【朱雀】陰陽寮の役割
マスター名:夢村円
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/04 22:04



■オープニング本文

【このシナリオは陰陽寮朱雀の二年生用シナリオです】


「北面に五行より援軍を送る。その為に各氏族の協力を請う」

 五行王 架茂 天禅が発した呼びかけは各地の陰陽氏族をやや驚かせるものであった。
 常日頃独立陰陽氏族をあまり良い目では見ていない架茂が命令ではなく、要請と言う形で各氏族に協力を求めたということ。
 それは一応なりとも彼が下に出てたということで、普段架茂に対してあまり好意を持っていないいくつかの氏族達も気分を(少なからず、ではあるが)良くし様々な思惑を胸に持ちつつその要請に応じたのだった。
 五行の西、自らを西家と名乗る一族もその一つ。
 彼らは長を筆頭に主力を北面に派遣した。
 その時、要請に応じる条件を五行に一つ出して行ったのだが…。

「五行が北面からの要請を受け正式に陰陽師達を派遣した」
 と言う話を寮生達が耳にしたのは、1月の委員会活動の時であったろうか。
 その後、先発隊の報告を受け、第二陣として国の陰陽師達や各陰陽氏族の代表が出発したのは数日前の事。
 手伝いに行きたい、北面を助けに行きたいと言う気持ちが無いわけでは無いが、国としての対応が決まった以上、勝手は出来ない。
 まして開拓者としての実績があると言え、五行において陰陽寮生達の立場はまだ学生でしかない。戦力として数えられないのは仕方のないことであった。
 彼ら陰陽寮の二年生達はどこか胸にわだかまるモノを感じつつも、今は自分達に命じられた役割を果たすべく、勉学に励んでいた。
 寮長の授業も考えてみれば久しぶりである。
「今回は不死系と呼ばれるアヤカシの話をしてきました。屍人と狂骨と食屍鬼と土左衛門の違いは解りますか?」
 一人の寮生が指され立ち上がった。
 仮にもアヤカシ選択の者として間違うわけにはいかない。
「はい。屍人はと食屍鬼は死んだ人間に憑依するアヤカシ。狂骨は骨になった死体に憑依するアヤカシ、土左衛門は水死した人間に憑依するアヤカシです」
 ほぼ間違いのない答えであるはずだが
「では、屍人と食屍鬼は具体的に、どこがどう違うと思いますか?」
 そう問い返されてふと返答に窮した。
「え…っと」
 名前、などと言う単純な者では無いのは解っている。
 しかし…。
 それを見た寮長は寮生を座らせると説明を始める。
「単純に能力の違い、というわけではありません。明確な差があるのです。屍人は死者に瘴気が入り込んだもの。食屍鬼は瀕死の人間に瘴気が入り込んだアヤカシです。対象者の死亡と同時に、身体と支配権を奪い取ります」
「えっ?」
 声を上げた者もいた。
「知的活動は不可能ですが、『習慣』レベルの行動であれば生前と同等の行動を取れると言われています。数日ではありますが食屍鬼が人間の村で気付かれず生活したと言う記録もあるのです。もっとも身近であるが故に恐ろしい相手と言えるでしょう」
 そこで言葉を切り寮長は寮生達を見た。
「さて、一月の課題ですが不死系アヤカシの討伐です。今回は二か所で行わなくてはならない事があるので二班に分かれて行って下さい」
「二か所? ですか?」
 寮生からの問いに寮長は頷く。
「そうです。結陣からみて西の辺境のある森に食屍鬼数体が。反対側の東の国境沿いで北面から流れてきた可能性のある屍人の群れが十数体現れたという報告があります。どちらも通常であれば近隣の陰陽氏族が退治を担当するのですが、現在その多くが北面の戦いの援軍に向かっているので手が足りなくなっています。そこで退治を行って欲しいのです」
 さらに寮長は続ける。
 陰陽氏族から協力を仰ぐ条件の一つが、このような事態が発生した時の事態対応であり寮生達はその為の力として期待され、残されたのだ。と。
「どちらも目撃場所は町から離れた森でで、一般人に大きな被害は出ていませんが、放置すれば危険なのは目に見えているので、早急に向かい退治してください。
 今回は課題として特に使用する術などへの縛りはありませんが、術応用の選択者はこの機会にいろいろ試してみるのもいいでしょう」
 つまり進級試験の論文の為の実地練習でもあると言うわけだ。
 アヤカシ研究で食屍鬼、屍人を選んだ者は言うに及ばず、そうでない者も得るところがあるだろう。
 今回の指定箇所二か所は逆方向すぎて全員が一か所に集まって集中撃破するには時間が足りない。
 寮長の言った通り二手に別れることになるだろう。
「西の方には凛を、東の方には朱里を連れて行って構いません。人数割り、作戦その他は自由です。ただし、地形や出現背景などは現地で調べるしかないでしょう。アヤカシに苦しむ人がいるのは北面に限ったことではありません。だから、自分の居場所でやるべきことをしっかりやる。それが大事なのです」

 迷いや複雑な思いを見透かされたような気がするがそれはさて置き、気持ちを切り替えて自分のやるべきことに向かうのだった。


■参加者一覧
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
喪越(ia1670
33歳・男・陰
瀬崎 静乃(ia4468
15歳・女・陰
平野 譲治(ia5226
15歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾花 紫乃(ia9951
17歳・女・巫
アッピン(ib0840
20歳・女・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
尾花 朔(ib1268
19歳・男・陰


■リプレイ本文

●二手に別れて
「考えてみれば初めてのような気がするなりよ」
 準備をしながら平野 譲治(ia5226)は、ふと、呟く様にそう言った。
「何がですか?」
 作業の手を止めて尾花朔(ib1268)が問うと
「最初っから二手に別れて全然別の目的地に行くことなりよ」
 譲治はそう答える。
「ああ、そう言えばそうかもね〜。個人課題や手分けして〜ってことはあっても最初から別々の目的地を指示されたことは多分初めてだね」
 話を聞いていた俳沢折々(ia0401)も同意するように頷く。
 今までの課題では二年生という一つのチームで行動していた。
 だが今回はそのチームが最初から二つに分割され別々の活動をする。
 別々の場所にアヤカシが現れた。その退治を目的とする実習だから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「少し寂しい気もしますね。いつも一緒でしたから。…真名(ib1222)さん。どうかお気をつけて」
 心配そうに自分を見つめる泉宮 紫乃(ia9951)とその足元の忍犬瑠璃に真名はことさら明るく笑って見せた。
「大丈夫よ。心配しないで! 紫乃の方こそ無理しちゃダメよ。朔、紫乃を頼んだわよ。仲良くね!」
「はい。もちろん」
 いつもようににっこりと、だが揺るぎない強さを持つ目で答えた朔の返事に真名は満足して笑うと一度だけ二人の背を叩き、彼らとは別の自分のチームに向かったのだった。

 今回の課題のチーム分けは便宜上、西と東に分かれている。
 西に現れたのは食屍鬼数体。
「私は西へ回らせて頂きたいと思います」
「僕も西。同じ班の人、よろしく」
 最初に名乗り出たのは玉櫛・静音(ia0872)と瀬崎 静乃(ia4468)、この二人は進級試験の研究課題が食屍鬼であるから、こちらに行きたいと思うのは至極当然の話で、反対する者は誰もいなかった。
「じゃあ、私も西に行かせて貰う。ちょっと気になることもあるんだ」
 と折々が手を上げ、それに紫乃と朔が加わる。
「朔、責任重大だな」
 からかう様に劫光(ia9510)は朔の腕を肘で突いた。返ってきた返事は
「ええ、皆さんを必ず守らなくてはなりませんね。気合を入れて行きます」
 至極真面目なものであったが、朔と言う人間がそういう人物であり、その人格を信頼しているから女性の中に男性一人と言う編成に誰も問題を感じないのだろう。
 一方、東側の国境近くでは屍人の群れが人々を襲っているという。
「北に困った人あれば、なりっ! 東なりがっ♪」
 と明るい顔で譲治が言い
「相手は屍人でしょ。しかも、北面の方から来たってことは、多分…そういうこと」
 自分に言い聞かせるように真名が目を伏せる。
「あっちこっちで大変ですよね〜。兎に角、被害が出る前に何とかしなければですよ」
 アッピン(ib0840)に劫光、そして…
「あり? 一番初めに来てもおかしくない人がいないなりね」
 首を傾げる譲治にどこか呆れたように青嵐(ia0508)がため息をついて見せた。
『来る意思はあった筈ですが、間に合わなかったようですね…。もう、時間ですから。あまり過ぎると、その分被害が増えますから…仕方ありません』
 確かにこれ以上時間を取るわけにはいかないのも事実だ。
 丁度、五人と五人に分かれたのも丁度いい、と言える。
「よしっ!! 賽子振るなり!!」
 気分と場を変えるように投げた賽子は四を指し示す。
 中吉、と言った所だろうか。少し胸を撫で下ろす。そして
「良かった。じゃあ行くなりよ! 強!!」
 譲治は荷物を肩に担ぐと朋友に声をかけたのだった。
 応えるように龍が頭を上げ、仲間達もそれぞれの準備と共に動き始める。
「じゃあ、行って来るなり! みんな! 気を付けるなりよ!」
「そっちもね〜。お互い良い報告ができるといいね」
 互いに手を振り、励まし合って彼らはそれぞれの目的地に向かって行った。
 朱雀寮一月実習の始まりである。

●東の屍人退治
 バサバサバサッ!
 大きな羽音に空を見下ろした寮生達の頭上。駿龍が滑るように舞い降りて後方に着地した。青嵐の嵐帝、譲治の小金沢 強と並んだその龍に
「やわらぎさん。お疲れ様でした。後ろの方、お願いしますね」
 背中から降りたアッピンは労う様に声をかけると仲間達の方へと駆け寄った。
「お待たせしました〜。どうです〜。敵は近づいてきましたかぁ〜」
「今、朱里と双樹を飛ばして調査させている。人魂も飛ばしているが、近付いてきているのは確かなようだな。接触まであと一刻ってところか…。そっちはどうだった?」
 アッピンは近くの村に情報収集に行っていた。
 その村で貰った森の簡単な地図を仲間達の前で広げて見せる。
「この先の村の人は屍人の襲撃を恐れてこっちの村に避難しているのだそうです。だから、周辺の人が近づいて来たり危害が及ぶ心配はないと思います〜」
「良かった。じゃあ、後は思いっきりやれるわね」
『数は報告があった十数体より増えている可能性がありますし、万が一ということもありますから、気を付けて置く必要はあるでしょうけれどね』
 真名は管狐の紅印を出して撫でながら、青嵐は呪術人形と、腰に着けた道具を確認しながら言う。
 戦いに挑む覚悟はできている。
「なあ。皆…」
 暫く何かを考えていた劫光は顔を上げると、仲間達の顔を見回した。
「何なりか?」
「今回、単独行動をさせて貰えないか? ちょっと試したいことがあるんだ」
 目を正面から見つめての譲治の問いに、劫光も真っ直ぐに答える。
「そう言えば〜、劫光さんの研究課題は『悲恋姫』でしたっけ〜。近くに私達がいると危ないってことですか〜」
「まあ、そういうことだ。敵を逃がすことはしないと誓う。無茶もしない。頼む」
 顔を見合わせあう真名と譲治が答えを求めるように青嵐を見、青嵐はアッピンと軽く目を合わせて後、頷いた。
『まあ、屍人くらいなら、そう手強い敵と言うわけでは無いでしょうから、大丈夫でしょう。ただ、何かあったら必ず連絡を』
「じゃあ、私は東方向、空から逸れたアヤカシがいないか確認して殲滅します〜。お三方と朱里が中央で、右翼の方をということでいいですか」
「解った。礼を言う」
 その会話の終わりを待っていたかのように上空に二対の白い鳥が戻り、人に戻った。
『敵が、来ます』『その数20数体です』
「よし! 行くぞ!!」
『「「「おう!!」」」』
 駆け出す彼らの前には屍人達が虚ろな目のまま、前進してきている。
 三方に別れた彼らはそれをそれぞれの作戦で迎え撃つのであった。

「強っ! 皆を傷つけさせない事を優先っ!」
 主の命に従って甲龍強は嵐帝と共に屍人を中央に密集させるように追い立てて行く。
『取りこぼした分はお二人に任せましょう。我々はこの本体を集中撃破です!』
「解ったわ!」「りょーかい! なのだ」
 青嵐は二人に頷くと瘴気の剣に術式を乗せた。
『基本的に屍人の構造と言うのは人間と変わらない筈。ならば、筋肉と関節、そしてそれを支える膝や腰を粉砕すれば!!』
 破壊力を増した剣は思うとおりに屍の骨を砕き、敵の動きを封じ、瘴気へと還して行く。
 一方で
「あれれ? 手応え無いなりね〜」
 譲治は屍人を掴みながら手から伝わってこない、瘴気回収の手応えに首を捻っていた。
 確かに練力が戻っている感じはするのだが、屍人から来るとか、そんな感じでは無い。
「う〜ん、おかしいなりねえ〜」
「譲治君! 後ろ!」
 真名の声に譲治はハッと後ろを向いた。
 見れば真後ろから屍人が譲治に襲いかぶさろうとしている。長い爪が肩に朱い筋を作る。
「わわわっ!!」
「紅印!」
 真名の管狐が、まるで閃光のように真っ直ぐに飛んでいくと屍人に体当たりした。
 一瞬、屍人がよろめき隙ができる。その隙に譲治は方向変換。屍人に蹴りを入れると火輪を放った。留めは真名の斬撃符だ。
「あ、ありがとなのだ!!」
 譲治の礼に笑顔で答えると、真名は彼の肩についた傷に治癒符をかけた。
「どうしたなり?」
 じっと傷を見つめる真名に譲治は首を傾げるが
「…やっぱり治癒符は消費が大きいのがネックよね。あ、ううん。なんでもない。私の研究課題、治癒符だから、ちょっとね…」
「何か気になることがあるなら手伝うなりよ。皆の課題も大事、なりよねっ!」
「あ、大丈夫だから。心配しないで。それより…」
 彼女は首を横に振ると前を指差した。
 屍人の群れはまだ消えていない。
 青嵐も流石に一人では殲滅に至っていないようだ。そう言えば彼も何かやりたいことがあるといっていたが…。
「最後まで手は抜かない。早く解放してあげましょう」
「了解なり!」
 二人は走り出して行った。

「俺はあちらのアヤカシを討つ。そっちは任せた」
 そう言って劫光は本体から逸れた数体の屍人を引き付けるように誘導した。
 屍人に姿を見せつつ空からは双樹の人魂が追い立てる。
 そして目的の場所にたどり着くと彼は結界術符『白』で壁を立てたのだった。
「双樹! お前は皆の所まで下がれ!」
『はい!』
 周囲に人や仲間がいないのを確認し、人魂を出して空に放つと同時。
「啼け、悲嘆の竜!」
 悲恋姫の術を召喚したのだった。
 黒い竜の様に立ち上ったそれは
『う・ら・め』『き・え・よ』
 呪詛のごとき言葉を吐き出す。
 瞬間、人魂は消失し、屍人達も苦しみにのた打ち回る。
 壁は殆ど揺れることもなく、草木もまた風以上になびきはしない。
「やはり、音の波がダメージを与えるわけではないのだな。それが、解っただけでも一つの成果だ!」
 ダメージに動きが止まった屍人数体など劫光にとっては大きな障害ではない。
 彼が敵をほぼ倒し終わった頃、本隊の方も殲滅に成功したようだった。
 見上げる空は冴えて蒼い。
 北面の方角へと飛ぶ龍とアッピンの姿を確認して彼は仲間の元へと戻って行ったのだった。

●西 食屍鬼退治
 西の辺境の森の中に、食屍鬼が数体いる。
 という情報は間違ってはいなかった。しかし
「まさか、こんなことになっているなんて…」
 『敵』の姿に今にも泣き出しそうな顔で目を伏せた紫乃の肩を慰めるように朔は抱きしめた。
 彼女達の前に現れた敵は四体。
 一目で解った。
 それらはかつて親と子の家族であった者達だと。
 四体のうちの一体は本当に小さな子供であるように見える。
 それでも、目を逸らすことはできない。
「紫乃さん」
「解っています。逃げたりしません」
 彼らは唇を噛みしめつつ敵を見つめたのだった。

 事前に被害を受けた村での事前調査で解っていたことではある。
 村から少し離れた山間に住む猟師の一家。
 その一家と年が明けてから連絡が取れなくなったと村人達は語ってくれていた。
 一家の長たる老人が頑固で、息子は腕に自信があって、冬でも特別な時以外は山から降りずに暮らしていた。
「だけど、子供もいるから心配でなあ。様子を見に行ったら食屍鬼になっとったんよ」
「夜になると襲ってくるんじゃ。今は追い返すのが精いっぱいでな。可愛そうじゃがなんとか退治しておくれ」
「今回は、ちょっと助け出すのは難しいようですね」
 村人達からのそんな声を聞いて朔は思わずため息を零した。
「うん、元々難しいのは解ってるんだ。未だかつて憑依された人間が生きていて助けられたって事例は無いに等しいくらいのレアなことだから」
「ボクも、解ってる。食屍鬼は、動き出した時点で…死んでいるってことだと思う」
 折々と静乃も言う。それは自分に言い聞かせているのに等しい。
「朔さん、村人に退治が終わるまで森に入らないように言って下さいましたか?」
 今回の実質的な指揮を執る形になったのは静音であった。彼女と静乃の研究調査の一環ということもある。
「それは大丈夫です。任せてくれました」
 頷く朔も紫乃や折々もそれに従うつもりだった。
「では、人魂で周囲を把握しながら円型に包囲陣を作っていきましょう。龍と鷲獅鳥は大きすぎて密集した森では動けないので入り口で待機。後の朋友さんと凛さんは調査などを手伝って下さい。…真心。入り口を見張っていて下さい」
「文幾重。…村人を入れちゃダメよ」
 言い聞かせられた命令に頷く様に二匹は森の入り口で待つ。
「かるみ! 上空から偵察をお願い」
「槐夏。上空から人魂で周囲を確認して下さい」
『はい。マスター』
「瑠璃さんはそれらしい気配が近づいたら教えて下さいね」
 そして、彼らはたどり着いた狩り小屋で敵と遭遇することになったのだった。

「行きましょう!」
 まず先手を打ったのは静音であった。集団のやはり前に立つ男の食屍鬼の前に人魂と大龍符を続けざまに打ち出す。
 視覚による威嚇などが効果があるか見たかったのだが、一瞬足が止まっただけで、敵はほとんどためらいを見せずに襲いかかってきた。
『危ないです!』
 敵と静音の前に冷静に割って入り、食屍鬼を蹴り飛ばしたのは凛であった。
「ありがとうございます。凛さん。やはり、知性はまともに残っていないようですね」
 きゅっと唇を噛むと
「後は大丈夫です」
 と呪術人形を取り出した。
「行きなさい!」
 紫陽花は主の命のままに敵に攻撃を仕掛ける。直接攻撃ではなく足を狙っての押し倒しや掴みかかりではあるが、瞬間の行動に力を入れることでなんとか思い通りに近い動きが成立している。男の食屍鬼は組倒され冷たい大地に背を付けた。
「これより貴方を討ちます。言い残す事はありますか」
 組み伏せた敵を見下ろして静音が言うが敵の目には何の反応も感じられなかった。
 腹の上の人形を振り落とし攻撃。静音の服と肌が微かに裂ける。
「それが答えですか…」
 目を伏せて静音は人形に攻撃を命じた。やがて、それは動かなくなる。
 一度だけ死体に戻ったそれを見つめて、静音は仲間達の元へと戻って行った。
 静音が食屍鬼の一体を瘴気に返したころ折々もまた女の外見をした食屍鬼に白狐の術で止めを刺した所であった。
「交渉不成立…っと。そっちはどうだった?」
「大丈夫です。後は、二体、いえ、一体ですね」
 言いながら仲間を見やる。そもそも熟練した開拓者でもある寮生達にとってちゃんと準備と覚悟さえ整っていれば食屍鬼はそう手強い敵では無いのだ。
 紫乃と朔が老人の食屍鬼を倒し、残るのは静乃の相手をする子供一体。
 倒せない相手では無い筈であるが彼女は真剣な攻撃をしかけてはいなかった。
「お願い…少し、試させて」
 彼女が真剣な眼差しで言うので、寮生達は手出しをせず見守ることにする。
 魂喰で力をそぎ、動きを鈍らせる。そして…
「!」
 静乃は食屍鬼の手を掴んだ。そして瘴気回収の術を唱えたのだった。
 食屍鬼の瘴気を吸収できないかと試みたのだろう。
 だが、返ってきた反応は
「わっ!」
 手による殴りかかり。つまりは攻撃であった。
「やっぱり、ダメ…」
 彼女は拳を握ると
「…ごめんね」
 小さな食屍鬼に渾身の氷柱をかけた。
 既にぎりぎりまで瘴気を削られていたであろう小さな体は冷気に包まるとほぼ同時、まるで操り人形の糸が切れるように崩れ落ちた。
「…ごめんね」
 遺体はその後、村人達立ち会いの下、火葬され家族四人、一緒に埋葬された。
 役割を終え、結陣に戻る寮生達はやるせない思いの中、今回の戦いを失われた命を決して無駄にしないと誓ったのだった。

●実習と言う名の人助け。人助けと言う名の学習
 人々を助け、アヤカシを滅すると言う目的を果たした寮生たち。
 本来であるなら仕事はそこで終了だが
「瘴気回収はあくまで練力を回復する力しかないみたいなりね〜」
 今回は戻って来て、報告を終えてからも彼らの多くは解散しようとせず、西と東でのアヤカシ退治。その情報の交換に余念がなかった。
 既に実習そのものは合格の言質を貰っている。
 特に東方面で北面からの屍人の経路を探り、後続のアヤカシを確認したアッピンの調査は評価された。
 しかし
「瘴気回収をアヤカシに触って使ってみたなりけど、殆ど手応えってなかったなりよ。確かに何かは戻ってくる気がするなりけど、それはどうもアヤカシや周囲に干渉してのものってかんじじゃなかったのだ」
「確かに。私も瘴気回収を使った時、倒した敵が瘴気に還る瞬間を見計らったつもりですが、回復量にも大地に戻って行く瘴気にも変化が見られませんでした。瘴気回収と言う術は周囲の瘴気の濃さに影響はされるものの、周囲の瘴気を吸い取って発動するとかではないのかもしれません」
「うん…。食屍鬼に瘴気回収しても、変化、無かった。瘴気回収って、瘴気を減らす効果があるわけじゃ、ないの…かも」
 彼らは陰陽寮の寮生。術の仕組みやアヤカシについて学ぶことこそが本分なのだ。
「聞いて下さい! 真名さん。食屍鬼から戻った遺体に治癒符が効いたんです。遺体そのものには大きな傷は無かったので、病気で亡くなっていたのかもしれませんが、でも遺体の傷を治せると言う事は一つの可能性が増えたと思いませんか?」
「そうね。損なわれた部分は無理でも傷ついた部分は符が補ってくれる。生命反応が無くなった遺体でもそれができるなら、他のもの、例えば朋友とかにも効果があるのかも」
 テーマを同じくする寮生同士が話し合ったり
「ねえ、静音ちゃん。食屍鬼、こっちが脅しかけてた時、ちょっと怯えてた感じはしたよ。でも、交渉を理解してはいなかったみたいだね」
「あの様子からして、会話をする知性は残っていなかったと思われます。殺意や敵意などは理解していたようですが、憑依を解けば助かると言う事は理解できていなかったのかもしれません。それが…できるものなのかは解りませんが…」
「そうですねえ〜。屍人もできあがっちゃったら、もう助けようもないみたいですからねえ〜。瘴気がアヤカシの元でも一度形を取っちゃったら変化は難しいのかもしれないですよ〜。実験用の粘泥ちゃんも、ず〜っと変化なしですからねえ〜。色水や真水で変化しないかと思ってたんですけど…」
 アヤカシの特性についての情報や意見を交換したりする。
 結果が思う通りのモノでは無かったり、予想と違うことも研究にはままある。
 だが、ある意味それも一つの成果である。
 それを得る為の勉強と人助けが両立できるなら、これ以上の事はないだろう。
「…悲恋姫の『声』は音ではあるが、その音そのものがダメージを与えているわけではない呪いの言葉がダメージを与える。知性の殆どない屍人や人魂でも影響はあるようだが、無機物のアヤカシなどには効果があるのだろうか…ん? 何をしてるんだ? 青嵐?」
 自分の実験の成果を思い出していた劫光は何やら書きながら道具を片づけていた青嵐に気付き、ふと、声をかけた。
『いえ、別に。大したことではありませんよ。屍人の構造や、衝撃の結果などを纏めていているだけです。いろいろと今回は反省も多かったですしね。やはり傀儡操術を屍で、というのはできないようでしたし、この子を爆発させるという予定もできませんでした。まあ、どちらもできなくてホッともしていますが』
 人形を撫でながら書く彼の屍人退治のレポートは、提出用以上に詳細で、いつか、これが誰かの役に立つかもしれないなと思い微笑しながら劫光は
「なあ、そういえば爆式拳を使ってたな。ちょっと詳しく話を聞かせて貰えないか? 俺も前衛で戦う以上、興味はある」
『ええ、いいですよ。私は勘違いしかけていたのですが爆式拳は爆発を誘発させるものではなく…』
 自身もまた仲間を誘い討論と検討の輪の中へと入って行ったのだった。
『皆様、お茶が入りました…』
「ありがと、凛ちゃん。凛ちゃんも意見というか感想を貰えないかな?」

 その日、夜遅くまで朱雀寮の明かりが消えることは無かったと言う。