止まない雨
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/29 23:27



■オープニング本文

 
 雨の音は途切れず、聴こえている。


 しとしと、ザァザァ―― 雨が降る。
 この季節になると陽は翳り、水分を含んだ湿った空気が部屋に満ちる。ただでさえも部屋に差し込む陽は限られているのに……憂鬱になる。
「どうして?あたしは雨って大好き!」
 そんな考えを変えたのは、ひとりの少女。好奇心旺盛なよく動く大きな瞳と、元気な笑顔を持つ少女は両親が事故で亡くなったあと、たったひとりで遺された店を切り盛りしていた。
 貿易商で各地を飛び回っていた両親が旅先で亡くなって数年、遺された財産で細々と暮らしていた彼女が、そんな少女と出会ったのは偶然だった。
 ひとりで住むには広い家、病弱だった彼女に会いに来るのはかかりつけの医者と、身の回りの世話をしてくれる女性がひとりだけ。家に篭り、縁側に腰掛け広がる空を仰ぐだけの日々。
 雨が降ると縁側には出られず、唯一の見るものだった空さえ灰色く曇って。だから、嫌いだった。
「色んな音がするんだ。目閉じて、よーく聞いてみて」
 戸や雨桶に当たる、音楽を奏でているような陽気な音や道を濡らす音―― ザァザァ、ぽちゃん、とんとんかん。縁側から続く寂れた広い庭に飛び出して、雨の雫を飛び散らせながら楽しそうに笑う少女。
 雨が上がる灰色の雲から覗く陽の光り、雨で潤う小さな花々―― ただ広いだけだった庭には花が植えられ、そこは彼女たちの世界になった。


 雨が降っていても降っていなくても、楽しい日々だった。年は違えど独り同士、気は合って。肩を寄せ合うように一緒にいるようになった。
 少女が傍で笑っていてくれるなら、こんなに楽しくて嬉しいことはなかった―― それなのに。
『おねーちゃんによく効く薬があるって、あたし聞いたんだ』
 少し遠いけど、あたしが絶対に見つけ出してくるから!そう言ったきり、あの子が戻ってこなくなって、どれくらい経っただろう?
 何かあったのかもしれない。もしかして動けない事情が…?お世話をしてくれる人やお医者さまにも聞いてみたけど、誰の返事も同じで……どうして。どうして戻って来てくれないの、どうして私のところに来てくれないの。私といても、退屈だから?外に出られないから、だから―― だから、来てくれないの。
「……雨、」
 差し込む陽の光りを見上げ、ぽつんと乾いた声が零れる。
 そうだ、きっとこんなにも晴れているから。あの子が好きだった雨…雨が降っていれば、きっと帰ってきてくれる。戻ってきて、くれる。
(戻ってきて、もう嫌なの。独りぼっちはもう嫌なの、茜――!)
 顔を覆って泣き崩れる、ばさりと艶を失った黒髪が揺れ、それよりも黒く禍々しい瘴気が溢れ出た。それは彼女を包み込み、やがて――。


 ぼろぼろになった引き戸が開けられる。
『おねーちゃん…!』
 あぁ、来てくれた。やっと帰って来てくれた―― 手を伸ばし、引き寄せる。
 雨を降らせて、ずっと待っていたの。あなたの大好きだった雨、ほら聞こえるでしょう?あなたのために降らせていたの。ずっと、ずっと。
『―― …!―、……!』
 何かを必死で話しているけど、よく聴こえない。なぁに?もっと傍で顔を見せて、早く。
『おね…ちゃ……』
 哀しみに彩られた顔を見ながら、首筋から伝わる血を啜る。大切な大切な、たったひとりの友達。ずっと待ち続けた、子。
 口に広がる甘い感触を噛み砕き、ごくりと嚥下した。
 大切な大切な……あぁ、何だっただろう。何かを忘れている気がする。誰かをひどく、待っていたような。
 何だっただろう。誰だっただろう。
 噛み砕くごとに、あたたかな甘さを啜るごとに、大事な記憶が零れていく。消えて、薄れていく。
「早く戻ってきて。早く、早く――」
 想いだけは狂おしいほど。それでももう、待ち続けた存在を思い出す事はない。
 ぼろぼろの骨だけになった頭部をただ愛おしそうに胸に抱き、雨に遮られた屋敷の中を、今も彼女は徘徊する。
 もう思い出す事はない存在を、ただひたすらに待ちながら。


 雨は屋敷へ降り注ぐ、哀しい現実を覆い隠すように―― すべてを包み、外界から守るように。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
クラウス・サヴィオラ(ib0261
21歳・男・騎
燕 一華(ib0718
16歳・男・志
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
破軍(ib8103
19歳・男・サ
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文


●雨に濡れる屋敷
 激しくもなければ、かといって緩やかでもない―― そんな雨に包まれるようにして佇んでいる屋敷は、明らかに周りとは隔絶された雰囲気でそこに在った。
 此処で、この屋敷の主と少女が行方不明になっている。
「……」
 止む気配のない雨を、破軍(ib8103)は憮然と見上げていた。前回の依頼で負った怪我で体調も思わしくないせいか、機嫌もすこぶる宜しくない。
(チッ…俺としたことが熱くなり過ぎたか…。全く……慣れない事はするもんじゃねぇな…)
 物言わぬ、それでいて何かを訴えてくるような雨に舌打ちして。考えていても仕方がない、と仲間たちを振り返った。
「誰も屋敷から出てこないとは、普通に考えればその子も屋敷の主ももう…。雨は嫌いではありませんが、この屋敷に降る雨はひどく悲しげですね」
 菊池 志郎(ia5584)は雨につられたように悲しげに眉を寄せ、屋敷を見上げている。
「何だか胸がきゅーってなっちゃう雨ですねっ。誰かを呼んでるようで、みんな来ないで欲しいような…早くこの雨も止ませないとですっ」
 その横で同じように屋敷を見上げていた燕 一華(ib0718)は、くいっと笠を下げた。笠にぶら下げられたてるてる坊主が静かに揺れる。
「世話をしていた女性から話が聞けたよ。茜という女の子が来なくなってしばらくして、暇を出されたらしい」
 五十君 晴臣(ib1730)は村で聞いた話を報告する。
 暇を出されたあとしばらくして、雨が降るようになり声が聴こえ始めた。最後に会ったとき彼女は、ただ茜のことを気にかけ元気をなくしていたと―― 不自然な雨に怯え異変を言い出せなかった女は、罪悪感も手伝ってそれだけ告げると早々に家の扉を閉めた。
「屋敷の主も少女も、瘴気に囚われて続けているんだろうな…。早く解放してやらないと」
 この異様な雨がアヤカシの仕業なら、恐らくそういうことなのだろう。クラウス・サヴィオラ(ib0261)は明るい茶色の瞳を上げ屋敷へ向けると、葬送の名を冠する鎮魂剣フューナラルに触れる。
 晴臣の飛ばす尾長の白隼の式が目となり、敷地内へ放たれた。
「雨自体もアヤカシの能力なら、随分長くいるということになりそうだけど……外に人を襲いに出るわけでもない、というのは不思議」
 よほど、屋敷にいたい理由があるのかもしれない。熾弦(ib7860)は冷静に呟き、注意深く目を配る。
「数ヶ月も前であれば恐らく生きてはいないだろうが…」
 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)はマスケットに耐水防御をかけながら、晴臣の報告に息をついた。見上げた雨、それが映しだすもの。
(悲しみか?苦しみか?それとも……いや、これ以上はやめておくか。俺が考えたところで真意が分かるはずもない)
 ふいと視線を逸らし、屋敷のみを視界に入れる。
 巴 渓(ia1334)は屋敷を見上げ、不敵に笑った。
「おそらくはその屋敷の主も、帰らぬ娘も。妖魔に喰われたか、或いは妖魔と化したか…」
 歴戦の泰拳士には、大体分かったで済んでしまうらしい。備えるには良いが、どうにも枯れてしまった感が否めないと息をついて、ひらりと手を振る。
「とまあ、そんな訳で…。すまん、俺はリタイヤだ。見送るだけだが、まあ許せ。あとはお前らが何とかしな」
 多くの無茶をやり通した、どこか満足げな背中を送るように、弧を描き尾長の白隼は音もなく飛ぶ。崩壊し脆くなっている部分や屋敷の中の様子、そして―― 降り続ける雨を受け止める大地。
「…妙だね」
「この雨、瘴気ではない…?」
 雨に濡れる草花、どこか生き生きと背を伸ばす命に、晴臣と熾弦は顔を見合わせた。中の様子は固く閉ざされた戸のせいで、見えない。
 けれど逡巡は僅かだった。原因を突き止めなければ、この雨はこれからも降り続けるのだろう。雨に警戒を解くことはせず、開拓者たちは気配を忍ばせるようにして屋敷の中へと踏み込んだ。


●哀しい声
 湿気を含みすぎた床は腐り、どんなに静かに歩いてもギシリと軋んだ音をたてる。さぁさぁと聴こえてくる小さな雨音、外から差し込む細い光り。
 ―― 前触れもなく、ふわりと現れたのは女だった。
『― …、』
 何かを呟き、じっと開拓者たちを見つめる。乱れた黒髪と着物、何より青白い顔は生きている人間のものではない。
「依莉さん、ですか?」
 まだ人間としての意識が残っているかもしれない。志郎は屋敷の主の名を呼びかける。ゆらり、と女―― 依莉(より)は志郎へ近づいた。じ、と見つめる瞳は泣き腫らしたように赤い。
『ち、がう…あなたは、ちがう』
「――!」
 腕に抱きしめる頭蓋骨、悲しみに満ちた声が呟いた瞬間―― 悲鳴が迸った。間近で受けた志郎は膝をつき、他の仲間も耳を塞ぎ固まる。
「ふん、哀れなもんだな…。だが生憎、手前の好きにはさせる気はないんでな…」
 冷めた声が言い、風の切る音が依莉へと放たれる。耳栓で悲鳴を遮ることに成功した破軍がクロスボウを構えていた。
『きゃあぁっ』
 怯えたようにうずくまる細い体。が、すぐにキッと顔を上げると片手を破軍へと差し向けた。水の刃が出現し、勢いよく放たれる。
 ぐいっと腕が引かれ、そのすぐ隣りを刃が突っ切っていった。
「クソ…動きづらい事このありゃしねぇな…。自業自得とは言え…こうもいつもの調子でやり合えねぇのは、はやり辛くて仕方無い」
 腕を引き庇ったゼスに礼を言い、破軍は顔を顰めた。
「助けられれば良かったですけど、もうアヤカシさんになっちゃったんですね……」
 少しだけ視線を伏せ、一華は薙刀「紫陽花」を高く掲げる。
「瘴気の雨に負けない陽の光を、ご覧あれですっ!」
 ぼやけた夕陽のように光り、ふらりと立ち上がる依莉を照らした。
「この戦いは葬送。待ってろ、直ぐに楽にしてやるからな」
 オーラシールドで抵抗を上げると鎮魂剣「フューナラル」を構え、クラウスは静かに告げる。一華と共に素早く距離を縮めた。
「逝った事も気付かれない生立ちには同情するけど、アヤカシになってしまったならば仮初の生を終わらせなきゃいけない」
 これ以上彼女の手を汚させる訳にはいかないから―― 晴臣は二人を放たれる水の刃から護るように、黒い壁を的確に出現させ援護していく。
 周囲が見渡せる位置へと下がり、ゼスは死角を狙うようにフェイントショットを撃った。
 切り付けられ撃たれた肩から腕から、黒い瘴気が揺らめき出て消えていく。
『…ど…して……』
 だらりと片手を落とし、唇を噛みしめる。どうしてと何度も繰り返して。
『待ってるの……ずっと、待っているの。邪魔を、しないで――!』
 すすり泣く声が悲鳴となって周囲へ撒き散らされる。甲高い悲鳴は心を掻き毟るように染み込み、誰もが膝をつき苦痛に顔を歪めた。
「誰を…待っているんですか」
 頭を振り、志郎が声を絞り出して問いかける。依莉はただ、涙を零し啜り泣いている。
「茜さんでしょう。思い出してください」
『…あかね…あかね……?』
 穏やかに響く熾弦の子守唄が、悲鳴に傷つけられた精神を癒していく。
 茜―― 明確に呼ぶ、か細い声。涙を溜めた目が見開かれ、抱えていた頭蓋骨を見つめた。いつの間にか、気づいたらずっと抱えていた骨。
『おねーちゃん…!』
 あぁ、帰ってきてくれた。ずっと待っていた友達、待ち続けた子―― 思い出す、これは、あの子のものだ。
 ごとり、と頭蓋骨が床へと転がった。転がっていくそれを見下ろし、後ずさる。
『茜…茜……っ!』
 耳を塞ぎうずくまる、水の刃が全身から放たれた。もう二度と会えなくしたのは、待ち続けた存在を殺してしまったのは自分だった……嘆きは力の制御を壊す。
(雨が…)
 熾弦は、はっと意識を外に向けた。雨が降り出したのと歌が聞こえだした時期の、不一致……雨と歌、もしかしたらそれぞれ別のアヤカシがいる可能性。
 皆を見渡せる位置に立ち周囲を警戒していた熾弦は、異変にいち早く気づく。制御の外れた依莉の力、けれど聴こえてくる雨の音は弱まったように穏やかな音を伝えてくる。
「苦しくて、寂しくて、切なくて、哀しくて…これが、この声と気持ちが、そんな感情なんですね…っ」
 辛いのだと、痛いのだと、わかる。深い嘆きの悲鳴のような刃から体を庇いながら、一華が薙刀を高く掲げた。
 もうそんな想いを抱き続けなくても済むように、安らかに眠れるように―― 掲げられた薙刀が、梅の香りと白く澄んだ気を纏う。
「彼女は少し先の場所で、あなたを待っていますよ」
 哀しみを閉じ込めた静かな声が、顔を覆う姿へとかけられる。志郎の足元から影が伸び、動きを封じ込めた。少しでも心安らかに、痛みなく逝けることを願う。
「だからもう、ここに留まって雨を降らせる必要はありません。…一緒にいってあげることはできませんが、大丈夫、迷わず進めますから」
「死してアヤカシと化すのは、きっと残した想いの強さ…なんだろうね。それ程、友達と会いたいと今も待ってるんだよね?」
 かつて受けた依頼、アヤカシと化した女性もまた、強い想いを持っていた。符を構える晴臣に躊躇いはない。
「アヤカシとして何時までも此処に留まっていても何も始まらないんだ。だから―― 静かに眠って」
「この鎮魂剣フューナラルで、新たなる旅路へと送り届ける!」
 この場所に留まらせることはできない、それなら大切な人と共に居られる場所へ。クラウスは鎮魂剣「フューナラル」へ、グレイヴソードを乗せオーラを集中させる。
「ま…嘆くこたぁないさ…。魔に縋る弱い奴らの末路なんてこんなもんだ」
 善人も悪人も関係無く、心の弱き者の末路は『開拓者』に狩られるだけの存在でしかない。憐れむことはない紅い瞳を細め、破軍は冷ややかに零す。
 カチリ、と硬い音をたて、ゼスの構える銃口の照準が依莉へと合わされた。
「願わくば―― 死をもって楽にならんことを」
 放たれる破軍の矢とゼスの弾が雨音を掻き消す。そのすぐ後ろを晴臣の式が飛び、依莉へ喰らいついた。クラウスが距離を詰め、埋葬の名を冠すフューナラルが一気に斬りつける。
 一華の薙刀「紫陽花」が、白く澄んだ気を纏い依莉の体へ吸い込まれていった。
『ありがとう――』
 啜り泣く声はもうせず、一瞬だけうずくまる体が震える。上げられた顔、浮かんでいたのは微かな笑みだった。


●雨、上がり
「この庭…以前はきっと綺麗だったんだろうな。かなり荒れているけど、少しだけ面影を感じれるような気がする」
 戸を開け放ち、臨んだ庭。きっと仲のよかった二人は此処で遊んでいたのだろう。庭に降りたクラウスは、気づいたように空を見上げた。
「…雨が、止んだな」
 せめて最後は一緒にと、庭の一角に二人を弔う。
「もしかしたら、誰も助けの手を差し伸べなかった事を、寂しく思ったり恨んでいるかもしれない。だけどもう、いいんだ…安らかに天国へ旅立って欲しい。二人で…」
「…アヤカシの仕業と断定されなければ関心も向けられず依頼として俺達が来る事もなかった。なんとも言えないな」
 小さな墓石を見下ろし、ゼスが言う。いない存在をいつまでも待ち続けたところで苦しみしかなかっただろう。ならばせめて、天で待ち人に会えることを願い―― 目を閉じた。
 そっと添えられるのは、鮮やかな青い紫陽花。
「この花は、雨の日には太陽の代わりとして咲くと聞いたことがあります。ずっと雨なのは寂しかったでしょう」
 この花が少しでも慰めになるように、大切な人に出会える道標になるように。志郎は手を合わせた。
 てるてる坊主が墓石へ、寄り添うように置かれる。
「もう離れ離れにならないように、お二人が晴れやか気持ちで眠れますようにっ」
 雨で悲しみも寂しさも全部流して、笑顔で二人いられるように。
 晴臣は簪を供える。揃いの簪は、共に眠る二人へ。
「…――」
 熾弦は少し離れた場所で、小さな祠を眺めていた。その奥にあるのは澄んだ水を湛えた小さな池。今にも崩れそうな古びた屋敷には不似合いな、どこか神秘さを秘めた池。
 草木を枯らさない恵みの雨、哀しみに満ちた屋敷を覆い隠す―― まるであらゆる外界の冷たい無関心さから、守るように。そして、ありがとうと……そう呟いた、上げられた視線の先はどこか遠くにも向けられているようで。
 あの雨は…この庭で遊ぶ二人の少女たちを見守っていた、人ならざる存在の力だったのかもしれない。
「熾弦?」
 晴臣の呼びかけに、顔を上げる。そっと祠を撫で、今行くわと背を向ける。
(今となっては、きっとどちらでも良いことね。雨は上がったんだもの)
 見上げる空は、今まで雨に包まれていたとは思えないほどの晴れやかな青をして広がっていた。
「覆っている瘴気を祓っておきましょう。……ここであった悲しみまで祓えるわけではないけれど」
 墓石に添えられているものを見て微笑み、精霊の聖歌を奏でる。熾弦の静かな歌声は広く、どこまでも青い空へと昇っていった。

 すぐに屋敷から離れた破軍は、報告がてらにギルドへ寄っていた。報告と、もうひとつ。屋敷近くの寺院へ、二人を弔ってもらうことの依頼を。
「ふん…また瘴気が憑いても困るからな…」
 紅い瞳がちらりと空へ向けられた。眩しげに細められ逸らされると、その姿は雑踏の中へと消えていった。