今年も、きみと
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/21 20:15



■オープニング本文

「明らかに間に合ってない……どうしてこうなった」
 よしきちは、もふららしいふてぶてしい顔に器用に呆然とした表情を乗っけ、現実を見渡した。


 ―― 事の発端は、くりすます前の華やかな町並みを歩いているときだった。
 よしきちは、聞き慣れない言葉に荷を引く歩みを止めた。
 何を言っているのかわからないが不思議と惹かれて、その声のほうへ向かう。人垣に囲まれて、白い服をまとった老若男女が声を合わせ歌っているのは異国の歌。
 季節は冬、様々な異文化が入ってくるようになってからは、こんな光景も珍しくはない。
(そういえば紗重が言ってたもふなぁ…)
 何でも、くりすますとかいうジルベリアの行事がもうすぐあるんだとか。
 どうりで耳に馴染むと思った歌は、最近やたらジルベリアかぶれになっている紗重が口ずさんでいたものと似ていた。
(神様を讃える歌もふな。たしか、さん…さん……さんばかとかいう)
 讃美歌だ――― 通っている教会でくりすますのために練習しているのだと、楽しそうに言っていたのを思い出す。
 どこぞの神様を讃えるくらいならもっと俺を讃えろ、美味しいご飯食わせろと。
 思ったり時には言ってみたりしたものの、当たり前のことながら実行されそうにない様子に、よしきちの機嫌はここ最近どうしよもなく悪かった。
 むっすりふてぶてしい顔をしてその歌声に背を向けた時―― わっと歓声が上がった。
 讃美歌を終えた白い人々が、にこり微笑みその歓声に応える。歌が上手だったのかもしれないし、言葉が理解できる人にしてみたら歓声が起こるような素晴らしい内容だったのかもしれない。
 よしきちには、どちらもよくわからなかった。
「……」
 でも―― 歓声を上げた人々の、それに応える人々の…笑顔。
 見るともなしに見ていたよしきちの中に、ふと紗重の顔が浮かんだ。
 この世界に誕生してすぐに拾われ居ついた家に、ちょうど生まれた赤ん坊。その赤ん坊―― 紗重とよしきちは兄弟のように共に育った。種族なんか関係ない、大切な妹分だ。
 歌はこんなにも人を笑わせるのか。うまく歌えばこんな風に、紗重も笑うんだろうか。
「練習…するもふ」
 荷を引き、踵を返す。根拠もなく自信なんて何ソレ必要なの……だが、今までにないほどの決意だけはして、よしきちは家路に着いた。


 開拓ギルドはいつものように賑わっていた。ただ少し変わっていたのは、詰め掛けている少女たちの気迫のせいか。
「お願い助けて!うちの子を…うちのもふらさまを!」
「私たちだけじゃどうにもならないの!」
 何とか落ち着かせ宥めすかして話を聞くと、どうやら自分たちのもふら様が夜な夜な消えていくのだとか。
 消えて、そして明け方くらいには戻ってくるのだが―― もふらの性質である怠け者を地でいく各家の彼らが、夜に眠らず明け方まで帰らない……心配でたまらないのだと。
「問いただしてはみてるの、でも言わなくて…」
「あとをつけたこともあるわ。でもばれて、見失ってしまうの」
 問いただすたびに爆睡され、あとをつけるたびにつぶらな瞳で見つめられ、ある時はおねだりをされて条件反射で食べ物を探しに背を向けたら居なくなってしまったり。
「みなさん…」
 親バカならぬ、もふらバカなんですね―― そんな言葉をしみじみ言いかけて、受け付け係は少女たちの様子に口を噤んだ。
 もふらバカではなかったとしたら、この問題はすぐに片付いたのかもしれない。だが、彼女たちは心の底から心配している、それは事実なのだ。
「ずっと一緒に育ってきて、隠し事なんて今までなかった」
 紗重という少女が、淋しそうに…それ以上に心配そうに視線を伏せた。
「お願いします―― よしきちが…あの子たちが何をしているのか、見つけ出して教えてください」


「たぶん、ぼくたちがもふらだからもっふ」
「……そんなどや顔して言うこっちゃねぇ」
 よしきちは仲間もふらの顔をむずんっ、と掴んで引っ張った。
現実は、やはり現実でしかなくて―― 目の前には募ったもふらの仲間たちが、てんでごろごろしていたり発声練習?みたいなものをしていたり、まとまらない。
 歌のことなんか全く知らない、しかも彼らはもふらだ。一生懸命さを維持するのがとても大変だった。
「とにかく!年も明けたし、それ用の歌に変えよう」
 仲間たちを見回す。どうして普段は寝ているような時間に、こうして集まったのか。くりすますには間に合わないとわかっていても、どうして変わらず集まっているのか。
 それぞれの大切な存在をふっと思い浮かべて、もふらたちは頷き合った。



■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎


■リプレイ本文

 人々の生活音が消え、静まり返った深夜―― 普通なら眠っているはずの、寒い寒い夜。
「あー、もぉ、もふらが何してたって別にいーじゃん!」
 だが、一部の開拓者たちにはそれが許されていなかった。暗いわ寒いは眠いわで、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、小さく喚く。
「風葉、これも仕事さね。それじゃ、あたしは一寝入りしようかねって」
「こいつ…っ」
 当たり前のように帽子に入り込もうとする、人妖の二階堂ましらに大声を出せない風葉は帽子を押さえることで抵抗する。
「もふらさまをいっぱいもふもふするためにも、しっかりと追跡して見せるのです!」
 その隣りではネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)が、意気込んで壁に張り付いていた。目的が違うというツッコミは残念ながら入らない。
 かたん、と小さな音がして、戸が開く。もっふり覗いたのはもふらさまだ。
「とりあえずは、ストーキングして何をしているかの確認ですね」
 秋桜(ia2482)は頭の上から迅鷹の鈴蘭がずり落ちないように押さえ、動き出したもふらの追跡を開始した。


 一方、紗重に話を聞きに行っていた開拓者たちも、よしきちのほうを見張っていた。
「もふらさまたちが毎日飽きもせずってのは珍しいな?」
 寒い暗闇の中こっそり潜み、やはりこっそり会話する。戻ってきてるなら大丈夫だと思うが、と言う酒々井 統真(ia0893)の傍を、人妖の神鳴がふわりと浮かんでいる。
「もふらさまたちがこっそり何をしているか…悪いことなど勿論しないとは思いますが」
「開拓者は見た!…なの」
 思案する菊池 志郎(ia5584)に答えるように、小さな可愛らしい声が返る。フェンリエッタ(ib0018)の管狐、カシュカシュだ。
「そうね、何をしているのか先ずは確認しましょ」
 襟巻き状態で首に巻きついてくる尻尾がくすぐったくて、フェンリエッタはふふっと笑った。
「あぁ、そろそろ夜食の時間か」
 何か関係ないことを言い出した食いしん坊すぎる管狐の雪待に、志郎が突っ込もうとした―― その時だ。かたん、と小さな物音がして引き戸が開けられる。ひょっこりよしきちの顔が覗き辺りを窺うと、そろりと足音を忍ばせて出てきた。なかなかの用心深さともふららしからぬ細やかな動きだ、これは紗重たちが尾行に失敗するのは仕方がないのかもしれない。
 3人は目配せをして頷き合うと、慎重に尾行を開始した。……が―― その感心は、よしきちと他のもふらが合流したのに合わせて開拓者たちも揃い、尾行を続けるうちに萎んでいった。
「これは普通に追いかけても、問題ないんじゃ……」
 抜足で尾行しているものの振り返る素振りのないよしきちたちに、志郎が苦笑する。他の仲間は普通に尾行しているのだから。
 いつ気づかれて見失ってもいいように、朋友たちもそれぞれ術を用いているものの、一向に視界から消える様子のない、のんびりとした歩みを追うこと少し―― よしきちたちの白い体が、ふっと闇の中に消えた。
「問題ないさね。向こう側へ入り込んだだけさね」
 暗視で追っていたましらが、振り返る。急いで駆けつけると、なるほど確かに茂みで囲まれている向こう側にいるのか、ぼそぼそと何だか妙な声が聞こえていた。
「この中にもふもふがいるですね!」
「さっさと確認して終わりにするわよ」
 そわそわ落ち着かないネプを尻目に、さくっと言って風葉はその向こうへ踏み込んだ。
「――!?」
 いくつもの円らな瞳が、一斉に向けられる。そこは周りの木々と茂みに囲まれた、だだっ広い空間だった。
 見事に逃げ腰になったもふらたちに、慌てて声をかける。
「こんばんは。私たちは開拓者よ。貴方たちのご家族に頼まれてここにいるの」
何とか安心させるようにフェンリエッタが笑顔を浮かべた。
「貴方たちは、ここで何をしてるの?」


「…まさか、歌の練習をしているとは思いませんでした」
 歌を聞いてもらいたい。あの日、町の中で偶然見かけた歌によって生まれただろう笑顔を、自分の大切な人たちの中にも見れたらと―― よしきちたちが告げたのは、そんな理由だった。
 歌うもふらとは貴重なものが見れそうですねと、志郎が目を丸くする。
「でも、なかなかうまくいかないもふ…」
 しょぼん、ともふもふの肩を落として、よしきちが呟いた。
「……歌、か。なかなか面白い趣向だし、もふらさまたちが順調とは言わずともここまで諦めずにやってるってのはすごいことだとも思う」
 どうせなら手伝ってやるか、とぽむっとその肩を統真が叩いた。
「もふらさまが、人の為にお唄を……。実に羨ましい仲です」
 強い絆で結ばれているのですなぁ。ぱっと上がる嬉しそうな顔たちにしみじみ、秋桜が感心する。
「しょーもない真相だこと……はいはい、手伝うわよ手伝えばいーんでしょ?」
 億劫そうにふぁと欠伸をしていた風葉だったが、食い入るような円らな瞳がいくつも向けられると、ぐと詰まってやれやれと肩を竦めた。
「そうですね。歌の発表ができない儘だと、紗重さんたちの心配もやまないでしょうし」
「心配もふ…?」
 頷いた志郎に、今度はよしきちが首を傾げた。
「夜に出掛けていく貴方たちが心配で、何をしているか見て来てほしい―― それが依頼なの」
 後をつけられたり、やけに探りを入れてきたりと心当たりが全員あるのか納得顔のもふらたちにフェンリエッタは、目線を合わせるように屈んで。
「貴方たちの考えた事はとても素敵だけど、家族ならあまり心配かけちゃダメよ。でも今はその分も頑張らなくちゃね」
 私たちも手伝うから、と微笑んだ。
 かくして―― 開拓者たちの手を借りて、ようやく歌への第一歩が踏み出されたのだった。


 報告を受けた紗重は、戸惑ったようにフェンリエッタと統真を見つめた。まだ詳しいことは言えないのだと、そう言われて。
「でもよしきちたちにとっては夜も眠らず頑張る程に大切な事みたい。だから…今はその気持ちを酌んであげて」
「信じて待ってて欲しいなの」
 フェンリエッタの首元に隠れるようにして、けれどカシュカシュも声が届くように一生懸命に伝える。
「心配するようなことはないし、そう日が経たないうちに理由は分かる」
「自分たちも一緒にいますから、どうかご安心を」
 諦めずにやり遂げようとしているもふらたちを思い、言葉少なにも統真がまっすぐ紗重を見返せば、その隣りで神鳴も礼儀正しく頭を下げた。
「もうすぐ必ずよしきち達が話してくれるから、ね?」
「お願いするの」
 紗重はじっと彼らを見つめ、やがて頷いた。信じよう、今までそうしてきたように。
「よしきちたちを、よろしくお願いします」


 よしきちたちが見つけ出した秘密の広場―― 大きな木に囲まれ風は最低限しか入って来ない。……だが、真冬の真夜中ともなれば、やっぱり寒い。昼間は普通に働いているもふらたちにとって、やはり練習する時間は夜しかなかったのだ。
「……曲が決まってないですってぇ?」
 わなわな震えている風葉の声は、きっと寒さのせいだけではない。
 もふらたちの練習具合は、予想以上になっていなかった。紗重にさり気なく聞いたよしきちが、さんびかという歌の名前を正しく覚え、そして教会から流れてくる讃美歌をそれとなく聞いて、それとなく聞いたものを仲間に伝える―― 本当にそれだけの状況、今ここ。
 巫女として神楽を学び、楽器の扱いに慣れている風葉が必然的に歌の指導をすることになったのだが、目の前に広がる現実に程良い目眩がした。
 歌おうと思ったきっかけの歌だから歌ってみたい気はするものの、つまりはその程度しか知らない、ということらしい。
「発声練習とか腹筋はしたもふ!」
「……讃美歌関係ないじゃない」
 堂々と言い切るもふらの顔を、もふぎゅっと抓ってやりたい思いに駆られる風葉に、ふいに差し出されたものがあった。
「ネプくん?」
「これ、使えるかどうか分からないですけど歌の練習用にと思って。渡しておくのです!」
 それは古びてはいるものの精霊の力が込められた、ジルベリアに伝わる楽譜「精霊賛歌」だった。
「ふーん、いいんじゃない?」
 これなら讃美歌にも近いし、何より確かな楽譜がある。どう?とよしきちたちに見せるも理解できるはずもなく、教えてもらえるならと丸投げされた。
 それでも、ごろりと転がっていた地面からすぐに起き上がり練習するために動くあたり、やる気はそれなりにあるらしい。
「発表会の日にちも決めないとですか。招待状を作って渡しますからね、その日に向けて練習です」
「私たちが渡しに行くわね」
 何でもないことのように告げられた決定事項に、わかりにくいながらももふらたちに動揺の色が広がった。念には念を入れて危機感を持ってもらおうと思ってのこと、志郎とフェンリエッタが反論は受け付けませんとばかりに背を向ければ―― あとはただ、風葉の弾くエレメンタル・ピアノの音が広場に響いた。


 もふらさまは特に好きな食べ物等はあるのでしょうか……」
 当日もきっと寒いだろう。外でも出来るような簡単な料理が良いかもしれないと秋桜はのんびり音楽と歌声を聞きながら思案する。まだ集まっていないのか、練習は始まっていない。
「今ならあったかいものがいいもふ!」
「…あたたかいもの、ですかぁ」
 いつの間にいたのか、ひょっこり見上げてくるもふらにそう返し、ずり落ちてきた鈴蘭を元の位置に押し上げた。
「嫌いな人がいないのなら、以前ジルベリアで口にした、かれー、なるものは、いいやもしれません」
大人数分できますしなと教えれば、たくさん食べられる想像でもしたのかそのもふらは嬉しそうに笑った。


 ネプは大きく葉や枝を伸ばしている木々を見上げていた。
「ん〜……楽しい感じ、もふかね」
「はぅ、なら、木に飾りをつけて、賑やかな雰囲気にするのですよ!」
 しっかりともふらを抱き上げもふもふしながら、本番のことに思いを馳せる。まだ少し早いかもしれないが、それでもその日のことを考えるとわくわくして。木は大きいけど、頼りになる相棒ロギがいれば問題ない。
 風に乗って練習開始の呼び声が聞こえた。ネプの腕からとんと飛び降り、もふらが走っていくその先―― のんびり眠れそうな場所を探すましらが、引き止める風葉の手を器用に避けふわりと飛び上がる。
「さぁて、神聖な歌なんてぇ、あたいにゃ眠いだけさねぇ」
「楽譜も音程もいらないから、サボる時間が欲しいわ…」
 簡単な練習で全ての楽器は扱えるものの、さぼり癖があるため本気で練習する必要があることは当然知っていて。
 風葉は、のんきに手を振り姿を消すましらを恨めしく見送ったのだった。


「ほら、こんな感じですよ」
 何度もつまる部分を、志郎の声が歌いあげていく。フェンリエッタの弾くオルガネットが優しくリードするように響く。
 歌に自信があるわけじゃない、それでも発表会の成功のために一緒に。
「きっと喜んでもらえるから…はい、お腹に力をいれて、もう一回♪」
 喜んでくれる―― そう、その姿が見たいからここにいる。もふらたちの想いは、そのひとつだけだった。


 その日、各もふらたちの家に1通の招待状が開拓者たちによって届けられた。
 クリスマスと年賀の華やかなデザインのイラストが付いた、ジルベリア風の招待状だ。『発表会のお誘い』と書かれた内容の最後には、もふらの足型が押されていた。間違うはずもない、大切な家族の足型だ。

「よっと…こんなもんでどうだ?せっかくの晴れ舞台だしな」
 ちょっとした本格的な机がどん、と置かれてもふらたちからわぁっと感嘆の声が上がる。依頼人たちの知り合いの店から借りてきたものだという。そして箱を積んで作った 発表会の舞台が、少しずつ少しずつ出来あがっていた。
 楽しみにする気持ちと、大きな不安。黙り込んでじ、と舞台に向けられるもふらたちの表情は硬い。
「あたいに任しときゃ、問題ないさね。ま、仕上げをごろうじろってぇヤツさね」
 そんな彼らの前に飛び出し、自信満々に自分の胸を叩いたのはましら。あんた何もしてないじゃないよ、という風葉の呆れたツッコミに、小さな笑い声が満ちた。
「ネプくんと一緒に焚き火用の枝拾ってきてって言ったで」
「取ってきたですよー!」
 言ったでしょ、と続く言葉は元気な声に遮られて。どさどさっと拾ってきた大量の小枝を落して見つめてくるネプ表情は、褒めて褒めてと言っていた。
「…あー、ありがと?」
 ぽんぽん撫でると、集めた小枝をまとめファイヤーボールを使い次々と点火していく。その明るさだけで、何となくあたたかくなった気がするから不思議だ。
「焚き火に使えるような小さな枯葉や小枝集めを、お願いしますね」
 カレーを作り始めながら、秋桜も鈴蘭へと声をかける。
「終わったなら、肩にでも乗って休んでいて下さいな。味見くらいは、して頂きますから」
 志郎は水と氷霊結を使い、氷燈籠を何個か作っていく。繊細な作りの氷燈籠は、火を入れればひとつひとつが違う綺麗な顔を見せてくれる。
「照明兼装飾に適当な場所に置いてくださ……っと、雪待は手伝いは…できないですね」
 持っていくことくらいはできたかと、一瞬そんな考えがよぎったのも束の間。
「我は当日出す食事の味見を」
「だめです」
 相変わらず食い意地が張っている雪待に即突っ込んだ志郎だった。

 見守られる中、ネプが操縦するロギが最後の飾りをつけ終えた。感慨深げに見上げる
「さぁて、そろそろだろ?準備するぜ」
 統真が言い終わったと同時に、がさっと茂みが動き少女たちの姿が見えた。誰もが自分の家のもふらを見つけると、ほっとしたように綻んだ笑みを浮かべる。
 舞台へ、移動する。美しい氷燈籠と、あたたかな焚き火の音に導かれ―― よしきちたちは、初の舞台へと並んだ。
「……」
 紗重を、見る。まだ何をやるかわかっていないのだろう、少しだけ不安そうな表情を向けていた。
(笑って…くれますように)
 流れ出す、風葉が弾くエレメンタル・ピアノの音―― 今まで練習してきたものを、すべてを出すように。やっぱり言葉の意味はわからないけど、精霊の加護への感謝を讃える楽曲だと聞いたから、そんな感じで。
 ただ願うのは、紗重が笑ってくれますように。あの日、町で見た人々のように、笑ってくれますようにと。

「…!」

 大きな拍手が飛び込んできて、よしきちはハッと目を開けた。
 いつの間にか歌は終わっていて……みんなが立ち上がって拍手をしていた。中には泣きながら笑っている顔まである。
「……成功、か?」
「大成功もふっ!」
 静かに厳かに響いていた曲は消え、次に聞こえてきたのは楽しげな明るい曲調。フェンリエッタの鳴らす精霊の鈴が可愛らしい澄んだ音を生み、次の歌へと―― もふらたちは一斉に飛び出し、家族の元へと走った。
 もう1曲は、明るく元気な歌だ。天儀ではよく知られた歌は、みんなで一緒に歌って踊れるように。
 …神鳴、まかせた。口元だけで主人の言う言葉を聞きとった神鳴は、自分もあまり前に出るのは得意ではないのですけどと苦笑して。
「せっかくの頼みですし、歌に合わせて踊りでも舞いましょうか」
 ふわりと浮かびあがり、まだ少しだけ戸惑っているそれぞれの家族の周りへと。
「あるじ、かしゅはっ?」
 元気な音にかき消されないように、カシュカシュはそわそわと声を張り上げて。
「パンプキンベルを鳴らしながら踊る?」
「がんばるっ」
 元気いっぱい、宙に飛びだしくるくるりんりんっ。軽やかな音を響かせた。
 ふわ、と風葉が放った夜光虫が、美しい光りになって楽しげに嬉しげにはしゃいでいる家族たちの周りを飛び回る。すーすーと聞こえるのは、帽子の中で眠っているましらのものだろうか。
 変わらず演奏に集中しているその隣りには、ネプがのんびり座り、そのピアノの音に聞き入っている。
 よしきちたちの歌に、それに喜ぶ紗重たちの姿。やっぱり朋友はいいものだなとしみじみしながら、志郎はちらっと自身の朋友へと目を向けて。
「…我侭で食べてばかりですけれどね」
「何か言ったかー?志郎、お代わりだ」
 苦笑して彼のためのクッキーを渡してあげながら、これからもよろしくと心の中に零した。
「ここまで相手を思える相棒なら、いつでも背中を任せられるというもの…」
 ぐるぐるカレーをかき回しながら、秋桜も微笑ましく彼らを見守り…少しだけ慌てたように肩にいる鈴蘭を見やる。
「…と、すっちーとも、私はその位の絆があると思っていますよ……って、サラシー!?またサラシをっ…返しなさい!」
 あわあわ胸元を押さえ、サラシと戯れている鈴蘭を必死の形相で追いかける秋桜がいた。


 賑やかに楽しく、変わらない日常を―― 今年も、きみと。