演目『理穴緑茂合戦』
マスター名:雪本店主
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/24 22:26



■オープニング本文

 良く晴れた昼下がり、神楽の都を歩く二人の男が居た。片方は地味な着物に小柄な背丈、しかしその顔立ちは世間の荒波を幾重も越えた鋭さを漂わせている。男の名は、大谷治仲蔵。とある歌舞伎一座の座長である。
「おう、天助」
「その名で呼ぶんじゃねえ、俺の名前は天乃丞だ!」
 仲蔵の声に答えた男、名は市村天乃丞と言う。齢十八ほどであろうか、呼びかけた男と並ぶ姿は頭一つ高く、応じる口調も血気盛んな若者といった風情だ。
「へっ、いつまで経ってもおめえは天助だよ‥‥そんなことはどうでもいい。次やる芝居が決まったぜ」
「どうでもよくねえ」
 なんとも険悪なやり取りだが、この両人、同じ一座の座長と二枚目役者の関係だったりする。不貞腐れた天乃丞をよそに、仲蔵は話を続ける。
「良いから黙って聞け。次は合戦をやるぞ」
「合戦?」
 いぶかしげな様子で、天乃丞は仲蔵の顔に視線を向ける。
「ああ、少し前に理穴のほうで合戦があったんだ。そいつを題材にアヤカシとの大立ち回りを売りにした芝居を打つ」
 腕組みしながら仲蔵が穏やかに説明していく。出てくる言葉に迷いは無く、すでに頭の中では脚本やら舞台やらの打算はある程度済んでいるのかも知れない。
「へえ、そんな合戦があったのか」
 天乃丞の何気ない呟きに、仲蔵が「やれやれ」と小さく溜息を吐いた。
「おめえはもちっと世間に耳を傾けるべきだな」
「耳でかくしたって、芝居は上手くならねえよ」
「いっぱしの役者になりてえなら必要なことだ。覚えておけ」
 仲蔵の厳しい物言いに、天乃丞は苦々しい表情を浮かべた。天乃丞は返す言葉を探して、必死に頭を巡らせる。
「だ、だがよ。合戦の大立ち回りっていったら、役者が足りないんじゃねえのか?」
「おう、おめえにしちゃ良い所に気がついたな」
 先ほどの表情から一転して、天乃丞が得意気に「まあな」と呟いた。天乃丞の様子を見た仲蔵は、目を細めて含みのある表情を浮かべる。
「今回の芝居では開拓者を雇うつもりだ」
「‥‥へ?」
 天乃丞が間の抜けた声を上げるが、仲蔵はそんなことには構わずぺらぺらと喋り続ける。
「合戦では実際に開拓者が活躍したって話だしな、立ち回りは問題ねえだろ。後は台詞の仕込みだが、要所は一座の連中で助けてやれば済むだろうし、何より一番の宣伝効果になるからな」
「お、おいおい」
「つーわけだ。何人か見繕って来い」
「俺が!?」
 天乃丞の二枚目顔が、見事なひょっとこ顔に変わった。「何で俺が」と言わなくとも分かる程に、ひょっとこである。
「おめえ、前に開拓者に世話になったじゃねえか。ほれ、芝居の稽古を脱走した時に」
「だからって何で」
 必死で天乃丞が訴えるも、仲蔵は最早、聞く耳持たず。
「良いから今すぐ行って来い。ついでにしっかり宣伝して来るんだぞ」
 仲蔵は、お先とばかりに早足で去ってしまった。
「たく、どうなっても知らねえぞ!」
 天乃丞の放った捨て台詞はしかし、角を曲がった仲蔵に軽やかにかわされ、神楽の都に響くばかりであった。


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
柚月(ia0063
15歳・男・巫
蘭 志狼(ia0805
29歳・男・サ
相馬 玄蕃助(ia0925
20歳・男・志
紫焔 遊羽(ia1017
21歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
雲母(ia6295
20歳・女・陰
橋澄 朱鷺子(ia6844
23歳・女・弓


■リプレイ本文

●幕前
 開拓者達は、一座の小屋で仲蔵との初顔合わせとあいなった。小屋の中を一座の人々が小走りに通り過ぎていく。
「遅れてすまねえ、座長の大谷治仲蔵だ。見ての通り皆忙しくてよ。ちっとばかしキツイ日程になるがよろしく頼む」
「ほうほう、善い哉善い哉。歌舞伎とあらば、一肌脱がずにはいられまいて」
 やってきた仲蔵が開拓者に挨拶すると、小野 咬竜(ia0038)が不敵な笑みを覗かせた。
「その見栄えならまんま舞台に出られそうだ。期待してるぜ」
「はっは、なぁに。俺達に任せておけい。ことにこの俺、目立つ事にかけてならおいそれと負けてはおれんからのう!」
 仲蔵の言葉に、咬竜が自信ありげな様子を見せる。
「不肖この玄蕃助、臨場感たっぷりの演技を致しますぞ」
「戦う以外の事で役に立てるとは、其れもまた興味深い」
 相馬 玄蕃助(ia0925)と蘭 志狼(ia0805)も気合を示すように言葉を発した。
(「芝居となれば良い尻も集まる。目の保養どきにござる!」)
 玄蕃助の瞳が怪しく輝いた。
「雑用、裏方、なんでもお任せくだされ!」
 一方、志狼は腕組みしながら思案に暮れている。
(「舞台など、ろくに観た事が無いのだが‥‥」)
「どしたのシロー?」
 志狼の発する「自分、不器用ですから」オーラを感じ取ったのか、柚月(ia0063)が声を掛けてきた。
「いや、柚月は芝居には慣れているのか?」
「懐かしい雰囲気。これでも昔は諸国をめぐったモンだよ。ま、僕は舞や笛が中心で、劇はあんまり経験ないケドね」
 軽い仕草で応じる柚月だが、一座の空気を肌で感じているのかどことなく楽しげである。
「ふむ。ならば柚月と相馬に今回は頼らせて貰おう。素人の俺よりは詳しいようだ」
「そんなたいしたモノじゃないよ。そいえばさ、こないだはゴメンね」
 柚月の唐突な言葉に、志狼が訝しげに問い返す。
「なんのことだ?」
「‥‥さて、なんだろ?」
 自分から聞いておきながら、柚月がとぼけた返事を返した。
(「忘れてるなら、いいんだけどさ」)
「すぐに衣装と演技の打ち合わせを始めてくれ。時間が無いからやれることからやってくれよ」
 仲蔵の大きな声に開拓者の面々が動き出した。

 衣装と言っても一人一着ではない。衣装変えもあれば一人二役だって居る。
「柚ちゃんの女形、かいらしいなぁ」
「ありがとっ、ゆぅも素敵な美少年だねえ」
 姿見を前に紫焔 遊羽(ia1017)と柚月が楽しげに会話している。遊羽は緋色の狩衣に涼やかな色の化粧で凛々しい少年の姿に。柚月は白と赤を基調にしたシンプルな巫女の衣装を、丈を短くして動きやすくアレンジしてある。
「お花乗せてみてええ?」
「似合うかな?」
 遊羽と柚月が飾りあっている横で、フェルル=グライフ(ia4572)と橋澄 朱鷺子(ia6844)もそれぞれの衣装に身を包んでいた。フェルルは白と緑、朱鷺子は黒と赤を色の基本として、二人とも礼装の着物と甲冑を合わせたような衣装だ。
「演目ですか‥‥楽しそうですね」
 朱鷺子の衣装は儀弐王役のものだ。淡化粧を施し目元に薄紅を引いてある。その迫力は本物と見まごうほどだ。
「本当に。激しい合戦でしたので、人々を元気付けられればと参加してみましたが」
 フェルルの衣装は開拓者のもの。動きを大きく見せるため、裾布を幾重にも重ねてある。どこか上品さがあり、戦士と言うよりは戦姫といった装いだ。
「私達が上手く演じていい演目にしましょう」
「そうですね」
 朱鷺子の言葉にフェルルが穏かに微笑み返した。

 稽古場では咬竜と天乃丞が殺陣の動きを合わせていた。
「武の動きちゅうのは、突き詰めると地味になるからのう。今一判らん。是非とも本物の動きを教えてくれんか」
 咬竜は紅い甲冑に白赤髪の姿、炎羅の役だ。顔には藍色で、こちらも獅子のたてがみの如く、激しく波打つ隈取がほどこされている。
「要は相手と動きを合わせればいい。最初は声、次に一動作挟んで攻撃」
 二人がゆっくりと木刀を合わせる。
「少し早くするぜ‥‥はっ!」
 天乃丞の声に合わせ、刀身で何度か打ち合う。
「せっ!」
「おう」
 足払いの一撃を咬竜が飛んで避け、二人が相対して構えなおす。
「やっぱり本物の開拓者は違えな」
「ふっふ、この程度なら実戦で何度もな」
 余裕を見せる咬竜の背に、不穏な白い影が近づいてきた。
「お命頂戴!」
 影が纏った薄布の中には、咬竜を見上げる遊羽の姿があった。
「ほーら咬竜、みてやみてや‥‥ゆぅ、男前やろ?」
 その場でくるりと一回転して、晴れ姿を披露してみせる。
「うむ、可愛い。実に可愛い」
「可愛いて、今のゆぅは少年や」
 しかし遊羽の抗議は咬竜の豪快な笑い声と、さらに続いた「可愛い」の連呼で流されてしまった。気を取り直して、遊羽が咬竜に問いかける。
「劇の中でな、ゆぅ‥‥肩に乗せてもろても、えぇやろか?」
 おずおずと見上げた遊羽の頭を、咬竜が軽く撫でる。
「幾らでも乗せてやろう」
 その返事に、遊羽が満面の笑みを浮かべた。
「芝居の心得は掴めたかい?」
 しばし休憩とばかり、天乃丞は角でぶつぶつ言っている志狼の所へやってきた。志狼の衣装は紫の衣に甲冑を合わせた侍のものだ。
「‥‥む。度胸。度胸とな‥‥其れなら、どうにかなるか‥‥」
 志狼が手にしているのは芝居の入門書。天乃丞の声も届かないほど、熱心に読みふけっているようだ。
「まだ掛かりそうだな」
 天乃丞が苦笑を浮かべると、いつの間にやら遊羽が花飾りを手に寄ってきていた。
「志狼さんも、つけてみよる‥‥?」
 にっこり笑って飾りを差し出すが、志狼は気が付かない。そこで遊羽は志狼の頭にこっそりと乗せてみる。が、志狼はやはり気が付かない。そんな志狼に天乃丞が一言。
「女形でもやれば、度胸の一つも付くだろうな」
 こうして本番までの日々は、あっという間に過ぎていった。

●第一幕
 緩く爪弾かれる三味線と、柚月の奏でる物悲しい笛の響きで、舞台はゆるゆると幕を開けた。
『――理穴国は緑茂の里、今や里はアヤカシの脅威に晒され、暮らす者たちも守る者たちも、怯えて過ごすばかり』
 語りと共に開けた舞台は、里に築かれた戦陣から始まった。里の人や兵士達が、怯えたように舞台の袖から袖へと通り抜けていく。
「もうこの里はおしまいだ。アヤカシに囲まれ助かる道は無い!」
 舞台の右袖から、名も無き兵士に扮した玄蕃助が現れ、悲痛な叫びを上げてくずおれた。
「馬鹿な事を言うんじゃねえ!」
 続いて兵士姿の天乃丞が現れ、玄蕃助を叱咤する。だが、玄蕃助は俯いたまま首を振るばかりだ。
「俺、この戦が終わったら村に帰って祝言を挙げるんだ‥‥約束したんだ」
「お前」
「分かってるさ。絶対生きて帰るんだ‥‥なのに‥‥くそっ、震えが止まらねえぜ!」
「もうすぐ開拓者が来る、信じるんだ」
 しかし二人を嘲笑うかのように、幾つもの悲鳴が逆の舞台袖から上がる。二人がそちらを見ると、逃げ惑う里の住人達が舞台に飛び込んできた。中には里娘に扮したフェルル、柚月、そして頭に花を乗せた志狼の姿も見える。
「ああ! ‥‥こ、こうでしょうか‥‥誰か、誰かお助けを!」
 フェルルが戸惑いつつも儚げに倒れ、舞台に取り残される。それを守るように玄蕃助と天乃丞が前に出ると、奇声と共に朱鷺子が扮したアヤカシが現れた。奇怪な鬼面と闇色の衣装に身を隠している。
「ア、アヤカシ! ついに里の中まで!」
「イクラアガコウト、ムダナコト」
 朱鷺子が不可思議な声音で脅しかける。さらに朱鷺子が手を振ると、アヤカシ達がぞろぞろと現れ、二人の兵士に襲い掛かった。
「ひいい! な、なんて数なんだ!?」
 突如現れたアヤカシの群れに玄蕃助が驚愕する。気が付けば舞台上はアヤカシ達と二人の兵士だけ、あっという間に玄蕃助と天乃丞は囲い込まれる。
「来るな、来るなー!!」
 玄蕃助の悲鳴に、二人の命はもはやこれまでかと思われた瞬間、舞台から延びる二本の花道から声が響いた。
「お待ちなさい!」
「そこまでだ!」
 フェルル、志狼を筆頭に、開拓者に扮した役者達が駆け込んでくる。花道の途中で立ち姿を観客に向けると、堂々とした姿に観客が歓声を上げた。
「安心してください、アヤカシの悪行もここまでです!」
 手にした刀を一閃し、フェルルが力強く大見得を切る。そして勢いを増した観客の声を背に、開拓者達は花道を一気に駆け抜けた。
「ミナゴロシダ!」
「好き勝手はさせん!」
 志狼が長槍を手にアヤカシに挑みかかる。一気に乱戦になり、舞台上は修羅場と化した。時には二人三人が連携し、跳ねたり転がったりの大立ち回りを展開する。だが、数で勝るアヤカシ達が、開拓者達を舞台端へと追い詰めていく。
「ぐぼぁっ!」
 そして、一人の名も無き玄蕃助がアヤカシの凶刃に倒れた。
「コノクライニシテオクカ」
 アヤカシ達が捨て台詞を残し舞台袖に引いていく。開拓者達はすぐさま倒れた兵士の側へと駆け寄った。
「か、仇を討ってくだされ‥‥がくり」
「くっ、名も無き兵士よ。貴様の犠牲は決して無駄にはせん‥‥!」
「そんな‥‥名も無き兵士の方‥‥アヤカシ、許しませんよ!」
 志狼とフェルルの台詞をきっかけに黒子が舞台へ入り、場面の変わり目となった。

●第二幕
 舞台裏では朱鷺子が早着替えに取り掛かっていた。次の場面は最初の登場である。待ち構えていた裏方が、もぎ取る様に朱鷺子の衣装を替えていく。
『――アヤカシの猛攻に里は燃え、最後の望みを開拓者に託し、人々は決戦へと挑む』
 語りが途切れ、朱鷺子扮する儀弐王が舞台に上がる。傷を負った儀弐王が兵士を鼓舞する場面である。
「ここが最後の戦いになる。皆、心して聞きなさい」
 名無し玄蕃助に支えられながら、息も絶え絶えに朱鷺子が告げる。
「討つは敵将、大アヤカシ炎羅! その身が朽ちるとも必ずや打ち倒すべし!」
 雄叫びと共に開拓者達が舞台になだれ込む。同時に反対側の花道から、炎羅に扮した咬竜が、アヤカシの少年に扮した遊羽を肩に乗せ、花道の仕掛け床からせり上がってきた。ぎらりと観客に睨みを利かせ、咬竜が口上を述べる。
「さてもさても、ようも雁首揃えたものじゃ。貴様等人間の十や二十とて揃えようと、この炎羅が前には塵芥が如しと知らぬは哀れ也。ちょうどところも緑茂の、娑婆と冥途の別れ道じゃ。焼きの廻った腰の刃金が斬れるか斬れぬか、命のやりとりしようから、受けられるなら受けて見ろぃ!」
 巨大な棍棒が風を切り、咬竜の背後からアヤカシ達が姿を現した。
「ゆけ、鬼共!」
 最後尾から指示を出し、遊羽も短刀を手にアヤカシに続く。朱鷺子は袖へと退き、舞台上が再び混戦になるかと思われた瞬間。
「ここは理穴王陛下が出るまでも無い!」
 襲い掛かるアヤカシに先んじて、玄蕃助が大きく手を振った。
「撃てうてー!」
 ドスンドスン!という重い音が響き、背後の兵士が持つ鉄砲から煙が上がる。咬竜の足元からも煙の塊が四方八方に飛び出し、その姿が煙に消える。
「‥‥やったか!?」
 舞台が静寂に包まれ観客のざわめきが場に満ちる。だが、それを破るように咬竜の金棒が大きく旋回し、煙を薙ぎ払った。
「所詮は児戯に等しい人の業じゃ、片腹痛いわ」
「さりとて鬼には屈しませぬ」
 獰猛に微笑む咬竜に対し、巫女の女性に扮した柚月が応じる。ふわりと神風が舞台を流れ、柚月が穏かに言葉を紡いだ。
「勝利の風は我らにあり」
「ならばその風、食ろうてやる!」
 咬竜の返しを皮切りに、最後の大立ち回りが始まった。各々、一刀一閃に役者魂を込める。柚月、玄蕃助、天乃丞の三人は、遊羽、朱鷺子が率いるアヤカシ達と打ち合い、志狼、フェルルは咬竜と対峙する。
「ふふ、当たらないよ」
「ええい、ちょこざいな奴め」
 顔に掛かる薄布を舞わせて軽やかに逃げる遊羽を、玄蕃助が追いかける。玄蕃助の顔が妙に良い笑顔なのは気のせいだろうか。そこに鬼面の朱鷺子が割って入り、玄蕃助の表情が天国から地獄へと変わる。
「こ、こんな戦場にいられるか! 俺は村に帰らせて貰う!」
「シネ!」
「ぎゃー」
 あっさりやられた玄蕃助を黒子が袖に運ぶと、玄蕃助はすぐさま起き上がり戦場へと復帰する。
「キサマシンダハズ!」
「兵士は何度でも蘇るさ! 覚悟!」
「ソンナバカナァァァ!」
 自ら仇を討つ兵士玄蕃助。しかし、今度は朱鷺子が黄泉から帰って来た。
「クク、ワレハシナン‥‥このような感じで良いのでしょうか」
「いいのカナ? ま、楽しければなんでも」
「こらー、勝手に蘇ったらあかんよぉ」
 柚月の適当な返事に遊羽が思わず素に戻ってツッコミを入れる。
「記憶にござらん。拙者、三人目だから」
「‥‥ホント、いいのカナ?」
 朱鷺子と玄蕃助のやり取りに、柚月と遊羽も加わり、対アヤカシはドタバタ劇と化した。そんな様子に観客の中から笑い声が漏れ聞こえる。
「皆、共に鬨を上げよ!」
 一方、こちらは正念場だ。志狼が槍を頭上で旋回させ、観客に呼びかける。応じた観客の声は地響きのように舞台に届いた。
「遠からん者は音にも聞け、近からん者は目に物を見よ‥‥! 蘭志狼、いざ‥‥推して、参るッ!」
「自ら命を捨てに来たか!」
 志狼が上段に槍を構え、咬竜に正面から突撃する。しかし、交差した後に崩れたのは志狼であった。
「ここで諦めるわけにはいきません‥‥皆さんと共に明日を掴み取るんです!」
「ならばその手を砕き割ろう」
 志狼に続いて、フェルルが素早い動きで咬竜を攻める。だが一人では攻めきれず、万策尽きたかに見えた開拓者だったが。
「後はお任せしましたぞ!」
 志狼の背後から玄蕃助が飛込み、咬竜に一瞬の隙が生まれた。
「この機会、無駄にはしません‥‥!」
 刹那、フェルルの刀と志狼の槍が同時に閃き、咬竜の巨体を前後から貫いた。
「この炎羅を倒すか。だが、いずれ滅びる定めよのう‥‥!」
 振り上げられた金棒は、しかし振り下ろされること無く。咬竜は舞台に倒れこんだ。
『――こうして緑茂の合戦は、開拓者達の活躍により、勝利を収めたのである』

●幕後
 その後、舞台に並んだ開拓者達は、観客への最後の挨拶を済ませた。これで舞台は終わりである。
「わ」
 袖まで戻ってきた遊羽が、薄布に躓き正面から倒れこんだ。見事な転びっぷりに周りの動きが固まる。
「劇中は、上手く扱えてたのに‥‥薄布名人には程遠い‥‥」
 涙目で顔を上げた遊羽の体を、咬竜が脇から抱えて立たせた。そうして赤くなった額をぽふぽふと撫でてやる。
「全く、ほんに仕様の無いのう。目が離せん奴じゃ、クク」
 袖の奥では、芝居の終わりを惜しむように朱鷺子が舞台を振り返っている。
「こういうのは初めてでしたが、上手くいったでしょうか」
「きっと大成功だよ」
 柚月の視線は観客達の表情に向けられていた。朱鷺子もしばし客席を眺め、呟く。
「‥‥たまにはこういうのも悪くはないですね」
 かくして開拓者達の舞台は、幕引きとなった。