から食屍鬼は連鎖的に生まれるものではないか?という推測も成り立ち、イメージに拍車をかけます。
 遺体や物体に憑依しそれを操るアヤカシには種類があり、その憑依方法もそれぞれで異なります。
 例えば…
 屍人というアヤカシは死体そのものに憑きます。
 かえて食屍鬼は生きた人間に憑き、その人間が死した後にその肉体を奪います。
 つまり死んだ人間に憑くか、生きた人間に憑き死ぬまで待つかで別のものに変わるのです。
 この二つは最終的には、死んだ人間を素体としたアヤカシである事には変わりません。
 それなのにこの憑依の違いで強さに影響があるのは何故なのでしょうか?」

 ここで一度発言を切った静音は小さくお辞儀をして一歩下がると静乃の方を見た。
 その眼差しを受けて静乃は前に出ると深くお辞儀をする。
 演者交代だ。

「考察するに。例えば、屍人が憑く身体は死体、魂がない空の状態なので、アヤカシになる為の瘴気の量は最低限で良く故に強くはない。
 一方。食屍鬼は魂が入っている身体にとり憑くので、身体の制圧に必要な瘴気の量が多く、それがアヤカシ化した場合に強くなる要因ではないでしょうか?
 もう1つ考えられる仮説として、瘴気とは感情と密接関ってくるのではないでしょうか?
 屍人は対象が生前持っていた感情の残留から生まれ出る瘴気を元にしており、故に残っている瘴気は残留したものでしかない故に弱い。
 一方で食屍鬼はまだ生きて苦しんでいる人間に憑くので、その持っている感情は死体とは比べ物にならない程強く。
 故に多くの瘴気を生み出す為、より強くなっているのではないかと思います。
 初めにあった通り、現状は食屍鬼に対してアヤカシと人を分ける方法は不明で、現実としては身体ごと滅ぼすより他に有効な手はありません。
 けれど瘴気を扱う者として、この命題を避けて通って良いものでしょうか?
 仕方ない、こういうものだと諦める事をしない為に、以上の様な、とり憑くプロセスの違いやその理由の研究を続けていき、いつか憑依を覆すキッカケとして成したいと考えています」

 採点者達の幾人かから拍手が起きた。前の二人の時も拍手はあったがそれよりもやや強くはっきりしている。
 二人で時間と発表を分け合う事でより深い考察が出来た。
 それを認める拍手だろう。
 静乃と静音。
 二人はそれをしっかり受け止めると深く深くお辞儀をしたのだった。


 会場内の人々がざわざわと大きく揺れる。
 アヤカシ研究の部、最後の一人がまるで滑るように後ろ向きに歩いてきたかと思うと
「ポオォォォォォウッ!」
 大きな声と共に片手を大きく上げてポーズを取ったからだ。
 研究発表会とは思えぬ行為に眉をひそめた者もいる。
 そのうちの一人が注意しようと思ったか立ち上がりかけた瞬間
 彼は眼鏡を指で軽く上げると、文句のつけようのない完璧な拝礼を見せた。
「それでは今から発表させて頂きます」
 外見や行動からは想像も出来ない真面目な声でそう言った彼は、そこからは固いお偉方もツッコめない真面目な発表を見せたのだった。

「私の発表は屍人の発生とその対処に関してである。
 屍人はこの世に未練を残した人間の遺体がなり易いとされているが、これはアヤカシが好む人間の負の感情が影響しているものと思われる。
 が。総称して『付喪神』と呼ばれるアヤカシが存在するように、人間の遺体ではなくその所持品に憑依する事例もあり、一概には言えない。
 このメカニズムを解明し、漂う瘴気が憑依する先を指定する事が出来たら――死者を冒涜される不幸は減り、更には予期せぬ屍人の発生で村が丸ごと滅びるといったような被害が防げるのではないか、というのが私の考えだ。
 それにはアヤカシが何を理由にして憑依先を決めるのかを知る必要があるが、これは前述のように研究段階である。
 ――人とアヤカシは何故争うのか。その答えは単純だ。これは生存競争である。アヤカシは人の血肉を求め、それに人間が抗う。その結果の戦争である。
 しかし、人間は時に忌むべき瘴気すら自らの力に変えてきた。それはここに居並ぶ諸氏がよく知るところだろう。そして、人と瘴気が切り離せない関係にある事も。
 瘴気の撲滅が難しいならば……より良い関係を目指し、共存するのも一つの道ではないかと愚考する」

 その後上げられたいくつかの質問にも真面目に答え、発表時間を終えると彼はまた後ろ向きに滑るように帰って行った。
 真面目なのか不真面目なのかさっぱりと解らない態度。
 しかし、最後に良くも悪くも深い印象を残してアヤカシ研究の部の発表は終わったのだった。

●術の研究考察の部
 少しの休憩の後、進級論文発表会第二部が開始された。
 一番目の演者が舞台に上がったのを見て聴講者から小さな声が上がる。
 さっき、休憩室に干菓子と茶を運んできた寮生であったからだ。
「尾花朔と申します。どうぞよろしくお願いします」
 彼はそう言うと発表を開始した。

 実は朔はさっきまで紫乃と同じ、いやそれ以上に緊張していた。
 自分の研究課題の瘴気回収。
 研究論文を纏める為に上級者用の書庫を漁っていた時とんでもない記述を見つけたからだ。
『瘴気回収という術はその名称からして「瘴気を場から回収し消し去る技」と思われているが実はそうではない…そもそも他に大きく干渉する術ではないのでアヤカシの攻撃に使ってもまったくダメージを与える事は出来ないのだ』
 瘴気回収と言う術が場から瘴気を除去する事が出来る術としてその可能性や応用をと考えていた為今まで掲げていたものが根本から覆され、一からの構成のし直しを余儀なくされたのだ。
 それに加え採点者の顔ぶれを見て
「無理です、無理ですっっ」
 本当はそう叫びだしたい気持ちだったのだ。
 だが、仲間や紫乃の前でそんな弱音は吐けない。朔は指に触れる銀の感触を確かめ、自分を奮い立たせていた。
 加え
「大丈夫。いつもどおりやれ」
 ポン、と劫光が肩を叩いて行ってくれた。それでかなり気持ちが落ち着いた。
「そうですね。やるしかありません」
 開始前、朔の視線は無意識に紫乃を探す。やがて彼女を見つけた朔は自分に微笑む彼女に胸がホッと暖かくなるのを感じそのぬくもりを持って壇上に上がったのだった。

「瘴気回収の術はあくまで練力を回復するしか出来ず、瘴気の濃さに影響されるものの、周囲の瘴気を大きく吸い取る、減らす、と言った効果は無い、と言う事が分かっています。
 瘴気の増減がほぼ無いのは、費用対性能比率が良すぎるほど良い為に瘴気を吸い取っ
ていないように見えるのではないか、減ったように見えないのではないかと考察をしています。

 その為、構成術式を下級劣化させる事で効率を下げ、瘴気の吸収量を上げる、逆に更に強化する事で回復量を増量出来ないか、等を考えています。
 構成術式を変更する事により、練力回復ではなく、体力回復に変更出来ないか、術使用者を媒介に、他者の練力回復が出来ないか、これは結界術の応用にも懸かるかと想いますが、出来ないかとも想っています。
 又、同じ術を研究する方と協力し、符等に瘴気回収能力を付与、アイテム化、等の研究も今後出来たらと思っています。

 すでに完成されて居るからこそ、術式がしっかり確立されているからこそ出来る応用があると、私は想っています」

 最初の考えとはだいぶ違ってしまったが、それでもできる限りの事はやったと思う。
 朔は揺るがない足取りで段から降りていく事が出来たのだった。


 同じ術の発表者同士は近いほうが良い。
 そういう兼ね合いから次は平野譲治となった。
「はいなっ! おいら、平野譲治と申す者っ! 以後お見知りおきをっ!」
 元気にお辞儀をすると譲治は用意された黒板に大きな白い紙を貼り出した。
 本当は間近に寄って欲しかったがこの発表形式では仕方ない。
(うしっ! 全力前進っ! 通常運転なのだっ!)
 力を自分自身に込めて彼は小さな体をいっぱいに使って発表する。

「んと、今回発表を行うのは周知の術「瘴気回収」に関してなのだっ!
 この術は瘴気を術を使用する時に必要な練力に変換する事が出来る、何とも優れた術なのだっ!
 そう、「瘴気」を「練力」になのだ。
 ここから語る事はあくまで推測なりが瘴気回収を気にし始めてから思った事、それを皆様に聞いてもらおうと思うのだっ!
 主に二点話すなりね?」

 論文発表と言う場ではやや子供っぽい口調はマイナスになる。
 しかし実際に子供であるし、その内容は的確な流れに沿っている。

「一つは瘴気の種類。
 一般に知れ渡ってるなりがアヤカシの体はほぼ瘴気で出来ていて、力尽きると瘴気に還る。
 更に陰陽術を有している我々陰陽師からも量は様々なりが瘴気を纏っているなり。
 全て同じ「瘴気」と呼称される状態から少なくとも「空気中」「物体中」の二つの性質を兼ねた物体であると推測されるなり。
 さて、二点目。
 おいら達が術を使用する際に必要とする練力。
 これは主に志体が有しているなりが、瘴気回収は周りの瘴気と言うのは減らない上、その効果は瘴気が充満していないと効果は思わしくないのだ。
 この情報から「練力自体が瘴気」なのではないか、と推測されるのだ」

 大胆な考察に小さくない驚きの声が上がる。
 出来ればその先の考察を知りたいところであるが残念ながら時間はそこで切れた。
「以上っ! おいらの発表はここまでなのだっ! ご清聴、ありがとうございましたなのだっ!」
 頭を下げた譲治に拍手が上がる。それは子供だからという事だけではない何かへの参加者達の評価であろう。


 青嵐の行動や考えは一環としてブレることがない。
『私は人形師、ですからね』
 傀儡操術の可能性。
 その観点から彼は自分の考えを自分の声で発表する。

「私は傀儡操術と、それに用いる人形に関して述べさせて頂きます。
 傀儡操術とは人形を操る術、人形とは人の形と書きます。
 人を模し、人に似せ、そして人でないもの。
 それが人形です。
 傀儡操術とは、「人でないもの(人形)を人のように動かす」
 それを願って生まれた術という話もあります。
 人形とは、人の形を模したもの。

 ではそれはどこまでが適用となるのか。
 現存する人形を例とするならば、藁人形は大まかな作りでも人形として用いる事が出来ます。
 また、頭形「悪路王」のような頭部のみの呪術人形も存在します。
 然るに、必ずしも「中身の詰まった」人型では無くても構わないのではないか、と考えました。
 また、傀儡操術は直線の動きであれば十全に機能します。
 これらから、私は以下の結論が出来るのではないかと考えます。
 傀儡操術をより生かす為に、私は着ぐるみに近くなるかもしれませんが、人形の機能を最低限果たすような衣類の作成を考えています。
 この術は人形を滑るように動かせます。そこで私は陰陽師の身体を必要な時にカバー出来る用な人形服(仮)の作成が出来るのではないか、と考え、研究したいと思います」

 実現は困難かもしれない。
 しかし、陰陽寮生であるからこそ様々な発想での提案を提示する事が出来る筈。
 青嵐の考えは一貫して真っ直ぐ、一つ方向を向いていた。

 
 劫光は緊張した仲間達に声をかける事が多かった。
「大丈夫だ」「いつも通りにな」
 では、彼は緊張していなかったのだろうか?
 答えは否だ。
 劫光とて進級を前にした試験。少なからず緊張していた。
 だが、彼には自信があった。
 今まで自分が過ごしてきた二年で積み重ね、得てきたもの達に。
「よろしくお願いする」
 だから、彼もまた揺るぎない強さで発表に臨んだのだった。

「悲恋姫。
 怨念の集合体を呼び、悲鳴を周囲に響かせ呪いの叫びにより周囲を無差別に攻撃する術。

 特性は大きく二つ。
 一つは効果範囲の広さ。
 術者を中心に全周30メートルと広域を対象と出来る。
 次に呪いの叫びによりダメージを与える術である事。
 ある実例として水辺で使用した結果、水中から意識を失った敵や魚が浮かび上がってきたという。
 これは効果が地形条件に影響されないという事を証明する。

 以上の事から周りに仲間の居ない状況での使用が基本となるが、その状況でさえあれば使用法は実に多い。
 例えば木々や障害物等が多い場所なら大勢を相手に有利に戦える。
 この時、結界呪符等で相手の進行を妨げ防御としながら攻撃に使うという組み合わせも効果的だ。

 応用として敵しかいない事が確定してるなら、相手が見えない状態で使用してダメージを与えるという手法もある。
 又、破壊してはならない物がある状況、障害物が多い場所でも有効に活用出来る。

 結論、効果範囲の広さと特性により単独で使用する場合には極めて有効な術である。
 が、反面他の者と連携する時に使うのは難しい。

 又、呪いの言葉という見えない攻撃を再現出来る事から、どの様に呼び出しているかも興味深い。以上」
 
 いくつかの質問を受けて後、彼は壇上から降りた。
「まだまだ足りなかったか…」
 反省は多く、課題も多いがそれも積み重ねて行けばいい。
 発表を終えた彼の顔は晴れ晴れとしていた。

 最後の二人となり聴講者達は資料を確認する。
 この二人もまた違う視点から同じ術を考察していると言う。
 先に壇上に上がった少女は一度だけ胸元に手を重ね、一礼するとしっかりとした口調でどうどうと自分の考えを述べ始めたのだった。

「私は治癒符をテーマに選びました。
 巫女の使う術と比べ効率が悪いと低く見られがちな術ですが、
 治癒符には十分な可能性があると思っています。

 まず確認しておきたいのは、
 治癒符が「式を身体の一部として形成させ傷を癒す」術である事。
 つまり、傷の治癒に重点を置いた術なのです。
 実際に遺体の傷の治療が可能でしたし、切断された腕を繋ぐ事に成功したという文献もあります。
 これらの事例は治癒符の可能性を示しているのではないでしょうか。
 遺体の傷を治せるという事は、生命活動が停止した状態でも治療可能だという事です。
 残ってしまった古傷、壊死した手足、今まで治せなかった傷も治療可能になるかもしれません。
 切断された腕を繋ぐのは困難で失敗例も多いとありましたが、指やえぐれた傷なら成功率をあげられるかもしれません。

 これらはほんの一例にすぎません。
 失血や体力低下等傷に伴う影響は補えない、欠損した部位の再生は出来ない等の欠点もあります。
 けれど、失血や体力低下は薬草で補う事も出来ます。
 欠損した部位の再生はできなくとも、命を繋ぐ助けになる事は出来る筈です。

 特性を理解し、生かす事が出来れば治癒符には十分な可能性があるのです」

 後半に行くにつれ演者の発表には感情が籠っていたと、採点者の一人は後に語る。
 治癒符への思い、いや人を癒すと言う事への彼女の思い入れだろうと。


「ご苦労様。紫乃」
 深呼吸と共に降りてきた親友の肩を労う様に真名はポンと叩いた。
「ありがとうございます。真名さんも頑張って下さい」
「ありがと。じゃあ、行ってくるわ」
 軽く手を振って前に進み出る真名。
 その背に
「真名さん!」
 紫乃は声をかけた。
「なに? 紫乃?」
 真名は振り返る。
「大好きです。真名さん」
「ありがと。私もよ」
 紫乃の声に込められた微かな罪悪感を真名はちゃんと聞き取った。
 しかし、それ以上の感謝の気持ちと紫乃の真心も感じ取って真名は前に進む。
 手に握りしめた紅符が勇気をくれる。
 大切なで大好きな仲間達と進んで行く為に。
「よろしくお願いします!」
 彼女は挨拶とお辞儀をして進級論文発表会、最後の演者として声を発したのだった。

「テーマは治癒符です。

 効果は人や動物の傷を式により塞ぎ癒す事。
 薬草と併用する事で効果が高まる事も判っており、その事から新陳代謝を高める効果もあるのでは無いかと推察します。

 難点として酷く効率が悪い事。
 同レベルの術に比べ疲労度は高く、回復力も巫女による精霊術と比べ低いと思われます。
 要因として考えられるのは、瘴気の力は人に対し害になる部分が強く、癒しに使う事はロスになるからでは?
 と思いつきます。
 果たしてそうでしょうか?

 ここで一つ事例を上げます。
 治癒符により四肢の切断が治療された例です。
 更に別の同じ事例では治療出来ずつながらなかったというものです。

 では何故同じ術で違う結果が出るのでしょうか?

 一つには薬と同じ様に、体質により効きやすさが違うのではないかと考えます。
 それならば人の身体について知識を深くすればその効果も上がるのではないか、また薬と同じ様に人の体質によって性質を変える式を作れる様に出来ないかという考えが生まれます。
 そうでない場合でも、同じ効果が得られないという事はこの術が未完成な術である事を意味すると思います。
 未完成という事は未知数であり今後に希望があるという事でもあると私は考えます」

 かくして最後の発表が終わり、聴講者達は拍手で演者を送ってくれた。
 そして…。

●採点者達の声と結果について
 寮生達は発表を終えた後、客席に集まるようにと指示を受けた。
 いわゆる講評である。
 代表として壇上に上がった顔は寮生達が知らない顔であったが、五行の重臣の一人であるのは間違いない。
 架茂王のけだるそうな、目の合図に頷いて彼は寮生達に講評を与える。

「まずは発表お疲れ様でした。
 今回の発表は全体的にレベルの高い研究であったと評価しています。
 ただ陰陽寮に属し、学ぶ以上今後も、陰陽師として研究や発表を行っていく事もあるでしょうから、いくつか指導点を挙げさせてもらいましょう。
 まず第一に最後を結論で結ぶ事。
 時間制限やその他があったことを考慮はしますが最後をどうしたいか、どうするか、纏まらなければ次への課題に向けた考えで閉じ、尻切れトンボにしないこと。
 これがないと論文そのものが纏まりのないものになってしまいます。
 第二に発表の場では口語体、特に敬語を用いる事。聞いている相手に対して敬意を持ち説明する姿勢をしっかりと持つと言う意味で重要です。
 逆に論文として文章に残す場合には語り口調でなく『である』などの断定口調を使うべきでしょう。その方が自分の考えがはっきりと伝わります。
 第三に自分が相手に何を伝えたいのか、その主題をしっかりと持つ事。術の効果なのか、アヤカシの特性なのか、それを今後どうしたいのかなどを軸を持ちそれを伝える組み立てを持つ事です。
 論文発表に置いては解りやすく、聞きやすく、相手に主題を伝える事。それが大事になります。その為には自分に自信を持ってはっきりとした態度で臨む事。それができないようではまだまだと言えるでしょう」
 寮生達には出来た事、出来なかった事、含めて貴重な指導である。
「しかし、全体として意欲が感じられる良い発表会であったと評価します。個々の採点は寮長に渡しましたが明確な落第点を得た者はいないのでその点では安心して下さい。
 ご苦労様でした。今後の皆さんの研究、活躍に期待します」
 二年生達の顔が喜びに咲いた。
 その後、退場していく聴講者達を全員で見送る。
 この中の誰が採点者で、誰がそうでないかは解らない。
 けれど発表を終え、二年生達全員が拍手の音と共に一つの事をやり終えた充実感に包まれていたのだった。

 かくして進級論文発表会は無事終了する。
 残る試験はあと一つ。
 桜の花も完全に落ち深緑を見上げる寮生達の前に進級、陰陽寮最高学年がもう間近に迫ってきていた。