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■オープニング本文 理穴国の中央、湖より東へと向かった先に『緑茂の里』と呼ばれる場所がある。里のさらに東は巨大な魔の森に面しているが、偉大なる妓鵬山の峰に守られ、里の一帯は天然の要塞を形作っていた。 「誰か居るか! 居るなら返事をしろ!」 そんな里の東方、里からやや離れた村で、武装した開拓者達が駆けずり回っている。村の近辺には、アヤカシの魔手が急激に伸び始めていた。 「誰か残っていないか!」 「あ‥‥あ‥‥」 戸を開けた開拓者の目に、幼子を抱えた女の姿が映る。 「早く逃げるんだ、ここは危ない」 男は急きたてるように女の背を押し、家屋から飛び出した。 「グオオァァァ!!」 「ちぃっ! もう来たか!」 母子を守るように、開拓者の男が武器を抜き、鬼の前に立ちはだかる。 「西南の村へ向かえ! 同じように逃げる人と合流できるはずだ!」 言い捨て、男は後ろを振り向くことなく鬼へと挑みかかる。子を抱えた女は、戸惑いを振り切るように、走り出した。 「この‥‥っ、鬼共がぁ!!」 幾度目かの攻防の末、鬼の巨躯が瘴気と化して大地に還っていく。見れば、男の鎧には幾つもの傷跡があり、ここでの戦いが続いていることを窺わせていた。 「これ以上は無理か」 押し寄せるアヤカシの量が、徐々に密度を増している。男は仲間の助勢に向かいつつ、声を張り上げた。 「下がりながら時間を稼げ! 出来るだけ一般人を逃がすんだ!」 「おう!」 一匹、また一匹と打ち倒しながら、男は戦い続ける仲間達の間を走り続けた。 「必ず加勢が来る! それまで絶対に死ぬんじゃないぞ!」 沈みゆく夕日に照らされ、妓鵬の山並が朱に染まる。その斜面に、黄昏とは別の魔の森による闇が、怪しく蠢いていた。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
薙塚 冬馬(ia0398)
17歳・男・志
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
虚空(ia0945)
15歳・男・志
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
吉田伊也(ia2045)
24歳・女・巫
熊蔵醍醐(ia2422)
30歳・男・志
銀丞(ia4168)
23歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●夕闇 十を数える開拓者の姿が、村に漂う死の風を切って走る。日は背後の地平へと消え、空には夕の残り火が微かに燃えていた。 「残ってる人はいるかァ? いるなら返事しろやァ!」 熊蔵醍醐(ia2422)が薄闇の中を駆けながら、声を張り上げた。村の所々に立つ松明かりが、走る開拓者達の影を地面に浮き上がらせる。 「この辺りの建物は空っぽです。逃げ遅れは無いようですね」 明智珠輝(ia0649)が心眼で気配を探り、手短に状況を伝える。 「後は私達が如何に踏みとどまれるか‥‥派手に暴れてアヤカシの意識を引き付けましょう」 「よぉし、んじゃまァはじめるかァ!」 珠輝は二刀を抜き、醍醐は長槍を一度大きく振るってから、村の端へ向けて移動を始めた。 「大切な家族‥‥理穴の民を護る為、ボクにできる事を精一杯成し遂げます!」 背から下ろした弓を構え、巳斗(ia0966)が左翼側の後方に続く。 「皆さん、御武運を」 笠の端を上げ、吉田伊也(ia2045)が仲間の背に言葉を掛けた。 「サムライだからな。見栄と意地の二本足で踏ん張って、精々格好つけるさ」 煙管を咥えたまま、飄々とした風情で銀丞(ia4168)は右翼側の前面へと踏み出していく。 「後ろには守るべき命があるんだ。負けてなどいられないだろう」 背中越しに目線を送り、薙塚 冬馬(ia0398)が片頬を上げて笑った。それも束の間のこと、すぐに巳斗を追って左翼を目指し走り出す。 「援軍のあても無く、状況も不利、だが引けぬ理由が1つあれば戦うには十分だ」 手甲の具合を確かめ、羅喉丸(ia0347)が真っ直ぐに真中を歩き出す。 「1秒でも時間を稼ぐ」 「‥‥よし」 羅喉丸に続き、虚空(ia0945)がその背を追う。 「頑張りどころ」 虚空の呟きに応えるかのように、手にした長槍の刃が松明かりを跳ね返し、淡く輝いた。 「罠を張る時間もないや‥‥。こんな数対処できないかも‥‥なんて何考えてるんだろ‥‥」 次々と行く仲間の姿を視線で追いながら、芦屋 璃凛(ia0303)は思わず不安を口にした。夕に紛れたアヤカシの闇は、もうそこまで迫ってきている。 「ここまで来たら、やる事は一つですよ」 ぽん、と璃凛の肩を叩き、斑鳩(ia1002)が右翼側に足を向かわせる。 「一人でも多くの命を助けたい、それだけです」 伊也の言葉は淡々として、それ故に揺るがぬ強さを感じさせる。 (「‥‥余計なこと考えてたら、足手まといに成るだけ。もうそんな事には、成りたくない‥‥今はやれることを、やるしかないんだし」) 心を縛るものを断ち切るように、璃凛もまた、戦場へと駆け出した。 ●鬼戦 珠輝と小鬼の対峙から、戦端は開かれた。珠輝が二刀を持つ両手を無造作にぶら下げ、一気に小鬼との距離を詰める。 「終わりのないダンスを舞いきって魅せましょう‥‥!」 言葉と共に放たれた初太刀で小鬼の武器を腕ごと切り上げ、もう片方の二太刀目が止めを刺す。そのまま流れるように身を翻し、二匹目に切りかかっていく。 「一歩も通しませんよ、くふ、ふふ、ふははははは!!!」 その顔は狂人の如き笑みを浮かべ、振るう刀は凶刃の如く鬼を切り裂いていく。 「賽は振られた。あとは出目に期待するだけだな」 戦闘を始めた珠輝を横目に、冬馬が刀を構えて小鬼を迎え撃つ。 「ふっ!」 小鬼の突撃を半身で交わし、すり抜けざまに胴切りを見舞う。 「グ‥‥ガ‥‥」 返す刀で背中への一撃に繋ぎ、小鬼は声を上げる間もなく闇へ還っていった。 前衛陣は各個撃破で敵を減らしていく。だが、小鬼の数は徐々に前衛の手数を超え、開拓者達に休む間を与えない。 「ん‥‥っ」 虚空が長槍で薙ぐように小鬼を打ち、間隙を縫って羅喉丸が息の根を止める。 「せいやっ!」 まるで背後に目があるかのように、前後の敵を羅喉丸の拳が捉えていった。 「そちら、アヤカシ行きました‥‥ッ!」 側面から珠輝の鋭い声が飛ぶ。 「まかせろ!」 すかさず、羅喉丸が間合いを詰め、骨法起承の必殺拳が小鬼を滅した。 「一人を多勢で囲むなど‥‥ふふ‥‥ぞくぞくするではありませんか!」 目前の敵を切り付けた傍から、すでに珠輝は新手の二匹に囲まれていた。 「敵の数が増えていますっ」 巳斗の声と共に、二つの矢走りが小鬼の包囲を崩す。珠輝が包囲の隙を逃さず、切り崩して後退する。 「少し下がりますか‥‥!」 「ああ!」 「分が悪くなってきたようだな」 「‥‥仕方ないね」 珠輝の合図に合わせて羅喉丸と冬馬、虚空が後衛付近まで下がった。見れば、右翼側も後退しつつ敵を散らす動きを取っている。 「撤退戦は慣れっこよォ! そらそらァ!!」 醍醐が敵を引き寄せつつ、薙ぎ払いで複数を狙って攻撃を仕掛ける。 「しっかし、これじゃ幾ら手があっても足りねぇぜ!」 「く‥‥小ざかしいな」 小鬼の打撃を太刀で受け止め、銀丞が反撃に転じる。しかし、小鬼は意外な素早さで刃を避けた。 「そこだ!! 引き裂け、斬撃符!」 銀丞の手を逃れた小鬼に、璃凛が式を放つ。足を狙った式は小鬼の動きを止め、すかさず銀丞が追撃の刃を走らせた。 「良い攻撃だ」 「えへへっ」 銀丞と璃凛の視線が一瞬絡み、連携の成功を分かち合う。 「皆さん、何か来ます」 「ちょっと大物みたいですねぇ」 伊也が警戒を伝えると、斑鳩が対峙に備えて神楽舞を発動する。現れたのは一回り大きな鬼と、剣を手にした鬼の混合編成である。その姿から、食った兵士に取り憑いたであろうことが、容易に想像できた。 『‥‥オオトノ、サマノ‥‥ニエト、ナレ』 剣鬼が片言に告げると、武器を振り上げ有無を言わさぬ勢いで襲い掛かってきた。 「姓は熊蔵、名は醍醐! デカさなら負けんぞぉ、そらそらそら!!」 「それ以上進ませないよ‥‥縛り付けろ呪縛符!」 醍醐が正面から迎撃し、同時に璃凛が別の剣鬼を呪縛符で狙う。放った符が鬼の体を捉え、敵の動きが鈍る。 「よしっ、成功! それじゃそっちの方はよろしく」 「まかせな」 璃凛が捉えた獲物を銀丞に委ね、次の符を懐から抜き出す。 「こちらもいこう」 「援護願います‥‥!」 冬馬と珠輝が刀を掲げて鬼に挑みかかる。二人の背から先を穿つ巳斗の矢が放たれた。 「どれだけ来ようとも、落としきってみせます!」 最後に中央の閂、羅喉丸と虚空が迫る鬼に勝負を挑む。 「‥‥容赦しない」 虚空が槍の長さを活かして、巌流の強烈な薙ぎで剣鬼の先手を制する。続けて足を止めた剣鬼に、羅喉丸が骨法の拳を連続で叩き込んだ。吹き飛んだ剣鬼が、形を失い消えていく。 「ここから先に進もうとするならば、我が双拳を持って応えよう」 大地にそびえる様な力強い構えで、羅喉丸が拳を握る。 「‥‥ん」 それを見た虚空は、羅喉丸の横に並んで、やはり槍を構えて見せた。並び立つ二人。羅喉丸はそんな虚空を面白そうに見やり、虚空は無表情に視線だけで羅喉丸を見返した。 だが、ここより先の戦闘は、開拓者達の士気の高さをもってなお、苛烈を極めたものとなる。 「くっ!」 鬼の振るった強烈な一撃が、冬馬の体を強かに打ちつける。刀で受けるものの、その攻撃の重さに体ごと吹き飛ばされた。さらに打ち付けんと、鬼が地を鳴らして冬馬に迫りくる。 「やられるかっ!」 起き上がり様、相手の攻撃をすり抜けるように一歩踏み込む。冬馬はその勢いのまま、巻き打ちで切り上げた。剣先から舞い散る血風が、彼の傷の多さを物語っている。 「明智さん、後退します!」 冬馬が叫び、珠輝が応じて陣を後退させる。二人の後退を助けるように、巳斗の炎魂を込めた矢が鬼の追撃を絶つ。 「今の内です!」 「ふふ‥‥お互いボロボロですね‥‥そんな姿も素敵ですよ」 「そ、そうか」 珠輝が包帯で自身に応急処置を施しながら、潤んだ瞳で冬馬を眺めた。冬馬の背筋に何やら寒いものが走る。 「お静かに、傷に触ります」 伊也がぴしゃりと言い放ち、二人に癒しの術を施す。 「手間を掛けるな。すまない」 「恐れ入ります‥‥! この御恩は必ず‥‥」 「礼には及びません。巫女の務めです」 冬馬と珠輝の礼にも、伊也は飄々と言葉を返すだけだ。だが、次の珠輝の一言が、場の空気を氷点下まで急降下させた。 「私の嬉し恥ずかし褌全裸の御奉仕で、お返し致します‥‥!」 「お断り致します」 恥じらう珠輝の思いは、伊也に届くことは無かったようだ。 「陣を変えて撤退に移りましょう。これ以上は危険です」 伊也の提案に、二人は異存無く頷いた。 中央から右翼側の戦場も、左翼と同様に苦戦を強いられていた。 「ちィ、ここいらが引き際だなァ‥‥」 醍醐が巌流で豪快に薙ぎ払うと、それが止めとなって、目前の鬼は消滅した。 「下がりながら陣を変えます! 撤退です!」 巳斗が中央寄りに走りつつ、右翼側の移動を促す。 「よォし、引き上げだァ!!」 醍醐の大声が辺りに響いた。 「了解‥‥だ!」 「ここかなっ‥‥押しつぶせ」 羅喉丸が気迫と共に気功波を放つ。合わせて、璃凛が猫のような笑みを浮かべて、岩首を喚び落とした。岩の顔が鬼になっているのは、嫌というほど鬼の相手をしているせいかも知れない。 「ふぅー‥‥これで何とか‥‥凌ぎ切れたのかな‥‥それじゃ、うちらも撤退かな」 二人の攻撃で出来た隙に、中央から右翼側も陣変えと後退を始めた。 「最後の一踏ん張りです。気合入れて行きましょう」 斑鳩が素早く神風恩寵を発動させ、後退してきた虚空、醍醐、銀丞の三人の傷を一気に癒す。 「もう来ている、油断するな」 銀丞の言葉を合図に、戦場が再び動き出した。 『オォォォォ!』 銀丞が刃を寝かせて右手突きの構えで迎え撃つ。対する剣鬼は、低く突きの姿勢で突進してくる。 『シネィ!!』 「はぁぁっ!」 剣鬼の両手突きと、銀丞の直閃による突きが交差する。 「‥‥くっ‥‥」 銀丞が痛みをこらえる様に、咥えた煙管を噛む。対して剣鬼の姿は、最早この世には存在していなかった。 (「長居は無用か」) 仕切りなおして後退を始めたものの、敵の数が増え過ぎている。刀を交えること自体が得策では無い状況になっていた。「ならば」と、銀丞は太刀を収めて細く息を吸った。 「アオオオォォォォーーーォォォッッ!!!」 戦場に轟く銀丞の雄叫び。その咆哮は、さながら狼のような威圧感を伴い、鬼達と開拓者の耳に届いた。続けて、銀丞が仲間に向かって叫びながら、後方へ走り出す。 「力の限り逃げろ!」 鬼達の動きが変わり、そのほとんどが右翼の銀丞に向かっていた。銀丞の意図を察した開拓者達が、一斉に後ろを向いて走り出す。 「仕方ありませんね」 「次は覚えてやがれェェ!」 「ここは逃げるが勝ちですよー」 「負けっぱなしは性に合わないんでな、この出目は何時か変えさせてもらう」 「今は退いたとしても、必ずや取り戻してみせましょう‥‥!」 「‥‥ん」 思い思いに捨て台詞を残しつつ、全力疾走である。 「はっ、そういえばっ」 「忘れるところでした」 不意に璃凛と伊也が立ち止まり、最後尾から撒菱を放った。 「最後の一発です」 「これで打ち止めだ」 撒菱にたたらを踏んだ鬼達目掛け、巳斗と羅喉丸が止めとばかりに遠距離攻撃を仕掛けた。 かくして、開拓者達は撤退に成功したのである。 ●命臨みて、その後に 隣村まで走りぬけ、開拓者達はようやく安堵の息を着いた。避難所の隅を借りて、皆ぐったりとへたり込む。だがその表情は、それぞれに満足気である。 「うへへへ」 「璃凛さん、顔溶けてますよぉ」 「斑鳩さんこそー」 術の使いっぱなしに走りっぱなしで、二人共に心も体もへろへろである。 「‥‥生き延びたな」 銀丞がどこからとも無く天儀酒を取り出し、傷の手当てもそっちのけで酒を呷った。傷の火照りすら心地良い。そんな疲労感と達成感が入り混じったような空気が、場に漂っていた。 「ひと舞い致しましょう」 伊也がおもむろに立ち上がり、静かに舞い始めた。外はアヤカシ討伐に向かう開拓者と、避難の人々が行き交い、夜更けというのに騒がしさが絶えない。 (「生き延びられた皆さんの心を、少しでも癒せれば‥‥」) そんな喧騒の中にあって、この一角だけは、ひと時の静寂があった。 「舞を肴に飲む酒も、風情があって悪くない」 誰もが舞に見入る中、銀丞がぽつりと呟いた。 |