|
■オープニング本文 普段であれば貴族に呼び出されはしない。 貴族など敵であっても味方であった試しなど殆どないのだから。 だが、その日彼はある貴族の館に足を踏み入れていた。 待たされること暫し、開いた扉の先から見知った顔が入ってきた。 このような時に言える言葉は限られている。 「お久しぶりです。アルベルトさん」 「元気そうだな。ユーリ」 二人はどこにでもいる友人同士のようにそんな会話を交わしたのだった。 「ちょっと見て来たが随分、活気のある街じゃないか?」 お茶を持ってきた使用人が部屋を出たのを確かめて後、そう言った。 「ええ、最近少しずつですが人が集まるようになりました。今は流れてきた人達と、前から住んでいた人達の間を調整しながら春に向けて、職の配分などを考えているところです。しっかりとした税収を上げる為には彼らが生きて行ける収入を与えなくてはなりませんからね。 幸い、この家の領地は近年領主達の無関心で荒れ果てていた。この地を良くする為の仕事はたくさんあります」 それを幸いと言っていいのかと思いながらアルベルトは差し出された紅茶を啜る。 「にわか領主にしては大したものだ。吟遊詩人が歌う、今、ジルベリアで最も住みよい街、人が自由に生きられる街、というのは伊達では無いようだな」 「簡単な話ですよ。自分達がどうして欲しいか、欲しかったか。その通りにすればいいだけですからね」 「なるほど…な。お前が貴族の家に入ったと聞いた時に驚いたが…そういう意図からか…」 にやりと笑って見せるアルベルトに目の前に立つ青年貴族はまるで自嘲するように肩を竦めて見せた。 「最初はそんな予定では無かったのですが、目的の為には使えるものは何でも使うのが得策かと思いまして…。私には志体持ちの方々のように力任せに敵を倒す力はありませんから。歌と知恵を使うしかないのですよ。それに…」 「それに?」 アルベルトの問いにユーリが浮かべた笑みにはさっきとは違う、はっきりとした意思が込められている。 「別に国民は皇帝の物であっても民には領主を選ぶ権利はまだある筈。虐げられてそれを忘れてしまっている彼らにそれを思い出して欲しいと思っています」 立場や身分が変わってもその心と胸に秘めた信念は変わっていないようだ。 ふと、窓の外から甲高い声がした。 「ユリアス! ユリアスはどこにいるのです!」 「おばあ様、何かご用ですか? 今、お客様がお見えなのです。どうかお静かに」 やがて開かれたドアから入ってきた女はそう諌めるユーリの言葉に一度だけアルベルトを見たがやがて、ふんと顔を背けた。 「貴族の方々との社交を断っておきながら、このような者とは付き合うと言うのですか? お前の我が儘をいつまでも聞いていられません。早く支度をなさい。伯爵家に招かれているのを忘れたのですか?」 「では、取り込みのようなのでこれで失礼する。また、な…」 退室したアルベルトは途切れる事のない金切り声を背後に聞きながら、 「お前は思うとおりにすればいい。俺は俺のやり方で動くとしよう」 小さく、本当に小さく呟いたのだった。 ある貴族の館の前で争う声が聞こえる。 「? あれは?」 ふと吟遊詩人ユーリは足を止めた。 「お願いです! 僕のミントを返して下さい!!」 「何を言う。お前の犬はご領主様が正式に買い上げて下さったんだ。代金も受け取った筈だ。ありがたく思え!!」 「お金なんかいりません! ミントは僕の友達なんです! 返して下さい!」 「うるさい!!」 押し飛ばされ地面に転がった少年をユーリは助け、路地裏へと連れ出した。 「どうしたんです? 一体?」 「僕の、ミントが…ご領主様に…連れて行かれて……」 「?」 泣きじゃくる少年を何とか宥めて聞き出した話によるミントというのは少年の犬であるらしい。 子犬の頃から大事に育て、レトリバーの犬は、少年のいう事を聞く忠実な犬となったある日領主の目に留まり城に招かれることとなった。 しかし、父親と一緒に城に行った犬は、戻ってこなかった。 命令を聞く賢さと美しい毛並が領主に気に入られたのだと父は言っていた。 僅かな金と親友を引き換えるつもりは勿論なかったが、いくら言っても返してくれないのだという少年の話を聞いてユーリは思い出していた。 確か、この町の領主は狩り好きで有名。犬や名馬を集めては自慢をしてた。 館の裏手には大きな犬小屋に馬小屋が合ってそこには各地から集めてきた名犬、名馬が並んでいるという。 そして飽きたり、いう事を聞かない犬や馬などは直ぐに捨てたり殺したりしてしまう…という噂も耳にしていた。 先日『ユリアス』が招待されたキツネ狩りの時も、新しく手に入れた犬を自慢していたが命令を聞かせることができずに怒声を上げていた短気な領主だから。 そういえば、あの日鞭打たれ、可愛そうな声で鳴き続けていた犬はもしかしたら…。 「坊や。開拓者ギルドに行ってごらん。もしかしたら助けてくれるかもしれないよ。私も、良ければ手伝うから…」 ユーリはそう言うと、少年の手と竪琴を取って、開拓者ギルドに向かったのだった。 背後に迫る影を知る由もなく…。 「なあ、どうしたらいいと思う? 教えてくれ?」 ギルドの係員はその日の夜、居合わせた開拓者達に吐き出すように言うと悔しげに手を握りしめた。 開拓者達も聞いていたが、さっきやってきたの子供の依頼は貴族家から犬を助け出して欲しいというものだった。 でも、無理矢理に奪っていったとはいえ、今は貴族の家の持ち物である犬を盗み出すわけにもいかない。 そんな依頼はギルドとして出すわけにもいかない。勿論簡単な説得に応じる筈もない。 だから、受理できなかったのだ。 しかし、あの少年の悲しみも解る。俯き帰って行った子供の涙を思い出すと胸が痛む…。 その時だった。 「火事だ!!!」 そんな叫び声がしたのは。 「ご領主様の館が燃えている!! 誰か消火を手伝ってくれ!!」 「ご領主? まさか?」 係員は開拓者達と顔を見合わせるが、考えている暇は今は無い。 「火元は館の奥らしい。ご領主様やお客人も避難しているところでで下働きの者達も大勢いる! 救護だけでも人手がいるんだ!」 「とにかく、皆! 直ぐに行ってくれ」 開拓者達は頷き、駆け出した。 そして、吟遊詩人が一人。 燃え盛る炎を遠くから無言で見つめていた。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
ハティ(ib5270)
24歳・女・吟
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
アリス ド リヨン(ib7423)
16歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●火災発生 「火事だ!!」 その声にとっさにギルドにいた開拓者達は立ち上がった。 「場所は? どこですか?」 駆け込んできた兵士にフェルル=グライフ(ia4572)が強く問う。 「ご領主様の館が燃えてる。誰か消火を手伝ってくれ!」 えっ? 「ご領主様の…館…っすか?」 アリス ド リヨン(ib7423)は思わず目を瞬かせる。 ほんの一瞬前に聞いた少年と悪徳領主に纏わる依頼にならなかった依頼の話が頭を過ったからだ。 誰ともなしに一瞬顔を見合わせ、一瞬逡巡する。 だが、それは本当に一瞬のこと。 「迷っている暇はございませんわ」 静かな、だが確かな決意の声をヘラルディア(ia0397)が上げる。 「確かに。火事は怖いですよね、何かお手伝いが出来れば良いのですケド…」 「そうだな。火元はどこだ? 手伝えることはあるか?」 和奏(ia8807)の言葉に頷いてニクス(ib0444)は兵士に顔を向けた。 「火元は館の奥らしい。ご領主様やお客人も避難しているところで下働きの者達も大勢いる! こういう事態に慣れていないから現場も混乱しているし、けが人も出ている。救護だけでも人手がいるのだ!」 「解りました。皆さん、行きましょう」 フェルルの呼びかけとほぼ同時にハティ(ib5270)は走り出し、開拓者の多くがそれに続いた。 ただ 「あの…さっきの男の子の持ち物とか、ありません?」 小さな声で柚乃(ia0638)は係員に問う。 「ん? ああ、そう言えば手袋を片方落として行った。後で届けてやろうと思ったんだが…」 「それ、貸して下さい」 「構わないが…」 遅れるリスクを承知の上で、ギルドの係員に声をかけた柚乃を同じように救急用具を借り出していたアムルタート(ib6632)はじっと、見る。 「アムルタート…さん?」 手袋をぎゅっと握りしめる柚乃の背中をアルムタートはポン、と笑顔で叩いた。 「うん。非常事態だもんね。それでいいんじゃないかと思うよ」 「…はい」 「あとで、フェルル達にも言っとこう。ね。じゃあ、借りて行きます。後でちゃんと返すからね!」 片目を閉じたアムルタートはギルドの係員に手を振ると柚乃の手を取って仲間達の後を追いかけたのだった。 ●消火活動と救出活動 「火元はどこですか?」 駆けつけたフェルルの問いに直ぐに答えてくれるものはいなかった。 現場は大混乱であったからだ。 「早く火を消せ! 調度品や家財を運び出せ!」 ヒステリックに叫ぶ男の声と 「妻が、まだ中に…」 「私の息子もいません! お願いです! 早く助けて下さい!!」 必死に訴える使用人やその家族の声が入り乱れていた。 少しましであったのは後方支援の者達。 救出された怪我人の手当などはある程度機能していた。 それはそこを指揮しながら手伝う人間がいたからで… 「貴方は…」 名前を呼びかけてフェルルは首を横に振り、炎に顔を向けた。 そこにさっきヒステリックな声を上げていた男が歩み寄ってくる。 「おお! お前達。開拓者か! 力を貸してくれ。一刻も早く火を消し止め、伝来の家財や宝を守ってくれ!」 男がこの家の主人であることは一目で解った。 彼の言葉と頼みを上手にスルーしてヘラルディアとフェルルが男に問う。 「それで、火元はどちらです?」 「私の部屋だ。暖炉の側の飾り布に火が移ってそれが知らぬうちに燃え広がったようだ。気がついた時には部屋中が火の海であった」 「屋敷の見取り図は…この状況では無いですね。では簡単にで構いません。屋敷の間取りを教えて下さい。それから取り残されている人を…」 和奏の言葉には家の執事が答え、簡単に地図を地面に書いて説明する。 その間にもフェルルは集まった人に的確な指示を出していく。 「貴方はけが人の手当を、それから体力のある方はとにかくたくさん水を汲んで来て下さい。火が少ない所からとにかく水をかけて」 「大量の水が必要っす。井戸はどこに…って、何をしてるんすか!」 火の中に入って行こうとする男達を見つけ、アリスは慌ててその首根っこを掴んだ。 「何って、調度の運び出しを…」 「ご領主様のご命令ですから…」 「何言ってるんすか。火の勢い強すぎっすよ。あんな中に入ったら調度の前に命が無くなるっす」 「ですが…」 彼らは主人である領主の方をちらと見て項垂れる。 彼らにとっては命を失う危険もさることながら主の命に背くことは恐怖なのかもしれない。 「じゃあ、せめて火の少ない方に行ってほしいっす。母屋の半分は諦めて。延焼の少ない方はなんとか守るっすから」 「解りました…」 「お前ら! 何を勝手なことを言っている。家財を早く…」 「家財より命の方が大事です。とにかく人命優先です! 自身も煙に巻かれないよう、二次災害に注意して消火救出を行って下さい!」 きっぱり言ったフェルルの前にニクスが立った。 「俺達は中に行く。外の指揮を頼む」 「解りました」 「オレは心眼で中の人間の気配をさぐる! もし広範囲に居そうな場所でもわかるなら指示してくれ!! 数や本当にいるかはオレが判断できる。指示するからその気のある者はついてこい!」 「救急箱は向こうの人に置いてきた。何かあったら連絡してね〜」 アムルタートが明るくサインを切ると和奏、ニクスを先頭に開拓者達が水を被り炎の中に飛び込んでいく。 「彼らと一緒に中に入られる勇気はありますか?」 問うフェルルに領主は慌てて首を横に振った。 「だったら、私の側から離れないで下さい。動き廻らないで!」 「どんどん水をかけるっす!」 アリスと共に外の指揮を執るフェルルはその様子を見て小さく、小さくため息をついたのだった。 ●炎の中から… 周囲に煙が回りつつある館の中、取り残された人々を探す開拓者達。 「おかしい、ですね」 「どうなさいましたか? 立ち止まるのは危険だと思われますね」 その中で足を止めた和奏にヘラルディアが問いかける。 ヘラルディアは周囲を注意深く観察しながらも、氷を作る術を止めない。 頷いて止まった足を進ませながら和奏は彼女の問いに答えを返した。 「火の勢いがおかしいのです。火元だと言われた領主の部屋の方が火が強いのは当然でしょう。ですが、あちらの反対側の方も火の勢いが強い。飛び火したにしてはおかしくありませんか?」 言われてみれば、とヘラルディアも思う。 「確かに、さっきの話を聞いたタイミングで火事が起きるというのも不審極まりないでしょうか」 「あっちの側にはだれか行っていましたね?」 「はい、確か動物小屋がある筈なので、ニクス様と柚乃様、それにハティ様も人手が足りず向こうへ…」 「なら、向こうは任せてもいいかもしれませんね。とにかく行方不明者の捜索をしましょう」 「では、私はこれ以上燃え広がらない様に可燃物の除去と、建物の破壊を行いますね」 「お〜い! こっちにやばい感じの人がいるよ! 誰か来て!」 後ろからアルムタートの声が聞こえる。 和奏は急いでそちらに駆け寄り、ヘラルディアは今にも新たな布に燃え広がろうとしていた炎に作ったばかりの氷を投げ入れたのだった。 もうもうと煙上がる館の二階。火はますます勢いを増していく。 「二人とも、口元はしっかり押さえておくんだ」 ニクスはそう言って後ろのハティと柚乃に声をかけた。 「煙が強いな。少し少なくなったと思ったのにまた…ん? あれは?」 館の裏手に目を止めたハティは仲間達を呼びとめ指をさした。 館の裏手に頑丈な石造りの建物が見える。 「あれが動物小屋というものではないか?」 「…うん。なんだか、犬の鳴き声、聞こえるみたいだもの…」 開拓者達は顔を見合わせた。 出火元と言われていた領主の部屋からはかなり離れているのに、こちらは不思議なほど火の燃え広がり方が激しい。 このままではあの動物小屋に火が回るのも時間の問題だろう。 柚乃はさっきの手袋を握り締めた。アルムタートの声が頭を過る。 『動物小屋については…皆逃げればいいんじゃないかな! 後のことは知〜らないってね♪』 「…二人とも。この周辺には逃げ遅れた人間は少ないようだ。もし何かあったら呼ぶからあの小屋の動物たちを逃がしてやってくれないか?」 「確かに。火に巻かれるのは哀れだからな」 「うん…。私も、そうしたかった…。ともかくも命の救助。人も動物も…同じ命。失われていいわけはないもの」 「すぐ、戻る。扉は破壊しよう!」 そう言って二人は素早く下に降りて行った。 小さく笑って後、ニクスは真剣な顔に戻り 「聞こえているか! 返事はいらん、中にいるなら煙を吸わない様にしていろ!! 必ず助ける!!」 炎の中に飛び込んでいった。 ●火事と原因 火災は開拓者の指揮と、使用人を始めとする人々の必死の消火活動によってその後、間もなく鎮火した。家は形を止めている。半焼というところだろうか。 「特に犠牲者も、死者も無い様で良かったですね」 「ありがとうございます。息子を助けて頂いて」 「いや、最後まで諦めなかったからだ」 「フェルル様、アンリ様、ありがとうございました。おかげで被害は最小限に食い止められました」 怪我人の手当てなども一区切り付きホッと息をついた開拓者の後ろで バシン!! 鈍い音共に 「今回の火事は貴様のせいだ!!」 激しい怒声が響いた。 「どうかお許し下さい!!」 泣きじゃくりながら頭を下げる下女をさっき焼け出されたばかりの男はすさまじい形相で鞭打っている。 「我が家の家宝や財産が燃えてしまったではないか! 獣達も逃げてしまった! お前の命などよりもっと大事なものばかりであったのに!」 「待って下さい! 何故彼女のせいなのですか?」 慌ててフェルルが間に割って入るように止めた。 ハティ、ヘラルディアもまだ少女である下女を守るように抱きしめた。 「火元は貴方の部屋の暖炉であったと、しかも暖炉のそばの飾り布に燃え移ったのだとさっき貴方自身がおっしゃっていませんでしたか? それを何故召使のせいになさる?」 和奏が男の腕を掴んだ。穏やかな表情と声、だがその下には怒りがにじみ出ているのが誰の目にも明らかであった。 握られたその手を振り払って男は少女に向けてなおも怒鳴りつける。 「この女が私の部屋の掃除係であるからだ。こやつが暖炉に火を入れたから火事が起きた。しかも飾り布をあんなところに垂らしておかなければ燃え移り火災になることは無かった筈だ!」 取り巻く人々の声がざわざわと鳴っている。 「暖炉の横に燃える物は危ないと言われたのに最近の流行だからと飾ったのはご主人様じゃないか?」 「しかも酒に酔ってたくせに。下町の女も連れこんでいただろうに?」 そんな囁きが聞こえているのかいないのか。 「そこを退け!」 と男はさらに怒鳴る。しかし開拓者は勿論、退いたりしない。 「ここは私達に免じて、許してあげて頂けませんか?」 「お願いするっす」 火事の指揮を執った二人、そして消火救出に当たった開拓者達に睨まれてはさすがの領主もそれ以上の反論はできなかったのだろう。 彼は手に持った鞭を地面に叩きつけた。 男はチッと唇を鳴らすと 「お前はクビだ! お前達! 動物小屋を確認しろ! それから燃え残った品や救出した調度品を別宅へ運べ!」 怒鳴り、背を向けて行ってしまった。開拓者に一言の礼もなしである。 「そんな…、私はどうしたら…」 取り残された震える少女の背にふと手が置かれた。 なんとか慰めの言葉をと探していたヘラルディアはその手の主の名を、少女を抱きしめ守りながら呼ぶ。 「ユーリさん…」 と。 それから少し後の事。 「う〜ん。運が良かったのかもしれないけど…本当にいけない事なんだよ」 諌めるように言うアムルタートの眼前でその男性は言葉もなく項垂れていた。 「自分の大切な者を傷つける結果になるとは考えなかったのか? それでは貴族達と同じだ」 ニクスがそう問い詰める人物は彼らがギルドで聞いた少年の父親。 今回の火災の火元を調べる開拓者は火事の不自然な燃え広がり方に気付いた。 領主の部屋における火の不始末とは別に、実はその時、他の場所でも火の手が上がっていたのだ。 そちらの原因は放火。犯人は目の前の人物であった。 「息子の…犬を取り戻したかったのです。火事で騒ぎを起こしてと思いましたが火の回りが早く…。悪いことをしたとはよく解っています」 絞り出すように彼は言う。。ぎゅっと強く唇を噛みしめる。 「でも!! どうすればよかったのでしょうか? 親友を助けたいと願いながらもそれを望むことさえ許されない我々には泣き寝入りすることしかできないのでしょうか?」 その問いにニクスはぐっと言葉を詰まらせた。まだ、彼自身さえ答えの出せない問題だ。 「誰も譲れないものはある。だがその為に何をしてもいいわけじゃない。どんな崇高な思いも、真摯な気持ちも、それを言い訳にやってはいけない事がある」 告げた言葉が彼の求める答えではない事は、ニクスは十分承知していた。しかしそれでもこれは告げなくてはならない事、だったのだ。 「…ミント」 小さな優しい声に男は振り返った。こちらを見る柚乃。そしてその足元には…犬。首輪もなく、様子は少し変わっているけど、見間違うはずは無かった。 「ミント!!」 真っ直ぐに走っていく犬を男はしっかりと抱きしめた。 「良かった。無事だったか…」 「大事に…してあげて。この手袋に、まっすぐ駆け寄るほど、この子、友達が大好きだから…」 手袋を渡した柚乃の背を叩き開拓者達は帰っていく。 「…今回は運が良かったそう思え。二度とするな。良く考えろ」 その一言を残して。 例えば、彼に酒を飲ませ酔い潰した。 例えば、最近の流行なのだと綺麗な飾り布を飾った暖炉を自慢して見せた。 例えば、部屋の薪の中に油の瓶を落としていった。 「どうして、ここに?」 それを為したのは『ユーリ』ではなく、直接、放火に繋がる行為は何もしていない。 しかし、今回の火事には責任がまったくないと言えばうそになるとユーリ本人はよく解っていた。 「優しく直向きな想いが踏み躙られそれを放置する世界の仕組みは間違っている。 だが無関係の者に犠牲を強いる変革を許してはいけない」 そう言っていた開拓者の言葉が胸にユーリの胸にとげを刺すが、もう後戻りはできないのだ。 例え、貴族達を敵に回そうと。自ら信じ、やるべきことをするしかないのだ。 きっと開拓者はいつか解ってくれる。 ここに来てくれたように。自分を守ってくれたように…。 「もし、よろしければ新しい職場と町をご紹介できるかもしれませんよ」 目の前の開拓者に頭を下げ、まずは自らの責任で不幸にしてしまった少女にユーリは手を差し伸べた。 数日後、開拓者達はある街で見ることになる。 「ミント!」『ワンワン!』 新しい街で、家族と共に幸せそうに笑い、走る犬と少年の姿を…。 |