【南部】天儀から吹く風
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/08 01:43



■オープニング本文

 メーメルの復興と南部辺境の活性化を目的とした劇場が建設されると決まったのは確か昨年の秋から冬にかけてであった。
 その後、大きな噂を聞くことは無かったが冬の間のジルベリアは例年身動きが取れない程の大雪である為、その期間にデザインの決定やスタッフの確保、資材の発注などを行い、雪が多少なりとも少なくなった3月から徐々に建設準備が始まったらしい。
「らしいじゃなくて、始まったんだよ」
 そう告げたのは南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの甥であるオーシニィ。
 あまり勝手に出歩けない辺境伯の名代として、開拓者に依頼を出すことが多い。
「建設は急ピッチで進んでるから早ければ五月くらいには開幕できるんじゃないかな? 今はスタッフを集めているところ。四月には出演者集めてこけら落としの相談とか始める予定なんだけどその前に、天儀に詳しいと見込んで開拓者にお願いがあるんだけど…」
 オーシニィの言葉に、係員は首を傾げる。
「天儀に詳しい、と言いますと?」
「ちょっと人を探して来てほしいんだ。劇場のスタッフとして来るはずの子が音信不通になっちゃって…」
「音信不通とは穏やかではありませんね…」
 そんな会話の後、係員は話を聞き依頼を受理した。
「つまり、捜して欲しいのは冬蓮という青年ですね」
「うん、多分歳は15歳か、16歳。僕より少し年下の筈。天儀で服飾の仕事をしていたんだけど、天儀の服とジルベリアのドレスを合わせたような浴衣ドレスってのを作って少し話題になったんだって。
 天儀とジルベリアの服を融合させる発想が劇場の衣装担当の目に留まって、新劇場のスタッフに招いて勉強がてら働いてもらう予定なんだけど…」
「その子が音信不通になった。と」
 そう、とオーシニィは頷く。
「神楽の都の家は引き払われていた。取引先も友人もジルベリアに行くから暫く休むっていう話を聞いてる。だけどとうに出発していてこちらに着いていなくてはならないのに、未だ来ない。消息不明なんだ」
「家族は心配していないんでしょうか?」
「連絡先であった神楽の都の家は、借家らしくて既に引き払われていた。でも僕らは忙しいし土地勘がない。手紙は出したけど、ここにはいないって兄からの返事があっただけ。
 気が変わって実家に帰ったというなら、まあいいんだけど何か事故とかあったとかだったら大変だから調べてきてほしいんだ。そして、何かトラブルがあるようなら、その解決を。
 別に彼がいないと劇場が開幕しない、って訳じゃないけど、せっかく期待されてた子だから…とおじさ…基、辺境伯からの依頼です。よろしくお願いします」
 そう言ってオーシニィは資料と依頼料を置いて帰って行った。
 冬蓮、15歳。
 銀の髪、青い瞳。
「天儀風の名前の割に変わった外見してるな」
 係員は思う。きっとジルベリアに何か関わりがある子なのだろう。
 だから、ジルベリア風の服を作った…。
「まあ、とにかく調べてみないとな…」
 そう言って係員は動き出す。
 彼のおかれている状況を、当然想像はできなかった。

 その状況とは…
「兄さん! ここから出して。お願いだから行かせてよ!」
「ダメだ! 絶対に許さん!!」
 兄による軟禁である。
 周囲の者達が噂するほどの仲の良い兄弟であった筈の二人はここ暫く毎日大ゲンカだ。
「服の勉強なら天儀でだってできるだろ!」
「服の勉強だけじゃない。父さんの故郷で父さんが見て来たものを見てみたいんだ!」
「ダメだ! ジルベリアなんかに絶対行かせない!」
「秋成兄さん!!」
 秋成と呼ばれた青年は扉を閉めると外から棒で閉じる。
 窓も打ち付けてあるから外には出られまい。
 ここは神楽の都で自分が借りている拠点の家。
 少し郊外だし弟の借りていた部屋とは離れているから簡単には探りあてられないだろう。
 ドンドンと扉を叩く音がするが、無視して歩き出す。
 と、中に入る前に外の壁に立てかけておいた剣を取り、握り締めた。
 煌びやかな剣は父の形見。
 彼らの『父』はジルベリア人の騎士であった。
『秋成。この子はお前の弟だ。しっかり守ってやってくれ…』
 この剣を自分に預けてくれた父の声が今も耳に残る。
 別に弟の夢を邪魔したいわけではない。
 開拓者としてジルベリアという国を知るにつけ不安が募るのだ。
 今、弟をジルベリアに行かせたら、二度と戻ってはこないような気がして…。
「父さん 母さん 俺はどうしたらいいんですか?」
 吐き出したため息にも似た呟きに、勿論誰も、返事を返してくれなかった。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
観那(ib3188
15歳・女・泰
アリス ド リヨン(ib7423
16歳・男・シ


■リプレイ本文

●少年の影を追う
 メーメルの衣装係が行方不明。
 その捜索を頼みたい。
 グレイス辺境伯よりの調査依頼を受けた開拓者達は依頼書と、調査資料を手に神楽の街を歩く。
「冬蓮くん…っすか? まだ若いのに行方不明とか心配すね…って、どうしたんすか?」
 アリス ド リヨン(ib7423)はやや後ろ、思案顔で歩く二人と一人に声をかけた。
 一緒に書類を見ながら歩いていたからす(ia6525)も怪訝そうだ。
「なんか心当たりでも?」
 小首を傾げる観那(ib3188)に
「心当たり…というか、面識。ちょっとあるような気がするの。名前に聞き覚えがあるような気がして、ずっと考えていたのだけれど…」
 柚乃(ia0638)は頷いた。
「お兄さんの名前は秋成さん。弧栖符礼屋さんの美波さんのお友達で、家事の得意な男の子…。以前、冬蓮さんが誘拐された時と、バレンタインの時に会ったことがあるの…」
「弧栖符礼屋…ああ、いつぞやのバレンタインの時の発案者、か。どこかで名前を聞いたような気がしていた。うん。確かに」
 晴れやかな顔に戻ってニクス(ib0444)はポンと手を叩く。
「弧栖符礼屋には何度か世話になったことがある。美波には好きな子がという話は聞いたことがあるような気がするが、なるほど彼女の友人だったのか」
「恋人かもしれんがの」
 からすは微笑しながら肩を竦めた。
「で、お主は何を悩んでおるのじゃ?」
 声をかけられて氷海 威(ia1004)は、ハッとした顔で仲間を見ると慌てて首を横に振った。
「いや、ちょっと気になることがあっただけです。どうぞお気になさるな」
 威自身はその少年自身とは面識はない。
 ただ、メーメル、ひいては南部辺境に関わる者の事件と思うとある事が頭を過ってしまう。
(フェイカー。いや、まさかそこまで手を回しはすまいか…)
「でも、誘拐っすか〜。穏やかじゃないっすね〜」
「あの時は…、開拓者であるお兄さんの恨みに…巻き込まれていたから、今回は…違うと思うけど」
「とにかく関係者や兄の名前が解るというのなら重要な手がかりだ。手分けをして探すとしよう」
 からすの言葉に開拓者達は頷く。
「私は空や陸、空港や精霊門などを調べてみる。ジルベリアに出る予定であったのなら何かしら記録があるやもしれん」
「はい! じゃあ、私もお手伝いします!」
 観那が元気よく手を上げた。
「それじゃあ、俺は周辺関係の聞き込みにあたる。工房があって、それを引き払ったというのなら手伝った知り合いなどもいるだろうからな」
「仕事関係者には挨拶をしているだろうしな。その辺の調査をすれば、どこで消息を絶ったか解るかもしれぬな」
「じゃあ、オレもお手伝いするっす。家財の流れを追えば冬蓮様の足取りも掴めるかもしれないっすー」
 男三人と、少女二人のチームができる。
 普段なら偏りが心配なところであるが、ここは神楽の都だ。心配はいるまい。
「柚乃様はどうするっすか?」
「私は…秋成さんの所に、挨拶に行ってみようと思うの…」
「場所は解るのか?」
「あ…。じゃあ、先に美波さんの所に行って、聞いてみる。…会ったことあるから…」
 これで、全員の行動が決まった。
「よし、では始めるとしよう」
 それぞれが自分のやるべき事の為に動き始める。
 その一歩を
「柚乃殿」
 からすは一人分だけ少し引きとめた。
「なんですか?」
「気を付けて…」
「?」
 首を傾げる柚乃に理由は答えず、からすもまた動き始めたのだった。

●辿り着いた先
 春めいているとはいえまだ寒さの残る四月。
 時折吹きつける強い風に身を震わせながら、柚乃は目の前に立つ青年をじっと見つめた。
 開拓者、サムライ秋成。
「君は…あの時の」
「お久し振りです、秋成さん」
 二年ぶりに会う彼は最初、訪ねてきた柚乃を笑顔で出迎えてくれたのだが、
「冬蓮クンはジルベリアへ…?」
 その言葉で凍りつく様に表情と動きを止めた彼は彼女を家の中へ入れてくれなかった。
 それどころか玄関先で彼女が話をするたびその顔は明らかな不機嫌を浮かべて行く。
「それで…、ジルベリアの辺境伯から、依頼を受けて…冬蓮さんを探しています。美波さんは、お兄さんと話をする為に冬蓮君は、故郷に帰ると言っていた、と教えてくれました。
 冬蓮君の様子や、ジルベリア行きの事、その他、なんでもいいです。何かご存じありませんか?」
「…知らないな。俺はあいつの仕事の事については何も知らないんだ。ジルベリア行きについてもあいつは勝手に決めた。その後の消息も君達の役に立てることは何もない」
 そう言った時、家の中からカタン!
 何かが動くか落ちるような音がした。
「お客様?」
「いいや、誰もいない。何もない。君には関係ない」
 青ざめた秋成はそう言って話を切ると柚乃に背を向ける。
「悪いがこれから用事があるんだ。またにしてくれないか?」
 これは拒絶の意思であると判断し、
「わかりました」
 柚乃は頭を下げた。
 家に戻って行く秋成。柚乃の眼前で扉は音を立てて閉められた。
「さて、どうしましょう」
 立ち尽くす柚乃をその時
「柚乃殿」
 背後から呼ぶ声がした。
 振り返れば
「みなさん」
 そこに仲間達が全員揃っている。
「どうしたんですか?」
「あの家に人の気配は無かったかな?」
「?」
 慌てて駆け寄る柚乃を路地裏に引きこんで後、からすは柚乃に問う。
「誰かいたようではありますけど…」
「そうか、やっぱりな」
 腕組みをする威や頷くアリスの様子に首を傾げる柚乃に目を合わせると、ニクスは皆に目線を送って後、答えた。
「おそらく、あの家に冬蓮がいる」
 と。

 開拓者達の調査の結果は全て、冬蓮が消息を絶ったのは神楽の街であると告げていた。
「天儀の工房は引き払われていた。一部の品は友人に譲られたり、弧栖符礼屋の娘に預けられたりしていたが、冬蓮殿は確かにジルベリアに行くと言って旅立った。だがその前に一度故郷に戻り、兄と話すとも言っていたそうだ」
「でも〜、港でも門でも冬蓮さんを見かけた人はいなかったんです。で、お兄さんの方を聞き込みしたら最近、仕事も受けずに家に籠りきりだとか、食べ物は近くの店から運ばせているけれどそれは二人分で、時折言い争うような声が聞こえるとか…」
「周りの人は冬蓮様が行方不明だなんて知らないっすからね〜。以前は仲がいい兄弟だったのになんだか最近ケンカしているようだって普通に話してくれたっすよ」
 威、観那、アリスと続けて調査報告を述べ、最後にからすがふっと鼻を鳴らす。
「そもそも弟がいなくなっていると聞いた時点で何も行動していない事が可笑しい。彼が何か知っているのは明白なのだ。しかも、彼は君に言ったのだろう? 役に立てることは何もないと。役に立てそうにない、ではなく…。つまり役に立てないことを確信している訳だ」
「あ…」
 小さく声を上げた柚乃の頭をぽんと撫でて、ニクスは頷く。
「行こう。どんな理由があるかは解らないが、こんな不自然な事は早く止めさせてやったほうが冬蓮君だけではなく彼の為でもあるだろう」
 そして、数刻後彼等は秋成の拠点の前に立ち、柚乃は再び彼の家の扉を叩くことになったのだ。
 柚乃ははっきりとした声で秋成を呼ぶ。さっき会っているのだ居留守は通じない。
「秋成さん、冬蓮君を迎えに来ました」
「…中に入れ」
 現れた秋成は集まった開拓者の顔ぶれを一瞥するとそう言って中へと促した。

●閉じ込められた翼
 開拓者達を案内するかのように前を歩いた秋成はある部屋の前で足を止めた。外から閂のかけられた部屋。
 人の気配を察したのだろうか?
「そこに誰かいるんですか!」
 部屋の中からそんな声がした。
「冬蓮さんですか?」
 観那の声にはい! という返事が返る。それを聞いて、開拓者達は目の前に立つサムライの顔を見た。
「何故、こんなことをするんですか? ジルベリアに行かせたくないから?」
「…まだ一四歳の、たった一人の弟が、見知らぬ儀に行くと言う。止めない家族がいるか?」
 一瞬の間を置いて答えた秋成に開拓者達はそれぞれの思いで顔を見合わせた。
 そしてからすが一歩進み出て秋成に告げた。
「君は『翼を傷つけてまで鳥籠の中で飼う』気かね。夢見る翼は止められない。君は弟が自分の手の届かない所へ行くのが不安なだけではないのか? 離した鳥が戻って来る事を待つことができないのだろう?」
「確かに心配は解るっすけど、メーメルも神楽の都もアヤカシは出るすし陰謀もあるすし治安はどっこいドッコイす。でも先の合戦で一夜にして壊滅してしまった村がある位すから天儀の何処にいても安全って事は無いと思うすよ。
 それに神楽の都で仲間もお友達もおられるならジルベリアでも仲間もお友達もできると思うす」
 懸命に言うアリスの言葉を受けて観那も一生懸命に言葉を紡いだ。
「弟さんの夢や考えも聞いて…できれば認めてあげて下さい。弟さんも同じように、考えて考えて、死ぬ気でやりたいと思ったからこそだと思います。私も、この年で開拓者なんて、出稼ぎなんてと沢山言われました。でも村の皆の役に立ちたかった。仕事して色んな人の役に立ちたかった。だからここにいます。ジルベリアに留学なんて、きっと相当な覚悟だと思います!」
「若い内の苦労は買ってでもしろと言うすしオレも親元や兄上の側を離れてるっすけど
信頼して出してくれた家族に感謝してるす。
 …秋成様も冬蓮様を信頼して出してはくださらないすか?」
 秋成は顔を背けている。思いを握り締めるかのように手と唇を固く結んで。
「心配するのは判る。だが彼も一個の人間だ。閉じ込めておくわけにはいかないだろう?」
 開拓者の一言一言が、静かに、だが確実に秋成の心の天秤を傾けさせていくようだ。
 威は彼の様子を見ながら思った。
(この人は…もしや)
 目を閉じた秋成の手を柚乃はそっととって握り締める。
「冬蓮クンがこれからどうしたいのか。彼の人生は彼のモノであり、彼自身が決める事。
 もしお兄さんの言うとおりの道を選び、挫折に追い込まれた時、きっとお兄さんのせいにしてしまう…。お願いだから…後悔だけはさせないで」
 その時、柚乃は聞いた気がした。音がするほどに噛みしめられた唇の音。
 それはきっと彼の決意の音。
「えっ?」
 手を乱暴に振りほどいた秋成は黙って開拓者に背を向けると扉の閂を開けた。
 転がるようにして外に出てきたのは銀髪の少年、冬蓮。
「兄さん?」
 彼は自分に背を向ける兄に呼びかけた。
 帰ってきた返事は
「お前の好きにしろ」
「兄さん!! ありがとう!!」
 背後から抱きついて飛び跳ねんばかりに喜ぶ冬蓮に開拓者はホッと胸を撫で下ろす。
「では茶でも入れよう。如何かな?」
「あ、じゃあ、僕がお菓子を用意します!!」
 暖かい空気が広がる家の中。
 だが開拓者達の幾人かは秋成の表情にまだ残る『何か』を感じていた。

●旅立ちを見送る者
 そして、数日後。
「今回は、本当にありがとうございました」
 明るい顔で立つ冬蓮の姿と、それを見送る開拓者達の姿があった。
「皆さんのおかげで、旅立つことができます。このご恩は忘れません」
 頭を下げる冬蓮に
「しっかりのお」
「いろいろ大変でしょうけれど、頑張って下さい」
「応援してます! 日々是鍛錬です!」
「辺境伯はできた人っすから、心配しなくてもいいっすよ」
「メーメルの劇場、か。義妹が世話になるかもしれない。その時はよろしくな」
「お兄さんの気持ち、解ってあげて…。そして、頑張って…」
 開拓者達はそれぞれに励ましの言葉を贈った。
「はい…。兄も僕の夢を遮るつもりは無かったのだと解っています。きっと、僕が側を離れ他国に行くことを心配して…、いろいろ迷惑をかけてきたから…」
 顔を上げた冬蓮はそう呟いた。
 大切なものを抱きしめるように…。
「でも、兄に心配かけてまで旅立つ以上、必ずしっかりとした成果を出して、成長して戻って来ます。ジルベリアで一生懸命頑張りますから!」
「おお! その意気だ。しっかりやれよ」
「はい! 皆さんもお元気で。もし、メーメルでお仕事をされるときはぜひ顔を見せて下さい。楽しみにしています!」
 そう言って冬蓮は手を振ると飛行艇への階段を上って行った。
 離陸まであと少し。遠くない所に秋成の気配を感じるが開拓者達は気付かないふりをした。
「しかし、秋成殿の心配がまさか手元を離れる事、ではなく『ジルベリアに向かう事』にあったとは…」
 遠ざかって行く少年を見送りながら威は組んだ腕に知らず力を込めた。
 秋成が冬蓮を開放して後、彼の様子が気になった威は問うたのだ。
「秋成殿には、冬蓮殿の渡航に何か特別な御懸念がおありなのでしょうか…?
 単に長旅の道中や、離れて暮らす事への御心配から、ここまでの事をなさる方とはお見受けいたしません…。先ほどの事も本心からとは…」
「…聞かせて、本当の事。冬蓮クンには言わないから」
 柚乃と威。二人の問いに秋成は冬蓮を遠ざけて後、答えてくれた。
『俺たち…いや、冬蓮の父はジルベリアの貴族だった。かつて天儀に留学中、母上と出
会い国を出奔したと言う。ジルベリアは民の外国移住を認めない国と聞く。もし、父上の咎があいつに及んだら…とそう考えた。ジルベリアでなければ、素直に見送れたんだが…』
「その懸念、杞憂とは言えないな。実際にそんな話があると聞いたことがある」
「ん」
 ニクスの言葉に柚乃は小さく頷いた。柚乃はそんな恋人達を助けた事さえあるのだ。
「ちと、キツイことを言ってしまったかな」
「俺も、っす」
 下を向いたからすとアリスにだが、とニクスは首を振る。
「夢見る翼は止められない。君達の言うとおりだ。そして、彼は信じてその翼を大空に放ってくれた。ならば、我々はその翼を守ろう」
 秋成はジルベリアに共に行っては? という開拓者の誘いには首を横に振っていた。
 故郷には彼の収入と守護を頼る村人が多くいるのだと。
 ならば冬蓮に何かあった時、助けるのは開拓者の役目だろう。
「オレも出来る限りお守り致しますっすからお願いするす」
 アリスはそう言って頭を下げた。
「…約束、はできませんが、もし困った事があれば力になりたいと思っています」
 柚乃は約束をしない代わりに誠実に答えた。
「もし心配だというなら何かあった時、俺たちを雇ってくれればいい。貴方の思いは見て取れる。決して悪いようにするつもりは無い」
 そしてニクスは強い思いでそう伝えたのだ。
「あ、飛空艇が飛び立ちます!」
 観那が空を指差した。
「良き結果が出るといいの」
 開拓者の願いと少年の夢を乗せてゆっくりと飛空艇がジルベリアに向かって船首を向けて浮かび上がって行くのを開拓者と、少年の兄はいつまでも見つめていたのだった。