【朱雀 北戦】奪還作戦
マスター名:夢村円
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 24人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/22 23:31



■オープニング本文

●東和の戦い
 北面の王たる芹内王の下には、北面東部の各地より様々な連絡が届けられていた。
 アヤカシの軍勢は、蒼硬や翔鬼丸の撃破といった指揮官の多くを失し、何より、魔神「牌紋」の力をも取り込んだ大アヤカシ「弓弦童子」の死によって天儀側の勝利に終わった。各軍は疲労の極みにある身を叱咤激励して逃げる敵を追撃し、一定の打撃を与えもした。
 しかしその一方で――
「敵は新庄寺館より動く気配無し。朽木にたむろするアヤカシも周辺に出没し始めております」
「ううむ」
 芹内は思わず唸った。敵に確か足る指揮官を欠いているがゆえだろうか。アヤカシは先の戦いで一部破損はしているものの、かつて北面軍が防衛線の一角に築いた城を、今は自らの拠る城として立て篭もっているのだ。
 また、各地には、はぐれアヤカシが跋扈し、朽木の奪還もこれからだ。このままでは、弓弦童子を討ったとはいえ、東和平野の一角がアヤカシの手に落ちてしまう。
 どうやら、まだまだ休むことはできないらしい。

●今しかできないこと
 北面の戦いは天儀側の勝利で一つの区切りを迎えたとはいえ、まだアヤカシの軍勢は殲滅されたとも魔の森に戻ったとも言えない。
 避難した人々も村に戻ることができずにいる。
 五行で留守居役を務めていた陰陽寮の寮生達にもそんな噂は耳に入ってきていた。
 五行の陰陽氏族が援軍が北面に出向いている間、朱雀寮の寮生達は各地のアヤカシ退治などに赴き、中には北面の戦いに出向いた者や、炊き出しに参加した者もいる。
 慌ただしい一月が過ぎ、気が付けば二月も初旬を迎えようとしていた。
「遅くなってごめんなさい。皆さんに、お願いがあるのです」
 そう言って集まった下級生たちに朱雀寮、三年生白雪智美は微笑みながら謝ると、真っ直ぐで揺ぎ無い目を向けた。
「今月の委員会活動なのですが、二月連続で申し訳ないのですが、また北面に向かいたいと思いますの」
「また、炊き出しですか?」
 別に疎んでの事ではない。
 確かめるように言った下級生の言葉に、白雪は首を縦、ではなく横に振った。
「炊き出し、をしてもいいのですが実は今回は違いますの。実は五行に要請があったそうなのです。朽木邑奪還、並びに復興の為、専門家を派遣して貰えないか、と」
 戦いに赴く陰陽師達は既に五行から派遣されている。
 この上、何故と言う話に当然なったのだが、その理由は勿論あって話を聞けば五行の上層部も納得する。

『逃げたアヤカシの、特に指揮を執る者を失った下級アヤカシの少なくない数が朽木邑に逃げ込んだのです。朽木は邑であり、集落は一つではなく、各地に展開しています。
 しかも人々が避難して無人になった家屋にアヤカシが逃げ込んだり、アヤカシの罠などが仕掛けられているようだ、という情報もあるのです。我々はまだアヤカシの殲滅や避難した人々の助けに手を取られており、しかも敵は屍人、食屍鬼、鬼に粘泥、剣狼に怪狼に火兎と種々多様で、我々は行動パターンを読むことも、それぞれの敵に合わせて対処することもできず、後手に回っているのです』

「そういうわけで、アヤカシの知識があって、アヤカシと出会っても対処できて、数が揃っていて、連携が取れて、なおかつある程度臨機応変に動ける人材をと言う要請を上の方々検討した結果、私達、朱雀寮の寮生達に白羽の矢があたったというわけです。丁度、援軍の皆様の一部が帰還され、留守居役も解除になりましたので」
 なるほどと寮生達も納得した。
 そういう調査であるならただの兵士ではだめだ。
 状況を把握し、臨機応変に動く。
 確かに開拓者が一番で、なおかつ国の援護を受けられる陰陽寮生が適しているのは間違いないことだ。
「今回の仕事においての行動単位は委員会単位、というより縦割りです。広く朽木の村の調査を行いアヤカシを退治しなくてはなりませんので少人数のチームが沢山必要なのです。
 一チームにつき二人から三人。原則として一年生同士のチームは禁止します。二年生同士のチームは許可しますけれど。また人手が必要ですので、手伝ってくれる人を誘う事も許可します。但し、その場合は必ず朱雀寮生が同行するのが条件です。
 朽木邑数百軒を調査し、被害状況を確認すること。
 アヤカシが出た場合、それを速やかに殲滅すること。
 私達の調査と行動が朽木村の人々の帰還を大きく左右しますので、ぜひ、手が空いている人は協力して頂きたいと思います」
 必要な物資などは特別なものでなければ国から支給されるという。
 そう告げた先輩に異論などは勿論ないが…
「新年会とか、進級の準備とかは良いんですか? 先輩達は卒業試験の準備とか、あるでしょう?」
 確認するように問われ、彼女は答えた。
「今しかできないことがあります。進級、卒業の準備や皆でのパーティはいつでもできますが、五行の人達の力になってあげられるのは今だけですから」
 それが答えだ。

 合戦が終わっても人々の戦いはまだ先が見えない。
 ならば、今しかできないことをやるしかない。
 寮生達はその言葉を心で噛みしめていた。


■参加者一覧
/ 芦屋 璃凛(ia0303) / 俳沢折々(ia0401) / 青嵐(ia0508) / 蒼詠(ia0827) / 玉櫛・静音(ia0872) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 紗々良(ia5542) / 劫光(ia9510) / 尾花 紫乃(ia9951) / ラシュディア(ib0112) / サラターシャ(ib0373) / アッピン(ib0840) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 尾花 朔(ib1268) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / カミール リリス(ib7039) / 比良坂 魅緒(ib7222) / 瀬崎・小狼(ib7348) / Peace Maker(ib8914) / 沙那(ib8915


■リプレイ本文

●集いし者達
 北面国における戦乱は概ね人間の勝利であったと言えるだろう。
 大アヤカシを倒し、アヤカシの軍は魔の森へと押し戻されつつある。
 しかし、まだ国に溢れるアヤカシ、故郷に戻れぬ人々を思えば戦乱が終ったとは到底言えない。
「だからこそ、俺達が行くんだけどな」
 そう言った劫光(ia9510)の迷いない目と言葉を素直に芦屋 璃凛(ia0303)は尊敬した。
「先輩。今回はよろしくお願いします!」」
 頭を下げた璃凛の頭を
「ああ、よろしくな!」
 嬉しそうに劫光はくしゃくしゃと撫でるようにかき混ぜる。
「劫光さん、ちょっといいですか?」
「なんだ? 朔? すぐ戻るから」
 地図を広げている尾花朔(ib1268)に呼ばれて劫光は小走りに駆けて行った。
 それを見送りながら
「芦屋!」
「えっ?」
「陰陽寮生っていうのは仲がいいんだな?」
 楽しそうな笑みを見せてラシュディア(ib0112)が璃凛の側に立つ。
「あ、ラシュディアさん。今回はよろしくお願いします。仲…?」
 考えながら璃凛は、朱雀寮の中庭。今回の活動の為に集まってきた『仲間』達を見回す。
 白雪委員長の提案、朽木村調査の委員会活動は、勿論強制では無かったのだけれども、気が付けば朱雀寮の一年生、二年生は勢ぞろいしているようだ。
 今、劫光を呼んだ朔の傍らでは青嵐(ia0508)が地図を広げて周りに集まっている二年生や三年生達に地図を配っている。
『これが朽木邑の地図です。三年生図書室から借りてきた精度の高いものを譲治君が写してくれました。参考にして下さい』
「これ、全部? 頑張ったじゃない!」
 真名(ib1222)の賛辞に照れくさそうに頭を掻く平野 譲治(ia5226)。
「で、おいらたちは…こっちから回るのがいいなりかね」
『今回、特に大事なのは消耗を抑えつつ、どれだけ長く動けるか、と言う話ですよ』
「なるべく無駄を出さないようにする為にも…捜索範囲が被らない方がいいと、思います。大よその範囲を決めてそれぞれの班の持ち場を決めつつ、何かあったら連絡する、と言う形はどうでしょうか…」
「それでいいと思いますよ〜。ただ、正確な情報の把握と素早い情報伝達による戦力の効果的集中運用が肝になると思いますので、連絡は密にして、何かがあったら直ぐに駆けつけられるようにはしておかないと〜」
 先輩である泉宮 紫乃(ia9951)やアッピン(ib0840)の呟きに
「集団や強敵に出会った際には協力できるように、呼子笛で連絡を取るのはどうでしょうか?
 また地図を共有して既に調べた場所を塗りつぶして、見逃しの無いように出来たら良いのではと思うのですが…」
 いつの間にか近付いてきたサラターシャ(ib0373)が物おじせず提案を述べている。
 そして
「呼子笛の案も面白いな。呼子笛の効果範囲は50m〜100m。これを基準にして各班の距離を保つと言う手も使える」
「…僕、武天の呼子笛持ってるね。呼子笛の補佐で使えそう、かな」
「おいらも! 持ってるなりよ!」
 それを劫光や瀬崎 静乃(ia4468)、譲治などが抵抗なく受け入れて、取り入れる。
 先輩後輩の変な壁やプライドはどこにも見えない。
「うん。多分、皆、仲はいいんだと思う」
 璃凛は嬉しそうに胸を貼って見せた。
 その返事にラシュディアは満足そうに頷く。
「困っている人がいるなら、それを助けたいと思うのは当たり前の話で。でも、実際に行うのは難しいんだよな。今回の陰陽寮の人たちが実際に行動しようとしてるのは尊敬に値すると思う。だから、手伝いたいと思った。俺も仲間に入れて貰えると嬉しいな」
「勿論!」
 そうこうしているうちに事前相談は終わったようだ。
 向こうでは
「カミールちゃん! 真夢紀ちゃん! こっちこっち!」
 そう呼ぶ俳沢折々(ia0401)の元に
「あ、折々先輩が呼んでる。行きましょうか。真夢紀さん」
「はい。よろしくお願いいたします」
 カミール リリス(ib7039)が背後の礼野 真夢紀(ia1144)を気にしながら走って行く。
「よろしく…ね。小狼君」
 微笑する静乃に照れたように
「任せろって。静乃には指一本触れさせないからよっ!…あ。も、もちろんサラターシャにもだぜ。うん」
 と、言った雷・小狼(ib7348)は応え、
「彼方は良ければ私と組みましょう。魅緒もよろしくね」
「はい」
 真名は同じ調理員会の後輩である彼方と比良坂 魅緒(ib7222)に明るく声をかけていた。
「おや。譲治君。何をしていでですか?」
「あ、蒼詠(ia0827)! 无(ib1198)! 賽子を振ってるなりよ! ちょっとした占いなり。よいっっと!」
 自分より年上の後輩と他寮生にものおじせず、笑顔を向けて譲治はサイコロを振る。
 ころころと転がった目は4。悪くはない数字だ。
「玉櫛の陰陽師、静音です。よろしくお願いいたします。紗々良(ia5542)さん。清心さん」
「…こちらこそ、…よろしく。精いっぱい。お手伝い、します」
「僕も、頑張ります。あ、先輩。荷物持ちますよ。それ、薬でしょう?」
「はい。薬草と、包帯が入っています。使わないに勿論越したことはないのですが…」
 玉櫛・静音(ia0872)の下げる救急箱を清心が、進んで持とう手を差し出す。
「くすっ…」
「何が、おかしいんですか? 紗々良さん?」
「ううん。…清心さん、いい子だなあって…」
「な、何を言って!」
 笑いあい、話し合う彼らに
「では、そろそろ、行きましょう」
 用具委員長である白雪智美が決して大きくはないが、響く声で皆に告げた。
 側に控えるのは三年生の委員長達。その横には喪越(ia1670)もいる。
「私達に、与えられた仕事は、たやすいことではありません。でも、皆で頑張りましょう。北面国の方々の為に」
「おう!!」
 上げられた手と心が寮生も、そうでない者も、思いは一つ、仲間だと告げていた。
  
●朽木邑探索行
 朽木邑は村であり、邑。
 人々が集まる肥沃な土地一帯を意味している。
 土地は記号で現すなら4平方km程。
 約2000人程の人々が、あちらこちらに集落を作って暮らしている。いや、今はいた、だ。
「う〜ん、人のいない村ってなんだか不気味だね〜」
 璃凛は周囲を見回しながらワザと明るく声を作って言った。劫光は返事を言葉では返さない。
 ただ、黙々と前を歩いてる。
 晴れた昼間だと言うのに集落には人影もなく、閑散としていた。
 いかに冬とはいえ、間もなく昼時。本来であるなら、家々に笑い声や、料理の音などが響いているだろうに。
 悔しさ思わず握りしめた手を璃凛が自覚した時
「二人とも! こっちだ!」
 ラシュディアの呼ぶ声に二人は顔を見合わせると駆け出した。
「どうした?」
 問う劫光にラシュディアは目の前の家、その前を指差した。
「あれは…糸?」
 一件の家の前にこれ見よがしに糸が張られてあったのだ。それはつまり
「何かが、あの家にある、ってことだね」
「どうする?」
 問われて劫光は少しの間、考えを巡らせると
「璃凛」
 彼は後輩の名を呼んだ。
「はい」
「俺が、呪声、いや、悲恋姫で家の中の敵をあぶりだす。後は任せていいか?」
「! 解りました。頑張ります!!」
「よし、いい返事だ。ラシュディアは援護を頼む」
「解った」
 二人は返事と同時に後方に下がる。逆に一歩を進み出た劫光は手を差し伸べると真っ直ぐに罠の先の家を指差して式を召喚する。
 現れたのは悲しいまでに美しい女性の式。
「これが悲恋姫か、綺麗だけどなんかここの悲しみも抱え込んでるみたいだ。先輩は、どう考えてるんだろ」
 式の美しさに一瞬意識を散らした璃凛であるが
「璃凛!」
 呼ばれた名前に、ハッとそれを取り戻した。
 彼女の『声』は劫光の思う通り、屋内で罠を張っていたであろう敵を炙り出した。
 家の入口には逆上して出てきたと見える大蜘蛛や化け蜘蛛がわらわらと出てくる。
「すみません! 今は行動。目の前に集中!」
 パン! と頬を叩いた璃凛は刀を構えると敵の中に踏み込んで行く。
 刃から放たれた瘴刃が蜘蛛たちを切り刻んでいく!

「先輩。この家は…かなりの被害を受けています。修理をしないと住めないかも…しれませんね」
「うん、でも、こっちはまだ…マシ。向こうの家は、原型、留めていなかった、もの」
 静乃とサラターシャは周囲の家、一軒一軒を確認し、被害状況を地図や手帳に書き込んでいく。
 彼女らを背中に庇うように立ちながら、小狼は周囲に意識を張り巡らせていた。
「…お待たせ、小狼君…つ…ぎ」
「動くな! 静乃!!」
 前に進み出ようとした静乃を声で制したのとほぼ同時、どこからともなく飛んできた矢を小狼は偃月刀で叩き落とした。
「! 一体、どこから?」
「あれだ!」
 見れば、鬼や小鬼などが、こちらに近付いてくる。
 妙に嬉しそう、というか、楽しそうなのはおそらく、こちらを開拓者と認識していないからだろう。
「どうやら、見つかったようですね。鬼族などがこちらに集まってきます。その数…10前後」
「強敵はいなさそうだし、それくらいならなんとかできるだろ」
 周囲を人魂で伺うサラターシャの言葉に小狼は得物を頭上で回転させると、上段に身構えた。
 抵抗の意思を見せた『獲物』。
 鬼達は一瞬、怯むような態度を見せたが、また直ぐに唸り声を上げる。
「サラさん…笛」
「はい!」
 ピーピ!!
 高らかな音が森に響くのと、アヤカシ達が踏み込んでくるのはほぼ、同時。
 豚鬼が持っていた剣と小狼の鋼の音が戦いの始まりを告げたのだった。

 ピーピ!!
 そう遠くない場所で鳴り響いた呼子笛の音に彼方は、ハッと頭を巡らせた。
 そして、前を行く先輩を
「真名先輩! 呼子笛の音が!」
 と呼び止める。
「ええ! あの鳴らし方は…敵の集団が現れた。だったわよね!」
「はい!」
「魅緒!」
 真名が振り返ると同行者である魅緒は、既に目を閉じていた。
 彼女も笛の音を感じた時点で、何かを感じて人魂を放っていたのだろう。
 ほどなく、彼女は目を開けて、自分達のいる所から少し北にずれた方向を指し示す。
「向こう。森の傍だ。小物だが鬼に囲まれているな。そう遠くない。長柄の少年と女陰陽寮生が二人…」
「静乃先輩とサラターシャさん達です! 先輩!」
「うん!」
 調査が終わったところまでに印をつけると真名は地図を懐にしまった。
「ここからだと私達が一番近い! 助けに行くわ!」
「はい!」「了解だ」
 走り出して割と直ぐに彼女達は目的の場所に辿り着く。そこでは小狼がサラターシャの援護を受けながらの攻防を繰り返していた。
 数倍以上の敵に決して引けを取ってはいないが、背後に二人の少女を庇っているので小狼の動きは防戦中心になっている。
「皆、斬撃符は持ってたわね。鬼の集団の後方に向けて一斉攻撃! それからは間合いを詰めての戦闘よ。私が前に出て引きつけるから援護をよろしく!」
「解りました」「合図は任せた」
「了解。いくわよ」
 彼らは呼吸を整えて術を練る。狙うは敵の背後。目指すは友の救出。
「1・2・の3!!」
 三連の斬撃符が鬼達の集団の背後を切り裂き、かく乱させた。
「小狼君!」
「わかってる!!」
 乱れた陣を小狼は見逃さない。
 ファクタ・カトラス。
 踏み込んだ一瞬に鬼達が数体、地面に倒れこむ。
「援護、頼むぜ。一気に決める」
「解りました!」
 言うと小狼は敵の後方からの援軍。その前衛に立つ真名の横に近付くと
「礼は後でいいな。おかげで敵の陣が乱れた。片づけちまおう!」
 背中を守るように武器を構え、そう囁いた。
「了解! 今回は朔や劫光に頼れないものね!」
 真名はそういうとちらりと後ろを見た。
 彼らなら、きっと言葉に出さなくても大丈夫だろう。
「行きましょう!」
 掲げる符は朱き誇り、図南の翼。
 そして放たれる斬撃符は、さっきよりも力強い風の刃となって鬼達の動きを止める。
 彼らの連携の前に、敵が沈黙するのは時間の問題であろう。


●戻りたい故郷
 ………。
「?」
「どうか、なさいましたか? カミールさん?」
 書き物をする手を止めて顔を上げたカミールの顔を心配そうに真夢紀が覗き込む。
「今、何かが聞こえたような気がしたのですが…」
「うん。呼子笛が聞こえたような気がするね。でも、ちょっと方角までは解らないなあ」
 折々も首をめぐらせて息を吐いた。
「それは…、大丈夫でしょうか?」
 さらに心配そうな真夢紀の心の暗雲を払い飛ばすように
「大丈夫!」
 折々は明るく笑って見せる。
「そんじょそこらの敵なら、対処できるくらいの力は皆持ってる。それに笛が聞こえる範囲内に最低一、ないし二チームは配置しているから、聞こえたところが必ず助けに行ってくれているよ」
「折々さんは仲間を信じておられるんですね」
「もちろん」
 揺るぎない眼差しに真夢紀は微笑んでそれ以上は言わなかった。
「っと、この家も要修理。村に戻ったら、まず皆は村の大掃除と大修理だね。大変だ」
 折々は一軒一軒の様子を手帳書き込んでいる。かなり早いペースで調査を進めているのを見て、ふと気が付いて
「先輩?」
 カミールはそう折々に呼びかけた。
「なあに?」
「先輩は、アヤカシ探しとかしないんですか?」
 アヤカシをスルーと言わないまでも積極的に探す様子の無い折々が気になっていたのだが、彼女はう〜んと唸った後、
「ん〜、アヤカシも気になるけど、被害状況の確認は疎かにしたくないんだ。村の人達も多分、気にしてるでしょ? 何より、正確な情報があれば効率よく復興の準備に入れると思うから」
 と答えた。
「でも、先輩の研究課題、剣狼とか言ってませんでした? 探さなくていいんですか?」
「課題より、調査の方が大事。それに…」
 言いかけて止めた折々から一瞬か、半瞬遅れてカミールは身構えた。
「こっちが無理に探さなくても、勝手にでてきてくれるよ」
「ですね…」
 唸り声を上げた剣狼がこちらを睨んでいる。そして、中の一匹がカミールの方に飛びかかってきた。スッと身を躱したカミールは逆に剣狼を睨みつけた。
「今度は、こちらの番、ですね」
 カミールの前、立ちはだかるように真夢紀が立つ。
「攻撃はお任せ下さい。どうか、援護をお願いします」
 真夢紀の手のひらに集まった力が、アヤカシに向かって放たれる
 剣狼は後ろに向かって弾き飛ばされ、後ろにぶつかった。
 折々も魂喰を発動させている。
「やるとなったら遠慮なし。行くよ!」
 リーダーの言葉に二人は笑顔で頷いたのだった。

 ここは、一応戦場だと思う。
 直接戦地になったこともあるし今も、どこから敵が出てくるか解らない。
 そんな中、ふんわりと不似合いな香りがした。
「少し、休憩しましょうか。はい、どうぞ」
 丁度疲れていた時だったので、その甘い匂いは、心をどこかホッとさせてくれる。
 朔が差し出してくれた器に入っていたのは砂糖入りの生姜湯。
「ありがとうございます」
 と受け取りながらクラリッサ・ヴェルト(ib7001)は目の前の二人の先輩を見た。
「朔さん、これをちょっと見て貰えますか?」
 手招きした紫乃は朔に地図を指し示す。
「この地図にはありませんが、村の奥の方に家があるようなのです。なんだか、人の気配らしきものも。そちらも行ってみませんか?」
「確かにこの地図は大まかなものですから、足りない箇所もあるでしょう。この方角に一番近いのは…譲治君達ですね。彼らが行かないようでしたら、後で確認した方がいいかもしれませんね」
 ズズズと生姜湯を飲みつつクラリッサは思う。
(あのお二人、仲がいいなあ。確か、恋人同士なんだっけ…)
 そんな素振りを普通は見せないので、気にもならないがそれでも朔は紫乃を大事に思っているようだと言うのが彼女にも解っていた。
 さっきの後ろからの襲撃時には、とっさに最後方にいた紫乃の手を引いて中衛に入れると、素早く鞭を振るっていたのを覚えている。
「クラリッサさん。疲れてはいませんか? さっきも銃で援護してくれて助かりました」
 ふと、声をかけられ。労われるように微笑まれ、クラリッサは慌てて手を横に振った。
「別に大丈夫です。さっきの屍人は数も少なかったですし、近づけずに片づけられて良かったですよね」
「そうですね。ただ屍人は人間の死体に瘴気が憑りつき、アヤカシに転じたもの。あの方達も元はこの村の住人だったかもしれないと思うと、胸が痛む所です」
 紫乃は下を向くと手をそっと祈るように合わせていた。
「少しでも早く、殲滅できるように頑張らないといけませんね」
「はい。でも今は、その生姜湯を飲んでしまって下さい。油断は禁物ですが、緊張しすぎも禁物です、やるべき事の為に、力は蓄えておかないと」
「はい!」 
 大きく頷いて言われた通り、クラリッサは生姜湯を飲み干した。
「アヤカシは、まだこれから出てくるかもしれません。気を付けて…」
 後方を守る紫乃の優しい言葉に
「「はい!」」
 二人は大きく頷いたのだった。  

 静音は今回周囲を調査する為の人魂を活性化させてはいなかった。
 同行の一年生清心も、どちらかと言えば戦闘装備。
 だから、アヤカシの索敵は同行者である紗々良の鏡弦が主な方法であった。
 既に、二度三度の戦闘を終えて、小さな集落に差し掛かった時。
「!」
 紗々良が足を止めたので静音と清心は直に身構えた。
 彼女が異常を察知したと言う事は近くにアヤカシがいる、ということだ。
「どうしました?」
 問う静音に紗々良は微かに怪訝そうな顔を浮かべる。
「あの家のなかに、アヤカシがいるんだけど…」
「では、行ってみましょう!」
 前に立つ清心は…彼なりに注意はしていたのだろうが、紗々良が指した先の家に向かって走り出す。
「危ない!」
 清心の足元に静音が傀儡操術で人形を繰り、彼を立ち止まらせた。
 とほぼ同時
 ばん!
 音を立てて扉が開き、中から…人が、現れたのだった。
「え…、ご老人? 何故、こんなところに?」
「違う。あれは、人じゃない。…アヤカシ! 清心さん! 離れて!!」
 弓を構えた紗々良がその眉間に向けて、躊躇いの無い一矢を放ち、それは狙い違わず、老人の額を打ち抜いた。
「貴方は、誰なのです?」
 静音が声を上げるが、その老人、いや、アヤカシは歩みを止めることなく、襲い掛かってくる。
「! 考えるのは後です! 清心さん!!」
「は、はい!!」
 静音は迷いを振り切るように声を上げると、目の前の生きる死者に呪縛符をかけた。
 動きの鈍ったそれに今度は清心が斬撃符を、本気の蹴りと共に。
 さらにもう一矢がアヤカシの胸に突き刺さると、それは痙攣するように身体を動かしてやがて「死んだ」。
「これは、屍人でしょうか?」
 残された死体を見て、清心は呟いた。
「いえ、多分、食屍鬼、ですね動きと体力が屍人のそれより高い印象でした」
 静音は答える。
「でも、綺麗すぎやしませんか? 生きてる、って言っても通りそうな感じですよ」
 清心の疑問に実は静音も同意見だった。
 食屍鬼が瀕死状態から瘴気が入り込んでアヤカシ化するものだというのであれば、まさにこれは死んで、アヤカシとなった直後であると言う感じであった。
「家の中に…多分、アヤカシがもう一体いる…」
「「えっ?」」
 二人は家の中に飛び込んだ。開け放たれた扉の近くに見れば、一人の人間の死体が伏している。これも老人。既にこと切れているのは呼吸などから見ても明らかであった。
 だが、さっきのと違うのはこの死体の手が、微かに動いている事。
「まさか、アヤカシ化、しているところ? このまま、動き始めるかもしれません」
「! 紗々良さん!」
 動きを止めていた二人の背後から紗々良が矢を放つ。
 一矢、二矢、三矢。
 背中に刺さった三本の矢が地面に死体を縫いとめて後、死体が再び動き出すことは無かった。
 静音はその死体を、真剣な眼差しで見つめていた。

 ふと、歩きながら譲治は気が付いた。
「あれ? ちょっとおかしいなりね?」
「何がおかしいんですか」
 首を捻る譲治の言葉に、蒼詠は首を傾げる。
「だって、おかしいなりよ! 死体の数が、とっても少ないのだ!」
「? 言われてみれば、確かに」
 始めて気が付いた、と言うように无も構えていた望遠鏡を降ろして周囲を見る。
 ここは今回の大襲撃で真っ先にアヤカシの攻撃を受けた所だ。
 多くの人は避難したとはいえ、少なくない数の人間がここで死んだと聞いている。
 だから、正直、犠牲者達との悲しい遭遇を覚悟していたのだ。
 しかし、想像以上に残された死体の数は少なかった。
 おそらく、そのうちの何分の一かは屍人になったに違いない。自分達が倒してきたそれは、後で埋葬できるように一か所に集めてある。
 出現したアヤカシ、被害状況に建物状況、亡骸の特徴や位置も可能な限り記録してる。
 人間の死体の他に、村には悲しいことだが置き去りにされた家畜や、飼われていたであろう動物達の死体時々、見受けられる。
 おそらく、避難の時に連れて行くことができず、置き去りにされた者達だろう。
 それらは他のケモノなどに食い荒らされて酷い状態のモノもあった。
 だがそれにしても、数はやはり少ない。
「どうしてなりかねえ〜?」
「そんなものは、無いに越したことはないのだが…ふむ」
 无も考えるように顎に手を当てるが、正直、考えた所で答えが出るわけでは無い。
「後で、皆と相談してみようか?」
「そうなりね!」
 譲治がそう頷いた時だった。
「先輩!」
 蒼詠が声を上げた。
「どうしたなり!」
「向こうの森の方に人影らしきものが! それを何かが追いかけていたようにも…」
「人影? まさか、ここには誰もいない筈では?」
 无は半信半疑のように目を瞬かせるが、その時は既に譲治は走り出していた。
「誰かがまだ残っていたり、戻っていたりしてるかもしれないなり!! とにかく確かめて、追われているなら助けるのだ!」
 その方針に蒼詠はもちろん无とて異論はない。
 ピーピ ピーピ ピーピ
 やがて、三回、救援を求める呼子笛の音も聞こえた。あれは集団を意味する合図だったろうか?
 さらに力を入れて走り、辿り着いた森の奥で彼らは見ることになる。
 小さな小屋、一人の老人、それらを取り囲むアヤカシの群れ。
 そして、彼を守るようにアヤカシと戦う
「青嵐! アッピン!」
 仲間の姿を。

「ご希望と違うかもしれませんがよろしくお願いしますね〜」
『いえ、こちらこそお願いします』
 アッピンと青嵐はそう挨拶をしあうと二人で組んで村の調査にあたっていた。
 彼らと三年生の委員長達。
 そして白雪用具委員会委員長と組んだ喪越は、村の外れ、いわば外周に近い所を調査していた。
 どこから、アヤカシが集まってくるのか、それを調べ、断たなければ結局のところ今、邑のアヤカシを排除してもまた同じことの繰り返しになってしまう。
 そう考えて彼らはアヤカシ達の動きを調べていたのだった。
 結果、朋友である龍を使っての上空からの調査を取り入れての結果、邑の北側と東側の森から多いと判明したのだった。
 そして、委員長達は魔の森側であり、朝日山城から流れてきている鬼が多いと見られる東側の調査に向かい、アッピン達はこの北側を任せられたのだった。
『街道に近く、狩り小屋のような家もまばらながらある様子、注意しないといけませんね…』
 やがて彼らは、村外れのさらに先に小さな小屋を見つけたのだった。
 まず、青嵐が入口から小さな式を中に向けて放つ。
『不意打ちは怖いですからね』
 アヤカシの待ち伏せなどは無いか、荒れたところ、壊れたところなどはないか、と思った時だった。
『えっ?』
 青嵐は自分が見ているものが信じられないと言うように瞬きした。
「どうしたんです?」
 アッピンの返事を待たず、中に入る。只ならぬ気配を感じたのだろう。アッピンもその後に続いた。そこには…
「あなた…、お戻りになられたのですか?」
 布団に横たわる女性がいた。老婆というのは躊躇われるその女性は、二人に気付き、一瞬驚いたような顔を見せたが、やがて身体を起こし、頭を下げる。
「貴方方は、国のお役人様でいらっしゃいましょうか? 」
「まあ、そのようなものです〜。貴女は?」
 彼女は自分の名前を名乗ると、この村に生まれ、一度は避難したがこの村で死にたいと戻ってきたのだと答えたのだ。
「私は病を抱えておりまして、周囲の皆様に迷惑をかける避難所での生活が耐えられなかったのです。だから、夫と共に密かに戻って参りました」
 だが、邑はアヤカシの巣なっているので、村はずれのこの小屋に住んでいると言う。彼女が言うにはそう言う者達がまだ数人以上はいるらしい。
 彼らはアヤカシの目をかいくぐりながら村の備蓄の食料で命を繋いでいる。
 その傍ら、村で死んだ仲間を埋葬してもいるという。
『でも、危険です。もし、アヤカシに見つかったら!』
「それでも…、私達はこの村で生き、そして死にたいのです」
 静かに、だがはっきりと言う彼女の、まるで凪の海のような目と言葉に返す言葉もなく、二人は立ちつくしていた。
 その時、
「く、来るなあ!!」
 外から悲鳴にも似た声がした。
「あなた!」
 婦人の声に二人は弾けるように外に飛び出した。
 見れば何やら荷物を抱えた男性が、必死にこちらに走ってくる。
 背後には武器を持った鬼達が迫ってきていた。
「早く! こちらへ!!」
 アッピンの呼び声に男は文字通り転がるように二人の傍までやってきて横をすり抜けて行った。
『鬼の数は…二十というところですか。二人では、少々心もとないですかね』
 ピーピ ピーピ ピーピ!
 呼子笛を高らかに三回鳴らした後、アッピンは術を練り、白狐の式を召喚した。
 駆け抜けるように敵を割って走って行くのを見送りながら
「でも、なんとかなりますよ。それまで、なんとか持ちこたえましょうか?」
 明るく笑って見せる。
『そうですねえ。さて、どこまでできますやら』
 人形『紫陽花』を手元に引き一番近付いてきた敵に蹴りをかまさせた時、思ったより早い『声』が聞こえた。
「ほら、ね」
『そうですね』
 顔を見合わせて笑みを交わした二人は、後方からやってきてくれた仲間達にタイミングを合わせるように敵に踏み込んで行った。
 守りの戦いから、挟撃へと作戦変更だ。
 譲治のから雷閃の術と共に
「故郷を…返すなりっ!」
 譲治の叫びにも似た言葉が走る。
 それは、きっと術程にアヤカシ達に響きはしなかったろうけれど、友とそれを見つめる村人の心にはしっかりと届いたのであった。

●いつか帰る日を…
「それで、朽木邑のアヤカシはほぼ掃討できたのですね?」
 陰陽寮に戻り、各学年を代表して寮長の所にやってきた各学年主席達はそれぞれに、はい、と頷いた。
「あくまで現時点では、ですが。集落全体を見て回り、家々も全て確認しました」
「中にアヤカシが潜んでいたり、フロストマインみたいな罠がしかけられていたところもあったけど、それも全部解除して倒してきたので。当面は大丈夫じゃないかな、と思います」
「ただ根本的なところは、正直どうしようもありません。戦乱が完全に終わらないうちはまたアヤカシが流れてくる可能性はあると思います」
 白雪は同行し、共に戦った喪越の言葉を思い出す。

『白雪いいんちょ。こいつはたぶんなんだけどよ。指揮官を失ったアヤカシ連中って奴らは、人を苦しめるっつー本能に従って、人の集まるところに来たがるのかもしんねえ』
 
 それは、きっと今回、参加した寮生、開拓者達も感じている事だろう。
「村のあちらこちらに破損もあったし、残されていた遺体もあって…勿論、なるべく傷つけられないようにはしてきたけれど、埋葬も済まされていない。本当の意味で、朽木村の人達が故郷に戻れる日は、やっぱりまだかなり先になると思い、ます」
 そう思いながら白雪は折々の言葉を聞いていた。
「でも、帰りに紫乃ちゃんが避難所に寄るっていうんで皆で、寄った時、村のおばあちゃんが言ってたんです。いつか、必ず故郷に帰る…って。だから、必要とされるならまた行かせて下さい」
 差し出した資料と共に折々はそう言って頭を下げた。
 戦場では、いつもできたことと、できなかったことが人を責めさいなむ。
 アヤカシとの戦いはいつも暗闇の中を行くようなものだ。
 しかし
「解りました。皆さんの報告は確かに北面に伝え、今後に役立てましょう。ご苦労でした」
 助けた人の笑顔が、感謝が自分達を照らす灯火となってくれる。
 そして助けた人達もまた、自分達の行動を心の灯火に前に進んでいくだろう。
「さて、食堂に行きましょうか? 調理委員会が料理を作ってくれている筈ですよ」
 智美はそう言って二人に声をかけた。
「うん、お腹すいたね。行こうか!」「はい」
 食堂に近付くと賑やかな声が聞こえる。
「はい! 特製麻婆豆腐。暖かい生姜とニンニク入りチャーハンは如何?」
「こっちは豚汁とおにぎり、暖かいお茶もあるよ。デザートは暖かい肉まん。さあ、皆、どうぞ遠慮なく〜」
「いっただきま〜す。う〜ん、温まる〜」
「彼方…君、ありがとう」
「お礼、代わりみたいなものですからどんどん、食べて下さい。特に外部の方達にはご苦労をおかけしましたし」
「気にしなくていいのに。手伝いたいと思っただけだし、それに薬草と包帯も貰ったし」
「それは、陰陽寮の保健委員が作ったものですから。今後にお役立て下さい」
「そうね、とっても助かったもの! お給料も出せないから、気持ちとして受け取って」
「大きな怪我人も出なくて、良かったです」
「何を考え込んでいるの? 先輩。」
「う〜ん、呪声と悲恋姫の違い、だ。悲恋姫の方が効果が高いのは、解るんだが…その差は一体どこから来るんだろうな?」
「そう言えば、皆さん、課題の研究は、あんまりされていませんでしたね。良かったのですか?」
「いいの…。今回は、優先することがあったから」
「私も、ね。それにそれなりムダじゃあなかったよ」
「彼方君。料理運び、私も手伝いましょうか?」
「大丈夫ですよ。朔さん。いつもありがとうございます」
「朱雀寮の授業にお邪魔させて頂くとは…やれやれ、です」
「でも、朱雀寮のお食事は美味しくて、楽しみです」
「ぬわあっ! せっかく白雪委員長と一緒の班だったのに〜! うるさいお邪魔虫のせいで〜!」
「何か言ったか?」
「あ、立花委員長! 今、この人が〜〜!」
「こら、バカ止めろ、しーっ!!!!」
 相も変わらず賑やかな委員会の打ち上げ。
 朱雀寮の夜はこうして更けて行った。

 寮生達が提出した資料は、北面に送られ今後の復興に向けた大きく重要な資料になった。
 そして先の炊き出しと合わせ、避難所の者達は五行、特に陰陽寮の寮生達に少なくない感謝の気持ちを持つようになったという。
 彼らの行動は、人々に故郷への帰還という希望の灯りをともしたのである。

『きっと、後、もう少しなのだ。だから、待っていてほしいなり』

 そう自分の手を取り、告げた少年の言葉を思い出しながら、彼女は眠りについた。
 避難所の暮らしは、寒く、冷たく辛い。
 けれど、後、少し頑張ろうと思う。
 いつか、故郷に帰れる日まで。
 心に灯った灯火があればもう少し頑張れそうだと思いながら。