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■オープニング本文 真っ暗な闇の中を、ひたすら走る。 怖くて痛くて‥‥悲しくて。 目から溢れる涙が頬を伝い、傍を吹き抜けていく風が刺すような冷たさで頬を体を、冷やしていく。 ふ、と遠くのほうに小さな明かりが見えた。 夢中で追いかける。遠く、近く、ふわりふわりと手招きするように瞬く光りを。 やがて視界いっぱいに広がった光りに手を伸ばした瞬間―― 意識はそこでいつも途切れる。 「っ‥‥!」 目を開けたら、伸ばしている自分の手が見えた。 「‥‥行かないと」 その手をぐっと握りしめて濡れた頬を拭うと、彼女はそう呟いた。 「どうか手を貸しておくれ!」 つんのめるように突進してきた女性を、受け付け係はすんでのところで受け止めることに成功する。 勢いはどうあれ、見たところそれなりの年を重ねているように見える。 「大変なんだよ!うちの嬢ちゃんが家出て行っちまって‥‥!」 受け止めたはいいがガクガク揺さぶられるままに何とか聞き出した話によると、小さな頃から面倒を見ている家の娘が今朝から姿が見えなくなったらしい。 どうやらこれが初めてではないようで、何度もふらりと消えては何事もなく帰ってくるが、あるときは傷だらけで帰ってくるときもあった。 「あの人は精霊に魅入られてるんだよ」 村からそう遠くない森で、目撃されたという宙を舞う発光体。 その森へ行くと書き置きを残して、彼女は消えた。子供の頃から慣れ親しんだ森だが、最近ではアヤカシの姿も確認されている。 村の一族にとって大切な次期頭目とされる少女を、どうか無事に連れ戻して欲しい―― 幾分か落ちついたのか、不安そうな表情をあらためた老女は頭を下げた。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
和奏(ia8807)
17歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志 |
■リプレイ本文 開拓者たちが依頼を受け森へ到着したのは、陽がほとんど真上にある時間帯だった。 「森の奥には小さな水場があるようです。アヤカシが目撃されたのは、その水場の辺りらしいですね」 あらかじめ村人から情報収集していた和奏(ia8807)は、高い位置で鬱蒼とざわついている木々にぼんやりした視線を向ける。 「精霊ねぇ‥‥上手く出てきてくれりゃいいが、そうもいかなそうだな」 「何とか澪様を説得出来れば良いのですが、澪様の真剣な思いも大事にしたいです‥‥」 「あぁ、そうだな。桜」 不安そうに森を見つめる黒木 桜(ib6086)を元気づけるように、羽柴 稚空(ib6914)はにっと笑って肩を叩いた。 「っと、地面が湿ってますね。これなら足跡も探せそうです」 アーニャ・ベルマン(ia5465)が気づいたように低く腰を屈め地面に触れる。僅かしか陽が届かない森に接している地面は乾ききることなく、侵入者たちの痕跡を留める。 元より時間があるわけではないため、それをきっかけに素早くそれぞれが散ると痕跡探しが始められた。 ● 「この森の中に精霊が‥‥見られるものなら見てみたい気もしますけど」 それほど大きな森ではなかったことが幸いしたのかすぐに人らしい足跡は見つかり、開拓者たちは注意深く薄暗い森の中に踏み入っていた。 「というか、それホントに精霊なわけ?宙を舞う発光体って、アヤカシなんじゃないのー」 探しているモノが精霊なのかどうかは眉唾かも、と和奏が呟けばリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)も同意するように返す。 「俺も昔、会ったことがあるぜ。だが、そうだな。精霊と思い込んだら相手が妖魔だった‥‥なんて事も十分に考えられる」 鋭い聴覚で辺りを油断なく探りつつ、巴 渓(ia1334)は手帳に森の地図を記していく。 「おーい。目印、これじゃないかな」 声の届く距離で、と探索にふらりと消えていた仁志川 航(ib7701)が背丈ほどに伸びた茂みの中からひょっこり顔を出し手招きした。 辿っていた道からそれた場所にある木の枝に、朱色をした麻紐が括られている。 「あっ、きっとそうですよ〜。足跡が消えちゃってたので、よかったです」 足跡が残りやすい環境とはいえ時間が経てば自然と痕跡は薄くなり、はらはらと降る葉や獣がそれを隠し荒していく。 ほっとしたように笑って、アーニャは望遠鏡を取り出し確認すると一同は再び歩き出した。 辺りに気を配りながら、どれくらいか歩いた頃―― 鏡弦を使い先頭に立っていたアーニャが、ぴくりと立ち止まった。 「あの方向、わりと近い距離にアヤカシ反応ありです。少し迂回しますか?」 集中するように閉じていた目を開け、望遠鏡を覗き込む。姿こそ見えないが確かに何かが茂みを揺らしている。 「まだ気づかれていないようですが‥‥」 「そうね。澪と合流するまではなるべく接触は避けましょ」 後でゆっくり相手してあげる、と幼い容姿に大人びた笑みを浮かべるとリーゼロッテはまだ見えぬ敵へと一瞥をくれた。 「じゃあこっちだな」 心眼を発動し生き物の気配がないか確認をしていた稚空が、先頭に立って歩き出す。 森は、不自然なほど静かだった。木々がざわつく音や地面を踏みしめる音、時折遠くのほうで鳥の鳴き声がする以外、生き物の気配は感じられない。 それでも所々に残る足跡や括り付けられた麻紐が、確実に奥へと続き彼らを誘う。 「‥‥何かいるな」 ふいに、意識を集中させるように稚空が立ち止まった。意識に触れる、生き物の気配。 「私は感じませんね〜。アヤカシではないかな?」 「だが、ケモノかもしれん。慎重に行こう」 アヤカシだけを感知する鏡弦には何も触れない。それならばと期待に顔を見合わせながらも、渓の言葉に頷き合い、いっそう足音を忍ばせて慎重に進んで行く。 「おかしいな、確か気配はこの辺に‥‥」 辺りを見渡す。隠れていそうな生物もいない。しん、と静まりかえりヒラヒラと葉や小枝――白いものが、ふわりと降ってきた。 「あれ、人‥‥?」 小さな声と共に。 「!」 一斉に上を――木の上を見上げた。その先に驚いたように固まっている1人の少女の姿。 「澪様、ですか?」 そっと踏み出して声を掛ける桜に、はいと戸惑ったような声が降りてくる。 「私たちは、あなたを無事に連れ戻すよう依頼された開拓者です」 「え、私を‥‥?」 澪は木に紛れてしまいそうなくすんだ出で立ちに腰紐に小刀と小さな麻袋という軽装で、するすると木から降り立った。 「‥‥そうでしたか、ご迷惑をおかけしてすいません」 心配している村の人々の顔がすぐに浮かんだのだろう、目を伏せ深々と頭を下げる。 「でも、私は‥‥」 ぐっと口を引き結ぶ澪の腕を、すいっと取る手が伸びた。 「日が暮れるまでには村に戻る、もし見つからなくてもだ。守れるか?」 渓だ。落ち葉と共に上から落ちてきた白いものは、どうやら包帯だったらしい。手慣れた動作で、血の滲んでいる腕に包帯を巻いていく。 「精霊らしい精霊には会った事が無いのです。できることなら私も一緒に探したいですね〜」 「危険がなきゃいいんじゃないの?」 楽しそうにアーニャが言えば、穏やかな航の声が同意を示す。 戸惑ったようにじっと包帯を巻かれていた澪はお礼を告げると、躊躇いを捨てるようにしっかりと頷いた。 「日暮れには帰ります‥‥よろしくお願いします」 ● 朝から森に入り込んでいた澪の体調を気遣い、休息が設けられた。和奏と渓が、哨戒のため森の中へ散って行く。 「‥‥澪様はなぜ、そこまで精霊にこだわるのですか?」 危険も顧みずここまで進んできた澪に、どこか頑なさを感じて。同じ年頃の桜は、心配そうにその横顔を見つめた。 「もしかして精霊は澪さんの友達ですか?」 子供の頃から慣れ親しんだ森なら‥‥と、続けるアーニャに、澪が少し笑う。航が渡した温かい甘酒は張り詰めていた雰囲気を和らげて。 「友達だったら、よかったんですけどね」 そう、友達だったら――きっとこんなに必死にならなくてもよかった。 友達だったら‥‥ 「依頼人さんから聞いたよ。精霊に助けられたことがあるんだって?」 航の言葉に、沈んでいた眼がはっと上げられた。 「それ以来、精霊を探すようになったって」 出発前、航は和奏と手分けして村人に森の情報収集を行っていた。そのついでに精霊に執着する理由や村人の澪への気持ちも聞いていたのだ。 「‥‥5歳の時でした。森でアヤカシに襲われたときに」 わかってるんです、と澪が呟く。俯いた表情は見えない。 「私なりに精霊のことは調べました。滅多に姿を見せない事も、善意だけで人を助ける存在ではない事も。私は助けられたわけではないかもしれない」 ―― それでも。あの光りは精霊で、その光りの先には森からの出口があった。 「こうやって、私は生きています」 だから、もう一度会いたいのだと――顔を上げたその表情は、ひどく必死なものだった。 「でも、みんな心配してたよ」 指折り数えて、名前を思い出すように上げていく‥‥依頼人が止めなかったら何人か着いてきていたかもしれない。次期頭目というより、大切な家族の1人を心から心配しているようだった。 「‥‥すいません。精霊と聞くと、どうしても体が先に動いてしまって」 必死な空気はあっという間に萎んで、自分の村を想う年相応な顔が覗く。 「心配している人がいるんだから無理しちゃダメですよ〜」 しょんぼり落ちた肩を元気づけるように、アーニャがぽんと叩いた。 「心配して待っていらっしゃる方たちのためにも、約束してください。今後は正式に依頼を出し、1人で無闇に立ち入らないと」 ぎゅっと手を握り真剣に告げた桜をまっすぐ見返すと、澪は小さく頷く。 「まあ今日だけなら精霊探すの手伝ってあげるわよ。多少の興味はあるし」 見つかるとも思えないけど、と少し離れた場所で話を聞くともなしに聞いていたリーゼロッテが、やんわり釘をさすように言った。 ● 精霊を見たらしい場所と案内されたのは、ぬかるんだ足場の湿気の多い場所だった。 (ここは森の奥の‥‥じゃあ見たっていう精霊は、やっぱり) 少し離れた場所に広がっている沼地に、和奏が表情を曇らせる。アヤカシが目撃された場所の情報と、よく似た場所。傍には濁った水辺もある。 「精、霊‥‥?」 遠くにふわりとした青白い光りが浮かび上がった。同時に上がる、小さな声。視界の端に映る澪の姿が、まるで鉄砲玉のように勢いよく飛び出して行った。 あっという間の出来事―― ゆらりと揺らめいていた青白い光りは一斉に散り、それぞれが小さな蝶の形を模った。 「澪!」 だが、開拓者たちもぼうっとはしていない。渓が瞬脚で瞬時に澪に追いつくと、抱えるようにして横に転がる。どこかから湧いた1匹の蝶―― アヤカシから降らされた鱗粉が、渓たちがいた場所へ降り注いだ。 「――!」 素早く構えたアーニャから放たれた即射に、そのアヤカシは瘴気に返る。 「桜、澪を頼む」 「はい!」 開拓者たちは一斉に武器を取り、駆けて行く。小さな子供くらいの大きさだった青白く光る発光体は、今や完全に散り何十匹という蝶のアヤカシとなりひらりふわりと向かってくる。 「今年は虫アヤカシが豊作ですね‥‥」 ふぅ、と和奏が呟いて――次の瞬間、秋水を発動させた刀「鬼神丸」が空中を薙ぎ払った。距離間にのんびり漂っていた何匹かのアヤカシが瘴気へと返っていった。 「秋水、効きましたね」 どこか場に合わない雰囲気でこくっと頷くと、次の相手へと向き直っていく。 「この俺が桜と澪を守ってみせる!」 両手に武器を構え、稚空が敵の前に勢いよく飛び出した。殺気を放ちフェイントを仕掛ける。 「そこを動くなよ。俺のフェイントについてこれるかっ?」 その殺気に引き寄せられるように、ふわふわと宙に浮かんでいる蝶を巖流で命中率を上昇させた武器で1匹ずつ確実に仕留めていく。 「すいません、私また‥‥」 飛び回っている蝶の形をした青白い光りを呆然と見つめ、澪が呟く。これは精霊ではない。精霊なわけがない。せめてこれ以上の迷惑にならないようにと、自分の身くらいは守れるように、持ってきていた小刀を握りしめた。 「澪様は私が守ってみせます。心配して待っていらっしゃる方々に、御無事なお姿をお見せしなくては」 小刀にかかった手をぎゅと握り、桜はふんわりと笑みを浮かべる。鱗粉の届かない距離を保ちながら、愛束花と解毒で仲間たちを癒していく。笑顔はしまわれ、戦いを見つめる眼差しは真剣だ。 ゆっくりとした動きで中空を飛び、注意するのは降らせてくる毒を含んだ鱗粉―― 数は圧倒的に多いが、手の届き合う範囲で広がりうまく連携して排除に当たる開拓者のほうに利があった。 だが、知恵があるのか生きるための本能か‥‥次第に動きが変わってくる。 「こいつら‥‥!」 「届きませんねぇ」 光りを帯びた鱗粉を寸でのところで回避し渓が叫べば、すでに距離を取っていた和奏が頷いた。 中空を漂っていたアヤカシたちは高度を上げ、鱗粉のみを降らせてきたのだ。通常の攻撃では届かず、遠距離への攻撃が可能なアーニャやリーゼロッテの負担が自然と大きくなる。 「きりがないな」 桜と澪の傍に付き、低空から現れ肌に吸いついてくるアヤカシを叩き落としながら航が息をつく。 瘴気回収で練力を補いながら、リーゼロッテが浄化の炎を上空高くに出現させた。ぼう、と音を上げ呆気なく1匹の蝶が消え去る。 「一応目的も達成したし、離脱でいいんじゃないかしら」 手応えがないほど呆気なく消えるものの、厄介さと数の多さに帰りたそうに来た道を振り返った。 精霊は見つからなかったが、少女とは無事に出会えた――異議は出るはずもない。 「じゃ、いきますね〜。みなさん、私に近づかないようにお願いします」 離れたことを確認するとアーニャは身の丈以上もある弓「五人張り」に複数の矢を番え、撃ち放つ。 「邪魔なのよ。これで、吹き飛びなさい!」 撃ちきれなかった部分を縫うように、リーゼロッテのアゾットから放たれた吹雪が鱗粉ごとアヤカシを吹き飛ばした。 ● ケモノやアヤカシと出会うこともなく、無事に村へと辿り着いた彼らを、明るい炎に照らされた村の人々が出迎える。 依頼人――シノと名乗った老婆は深々と頭を下げた。 村人総出で揉みくちゃにされ帰還を喜ばれていた澪に、和奏の黒い瞳がじっと向けられる。 「思い込みで飛び出した本人は満足でしょうが 」 心配したり連れ戻すのに、わざわざお金を払うことになった依頼人さんのことを考えてくださいと、静かに紡がれる言葉。頭目の孫だという立場の前に大切な家族として思われているが故の依頼だったと分かっても、それでも印象が良いわけではない。 「次があるならご自分で稼いだお金で、護衛を雇えるようになってからにされた方が宜しいかと」 「‥‥はい、心配をかけました。みなさんにも、ご迷惑をおかけして」 もう同じことは繰り返さないと、自分に言い聞かせるように。和奏をまっすぐ見返すと、頷いた。 「俺は、次回以降の精霊探しを禁止するつもりはないよ」 ぽん、と肩を軽く叩かれ振り返る。航の言葉に澪の目が丸くなった。 「みんなにもちゃんと理解してもらってさ。もちろん今回みたいに助けはいるだろうけど」 村に灯された松明の炎が揺らめいて、向けられる紫紺の瞳を明るく照らす。 「――自分で見つけるって大事なことだよね」 もし次があるなら、きっともう1人で行動することはないのだろう。けれどその言葉は、確かに心を軽くして。 村に着いて初めてほっと力を抜くと、澪はあらためてお礼と共に頭を下げたのだった。 |