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■オープニング本文 様々な色はあれど 想ひもまた 何処に知らずか 飛びいるか この華ひとたび 口に含めしは 永遠への想ひ 伴に重なるやと 「旦那様が戻ってこないのです」 赤切れになった手指で鼻をこすりながら、少年は言った。 まだ十になったばかりであろうか、大きな眼を真っ赤に腫らしながら男を見上げていた。 薄暗くなった寺へと続く階段へと座り、男は視線を合わせるも背丈がそれを邪魔する。 「坊主、お前はどこの丁稚だい?」 懐から取り出した結び飯は、既に少年の手元へ渡っていた。 奉公に出ているのだろう、ちと大きい服に身を包んでいるが身なりはきちりとしている。 強面の顔を、少しは緩まそうとして無理に作った笑みは、顔を引き攣らせるだけだった。 それでも少しは効果あったのだろう、張りつめていた背筋がいくらか和らぎ、そして我慢していた涙がぽろり、ぽろりと止めど無く溢れ出した。 「おいらの――」 「んでだ、坊主が言うには南の通りにできた蕎麦屋の若旦那らしいんだ」 煙管を深く吐きながら相談された男は告げ始めた。 顔を出したのは幾多ものの人助けや相談を担う場所である。受付にいた同僚に詳細を話すべく来たのだ。 すいと、半紙に墨を付けた小筆を走らせ、簡易な地図を描き出す。 「だが、評判がいい男でもやはり恋女房がいるみたいでよ」 小指を立ててわずかに歪めた口元は、凶悪な顔を悪化させるだけであった。 「まぁ、昨今は所帯もたねぇかって誘いが多かったらしいんだけどな」 失敗したのに気付いたのか、すぐに不調面に戻るも、小筆は次の図を描き始める。 「で、ここがその恋女房の店だ。まぁ、そこそこ粋な女子なんだが……ここ最近、妙な評判があってな」 どうやらその女がいる店は、つい最近まで休むことがなかったのだが、ある日を境にひっそりと静まっているという。 そして―― 「三味線だけが、聞こえるそうだ」 赤い雫が華を散らす。 一つ、二つ。落ちるごとに鮮やかに白を染め上げていく。 「……藍はよしよし、紅は……」 指を滑らすと、絹が波を打って折り返す。 「許しまへんへ……」 合せ貝を開けると薬指をそっと朱に染め上げる。 灯篭で出来た影は、蠢く様に広がっていく。 そっと抱きしめたのは、人形だろうか。ことりと、腕が落ちた。 散らした華は、幾重になったのだろう。 残ったのは、来るはずのない夜明けを夢見た旋律だけだった。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ
ジン・デージー(ic0036)
16歳・女・武
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志 |
■リプレイ本文 「また、何かの事件か……」 皇 りょう(ia1673)は少し長く息を吐いた。 「ええっと、依頼の内容を纏めると『艶街に行ったきり帰って来ない』お蕎麦屋の主人を探していたら、人気はないのに三味線の音だけが聞こえるお店があったから調べてほしい……でいいのかな?」 和奏(ia8807)はかくりと首を傾げた。 「……無事に見つかるかどうか」 日依朶 美織(ib8043)は口に手を当てながら考え込む。この手の話、無事の方がまず少ない。 「あぁ、そんな感じだな。悪いが、頼む」 職員はすまなそうに頭をかくと丁寧に描かれた地図を渡してくれる。紹介する方も、後味が悪い気がしているのだろう。 ジン・デージー(ic0036)が受け取って広げる。 そこには、事件の舞台となるであろう目的地が書き込まれていた。 ◆ 「少年よ、訊ねても良いだろうか」 最初に訪れたのは該当の蕎麦屋だった。旦那が自宅兼の店に姿を見せなくなってから四日が経っているという。 綺麗に整頓された店は意外と広く、繁盛しているのがわかる。店の手伝いは少年の他に通いの女が一人だという。 先程まで泣いていた少年は平野 譲治(ia5226)の言葉で僅かながら納まっていた。まだ、顔には泣き後があるが。 皇の質問に対しややこわばった様子で少年は語りだした。 「旦那様が出かけたのは普段と変わりなかったんです」 初めは馴染みの店に泊まりをしたのだろうと思った。 そういうことは度々あった。しかし、いつもと違うと思ったのはその3日後だった。 不安に思い、少年自体が知っている場所には足を延ばした。 それは、隣町にある此度話が上がっていた縁談の屋敷にも、だ。 「……旦那様は遅くても居続けは2日でした。だから余程じゃないと来たらいけないって言われてるお店にも、行ってみたんです」 しかし、店の者は誰も蕎麦屋の旦那のことは来ていないといっていた。 居たのは、それこそ2日前。 馴染みの蝶の部屋に上がったものの、その2日後の朝には帰ったというのだ。 「でも、店にも帰ってこなくて……」 ふいにがっしりと少年の肩を掴んだ平野は顔を近づけ盛大にうなづく。今にも当たりそうな距離だ。 「乗りかかった船なのだ! 一緒に調べようなりっ!」 瞳を熱くし感極まった如く高々と拳を天へと突き上げていた。 縁談の話が上がっている相手の屋敷に行ったのは皇と蔵 秀春(ic0690)だ。 店の様子をと思っていたが、時間が早いためこちらを優先してみたのだ。 相手の家はほど遠くなく、何やら周囲には新しい店が並んでいる。栄えた地域であることがとってわかる。 主人によると事件について知ったのはつい先日、少年が旦那の行方に付いて確かめてきたときだという。 「へぇ、たいそう真面目な御仁と評判で。取引をと思っていたのですが、気にいってしまって」 縁談の成り行きを聞くと、どうもこの家の主人が蕎麦屋の旦那を気にいったことからの話らしい。 少年の話で気になって調べてみたら、馴染みの店があると初めて知ったのだという。 それも、つい昨日の話だった。 「いい返事をくれないから、どうなのだろうと思っていたのですがね」 この家の取引先には、どうも可の艶街の周辺も多くあるようで、その先で話が広まっていた可能性が生まれてきていた。 「この案件……どうも無事には済まなそうだね」 表情が曇る。 今わかったことだけ纏めても、駆け落ちという話にはどうも済まなそうだ。 「黒い感情に支配されちまっても致し方ないんじゃないかな」 蔵の呟きに、思わず悪い方へと考えが傾いてしまう。 男女の縺れ以外に、何が待ち受けているのだろう。ほとほと困り果てた顔の皇にふと笑みを返した。 艶街はひっそりとした規模で築かれていた。 反対側のほうに大きく新しい歓楽街ができたらしい。皮肉にも縁談相手の家の方であった。そちらへと人は流れて行っていることもあるだろう。橋を渡ったところに、その店は存在した。 古くからの街並みのためか、どちらかというと艶街というよりは、少し砕けた呑み屋と言える雰囲気である。 まだ空は明るく、周辺が活気づきには早い時間であった。そんな時間ではあるが、店の者は行動しだす時間だ。 客の前に……である。 「ななっ!あそこのお店、普段ってどんな感じだったのだっ!?音楽が聞こえてくる前っ!」 道行く人に平野は精一杯無邪気に声をかけていた。 「あ? あぁ……あの店かぁ。口うるさい婆さんが仕切ってる茶店だなぁ」 「茶店?」 「あぁ……坊主にはまだ早いかもしれねぇ、店だがな」 男は苦笑しつつも、平野の頭をぽぽんと撫でる。 「まぁ、時折店の前で女の子がぼんやりと唄って客寄せをしてたが……そういや、ここ最近見ないねぇ」 ふと考え込むように答えると、君にはまだ早いよとやんわりと忠告をくれた。 「んっ!ありがとなりねっ!」 「では、いつもここによってからと」 「へぇ、ここの甘味をお買いになって。その日も馴染みが好きだからと」 和奏の質問に店主は答えた。丁度蕎麦屋からの通り道にあるこの店は茶菓子というよりも、小さく可愛らしい品を取り扱っている店だ。女子への人気は強そうである。 リィムナ・ピサレット(ib5201)も少し興味深そうに店内を見回す。 「なんせ、あの近辺の子らはここまで来れないでしょうし」 ここまで……どうやら、対象の店はそれほど儲かっていないらしい。そんなに高価なものではないだろうが、足を運べないというのだ。 「しかし、あの蕎麦屋の旦那は豆だねぇ。半月に一回は、顔を出すんだから」 もうそろそろかねぇと、気楽に言って店の奥へと入っていく。 半月に一回……その逢瀬の合間が、旦那の行動をもう一つ不可思議にさせていた。 「っと、ななっ!あそこのお店、何かあったのだっ!? 近頃喧嘩とか身内に不幸があったとかっ!」 「ん? 坊主なんでそんなこと?」 この近辺を出入りしているだろう、少し赤っ鼻の親父に声をかけた時だった。 「んっ! 締め切ってるから、なんかあったとかっ!」 いかにも子供らしく、気になるからとばかりに捲し立てる。 「あぁ……ここ一週間くれぇか。そういや、店のやつみねぇな」 ちと顔を顰めるオヤジの顔を見ると、あまり気にしていなかったようだ。 「おおよそそのくらい、なりか……。その場所にだけ瘴気が集まってるとは考えにくいなりよね……」 親父に礼を言って近くの角を曲がると、平野は表情を引き締めた。その途端、先ほどの無邪気さとは違い、思慮深さが表れる。 付近の住人及び出入りしている人の反応はまちまちだった。 情報を纏めてみることが先決である、と道を引き返していった。 音が、聞こえた。 何かを爪弾いたその音は高く、引きずるような余韻が耳に残った。 まだ日は高く、周囲の店も動きはあるものの店支度をするには早い頃合いだった。 しかし、超越聴覚を使用した日依朶は僅かに顔を歪める。 芸子の練習にしては、音が違いすぎたのだ。思わず眉間に皺が入った。 まだそんなに近づいてはいないのに、強い確信が彼の中に生まれていく。 「……非難の呼びかけ、しなきゃ」 まだ仲間たちは聞き込みをしている。周囲に散っている仲間への呼びかけとともに、彼は緊急体制を敷くことを選んでいた。 ◆ 周辺の住民への呼びかけが済み、もしもの為にと外出を控えてもらった。 異変が起き始めたのはここ1週間ほどの話。そして、蕎麦屋の旦那が遊びに来て、今日で四日。 「周囲が淀んできた」 リィムナが呟く。 冷やりと気温が下がっていくのが分かった。 雨も降っていないのに、だ。 それと共に先程日依朶が聞いた音が今では何もしなくても耳に届いていた。 どうやら、音が届く範囲に結界が張られていっているらしい。 穏やかだった街の雰囲気が、ふわりと音を境に空気が変化していく。 「恋女房の店、か……」 蔵はふと考えた様子だったが、そっと閉まっていた扉に手をかけた。 扉は苦も無く開き、ぼんやりとした灯りが薄暗く閉まり切った店内を照らす。 店内は静まっていた。 周囲の情報と間違いはない。人の気配が感じないのだ。 奥の方へと耳を澄ませてみても、反応はない。と、ことりと音がした。 「……誰か、いませんか?」 そっと暖簾を持ち上げると、こちらを背にして座っている人がいた。 「すみま……」 反応がないのを訝しげに思いながら近寄ると、人――老婆はだらんとだらしなく口を開け、視点は空を見ている。反応はやはりない。 ジンは素早く周囲を見回すが、辺りには争った形跡はない。 三味線の音は、まだやまずに響いてくる。 「まだ、息はある」 瘴気に当てられ続けたのだろうか、和奏は首元に手を当て確認するも、老婆の意識は完全に失せていた。 「上っ!」 平野が階段の方を見つめ叫ぶ。 音は、確かにその方向から聞こえてきた。そしてなにより、 はらはらと、小さな花弁が道標のように落ちている。 まだ、枯れもせずに。 時間がたっていないのは、先程の老婆を見た時にわかっていた。 そして、この店の変化が表れ始めた時期も。 まだ、そんなに気付かれてはいないことも考え、もしかしたらと希望がわく。 「動きは封じるのだっ!攻撃は頼んだなりよっ!」 階上へと昇った途端、平野は呪符を掲げる。結界呪符だ。 その言葉に頷くだけで応えると、和奏と皇が先に走った。 襖を開け放ち、様子を窺いつつ他の部屋へと進む。 音は、奥の部屋から響いてくる。だんだん近づくにつれ、周りの温度が下がっていくように感じる。 続き部屋へと手をかけた時だった。 「人は無事! でも、旦那はいなかったです!」 ジンは階下で他の人を店の外に出してから戻ってきた。 その言葉にこくんと頷くも、別の部屋で倒れていた人の誘導を頼む。上の階にも、2人ほど女がいたのだ。 ふわりと、風を感じた。 次の瞬間、開こうとした襖から長い黒いものが飛び出してきた。 「食らうと思ったなりかっ!?甘いのだっ!」 だんっと、音を立てて手を床へと叩きつける。平野の前で符が術を形成し、飛び出てきたものを抑制した。 そこへ皇がぶんと得物を振り上げた。 「室内は少しばかりか適さないのだがな」 得物の長さが邪魔をする室内では、大捕り物をやるには不適だ。 しかし、そこは数多くの場数を踏んだものである。器用に壁や天蓋へとぶつからない様に動かしながら、伸びてくる物体、触手を切り捨てていく。 触手、だ。視線を奥へとやると、黒い塊が音を響かせながら存在していた。伸びてくる触手は蛇のようにうねりつつ、こちらへの突撃をやめない。器用に叩き落とす和奏と皇を先頭に、狭い屋内での戦闘が始まった。 「あぶないっ!」 襖という死角から回ってきた触手に、素早く日依朶が手裏剣を投げつける。そのまま壁へと突き刺さり、そこを打剣が切り離した。 黒く伸びる触手は、切った感じからして毛髪が変形したようだった。蛇のようにうねり、そして落とすと髪の様に散らばる。 嫌な予感が当たった、と蔵は軽い舌打ちをして黒い塊の奥からのぞいている人の手を凝視する。男の、手だ。 手の感じからして、働き盛りの、若い男の手だ。しかしすでにその手は生気を感じさせないほど青く――その手をかき寄せるように、別の白い手が奥から伸び、掴み隠した。 「おいおい、お前さん、愛しい相手じゃなかったのか」 黒光りした触手は、毛髪だったとしたら綺麗な黒髪の持ち主だったのだろう。 部屋の隅に落ちていた簪は、丁寧に扱われていた形跡がみられ、持ち主は大事にしていたと感じられた。 だから、よけい悔しさが募る。 「女は斬りたくないが、致し方なし、か?」 「……何があったかは知らない。けど、アヤカシであれば殲滅するだけだよっ!」 リィムナの声が音へと変わった。いや、彼女が曲を奏でたのだ。 不意に、空気が和らぐのが感じる。と共に、先程まで鳴り響いていた三味線の音が掻き消えた。 「くっ!?」 纏まっていた触手が、かき乱れた髪の様に広がり視界をふさぐ。 そして次の瞬間、散り逝く花びらになって掻き消えていった。 ◆ 全てが消えた後、奥に残ったのは一対の男女の姿だった。 容姿の特徴からいって、男は行方知れずとなっていた蕎麦屋の旦那だということはわかった。 そして、女が彼の恋女房ということも。 絡み合った手の先には、三味線の弦が掴まれていた。そして、男の首に痛々しく残っている、赤い赤い所有線。 「……命を奪うより、話し合えよ。誤解があるかも知れねぇだろうに」 足元に落ちていた簪を手に、蔵は紡ぐ。この言葉は、聞き届くときに伝えたかった。 さらさらと、女の体がぼやけていく。旦那に纏わりつくように。鈍くぼやけて、消えた。 きっと、あの少年は泣くだろう。だけど、きっと前を向いてくれる日は来る――平野はぎゅっと拳を握る。 「……私も、もしも愛する夫が別の女のところに行ってしまうと知ったら。あのように狂うのでしょうか……」 空を見上げながら日依朶はふと眉を寄せた。手元には、先ほどの現場にあった一輪の紫陽花があった。 先程までとは違い、空の色は雲一つなく暁色に染まっている。 ジンはちらりと見つめるが、よくわからないというそぶりで手元に琵琶を寄せ始めた。 あくまでも彼は男だ。男の娘であろうと、夫と言われると違和感を感じ得ない。 そんな様子に日依朶は少し困ったように微笑んで。 「否、とは言えませんね」 手にしていた花をそっと空へと放した。 花は、琵琶の音に触れながら、そっと――掻き消えていった。 |