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■オープニング本文 遺跡発見の報に、ギルドは大いに湧きかえった。 その中で、ひとりぽつんと三成は目を閉じている。元々、皆で騒いだりするのを好む性格ではない。 「まだ、出発地点です。ここからが大変ですね」 その落ち着いた一言にギルド職員が笑った。 「えぇ、内部は広大です。遺跡の探索隊を組織せねばなりません」 「もちろん。さっそく手筈をお願いします」 頷く三成。 「それに、遺跡内部の探索だけではありません。探索のバックアップ体制然り、クリノカラカミとは何か、朝廷の真意など……どれも一筋縄にはいきませんから」 遺跡内部の探索が始まる前に、遺跡の外で起こる事件への対応も必要だ。からくり異変対策調査部は、にわかに慌ただしさを増していった。 さて、そのころの開拓者ギルドでは係員がある一通の手紙を前にため息を漏らし続けていた。 「どうしたのです?」 係員にそんな声をかけたのは五行陰陽寮朱雀の寮長 各務 紫郎である。 五行に属する人間ではあるが、ある意味朝廷の回し者では絶対にありえない。 別の要件で来た彼に係員は少し考えてその手紙を差し出した。 紫郎はそれを見て声を上げる。 「これは…」 手紙と言うのは正確では無いだろうか。 その書状の差し出し人は朝廷の大貴族、豊臣雪家。 朝廷の名代として出された、ギルドへの通告であったのだ。 『…この度の発見におけるギルドの活躍に感謝を申し述べる。 現在、ご報告をもとに朝廷にてクリカラカミとの接触に向けての使者の選定を行っており、間もなくその準備が整う見込み。 クリカラカミとの接触は天儀を揺るがすやもしれぬ重大事であり我ら朝廷が、責任を持って執り行う所存である。 今後も開拓者にはその為の準備や探索に更なる協力をお願い申し上げる次第である』 「おや、これは、穏やかでは無いですね」 声は穏やかであるが、寮長の手紙を握る手に力が入っているのが解る。 表面上は開拓者に礼を述べさらなる助力を願っているがこの文面の奥には 『クリカラカミとの接触は我々がやる。その力は誰にも渡せない。お前達はその露払いをしていろ』 という朝廷の意思が覗いて見えた。 さらに 『なお、数日後、不詳私が開拓者ギルドに赴き、この度の件についての報告を直接伺いに参る。 ぜひ、更なる詳しい資料と先に発見されたと言う御神体のご準備を願うものなり』 と続く。 「御神体?」 首を傾げた紫郎に係員は説明する 「クリカラカミの復活のカギを握ると言われている歯車です。現在、調査本部である三成様の元にあるのですが…、発見の際朝廷の者かもしれない襲撃者がそれを奪おうとしたと言う報告があります」 「それを直接寄越せとは、しかも豊臣家の内政に大きな力を持つ三羽烏の一人が出向いてくる…。朝廷も本気、ということですか…」 係員は頷いた。 そここそが、彼が悩み、ため息をついていた理由であるのだ。 「この神体を開拓者が手に入れるにあたって、朝廷が介入を行っていたらしいのです。最初は調査の妨害程度でしたが、後からはその神体を得ようともしていた。何かを意図しての事に間違いはないのですが…」 朝廷から正式に『命令』されてしまえばギルドは断れない。 だが、今まで現場で苦労していた開拓者や三成の事を思えば美味しいとこどりを狙う朝廷の動きは許容できるものではなかった。 「この件、私達に預けてもらえませんか?」 「えっ? 私達と申しますと、陰陽寮に?」 係員の問いに紫郎は頷く。 「朱雀寮の寮生や、開拓者に一時的にギルドの係員の資格を与え、豊臣公を迎え撃たせるのです」 「迎え撃つって…」 「勿論、舌戦で。豊臣公には何度かお会いしたことがありますが、理不尽な方ではなく、ご自分で納得したり、認めた事や相手には素直に引く度量はお持ちです。彼女をやり込め、負けた、と思わせられれば朝廷の意図を知るか、ギルドに調査を任せてもらう事ができるのではないかと思うのですが…」 なるほど、と係員は思う。加えて陰陽寮の寮生達であれば五行の後ろ盾を借りることもできる。まあ、それをひけらかすようではいけないが…。 「でも、何故そこまで? もし、失敗したらその責任は…」 「無論、陰陽寮が負うことになるでしょうね。…でも、我々にも家族ともいえる人形がいます。彼女を救いたいと願い、思う寮生達にできることをさせてやりたい。…国を背負う以上クリカラカミとの直接の対応はおそらく許されませんが、その助けくらいはさせてやりたいのです」 寮長の言葉を噛みしめて後、いつも依頼を出す側の係員は黙って依頼書を寮長に差し出した。 「お願いいたします」 と。 さて、この時期朱雀寮の委員会活動は自由活動になることが多い。 寮の三年生達が卒業試験の準備にかかりきりになるからだ。 今年もそうなる予定であったが、残った一年生、二年生達は集められ、先の話を聞かされる。 「無論、これは強制ではありません。ですが、もし可能であるなら受けてもらう事はできないでしょうか?」 「つまり、豊臣公をなんとか舌戦でやり込め、彼女から朝廷の思惑を聞き出せ、と?」 問う二年生に寮長は頷く。 「そうです。そして可能であれば開拓者ギルドに調査を一任してもらう言質を取って下さい。相手は豊臣公とその御付きの3名。場所は開拓者ギルド内の応接室。 直接の交渉役、サポート役、人員の配置、調整は任せられています。希望者があれば他に協力者を招くのも良いでしょう」 寮生達は顔を合わせた。 軽く言うがこれはかなりの重要任務だ。 失敗すれば事は陰陽寮だけの問題では済まなくなる。 「いいのでしょうか? 私達にそんな重大な任務を巻かせて頂いて…」 躊躇う様に俯く一年生に、だが寮長は即答した。 「いいと思うから預かって来たのです。最初から失敗した時の事を考えていたら何もできませんよ。友の為、家族の為に皆さんの全力を尽くして貰えればそれで構いません」 友、家族。 寮生達の脳裏に陰陽寮の人形 凛と彼女の主である西浦三郎の顔が過った。 最近、少しずつ笑顔が浮かぶようになってきた凛。 表向き元気であるが故にその内に憔悴が見える三郎。 友であり、家族である仲間の為にできることがあるのなら…。 彼等はそれぞれの思いを胸に抱き、依頼書を見つめるのだった。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) |
■リプレイ本文 ●委員会外部実習 …寮長に頼んで玉櫛・静音(ia0872)は寮内のある一室を訪れていた。 トントンとノックをして待つこと暫し。 開かれた扉の向こうから出てきた先輩でもある先生は、いつもの様子からは考えられない程憔悴しきった顔をしていた。 「西浦先輩…、大丈夫ですか?」 「ああ、すまない。大丈夫だ」 笑って見せる彼が『大丈夫』ではないのは承知しているが、静音は何も言わず一礼し中に入る許可を求めた。 快く迎えてくれた彼の部屋の奥に、静かに横たわる『少女』。 「凛」 そっと、静音は呼びかけた。彼女は返事をしない。静かに眠り続けている。 その横顔を確かめて、静音はぎゅっと手を握った。 そして一礼して部屋から退室する。 殆ど言葉も交わさなかった一時、けれども静音にとっては何より重要で大切な時間であった。 「…真名(ib1222)さん」 「行きましょうか?」 待っていた仲間達と一緒に彼女は歩きはじめる。 館を出て、朱雀の門を出て、自分達のやるべき事の待つ場所。 開拓者ギルドへと…。 「おっそうじ、おそうじ〜。さっ! 全力全開っ! ゴミを取ったら次は拭き掃除なり〜」 箒を持って元気よく掃除をする平野 譲治(ia5226)を 「先輩。ちょっといいですか?」 クラリッサ・ヴェルト(ib7001)は呼び止めた。 「何なりか?」 「座布団、もう少し、あったほうがいいですよね。どうしましょうか?」 う〜ん、と少し考えてから譲治はポンと手を叩いた。 「ギルドの方から借りてくれば、多分大丈夫なのだ」 私が…、と言いかけたクラリッサよりも早く、譲治は箒を置いて歩きはじめる。 「他にも貰って来ないといけないものがあるといけないから、おいらが取りに行って来るなりよ! 璃凛、手伝って欲しいのだ!」 「あ…はい。ごめんなさい。ボーっとしちゃって」 ぼんやりとしていた芦屋 璃凛(ia0303)は慌てて後を追い、 「じゃあ、私も」 とクラリッサも後に続く。 「静乃、静音。こっちは頼むのだ! すぐ戻るから。あとお香とか足りない物があれば言うなりよ〜」 「解りました。よろしくお願いします」 「…向こうに、あったら、平盆よろしく」 「解ったのだ〜! じゃあ、行くなりよ! 璃凛、クラリッサ!」 元気よく駆け出していく譲治と一年生達の足音を聞きながら、静かになった部屋で瀬崎 静乃(ia4468)は香炉を床の間の前に設える。 掛け軸の横の棚に置くが前が少し寂しい。 香のベースが梅であるので… 「梅を飾るのは野暮…かな。桜が一番いいんだけど、この辺では早いし。でもこのままだと、華やぎに欠ける様な気も…しない?」 「そうですね。福寿草の寄せ植え、などどうでしょうか? 玄関には柊を、飾って…」 保健委員二人は相談をしながら室内外を趣味良く整えて行く。 「お菓子や料理の方は任せて!」 ギルドのキッチンでは真名に彼方の調理委員会に尾花朔(ib1268)を加えた料理自慢達が甘い匂いを漂わせている。 交渉役達の控えの部屋にまで漂ってくる香りにくんくんと鼻を鳴らしながら 「雪家ちゅわんも女の子だからねえ。人並みに甘いお菓子は好きらしいぜ。ただ、舌も肥えてるだろうけど…」 喪越(ia1670)は交渉役の仲間達にそう小さな心配を口にしたがギルドの制服を纏った俳沢折々(ia0401)は泰然と答える。 「まあ、その辺は心配いらないよ。朱雀寮が誇る料理上手だもの。セッティングについてだって、ちゃんと打ち合わせしたから後は期待通りにやってくれる筈」 『そうですよ。もし心配があるとしたら貴方の方です。解っているでしょうが…』 厳しい目を向ける青嵐(ia0508)に解ってるというように喪越は手を上にあげた。 「わ〜ってるって。俺みてぇなゴロツキが出張ってもマイナスにしかならんだろうから、交渉本番は大人しくしておくって。最重要ミッション『雪家ちゅわんのハートをズッキュンしちゃうぞ☆ 大作戦♪』メインはお前さん達にお任せだ」 「ああ、任された」 帯をぎゅっと締めて、劫光(ia9510)は頷く。 今回の件は陰陽寮の中だけのことでは済まない。五行とギルドの名を背負い、さらに多くの開拓者の希望も預かっているのだ。 「郁磨(ia9365)。経過の説明などは任せた。後、俺達の会話に足りないところがあれば、フォローしてくれ」 真剣な顔で振り向く劫光に郁磨は解りました、と頷く。彼は久々津の村での捜索に参加し、御神体と呼ばれる品の入手に立ち会った開拓者の一人だ。氏子から託されたモノ。 苦労して得たそれを簡単に渡せないと言う意思は寮生達よりも強い筈だ。 「じゃあ、基本方針の確認ね。目標は何としてもクリノカラカミ捜索の主導権を開拓者に取り戻す事」 皆の準備が整ったのを確かめて、折々が交渉役を担当する仲間達の顔を見る。 「交渉のカードは御神体、情報、責任、そして開拓者であるということ。私達が五行の陰陽寮生であるってことも使えるけど、それは無言のプレッシャーにしておいた方が多分いいからね」 「やつらの情報は早い。多分、クリノカラカミについて何か知っていて、意図を持っているのだろう。秘密を持つ後ろめたさは付け込めるかもしれないな」 『後は、開拓者のフットワークの軽さや人気を上手く使えば…』 軽快に進んでいく会話に郁磨をニコニコとしながら聞いている。 噂通りのなかなかに面白い人材揃いだと思いながら。 「凛の為、だけじゃない。人形を大事に思う人達の思いを預かる以上負けられないからね」 折々の言葉に全員が頷いた時、スッと扉が開き 「先輩方」 薄紅色の着物を着たサラターシャ(ib0373)がお辞儀をした。 「間もなく刻限です。そろそろご準備を」 「よし、行くぞ!」 沢山の人々の思いと願いを込めた静かな戦いが今、始まろうとしていた。 ●迎えの花 その人物は御付きの者が馬車の扉を開けると、自分の足でゆっくりと歩いて開拓者ギルドの入り口を潜った。 彼女達が部屋に入ってくると、ギルドのホールに集まっていた者達の空気がざわりと動く。 普通の人物よりはこういう立場の人間との会見に慣れている開拓者達でも、息を呑み込む者が少なくない。 「豊臣雪家様」 迎えに出た金髪の女性が名前を呼ぶと、雪家と三人の従者がその人物の方を向いた。 女性は深くお辞儀をする柔らかい声で微笑みかけた。 「お待ちしておりました。ご案内申し上げます。さあ、どうぞこちらへ…」 美しい桜模様だが派手ではない着物を身に纏った女性は躊躇いの無い裾さばきで先頭に立って歩く。その側にさらにもう一人の少女が立って客を促した。 「うむ。頼む」 雪家の頷きに、まず側に控えていた従者の一人が彼女の前に立ち、その後ろを雪家が歩きさらに後ろを二人の従者が着くと言った形で、来客達はギルドの奥、重要なお客などが招かれる応接の間へと足を勧めた。 「少々、暗いので足元へ明かりを。宜しいですか?」 ふわりと舞う夜光虫のおかげで薄暗い廊下であるが足元は明るい。 やがて淡い光と 「ほお!」 客間への入り口、美しく活けられた桜に雪家は声を上げた。 大壷に無造作に活けられたように見えるその花は実は細心の注意を払って切られ、飾られたモノであることに彼女は気付いたからだ。 と、同時に案内役の娘の服装の意味にも目が留まる。 茶会などであれば桜の季節に桜の服を着るのは野暮と言われる。けれど、自分は歓迎を意味する花であるというのであれば、自然な事だ。 入り口には魔よけの柊がさりげなく飾られている。 扉を開けて中に入れば朝廷の習わしに沿ってと整えられた部屋。 床の間には絵の軸と入り口と同じ桜の花。 しかし白い地肌の一輪挿しに花一輪とシンプルだが美しく、客をもてなす思いが飾られていた。 柊の枝ぶりの良さ、埃一つ落ちていない掃除の行き届いた部屋。甘く優しい香り。 「良い設えだ」 上げられた声に様子を窺っていた寮生達。花を整えた泉宮 紫乃(ia9951)はホッと安堵の笑みを零した。 準備にあたった者達の努力が認められたのだ。 だが、本番はこれからである。 中に控えていた者達は雪家とその従者に上座を譲ると深く、お辞儀をした。 仲間達に目で促され代表役としてまず折々が挨拶をする。 「豊臣雪家様にはこの度は御足労頂き、まことに恐悦至極に存じます。私はこの度会談の任を任されました。俳沢折々にございます。こちらは郁磨、劫光、青嵐、そちらにおりますのは書記を務めますアッピン(ib0840)。どうぞ、よろしくお願い致します」 続いて他の者達もお辞儀をすると雪家も軽く頭を下げて応じたのだった。 「朝廷より参った豊臣雪家と申す。お手柔らかにな」 「お茶をお持ちしました。どうぞ…」 「はいなっ! 長旅、お疲れ様でしたのだっ! 皆さんもまずはゆっくりして下さいなのだ! 璃凛! クラリッサ!」 「「は〜い!」」 雪家と交渉人達の前に静乃がお茶と茶菓子を運ぶのとタイミングを合わせて、譲治、璃凛、クラリッサ。陰陽寮の年少組が後ろに控える護衛達に駆け寄ってお菓子を渡す。 その服装も仕草も子供らしく愛らしくて、おそらく武人としてかなりな実力を持つ筈の彼らも、毒気を抜かれた顔で菓子とお茶を受け取ってしまう。 「流石というべきかな?」 「さて、何の事でしょう?」 ニッコリと笑う雪家に折々はニッコリと笑い返す。 「それよりまずは御一服どうぞ。我らが腕利きの料理人の腕を振るいました五行の草餅と創作菓子雪降り餅と雪せんべいでございます」 「では頂こうかの」 含んだ笑いをして雪家は茶をすすり、餅を口に運んだ。 「ふむ、なかなかの美味。腕の良い料理人がいると見える」 「ありがとうございます」 折々は深々お辞儀をすると、今度は真剣な眼差しで雪家を見る。 「では、本題に移らせて頂きたいと思いますがよろしいでしょうか?」 相手の心を無事緩ませることができただろうか。 不安な気持ちを隠しながら折々は仲間達を見て、そして頷いた。 「此度の御足労にあたり、人形の運動停止に伴う調査の結果をまずは御報告させて頂きたいと存じます。それから、今後についての話し合いを」 「では、最初に僕から御神体を得るにあたった経緯などをご説明させて頂きます」 立ち上がった郁磨の動きに合わせて劫光達が用意した資料や地図などを参加者達の前に広げた。 作業が終わったタイミングを見計らって郁磨は立ち上がり、お辞儀をして後、雪家を見た。 「その前に、失礼を承知でお伺いさせて頂きます。我々が久々津家に接触した際妨害に来た者達について、お心当たりはありませんか?」 「知らぬな」 間髪を入れぬ返答。 部屋の中にいる者達も様子を窺う仲間達も息を呑み込む。 緩やかで春のようだった空気が一気に張りつめた。 「解りました。では説明させて頂きます」 話し始める郁磨。護衛の者達の顔からも寮生達からも笑顔は消えた。 微かな笑みを浮かべるのは雪家のみ。 本当の『戦い』はこれから始まろうとしていた。 ●交渉…そして 「そういうわけで、我々は久々津の方より御神体と呼ばれる品をお預かりするに至ったのです」 郁磨の話を雪家は余計な口を挟まず黙って聞いていた。 「なるほど。大義であった。で、その御神体とやらはいずこにある」 「現在は三成様がお持ちかと。開拓者ギルドにてお預かりは致しておりません」 青嵐が資料を見ながらそう答える。仲間達が集めてくれた情報は頭に入っているがポーズも必要だ。 ん? と雪家が眉根を寄せる。 「御神体を準備し、速やかに引き渡す様にと伝えてあった筈だが?」 怒った風を見せる雪家。 まだそれほどのプレッシャーを感じる訳ではないが、こちらの立場は低い。 今は下出に出ておくのが先決と、折々は頭を下げた。 「はい、申し訳ございません。ですが、昨今は何かと物騒。開拓者ギルドに置いておくよりは、と三成様にお預けしているようでございます」 「なるほど、一理ない訳でも無い。ならばその件については後ほど三成に問うとしよう。大義であった」 頷いた雪家は手元の茶を飲み干すと、フッと笑ってこちらを見た。 「いい加減、腹の探り合いは止めぬか?」 こちらとは交渉の場に立つ四人や書記官だけではない。部屋の様子を窺う者達全てをこの場合意味する。 いきなり切り込まれて驚く彼らにどこか悪戯っぽい笑みを見せる雪家は湯呑を置いて言う。 「それで、お主達は何を言いたくておる? 説明の為のギルドの係員とは思うてはおらぬぞ」 (お見通し、か。なら、余計な小細工はしない方がいい) 雪家に心の中で感嘆の声を上げつつ、折々は深く頭を下げた。 「恐れながら、この一件を含みます人形の機能停止、そしてクリノカラカミに纏わる事件は天儀を揺るがすやもしれぬ重大事であると我らは認識しておりますが、それに何か誤解はありましょうか?」 「いや、ない。この件に関しては朝廷のみならず天儀全ての民を揺るがす重大事であること、先に告げた通りである」 「御察しの通り、我々は今回の件に着きまして豊臣公の下知を受け、確認と交渉を任されました開拓者にございます」 身を低くしたまま、折々は雪家を見る。彼女は思った以上に強かなようだが、負ける訳にはいかないのだ。 「クリノカラカミとの接触は大事であり、また何が起こるか分からない危険も多くございます。だからこそ、開拓者が乗り出すべき事案だと思っておりました。ですがまさか朝廷がその役を買って出て下さいますとは感謝の言葉もない程、恐れ多きことと存じます」 「ですが、調査にはやはり危険も多くございます。御神体は先の説明にありました通り「謎の一団」に襲われたという話朝廷の使者の方々に万が一があれば、それこそ一大事。 安全が確認出来るまでは、このまま我らにお任せいただくことはできませんでしょうか?」 折々の後を継いだ青嵐の言葉に雪家はなるほどと頷く。 「主らの目的はこの調査における朝廷の介入の排除か?」 「排除などとはとんでもございません。「天儀を揺るがすやもしれぬ重大事」があれば「朝廷が責任を持って対応してくれるのであれば、まことに心強きことにございます。ただ、この一件、既に人々の注目も高き事例。もし万が一の事あれば朝廷に大きな傷とはなるまいかと、心配することをどうかお許しいただきたく…」 首を横に振り、ひたすらに朝廷を立てる折々。その言葉と態度を受けて青嵐は再び、言葉を繋げる。 「加え、開拓者は民に近く、彼らの成功を我が事のように喜ぶ民も多い。今までの報告書も緘口令が敷かれていない以上、経緯を瓦版などで見知ったものも居ることでしょう。 それをいきなり朝廷が主導権を握るとなればどうでしょうか? 公的な発表があろうと民は朝廷に疑惑の目を向けかねません」 二人の言葉は丁寧だが、要するに『この無理筋を通すのであれば、以後起こりうる危機について当然朝廷が先陣を切るのだろうな』と言外にプレッシャーをかけているのだ。 「主らの言い様では朝廷は、危機や難事のみを開拓者に任せ、美味しい所のみを盗み取る盗賊のごとき…じゃな」 「いえ、そんなことは…」 「そうとも言えるかもしれない」 慌てて否定しかけた折々を遮ると今まで沈黙を守っていた劫光が静かにそう言った。真っ直ぐに雪家を見て。 「ちょっと!」「劫光さん!」 止めようとする二人を制したのは誰であろう雪家で、立ち上がりかけた護衛も止めて、彼女は劫光の目をまっすぐ見つめ返した。 「何が言いたい?」 「朝廷はクリノカラカミが何なのか知っているのではないか? そしてそのクリカラカミで何かをしたいと言う明確な意図を持っておられるのでは?」 「だとしたらどうする?」 交差する視線から、先に目を動かしたのは劫光であった。 「我々にそれを邪魔する意思はない。この件に関る者達、その望みの多くは動きを止めた人形達を救い出す事だからだ。…だが秘密はいつか漏れるもの。一開拓者が容易に想像する程、秘密は秘密で無くなっている。なれば隠すよりも知らしめたほうが良いこともあると思う」 背中をまっすぐ伸ばし、胸を張る。襟元の小さな印が光を弾いて輝いた。 「我々は久々津家の信頼を持って御神体をお預かりしました。「あの様な野蛮な連中に御神体を無闇に弄られるのだけは許せないから」と。 …朝廷がそれを欲するとしても代々祀り護ってきた彼らの意向を無視するのは良くないのではありませんか? …理由が在るのならば兎も角、ね?」 片目を軽く閉じて見せるが、直ぐに背筋を伸ばしなおす郁磨を見て、頷いて劫光は雪家に告げる。心からの思いを。 「開拓者は朝廷直轄。命令あれば応じる。だが道具ではない。嫌とは言わないが、我らの間に不審あらばつけ込まれる」 「付け込む相手は誰と?」 「無論、アヤカシだ。神妙船捜索の時も奴らが関わってきた。北面の戦いを見ても解る通り、アヤカシの脅威の前には人同士が争っている場合ではないのだと解って欲しい」 そこまで言って劫光は頭を下げた。土下座にも近い程に深く、深く敬服の仕草を取って。それを見ていた折々、青嵐も郁磨も、書記であるアッピンさえも同じようにする。 まるで小さなプライドより大切なものがあるのだ、と言う様に。 「失礼いたします。お茶とお菓子の替えを持ってまいりました」 場の空気を変えようとか、紫乃がスッと扉を開け、また閉めた。 その一瞬で雪家は見る。外で控える者達も、同じ心で同じ行動をとっていたことを。 中にいる雪家達には見えも解りもしないのに。 「そなたらも、同じか?」 雪家の突然の問いにだが、戸惑う様子を微塵も見せず 「はい」 と紫乃は答え、雪家の前に茶を差し出す。 武骨な落雁とさっきとは違う辛めのせんべい。桜の花饅頭。 差し出された菓子一つ、添えられた花の一輪、部屋に漂う香にさえ、この席を整えた者達の思いが感じられる。 小さく口角を上げた雪家は劫光達の前で手をひらりとかざすと、顔を上げさせた。 そして言った。 「では逆にお主たちに問おう。この件は既に人形の機能停止の回復のみに留まらず大きな意味を持っていることはお前達も察する通りだ。故に失敗すればそれ相応の責を負うことになる。お主たちにはその覚悟があるのか?」 返事は即答で返る。 「勿論」 ククク、フフフ。 部屋の中だけではなく、外からも聞こえた思いに小さな笑いをこらえていた雪家は、やがて大きな笑い声を上げ始めた。 大爆笑とさえ言えそうな笑い声の意味が解らず、首を傾げる者達に笑い終えた雪家は目元の涙を指で拭うと 「お前達の勝ちだ」 そう告げた。 「えっ?」 「朝廷は遺跡探索とクリノカラカミの会見に関しては手を引こう。開拓者に任せる」 思いもかけず早い結果に彼らは目を丸くして顔を見合わせた。 「本当でございますか?」 確認するように問う折々にうむ、と雪家は頷いて見せた。 「但し、条件もあるがな」 「条件?」 驚く彼らは、雪家の出した『条件』を聞いて、さらに目をまるくしたのであった。 そして、数刻後。 会談とその後の軽い茶会を終えて雪家は帰って行った。 それを見送りながら 「ふう」 息を吐き出す折々を 「お疲れ様です」 アッピンは優しく労った。 「本当に、一時はどうなることかと思ったよ」 「でも、成功して良かったです。交渉役の皆さんのおかげですね」 静乃の言葉に折々はううん、と首を横に振る。 「皆のおかげ。本当に良かった。ありがとう」 その言葉と責任を果たした喜びに誰からともなく笑顔とが零れ、溢れた。 「郁磨もご苦労だったな。ありがとう」 「いえいえ、お役にたてたのなら何よりですよ。御神体も渡さずにすみましたしね」 「…にいやは少し言葉、キツかったんじゃ、ない?」 「いや、追及したり、責めたりする意図はなかったんだがな」 「でも、あそこが聞いていて一番ドキドキしたわ」 「しかし顔色の一つも変えず、冷静に対処するあたり、流石朝廷内の人事を采配するお方ですね。私の人魂にも気付かれておられたかもしれません」 「うん、それに意外に可愛い子だったぜ。こういう時でもなけりゃ、お茶の一つにでもお誘いするんだが…」 『雪家様に変な手出しをしないで下さいね。こちらが手打ちになりますよ』 「警護の人達も、けっこういい人だったなりしね」 「腕は相当なものだと思いますから、万が一にも戦う事があったら私達では歯が立たなかったでしょうけれど…。いいとこ劫光先輩達くらい?」 「ああ〜、私ももっと経験積んで強くならないとなあ〜」 「あ、でも…」 ふとアッピンが呟く。皆のそれとは違うトーンに 「?」と折々は首を傾げた。気心の知れた同輩の目に気付いてアッピンは少し声を潜めて、折々だけに囁く。 「なんとな〜く、ですけど豊臣公といえば、みっち〜にいろいろ便宜を図っているようですし、本心では開拓者に任せてもいいんじゃないかなぁって、最初から思ってたんじゃないか、って思うんですよ」 いつも大事なところで確信をつく友の言葉に折々も頷く。 「ああ、それはそうかも。多分、どっちかというと他の上の人達よりは最初から開拓者に向けて天秤が傾いてる感じ、かな?」 「ちょっとまだるっこしいかな? と思いましたが、ま〜個人的な心情と、朝廷の重役として私情を挟めない部分があるということなんでしょうね〜」 「うん、面倒なことになると解っていても我々を信じて任せてくれたのだから、頑張らないとね」 「はい。っと後で今回の報告書纏めておきますね」 「よろしく。得た情報の包み隠さない報告は、『条件』の一つだから、ね」 『条件』 その言葉に仲間達の間に再び笑顔の花を咲かせた。 彼女が出した条件は三つ。 『絶対に探索を成功させる事』『得られた成果や情報は全て包み隠さず報告すること』 そして… 「良かったのでございますか?」 帰り道、側に仕える付き人の一人が雪家に問う。 「何が?」 「さっきの件でございます。事態の主導権をギルドに任せてしまって。朝廷主導で、と言うのが皆様のご意向であったのでは?」 「気付かなかったか? 先の交渉役達はおそらく殆どが、五行の陰陽寮生だ。五行を敵に回すは面倒であるからここは三成の顔を立てて引いた方がいいだろう。こちらが勝手動いた弱みもある」 気遣う部下に雪家は表向きの理由を答えた。 大伴は元より開拓者寄りであるし、藤原も五行の名を出せば大きく文句は言うまい。 彼らは一度も国の名を出さなかったが、だからこそ、彼らの後ろの力は無視できない。 それに…あれだけの気遣いと演出。 「事というのは一人、二人よりもたくさんの力を合わせた方が大きな力を発揮できることもある、ということだ」 「はあ、そのようなものでしょうか?」 「そのようなものだ。それに…」 雪家の続く言葉は独り言のように小さな声で紡がれた。 前に座る付き人にも気付かれないほどに。 「それに奴らの目的が人形の再起動にのみあるのであれば、それを終えてからでも目的に支障はあるまい」 「はっ? なんと?」 なんでもない。と手を横に振り、雪家はそう言えば、と御土産に貰った菓子袋を撫でる。 『条件』の三つ目に貰ったもの。新作菓子とやら。いずれ作り方を聞くのも悪くない。 「暫く楽しめそうで嬉しいことだ」 「えっ??」 話の筋が読み切れず、瞬きする部下の顔を見ながら、雪家はくすくすと声を上げて笑うのだった。 ●願いの花咲く ひゅるるる〜。 ごおっ〜〜! 唸り声を上げて吹き抜ける風に慌ててカミール リリス(ib7039)は開けていた窓際に駆け寄って窓に手をかけた。 今日はここ数日では珍しくいい天気だったから油断をした。このままでは図書室に砂埃が入ってしまうだろう。 ふと、外に朱雀寮を取り巻く桜の木が見えた。 入寮試験の頃は葉桜の新緑がまぶしかったが、今はうっすらと桜がかっている。 蕾は固いが花の準備はもう整っている筈だ。 花の咲く頃には進級試験、そして花が散れば卒業、進級が待っている。 この一年、いろんな事があったが、朱雀寮の姿勢は一貫していた。 そして、今も仲間や先輩達は強敵に挑んでいるのだ。 全ては大切な、誰かの為に…。 「…みんな、大丈夫でしょうか」 そう呟いた時、カミールは閉めようとした窓の外、桜の木の向こうから聞こえて来る声にその手を止めた。 「…あっ!」 「リリス!!」 走り寄ってくる璃凛。そして先輩や仲間達。 その一足早い満開の笑顔に向けて、カミールは大きく手を振ったのだった。 その後、開拓者ギルドに豊臣公より正式な書状が届く。 『遺跡の捜索と、クリノカラカミとの発見、および会見に関して開拓者ギルドに一任するものとする。 但し絶対の成功と、成果の報告が条件である』 これにより、人形達を巡る事件は最後の山場を迎えようとしていた。 誰の為にも決して失敗の許されない…。 |