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■オープニング本文 【これは朱雀寮一年生専用シナリオです】 四月から進級試験が始まり、今月の小論文、五月の実技試験を経て六月に前学年が進級、新しい一年を迎える入寮試験を行うというのが陰陽寮、特に朱雀寮の慣例である。 そのことは事前にも知らされていて、特に一年の進級試験課題は実は例年同じである。 同じ試験を受け、同じ問いをかけられて、それぞれが違う答えと、思いを持って進級という目標に向かう。 「では、皆さんの心配している進級試験と、その内容について簡単に説明しましょうか?」 陰陽寮朱雀の寮長、各務 紫郎はそういうと緊張に身を固くする一年生達に小さく笑いかけた。 「朱雀寮では今までの実習の成績を全て、記録しています。 その成績と進級試験の結果を総合して、合格不合格を決めます。 成績のつけ方は教えることはできませんし、現時点での点数も公表はしません。 ただ、目安として簡単に説明するなら進級の合格ラインが80点で、一回授業に参加するごとに3点、委員会活動に参加することで3点。授業や委員会活動に置いて特に良い行動が認められれば5点、というところでしょうか? もちろん、厳密にはもっと細かく分かれていますが…」 「それは、今まで授業や委員会活動に参加していれば、既にある程度の点を得ているということですね」 一年生の問いに寮長は頷く。 入寮試験と、入寮式を別にするなら陰陽寮の授業と委員会活動は約17回。 その中でいくつか省かれるかもしれない回を除いたとして15〜16回。 つまり、全て参加していればその時点で50点以上を確保している計算だ。 「でも、それって授業に参加しているだけじゃ合格はできないってことだよね」 「進級試験は伊達じゃないってことか。落したり、不合格だったら留年か…」 それぞれの計算やつぶやきをとりあえず、制止はせず寮長はさらに続けた。 「そして最後の進級を決める試験が、今回の小論文と次回の実習です。この両方で得た点が今までの参加成績に加えられて、進級、留年と二年度の首席、次席の決定となるのです。 主席、次席の称号は寮内においてはそれほど重要なものではありませんが、二年以降は自主的な研究、提案なども授業に加わります。その時の説得力となりますし進路にも多少なりとも影響を与えるでしょう。高みを目指す寮生であるなら狙ってみるのもいいかもしれません」 じっと寮長を見つめる一年生達の熱い思いと視線。 それを黙って受け止めて後寮長は パン! 大きく手を叩いた。 「では、これより進級試験を開始します。 以降、試験に関する質問は基本、受け付けません。 第一義。 『朱雀寮一年生進級試験、小論文課題。 今年一年間で経験したこと、得たこと、考えたことを踏まえて貴方の思う陰陽師のあるべき姿、もしくは目指すべき姿を300字以上、500字以内で纏めなさい』」 突然の試験開始宣告。 驚く寮生達を気にも留めず寮長は説明を続ける。 「提出期限を守れば、資料の閲覧その他に制限はありません。仲間同士で相談したりすることも認めます。ただ、求められているのは『自分自身』の考え。人の意見に左右される言葉は意味がないという事だけは言っておきます」 そこまで言うと彼は退室してしまった。 驚いて質問もできなかった一年生達はその背を黙って見守る。 まあ、質問しても答えてはくれなかったろうけれど。 「陰陽師のあるべき姿、目指すべき姿…」 今まで、先輩達の背中を追いかけてきた。 課題を熟すことに一生懸命だった。 けれど、今後はそれだけではいけないと、自分の目標とするものを胸にしっかり定めろと問われているのだと、一年生達は勿論解っている。 「でも、簡単そうで、すごく難しい…」 求められているのは『自分自身』の考え。 寮長が残したその言葉が一年生達の耳からいつまでも消えることは無かったのだった。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
蒼詠(ia0827)
16歳・男・陰
サラターシャ(ib0373)
24歳・女・陰
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰
カミール リリス(ib7039)
17歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●試験前夜…そして 明日は陰陽寮一年生の進級試験という日。 「いけない。もうこんな時間ですか?」 サラターシャ(ib0373)はすっかり日が落ち拾いづらくなった文字と紫色に染まった空に自分が没頭していた時間を思い、慌てて立ち上がった。 いつの間にこんな時間になったのだろう。 資料を読むのに夢中になっていたから気付かなかった。 気が付けば肩には桜の花びらが幾枚も乗り、すっかり固くなっている。 大きく手を広げ、身体の筋肉を伸ばす。 その時、ふとその視線の先を横切った影に気付いて、サラターシャは前を見た。 「今のは? 向こうは…確か朋友の…」 逡巡したのは一瞬の事。 身体に着いた花びらを手で払い落してサラターシャは呼んでいた書物をひとまとめにして袋に入れると過ぎて行った影の跡を追いかけたのだった。 陰陽寮入口、朋友の待ち合い場。 「はああ〜っ」 自分のパートナー甲龍の瑪瑙の横に座り込んでいた蒼詠(ia0827)はこの日何度目か、いや何十度目かの大きな大きなため息を吐き出した。 「どうしたら、いいんでしょう。自信がありません…」 自分の頭を抱えるように手をやって、蒼詠はキツく目を閉じると首を横に振った。 進級試験の一つが小論文だと聞いてから、ずっと蒼詠は試験の為の準備や勉強を重ねて来た。 図書室で書物を読み漁り、小論文の書き方や、今までの生徒の進級論文などを徹底的に調べ…。 しかし、調べても調べても考えても考えてもこれでいいと思えない。 元々小論文の試験に正解や模範解答などは無いのだが、読めば読むほど、知れば知るほど、自分の能力で合格に値する文章が書けると思えないのだ。 「難しいです…本当に…」 (自分には向いてないのかも…でも…) 噛みしめた唇がキュッと音を立てる。 『グルルルル…』 横で瑪瑙は主の顔を覗き込むように顔を寄せる。それにさえも気付かずにいた蒼詠は 「あら? どうしたんですか? こんな暗い所で…」 そう歌う様に言う耳慣れた声に瞬きして振り向いた。 そこにいたのはサラターシャと、クラリッサ・ヴェルト(ib7001)。 サラターシャが「どうしたんですか?」と声をかけたのは、クラリッサの方であったようだ。 「蒼詠さんもこんばんは。ごきげんよう。皆さん、どうなさったのですか?」 「皆さん?」 今度はクラリッサが首を傾げ周りをよく見る。 あまり多くの明かりがある場所ではないが、確かによく見てみると…。 「あ、こんばんは。皆さんも気分転換ですか?」 蒼詠、サラターシャ、自分の他に… 「あれ? リリスさん? 皆さんもってリリスさんも朋友の顔を見に来たの?」 薄暗がりの中からカミール リリス(ib7039)が進み出てきてはい、と頷く。 「さっきは彼方君達も来てましたよ。落ち着かないんでしょうね。いよいよ明日ですから」 「うん、そうだね…」 朋友ラヒバの頭を撫でながら言うリリスに頷きながら、クラリッサもまたナハトリートを見た。 「なんだか、頭の中がぐるぐるしちゃって…、ちょっと誰かの顔を見たくなったの。皆の顔を見られるとは思ってなかったんだけど」 「…皆さんも、ですか?」 蒼詠の問いにそれぞれの首が縦に動く。 「小論文、って初めてですからね。何をどう纏めていいのか…」 「はい。僕もこういうの苦手です…」 「私も書いたことないし…それに、ちょっと気になることもあって…」 「気になること?」 「あ、たいしたことじゃないからそれは気にしないで」 慌てて手を横に振ったクラリッサをそれ以上追及はせず、 「でも…」 とサラターシャは微笑んだ。自分の龍、シルフィードの頬を撫でながら一年間を思い、共に過ごしてきた仲間達に微笑みかける。 「想いを言葉という形にする事はとても難しくて、でもとても大切な事ですね」 「想いを…形に、か…」 「はい」 噛みしめる様に呟くクラリッサにサラターシャは頷いた。 「そうだね。難しく考えすぎない方がいいのかも。やっぱり進級に関わる試験となると緊張して、考えなくてもいいことまで考えちゃうけど。ううん、ちょっと試験以外のことで心に引っかかってることもあるけど。 乗り越えてきたんだから、今まで通りにやれば問題ないよ。きっと…」 「うわ〜っ! まだ書きかけなんだから持ってかないで〜。冥夜!」 「り、璃凛?」 突然、まるで風のように飛び込んできた黒い影と、それを追ってきた赤い影。 場に居合わせた者達は思わず瞬きしてそれを見つめた。 そこには顔を真っ赤にしら芦屋 璃凛(ia0303)がいる。 「あ、あれ? みんな? どしたの?」 「どうしたのって、こっちが聞きたいですよ。そんなに息を切らせて何をしてるんです?」 リリスの問いに璃凛は少し恥ずかしそうに頭を掻く。 「冥夜に、小論文の下書き、取られちゃって。追いかけてきたら…こんなところに」 「丁度良かったですわ。皆集まったところで、丁度、お腹もすきましたし、お食事でもしながら明日の対策相談でもしませんか?」 「いいね! ひょっとしたら食堂に彼方さん達もいるかもしれないし、遅くなったら仮眠室で、皆で夜明かしもステキかも」 「でも、夜更かしはしないほうが良いんじゃ?」 「その辺は皆、解ってるから大丈夫。行こう。璃凛!」 「あ、うん」 楽しげに笑いあう少女達は、振り返り 「早く行こう!」 蒼詠に手を差し伸べた。 (でも、出来れば皆さんと一緒に進級して、これからも皆さんと一緒に学んでいきたいです…。その為なら!) 顔を上げ、友をまっすぐ見て蒼詠は差し出されたその手をしっかりと握りしめたのだった。 ●小論文試験開始 その日の夜は結局、全員が陰陽寮に宿泊し、いろいろと話をしたと言う。 夜遅くまで机に向かう者が殆どだったが、一人ではないと信じられることは心を楽にする。 翌日、明るい笑顔で集まってきた一年生達は、それぞれがそれぞれの思いを胸に真っ白な解答用紙と向かい合ったのだった。 蒼詠は自分に自信がない。 考えれば考える程、これでいいのか、自分に自信が持てなくなる。 「難しいです…」 でも、皆と一緒に進級したい。その思いは誰より強い。 その思いを知識と共に筆に取る。 『僕の考える陰陽師とは人を助ける為に力を使う者。陰陽という名が示す通り、闇の力を光に変えて行使する者。陰を研究・理解し陽の為に役立てる者。 陰陽師の行使する力は攻守を兼ね備えたバランスのとれた力である為突き詰めれば一人での行動が可能です。 しかしそれでもやはり一人の力には限界があり、それは絆を育み仲間と協力して事に当たる事で突破する事が可能。それをこの一年で強く学びました。 アヤカシに近い力を行使する為時に闇に飲み込まれる危険も、仲間との絆が身を助けるでしょう。 僕の根本は人を守り、癒やし、助けたいと思う気持ち。 ただそれだけなら巫女の方が適任でも僕は師匠と同じ陰陽師の道を選んだ。毒も制すれば薬になる様に、瘴気を制し人の為の力に変える事が可能だから。 アヤカシや瘴気にはまだまだ未知の部分が沢山あります。それを調べ解明していく事は陰陽師の義務であり使命だと思います。 進級後はもっと沢山の事を学び研究し、アヤカシとその瘴気に苦しめられている人を助けられる陰陽師を目指したいと思います。 当面の目標は、現在専門家で無いと治療出来ない瘴気障害の陰陽師による治療法の模索です』 「自信はないですけれど…今の自分にはこれ以上は書けないと思います」 その思いが論文に込められて、一の評価となったことを彼が知る事は無い。 クラリッサには思う事があった。 「人妖イサナ。 生み出したのは…不老不死を研究していた玄武寮の卒業生。 少しだけ、不安になっちゃうよ。母さん…」 進級をかけた大事な試験前。 余所事に気を取られている暇はないと解ってはいるが、頭から離れなかったのだ。 しかし、昨晩、仲間達と過ごし、話をして少し気持ちを切り替えることができた。 「とにかく、今は目の前の事に集中!!」 そして彼女は筆を取る。 『私が思う陰陽師のあるべき姿は、周囲と調和し、その中で自分の意志を貫ける者です。 陰陽術は危険な力であり、一歩間違えば敵であるアヤカシを生み出してしまう。 先日賞金首に加えられた人妖も、一人の陰陽師が生み出したものだという事実がそれを証明しています。 危険な力を扱う以上、それを御し切る技術は必要。 でもそれは力を持つ者の最低条件であり、力を使う精神性こそが真に重要だと思います。 聞けば件の人妖を創った陰陽師の方は他人と殆ど接触しなかったそうです。 そしてそれは同じく賞金首である陰陽師、神村菱儀も同じ。 このことから陰陽師は、瘴気を扱う特性故に負の面に引き込まれ易いのではないかと考えました。 そして、それを正してくれるのは同じ志を持った仲間であるということも。 この一年、私たちがやってきた実習で仲間と協力して何かを成すことが多かったのは、誰かが間違った方向に道を逸れそうになった時、それを引き戻してくれる仲間の絆を育てる為だったのではないかと思います。 周囲と調和し、自分の心の調和を保ち、そして自分の目標を成し遂げる。 それが、陰陽師なのではないでしょうか』 誤字脱字を何度も確認して、クラリッサは大きな呼吸とともに筆をおいた。 気持ちを言葉にできたことで、少し気持ちが落ち着いたことを自分自信が感じる。 「信じるよ、私。 たったそれだけ…経歴が一つ二つ似てるってだけで疑っちゃうなんて、失礼だよね。 私が一番信じてあげないといけないのに。 一人で勝手に悩んで、不安になって馬鹿みたい」 その目に迷いはもうない。 彼方の思いはずっとぶれることがない。 『僕が目指す陰陽師の姿とは、誰かの役に立てる陰陽師です。 子供の頃から自分には陰陽師になる夢しかありませんでした。 それは決して山の中に師匠と二人暮らしで、師匠が陰陽師で他に道が無かったからではありません。 志高く、優れた技を持つ師匠のようになりたいと思ったから。 陰陽師である師匠の姿を心から尊敬していたから僕は陰陽師になりたいと思ったのです。 陰陽師になりたい、誰かの役に立てる者になりたい。 その思いは開拓者と出会い、師匠から離れ、一人暮らしをするようになりさらに高まりました。 陰陽寮に入り、沢山の学友や先輩と出会い、多くの事件を体験し、より深く思う様になりました。 孤高に術と自分を高める師匠とは違う道になるかもしれません。 けれど、陰陽術と言うのは瘴気と言うアヤカシの元であり忌み嫌われるモノを使っての術であるからこそ、人を救い、幸せにすることこそ正しいのだと、友との実習や出会った沢山の人に教えられたからです。 故に僕は陰陽師として自分を高め、学び、いつか誰かの為になり、誰かを助けられる陰陽師になりたいと思うのです』 それは開拓者と出会った時からずっと変わらぬ彼方の想いであり、願いであり、夢であった。 ●小論文に込められた思い 小論文と言うのは完璧な模範解答があるわけでは無い。 だが最低限守らなければならない形式、感想文や作文と一線を引く為の形式というものがある。 それが「序論」「本論」「結論」 最初に結論を述べ、本論を通し最後に結論付ける。 その形式を守っているか否かが『小論文試験』においては重要なのだ。 だが論文としての評価に難はあってもこの試験のもう一つの意味。 寮生達の思いを知ると言う点において、それは関係ない。 リリスは思い返す。 最初のうちは、いろいろ迷いがあった。 陰陽師になること、陰陽寮に学ぶ事、陰陽師として力を行使することそのものにも。 だが、この一年間で自分は変わったと思う。 だからそれを自分の願いと共に文章に纏めたのだ。 『ボクの目指すべき姿は、魔の砂漠の研究をする。 何故かと言えば陰陽師による研究自体は、まだ始まったばかりの分野ではないかと思います。 今ならば、試行錯誤や、最初の成果を残す事が出来る喜びを知るはずです。 ですが、其れをなす為には、嶮しい道のりと、たくさんの試練を乗り越えなければならいのは間違いは無いでしょう。 回り道かも知れませんが、朱雀寮の卒業後、研究を専門とする玄武寮に入り直し、そして陰陽師としての実績を積み研究者として認められる必要があると思います。 それが、近道では無いのだろうけれど。 だけれども、ボクの思いは揺らぎは、しません。 なぜなら、ここで得た経験が、其れを信じるに足る確証をくれたと思うからです。 アル=カマルの民にとっての宝である掛け替えのない人脈を得る為の力を、この一年間で少しは、得られた。 だから、立ち止まってしまう事は、共に学び、楽しみ同じ卓で話をした仲間達や先輩に、申し訳ない事になってしまうから。 其れが故、足りていない事は多いと感じました。 アヤカシや瘴気の知識は、もとより自分の体力そして寮長や先生方のように実績をまだ備えていません、其れがこれからの課題なのだと感じています』 「自分の思いは、出せたでしょうかね」 論文としてはともかく、自分の思いを伝えることは多分できたと思う。 後はそれが受け入れられるかどうか…。 「成就出来るかどうかは、これから次第。願わくば先を越されたくはないものですが」 自分の願いと夢と思いを、リリスは小さく微笑んで見つめていた。 璃凛が最初に書いた論文は長くて規定字数の倍以上あった。 それを削り、推敲し何度も何度も考えて、そして今、ここに書き記す。 自分の思いを、言葉を…。 『まず第一第二に、それなりの体力や気力を養う事。 第三は人との関わりを持つ事。 これがこの中で、最も大切な事でしょう。 結局これが有ると無いとでは、結果はまるで違った物になるのは、明確で、この差はとても大きい。 一人で出来るは、限られ、思いつかないような事や、考えは幾らでもある物だからです。 自分は、それを強く感じました。 それでも、自分が知ったのは、全てが終わった後や、報告の後で自分達は驚かされました。 何をするにも一人で成り立つ事は無く、課題や救助で協力して貰った開拓者と先輩達。 そして朋友。 助けを求めてきた人達、自分たちが助けに行った人達。 そして自分たちが、観察し倒したか退治したアヤカシ達。 一つでも欠けていれば、今の自分たちは、決して居なかった。 それでも、うちは何度か減点や、問題になるような事をしました。 だけど、自分が孤立した事は有りませんでした。 必ずしもそれが良い結果では、無かったですが。 それでも、アヤカシに断ち切られる人や、動物たちの命を守りたい。 悲しみを減らしたい。 有るべき姿とは違いますが、この思いは変えたくは有りません。 進級後の目標は、先輩として受けた恩を、今度は後輩にも返す事とします』 一気に書き終えた文章を璃凛は見直す。 「これが、うちの小論文…。大分削っては見たけど陰陽師の有るべき姿として伝わるかだな」 『璃凜らしいでは有るが、私が皆のを見た所、普通だろうな』 昨晩冥夜は半徹夜で草稿を纏めていた璃凜にからかい半分でそう言っていたっけ。 そっと筆をおく。胸の中は思いの他スッキリしていた。 悩んで悩んだ末に選んだ言葉に後悔は無いからだ。 「できれば、進級して、目標をちゃんと達成できるといいなあ〜」 そう呟きながら小さく目を閉じたのだった。 一年間を思い出すと色々な事が胸に浮かぶ。 その中で思い出深かったのは北面での救出だった。 アヤカシの猛威を目の当たりし、無力であることを、無力であり続けてはいけないことを痛感した。 サラターシャは決意と共に筆を走らせる。 『なぜアヤカシが生あるものを傷つけるのか、幼い頃からの疑問でした。 この思いは陰陽寮の一年を通してなお強くなりました。 アヤカシに襲われ、取り返しのつかない傷と喪失を受ける人々の姿を見る一方で、人妖というアヤカシと同じ瘴気から生まれながらも人々を助けようと尽力する姿もありました。 また瘴気そのものは、単独では人を直接傷つけることは無いように思われます。 同じ源を持ちながらも、これほど多様に姿を変える瘴気は、アヤカシという目に見える脅威として以外の姿も持ち合わせているのではないかと感じています。 陰陽師が瘴気の力を手助けする力へと変えて行くように、もしかしたらアヤカシも変化させていくことが出来るかもしれません。 もちろん、陰陽師の持つ特別な技術や術具があってこそ、瘴気はその形を変えます。 力に溺れない事を忘れてはいけません。 それでもなお、私は陰陽師とはアヤカシの在り方を変えうる存在だと思っています』 無力であることを知るのはいい。でも無力であることを言い訳にしてはいけない。 志亡き力は無意味、だが力なき志は無力。 力の無い者は流されていくだけなのだ。 強くならなければならない。自分自身の思いと共に。 清心にとって陰陽師になるということは、両親の期待に副うことでしかなかった。 でも、友と出会ってその考えは少し変わった。 『僕が陰陽師になりたいと思ったのは、正直な話、それが一番自分に相応しいと思ったからでした。 僕は誰よりも優れているのだから、いつか五行を動かす人間にならなくてはならないと両親から、聞かされていたし、自分でもそう思っていました。 しかし、それは陰陽寮に入って変わりました。 自分が誰より優れていると言うのも、自分が五行を動かす存在にならなくてはならないと言うのも違うのだと、思い知らされたのです。 そして気付きました。 自分が本当に陰陽師になりたかったのかと。自分を認めて褒めて欲しかっただけではないか。と。 でも、今自分は陰陽師になりたいと思っています。 それは今までいなかった、やっと出会えた友と同じ道を歩んで行きたいと思うからです。本人にはとても言えない事ですけれど。 だから、どんな陰陽師になりたいか、目指す姿と言うのはまだ解りません。 二年、三年と進級する中でそれを必ず見つけたいと思います』 自分がどんな陰陽師を目指すか、陰陽師とはどうあるべきかを見つけ出す事。 それが清心にとって、今一番の課題である。 最後の筆が付けに置かれたのとほぼ同時。 パンパン! 寮長の手が試験の終了を寮生達に知らせたのだった。 ●小論文試験の終わりと新たな試験の始まり 試験である以上、点数が付き、成績が決められる。 寮長 各務 紫郎が並べた解答用紙の順番は『小論文試験』の成績順である。 小論文としての形式が取られているか。 感情のみに囚われていないか。 考えが纏まっているか。 そういう観点から論文を評価し、順番を付けた。 しかし、陰陽寮の進級試験、特に一年生の試験は落とす為のものではない。 進級し、陰陽術を学んで行く。その為に必要な姿勢を見るものだ。 その点で言うなら今年の受験生たちにその姿勢に欠けている者はいない。 実習成績も含めて、既に全員が合格ラインに達している。 残る試験はあと一つ。 例年賛否両論あり、昨年はこの試験故の退学者も出た。 「しかし、確認しておかなければならないこと、ですからね」 解答用紙を机の上に置いて彼は外を見た。 今年は例年より少し遅い桜が、今、満開だ。 「全員の桜が咲くことを願っていますよ」 誰より全員の合格を願う人物の祈りにも似た言葉が、花風に乗って空に高く昇って行った。 |