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■オープニング本文 生成。 意味は、女の怨霊、或いは、生きたまま鬼になった女。 それは現在において、能や歌舞伎でしか聞かぬ言葉のはずだった。 今年、開拓者ギルドから一体のアヤカシの存在が明らかとなる。 かの名は、冥越八禍衆『生成姫』。 美しくも恐ろしい、天女と鬼姫の首を持つ伝説上のアヤカシだ。 歴史上、最初に姿が確認されたのは、大凡400年ほど前の冥越である。 当時の冥越は他国との国交を持ち、多くの人々が暮らしていた。その冥越を壊滅に追い込んだのが『冥越八禍衆』と呼び名高き、凶悪なアヤカシ達である。人々から『生成姫』の呼称で恐れられたこのアヤカシは、冥越で百年近く猛威を振るい、何処かへ姿を消した。 ところが近年、歴史の断片が知られ始める。 生成姫は約300年ほど前に冥越から五行へと渡り、幾度か禍を成した後、貴人の娘に憑依した。この際、倒すことは叶わなかったが、陰陽師の手で封印された。 これが約250年前の出来事である。また約100年ほど昔、過って封印を解いた男の記録が発見される。 昨年から、複数の事件と開拓者達の努力の末、生成姫が現在も五行の東で暗躍していると判明した。 これに伴い、五行は国内の脅威を警戒。 開拓者ギルドは賞金をかけて、生成姫の討伐を実現する為、行方を捜し続けていた。 『良いか? 絶対に殺したり、勝手に喰ってはならぬぞ』 その『男』は目の前に立つモノにそう念を押す様に言った。 『これは姫様の為になる大事な仕事である。一週間後、またここに来る。その時、必ず、そいつは無傷で連れてくるのだ』 微かに不満げな表情を浮かべたそれは、だが 『目的の者以外は好きにするがいい。喰うも引き裂くも望みのままだ』 そう言われて微かに笑みのようなものを浮かべると闇に消えた。 そして命じた者もまた闇に消える。 微かな笛の音だけを残して。 五行の小さな村落に住む若い夫婦に女の子が生まれたのは5年前の事だ。 村全体が仲は良く、でも貧しい村で、その子供は賢く、運動能力にも優れ、心優しく、旅先でたくさんの子供を見て来た商人から見ても光り輝くような素質が見て取れた。 掃除洗濯、編み物、縫い物。家族の手伝いも進んでするとてもいい子である。 「あの子はどうやら志体を持って生まれたようなのです。末は開拓者か陰陽師か。いずれにしても先が楽しみです。村の宝ですな」 村長はそう言って我が子の事のように嬉しそうな笑みを見せていた。村長だけではない。村全体がその少女、麗菜のことを愛していたのだ。 「私は大きくなったら陰陽師になって村を守れる人になるの!」 我が子から贈られた手編みの組み紐を手に両親は嬉しそうに顔を綻ばせていたっけ。 半年ぶりにその村落に行商に行くことになって、商人はふとその子の事を思い出していた。 「次に来るときはこの子に何か可愛い飾り物か服を持ってきてくれませんか?」 注文されて持ってきたこの荷をあの親子は喜んでくれるだろうか? 知らず綻ぶ頬と気持ちを引き締めながら、商人は護衛であり相棒である犬の頭を撫でた。 「あと一息だ。頑張ろうな」 村まであと少し。その時、急に足元で犬が吠えはじめた。 ワンワン!! ワンワンワン!! 「どうしたんだ? 急に?」 よっぽどの敵かアヤカシに襲われた時でもなければ見せない犬の警戒した様子に、商人は驚いてあたりを見回した。 特に何かがいる様子はない。これでも一応行商を生業としている身だ。怪しい気配を感じ取ることには自信があるつもりであった。 だが犬は気が付けば街道を外れ、森の方へと進んでいる。 「こら! 危ないだろう! 戻ってこい!!」 だが、戻って来ない。仕方ない。周囲を見回して微かに雪の残る森に足を踏み入れた商人はそこで息を呑んだ。 「こ、これは…」 そこにあったのは死骸であったのだ。 死体、でも遺体。でもない。死骸。 凍結していて腐乱していない筈である筈なのにアヤカシか、ケモノに食い尽くされてまともに原型を留めていなかった。 「こいつは酷いな…。村の誰かか?」 そう思った時ふと、死骸の右手を見て、商人は凍りついた。 ぼぼ骨だけになった手に不似合いなほど明るい色合いの組み紐。 それに彼は覚えがあった。あの親子の笑顔と共に。 「まさか!」 商人は汚れた組み紐を手に取ると一目散に村に向かって走り出した。 そして息を切らせて辿り着いた村で彼が見たものは…。 「麗菜…ちゃん」 「あ! こんにちは! おひさしぶりです」 明るく笑う少女とその後ろに並び立つ夫婦であったのである。 開拓者ギルドにやってきた商人は、暗い顔で語った。 「私の考え違いであるならいいと思うのですが、おそらくそうではないでしょう。あの食い殺された人間が幻で無い限り」 寄り添う犬が心配そうに主に寄り添っている。 「父親、いえ、最悪の場合母親も既にアヤカシの手にかかっているのかもしれません。あの子が、それに気づいているかどうかは解りませんが…」 一見半年前に訪れた時と変わらない様子がかえって恐怖で、村から逃げ戻ってきてしまったと言う商人は顔を上げた。 震える手で差し出された組み紐にはツメの跡のようなものが残り、赤黒い血が染みついている。 悲劇の証拠はこれで十分であると言えた。 「父親の死骸は、私が確認し、これ以上食い荒らされないように埋めてきました。必要であるなら場所をお教えします。アヤカシが何故人の姿に化けて村に潜んでいるのか解りませんが、このまま放置しておけば確実にあの少女も、村も犠牲になってしまうと思います。その前に、どうかアヤカシを退治して下さい。あの子を、助けてあげて欲しいのです」 話を聞いて、ギルドの係員は開拓者達に言った。 「最初に言っとく。今回の様子からするに、父親は既に殺されていて絶対に助けられない。母親は、微妙だが…危ないな。操られているだけならいいが、憑依されてるようなら、死んでいるってことだろう。助けられない可能性は十分にある」 言葉が出ない。 まだ5歳だと言う女の子が、父親、下手したら両親がアヤカシに殺されていると知ったらどんなに悲しむだろうか? だが、放って置けば依頼人の言う様に被害が拡大するのも、少女に危害が及ぶのも明らかである。 「アヤカシの正体を暴き、少女と村を助け出す事。簡単じゃないぞ。できるか?」 そう問われた時、開拓者の答えは勿論決まっていた。 「なあ、麗菜。父さんと母さんと少し出かけないか?」 「おでかけ!? どこへ!」 「良い所だ。とっても、良い所。美しく素晴らしいお姫様に会えるかもしれないぞ」 「おひめさま? さいきん、れな。きれいなおひめさまのゆめをみるの。いく! おひめさまにあいたい!」 「よし、じゃあ明日の朝、出発だ」 それは開拓者が村に着く前日の事であった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●消えた一家 朋友に跨り空を行く者も、朋友や仲間と共に地上を行く者も。 その依頼を受けた者達には等しく共通することがあった。 「くそっ。間に合ってくれよ!」 ほぼ駆け足に近い早足で進む劫光(ia9510)とその行動が表す通り、急いでいるということが。彼の顔には微かな焦りがある。彼だけでは無い。 開拓者達の胸に広がる言葉にならない不安。それが、彼らの足をより一層早めるのだ。 事は依頼を受けた直後の事。 「悲しい依頼です。悲しい依頼です…。既に死亡が確認されているにも関わらず、知らぬまま、別人を父と思い、暮らしている女の子。アヤカシというものは、何故こうも人の心を弄べるのか…」 秋桜(ia2482)はそう言って胸の前で手を合わせた。彼女の思いは皆の思いでもあったのだが 「麗菜という娘は志体持ちか…」 依頼の話を聞いてから後、ずっと考え込んでいた大蔵南洋(ia1246)は渋い顔で腕を組む。 「何か心当たりが?」 問う劫光に 「ナマナリ…」 そう呟き答えたのは南洋ではなく石動 神音(ib2662)であった。 「生成って…あの伝説のアヤカシ?」 美しくも恐ろしい、天女と鬼姫の首を持つ伝説上のアヤカシ。 直接関わったことはない。けれど陰陽師として、開拓者として噂は耳にしたことがある。 近年復活し、暗躍していると言う話も聞いたことがある。だが、そんな伝説にも近い存在が一少女に関わっているとは。 瞬きする劫光に神音はうん、と頷いて見せた。 神音の声を聞き、萌月 鈴音(ib0395)もまた小さく呟く。 「入れ替りで……直ぐにナマナリと結びつけてしまうのは…私の考え過ぎでしょうか……?」 「鈴音ちゃんの言うとおり。もしアヤカシが成り代わってるなら、神音の知る限り夢魔である可能性が高いよね。嫌な予感がするよ。五行で夢魔と来れば、散々関わってきたナマナリをどーしても思い起こしちゃう」 「生成は志体持ちを食い物にする。烈雷が憑りついていた娘然り、生成の器にと見込まれた天奈殿然り…」 「そういう例があるのか? じゃあ、その娘も危ないんじゃ…!」 「とっても、危ないと…思う。麗奈ちゃんの身柄は勿論、心も…守らないと…」 依頼人の推察が正しいのなら、麗菜の父親は既に死んでいるのだろう。 ひょっとしたら、母親も。 柚乃(ia0638)は依頼人から預かった組み紐を握るときりりと唇を噛みしめた。 「奪われるわけにはいかない」 『ちょっと! まだ、怪我が治ってないんでしょ? 無理しちゃダメよ!』 襟元で柚乃の管狐の伊邪那が彼女にだけ聞こえる声で囁くが…止めても聞かないであろうことは解っている。 『…もう、最近怪我が多いわね。大丈夫? …解った。襟巻にお任せよ』 「…ありがと」 襟巻のようにくるりと首元で丸まった管狐の優しさに、少し肩に入りすぎていた力が抜ける。柚乃は伊邪那を撫でながら仲間達を見た。 「父親に成り代わったアヤカシ…。夢魔かどうか。生成と関係があるのか。何が目的かもはっきりしませんが、良い事でない事だけは確かですね」 「兎に角……直ぐに…その村に行きましょう……」 朝比奈 空(ia0086)の言葉と鈴音の言葉に開拓者達は急ぎ準備を整えると、飛び出して行ったのだった。 しかし村に辿り着いた開拓者達はそこで知ることになる。 「何? でかけた?」 少女とその両親の不在を。 「麗菜達だろう? なんだか、でかけるってほんの少し前に出て行ったところだ」 「そんな遠くに行った訳じゃあないと思うぜ。旅支度って感じじゃなかったしな」 村人達は顔を見合わせて笑うが、村長は 「何を馬鹿な! この寒さの中、一体どこに行くと言うのじゃ?」 驚く様に声を荒げた。だが、真に驚くのは村の子供が言ったこの言葉だった。 「なんだか、お姫様に会いに行くとか言ってたけど!」 「こりゃあ、拙いな」 不破 颯(ib0495)は飄々とした様子を崩さず、だが朋友瑠璃の手綱を握る手に力を込めた。 「鈴音さん。急いで追おう! 皆なら来た後、追いかけてくれる筈だから」 「…解りました。…すみません。仲間が来たら、私達は…先に行って麗菜さん達を、探していると伝えて…下さい」 「それは、構わんが…一体、どうしたと…?」 「事情は……後で必ず…。鈴。行きましょう」 飛び立つ二人を、村人達は訳も解らず見上げていた。 ●偽りの両親 その後、村人が、正確には村長達が事態の深刻さを知ったのは後続の開拓者が来て後。 秋桜に森の中に未だそのままにされていた「死体」の元に案内されてからの事であった。 「いかがですか? 麗菜さんのお父様で間違いないでしょうか?」 白骨化した死体を素人に見分けろと言うのは難しい話である。 しかし秋桜の問いに村人達は顔を見合わせ、その中の一人。村長がおそらく、と前おきながらも頷いた。 「彼は背が高い男でした。それに、この着衣にも見覚えがあります。だが、まさか…そんなことが…」 『もし母親も既に…だったら。彼女は一人になってしまう。だから、村の人達の存在、とても大事…だと思うの』 さっき、説明された時にはとても信じられなかったが、こうして見せられては信じざるを得ない。 開拓者の少女が言った言葉が胸に重く感じて、村長は肩を震わせる。 その様子に秋桜は 「ありがとうございます」 と礼を言った。 「これで、確証を持ってアヤカシを倒す事ができます。私は、これから仲間達の元に向かいますので、できればこのご遺体を村にお運び頂けますでしょうか? ただ、解決するまでは、他言無用にして頂きたくはありますが」 既に彼女以外の開拓者は麗菜達を追って行っている。 秋桜はとても現状を理解できず、信じられなかった彼らの為に残ったのだ。 村の小さな希望。少女を今、守れるのは開拓者しかいない。 「解りました。麗菜をよろしくお願いします」 深々と頭を下げる村長に会釈を返すと秋桜は忍犬と一緒に走り出す。 「頼みますよ。恋!」 仲間達は今頃、村を出たという麗菜達家族を追っている筈だ。 忍犬は仲間の匂いを追ってくれている。 「間に合うでしょうか?」 彼女が足にさらに力を入れた頃、 「おにいちゃん、おねえちゃんたち、なに、いってるの?」 森の中で見つけた少女麗菜は首を傾げながらその真っ直ぐで、澄んだ瞳で開拓者達を見つめていた。 麗菜とその両親は街道を離れた森の奥を歩いていた。 「ああ、どうも。こんにちわ〜」 それを最初に見つけたのは颯である。 「よしっ! 瑠璃。急降下!」 飛龍から飛び降りて驚いたように瞬きする親子の前でにへら〜っと笑って見せた。 「君が麗菜さん? いや〜無事でよかったですよぉ」 敵意を感じさせない笑みを作り、間を取りながら手を振って近づいていく。 既に、鈴音が仲間を呼びに行ってくれている。 それまで、なんとか時間を稼がなくては。 「お前は、一体何者だ?」 父親らしい男が、麗菜を強く引き寄せて自分の方へ寄せた。母親も自分を睨みつけている。 娘を守ろうとする両親の行動としてそうおかしいものではないが、颯は彼らの一挙手一投足を見て、 「ここらでアヤカシが出るって依頼があってねぇ〜。この辺物騒だから、村まで送りますよ〜」 言葉での攻撃に出た。 「い、いや。私達はこれからでかけるので。ご心配には及びません」 「お手を煩わせるのもいけませんから、どうぞお帰り下さいませ」 『彼ら』の様子が、明らかに不審なものと見えたから、だ。 「行く場所があるなら、護衛しましょうかぁ。アヤカシに襲われたら大変だしねぇ。こういうのも依頼のうちですから。お気になさらず〜。あ、ほら、仲間も来ましたしね〜」 颯の指差す先、空で迅鷹が舞っている。 「白鳳!」 先行していた迅鷹を呼んだ空と霊騎雪乃に跨った南洋を皮切りに颯の背後には開拓者達が次々に集まってきていた。 「この辺りにアヤカシが出没して危険だと申し出があったのだが、皆さんはどちらへおでかけか? 今日のところは引き返されたがよいのだが…?」 「いや…、大事な人とお会いする用事があって…」 それとほぼ同時。 『にゃああ〜』 麗菜の足元にはふわふわの毛並みの猫又が寄ってきて頭を摺り寄せる。 「あ! ねこちゃんだ! おいで〜!」 だが、するり。猫はその手から逃れてしまった。 けれど、彼女を嫌って逃げた訳ではなく、側でゆらゆらと尻尾を揺らしている。 「その子はくれおぱとらっていうの。あなたが気に入ったみたい。少し遊んであげてくれないかな〜」 「うん! いっしょにあそぼう」 けれど猫を追おうとした少女を引き止める手にさらに力が籠ったようだった。 「行ってはダメよ。麗菜!」 母親は麗菜の前を身体で遮り、 「おとうさん、いたいよ〜」 父親が麗菜を羽交い絞めるように両手で抱き寄せる。 麗菜の手には手編みの美しい組み紐が結ばれていた。 しかし父母、どちらの手にもそれは、ない。 「…アヤカシ。麗菜さんを離して!」 組み紐を握り締めて柚乃は強い目で二人を睨みつけた。 その時、彼らは確信する。 「もう…正体は判っています……」 「おにいちゃん、おねえちゃんたち、なに、いってるの?」 父親の胸に背中から抱き寄せられている麗菜には見えていなかったろう。 開拓者達を睨みつける自分の『両親』のその形相。アヤカシの気配を。 ●消えた『両親』 「…ねえ、麗菜ちゃん。おとうさんとおかあさんと…最近、どんなお話、した?」 柚乃に問われて、麗菜は父親の腕の中。小首を傾げた。 「おはなし? う〜ん、きれいなおひめさまのはなし。とってもやさしくてすてきなおひめさま。夢で見たの。そしたら、そのおひめさまはほんとうにいるんだよ、だって。いっしょにあいにいこうって…」 「ほお。姫様… と仰られるからには何処かの名家をお訪ねになられると? まさか商家の娘御を姫とは呼ばれまい」 南洋の目が鋭く光る。二人はもう返事もしない。 開拓者達を睨みつけている。 「…空さん」 その目と、自らが唱えた瘴索結界に一つの確信を持って、柚乃は空に囁いた。 そして、 「麗菜ちゃん…これを、見て」 麗菜の前にずっと握り続けていたものを差し出したのだ。 「それ…、わたしがおとうさんに、あげた…やつ? おとうさん、ずっとだいじにするっていってくれてたのに…。なんて、おねえさん、もってる…の?」 驚く麗菜が一瞬、両親の顔を覗き込もうと後ろを向く。 「おとう…さん?」 けれど縛り付ける様な手はそれを許さない。 その時、空はその手を高く天に掲げた。 「現れ出でよ! 聖なる矢よ! 悪しき者達を射抜け!」 「双樹!」「瑠璃! 援護だ!」『神音!』 『はい!!』『!!』「行くよ!!」 今まで気配を消す様に隠していた劫光の人妖と颯の龍、そして猫又に呼びかけられた神音。 空の攻撃と同時に動いた彼らは、双樹が男の眼前での変身解除でけん制し、神音が瞬脚で懐に飛び込み暗勁掌を鳩尾に叩き込み、猫又が父親の手をひっかき、一瞬力の緩んだ手から颯の龍が麗菜を奪い取ると颯の手元に落とした。 「きゃあ! な、なに?」 尻餅をついた麗菜に劫光が駆け寄った。そして指を指す。 「麗菜。良く見るんだ。今の術はアヤカシのみを射抜く技。聞くぞ。あそこにいるのはお前の親か?」 「えっ?」 彼らの視線の先で、胸元を押さえた二人が、まるで鬼のごとき形相を見せていた。 「おとうさん? おかあさん?」 『くそっ! どうして開拓者がこんなところにいる!』 『あと少しだったのに。役割を終えてしまえば、後は自由だったのに…』 気が付けば『二人』はもう人間の姿をしていなかった。 黒い瘴気に包まれて現れたのは、妖艶な外見をした二体のアヤカシ。 『返せ! その娘を返せ!!』 「見ちゃダメ!!」 元、母親であったアヤカシが麗菜に向けて、襲い掛かってくる。庇う様に神音が麗菜の手を強く引き寄せると小さな頭と体ごと抱えた。 その背中ごとアヤカシは攻撃を仕掛ける。だが、その身体に向けて文字通り矢継ぎ早に颯は矢を打ち放った。 『ぎゃあああ!!!』 悲鳴を上げるアヤカシは膝から崩れ倒れた。 そしてもう一体の、かつて父親であったアヤカシは腰に帯びていた剣を構えて開拓者に切りかかる。 しかし、その剣技はあまりにも脆弱で 「こ…の!」 あっさりと劫光に蹴り飛ばされてしまう。 そこを狙って南洋と空の攻撃が時間差で飛んだ。 南洋の刀が唐竹割のように額を割り 『が…は…』 アヤカシの命ごと砕く。 もはや立つこともままならなくなったのであろうそれは 「れ…麗菜」 最後の力を振り絞るようにもう一度変化した。 「お、おとうさん?」 手の力を抜いた神音の胸から逃れた麗菜の足元に縋って声を上げた。 「…呪われよ! 小さき娘。お前の生きる道は人の世には無いと知るがいい!!」 「イヤ! イヤ!! イヤアアア!!」 何か幻覚でも見たのか、麗菜は首を上下左右に振り回して頭を抱えていた。 「麗菜ちゃんを離せえ!!」 神音が鈴音とタイミングを合わせてアヤカシに左右から攻撃する。 そのダメージはアヤカシの存在そのものをかき消したのだった。 『そいつの…未来、もらって…いくぞ』 アヤカシはそう言って笑って消えて行った。 と同時 「麗菜ちゃん!!」 麗菜も崩れ落ちるように意識を失う。 「大丈夫でしょうか?」 「今は、意識がない方が幸せかもしれないけれど…」 南洋が麗菜を抱きかかえて帰っていく。 その背中を見送る者の存在に気づくことなく…。 『まったく、下っ端とはいえ、使えぬやつだ』 少し離れた木の上から一部始終を見ていたソレは消えたモノに向けてそんな侮蔑の言葉を吐き出した。 『最後の最後まで正体を出さずに開拓者に「両親」を殺させておけば、あの娘。いずれ我らのモノとなったかもしれぬのに。心を壊して何とする。姫の御心も解らぬやつらよ』 さて、どうするか。とソレは考える。 娘を追うか。それとも…。 『まあ、よい。捨て置くには惜しい存在だが手間をかけるほどのこともないだろう。 それに心を取り戻したとしても、この経験はあの娘の心に闇を落とすだろう。憎しみに心を染めるならいつかあの娘は、自ら我らが元に来るかもしれぬ』 誰にも聞こえない、見えない笑みを零してソレは闇に消える。 その言葉を知る者も、聞く者もいない。 ●遺された少女 二体の夢魔を瘴気に返して後、開拓者と村人は森と村の一斉捜索を行った。 結果、村からそう遠くない森の中で同じように白骨化した一体の亡骸を発見したのだった。 若い女性と思われるその遺体の腕には夫と同じ手作りの組み紐が残されていて、麗菜の母親とほぼ断定された。 アヤカシに『喰われた』形跡があったその遺体はおそらく夫と同じ頃に殺され、入れ替わられたのだろう。 両親に化けたアヤカシが消失したあの日、気を失って以来、麗菜は目を覚ましている時も、虚ろな目と心で立ち尽くしていた。 食事もしようとしないし、周囲の声も耳に入っていないようだ。 両親の遺体を正式に村の墓地に埋葬しようと言う話が決まっても、彼女はおそらくそれを理解してはいない。 「…このままじゃ、いけないよね」 自分に言い聞かせるように言うと、神音は 「麗菜ちゃん! 入るよ!! 来て!!」 ぼんやりと寝台に腰を下ろしたまま佇む麗菜の手を握ると、強く引っ張った。 『神音!』 猫又の呼び声も気にせず神音は麗菜をある場所に連れて来くると 「麗菜ちゃん! 良く見て!!」 小さな頭を両手で押さえるとある場所に向けさせた。 それは墓所であり、目の前にあるのは二人の遺体が治められた棺。 「…見せるつもりですか?」 鈴音の言葉に神音は頷く。 「大丈夫。麗菜ちゃんはきっと乗り越えられる。私は、信じる!」 その上には麗菜が二人に編んだ組み紐が乗せられてあった。 蓋を開き、死体の顔を見せる。少女の目が光を取り戻す。だが浮かぶものは否定。 悲鳴と共に彼女はそれを拒絶しようとした。 「いや! ウソ! これはおとうさんたちじゃない!!」 「辛いのは解る。だが、ちゃんと見送ってやれ。…でないと、もっと辛いことになる」 劫光がそう静かに麗菜に呼びかけた。ぽん、と南洋が麗菜の身体に触れる。 気が付けば開拓者達、ほぼ全員が見守るように立っていた。 背を押され、麗菜は二人の顔を、見る。 途端に目元から涙が溢れてきた。 「おとう…さん、お…かあ…さん。おとうさん! おかあさん!!! おとうさん!! おかあさん!!!」 まるで、堰を切ったように、弾けるように泣き出す少女。 「麗菜ちゃん…」 「うわあああああん!!」 泣きじゃくる麗菜を、空に神音、鈴音、そして柚乃、秋桜。女性達が柔らかく、抱きしめた。 柚乃の管狐、神音の猫又も秋桜の犬も。ふんわりとした毛並みで彼女を包みこむ。 涙が涸れてしまうのではないかと思うほど、彼女は長く、長く、泣き続ける。 開拓者にできるのは、それを見守ることだけであった。 数日の後、村の外れの墓所で颯は一角にある、二つ並んだ墓石に線香を供えると膝を折り、手を合わせた。 「どうか、安らかに…な」 「颯おにーさん! そろそろ帰ろうって」 「解った。ありがとな」 呼びかける神音に礼を言って彼は立ち上がる。 視線の先には仲間と、はにかむ様に立つ少女、麗菜の姿があった。 「少しは落ち着いたか?」 「うん…。ちょっとだけ、だけど」 麗菜の左腕には柚乃が贈ったもふらのぬいぐるみが、抱えられ、右手には二つの組み紐で編みなおされた腕輪が結ばれている。 「麗菜ちゃん。難しいかもしれないけど、憎しみだけで生きちゃいけないと思う。だから、少しだけ…あいつらのこと、忘れて幸せに生きて」 神音の言葉には返事が戻らない。 正気を取り戻した麗菜は、五歳という本当なら何の不安もなく幸せに生きられる筈の時、胸に果てしない悲しみと恨み、憎しみを抱いて生きることになった。 『どうして、おとうさんとおかあさんが死ななきゃならないの!! わたしだけどうしてころされなかったの!』 『それは…』 『アヤカシ、ゆるさない! アヤカシなんか、みんな、ほろんでしまえばいいのに!!』 『そう。麗菜ちゃん。思うことはためちゃダメ。全部吐き出しちゃえ!』 神音の胸の中で吐き出された慟哭はあまりにも悲しくて、言葉にさえするのも憚られる程だ。 だが、最初のように世界から自分を切り離して逃げるのではなく、アヤカシ全てを恨んで暴れるのでもなく開拓者と話をし父と母の形見を身に着けられるくらいには立ち直れたのかもしれない。 「…寂しいし、悲しい。おとうさんやおかあさんの所に、行きたい、とも思う。でも、それより先にやりたいことができたから…大丈夫」 小さく、本当に小さくではあるが、微笑んで見せた麗菜にそうか、と開拓者達は頷いて見せる。 「いつか、陰陽寮に来い。歓迎するぞ」 劫光は麗菜の頭を撫で 「息災でな」「がんばって…」 他の仲間達もそれぞれに声をかけて、別れを告げた。 「さようなら〜〜!」 手を振る少女は春を待って上京。天儀で保護される事になっている。 そして、いずれ陰陽師か別の道にしても開拓者を目指すだろう。 生成姫を斃し、家族の仇を討つ。それが彼女の「やりたいこと」だと言う。 復讐を願う心は悲しいけれど、人は支えがあれば、どんなに苦しくても生きていける。 いつか、自分を支えてくれる村人や多くの人、そして出会うであろう友や恋人が彼女を変えてくれればいいと願い、思う。 「そして、できますのなら…」 囁く様に祈るように、秋桜は空を見上げた。 「あの子…が…、大きくなる前に生成が倒れて、…復讐なんて考えなくて…良くなれば、いいのですが…」 「そうできるとよい…、いや、そうして見せよう!」 「そう…ですね」 「いつか…必ず」 誓いと共に見つめた空は不思議な程に冴えて、青く、美しかった。 |