【負炎】命臨みて
マスター名:雪本店主
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/28 20:52



■オープニング本文

 理穴国の中央、湖より東へと向かった先に『緑茂の里』と呼ばれる場所がある。里のさらに東は巨大な魔の森に面しているが、偉大なる妓鵬山の峰に守られ、里の一帯は天然の要塞を形作っていた。
「誰か居るか! 居るなら返事をしろ!」
 そんな里の東方、里からやや離れた村で、武装した開拓者達が駆けずり回っている。村の近辺には、アヤカシの魔手が急激に伸び始めていた。
「誰か残っていないか!」
「あ‥‥あ‥‥」
 戸を開けた開拓者の目に、幼子を抱えた女の姿が映る。
「早く逃げるんだ、ここは危ない」
 男は急きたてるように女の背を押し、家屋から飛び出した。
「グオオァァァ!!」
「ちぃっ! もう来たか!」
 母子を守るように、開拓者の男が武器を抜き、鬼の前に立ちはだかる。
「西南の村へ向かえ! 同じように逃げる人と合流できるはずだ!」
 言い捨て、男は後ろを振り向くことなく鬼へと挑みかかる。子を抱えた女は、戸惑いを振り切るように、走り出した。
「この‥‥っ、鬼共がぁ!!」
 幾度目かの攻防の末、鬼の巨躯が瘴気と化して大地に還っていく。見れば、男の鎧には幾つもの傷跡があり、ここでの戦いが続いていることを窺わせていた。
「これ以上は無理か」
 押し寄せるアヤカシの量が、徐々に密度を増している。男は仲間の助勢に向かいつつ、声を張り上げた。
「下がりながら時間を稼げ! 出来るだけ一般人を逃がすんだ!」
「おう!」
 一匹、また一匹と打ち倒しながら、男は戦い続ける仲間達の間を走り続けた。
「必ず加勢が来る! それまで絶対に死ぬんじゃないぞ!」
 沈みゆく夕日に照らされ、妓鵬の山並が朱に染まる。その斜面に、黄昏とは別の魔の森による闇が、怪しく蠢いていた。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
薙塚 冬馬(ia0398
17歳・男・志
明智珠輝(ia0649
24歳・男・志
虚空(ia0945
15歳・男・志
巳斗(ia0966
14歳・男・志
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
吉田伊也(ia2045
24歳・女・巫
熊蔵醍醐(ia2422
30歳・男・志
銀丞(ia4168
23歳・女・サ


■リプレイ本文

●夕闇
 十を数える開拓者の姿が、村に漂う死の風を切って走る。日は背後の地平へと消え、空には夕の残り火が微かに燃えていた。
「残ってる人はいるかァ? いるなら返事しろやァ!」
 熊蔵醍醐(ia2422)が薄闇の中を駆けながら、声を張り上げた。村の所々に立つ松明かりが、走る開拓者達の影を地面に浮き上がらせる。
「この辺りの建物は空っぽです。逃げ遅れは無いようですね」
 明智珠輝(ia0649)が心眼で気配を探り、手短に状況を伝える。
「後は私達が如何に踏みとどまれるか‥‥派手に暴れてアヤカシの意識を引き付けましょう」
「よぉし、んじゃまァはじめるかァ!」
 珠輝は二刀を抜き、醍醐は長槍を一度大きく振るってから、村の端へ向けて移動を始めた。
「大切な家族‥‥理穴の民を護る為、ボクにできる事を精一杯成し遂げます!」
 背から下ろした弓を構え、巳斗(ia0966)が左翼側の後方に続く。
「皆さん、御武運を」
 笠の端を上げ、吉田伊也(ia2045)が仲間の背に言葉を掛けた。
「サムライだからな。見栄と意地の二本足で踏ん張って、精々格好つけるさ」
 煙管を咥えたまま、飄々とした風情で銀丞(ia4168)は右翼側の前面へと踏み出していく。
「後ろには守るべき命があるんだ。負けてなどいられないだろう」
 背中越しに目線を送り、薙塚 冬馬(ia0398)が片頬を上げて笑った。それも束の間のこと、すぐに巳斗を追って左翼を目指し走り出す。
「援軍のあても無く、状況も不利、だが引けぬ理由が1つあれば戦うには十分だ」
 手甲の具合を確かめ、羅喉丸(ia0347)が真っ直ぐに真中を歩き出す。
「1秒でも時間を稼ぐ」
「‥‥よし」
 羅喉丸に続き、虚空(ia0945)がその背を追う。
「頑張りどころ」
 虚空の呟きに応えるかのように、手にした長槍の刃が松明かりを跳ね返し、淡く輝いた。
「罠を張る時間もないや‥‥。こんな数対処できないかも‥‥なんて何考えてるんだろ‥‥」
 次々と行く仲間の姿を視線で追いながら、芦屋 璃凛(ia0303)は思わず不安を口にした。夕に紛れたアヤカシの闇は、もうそこまで迫ってきている。
「ここまで来たら、やる事は一つですよ」
 ぽん、と璃凛の肩を叩き、斑鳩(ia1002)が右翼側に足を向かわせる。
「一人でも多くの命を助けたい、それだけです」
 伊也の言葉は淡々として、それ故に揺るがぬ強さを感じさせる。
(「‥‥余計なこと考えてたら、足手まといに成るだけ。もうそんな事には、成りたくない‥‥今はやれることを、やるしかないんだし」)
 心を縛るものを断ち切るように、璃凛もまた、戦場へと駆け出した。

●鬼戦
 珠輝と小鬼の対峙から、戦端は開かれた。珠輝が二刀を持つ両手を無造作にぶら下げ、一気に小鬼との距離を詰める。
「終わりのないダンスを舞いきって魅せましょう‥‥!」
 言葉と共に放たれた初太刀で小鬼の武器を腕ごと切り上げ、もう片方の二太刀目が止めを刺す。そのまま流れるように身を翻し、二匹目に切りかかっていく。
「一歩も通しませんよ、くふ、ふふ、ふははははは!!!」
 その顔は狂人の如き笑みを浮かべ、振るう刀は凶刃の如く鬼を切り裂いていく。
「賽は振られた。あとは出目に期待するだけだな」
 戦闘を始めた珠輝を横目に、冬馬が刀を構えて小鬼を迎え撃つ。
「ふっ!」
 小鬼の突撃を半身で交わし、すり抜けざまに胴切りを見舞う。
「グ‥‥ガ‥‥」
 返す刀で背中への一撃に繋ぎ、小鬼は声を上げる間もなく闇へ還っていった。
 前衛陣は各個撃破で敵を減らしていく。だが、小鬼の数は徐々に前衛の手数を超え、開拓者達に休む間を与えない。
「ん‥‥っ」
 虚空が長槍で薙ぐように小鬼を打ち、間隙を縫って羅喉丸が息の根を止める。
「せいやっ!」
 まるで背後に目があるかのように、前後の敵を羅喉丸の拳が捉えていった。
「そちら、アヤカシ行きました‥‥ッ!」
 側面から珠輝の鋭い声が飛ぶ。
「まかせろ!」
 すかさず、羅喉丸が間合いを詰め、骨法起承の必殺拳が小鬼を滅した。
「一人を多勢で囲むなど‥‥ふふ‥‥ぞくぞくするではありませんか!」
 目前の敵を切り付けた傍から、すでに珠輝は新手の二匹に囲まれていた。
「敵の数が増えていますっ」
 巳斗の声と共に、二つの矢走りが小鬼の包囲を崩す。珠輝が包囲の隙を逃さず、切り崩して後退する。
「少し下がりますか‥‥!」
「ああ!」
「分が悪くなってきたようだな」
「‥‥仕方ないね」
 珠輝の合図に合わせて羅喉丸と冬馬、虚空が後衛付近まで下がった。見れば、右翼側も後退しつつ敵を散らす動きを取っている。
「撤退戦は慣れっこよォ! そらそらァ!!」
 醍醐が敵を引き寄せつつ、薙ぎ払いで複数を狙って攻撃を仕掛ける。
「しっかし、これじゃ幾ら手があっても足りねぇぜ!」
「く‥‥小ざかしいな」
 小鬼の打撃を太刀で受け止め、銀丞が反撃に転じる。しかし、小鬼は意外な素早さで刃を避けた。
「そこだ!! 引き裂け、斬撃符!」
 銀丞の手を逃れた小鬼に、璃凛が式を放つ。足を狙った式は小鬼の動きを止め、すかさず銀丞が追撃の刃を走らせた。
「良い攻撃だ」
「えへへっ」
 銀丞と璃凛の視線が一瞬絡み、連携の成功を分かち合う。
「皆さん、何か来ます」
「ちょっと大物みたいですねぇ」
 伊也が警戒を伝えると、斑鳩が対峙に備えて神楽舞を発動する。現れたのは一回り大きな鬼と、剣を手にした鬼の混合編成である。その姿から、食った兵士に取り憑いたであろうことが、容易に想像できた。
『‥‥オオトノ、サマノ‥‥ニエト、ナレ』
 剣鬼が片言に告げると、武器を振り上げ有無を言わさぬ勢いで襲い掛かってきた。
「姓は熊蔵、名は醍醐! デカさなら負けんぞぉ、そらそらそら!!」
「それ以上進ませないよ‥‥縛り付けろ呪縛符!」
 醍醐が正面から迎撃し、同時に璃凛が別の剣鬼を呪縛符で狙う。放った符が鬼の体を捉え、敵の動きが鈍る。
「よしっ、成功! それじゃそっちの方はよろしく」
「まかせな」
 璃凛が捉えた獲物を銀丞に委ね、次の符を懐から抜き出す。
「こちらもいこう」
「援護願います‥‥!」
 冬馬と珠輝が刀を掲げて鬼に挑みかかる。二人の背から先を穿つ巳斗の矢が放たれた。
「どれだけ来ようとも、落としきってみせます!」
 最後に中央の閂、羅喉丸と虚空が迫る鬼に勝負を挑む。
「‥‥容赦しない」
 虚空が槍の長さを活かして、巌流の強烈な薙ぎで剣鬼の先手を制する。続けて足を止めた剣鬼に、羅喉丸が骨法の拳を連続で叩き込んだ。吹き飛んだ剣鬼が、形を失い消えていく。
「ここから先に進もうとするならば、我が双拳を持って応えよう」
 大地にそびえる様な力強い構えで、羅喉丸が拳を握る。
「‥‥ん」
 それを見た虚空は、羅喉丸の横に並んで、やはり槍を構えて見せた。並び立つ二人。羅喉丸はそんな虚空を面白そうに見やり、虚空は無表情に視線だけで羅喉丸を見返した。

 だが、ここより先の戦闘は、開拓者達の士気の高さをもってなお、苛烈を極めたものとなる。
「くっ!」
 鬼の振るった強烈な一撃が、冬馬の体を強かに打ちつける。刀で受けるものの、その攻撃の重さに体ごと吹き飛ばされた。さらに打ち付けんと、鬼が地を鳴らして冬馬に迫りくる。
「やられるかっ!」
 起き上がり様、相手の攻撃をすり抜けるように一歩踏み込む。冬馬はその勢いのまま、巻き打ちで切り上げた。剣先から舞い散る血風が、彼の傷の多さを物語っている。
「明智さん、後退します!」
 冬馬が叫び、珠輝が応じて陣を後退させる。二人の後退を助けるように、巳斗の炎魂を込めた矢が鬼の追撃を絶つ。
「今の内です!」
「ふふ‥‥お互いボロボロですね‥‥そんな姿も素敵ですよ」
「そ、そうか」
 珠輝が包帯で自身に応急処置を施しながら、潤んだ瞳で冬馬を眺めた。冬馬の背筋に何やら寒いものが走る。
「お静かに、傷に触ります」
 伊也がぴしゃりと言い放ち、二人に癒しの術を施す。
「手間を掛けるな。すまない」
「恐れ入ります‥‥! この御恩は必ず‥‥」
「礼には及びません。巫女の務めです」
 冬馬と珠輝の礼にも、伊也は飄々と言葉を返すだけだ。だが、次の珠輝の一言が、場の空気を氷点下まで急降下させた。
「私の嬉し恥ずかし褌全裸の御奉仕で、お返し致します‥‥!」
「お断り致します」
 恥じらう珠輝の思いは、伊也に届くことは無かったようだ。
「陣を変えて撤退に移りましょう。これ以上は危険です」
 伊也の提案に、二人は異存無く頷いた。

 中央から右翼側の戦場も、左翼と同様に苦戦を強いられていた。
「ちィ、ここいらが引き際だなァ‥‥」
 醍醐が巌流で豪快に薙ぎ払うと、それが止めとなって、目前の鬼は消滅した。
「下がりながら陣を変えます! 撤退です!」
 巳斗が中央寄りに走りつつ、右翼側の移動を促す。
「よォし、引き上げだァ!!」
 醍醐の大声が辺りに響いた。
「了解‥‥だ!」
「ここかなっ‥‥押しつぶせ」
 羅喉丸が気迫と共に気功波を放つ。合わせて、璃凛が猫のような笑みを浮かべて、岩首を喚び落とした。岩の顔が鬼になっているのは、嫌というほど鬼の相手をしているせいかも知れない。
「ふぅー‥‥これで何とか‥‥凌ぎ切れたのかな‥‥それじゃ、うちらも撤退かな」
 二人の攻撃で出来た隙に、中央から右翼側も陣変えと後退を始めた。
「最後の一踏ん張りです。気合入れて行きましょう」
 斑鳩が素早く神風恩寵を発動させ、後退してきた虚空、醍醐、銀丞の三人の傷を一気に癒す。
「もう来ている、油断するな」
 銀丞の言葉を合図に、戦場が再び動き出した。
『オォォォォ!』
 銀丞が刃を寝かせて右手突きの構えで迎え撃つ。対する剣鬼は、低く突きの姿勢で突進してくる。
『シネィ!!』
「はぁぁっ!」
 剣鬼の両手突きと、銀丞の直閃による突きが交差する。
「‥‥くっ‥‥」
 銀丞が痛みをこらえる様に、咥えた煙管を噛む。対して剣鬼の姿は、最早この世には存在していなかった。
(「長居は無用か」)
 仕切りなおして後退を始めたものの、敵の数が増え過ぎている。刀を交えること自体が得策では無い状況になっていた。「ならば」と、銀丞は太刀を収めて細く息を吸った。

「アオオオォォォォーーーォォォッッ!!!」

 戦場に轟く銀丞の雄叫び。その咆哮は、さながら狼のような威圧感を伴い、鬼達と開拓者の耳に届いた。続けて、銀丞が仲間に向かって叫びながら、後方へ走り出す。
「力の限り逃げろ!」
 鬼達の動きが変わり、そのほとんどが右翼の銀丞に向かっていた。銀丞の意図を察した開拓者達が、一斉に後ろを向いて走り出す。
「仕方ありませんね」
「次は覚えてやがれェェ!」
「ここは逃げるが勝ちですよー」
「負けっぱなしは性に合わないんでな、この出目は何時か変えさせてもらう」
「今は退いたとしても、必ずや取り戻してみせましょう‥‥!」
「‥‥ん」
 思い思いに捨て台詞を残しつつ、全力疾走である。
「はっ、そういえばっ」
「忘れるところでした」
 不意に璃凛と伊也が立ち止まり、最後尾から撒菱を放った。
「最後の一発です」
「これで打ち止めだ」
 撒菱にたたらを踏んだ鬼達目掛け、巳斗と羅喉丸が止めとばかりに遠距離攻撃を仕掛けた。

 かくして、開拓者達は撤退に成功したのである。

●命臨みて、その後に
 隣村まで走りぬけ、開拓者達はようやく安堵の息を着いた。避難所の隅を借りて、皆ぐったりとへたり込む。だがその表情は、それぞれに満足気である。
「うへへへ」
「璃凛さん、顔溶けてますよぉ」
「斑鳩さんこそー」
 術の使いっぱなしに走りっぱなしで、二人共に心も体もへろへろである。
「‥‥生き延びたな」
 銀丞がどこからとも無く天儀酒を取り出し、傷の手当てもそっちのけで酒を呷った。傷の火照りすら心地良い。そんな疲労感と達成感が入り混じったような空気が、場に漂っていた。
「ひと舞い致しましょう」
 伊也がおもむろに立ち上がり、静かに舞い始めた。外はアヤカシ討伐に向かう開拓者と、避難の人々が行き交い、夜更けというのに騒がしさが絶えない。
(「生き延びられた皆さんの心を、少しでも癒せれば‥‥」)
 そんな喧騒の中にあって、この一角だけは、ひと時の静寂があった。
「舞を肴に飲む酒も、風情があって悪くない」
 誰もが舞に見入る中、銀丞がぽつりと呟いた。