|
■オープニング本文 ●発端 イサザは、じぃっと見下ろしていた。そっと近づいて、つんと触ってみる。うぅ〜ん、と呻いて倒れているそれは顔を顰めた。 「生きてる…!」 それは、イサザと年端も変わらない子供だった。声を掛けようとして、はっと辺りを見回す。ここは山だ。山にいる人間には近づいちゃいけないよと、ハナには散々言われた。でも先生には、困ってる人を見かけたら助けなさいと教えられて。 おろおろ、きょろきょろ…イサザの小さな頭はぐるぐる目まぐるしく動いて、ぱっと駆け出した。 「にーちゃん!荘介にーちゃーん!」 一緒に山菜取りに来ていた荘介の元へ走ったのだった。 額に感じるひんやりした感触に、目を開けた。覗き込んでくるのは男と小さな少年だった。 「よかった…気づいた。体調はどう?」 男はほっとしたように息をつく。額のひんやりしたものは、水に浸された布だった。 「あ、俺…生きてるのか」 起き上がる。まだ頭がぐらぐらするものの、激しい腹痛と嘔吐感は消えている。生きてるよと、男は苦笑する。 「ゆりむぐらを食べたんだね。これはひどい腹痛と嘔吐を起こすんだ、命には別状ないけど」 男と傍でそわそわしている少年は、荘介とイサザと名乗った。 山で倒れているところをイサザが見つけ、荘介に知らせたらしい。場所は違うとはいえ、情けない。山の恵みを見分ける事ができなかったなんて。 「俺は疾風。助けてくれてありがとな…その、俺のいる山では似た山菜があって…迷惑かけた」 ぺこ、と気まずそうに頭を下げる疾風へ頭を振って。出て行こうとするのを、まだ完治したわけじゃないからと、布団へ寝かしつけたのだった。 「…ない」 ぼんやり転がっていた疾風は、はっと体を強張らせる。懐に入れてあったお守りが消えている。村を出てくるとき、村の子供たちが贈ってくれたものだ。 「探しにいかねぇと…っ」 霞む視界を頭を振って散らすと、戸に手を伸ばした。 ●大事なもの 擦り傷だらけの体が痛い。所々に滲む血、それが原因だと知っていても止める術を知らなかった。追いかけてくる獣の荒い息、足がもつれて咄嗟に目を閉じる。 「木にのぼって!」 ぎゃうんっ、そんな悲鳴と聴こえてくる幼い声。ハッと目を開けて振り返ると、体を傷つけられた狼がその声の主へ突進していくところだった。 「はやく!」 もう一度叫んで、その声の主―― イサザはするすると高い木へと登った。痛む体を立たせ、何とか手近な木へよじ登る。 「大丈夫?みつかってよかった…」 「おまえ…何でこんなとこに?」 諦めきれない狼は下を彷徨い、木を見上げては呻り声を上げ鋭い牙を覗かせている。襲われかけている疾風を見つけたイサザは、近くにあった石を拾い狼へと投げつけ気を逸らしたのだろう。 「疾風にーちゃんがいってた。まだやみあがりだって。はやくもどろう?」 今は1匹でも血の匂いや仲間を呼べば、群れで行動する狼たちはすぐに増えるだろう。だが疾風は、頭を振った。まだ帰れない。 「お守りを落したんだ。光るものだから、カラスが盗っていったんだと思う」 村を出てくるとき、子供たちが送ってくれた守り石。 「大事なものなんだ」 「…」 大事なもの、大切なもの。絶対に、守りたいもの―― 山の奥を真剣に見つめる横顔、その真剣さは離れた木にいるイサザにもよくわかった。 いつも首から下げているお守り袋をぎゅっと握る。育ててくれた猫又のハナにもらったものだ。 「…じゃあ、おれもてつだう。カラスのばしょなら、しってるから」 大切なもの、絶対に守りたいもの。疾風もそんなものを持っている。自分と、同じ。遠くに向けられていた目が驚いたように振り返ってきた。 「おまえ…」 「だいじなんでしょ。とりかえさないと…守らないと」 まっすぐな目が、木の上で合わさる。黙って頷いた疾風は下を覗いた。うろうろしている狼は、まだ引きそうにない。 「ハナが…おおかみは火がにがてだっていってた」 狼は群れで素早い動きをする。食べ物にもならないし避けられるならそれが良い―― あのハナでさえ避けて通る相手を追い払う事ができるだろうか。 「…でも、やらなくちゃ。守らなくちゃ」 イサザは集中する。習ったばかりの火遁、その時は失敗したけどやり方はわかっている。ざわっと自分の周りの空気が変わったのを感じた。 「おっぱらうことはできるかもしれない。できなかったらごめん」 「へっ?おま、あぶね…!」 こくっと頷いて飛び降りたイサザへぎょっとして、疾風は慌ててそのあとを追ったのだった。 「イサザがいなくなったんです…!」 ギルドへ駆け込んできた荘介は、青い顔で口を開くなり叫んだ。掴むのにちょうど良い場所にあった受け付け係の肩を思いっきり揺さぶる。 「イサザがっ…あっあと、疾風って子もいなくなって…!」 必死で指差すのは、布切れだ。『さがしにいってくる。山』よれよれの字で、書かれてある文字。遠くへ出かけるときは書き置きするようにイサザには教えてあって。 寝かせてあった疾風がどこかへ消えて、イサザと手分けして探し回ったが見つからず…家に戻ったらこの書き置きがあった。 「一緒に探してください、お願いしますっ」 慣れているとはいえ陽が暮れていく、山。心配でたまらなかった。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
御凪 縁(ib7863)
27歳・男・巫
一之瀬 戦(ib8291)
27歳・男・サ
戸仁元 和名(ib9394)
26歳・女・騎
音羽屋 烏水(ib9423)
16歳・男・吟
ナシート(ib9534)
13歳・男・砂
月夜見 空尊(ib9671)
21歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 「うぅ…む。旅をしていたとはいえ、陽が落ち始めた山の中は不気味じゃのぅ」 音羽屋 烏水(ib9423)は呟き、自らを奮い立たせるようにべべんっと三味線を弾き鳴らす。完全に暮れる前に見つけ出さなければ。 「こっちです」 振り返る荘介の表情は硬いまま。集まった開拓者達に見慣れた顔を見つけ、ほっとした表情を見せてはいたが……。 (病み上がりで山に入るのは流石に危険すぎます…。夜になったら尚更ですし…早く、見つけてあげたいです) 心配そうに山を見上げ、戸仁元 和名(ib9394)は背中の袋を背負い直した。中身は、危険な獣がイサザ達のほうへ行かないための囮用の鶏だ。 「疾風ってあの疾風だよな?天儀に来てたんだ」 「やっぱりそう、ですよね…。早く見つけてあげないと」 羽喰 琥珀(ib3263)の言葉に、菊池 志郎(ia5584)は頷く。初めて会ったときの疾風が満身創痍で意識がなかったせいか、彼の中の疾風は『虚弱な子』として認識されていた。 荘介と変わらないほどの焦りが見える面を上げ、超越聴覚で拾える音に意識を研ぎ澄ませる。 「これ使ってると近くが見えなくなっちゃうから…。頼むな!烏水!」 ナシート(ib9534)はバダドサイトを発動させ、友達を振り返った。慣れた気配が、心得ているようにすっと近づく。 「任せておけぃ!わしが目じゃっ」 いつでもフォローできる位置に並び、烏水は超越聴覚で耳を澄ませる。自然と隣り合う彼らは少年同盟を結成している仲間であり親友であり、息はぴったりだ。 子供の足跡、争う音、血痕……少しの異変も違和感も逃さないように探索が続く。 「…!」 荘介が、立ち止まった。屈みこみ、土に触れる。その横顔は青白い。 「動物の足跡です…何匹かいて、急いで走っているような…」 まるで何かを追いかけるように、乱雑に踏みならされた地面。 「出番ですね…!」 鶏を取りだした戸仁元 和名(ib9394)は、腹部分を切り刻みだした。血の匂いが、イサザ達に向かっているかもしれない危険な動物の気を逸らせるように。 「えらく張り切ってんなぁ」 一之瀬 戦(ib8291)は、黙々と刻まれている鶏に感心、半ばからかいの表情を向ける。飛び出た臓物に、慌てたように烏水が目を逸らす。 「ぞ、臓物…わ、わしは見とらんぞぃ」 「す、すいません…!血の匂いが濃くなるようにと思って念入りに刻んですいません…!」 抱き寄せた三味線から、べいんと外れた音が鳴った。必死で弁解する和名の手から滑り落ちた鶏は、ナシートによって受け止められて。 「何怯えてんだよ烏水ー」 故郷では育てた家畜を食し、解体や臓物には慣れている彼は、飛び出た臓物を何だかきれいに中に収めながら、びびりまくっている親友をからから笑った。 「イサザ…」 そんな余裕もない荘介は、行ったり来たり…やがてその足は、勝手に走りだす―― かと思われた。がつんッ、と鈍い音と共に、目の前に光りが飛び散る。 「落ち着け…ぬしの役目を、果たすのみだ…。我等が、いる事…忘れるな…」 淡々とした声音。刀の鞘を握っている月夜見 空尊(ib9671)が見えた。 「ったく、相変わらず忙しねぇ奴だな」 とん、と肩が支えられ、肩越しに呆れたような御凪 縁(ib7863)の顔。 「イサザが行ったとこなんざ皆目見当つかねぇが…人手がありゃ多少は見つかりやすくなんだろ。お前はお前の出来る事で手伝え」 「…僕の、役目。出来る事…」 静かな月のような銀の瞳、小突きながらも助けてくれる存在を見返して。荘介は深く深呼吸した。 ● 「何で…ついて来たんだ?」 傷口に押し当てられた草、葉でそれを塞ぎ蔦で固定する。イサザの処置の手際のよさは、山に囲まれた場所で育った疾風から見ても確かだった。 幼い口調、淡々と話す姿はうまく言えないがどこか不思議だった。 「おれもだいじなもの、あるんだ」 取り戻せたら、守れたら……そしたら、ハナの事も守れる自分になれるような気がした。 「イサザ…」 呼びかけたのは疾風、だが二人は同時に立ち上がる。狼の気配だ。今度は1匹だけじゃない、血の匂いに釣られた狼が連れだってやって来たのだ。 とっさにしたのは、木の上へ疾風を急かす事だった―― 囲まれる、低く唸る声。 「手ぇ出せ、イサザ!」 疾風は、焦ったように叫んだ。イサザは固まったように動かない。滑り降りイサザの肩を掴んだ、そのとき―― ぼぅっと視界が赤く染まった。投げ込まれた松明の火だ。 「イサザ!疾風!」 遠くからの、声。二人を囲んだのは、開拓者と荘介だった。志郎と縁が、それぞれに神風恩寵をかけ、傷を癒していく。 「よっ、相変わらず無茶してんなぁ!」 松明で狼を牽制しながら、琥珀が笑った。イサザが嬉しそうに手を振り、疾風は見知った顔にぽかーんと口を開けている。 「さ、流石に間近で見るとケモノも迫力あるのぅ。わしは荒事苦手じゃし……ナシートっ。任せたぞぃっ!」 「あいよ!烏水は援護よろしくな!」 すっと前に出たナシートが、身の丈以上もある魔槍砲を盛大にぶん回した。烏水がスプラッタノイズを叩きつけ、混乱状態に陥った1匹が魔槍砲に吹っ飛ばされ逃げて行く。 「…無事でよかった」 回復が施され元気そうな子供達にほっとして、荘介はへなっと座り込んだ。一気に疲れが出た、年かもしれない。 だが、ふいに思いっきり襟首を引き上げられ、ぐぇっと目を瞠った。すぐ傍を狼の爪が通りすぎて行く。 「まだへばるには早いぜ、しっかり立っとけ?」 月歩で回避してくれたらしい縁が、にやっと笑う。引き攣った笑いを返しながら頷くと、せめて子供達だけでもとイサザと疾風の手を握った。 荘介達を狙った狼が、びくりと体を竦ませる。 「余計な戦闘はしたくねぇが…二度と人様を襲わねぇように調教してやんよ。って事で空尊、行け」 戦の放った剣気が怯ませたのだ。悪い笑顔でくいっと顎で示された対象を、空尊は見下ろして。 「獣が、相手か…不憫なものだ…。山に入ったのは、我等…だが、ぬし等を見逃す事は出来ぬ…」 出来る限りの殺生はしない、だが人を襲うなら話は別だ。 「相手は、我だ…!」 空尊の咆哮が響き渡った。引き寄せられた1匹が、練力を纏わせた刀によって、悲鳴を上げる。 志郎が前へ出て印を結んだ。その周囲に炎が立ちあがり、その姿を包みこむ。 イサザ達を守る和名は、普段の困ったような空気を消し去り、淡々と狼を払っていた。感情の抜け落ちた面が上がり、囮用の鶏が遠くへ投げられる。血の匂いに惹かれ、何匹か駆けて行くのが見えた。 「俺達は餌にならねーんだから、もう諦めてくんね?」 背負った殲刀を抜く事なく、琥珀は向かってきた狼の顔面へヴォトカをかける。鼻が効かなくなった狼は耳を伏せ、怯えたように走り去って行った。 ● 「具合が悪いのに山の中へ行くなんて!」 包帯を巻きながら、珍しく志郎は声を大きくした。無事だった安堵から、その顔は心底ほっとしたものだったが、疾風は大人しく謝る。どれだけ迷惑をかけたか、何となくわかって。 「…だいじなものとられたんだ。疾風はわるくない」 大事なもの―― 初めて聞く理由に、荘介含めた開拓者達は顔を見合わせた。 「おれもてつだう。ついていく」 真剣な顔が、包帯の巻かれた疾風に向けられる。その表情は無意識ながら、気遣いが滲んでいるようだった。 「怪我をした者は心配じゃし、友は大事じゃからのぅ。わしも都に来てから直ぐに親友になった者も居るしのっ」 三味線を鳴らし、烏水はナシートを見る。都へ出てきて日は浅い、でもとても大切な親友ができた。 「友達が心配になるのは当たり前だよ。オレだってそうだからさ。偶然ってさ、なんか不思議だよな。オレは鷲、烏水は烏。種類は違えど同じ鳥だ」 イサザは不思議そうに、ともだち?と首を傾げる。 「ん、じゃあついでだし修行して来い」 手当てされた事を見届け、戦はすいっと二人の背中を押した。大事なもの、と握るお守りは見覚えがある。イサザがどれほど、そのお守りの贈り主を大切に思っているかも。 「お、いいなー。一人じゃ出来ない事も二人だったら出来る筈だから頑張れよー」 琥珀の言葉に今度はイサザ達が顔を見合わせた。一緒なら、できるかもしれない。だって狼は1匹、追い払えたんだから。 心配そうな、半ばは楽しげな視線に背中を押されて、イサザ案内のもと大事なものがあるらしい場所を目指したのだった。 大烏の巣だった。大きな羽音と、カラス独特の声が不気味に聴こえている。 「大切なもの取り戻せるよう見守っとるぞぃっ」 送り出す烏水へ、疾風はちらっと視線をやった。烏水は気づいたように笑う。 「カラスに同族意識ある訳でもなし、その辺は気にしなくて良いからのっ。じゃが…山に踏み入れ荒らすのはわしらじゃし、あまり傷つけたくはないのぅ」 「狼同様…追い払う程度で、良いのではないか…?」 烏水と空尊の言葉に、二人は神妙に頷いた。頭を寄せ合い、作戦を話し合う。ほんの少しのアドバイスと、光り物を借りて。 「…本当に大丈夫なんだな?」 「大丈夫。さっとはしってくるから、さっととって、さっとひなん」 思いっきり不安そうな顔の疾風、イサザはにこっとして駆け出した。カラスが好きな光り物を持ちイサザが気を引き巣から離させ、その隙に疾風がお守りを回収する…そういう流れだったが。イサザの身を案じての念押しは伝わったのか伝わらなかったのか、とりあえず疾風は遅れてそのあとを追った。 「カラスー!」 イサザの姿が、僅かな陽に反射してきらりと光る。バサッ、と大きな羽音が鳴り、大烏が3匹、姿を見せた。 「わ…わ、わっ」 大きかった。想像以上の大きさに、イサザは一目散に駆け出した。背の半分以上はありそうな大烏は、悠々と空を飛びイサザを追う。 「あああ俺が代わりに取ってきたい……」 「僕も行きたいです、行きますか!?」 志郎の横では動揺のあまり、よくわからなくなっている荘介がいた。 「疾風助けたのがイサザかー。ちゃんと成長してるじゃんか。ハナが喜ぶな〜」 「そうだなぁ。お、目は怪我しねぇように気をつけろよー」 嬉しそうに琥珀が笑えば、どうどうと荘介の首根っこを掴みながら、のんびり縁が注意を促す。囮役を忘れていなかったのか、しっかりそのへんを全力で走っているイサザのキラキラした姿。 「も、もう少し…!」 和名が身を乗り出すように小さく零す。その言葉が、はっと引っ込んだ。枝を伝う疾風を覆う影、気づけばイサザを追いまわしているカラスは2匹になっていた。大烏の爪が、巣を狙う疾風を攻撃する。 「ここまで来て、諦められるかっ…ての!」 顔を庇い、枝の上に立ち上がる。狙いを定め、迎え撃つように空気撃を撃ち込んだ。ギャアと声が上がり、大きな真っ黒い羽が震われる。 「おわっ!?」 風が起こり、体勢を崩す―― 揺れる視界に巣が映る。体を捻り、その巣へ突っ込むように倒れ込んだ。光るソレを、必死に手を伸ばし掴んだ。 「とっ…たー!」 「― そうか」 目を開けると、無表情がほっとしたように息をついたのが見えて。どうやらうまく空尊が受け止めてくれたらしい。 そっと拳を開く。お守りがきらりと光った。では撤退…ぽそり呟き結構な速さで、見守る仲間のほうへと向かわれる。 「イサザ、戻れ!」 荘介の声に、イサザが駆けた。引き連れてくるカラスは2匹。迎える開拓者達が、残りの光り物を陽に反射させる。 イサザが跳ね、荘介の腕の中へ飛び込んだ―― 入れ違いになるように光り物を地面へ放り投げ、イサザへの道を塞ぐように開拓者達が立ち塞がる。 「――!」 ぶつかり合いは、起きなかった。すぅ、と上昇したカラスが、投げ置かれた光り物の上をぐるぐると旋回し始める。 ぎゅっとお守りを握り締め、疾風は息を吐きだした。 ● ガシガシっと頭が撫でる。 「お疲れさん、上出来上出来」 やったぁと喜ぶイサザに笑うと、戦はひょいっとばかりに疾風を背負う。 「病み上がりどころか病み途中なんだから大人しくしろよー?」 少し前にもあったよく似た状況にむっすりしながらも、疲れている体はうまく抵抗してくれなかった。 「…知り合ったばかりの人を助けに走れる勇気は、すごく素敵だと思います…。その想いと縁は…大事にしてください…。あ、す、すいません…!出すぎた事を言いまして…!」 言葉を探すように告げ、和名は微笑む…が、慌てたようにぱたぱた去って行った。きょとんと首を傾げるイサザの肩をぽんと志郎は叩いて。 「良い事をしましたね。そういう意味ですよ」 褒められたらしい事は理解して頷くと、すっと目の前に差し出されるものがあった。疾風へも手渡されるそれは、祈りの紐輪。 「ハナと速鷹から預かってきたんだ。大切で大事なもんのために、絶対に守りたい大切で大事な奴泣かせちゃダメだかんな」 それぞれの大切な存在から預かってきた無事を願う想いを篭めて編んだお守りだと、今回みたいに無理や無茶をしないようにと釘を刺す琥珀の表情は、真摯でまっすぐだった。 「それから、イサザの親友になってやってほしーんだ」 一緒に遊ぶ楽しさや喧嘩して怒る事、仲直りして笑う事…イサザにとってはきっと何よりも大切な事で。村から出てきたばかりの疾風にとっても、きっと必要なものだ。 「無理に親友する必要ねーんだ。町にいる間イサザと一緒に遊んでくんねーか?」 「親友…か」 会ったばかりなのに、イサザは一緒に大事なものを取り戻すのを手伝ってくれた。体を張ってくれた。 「ともだち、って意味だ」 何となく照れくさいのを誤魔化すように、疾風は背負われたまま腕を伸ばすと首を捻っているイサザの頭をこつんとつつく。 「友達は何が何でも守る。親友なら尚更だ!」 友達、親友―― 何が何でも守る、大切なもの。 「うん、わかった。ともだち」 ナシートが笑い、烏水と楽しげに話している。疾風を見上げたイサザは、悪くない気分になって、こくりと頷いたのだった。 「よぅ、久しぶりだな」 顔を覗かせた縁に、猫又のハナは器用に嫌そうな顔をしてみせた。 「…大烏どもが騒がしいと思ったら、まさかこんな事になってたとはねぇ」 イサザを戦わせたせいか、口にはしないも不満そうな表情に縁は肩を竦める。 「だが人の為に、と力を使おうとするのはあいつにきちんと心が育ってるって事だろ」 イサザが助けたいって言ったんだぜ?そんな言葉にハナの目はまん丸に瞠られた。 町で暮らし始めたイサザ、人間との距離感がよく掴めていないのは今も確かで。それでも積極的に人と関わったのは、良い変化だ。 「…ふん」 素っ気なく背を向けて歩き出すハナの耳は、嬉しそうにぴくぴく動いていた。 「ンで?そっちは最近どーよ」 笑いをかみ殺し、特に追い払われる気配がない彼女のうしろを、縁はのんびり追う。 銀の月が、様々な思いを抱いた山を静かに照らしていた。 |