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■オープニング本文 大した理由はない。今から思えばどんな理由かさえあやふやなものだ。『喧嘩』なんて、得てしてそういうもので……だけど、本人たちにしてみれば、大問題。 「よしきちのばぁーか!」 「今日という今日は許さねぇ、紗重のあほー!」 喧嘩、とは。きっと、そういうものだ。 そんなこんなで、紗重とよしきちが喧嘩をした。気づかないのは本人たちだけ、周りから見たらお互いの事を第一に考えている、感心するような呆れるような2人だ。 それなりの喧嘩は多いが、どういうわけか今回は長引いているらしい。理由を聞いても答えられないのは相変わらず、ただ一貫して同じなのは。 「よしきちのことなんて、忘れた」 「紗重?さぁ、わからないもふ」 とりあえず、相手のことを忘れたいくらいには怒っているということ。 まぁ、いつもみたいに時間置けば元通りになるはず―― 周りはそう投げて、時が経つのをいつものように待つことにした。 「……で、ダメだったわけですか」 次々とギルドのお菓子がもふらたちのお腹の中に収まっていくのを、受け付け係はさり気なく涙を拭って見送る。 「そうなの。もう私たちも面倒くさくなっちゃって」 溜息をつく少女の顔には見覚えがあった。その横で、お菓子に手を伸ばすもふらをダメよと甘い顔で叱っている少女の顔にも、見覚えがあった。 もふらが明け方まで戻ってこないから探して欲しいと依頼に来た、あの少女たちだ。その横でお菓子を頬張っているもふらたちが、それぞれのお宅のもふらたちなのだろう。 だって本当にひどいのよ、と少女は続ける。 「教会に行ったってずーっと上の空で、歌なんてまともに歌えていないし…話しかけたってぜんぜん聞いてないんだもの」 「よしきちもだもふ。仕事もせずにぼーっとしてるもふ、怒られたって上の空だもっふ」 あぁ、それはもふらだからじゃないですかねぇ……なんて言いたくなったけど、大人らしく黙る受け付け係。 「で、ね?いいこと思いついたの。もうすぐお花見の季節でしょ?開拓者の皆さんと朋友さんたちも一緒にどうかしら?」 綺麗な景色の中で取り戻す絆もあるかもしれない。おまけに開拓者と朋友が楽しそうに遊んでいれば、絶対にお互いのことが気になってくるはずだ―― 何だかんだ言ったって、お互い第一であることには変わりないのだから。 つん、と自分のもふらを愛おしそうにつついている、もふら馬鹿さんたちを眺めて、受け付け係はやれやれと苦笑して依頼を張り出したのだった。 |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
天原 大地(ia5586)
22歳・男・サ
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
キルクル ジンジャー(ib9044)
10歳・男・騎
呂宇子(ib9059)
18歳・女・陰
朱宇子(ib9060)
18歳・女・巫
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● てきぱきと動いているクレア・エルスハイマー(ib6652)の向こう側からは、美味しそうな香りがたちこめていた。その姿は忙しそうだが、どこかうきうきと楽しげで。 「さあ、今日はピクニックに行きましょうね♪」 「ギャヮッ♪」 そんな主人に返す炎龍、シルベルヴィントの声も嬉しそうだった。 腕によりをかけた大量のお弁当を冷ましながら、ふと呟く。 「こういうとき巫女だったら氷をすぐに用意できるのに、と思いますわねぇ…」 氷を作り出せる巫女の術は、炎を操る彼女とは正反対の力だ。 「さて、と…では、参りましょうか」 丁寧に包んだお弁当を持ち、軽やかにシルベルヴィントの背へ乗る。 「では、参りましょう」 これからの楽しい時間がわかるのか、シルベルヴィントの気合いの咆哮が尾を引き木霊した。 ● はらり、ひらりと淡い花びらが舞い降る。 広い広い空間に次々と開拓者たちの龍の朋友が降り立つと、すでに思い思いにくつろいでいたもふらとその主人たちが歓声を上げ出迎えた。 「中書令と申します。よろしくお願いします」 額に白い角を持った中書令(ib9408)が、柔らかな物腰で挨拶をする。それにクレアが続き、手際よく花見の用意が進められた。 色とりどりの華やかなお弁当やお菓子が並び、自然と桜の下へ集まる。 「…まぁ、わかりやすくはありますね」 紗重とよしきちというもふらの喧嘩の話を事前に聞き、仲良くなってもらうためにそれなりに話し合おうと思っていたものの…中書令が苦笑する。 開拓者たちが持ち寄ったお弁当類を興奮して覗き込む依頼者たちに混じって、両端に分かれている少女と、もふら。周りが人間ともふら1セットで隣り合っているため、非常にわかりやすい。 「けんかしちゃったのかあ…。たまにはそんな時もあるよねえ、うふふ」 エルレーン(ib7455)は朋友のラルに笑いかけた。獰猛な性格の炎龍にしてはおっとりしていて、同意するようにエルレーンをのんびり見返す。 「こういうなぁ、人にいわれてどうこうするもんじゃねェ。てめェで何とかしねェと意味が無ンだよ。アイツらが何もせず、ここで永久に別れちまうならそれまでさ」 天原 大地(ia5586)は、恋人のクレアの腰をさり気なく引き寄せながら、酒を飲み干した。 「…だがま、そうはならねぇと思っちゃいるがね、俺ゃァよ?」 「お花見を楽しんでいれば、自然と仲直りもできるわね」 みんなで食べて飲んで楽しく騒いで、仲の良いところを見せればきっと仲直りできる。そう思っているクレアは大地にお酌をしながら微笑んだ。 実際、とてもわかりやすい2人だ。数人と数体を間に入れて座りお弁当を摘んでいる今も、紗重の視線はちらちらとよしきちへと向けられていて。よしきちも、どこか落ち着きがない。 それでも、決して近づこうとしない2人へ―― 中書令の発した口笛が、澄んだ音をたてる。和やかな花見の席に音楽を添えるように琵琶「青山」で小鳥の囀りを奏でれば、舞い降る花びらと共につられるように小鳥たちが集まってくる。 落ちた花びらを啄ばむ愛らしい仕草に、思わず紗重も表情を緩めた。 「美味しい?泉理」 あ〜ん♪と口に放られた甘々厚焼き卵を頬張り、うんうん頷く泉理に玖堂 真影(ia0490)は嬉しそうに笑った。人妖の泉理との久々のお出かけのために、彼の大好物である厚焼き卵を張り切って作ってきたのだ。 もちろん、それだけじゃない。春野菜の甘辛煮、海老と胡瓜の酢の物、筍の木の芽和え、鶏ささみの梅じそ焼き、メバルのじゃが芋蒸し……おにぎりも3種類ほど、と今日のために気合いを入れて準備した。 「あなたもどう?」 あ〜んと望まれるまま楽しげにおかずを泉理へとあげていた真影は、じぃぃっと向けられている視線に気づいて振り返る。それが紗重だとわかると、にっこり笑ってもう1つの小箱を差し出す。 「桜と柚子のスコーンよ」 「あ、ありがとう…」 はっと驚いたように目を泳がせた紗重は、おずおずと受け取り口へと持っていく。甘く優しい味がふんわり口に広がった。 「あ、そうだ姉さん、誕生日、おめでとう」 茣蓙を敷き、用意してきたお弁当とお茶を出しながら、思い出したように朱宇子(ib9060)が姉の呂宇子(ib9059)を振り返る。突然そう言われた呂宇子は、きょとんとして。手をぽんと叩いた。 「……誕生日?あ、そうか。すっかり忘れてた。でも、それ言ったら、あんただって同じ誕生日でしょ。私ら揃って春生まれだもの」 双子なの、似てるでしょ?ずいっと朱宇子に身を寄せて見せる呂宇子に、スコーンを齧ったままそう言えばと紗重も頷く。 華やかな赤い髪に茶色の瞳、左右大きさの違う角。2人の纏う正反対の雰囲気に気づかずに終わりそうになるが、外見はとてもよく似ていた。 「おめでと。これからもよろしくね。んー……祝い事ならお酒でしょう、やっぱり」 ふふっと笑い呂宇子は、持ってきた酒を掲げた。苦味のある酒も、菓子を分け合えば甘さが引き立つだろう。乾杯、と打ち合わされる杯、親しみのこもった空気に、紗重の視線が自然とよしきちへと向く。 「…ケンカしたり、意見が合わなかったりすることもしょっちゅうあるけど。姉さんには感謝してるんだよ」 同じ日に同じ母親から生まれたのに、性格はほとんど真逆で。呂宇子に何度も説得され、住み慣れた陽州を出た。 「色々なものが見れて、今、すごく楽しいもの。姉さんに説得されてなかったら、開拓者になってなかったと思う、私」 最初は天儀に来るのが怖かったけど―― 酒をこくんと飲み干して、朱宇子は微笑んだ。 「…まあ、天にも地にも、私に妹は1人しかいないからね。大切よう?」 自分たちの龍へ、食べ物をあげに行く妹の後ろ姿を見送って、呂宇子は紗重へこっそり声を落として。 「お節介かもしれないけど、陽州で一生を終えるより、色んなものを見てほしかったのよ。だから説得したってゆーか……」 「…仲がいいのね」 その仕草に思わずくすっと笑うと、まぁ面と向かっては言わないけどね、と呂宇子は頬を掻いた。酒のせいか照れているせいか、ほんのり赤い頬。 「…すこし、うらやましい」 ふらりと立ち上がり、妹のあとを追っていく姿にぽつんと呟く。 時折聞こえる、中書令が奏でる琵琶の音。お弁当を食べさせ合い、楽しそうに話している真影たち。シルベルヴィントと大地に挟まれ忙しくどっちもの相手をしながら、どこか楽しそうなクレア。 喉を鳴らして擦り寄ってくる朋友である炎龍の朱玉を撫で、大地が肉巻きを与えている。相棒として兄弟として故郷を離れてから共に歩んできた1人と1匹、飾らない空気に強い信頼関係が見える。 (…よしきち) 姿を探す。もふもふした背中が歩いて行くのを、声をかけることもできず紗重は見送った。 ● 「うーん、この前の力仕事のせいか微妙に汚れてるのですー」 キルクル ジンジャー(ib9044)は、邪魔にならないようにと隅っこでアーマーのレイピアをメンテナンスしていた。きゅっきゅっと磨きながら、丁寧に拭いていく。殆ど動かしていないため、新品同様だ。 「軽く掃除して終わりにしちゃうのですー」 キルクルはちらっと、下を見た。小さなキルクルの目線より下にある、ただ無言で見上げてくる視線…なぜか、よしきちの姿。 「お花見、おやつモードなのです!」 ピカピカになった相棒を満足げに見上げ、いそいそと茣蓙を広げる。紅茶を入れつつ、買い込んできたワッフルの箱を開けた。 「うーん、万屋印のワッフルもなかなか美味しいのですー」 「……」 その隣りでは、ちょこんとご一緒しているよしきちが、持ってきた菓子をもくもくと頬張っている。 今日は何となく賑やかなあの輪の中にはいたくない気分で。寡黙な無生物と、あんまり関心を持たれていない小さな子供?の傍が落ち着くらしい。 「…でっかいもふなぁ。ちゃんと動くもふ?」 「もちろんなのですよー、バリバリなのですー」 むん!と鼻息荒く自信満々にキルクルは答えた。むしゃむっしゃワッフルを食しながら回想する。 そう、出会いはもう1ヶ月も前になる。尊敬するガラドルフ大帝のため、働けそうな相棒を探して工房を巡る日々が1ヶ月ほど続いていた。 そんなこんなで出会った、見た目も性能も内装も普通―― 3代目標準アーマー「遠雷」。 「何となく良い感じだと思ったので、この子を買ったというかお迎えしたのです!」 ……ようは、フィーリングで選んだのだが、そこはきっと深くツッコんではいけない。ものすごい誇らしげにレイピアを見上げる横顔に、よしきちはただふーんと小さく頷いた。 「思えばこの1ヶ月、色々あったのですー。そう、あれは」 運命の出会いを回想したためか、どこか勢いづいたように話し始めるキルクル。 同じくむしゃむしゃ菓子を頬張っていたよしきちは、ふと呼ばれた気がして振り返った。賑やかな輪の中、エルレーンが手を振っている。 「…?」 首を傾げて、歩き出す。背中では止まらないキルクルの話がいつまでも聞こえていた。 「よしきち君は、ご主人様とけんかしちゃったんだってねえ」 エルレーンの隣りから覗き込んでくるラルの大きさに、びくぅっと首を竦めながらもよしきちは不服そうにふてぶてしい顔をした。 「あいつは主人じゃないもふ。ただの…家族もふ」 ぷいっと背けられる顔。とっさの言い直しが『家族』であることに、エルレーンは微笑う。 「そう、家族なの。そういう時もあるよねえ」 相槌をうち聞いてくれるのんびりした雰囲気に、色々と溜まっていたものがあったのか、よしきちは身振り手振りで話し始めた。 「あいつは全然ありがたみがわかってないもふ。こないだだって……」 恐らく喧嘩をした日のことだろう。とめどなく飛び出していた愚痴は止まり、悔しそうに黙る。 エルレーンとラルは顔を見合わせ、頷き合った。 「どうせなら…うちの子になっちゃう?よしきち君」 少し声を上げ、さっきからちらちらこっちを気にしている紗重に聞こえるように。 「ねーえ?ラルだって反対しないよねえ?」 ラルは器用に、同意するように首を何度も頷かせた。素直によしきちが仲直りの方向に向いていけるように…そう願って。 「よ、よしきち……あんたまさか本気にしてるわけじゃないでしょうね?」 ふるふる…そんな震える声、いつの間にか紗重が仁王立ちで立っていた。だが、慣れっこなのかよしきちに動揺した空気はない。 「そうもふなぁ…このひと優しそうもふ、紗重より大事にしてくれそうもっふ」 あたたかい和やかな場に、すぅ― と冷たい空気が流れたとき、ぽんと紗重の肩を叩く者がいた。 「これでも飲んで落ち着きましょう。美味しいのよ」 落ち着かせるような穏やかな声はクレアだった。持参してきた飲み物を、紗重とよしきちに振ってみせる。 「大丈夫、ジュースだから」 にこり微笑んで、なみなみとジュースを注いだものを渡される。 「ありがとう…?」 「い、いただくもふ…」 何となく気圧されて、渡されるままに飲み干し……1人と1体は顔を見合わせた。注がれるままに、どんどん減っていくジュース。美味しかったらしい。 「酔っちまえば本音ってなァ出るモンよ」 顔を覗かせた大地は、シテヤッタリと笑った。 見守る体制でいたものの、あまりにも埒があかない現状に一計は考えてはいて。匂いだけならジュースと変わりない果実酒を飲ませて酔わせ、お互いに本音を吐き出させようと。 狙いはどうやら完璧だった―― ガシィッと紗重の手が、よしきちのもふっとした胸ぐらというか毛?を掴んだ。その目は虚ろだ。 「よしきちのばーか!他の人にでれでれしちゃって!」 「おまえこそ他の朋友うらやましそうに見てたじゃねーか!」 対するよしきちも、可愛がられるからという理由で使っている語尾のもふをすっかり付け忘れ、据わった目で応戦している。 「まっ、こんだけ言い合ってりゃすっきりくらいはすンだろーよ」 何となくわかったのはその言い合いだけで、あとはわぁわぁ言い合っているだけだが。 「…って、クレア?」 「え?あ、果実酒だったわね。えぇ」 目を丸くしている恋人に気づいて声をかけると、はっと思い出したような納得顔。互いに意見を出し合った一計だったが、クレアのほうはすっかり忘れていたらしい。 掴み合いの喧嘩にでもなったらと思ったが、ただのじゃれ合いにしか発展しなさそうで―― まァいいかと、愛しい恋人の肩を抱き寄せる。 「あとは水入らずでってな」 紗重たちの騒ぎに何事かと集まってきた仲間たちに問題ないと軽く手を振って放っておくように促すと、大地はクレアと2人、静かな一時を過ごせる場所へ消えて行った。 ● 賑やかな宴会騒ぎは自然と消え、今はそれぞれが大切な相棒と共に静かに舞う桜を眺めていた。 「ねぇ、真影はどうしてボクを創ったの?」 人妖が生まれる意味―― ほんの少しの、だけど大きな悩み。ただの興味本位だけどと付け足しながら、泉理はどこか真剣な表情で真影を仰ぎ見る 「そうね…会いたかったから、かしらね?何故かは判らないけど、あたしが生み出す人妖にどうしても会いたかった。だから何度失敗しても諦めず、貴方を創ったのよ」 いつもの勝ち気な口調や表情、けれどそこに不安げなものを何となく感じて。真影は微笑み、小さな肩をそっと引き寄せた。 「泉理、貴方はあたしの人妖よ?あたしは貴方を信じてる」 「…改まって言われると、照れるんだけど?」 照れくさそうに返した泉理の顔に、笑顔が戻る。 「うん、でもボクも真影を信じてる。僕は真影の人妖だ」 信じている。今までも、そしてこれからも…ずっと。 「どうぞ、たくさんありますからね」 中書令は今日の花見用にと持参した食べ物を、駿龍である陸の前に並べた。 組んでから日が浅く、まだまだ彼のことを知っているとは言えない。のんびりしたこの場所で、少しでも絆が深められたらと。 のんびりとした動作で興味深そうに眺めていた陸は、動きを止めると鼻を鳴らした。 「これですか?」 食べやすいように口元に持っていくと、嬉しそうに食べ始める。 口元に持っていってやり少しずつ食べさせながら、声をかけたり撫でたりしてスキンシップを図って。 「好き嫌いがないみたいで安心しました。次はお肉か新鮮なお魚あたりを用意しますね」 大きな体を揺らす嬉しげな相棒を見上げて、中書令は笑った。 その少し離れた場所ではワッフルを食べきったキルクルが、ごしごしと目をこすっていた。満腹なお腹、頭の上には綺麗な桜。 「食欲の次は睡眠なのですー。おやすみなさいなのですー」 ごそごそとレイピアに乗り込み、眠りに誘われるままに目を閉じた。 寄りかかった相棒はどこまでも頼もしく、あたたかい空気は心地良い。 「綺麗だねえ、ラル」 おまけに見上げる桜が美しいときたら、気分は上々の一方で。どことなく嬉しそうに頷くラルを、エルレーンはご機嫌に見上げた。 「天気もいいし、あったかいし…うふふ、うたでも歌いたくなるよねえ」 うふふ、ふふふ…と自然と零れる笑顔のままに、歌を口ずさみ始める――、が。 「きゃん!?」 突然ラルが頭を振って立ち上がったため、よりかかっていた彼女は勢いよくぺちゃん、と背中から地面に転がった。 間近で聞くには耐え難い歌声だったのか……舞い降る桜は動じることなく、変わらず静かに咲き誇っていた。 「ほらナギ、お姉さんに会うの久しぶりでしょ。ちょっとは甘えたら?」 呂宇子は落ち着きなく辺りを見渡している甲龍のナギに、苦笑した。朱宇子の甲龍であるナミが、まるで挨拶するように頭をすり寄せると、ナギも安心したようにすり返す。 ナミとナギ、ギルドから貸与された龍たちは、偶然にも姉弟だった。 「ふふっ。言葉を話さなくても、ちゃんと個性があるんだね」 お昼寝が大好きでのんびり屋の姉龍ナミに、怖がりで落ち着きがない弟龍のナギ。仲睦まじく身を寄せ合ってお昼寝な雰囲気の相棒たちに、朱宇子はくすっと笑った。 「私たちもお昼寝しようよ」 気候はぽかぽか陽気で、お腹も満腹。絶好のお昼寝日和だ。反対することもなく、すでに夢の中のそれぞれの相棒へ寄り添った。 広い背へ登り、朱宇子はナミの首回りの鬣のように毛に、そっと触れる。ふさふさで、鱗越しに呼吸してるのが分かって、いつも嬉しくなる。 「私たち姉妹の所に、姉弟龍が来た。なんだか不思議な縁だよね…」 眠りに引き寄せられながら消えていく妹の声に、ゆっくり煙管をふかしながら呂宇子はのんびり桜を見上げて。 「そうね」 小さく答える声は、淡い白い煙りと共に空へ登っていった。 はらりと降る桜の花びらが、杯へ浮かぶ。大地とクレアは2人きりの空間で、花見を楽しんでいた。 杯をあけ、寄り添ってくれているクレアを見やる。穏やかに、桜を見上げる端正な横顔。 「さァてと…おめェの花も、散らそうか?」 唇を奪って押し倒すと、その体に乗り上げた。傍には愛しい恋人、そして2人きり…美しい景色よりも見ていたいと思うのは当然だ。 「心配すンな。桜しか見ちゃいねェよ……とっ?」 突然にゅっと間に入り込んできた顔に、とっさに動きを止める。 「シルベルヴィント!」 正確には2人きり+1匹という構図だったわけで……遊んでいると勘違いしたのかシルベルヴィントの鼻息が遊んで遊んでとばかりに大地に向かって噴射された。 これはもうクレアの、あんな姿やこんな姿を見ている場合じゃない。無邪気にシルベルヴィントを構いだしたクレアを見下ろして。 「……」 ごろんと地面に転がった大地の目には、しっかり空気を読んで離れた場所でのんびり欠伸をしている朱玉が映っていた。 「あ、あの…」 小さな声に、中書令は陸の向こう側に目をやった。最高に具合が悪そうなよしきちを連れた、紗重が立っている。 「起きましたか。体調は大丈夫ですか?」 「あ、はい。私は何とか」 言い合いをしたまま爆睡し、今まで眠っていた紗重とよしきちだ。これがウワサの二日酔いか…とぼやいているよしきちに苦笑して、頭を下げる。 「すいません。迷惑、かけましたよね…?お礼だけでも、言おうと思って」 はっきりは覚えていないも、何だか気を遣われたような迷惑をかけたような気がして。残っている人たちは眠っていたりするからと。 「ありがとうございましたと伝えてください。私たちはそろそろ帰りますね」 言いたいことを言い切った感覚は覚えているのか、紗重はどこかすっきりした顔でよしきちを見下ろすと、ほらと手を差し出した。 「帰ろう、よしきち」 「……ふん」 すっと手が伸ばされる。しっかり繋がれた手と手。 「よかったですね」 来たときより明らかに明るい後ろ姿を見送って。中書令は、陸と過ごす時間の中へ戻っていった。 また来年も、共に桜をのんびり見上げられるようにと祈る―― お花見、きみと。 |