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■オープニング本文 【このシナリオは陰陽寮 朱雀の寮生用シナリオです】 村をアヤカシが取り囲み、救助を呼びに行くことさえできない状況。 しかし、そんな中彼女は自分は運がいいと思っていた。 今、自分がここにいるということは本当に偶然であった。 たまたま、生まれたという孫の顔を見に来ただけ。 だが、今ここに自分がいなかったらきっと、娘と孫の村をアヤカシが襲った事を知れたのはずっと後だったろう。ひょっとしたら、最悪の事態になってから…。 「母さん…、大丈夫?」 ふと、後ろから声がする。彼女は慌てて振り返った。 そこにいるのはわが娘。 手には水筒と包みを持っているから心配して来てくれたと解っているが、彼女はわざと大声で怒鳴りつける。 「何をしてるんだい? 家に入っておいで! いつまた奴らが襲ってくるかもしれないんだよ!」 「でも…、母さんはずっとアヤカシと戦ってくれている。殆ど寝てもいないのに…、私達だけ…」 俯く娘の頭を子供の頃の様に彼女はそっと撫でて微笑んだ。 「何言ってるんだい? あたしは一人じゃない。お前の旦那さん達もいる。村はちゃんと守って見せるから、お前は舅さん達と、何より子供達を守るんだ」 「お母さん…」 「お義母さん! 村の北の方に何かが現れたようです!」 「解った! 今いく!! さ、早くお帰り!」 走り出していく母を見送る娘には、聞こえなかった。 彼女がおまじないの様に呟いた言葉は…。 「大丈夫。きっとあたしは一人じゃないから」 ある三月初めの陰陽寮で 「香玉が帰ってこない! どうしたんだ?」 そう声を上げたのは朱雀寮三年生、体育委員会委員長の立花一平であった。 「確か、嫁いだ娘さんの所に女の子の孫が生まれたから、お祝いに行って来るっていってたんじゃなかった? 保健委員会の薬草庫からハーブとか持って行ってたけど」 「でも、3月になる前には戻ってくるって言ってたから、確かにおかしいね。 節句まで長居すると嫁ぎ先の邪魔になるだろうし、陰陽寮の皆の為に美味しいものを作るからって、確かに聞いたのに。約束を破る様な彼女じゃない…」 保健委員会委員長 藤村左近。図書委員会委員長 土井貴志も首を捻る。 この時期各学年は進級試験の課題準備が始まり忙しくなる。 特に三年生は陰陽寮卒業を控えているので与えられた課題に気を抜くことは許されないのだ。 そんな中で仲間が一人欠ける事は勿論、大きな不利であるが、無論、彼らが心配していることはそんな事では無い。 「確かに、気になりますね…」 用具委員会委員長 白雪智美が仲間達の声と、視線を受けながら静かに答えた。 「寮長にご相談してみましょう…。私達だけでは香玉さんの故郷さえ解りませんから」 そう言った彼女、いや、彼らの目にはもうある決意が浮かんでいた。 「ここ暫く外出ばかりで恐縮なのですが、皆さんに協力頂きたいことがあるのです」 3月初め。 いつもよりもやや遅い委員会の活動日、中庭に集まった寮生達に用具委員会委員長、白雪智美はそう告げた。 「協力ですか? 何を?」 別に協力することを憂いた訳では無い。 事情を確認する意味で問われた言葉は当然の疑問であるので、智美は答えてくれた。 「あるアヤカシに襲われた村の救出です」 「えっ!??」 寮生達の動揺に小さく頷いて彼女は続ける。 「東の国境に小さな村があります。山奥の本当に小さな村なのですが、その村をアヤカシが襲っているそうなのです」 「そのアヤカシは?」 「主に屍人と思われます。ただ数が多数であること、どうやら指揮を執るアヤカシがいるようだということ。さらにそれに乗じてか周囲のアヤカシも増え始まっているらしいという情報は入りましたが、村をアヤカシが取り囲んでいる為、地上からでは敵中突破をしないと村にたどり着けない状況になっています。 今はその村に偶然居合わせた陰陽師が一人でなんとか支えていますが、このままでは全滅は時間の問題でしょう。だから、私達三年生は助けに向かいたいと思っています。皆さんはそれぞれの考えでご協力を頂けませんか?」 いつも彼女は決して無理強いをしない。 立場上、後輩たちに命じることもできる筈だが、決してそうせずに自分達の意思を尊重してくれる。 それが後輩たちが知る陰陽寮の三年生であった。 「それで、何をすればいいのですか?」 「一緒に行ってアヤカシ退治の手伝いをしてくれても構いませんし、襲われて怖い思いをしているであろう村人を助け、励ましてくれても構いません。寮で留守居するということもまた大事な役割であるでしょう。その点はお任せします」 そこまで話を聞いて、彼らはふと気づいた。 目の前の三年生に一人、見知った顔が足りない事を。 ほんの少し前に彼女を見かけたときは、食堂に古い雛人形を飾り、花を飾り 『雛祭りには、美味しいごちそうをいっぱい作るからね。楽しみにしておくれよ』 と笑っていた筈なのに。 「先輩! まさか…居合わせた陰陽師って…」 震える手で問いかけた彼女の問いに答えたのは悲しそうな微笑。 それで、寮生達が状況を理解するには十分であった。 「出発は明日の明朝です。どうかよろしくお願いします」 後輩に躊躇わず頭を下げる三年生。 彼らは守りたい物の前に、先輩のプライドなど何の役にも立たないと知っている。 そんな彼らを見つめる寮生達を、早咲きの桃の花の香りが不似合いなほどに優しく包んでいた。 |
■参加者一覧 / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) |
■リプレイ本文 ●取り戻すべき仲間 どうやら、そのアヤカシは北面から流れてきたモノらしかった。 北面を長くに脅かしたアヤカシの大軍勢。 長い戦いを経て、戦局は最近やっと人間優勢と呼べるところまでになった。 だが一度人の世に溢れたアヤカシは容易に魔の森へは戻って行かない。 今回五行辺境の村を襲ったモノも、どうやらその一部が逸れたモノらしい。 『戦乱が終わっても暫くはナガレアヤカシに苦しめられる地は多いと聞いていましたが…調べてみるとこれほどとは』 陰陽寮の資料室、その他情報を集めていた青嵐(ia0508)はため息をついた。 今回の件はホンの氷山の一角。 五行以外の国にも勿論北面でもそんな事象は意外に多いのかもしれない。 またその近郊は元々アヤカシの出現事例も多いらしい。今回の件ほど大きく無くてもアヤカシに襲われることはあったのだろう。 アヤカシと言う危険はいつもこの世界では隣り合わせにある。 『その面では運が良かったと言えるのかもしれませんが…』 そう言うと青嵐は窓の外を見た。悔しいまでに蒼い空の向こうで仲間達は心急いていることだろう。いや、もう戦っているかもしれない。 『無事で戻って来て下さいよ』 自分の為すべきことをする為に残った、遠い空と仲間達に向けて青嵐はそう呟いたのだった。 委員長達は助けに行くのが誰であるとはっきり言いはしなかった。 だが、状況を鑑みれば危機に陥っているのがだれかなど考えるまでもない。 「委員長が?」 そう悲鳴にも似た声を上げたのは一年生の彼方で、 「香玉さん…!」 悔しげに尾花朔(ib1268)は手を握り締め 「急がないと!」 真名(ib1222)は逸る気持ちを必死に抑えているようだった。 「落ち着け! 三人とも!」 劫光(ia9510)は朔の肩を掴み、彼方と真名にも声をかけた。 アヤカシに襲撃された村に偶然居合わせた陰陽師とは朱雀寮三年生、香玉。 調理委員会の委員長を務めている。 故に関係深い調理委員会やかつてそこに属していた者達の心配は勿論であるが、他の寮生達とて、彼女を知らぬわけでは無い。というより彼女を知らない者、心配しない者はいない。 彼女は何せ調理委員会の委員長。 食堂を預かる料理長の補佐として、朱雀寮の台所を預かる者なのだ。 「事が香玉の事だけに焦るなとは言わん。仲間を気遣わん者はここにいない」 「Oh! 確かに朱雀の肝っ玉ママン改めグランマがいねぇと、俺の悪ふざけの冴えも今一つってもんYo。切れ味鋭いツッコミあってこその絶妙なボケだからね!?」 肩を上げる喪越(ia1670)の口調は冗談めいているが、そこに込められた気持ちは決して冗談ではないと解っているので、劫光は眉を少し上げるに留め、仲間達の方を向いた。 「急ぐのは当然。逸る気持ちも当たり前。だが、落ち着いていこう。どんな場合でも最善を判断するのが陰陽師、そうだろう?」 「朔さん、真名さん。大丈夫です。きっと香玉さんは無事でいらっしゃいます。だから、お互いに最善を尽くしましょう…」 泉宮 紫乃(ia9951)や劫光だけではない。 「緊急事態だね。でも、こんなときほど、まずは落ち着いて」 俳沢折々(ia0401)が笑いかけ、 「薬や荷物の用意も整いました。いつでも出発できます」 玉櫛・静音(ia0872)も頷いて朔達をそして、先輩や仲間達を真っすぐに見つめた。 「…大丈夫。必ず間に合う。ううん、間に合って、助けるの」 そう瀬崎 静乃(ia4468)も言って保健委員会で揃えた薬草の包みを調理委員会達に手渡す。朔には紫乃が渡した。 触れた手のぬくもりが、優しい心が彼、彼女達の気持ちを落ち着かせてくれた。 「ごめん。解ってるつもりだけど、ちょっと焦ってたわね。確かに、…落ち着いて…こんな時に冷静な判断ができなくて何が陰陽師よ!」 「そうですね。まず、やるべきことを…」 そんな調理委員会達の様子を見て、微笑んだ劫光は折々、静乃と一緒に一年、二年生達のグループ分けを確認し始める。 「三年生達は既に先発しているから、俺達も用意と確認ができ次第出発だ。 まずは静乃と真名、アッピン(ib0840)とクラリッサが飛行朋友で先行。お前ら! あんまり急くなよ!」 「僕も行きます!」 「急がないと…。いくら先輩がいるって言っても、それだけの数相手じゃもたない…っ!」 焦った様子を見せる彼方とクラリッサ・ヴェルト(ib7001)に劫光は釘を刺した。 「は、はい!」 「解っています。急ぎつつ、冷静に、そして慎重に…」 「…それから、本体。アヤカシ退治に回るのがにぃ…じゃなくて劫光さん、蒼詠(ia0827)さん、朔さん、サラターシャ(ib0373)さん。それに…僕」 「青嵐くんは寮に残って情報収集。譲治くんに、紫乃ちゃん、私に清心くんが村の手伝いってってことだね。喪越くんは?」 「俺は村に。屋台も持っていくつもりなんで暖かい蕎麦でも振舞わせて貰うか!」 「おっけぃ! なのだ! 村の人達を早く安心させてあげたいのだ。もう食糧とかも強に積んでいるのだ! んっ! 全力で行くなりよっ!」 平野 譲治(ia5226)が空に拳を向ける。 「了解。じゃあ、行こうか!」 寮生達の返事はない。いらない程に心は一つになっている。 「何より、グランマの手料理は俺ら朱雀の生命線。おまんまを奪おうとする奴はアヤカシだろうと人間だろうと撃・滅!」 空から地上から、真っすぐにその思いはアヤカシに囲まれた村へと向かう…。 ●助けに来た仲間達 彼らを最初に見つけたのは、見張りをしていた青年達の一人であった。 「なんだ! あれは? まさか? 飛行アヤカシまで?」 指差した上空にはこちらに向かって真っすぐに飛んでくる影がいくつも。 見慣れない影に周囲は一瞬ざわめくが…彼らの様子とは正反対に最前線を見つめる陰陽師の声は明るかった。 「良かった。もう大丈夫だ」 「え? 陰陽師様? なんですか? じゃなくてなんなんですか?」 「お〜い! こっちだよ〜〜」 そう青年の一人が問うよりも早く陰陽師が手を振る村の広場に舞い降りたのは龍と鷲獅鳥。 こんな山奥では滅多に見る事のない生き物達に呆然とする村人達の前にひらりとその背から人が飛び降りてくる。 「みんな!」 「香玉先輩! 良かった。無事で!!」 まず最初に陰陽師、香玉に飛びついたのは真名であった。 母に抱きつく子供のような調理委員会副委員長の頭を委員長は優しく撫でながら 「ありがとう。来てくれるって信じてたよ。皆、陰陽寮の仲間達だ」 やってきた寮生達に香玉はいつもと変わらぬ笑顔で笑いかける。 軽く彼らを紹介して後 「挨拶は後です。地上を先行した三年生達は既に下で戦端を開いているようです。状況を教えて頂けますか? 下の方達を誘導します」 冷静に言う静音に頷いて、香玉は地面に棒で絵を描き状況を説明した。 「周囲にいるのはアヤカシ数十体。屍人に食屍鬼。何匹か狂骨も混ざってた。何匹か減らしはしたけどこちらから打って出ることはできないから、襲撃してきた連中はまるまる残っている感じだね」 「指揮官がいると聞いていますけどぉ〜?」 「ああ、吸血鬼らしいのが指揮を取ってる。そんな上級って感じはしないんだけど下手に近付いて魅了されたりしたら元も子もないからね。こっちは防戦一方さ。だが、昼は攻撃の手が少し休まる。主攻撃は夜なんだ」 「でも、こんな小さな村を襲うのに数種類で…? それも指揮官までいるなんて…なんだか少し違和感が…」 「あたしもそう思う。元々、アヤカシの出現事例は多い所なんだってさ。引き寄せられるようにして奴らは、ここに向かって来てた。それを吸血鬼が指揮しだしたんだ。村人達の苦痛以外の目的がひょっとしたら周辺にあるかもしれないけど、今はそれを調べてる間も無くてね」 「アヤカシの出現方向とか、覚えていますか?」 他にいくつか、アヤカシ達のやってきた方向、配置など出来る限りを確認、質問して後、 「解りました」 先発隊はもう一度朋友達の横に立つ。 「今、後続の方達が来るようです。入れ替わりに私達はアヤカシ退治の班の補助に入ります」 「解った。あたしも行くよ…。案内しないと…」 立ち上がりかけた香玉の足を 「それは…ダメです!」 厳しい声が引きとめた。 「えっ?」 突然の声に振り返った先には、霊騎に跨り、息を切らせる紫乃がいた。 やがてさらに上空から滑空艇や龍達が新たに舞い降りてくる。 新たにやってきた折々、喪越、譲治達も香玉とそれに詰め寄る紫乃を取り囲む。 「香玉さんは、少し休んで下さらないといけません。見ているだけで解ります。何日ろくに寝ていらっしゃらないんですか?」 確かによく見なくても香玉の疲労がピークに達していることが寮生達にも解った。 「紫乃の言うとおりだわ。ずっと、休んでないでしょう?」 真名も頷くが、勿論と言っていいのか聞く香玉ではない。 「ここが村を守る為の正念場なんだ! 私が引く訳には…」 「…喪越くん」「お願いします」 「あらよっとね。悪いな。グランマ。ちーっと休んでてくれ」 折々と紫乃の声にしない願いに喪越は腕を捲ると香玉の鳩尾に軽い当身を入れた。 見ていた者達の間にざわめきが走る。 腕の中に崩れ落ちた香玉を喪越が抱き留め、そこに譲治が手持ちの毛布をふんわりとかけるまで。 「では、後はお願いします」 「任せて!」 先発隊は空に舞い、折々達は村人達の方を向いた。 「ちょっと手荒な真似してゴメン。でも、先輩…香玉さんを休ませないといけないのは解ってくれるよね」 「それは…勿論だけど、だいじょうぶなのか?」 さっき来た者達も、今ここにいる者達も喪越を除いてあまり強そうに見えないから、だろうか? 若者達の何人かが不安めいた笑みを浮かべている。 それを払しょくするように折々は明るい笑顔を浮かべて見せた。 「助っ人は私達だけじゃないよ。もっと強い人達が、もっとたくさん外に来て殲滅を開始している。戦力的にはまったく問題ないから心配しないで!」 「大丈夫なり! 香玉さんが守った村は皆で守るなりからね〜!」 「怪我をなさっている方はいませんか? 僕と先輩で治療しますのでこちらへ」 「腹減ってる奴は連れてきな。暖かい蕎麦をごちそうするぜ!」 「お願いします。何か、お手伝いできることはありませんか?」 「…薫」 香玉を取り囲む青年の一人が近づいてきた女性の名前を呼ぶ。 赤ん坊を抱いた彼女は、おそらく…。 「あ、手伝ってくれるの? 嬉しいなあ。もしよければ仲間達が戻ってきた時の為に料理作りをお願いしたいんだけど」 「解りました」 「赤ちゃんは良ければおいらが遊んであげるなりよ。アブブブブ〜」 状況が解らず不安な表情を浮かべていた村人達も、赤ん坊をあやし全開の笑顔を向ける寮生達に少しずつ警戒を解いているようだった。 互いに声を掛け合い、村の中央に人々が集まってくる。 それもまた寮生達の狙いであった。 「私達の弱点は村人達。人質に取られたりしたら何もできなくなっちゃうからね。こうして一か所に集めて守ろう」 折々の狙いに仲間達も頷き配置に着いて動き始める。 「後を、頼んだよ」 小さく呟いて彼女はまた自分の役目と自分を呼ぶ仲間の元へと向かったのだった。 ●奪還作戦 先行した三年生は後続の二年生達が到着した時、既に戦闘を開始していた。 「俺達の仲間の村を襲うなんていい度胸している!」 「覚悟してもらいましょうか!」 実は意外にも三年生の男衆は武闘派であるらしい。 敵を次々と爆裂拳を込めた拳で打ち砕いていく体育委員長立花一平の姿は先代の委員長を彷彿とさせるし、図書委員長土井貴志は冷静に、だが的確に相手の弱点を見ぬいて攻撃を入れて行く。 さらに意外であったのは温厚かつ小さい保健委員長藤村左近の怪力で、彼は身長の1.5倍はありそうな多節棍棒をまるで手足のように扱って敵をなぎ倒している。 そして用具委員長、白雪智美。 「絶対に、許しません」 いつも優しい彼女が繰り出した術はえげつないまでに強力な火炎獣に魂喰。 表情は大きく変わっている様に見えなかったが、その攻撃に彼女達の怒りが見える。 彼らの前を取り囲むアヤカシ達の輪はかなり崩れていた。 「先輩達がかなり敵を乱してくれている。俺達も後に続くぞ!」 寮生達も三年生の手薄なところを補う様に戦闘態勢に入る。 「これ以上、好き勝手にさせるわけにはいきません」 蒼詠が武器を持って襲い掛かってくる目の前の狂骨に向かって呪縛符を放った。 サラターシャもタイミングを合わせるように術を仕掛ける。 二重の呪縛符。 狂骨の手から武器が落ち、まるで鎖に繋がれたように動きが遅くなる。 そこをすかさず静乃が氷龍の術を放った。 『ぐあああっ!』 先頭の狂骨。それ以外にも数体を巻き込んで白く凍って行く。 それを劫光が霊剣で粉々に打ち砕いた。 「やりましたね!」 「ああ、でもまだまだ!」 目の前の敵を睨みつけて劫光はそう言った。 攻撃を幾度も繰り返し、先輩達も自分達もかなりの数を減らしても、わが身の安全など考える知性もないアヤカシ達は途切れることなく襲い掛かってくる。 「うわあっ!」 突然、村の方から悲鳴が上がった。 寮生達の多くがいるのは村の入り口側。 声はその反対から上がっている。 「しまった! こっちは囮かもしれない! 皆!」 眼前の敵と戦いながら、貴志はとっさに後輩達に声をかけた。 「こっちは僕達が食い止める。君達は村の後方に回ってくれ! こっちに戦力を集中させて、本拠を断つという作戦なら、向こう側に指揮官がいるかもしれない!」 「解りました。劫光さん!」 「ああ! 静乃!」 「解った! 行くよ。白房!」 朔の雷閃が、静乃の氷龍を、そして静乃の管狐が時間差で敵の間に放たれ、道を穿つ。 「村の護衛は皆に任せる! 今は敵の指揮官を見つけ出す事だ!」 走りながら周囲を見回す寮生達。 だが木などが邪魔して見晴しは良くない。 「どこです!」 必死の形相で敵を探す朔の傍にふっと小さな小鳥が飛んできた。いや、赤い鳥。朱雀? 「真名さん?」 「先輩! 上のみなさんから向こうの方角、木の間にそれらしい敵がいるそうです!」 サラターシャが指差した先、真っ直ぐ。鳥と鏑矢が空から空間の先を示す。 目を凝らせばそこで、確かに敵が村を見つめていた。 「劫光さん! 援護します!」 朔は膝を付き銃を構えた。 一瞬色々な事が思い浮かぶ。だが、何より胸にあるのは熱い思い。 「大切なことを教えてくれた香玉さん、そしてその大切な人達、護ります!」 全てを込めて引き金を引いた。 『な、なんだ?』 アヤカシはきっと何が起きたか完全には理解していなかっただろう。 動かない体には空から地上から呪縛符がかけられていることも。 そして自分の胸を何が通り過ぎて行ったかも。 突然命を射抜いた敵がどこかと考えるより先に、踏み込んだ劫光の剣がそいつの首を切り捨てたのだった。 「劫光さん」 「ああ、多分、こいつが指揮官らしい。そんなの上位って訳ではなかったみたいだけどな」 ぱちんと手を合わせ合った二人の横で首が、やがて緩やかに瘴気に還って行くと同時に残された敵も統率を失ったようだ。 こうなればもう寮生達の敵ではない。 「だが、まだ油断は禁物だ。敵の殲滅作戦に移行する。まだ、皆、行けるな」 劫光の声に皆、頷く。 「少しでも残しておけばまた村を襲うかもしれませんからね」 「上空の連中には、周囲に敵はいないかとかを見て貰おう」 「「はい!」」 そして暫くの後。 「う…ん」 香玉は仮眠所として設けた集会所の布団で目を覚ました。 「お目覚めになりましたか? 今、薬湯を入れますね」 側に付き添っていた紫乃が優しく笑いかける。 状況が解らず、三度瞬きした香玉は、やがてがばと、飛び起きた。 「村は! 皆は!!」 慌てた様子の彼女の手にはちみつ入りの薬湯と、小さな折り紙雛を握らせて、紫乃は窓を開けた。 「大丈夫です。全て、終わりましたから…」 炊き出しの蕎麦や料理を食べ、治療を受け、笑いあう村人。 そして仲間達。 香玉が守り続け、願い続けていた光景がそこには広がっていた。 ●取り戻した雛祭り ぺったんぺったん。 「あ、そ〜れっと!!」 村の若い衆が、リズミカルに歌を歌いながら餅をついている。 「おいらもやらせて欲しいのだ!!」 「いいよ。どうぞ」「あ、私も!」「次は俺だ」 譲治やクラリッサが楽しげに餅つきに参加する横では 「え〜っと、赤い餅には山梔子の実、その白い餅には菱の実入れて…緑はヨモギだったよね」 「山梔子の実でこんなに綺麗な紅色に染まるのですね。知りませんでした…」 「うん、山梔子の実の染め物は黄色の印象が強いけど、実は赤いし、多くすると蜜柑色になる。それを白い餅に混ぜると丁度いい感じになるよね」 「私も知りませんでした」 折々や静音、智美などが薬草に詳しい保健委員長左近の指導の下、付きたてのお餅に染料を入れて平らに伸ばしている。菱餅を作っているのだ。 「たくさん作って、寮長や留守番の青嵐先輩にもお土産にしたいですね」 寮生達の努力のおかげで無事、アヤカシは殲滅された。 自分達の村を守ってくれた恩人に何かお礼がしたいと村人達がいい、それどころでは無くてできなかった雛祭りをすることになった。そして全員で雛祭りの準備の手伝いをすることになったのだった。 お礼目当てであったわけでは無いから先に村人達が用意してくれた豚汁とおにぎりだけで十分でもあったのだが、彼らはせっかくの好意に甘えることにした。 朔や真名、彼方などの調理委員会は既にごちそう作りに余念がなく、喪越は蕎麦の仕込みをしている。 その他の者達も桃の花を飾ったり、周囲を掃除したり村長の家の雛飾りを飾ったりしている。村の広場の中央に決して大きいと言うわけでは無いが雛人形が飾られ、その周囲の木にはびっちりと紐でいくつも繋がれた手作りのお手玉のような人形が吊るされている。 「うわ〜、キレイですね。これはお雛様、ですかですか?」 「ええ、吊るし雛、と言います。娘が結婚したり、孫が生まれたりした時に、初節句を待ちわびて作るものなのですよ。初節句の後も、娘が結婚するまで作り足していって、嫁ぐときに持たせたり…」 紐にちりめん細工で作られ、吊るされた小さな人形が何十本と並ぶさまはなかなかに壮観である。 「みんな…」 掃除や作業をしていた寮生達の手が止まった。 「もういいんですか? 香玉さん」 「別に怪我をしてた訳じゃない。強引に休めって言われただけ、だからね」 「ごめんなさい。お身体が…心配で」 いいんだよ。そう言って彼女は頭を下げた紫乃の頭を強く、優しく撫でる。 「もう元気いっぱいさ!」 明るい笑顔。相変わらず豪快だ。 ふと、気が付けば彼女は片手には赤子を抱いて、後ろには美しい女性を連れていた。 「うわ〜、可愛いですね〜。香玉先輩のお孫さんですか〜」 アッピンが楽しげに覗き込んだ。紫乃もそっと近づき真っ赤な頬に指を当てる。 ぷにぷにの感触が心地よい。 「そう。孫娘の桃風。こっちは娘の薫」 そう言うと、香玉は寮生達に向かい合うと深々と頭を下げた。 「村を、娘や義息子を、そして孫を助けられたのは皆のおかげだよ。…ありがとう」 「先輩もみなさんも、無事でよかったです」 「お礼の…必要は無いと思います。私達は先輩達の背中を見て、大切な事を学びました。だから…」 「礼を言うなら三年生達に、だな」 口々に言う一年生と二年生を見て、答えは解っていたというように香玉は肩を上げて笑う。 「うん。でも、それでも言いたかったのさ」 「義母さん…ちょっと、こっちへ」 「今行く。薫。桃風を頼んだよ。じゃあ。また後で」 「お〜! 赤ちゃん、赤ちゃん! 一緒に遊ぼうなのだ〜!」 彼女を呼ぶ村人の方へと戻って行く香玉を見送って後、残った娘、薫は深々と、母のそれより深く頭を下げた。 「みなさん、本当にありがとうございます。村を守って下さっただけではなく、母を助けて下さったことに心から感謝申し上げます」 「ううん。こっちこそさっきはありがとう。おかげで助かったよ」 「…香玉さんは、私達の、仲間で…家族で…お母さんみたいな人。当たり前のこと、だから…」 「家族…ですか」 静乃は首を振る。その返事に薫は嬉しそうに微笑んだ。 村を助けて貰ったことは勿論であるがどうやら、彼女が本当にお礼を言いたかったのはそこでは無いのかもしれない。 「母は女手一つで私や妹を育ててくれました。あの頃も笑顔を絶やす人では無かったけれど、あんなに楽しそうな笑顔は私達も初めて見ます。みなさんが来たときの、あの笑顔…」 そして彼女はもう一度深々とお辞儀をした。 「みなさんのような方達が、母を仲間と、家族と呼んで思って下さることを知って、私達も安心できます。これからも…母をどうかよろしくお願いします」 母は娘を思って命を賭け、娘は母を思って頭を下げる。 まるで花の香りを運ぶ風のような、母子の優しさは、きっと彼女の娘にも受け継がれていくのだろう。 寮生達はある者は頷き、またある者は微笑んで 「勿論」 そう答えたのだった。 「香玉っ! 寮に戻ったらもう一度雛祭りなりよっ! 約束は違えてはならないのだっ」 「解ってるよ。お土産の菱餅ととっておきの桜湯。それにあたし特製の雛祭り膳を用意するさ」 「やったあ!」 村からの帰路。賑やかにわいわいと戻る寮生達。 香玉は常にその中心であったが、一度だけ、ふっとその場を抜けると一番後ろで見守るように歩く三年生達の側に寄り添った。 そして小さく囁く。 「みんな…ありがとう」 一年生や二年生は、先を歩きその姿を見ないようにしたし、聞かないふりをした。 だから、彼女らが抱き合う姿も、その嗚咽も涙も、見なかったし、聞かなかった。 それはきっと…三年間という時を共に過ごしてきた彼ら、そして間もなく別れを迎える彼らだけが分かち合えるものなのだから。 卒業まであと僅か。 香玉は卒業したらあの村、とは言わないが陰陽師などのいない辺境の村々を守る役に付きたいと願っているらしい。 「もう春ですね…」 柔らかい三月の日差しに朔は目を閉じた。 頬に当たる風は確かに春色で、間もなく来る時を寮生達に予感させるのであった。 その後、帰還した寮生達はアヤカシ襲撃の報告書を寮とさらに上層部に提出する。 辺境の村の巡回や、国境警備などに関する提言や要望を加えたその書類はきっと同じような村や町を救うことになることだろう。 近いうちにあの村の近くも正式な調査が入るだろう。 もしかしたら、それをするのは朱雀寮生かもしれない。 仲間を取り戻し、寮生達は朱雀寮へと戻る。 「お帰りなさい」 迎えた青嵐と寮長に寮生達は笑顔で答えた。 「ただいま」 と。 |