山の楽しさ教えて!
マスター名:
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/02 18:37



■オープニング本文

 泰国の片隅、山々に囲まれた小さな村があった。
 山の恵に助けられ、山の厳しさに翻弄され、山と共に生きる―― そこは誇り高き鷹の猫族が暮らす場所。
 事の起こりは10年と少し前。この小さな村に赤ん坊が生まれた。
 村にとっても待望の新しい命ということで皆が固唾を飲んで見守る中、生まれたのは元気よく産声を上げる男の子‥‥そして、その背中には体を覆うほどの大きさの鷹の翼がしっかりと生えていた。
 産婆の震える手が、赤ん坊の骨格を探る。
「‥‥仙人骨じゃ。間違いない、この子は仙人骨を持っている」
 のちに疾風と名付けられた赤ん坊がうんざり溜め息をついて、耳にこびりついて離れないいちばん古い記憶、と話す村を上げての狂喜乱舞の宴は三日三晩続いたという。
 この宴が起こった理由は、2つある。
 1つは仙人骨であった事。そういう存在が生まれることは意外と少なくはなかったが、この娯楽がなく山しかない暮らしに飽きて中央に出て行くため、その数は極めて少ない。
 特に危険に晒されたことはないものの、暮らしを守るための重要な戦力というわけだ。
 そしてもう1つの理由‥‥実はこれがいちばん大きかったりする。
 背中に生えた、立派な一対の鷹の翼。
 村の住人のほとんどが猫族のため、どこかしらにその特徴がある。
 ‥‥が。どういったわけか、その特徴はひどく中途半端なのだ。
 一対の翼はあるものの小さすぎて前から見れば普通の人間だったり、片方の翼しかなかったり‥‥鷹の顔を持った者もいる。
 空を飛ぶ鷹のような力強い翼を誇りとしている村人たちにしてみれば、疾風の立派な翼が何より尊く素晴らしいものであった。


 こうして、村の期待を一身に背負って成長した疾風。明るく活発で素直な性格は、誰からも愛された。
 そして泰拳士の彼の父もまた、我が子を心から愛し、立派な泰拳士に育てようと奮闘の日々を送る。
「ほぉら見ろ疾風!これが荒ぶる鷹の姿をした荒鷹陣だ!」
「わ、父ちゃんかっこいい!おれも父ちゃんみたいになりたいっ」
 疾風にとっても、父の存在は大きく目を輝かせながら父十八番である荒鷹陣を見上げたものだった。
 ―― だが、いつから間違えたのだろう?けっこう初めから間違っていたのかもしれない。
 仙人骨持ちであろうとなかろうと、通常の子供は山を遊び場にし身をもって山のことを理解していく。そして周りの大人たちは成長を見守り、時に知恵を与える。
 だが、疾風の場合は違った。疾風にとって山は初めから厳しい訓練の場所であり割りと命懸けであり、利用するためのものでしかなかった。
 自身を鍛錬することに情熱を燃やし続け、脳筋一直線だった男が子を育てる―― むかし自分が体験してきたやりかたこそが、正しいのだと信じて。
 愛する息子にも同じ体験をさせ、立派なその翼に恥じない泰拳士になってもらおうと。
 そして、10年と数年後‥‥現在。
「ほぉら見ろ疾風!これが荒ぶる鷹の姿をした荒鷹陣だ!」
「バカのひとつ覚えみたいにそればっかしてんじゃねーよ!」
 ‥‥彼は、グレた。グレるしかなかった。
 山と村しか知らず、周りにいる村に残った大人も自身をストイックに鍛えることしか見えていない脳筋たちばかり。発散しようもない言葉にできない憤りは、そうやって爆発した。
 村の期待は、あまりにも大きく重かったのだ。


「俺が悪かったんだ」
 片方しかない翼までしょんぼりさせて、鷹の猫族である男は項垂れる。
 ようやく本題に入ったかと、姿勢を正して受け付け係は黙って頷いた。その男の息子がいかにかわいかったか、生まれてからの話を散々聞かされていたのだ。
「‥‥で?」
「あ、あぁ。俺たちはあいつに期待しすぎたんだ‥‥だからもう、好きにさせてやりたい」
 泰拳士も翼も関係ない、年相応な子供として。
「ただ、村で生きるなら山の恵を知らなけりゃ生きてはいけない。あいつには山の楽しさも喜びも何も教えてこなかったから」
 ふるふる、と頭を振り男は眉間を押さえると涙を堪えるような声で、くっと呻く。
「せめて山を好きになってくれりゃ、俺が言うことは何もない」
 暑苦しい漢泣きをおさめて、男は真剣な表情を顔に乗せた。



■参加者一覧
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
明王院 浄炎(ib0347
45歳・男・泰
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
レティシア(ib4475
13歳・女・吟


■リプレイ本文

 ぐるりと山に囲まれた場所に存在する小さな集落は、色鮮やかな紅葉が映えて長閑に広がっていた。
「今回は、宜しくお願いするじぇ!」
 外からやって来た開拓者の物珍しさに村人が集まってくる中、リエット・ネーヴ(ia8814)が腕を振り挙げ、力一杯に挨拶する。
「来てもらえて感謝するよ。疾風のこと、よろしく頼む」
 出迎えた速鷹は嬉しそうに、でも申し訳なさそうに頭を下げた。
(息子大好きな、良いとーちゃんだと思うネ)
 父親として不甲斐ないと、その全身で表現している姿に藍 玉星(ib1488)も俄然やる気になる。今日のためにと持ってきた調理道具一式が、がちゃんと鳴った。
「子らに山での生活術を教えたい思っている。護衛も兼ねて許可してもらえるだろうか?」
 各地のアヤカシ被害を受けてやって来たのだと明王院 浄炎(ib0347)が言えば、平和な村にでもアヤカシの恐ろしさは伝わっているのか何人かの村人が頷き、隠れるようにして開拓者たちを見ていた子供たち前へ押し出す。
 10に満たない年端の子供たちが、大きな浄炎をぽかぁんと見上げている。
「簡単にでいーから、山の地図描いてくんねーかな?」
 羽喰 琥珀(ib3263)は、村人たちに地図を頼んでいた。山の楽しさを遊びながら知ってもらうために、薬草の場所や登りやすい木のこともこっそり聞いて書き込んでいく。
 レティシア(ib4475)と玉星も地図を覗き込み、危険な獣の縄張りや山の天候の捉えかた、獣の罠の場所などを書き込み、記憶した。
 疾風のいそうな場所を教えてもらうと、開拓者たちは紅葉の美しい山の中へと足を踏み込んだ。


「‥‥ん?」
 登った木に腰かけうとうとしていた疾風は、小鳥の鳴き声のような音にふと目を開ける。そしてたまげた。
 目を開けた先に、女の子の顔が逆さまにぶら下がっていたのだ。
「疾風にーちゃん、見ぃーっけ!ねぇねぇ、遊ぼ遊ぼ?」
「だ、誰だよおまえっ」
 逆さまの女の子、リエットはにへっと笑うと、くるりと体を反転させ疾風のいる枝に降り立つ。
「えっとね。あのね‥‥遊びに来たのっ♪」
「‥‥」
 見たことがない眩しい髪色と明るい笑顔に、何だかよくわからないが本能的に体が動いて距離をとると―― 疾風は思いっきり逃げ出した。
(アヤカシか!?や、でもあんなにキラキラしてるもんなんだっけ。それとも精霊とか‥‥)
 必死で木の上を渡りながら、恐々と後ろを振り返ってみる。きゃっきゃあと笑い声が聞こえ、三角跳を発動させたリエットがもの凄いスピードで追いかけてくる。まるで地面を駆けているような速さだ。
「わー!ちょっと待っ」
 あっという間に追いつかれた疾風は、ぼふぅっと背中にしがみつかれそのまま地面へと転がった。
「疾風にーちゃん、確保!よろしくねぇ〜♪」
 もう本当に何が何だかわからず呆然と、見上げてくる満面の笑顔を眺めて。

「こんなとこにいたアルか。探したネ」

 ガサっと踏みしめる音がして、玉星の顔が覗いた。発見合図の呼子笛を辿って来てみれば、随分と離れた場所だと。
「あんたたちは‥‥?」
 リエットを退かそうと微妙にじたばたしつつ、次々と現れるよそ者に不審そうな視線を向ける。
「俺たちは開拓者!山に遊びに来たんだ」
「開拓者が‥‥こんな場所まで?」
 速鷹からの依頼であることは内緒だ。笑顔で言い切る琥珀にやっぱり納得のいかない疾風を、ひょいっとレティシアが覗き込んだ。
 どこか嬉しそうに、自分の背中の羽をぴこぴこさせて。
「こんにちは、はとこー」
「‥‥それって羽だったのか」
 鷹の翼しか見たことがない疾風は、無知だった。
「―― ってことで、遊びにいこうぜ!」
 琥珀の問答無用な掛け声に開拓者と子供たちの嬉しげな高い声、疾風の喚き声が木霊した。



 木々の隙間から差し込む陽の中、レティシアよってもこもこに着ぶくれた少女がおずおずと疾風に草を差し出す。
「ん?あぁ、それはただの草。ここが違うだろ?」
 半ば強引に連れ回されていた疾風も、地図で指示された遊びをこなしていくうちに大人しく付いてくるようになり、薬草探しに参加していた。考えるのを諦めた、とも言えるかもしれないが。
「わ、ほんとだ。おにいちゃん、すごいね」
「!こ、これくらい当たり前だ」
 素直に喜びを表現されて、戸惑う。もう何年も、こんな風に近くで誰かの笑顔を見ることも話すことだってなかった。
「あ、あれ食べれそうアルよ」
 子供たちに教えるように山菜や茸を探していた玉星が、疾風を手招きして木を指差す。それは見慣れた木の実で、疾風自身もよく摘んでいるものだった。
「木登りアル!」
 地図にちょうど描かれている『木登り』の指示に、ぐっと詰まって。
「し、仕方ねぇな。指示だから、な!」
 暗にとってくれと言う仕草に、むすっと視線を逸らして。するすると登ってちぎって振って見せれば、わっと下で歓声が上がった。子供たちのキラキラした眼差しが一心に向けられている。
「おぉお!?にーちゃん、かっくいぃー!」
 それに混じってリエットも両手を振り上げ、感動したように見上げてくるのが目に映る。
(‥‥あんだけ木の上走れるおまえのほうがすごいって)
 追いかけられたまだ新しい記憶に、そんな言葉が出かけたが何となく怖かったから口を噤んだ。
「仲良くやれそうでよかったです」
 疾風と子供たちが仲良くなってくれれば、自分たちが去った後もうまくいくはず―― 木登りに挑戦したがる子供たちに、手や足の置き場所を教えている姿を見てレティシアは嬉しそうに微笑む。
「そうアルな。やっぱり子供は一緒に遊ぶが一番ネ」
 仙人骨を持ち特別扱いされてきて疾風、そのことを知っている子供たち。お互いに感じている溝は深いだろうと、その垣根を取っ払ってやりたいと思っている玉星も、そんな彼らの様子を満足そうに見守った。


「魚釣りの競争?」
 山頂から流れている、穏やかな川。透き通った水を覗き込み、琥珀が提案する。
「おぅ!玉星が晩飯に料理してくれるってさ。どーせなら、勝負しよーぜ!」
「‥‥何でだよ。普通に捕りゃいいだろ?」
 呆れたように疾風が肩をすくめる。食べるために魚を釣る、それだけのことなのにどうして勝負をしなければいけないのか―― そんな声が聞こえたのか、琥珀がニッと笑った。
「へぇ‥‥勝つ自信ねーんだ?」
「!?」
 予想外の返しにガーンと疾風の目が見開かれる。そっかそっかー、ならしょうがないよなぁ!やけに周りに聞こえるような大きな声で言われたら、黙っていられない。
「絶対ぇ勝つ!見てろよっ?」
 わーわーと遮るように押さえた口が、してやったりと笑ったのを疾風は気づかなかった。
 いつものように岩に腰かけ、釣り糸を垂らす。釣れる度に上がる声や数を気にしながら、何匹釣れたか知らせ合う。
 川がさらさらと音をたて、落ちる紅や黄色に染まった葉が流れていく。近くで遊ぶ子供たちの笑い声―― 自分以外の、人の気配。何だか不思議な気分だった。
(同じ山なのに、違って見える。なんか、楽しい‥‥?)
 初めて速鷹に連れられて山に踏み込んだときの、胸がわくわく騒いでいるような感覚に、それは似ていた。
「―― ‥‥風?疾風!」
 呼ばれて、ハッと我に返る。気づけば魚をためた桶の中を覗きこんでいる琥珀の姿。
「こんなに釣れたのか、すげーなー!」
 負けた負けたと笑う琥珀は、それでも楽しそうで―― 気づけば疾風も自然と笑っていた。

 突然、わぁと悲鳴のような声が上がる。顔を見合わせ慌てて声のほうに向かった。
「‥‥!」
 子供たちを抱えるリエットとレティシア、対峙している玉星の倍以上はある大きな熊がのっそりと彼らを見下ろしていた。おそらく食事の川魚を捕りに山を降りて来たのだろう。
「え‥‥?」
 駆け寄ろうとした瞬間、すっと伸びてきた浄炎の手に止められる。静かな横顔につられるように、疾風も視線を向けた。
 出かたを窺うようにじり、と睨み合いが続き―― 大きな熊の爪が降り上げられた、その一瞬先に玉星が動いた。
 それは何度も何度も見せられた荒鷹陣‥‥のようで、けれど全く違ったものだった。キレも構えも荒鷹陣を凌駕する、真荒鷹陣だ。びくり、と怯えるように降ろされるはずだった爪が止まり、それを見越した玉星の小柄な体が身軽く跳躍したかと思うと、硬直したままの熊の脳天目がけて踵が打ち下ろされた。
 ドシャンッ―― 巨体が傾き水飛沫が上がる。
「はは、すげ‥‥」
 野生の熊は本能で相手の強さに気づいたのだろう、よろめきながらも立ちあがると山の奥へと消えて行った。
 怯えていた子供たちが、歓声を上げて玉星を囲む。自分と年も背丈も変わらないはずのその姿に、疾風はじっと何かを考え込んでいた。



 薪になる木を見つけに仲間たちから離れていた浄炎は、荒鷹陣の型をとっている疾風を見つける。むすっと考え込んでいるような、表情。
「少々志体を持て余している様だな。何なら組手でもどうだ」
 暗がりから現れた浄炎にびくぅっと体を崩した疾風だったが、その申し出には素直な喜びを示した。
 運歩と捌きでかわしながら、時には手応えが伝わるように繰り出される手や足を受けて‥‥疾風が全力を出せるようにと。
 食前の運動にしては気合いが入った組手は、疾風が満足そうに仰向けに転がったことで終わった。
 修業を始めてからのほとんどの時間を、ひたすら荒鷹陣を教え込んできた速鷹のことだ。おそらく組手もまともにやったことはないのだろう。やけに満足そうに息を整えている疾風に、浄炎は苦笑した。
「皆と過ごしてみると色々と気が付かぬか?志体の有無に関わらず、互いを補い合う事の意味―― 志体を持つ者が成すべき事…などな」
「‥‥」
 その言葉に、黙って疾風が起き上がる。じっと見つめる、自身の両手。
「俺も‥‥あんな風になれるのかな。あんな風に、誰かを守ったり助けたり‥‥」
 あれは、形だけじゃなかった。野生の熊でさえ圧倒する、玉星の真荒鷹陣。
 反発するようになってからはずっと、速鷹の荒鷹陣はただの形だけだと思っていた疾風にとって、それは衝撃だった。
 ―― もし成すべきことがあるなら、誰かを守れる存在でありたい。
「生憎と大空を舞う鷹の如き、軽快な技は修めておらぬが‥‥」
 浄炎は、ただ穏やかに頷いて。食い入るように見つめる疾風へ、持ちうる技を実演していった。

 薪広いを手伝って戻ってくると、美味しそうな香りが漂っていた。
「どうしたんだ?」
 それとは別の騒がしさに気づいて、疾風が近づく。子供たちに囲まれて、琥珀がいた。
「ドジったなー。この辺りに傷に効く草とかねーかな?」
 首を傾げ見上げてくる琥珀の腕は、傷つき血が滲んでいる。ひどい傷ではないことを素早く確認してほっとすると、慣れた足取りで茂みの中に入って行き―― すぐに戻ってきた。
「この辺は薬草が豊富なんだ。よかったな‥‥ったく、これだから素人は。山を甘く見ればこんな怪我じゃすまないんだぞ!だいたい‥‥」
 手慣れた動きで取ってきた草を水で洗いすり潰すと、どこからともなく取り出した包帯ですり潰したものをあてがい巻いていく。
 ぶつぶつ、くどくど、と続く不満というかお説教じみた言葉に呆気にとられていた琥珀だったが‥‥それが心配しているせいだと気づき、思わず吹き出した。
「疾風にーちゃん、やっぱり優しいねぇ♪」
「素直じゃないけどなー」
 こそっと言い合い、リエットも笑う。
 鍛錬しか知らない疾風に、鍛錬以外で誰かのために知識や経験を役立たせる事が出来るのだと―― それを伝えたいがための怪我だったことは、秘密だ。
「なっ、なに笑ってんだよ」
「疾風、ありがとーな」
 笑顔でお礼を言われ、照れくさそうに疾風も笑い返した。

「晩飯できたアルよー」

 玉星の声に、焚き火を囲み座る。川で釣った魚、山菜や木の実に茸、並べられた料理は山で採れたものだけで調理されたものだ。
 見たことのない美味しそうな料理に、子供たちから歓声が上がった。
「みんなで一緒に、どうですか?」
 すちゃっとバイオリンを構えるレティシアを、食べかすを付けた疾風を含める子供たちがぽかんと見上げる。
「お、じゃあ俺も!」
 横笛を取り出し、琥珀もにっと笑った。
 そうして―― 2人で調子を合わせて奏でられる、明るく楽しい旋律。
 レティシアの透明な歌声が聴いたこと歌を、口ずさむ。ちらっと向けられた瞳が笑んで、疾風を一緒にと誘った。
「歌詞なんて即興でいいんですよ。ノリで」
 戸惑う間に、子供たちが歌いだす。ぴょんぴょん、と飛び跳ね楽しそうに真似るように声を上げて。
 明るい音楽に可愛らしい踊りが加わり―― やがて夜の山に、楽しげな声の輪が広がった。

 満天の星が空一面に浮かんでいる。
「眠れないです?」
 甘い香りが差し出され、レティシアが立っていた。
「悩みとか愚痴とかあれば聞きますよ。吐き出しちゃったほうが、きっとラクです」
温まるからと渡された飲み物にぽそっとお礼を言って、一口すする。あたたかい甘さが穏やかな気持ちにしてくれる。
「‥‥別に。今日はやけに楽しかったから、眠れないだけで」
 ぽん、っと。ごく自然に出た言葉は、自分でも予想外だったのかギョッとしたような疾風の見開かれた目と、やっぱり驚いたように瞠られたレティシアの青い瞳が重なり合った。
「楽しかったかー、そっかそっかー」
 にっこにこ向けられる視線に、明らかにうろたえる疾風。
「疾風君はどの子が好みのタイプなんです?」
 レティシアのマイペースさにつられるように、けれど居心地の良い時間は穏やかに過ぎていった。



「ありがとな。いろいろ‥‥楽しかった」
 疾風はまっすぐに、開拓者たちを見返してお礼を言った。
 ぶっきらぼうな雰囲気は消え、すっきりした明るい表情が年相応な顔に浮かんでいる。
 子供たちが名残惜しそうに見つめる中、別れの時はもうすぐだ。
「子は成長するもの。如何に功夫を積む事が重要であっても、新たに学ぶ事無くば飽きもしよう」
 同じ子を持つ父として、浄炎は速鷹へと思いを伝える。
「この成長に目をやり、新たな修行を付けてやってはどうだ」
「‥‥あぁ、そうだな。本当に。大きくなっていたんだな」
 少しだけ淋しそうに、けれど笑顔で話している息子の姿を速鷹は眩しげに眺めた。
「ありがとーね。また、遊ぼ?」
 ぎゅっと握られる手を握り返し、リエットに大きく頷いて。
「また、な。今度は俺が案内してやるよ」
 いい遊び場所見つけておくと―― 疾風は去っていく開拓者たちの背が消えていった所を、いつまでも見つめていた。