【負炎】妖なる艶狐
マスター名:雪本店主
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/16 19:13



■オープニング本文

 迫り来るアヤカシの脅威に晒され、緑茂の里から避難する人々の数は日に日に増していた。しかし、物資さえ満足に届かない孤立した里から、逃げ出すことが如何に困難であるか。
「もうこっちは一杯だ、すまないが別の場所へ行ってくれ」
「そう言われて幾つめだと思ってんだ! 老人や女子供だっているんだぞ!」
 村のあちこちで、開拓者と逃げてきた人々のこんな会話が繰り返されている。避難先での受け入れも、すでに限界に達していた。そして、逃げてきた人々の心体もまた、同様に限界であった。
「そうは言っても本当に一杯なんだ。他の場所なら新しい仮宿も作っているようだし、避難の手伝いに動いている人も居る。すまんが他を当たってくれ」
「‥‥ちくしょう!」
 悪態をつきながら男が会話を打ち切る。怒りを体中から発しながらも、男は新たな避難場所へ向かうために駆け出した。
「くそっ、どこもかしこもこんな有様じゃ‥‥アヤカシに食われた方がまだマシだ」
 すれ違う人々の表情は暗く、逃げるのを諦め道端に座り込んでいる者も居る。
「邪魔だぁ! どけ!」
「きゃぁ!」
 ふいに、男の耳に厳つい怒声と女の叫声が飛び込んできた。思わず振り返れば、荷車に弾き飛ばされた娘の姿が目に映る。
「ちっ‥‥こんな時にめんどくせぇな」
 一時、そのまま見捨てるか迷った挙句、男は娘の下へ駆け寄った。
「おい、大丈夫か」
「あ‥‥あ‥‥」
「女が一人でふらふらしてるんじゃねぇ、さっさと向こう村へ逃げやがれ」
 口は悪いが性格はそうでも無いらしく、なんだかんだで男は娘に手を貸して引っ張り上げた。だが、力なく立ち上がった娘の体は、ぐらりと揺れて男に倒れ掛かってしまう。
「あ‥‥すみ‥‥ません‥‥」
「ええい、ふらふらしてるんじゃねぇ! 誰か連れは居ねぇのか!」
 微かに男の鼻先を、花の香がかすめた。慌てた男が神経質そうな口調で言葉を発する。
「この茂みの‥‥向こうに‥‥」
「仕方ねぇ、ならそこまで連れてってやる」
「あ‥‥ありがとう、ございます‥‥」
 娘の手を引いて、男は木々の合い間に生える茂みへと踏み入る。
「おい‥‥この先で間違いないんだろうな」
「‥‥はい」
 草を掻き分けて進む男が、娘に問いかける。ふいに娘のか細い腕が、意外なほど強い力で男の体を引き寄せた。
「あの‥‥本当に‥‥困っていたので、助かります‥‥」
「お、おい‥‥何を‥‥」
 すっと娘が男の背に手をまわした。首元を伝って、娘の囁き声が男の耳に這い上がってくる。
「満たしてくれる‥‥人が‥‥欲しくて‥‥」
「な‥‥が、ぁ‥‥」
 突如、男の体が大きく震え、どさりと草の中に倒れこんだ。娘は屈みこみ、倒れた男に掌を這わせる。
「ありがとう‥‥来てくれて‥‥」
 しばしの間、薄暗い林の空気に、何かが折れる音や水音のような雑音が混じる。
「うふふ‥‥」
 娘は嬌声を洩らしながら、ふらりと立ち上がった。その瞳には、夜の水面に似た底知れぬ闇が波打っていた。

 戻らぬ男を心配した妻の訴えで、数人の開拓者が捜索を始めた。そして、男の着物と血の跡が林から発見されたのは、訴えの翌日のことである。その場所に男の姿は無く、ただ、数本の狐毛とおぼしきものが残されていた。


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
まひる(ia0282
24歳・女・泰
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
孔成(ia0863
17歳・男・陰
華美羅(ia1119
18歳・女・巫
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●狐尾
 村はアヤカシの脅威に揺れていた。ある者は逃げ、またある者は挑むため、多くの人々が道を駆けていた。
「そうか、戻ってきていないか」
 緋桜丸(ia0026)の前に居るのは、行方不明の男の妻女である。
「俺達も行方を追っている。何かあればすぐに伝えよう」
 沈痛な面持ちの妻女に、緋桜丸は淡々と告げる。顔には表れないが、その言葉は彼なりの気遣いのようだ。
(「面妖な輩にでも喰われたか‥‥。もし男がアヤカシに食われたならば、男の姿を借りるとも限らん‥‥杞憂で済めば良いが」)
 慌しく駆ける人々とすれ違いながら、緋桜丸は仲間の元へと向かった。

 村の中ほどに近づくにつれ、避難民がそこかしこに身を置いているのが目に止まる。避難所手伝いの名目で訪れた開拓者達は、村の様子を横目にしつつ、避難を取りまとめている開拓者の元へと向かった。
「探している人が居るんでな。手伝いながらでも探させて貰っていいかな?」
「それは助かりますが、人探しというのは迷子か何かでしょうかな?」
「それが、ちょいと訳アリでねぇ」
 鷲尾天斗(ia0371)と時任 一真(ia1316)が挨拶と事情説明を簡単に済ませていく。話し相手は行方不明の捜索をした開拓者だったらしく、血痕の場所や状況についても粗方の説明を受けているようだ。
「通り魔だね〜謎だね〜ミステリーだね〜。早めに解決して不安を最小限にしときたいね〜〜」
 立てた指先をくるくると回し、叢雲・暁(ia5363)が呟く。
「娘と共に林に入っていった‥‥これで死んでいなければ羨ましいとか思うんですけど」
「行方不明、と言っても血痕まであるんじゃ穏やかな話で済む訳もなし、だねぇ」
 華美羅(ia1119)の言葉に一真が頷く。『羨ましい』の部分は、左から右へと受け流したようである。
「死んでは色も何も無いですからね。無念、しっかりと晴らして差し上げましょう」
「状況だけ聞けばそう思えるが、まだ死んだとは限らない」
 華美羅の決意に天目 飛鳥(ia1211)が言葉を差し挟んだ。飛鳥は真っ直ぐに口を引き結び、厳しい表情を浮かべている。
「望みは薄いけどねぇ。それじゃ、現場調査と情報収集に分かれますか。頃合を見て囮作戦に移るってことで」
「気をつけてくださいね‥‥怪我とかしないように‥‥」
 一真が場を閉めると、孔成(ia0863)が囮組みに声を掛けた。
「だいじょぶ、ちゃーんと孔成のとこに帰ってくるからさ」
「あ‥‥」
 まひる(ia0282)が孔成の頭をぽふぽふ撫でる。孔成は無言でされるがままだ。
「私達は避難所のお手伝いをしていますから、何かあれば連絡を。先に動いている緋桜丸さんにもこの場所はお伝えしてありますので」
 開拓者達は人隠しの尻尾を掴むべく、行動を開始した。

●狐追
 天斗、まひる、飛鳥の三人は男の着物が見つかった場所へと向かっていた。三人とも、外に見える武器は仲間に預け、ほぼ丸腰である。
「後で遊びに行くからねー」
「おう、来い来い!」
 すれ違う男衆に、まひるは片っ端から声を掛けては体を触れさせていく。
「‥‥しかし、なんだな」
「どした?」
 そんなまひるの手際の良さに、天斗が思わず呟いた。
「香に誘われるように男が釣れる」
 まひるは事前に強い香を身に纏い、会う男には片っ端からスキンシップという名の匂い付けをしていた。飛鳥は何も言わずに後から付いてきているが、いつもより難しい顔しているのは気のせいではないだろう。
「私が先にツバつけたって証拠だ。はは」
「まひるが魅力的なのか、男共が単に弱いだけなのか」
 含みのある笑みで天斗がまひるを流し見た。
「おんやぁ、てんとってば妬いてるの?」
 まひるが天斗の首に腕を絡ませ、艶のある視線で問いかける。
「俺に香を付けてどうする。それに、俺の名前は『たかと』だ」
 言葉とは裏腹に、周りを意識して擬似恋人らしく振舞おうと、不敵な笑みで天斗が応じる。
「もしかして照れてる? ちゃんと全身きれーきれーしてきたかな?」
「俺は何時だって綺麗だぞ! 心も体も」
「先に行く」
 二人の様子に飛鳥は溜息を溢し、我関せずとばかり足を速めた。
 しばらく歩いてから、三人は林に踏み入り現場へと辿りついた。所々、黒く血の跡がこびり付いている。男の着物もとりあえずそのままにしてあるようだ。着物は背中に穴が空き、放射状に広がった血の跡がある。
「多分、狐のアヤカシか、文字通り狐付きってやつだろうね‥‥とは思うけど」
 辺りに落ちている狐毛を摘んで、まひるが指先で転がしている。
「すえた女の匂いがプンプンしやがんなあ‥‥『女』を餌の為に利用するとは許せないな」
 少し離れて、天斗は静かに現場を見渡していた。
(『似ている‥‥一族が殲滅された最初の異変と‥‥』)
 我知らず、天斗の指が失われた左目に伸び、ガリ、と眼帯を掻いた。
「『女』は『男』を悦ばせる為に備わっているんだ、外道だねえ‥‥勘弁ならん」
「まひる、どうしてそう言いきれる?」
 まひるの推測に、飛鳥が理解し難いといった様子で問う。
「もちろん、私が女だからだよ。それに、アホ毛にびんびん来るんだよなあ‥‥外道がいる! ‥‥ってね」
 跳ね出た赤毛を弄りながら、まひるが答えると、飛鳥はさらに難しいものを聞いてしまったという表情を浮かべた。しばしの間考えた後、諦めて飛鳥は調査に戻っていく。
「この出血では生きてはいないだろう。しかし、どうやればこんな血の跡に‥‥」
 その後も三人は現場の調査を続けたが、物言わぬ血の跡は、多くを語ることは無かった。

 避難所の手伝いに回った孔成は、やることの多さに忙殺されつつあった。
「‥‥大工仕事を、お願いします」
「はい〜」
「次は‥‥炊き出しの準備、です」
「はいはい〜」
 孔成の指示を受け、暁が飛ぶように仕事へと走る。孔成が情報の交換所となり、暁、一真、華美羅の三人が避難所を手伝いつつ村の中を回る形になっていた。自然と避難所の仕事も孔成が統制役になっていく。
「頑張ってるね」
「見ての通り‥‥です」
 一真がふらりと現れ、孔成に声を掛けた。さり気なく人に背を向け、一真が小声になる。
「向こうの避難所で聞いたんだけど、ちょいと怪しい娘さんが居るらしい‥‥こっちと向こうの避難所にたまに姿を見せるそうだが、配給も受けずに帰ってしまうとか」
「そうですか‥‥」
「尻尾掴めないか追ってみるけど、そっちも気をつけて」
 それだけ言い残し、一真は来たときのようにふらりと居なくなった。
「ただいま〜ってあれ? もしかして何か分かった?」
 手伝いから戻ってきた暁が、一真の後姿に気付いた。
「怪しい娘さんが居た、という話です‥‥」
「なるほど。こっちも情報アリ、昨日の晩に狐を見たって人が居たよ」
「それは‥‥」
 狐の毛が現場に落ちていた以上、突き止めれば犯人に繋がる可能性が高い。
「着物の現場からは少し離れてるけど、同じ林だね。怪しいね〜〜」
「ですね‥‥他の方にも伝えておきます」
 孔成に情報を伝え、暁は手伝いへと駆け出した。
「狐が尻尾を見せ始めたかも知れないですね‥‥」

●狐魅
 炊き出しが始まると、避難所の周辺は一気に人が増えてきた。
「順番にどうぞ」
 華美羅が避難所に訪れた人を誘導しながら、怪しい娘が居ないかチェックしていく。
(「今のところ、それらしい方は見えませんね」)
 時折、まひると天斗のペアや緋桜丸とすれ違う際は、目配せで当たりが居ないことを伝えていく。
(「囮に掛かれば良いのですが」)
 避難民に再び被害が及ぶのだけは防がなければならない。そのためには、一刻も早く娘を抑えたいところだ。別の避難所で網を張っている孔成達と、狐の目撃地点付近で動いている飛鳥の様子も気になるところである。
「そろそろかな」
「さて、何をするやら」
 人の入りを伺いながら避難所の手伝いをしていたまひると天斗が動いた。
「ふふふ‥‥いいよ。てんとがしたいって言うなら、×××で△△△して○○○させてあげても」
 まひるが天斗に体を絡ませ、ちょっと書いちゃまずいような扇情的な台詞を吐き始める。
(「あら、大胆ですね。私が代わりたいくらい‥‥ではなくて、始めましたね」)
 うっかり役目を忘れそうになりつつ、華美羅が囮役の様子に注意を払う。
「へえ、ならいますぐにでも頂いちまうぜ?」
「喜んで」
 あえて人目をひきつける様に、まひると天斗は人を割って林の中へと向かった。
(「さて、狐は動くか」)
 避難民に紛れた緋桜丸は、素早く視線を走らせ、後追う者を探り始めた。

 第二の囮となる飛鳥は、二つの避難所の中ほどにある場所に居た。赤子を抱えた女性に道を教えているようだ。
「ありがとうございます」
「いや、礼には及ばない」
 飛鳥は女性を見送ると、小さく息をついた。この場所は狐が出たという場所の近くである。林に面しており、避難所の間ということもあってか、人通りはそこそこある。飛鳥は時折、一人で居るような避難民の女性を助けては、警戒を続けていた。避難所との距離や方角を確かめつつ、もう一方の囮役の付近で動けるよう気を配る。
「あの‥‥」
「‥‥何か」
 不意に背中から声を掛けられ、思わず懐のダガーに手を差し入れる。飛鳥がゆっくり振り向くと、一人の娘が思いのほか近くから、こちらを見上げていた。
「人を助けておられたので‥‥警護の方かと‥‥」
「避難所で手伝いをしている」
 飛鳥は嘘では無い程度に、身を明かした。
「お願いがあります‥‥狐のアヤカシに追われて‥‥助けていただきたいのです」
「追われて?」
 飛鳥は目を細め、問い返す。
「はい‥‥村を襲ったアヤカシが、ずっと‥‥追ってきて‥‥」
 そう言いながら、娘は己の首元に手を入れ、着物を少しはだけさせた。表情こそ変えなかったものの、体に巻かれた包帯と、そこから見える傷の跡に、飛鳥は小さく息を呑んだ。
「この傷も‥‥アヤカシに襲われた時に‥‥もう、すぐそこまで‥‥お願いです」
 娘は潤んだ瞳で飛鳥を見上げ、懇願してくる。
「‥‥分かった」
 娘の言葉を聞きながら、飛鳥はどこかでずれを感じていた。例えば、懐に入れた手がいつの間にか表に戻っている。だが、それに気付くことなく、飛鳥は娘に続いて林の中へと踏み込んでいった。

 もう一つの避難所では、孔成が天を仰いでいた。
「はぁ‥‥心配だ‥‥大丈夫かな、まひるさん‥‥いろんな意味で‥‥」
 図らずもまひる達が行動を起こし始めた頃合である。
「ふむ、どうにもそれらしいのが見つからないね‥‥」
 一真が困ったように頭をかきながら戻ってきた。
「た、大変だよ〜囮が連れてかれちゃったよ〜」
 暁が息を切らせて駆け込んでくる。孔成と一真の緊張が一気に膨れ上がった。

●狐明
 林の中では、まひると天斗が、飛鳥と娘に対峙していた。先に林に踏み込んだまひる達は、後から林に踏み入った飛鳥達を見つけ、天斗が呼子を吹いたのだ。
「さて、すぐ笛に気付いて仲間もやってくる。あんたが事件の犯人かな?」
「何の‥‥ことですか」
 娘が怯えたように後ずさった。まひるの言葉は強気だが、武器は置いてきている。少しでも時間を稼がなければならない。
「まて、二人は勘違いをしている。この娘は狐のアヤカシに追われている避難民だ」
 飛鳥が歩み出て、まひる達に立ちはだかった。
「‥‥飛鳥?」
 まひるが戸惑いを声に出す。
「そうだとしても‥‥この娘がアヤカシの可能性は?」
「確かにこの娘がアヤカシの可能性は在る‥‥だが、娘の話がまったくの嘘とは思えん」
 天斗の言葉に飛鳥は一瞬、戸惑いを見せる。
「アヤカシに襲われるなら、俺たちが保護すれば良い」
「確かに‥‥だが‥‥」
 飛鳥は天斗に同意しかけたが、娘に袖を引かれ再び迷いが現れる。やがて、遅れてきた開拓者達が場の状況に困惑をあらわにした。
「どうなってる?」
「様子がおかしいねぇ」
 緋桜丸と一真が呟いた。
「娘さん、配給も受けずにここに留まる理由があれば、聞かせてほしいんだけど」
「それは‥‥別の人では‥‥」
「聞いた特徴はあんたと一致するんだ。ついでにあんたの寝床がどこ行っても掴めないんだが、これはどういうことかな?」
 寝床の話は一真のブラフだ。だが、一真の畳みかけに娘は黙り込んでしまった。
(「ボロ出すかと思ったけど、黙られちゃうと苦しいな」)
「確かめさせてもらう。アヤカシの可能性を野放しには出来ない」
「野放しには出来ないが、しかし‥‥」
 飛鳥の迷いを見て取り、天斗が目を細めた。
「とにかく言葉で押して目を覚まさせるか」
 天斗が飛鳥に向かって歩み寄りながら、説得を試みる。
「冷静になれ。一番安全なのは俺達で保護することだ。惑わされるな」
 まひると一真も動き出す。飛鳥と娘を引き離すためだ。
「純情な男心を弄ぶのはいただけないね」
「悪いが少し話を聞きたいな」
 二人の動きに娘が飛鳥を離れ、後ろへ下がった。
「仕方ありませんね、アヤカシかも知れませんし‥‥」
 華美羅が滑らかな動きで神楽舞・攻を舞うと、緋桜丸に力が宿った。
「いくよ〜」
「ごめんなさい‥‥」
 娘に向けて、暁が逃げ道を塞ぐように打剣で横を狙い、合わせて孔成が呪縛の符を放つ。地面から骨の腕が飛び出し、立ちすくむ娘を掴んだ。
「すまないな」
 呪縛に同期して緋桜丸が二刀を手に駆ける。狙うは柄での気絶の一撃。
「なに!」
 だが、その思惑を嘲笑うかのように呪縛の手がぼろりと崩れ、娘が後方へふわりと跳ねた。孔成が咄嗟に斬撃符を放つ。しかし、娘に向かった単眼骨刃の式は、娘が差し出した手で無造作に受け止められた。衝撃で娘の髪が数本ちぎれ飛ぶ。
「そんな‥‥」
 衝撃が静まった時、そこに居たのは娘では無く、白髪の美しい女性であった。着物を胸元まではだけさせ、妖艶な微笑がこちらを見つめている。彼女の足元には出迎えのように白い狐が、いつの間にか佇んでいた。
「‥‥俺は‥‥何を?」
 我に返った飛鳥の声に、開拓者達の気が一瞬逸らされる。その一瞬に、妖艶な女性の姿は消え去っていた。後には一枚の布切れが残され、表面には炎を纏う獣の姿が、真紅の色で描かれていた。

●狐婿
 開拓者達は状況を避難所に伝えるため、その場を引き上げた。一真と緋桜丸は村の開拓者や被害者の家族の所へ報告に行き、暁は「しっかり働いて帰るよ〜〜」と避難所を手伝っている。
「お疲れ様でした‥‥ご飯、美味しいですか?」
 孔成がまひるを労い、御飯を食べさせている。まひるは孔成の膝上で満足気な様子だ。
「でも、どうして飛鳥さんが狙われたのでしょうね?」
 華美羅は孔成が用意してくれた御飯を食べながら、そんな疑問を口にした。飛鳥は無言で暁を手伝っている。不甲斐ない自分が許せないと、かって出たのだ。
「ああいう真っ直ぐな所が狙われたんじゃないか?」
「朴訥な男性というのも素敵ですものね」
 天斗と華美羅が眺める先には、黙々と手伝いをする飛鳥の姿があった。