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■オープニング本文 ――――どうして褒めてくれないの? 桜舞い散る石畳の小道の果て。 絶叫が響く孤児院の中で、血の滴る肉塊を掴んでいた子供は、悲しそうな眼差しで職員を見上げていた。 恐怖におののき、腰を抜かして逃げる大人。 何故大人が逃げるのか、その子には意味が分からなかった。 まだ五歳前後のあどけない容姿をした愛らしい少女である。少女は出刃包丁を握り締め、一時間前まで愛玩用の『ウサギ』だった肉の塊を持って、ぐっしょりと血に濡れた衣類を気にもとめず、誰かに褒めてもらおうと屋敷の中を歩き回っていた。 人間の常識では、それは異様な姿だった。 しかし同じ里から連れ出された八歳くらいの子が少女を見つけると、笑顔に変わった。 「一人で皮を剥いだのか。えらいぞ!」 「うん。でも、みんなにげるの。ねー、かいたい、おしえてよ」 「いいぞ。内蔵の腑分けを学ぶ時期だな。おかあさまもきっとお喜びになる」 おかあさま。 それは滅びた大アヤカシ『生成姫』を意味していた。 子供たちは自我が芽生えるか否かの幼い頃に本当の両親を殺され、親に化けた夢魔によって魔の森へ誘拐された『志体持ち』だった。浚われた子供達は、魔の森内部の非汚染区域で上級アヤカシに育てられ、徹底的な洗脳とともに暗殺技術を仕込まれていたらしい。成長した子供達は考えを捻じ曲げられ、瘴気に耐性を持ち、大アヤカシ生成姫を『おかあさま』と呼んで絶対の忠誠を捧げてしまう。 偽りの母である生成姫の為に、己の死や仲間の死も厭わない。 絶対に人に疑われることがない――――最悪の刺客として、この世に舞い戻る。 その悲劇を断つ為に、今年81名の開拓者が魔の森へ乗り込んだ。 里を管理していた上級アヤカシ鬻姫の不在を狙い、洗脳の浅い子供たちを救い出して、人里に戻したのである。 しかし。 救われた子供たちを一般家庭の里子に出す提案は、早々に却下された。 理由は前述の『奇行』に代表される常識の違いである。 子供たちが里親に害を出さないという保証は、まるでなかった。 洗脳は浅くても、幼い頃から徹底して戦う訓練を積まされた子供たちは、人間社会の常識を知らない。まず先に日常生活を通した体力増強の訓練が行われ、痛む心を捨てる訓練を経て、家族とも言うべきアヤカシを倒し続け、最終的には誘拐された開拓者の『先生』から技術と人の常識を体得し、密命を受けて世に放たれるという悲惨な環境下で過ごした時間は露骨に悪影響を与えていた。 生成姫を母として育った子供たちは埋めようのない『寂しさ』を抱えていた。 愛情への強烈な飢え。 褒めて欲しい、という健気な思い。 だからこそ『里で褒められた事』を懸命にこなしてみせていた。 大凡その年の子供では考えられない自活能力が備わっていたのである。 縄の編み方、日用品の作り方、必要な道具は全て作った。庭には罠が溢れかえり、戦いの訓練で包丁が刺さり続けた木々の表皮は襤褸になった。掃除、洗濯、炊事はお手の物。だが特に食事となると、森の生き物を狩り殺していた習性が露呈せざるをえなかった。鼠も兎も食料だった。大きな獲物を狩れば、褒めてもらえた。 許しなく遊ぶことは、食事を抜かれるきついお仕置きが待っていた。 殺すことこそが美徳。 こうして救い出された子供たちは、周囲の大人に恐れられ、アヤカシに植えつけられた別の価値観を披露しては恐怖の的になっていた。 普通の人間の手に負えない。 そう判断した孤児院の管理者は助けを求めた。 子供たちを唯一抑えられる存在、すなわち開拓者たちに。 +++ 「子供たちの教育には、長い時間がかかります」 開口一番でそう言ったのは、生成姫に関する研究の第一人者である封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)だった。子供たちを救出する為に調査を重ねてきた人物である。 子供たちはアヤカシに都合の良い価値観の中で、その人生の大半を過ごしてきた。 大勢の人間を見ることも、当然初めて。 獣を狩り殺さねば食料を手に入れられなかった環境にいた為、文を用いてお店で物を買う概念もない。 文字通りの野生児なのだ。 「まだ外のお祭へ連れ出すのも錯乱するかもしれません。皆さんには、子供たちを『人に戻す』手伝いをしてほしいのです。まず自然の情緒や動物愛護などの感性を鍛えて、微妙に備わってしまった力の調整を覚えることから始めたほうがいいでしょう。丁度、桜の時期ですし……荒れた庭を掃除して、庭の桜の下でお花見でもやってみてください」 柚子平は忙しい為、報告役で人妖の樹里が同行するという。 依頼を受けた一人が、寂しげにつぶやいた。 「子供たちは、気軽に遊ぶことすらできなかったのね」 生成姫に授けられた名前を名乗ることすらしない子供は、番号で呼ばれていると聞いた。 まるで人扱いをされていない。 そうならざるを得ない状態が、ひどく哀れだった。 神楽の都。 賑わう街中から離れた孤児院。 石畳の向こうから、人に慣れずに身を丸める志体持ちの子供たちが……泣いていた。 「どうして褒めてくれないの?」 「おかあさまぁ、おかあさまぁ、どこぉ?」 罪深きは、大アヤカシの悪意。 |
■参加者一覧 / 芦屋 璃凛(ia0303) / ヘラルディア(ia0397) / 俳沢折々(ia0401) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 瀬崎 静乃(ia4468) / フェルル=グライフ(ia4572) / 輝血(ia5431) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / 郁磨(ia9365) / 宿奈 芳純(ia9695) / 尾花 紫乃(ia9951) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 久遠院 雪夜(ib0212) / 萌月 鈴音(ib0395) / 不破 颯(ib0495) / グリムバルド(ib0608) / ネネ(ib0892) / フィン・ファルスト(ib0979) / 蓮 神音(ib2662) / 紅雅(ib4326) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / ニッツァ(ib6625) / パニージェ(ib6627) / アムルタート(ib6632) / リオーレ・アズィーズ(ib7038) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 刃兼(ib7876) / 華角 牡丹(ib8144) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 戸仁元 和名(ib9394) / 宮坂義乃(ib9942) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 白雪 沙羅(ic0498) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) |
■リプレイ本文 あなたは子供の未来に、何を願う? 紫ノ眼 恋(ic0281)と八壁 伏路(ic0499)と七塚 はふり(ic0500)が孤児院の門前で慌てている。贈り物の忘れ物だ。 「次の機会だね。あ!」 ケイウス=アルカーム(ib7387)が、親友ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)に声をかける。 「ゼス、来てたんだね」 「……ああ。子供のことが気になってな」 「俺も。でもさ。過去に何があっても未来は自分で変えられる。きっと子供達も大丈夫だと思う。ゼスを見てると、そう思えるんだ」 一方、狩野 柚子平(iz0216)の人妖樹里から説明を聞いたパニージェ(ib6627)の瞳が暗く陰る。 「……囚われ、アヤカシに育てられた子供たち、か」 「今の私達にできるのは、少しでも幸せを与えること。ほっとさせることだと思うんです」 傍らのネネ(ib0892)と話していた白雪 沙羅(ic0498)が頷く。 「きっと寂しさや悲しみに満ちていて、幸せを感じられない。子ども達の心の穴は、簡単には埋められないけれど……お友達なら、なれるかもしれません。一緒に遊んで仲良くなるところから始めましょう」 ただ諭そうとしても、きっと心には届かない。 「仲良くなれたらいいよね。ボクも子供達の事をもっと知りたいし、知らなきゃいけないと思うんだ。人に戻していかなきゃ」 様々な顔が久遠院 雪夜(ib0212)の脳裏をよぎる。 「子供達を人に戻す、か」 肩の力を抜いて接したい、と刃兼(ib7876)は思う。 『難しく考えすぎないで、俺が家族にしてもらった当たり前のことを、あの子達にしてやればいいのかな』 泉宮 紫乃(ia9951)が天を見た。 「生成姫の事とか、色々ありますけど……嘘はつかないようにしたいですね。今は違う環境に慣れるのに精一杯でしょうから、余計な猜疑心は抱かないように配慮したいです」 「できうる限り情報を伏せた上で向かい合い、これからの価値観に沿う様、順に慣れて貰うのが宜しいでしょうか。日々阿鼻叫喚では困るでしょうし」 ヘラルディア(ia0397)の言葉を聞いて、鈴木 透子(ia5664)は忍犬遮那王に語りかける。 「命がけになるかもしれません」 鈴木は『食べる獲物を捌くそれ自体は問題ないこと』と考えていたが、今の子供らには愛玩という感情が殆どない。だが自活能力自体は悪くない、と考えるのは戸仁元 和名(ib9394)も同じ。 「私がいた隠れ里は、自給自足が基本で……子供も仕事はしてましたので。環境を考えればやむを得ないと……問題は、どう慣れさせていくかですが」 俳沢折々(ia0401)が眠そうな眼で呟く。 「そんなに暗く考える必要はないんじゃないかな。身体が丈夫なのは素敵なことだし。あとは発散の仕方を間違えなければ良いだけだから、わたしは球蹴りを教えるよ」 両腕に自前の珠を五つ抱えていた。 「発散の仕方か」 宮坂 玄人(ib9942)が頭を掻く。 「愛玩動物の皮剥の件は……子供達は褒められたいが為に行っているはずだから……叱るというより、こうした方がもっと褒められる、というのを桜花と共にやってみる」 からくりの桜花は「子供たちの気持ちが分かりますわ。私だって真っ暗い所で一人だったのだから」と訴えた。 「遊びになったら、俺は年長組を主に相手すっか。一番大変だが、年長者が変われば、下の子らの良い規範にもなる」 酒々井 統真(ia0893)の言葉にフェルル=グライフ(ia4572)も意気込む。 「小さい子との調理は任せてください! 簡単な事からやり方を見せて作って、食事は美味しくて楽しい事を実感してもらえるように。私は『一緒に楽しく』を頑張ってみます。何か好きな事が見つかればいいんですけど」 幸い四十三人もいる。 庭の片付けに遊び相手、料理作りにお菓子作り、人手には困らない。 芦屋 璃凛(ia0303)が猫又の冥夜に「年長者は任せたよ」と頼む。 連れてきた相棒たちは多種多彩だ。 やがて孤児院へ到着した。 賑やかさの欠片もなく、静まり返っている。 遠巻きに来客を見る子供達に気付き、八壁は優雅に手を振った。 「知らぬ顔が来たと警戒しているな。身を護る術を心得ている、頼もしいのう」 開拓者は院長から名を考えて欲しいと頼まれていた。 紙に名前を記し、背の低い桜の木に結びつけるローゼリア(ib5674)たち。 「名をつける事は、その子に関して責任を背負うこと……悩みましたわ」 その後、孤児院を経営する老婦人から話があった。 「名づけ親が誰なのか、今は子供の方に明かしません。理由がございます」 「理由?」 「はい。子供たちは未だ『おかあさま』を慕い、アヤカシに与えられた名すら宝が如く隠す有様。 現状、忠誠心は揺らいでおりません。 従って『仮の名が必要』という建前で、別の名を受け入れるよう促しました。 いずれ知恵をつけ、慈愛の感情が育ち、人に馴染んできた頃に『自ら選び取った名に、特別な願いや意味があること』や『影で見守っていた存在』を教えるつもりです。 時が来るまで『名乗り出ぬこと』をお約束頂きたいのです」 「――――分かりました」 一同は頷いた。 対面した子供たちは年長から年少へ身長順に並べられた。 「アルドだ」 「灯心です」 年長の少年二人が名乗った。続いて二人の少女が一礼する。 「結葉です」 「……恵音」 恵音が持つ横笛に気づいたアルーシュ・リトナ(ib0119)の表情が和らぐ。 「星頼です」 「到真」 名前の紙を見て少年が名乗る。 一方、もの静かな姉妹が二人、固く手を繋いで進み出た。 「エミカ」 「イリス」 姉妹に隠れるように少女が四人。 「未来」 「明希」 「旭」 「華凛」 更に大勢の開拓者をみて怯えている少年が三人。 「……ま、真白」 「スパシーバ」 「礼文」 けれど全く感情の機微が分からない双子の男子がいた。 「仁」 「和」 口調も声音もほぼ同一。口を閉ざせば、どっちが仁で和なのか判別できない。 だが和の胸には名前と一緒にあったブローチが輝いている。 四歳以下の子供たちは半泣きだった。 「おかあさまはー?」 声を拾った華角 牡丹(ib8144)が呟く。 「おかあさま……母、でありんすか」 牡丹は母を知らない。家族と呼べそうな位置に『姐』がいただけ。偽りの母を想って泣く子供達を、少し羨ましそうな眼差しで見た。からくりの夕弦が「牡丹様」と小脇をつつく。牡丹が人妖を連れてきた方がよかったかも……と頭の隅で思った。 膝を折ったグライフが「おなまえは?」と笑顔で話しかける。 「ききょう(桔梗)」 「のぞみ」 「のの」 「はるみ(春見)」 柚乃(ia0638)も最年少の子供たちに近づく。 「私、柚乃。こっちは、ちびもふらの八曜丸よ」 「一緒に遊ぶもふー」 八曜丸が、最年少の子達に体をこすりつけた。 柚乃はアヤカシしか知らぬ子供たちに、もふらさまの存在を教えてあげたかった。 不破 颯(ib0495)も少女たちに話しかける。 「今日は皆で遊んで食べようってさぁ。のんびり楽しめるといいねえ」 不破はヘラリと笑って腰をかがめた。ヘロージオも声をかける。 「初めて会うな。俺はそんな偉い者ではない。ゼスでいい。……6だ」 紅雅(ib4326)達もからくり甘藍と共に、灯心たち年長組に歩み寄った。 「こんにちは、初めまして。私は紅雅といいます。この子はからくりの甘藍。まだ、知らない事が多い子なので、一緒に遊んでもらえると嬉しいです」 「……我、甘藍。一緒、遊戯」 「お初にお目にかかります。私は宿奈 芳純(ia9695)と申します。こちらはもふらの典膳」 四十三人が順に挨拶を済ませると、子供達と庭へ出た。 庭は報告通り荒れていた。 弖志峰 直羽(ia1884)が手を叩く。 「此処は、君たち皆の為の家だ。誰かを傷つける為の罠を張る必要はないし、君達を傷つける者はいないよ。お花見の為にお片付けを始めるけど、一つ決まりがあるよ。誰も怪我しないように作業する事……守れるかい?」 「片付けるのか」 「お花見って何」 想定外の返事に弖志峰、唖然。 最年長のアルドと結葉がこれでは、残りは推して知るべし。 「競争しましょうか」 萌月 鈴音(ib0395)が言葉を添えた。 「罠を作ったり、設置できるのも、凄い事ですが……この庭を、誰にも悟られないほど綺麗に片付けられるか、も……道具をきちんと扱えるか、の訓練になりますよ?」 陰鬱な顔をしていた子供たちも納得したらしい。 急に片付けに意欲的になった。 弖志峰が咳払い一つ。 「さあ、誰が一番早くお片付けできるかな?」 里でお互いが好敵手だった子供たちは、恐るべき手際で片付けていく。 萌月が仲間を振り返った。 「考え方が……違うだけなんです。教えてあげれば、直ぐにできる様になります」 常識が歪んでいるだけ。 全ては導き方次第だと。 「さて、罠は取っ払って庭の掃除だ。皆で片付けたら遊ぼうか」 ウルシュテッド(ib5445)が服の裾を掴む真白を見下ろした。 罠は危険がないように解体が必須。 菊池 志郎(ia5584)の元へ礼文が近づいてきた。 「どこにおけばいい?」 手をひいて棚へ連れて行く。背の届かない場所へ積み上げる際、菊池は受け取ろうとしたが、礼文は足場になりそうな木箱を引きずってきて、勝手に這い上がった。 「これでいい?」 菊池は「勿論。ありがとうございます」と笑顔で褒めた。 一方、唐突に現れた到真が、萌月の手を引いていた。 「僕の終わったの。元通りに見える?」 罠を除去し、土を掘り返した場所も綺麗に埋め戻し、草まで植えてあった。几帳面を通り越して、徹底した完璧主義である。評価を待つ到真に「見えます」と答えると、到真は誇らしげだ。 視線の先には、弖志峰が植え替えや土のならし方を恵音や結葉に教えていた。 次はお花見だが食い盛りの子供二十一人、働き盛りの開拓者四十三人に相棒も含めると、その食事量は膨大だ。準備が遅いと日が暮れてしまう為、初歩的な下準備は料理に興味を持った子供に手伝わせ、大部分は料理上手が台所で専念するという。 ちなみに大量の食材は、緋那岐(ib5664)とからくりの菊浬が買い込んできた。 ニッツァ(ib6625)はスパシーバ達のご褒美にと、揚げ菓子を作って砂糖をまぶしていた。 「これ庭で食ってから遊ぼうな。ん? パーニ。パニー? お前も笑わんかいな。無表情はこわいでー」 ほっぺむにむにするニッツァに「はやふいへ(早く行け)」と促す。 「さて。これから七輪を運び出すが……手が足りない。少し手伝ってくれないか」 仁や和たちにも七輪や炭を運ばせる。 泉宮も手伝う。一緒に運んでくれた子には、弟妹にしていたように、頭を撫でて褒めた。 一方『自分にできること』を考えて料理に行き着いた御樹青嵐(ia1669)は、年長者の結葉や灯心を傍らに、手際よく肉を解体していく。 「獣の狩りが得意だとお伺いしましたが、狩った獣を余すところなく調理し、残さず己が命の糧としてこそ、真の狩りというものです」 刻んだ肉に塩をまぶし、酒や醤でもんでいく。 刃兼は網焼きのタレを作っていた。醤に砂糖などの調味料だけでなく、風味付の胡麻に刻んだ青ネギ、辛い唐辛子は大人向けに。瓢箪で遊ぶ旭や華凛が不思議そうに小壺の中を覗き込んでいるので「味見してみるか?」と甘めのタレを手渡した途端、ぐびりと飲んだ。 「飲んだのか!? これは飲むんじゃなくて、漬けタレだ。箸を浸して、ひと雫。小皿や手の甲に垂らして舐めると分かる。次は飲まないようにな。お互い味見をして、気に入った味を作れたら、握り飯に付けて焼いても美味いと思うぞ」 「けほっ、気に入った味?」 「そうだな。毎日食べたくなる味、とかかな。俺は砂糖多めが好き、かな」 傍らでは肉をさばき終えた紫ノ眼が、真白と一緒に手で野菜をちぎっていた。 「包丁は?」 「鉄の匂いがつくからな。できるだけ素材の味を生かしておこう」 隣のからくり白銀丸は、礼文に飾りの作り方を教えていた。人参や椎茸を、桜や星型に切り抜いていく。余った部分は汁物の具に消えた。 「心をこめて作れば、おいしくなるよ」 礼野 真夢紀(ia1144)はエミカやイリス、未来とお米を研いでいる。 『今まで米は調理対象外だったのかも〜……とは思ったけど』 子供たちは『米』は知っていたが、正確な扱い方を理解していなかった。年長組や姉妹の話を聞く限り、アヤカシが襲撃した里から失敬してきた米俵の米を、鍋に叩き込んで煮ていたらしい。 「お米のとぎ汁は、畑に撒くといいの。未来、桜の木にとぎ汁をあげてきて。次は炊き方を教えるからね。しらさぎー、エミカ達とお米炊いてくる。お好み焼きの準備お願いね」 こくりと頷いたからくりは野菜を刻む準備をする。 そこへエプロンドレスに身を包んだ明希とリオーレ・アズィーズ(ib7038)が戻ってきた。 「このまま、お料理するの?」 「ええ、明希。それはジルベリア国の衣装です。女の子はもっとおしゃれをしなくては! 可愛い格好で料理をすると、楽しくなりますよ。汚れたエプロンは洗えばいいのです」 幼い子にも料理の機会を、と考えた結果。 蓮 神音(ib2662)は良案を思いついた。 「今日はお姉ちゃんがお菓子作りを教えてあげるよ! 先ずは桜の花びらを集めてね。これと同じ花だよ」 桜ひと枝を春見に持たせる。 桜が何のお菓子になるのか、子供達は興味津々だ。 四人が庭へ出て行く。だが桜には殆ど手が届かないのでグリムバルド(ib0608)とウルシュテッドは春見たちを肩車し、桜の下を歩いた。花に手が届く距離だ。摘んだ桜の花は、握りしめて潰れた花もあったが、量関係なく「みんなのおかげでいっぱい集まったね」と褒めてあげた。 花は全て水で綺麗に洗い、水分を拭き取る。 「次は卵白を筆で塗って、お砂糖をふりかけるんだよ」 「らんぱく?」 「生卵の白身だよ。神音と一緒にやってみようか。はい、筆持って〜」 桔梗の手を取る。子供の体温は温かい。卵白を塗って砂糖をふりかけると、宝石細工のように輝く。 あとは天日で乾かすだけ。 それは一年前、白螺鈿の里で大切な人と習った桜の砂糖菓子だった。 後は大人の仕事である。 感謝を述べて子供達を遊びに放った。気づくと年長の四人が誰もいない。台所で作業が続く音を聞くと、大半の子供が落ち着き無く台所を覗く。遊びにいく気配がなかった。 「手伝いたい? おやつが気になる?」 戸仁元は『何か興味を持ってくれたのか』と考えたが違った。 「……僕たち、間違った?」 知らぬところで失敗し、排斥されたのでは、と恐れている。到真たちは日々厳しい訓練を受けてきた。孤児院に来てからは何もない。里感覚から抜け出せていないのだ。 戸仁元たちは、扱いの難しさを知った。 「……もう、自分達だけで全部やらんでもええから。せやから空いた時間で一緒に何するか、考えよう? 自分のすきなこと、やってええねん。ご飯も出る。遊んで平気なんよ」 ヘロージオもイリス達に尋ねる。 「……何がしたい? どんな小さな事でも構わない。お前が考え、やりたい事に付き合おう。分からないのであれば……それもまた、お前の素直な心の声だ。自然と体が動き出すのであれば躊躇う事はない。思うが侭に動くと良い。誰も叱りはしない」 「やりたい、こと」 幼い子は宮坂たちに任せ、残る子供たちを庭へ連れ出す。 弖志峰は事前に仲間へある話を伝えていた。 それはアヤカシ達の――――生成姫や鬻姫、白琵琶姫たちの子育てだ。 『……あの子供達は、任務の為ならば、同僚すら切り捨てる教育をされていた。邪魔になれば、兄弟姉妹や伴侶も、容赦なく殺せるように。遊びになったら、チーム戦の球遊びとかで、仲間への配慮と協力を育めるようにしてみたら、どうかな』 『んー、協調性を養う感じかな』 俳沢の提案で、木々の間に向かい合う網を貼り、庭に荒縄を敷いて陣地を決め、まずは組に分けて、球「友だち」を蹴る遊びを教え始めた。球遊びにはウルシュテッドと忍犬ちび、猫又のクレーヴェル、萌月も加わった。率先して遊んでいたグリムバルドが俳沢に話しかける。 「よく思いついたなー」 「世界には規則があるんだってことを教えるのに良いかなって」 見守る俳沢の眼差しが、眩しい光を見る。 大切な先輩がいた、救えなかった人がいた、けれど……この子たちだけでも救うことができて本当に良かった、と思う。 子供の仕事は殺しではない。遊ぶことだ。 ひとつのことに専念すると『義務』と錯覚して囚われてしまう性質が残っていた為、一時間ごとに区切り、球蹴りの次は鬼ごっこ、隠れんぼ、そして音楽や相棒たちの戯れなど、何度も休みながら一通り体験させることになった。 夕食までは結構な時間がある。 消えた年長の恵音は裏庭で横笛を吹いていた。傍らには結葉。恵音の演奏に重なる音は、離れた場所でリュートを奏でるフェンリエッタのもの。恵音や結葉と目が合うと、微笑んだ。 「あの人……先生? それとも教えて欲しいのかな?」 「俺や雪白にも楽器教えてくんねーか」 「丁度良い。おぬしら、わしにも演奏を教えてくれぬか」 酒々井と八壁がすかさず話しかける。八壁は、もし馬鹿にされてもそれでいい、と考えていた。子供たちに、自身に人に教えられるほど優れた長所があることを気づかせたかった。 ふいに芦屋の猫又が歩いてきた。 「私は冥夜だ。食い物では、無いぞ……先ほどの音は、良い音色だな。ただ淋しさばかりで、泣き言を聴かされている様で不快だ」 これを聞いた結葉と恵音は、猫又に襲いかかろうとした。 子供が楽器を好むのは、母――生成姫から授けられた曲を忘れず奏でる為だった。 「おかあさまの音への侮辱はゆるさない!」 阻んだ酒々井と八壁が眉を顰める。少女とは思えぬ俊敏性と腕力だ。 植えつけられた『神の子』の概念を、単純に否定することは容易い。しかし酒々井は『意固地にさせるだけだな』と考えを改めた。生成姫は子供にとって絶対の存在。特別感を拭うことから始めたほうがいいか、と結論を導く。 「猫の好みを真に受けるなよ。その年で充分な演奏できるんだ。お前らに演奏を教えた神様は、音楽が得意な神様だったんだな。違うか?」 結葉の荒い息が整っていく。 やがて「あってるわ」と胸を張った。 母の自慢話に移行させつつ、酒々井は安堵の溜息を零した。猫又は姿を消していた。 騒ぎを遠巻きに見守る灯心を見つけた紅雅が、声をかけた。 「こんな所にいたんですか。灯心は、好きな物や好きな事はありますか? 教えてもらえると、私も甘藍も嬉しいです」 紅雅は個性や自己を引き出すことに決めていた。灯心が恵音をみやる。 「……練習、したい。けど今日は、恵音から教えてもらうのは結葉だから」 「では、いいものを差し上げます」 紅雅はブレスレット・ベルを填めてやった。 「習えない日は、隣で踊ってみては如何でしょう?」 「そうだよー! 音楽は演奏するだけじゃないんだから楽しまなきゃ!」 顔を出したアムルタート(ib6632)もブレスレットをはめた灯心の手を掴む。 「ねえねえ。あっちの皆も笛上手なんだって? 私踊り子なんだ。一緒に合わせて見ない? きっと楽しいよ!」 孤児院到着以降、好意を抱いてもらえるように、術を駆使し続けたアムルタートの練力消費は凄まじい負担だったが……その甲斐はあった。灯心を連れたアムルタートが恵音たちに近寄ると、すんなりと受け入れられた。 「遊戯、愉快?」 「ええ。皆さんが、笑ってくれると……とても、嬉しい。私たちも行きましょう」 まずは灯心の疎外感を払うことができた。紅雅も、甘藍を連れて楽の輪に混じっていく。 一方、四歳児を相手したのは宮坂とフィン・ファルスト(ib0979)だ。 宮坂は子供の遊び相手は慣れなかったが、それでも他人事とは思えなかったからだろう。この施設で褒められることを、守護の首飾りを贈った桔梗たちに率先して教えていた。 また人魂でリスに身を変えた人妖ロガエスは、もふらの着ぐるみを着せられていた。本人は不服そうな顔だが、動物愛護精神を養う為、と言って譲らないファルストに根負けしたようだ。のぞみに容赦なく鷲掴まれるロガエスを、ファルストが救出する。 「もうちょっと力を抜いてこの辺り、撫でてみて?」 精霊の鈴を持つ春見を抱き上げたファルストが、動物の触り方をおしえていた。 「ののもさわるー」 六人を遠巻きに見守る御樹は、輝血を一瞥した。 「行かないんですか?」 「ここに居るよ。文目もいるし、遊び相手には丁度いいでしょ。文目ー、泣いてる子供を宥めるのはあたしには無理だから頑張りな」 「頑張るのですー!」 人妖文目が桔梗の所へ行く。 子供は苦手だ。輝血はそう思う。昔の自分を思い出す。顔が重なる。別に悲しいことだとも思わない。数ある生き方のひとつだろう。だから人妖の文目に遊び相手を任せて、ぼんやりと様子をみていた。 「ねぇ青嵐。あの子達はこれからどうなるのかな」 「貴女が仲間を得た様に、彼らにも本当に大事なものが出来るようにしたいと思います」 「そうだね……未来は決まってない。きっと、なるようになるよ。桔梗も、そう」 湿った風が頬をなでた。 「疲れました? 走り回るのが苦手なら、私たちとあそびませんか?」 球蹴りの後に、そう誘ったローゼリアとリトナはエミカやイリス、未来とおままごとをしていた。遊んだ後も飾れるように、木の器の中に濡らした綿を入れて、庭から積んできた花を飾り付けていく。 何度も挿しても倒れる花を見て、リトナは未来に手を貸した。 「そうっと、そうっと綺麗に並べましょうね。薄紅、黄色、白に紫、桜の花びらも雨のようで……とっても綺麗です。いつかお花屋さんにも、なれるかもしれませんよ」 ジルベリアのお茶会の話を語って聞かせた。 一方、鬼ごっことなると忍犬ちび達の足に、真白たちは叶わない。 忍犬初霜は、星頼や倒真の足元を彷徨っては全力で走っていく。 振り回されるスパシーバや真白たちを眺めながら、菊池は小皿に薔薇の石鹸や松脂を混ぜた液体を作り、明希や華凛とシャボン玉を虚空に飛ばしていた。 ニッツァがエンジェルハープで心穏やかな音色を奏でると、どこからかネズミや鳥が集まってきた。当然、仁や和には不思議に映ったが、その尺度は歪んでいた。 「にーちゃん、狩りの名人なの?」 「は? 狩りやて?」 演奏が止まった途端、動物が散っていく。残念そうな顔をした。もう一度演奏する事を熱望してきたが、仁や和の会話を聞いていると不穏な単語しか聞こえてこない。 「これ覚えたら罠や網がいらないね」 「毎日いっぱい食べられるよ。魚も集まるのかな」 呆然気味のニッツァが頭を悩ます。 『……ちびっ子らには、動物全部、食いもんに直結しとるんやなぁ。こら確かに情緒教育やら、色々と道のりが長そうや。習得に関心が高いのはえぇことなんやけど……さて』 まずは歌と舞いで楽しみを教えつつ、動物を無闇やたらと狩らない様に教える事が先だ。 「さっきのはな。半端もんがすぐに使える術やないねんで。動物は、演奏を聞きに来るんや。近くに来たー、ゆうて捕まえたら可哀想やし、怖がって全部逃げてしまうねんで」 和や仁は「そっか」と肩を落とした。 「肩落とさんと、まずは歌ってみぃ。笑顔がいっちゃん幸せ呼ぶねんで。ほれわろてみ」 エミカとイリスが「集めた花を見せに行く」と向かった先は、アルカームと話し込んでいたヘロージオの所だった。リトナ達は他の様子を見に行くらしく『お任せしていいですか』と手を合わせて目で尋ねた。アルカームが、片目をぱちりと瞑ったのを見て、傍にいた不破がローゼリアの足元にいた未来を迎えに行く。 ヘロージオに褒めてもらった姉妹に、アルカームが尋ねた。 「ね、どんな音楽が好き?」 「「おかあさまの曲」」 エミカとイリスの発言に、アルカームは『手ごわいなぁ』と悩む。外の世界に興味を示させようにも、子供たちの常識範囲は狭すぎた。アルカームは姉妹に竪琴を披露した。やがて故郷の曲を披露すると、イリスが「私も弾く」と言い出したので、アルカームがハープを贈った。通りがかった宿奈が、羨ましそうなエミカにも同じハープを贈る。 「ありがとう!」 「これでお揃いだね。ゼスも一緒に歌わない? ジルベリアの曲、教えてよ」 「歌は得意ではないが……お前に頼まれては仕方ないな」 ヘロージオは肩をすくめて、ジルベリアの曲を歌い始めた。 お互いに、外の世界へ目を向けるキッカケになることを願いながら。 不破は明希や華凛、未来と一緒に、もふらの風信子とゴロゴロしていた。 陽の射した庭で木漏れ日の下にいると、つい微睡んでしまいたくなる。もふもふの毛並みがに顔を埋める様を眺めながら「こういう時は子供だねぇ」と笑みを零す。 不破は未来に幸運のもふ根付け、明希に桜の耳飾り、そして華凛には若葉の耳飾りを贈った。 小さな女の子でも、可愛いと言われれば嬉しいし、身を飾ることへの関心は強い。 「キラキラしてる。私、おかあさまみたい?」 「ん〜? おかあさまより可愛いと思うぜ?」 明希を抱き上げると「きゃあ」と楽しそうな声が上がった。 傍には鈴木と忍犬もいた。 華凛たちは巨体のもふらや龍は兎も角、隙あらば「美味しいよね」と捕獲しようとするので、狩らないように目を光らせなければならなかった。 「どうして食べちゃいけないの」 「仲間だから……としか。ええっと。遮那王はあたしにとって特別なんです。あなたには、おかあさまが特別な家族なのと似てます。だから、食べないでおいて」 怯える忍犬の遮那王をよしよしと撫でながら、子供の様子を伺う。 そっと手を離した華凛を見て、鈴木の顔が華やいだ。 忍犬との鬼ごっこにあきた頃合を狙って、グリムバルドがスパシーバたち男子と隠れんぼをした途端、子供が行方不明になったりした。グリムバルドが「降参だ」と声を張り上げた後の、星頼や礼文の誇らしげな顔が脳裏に焼きつく。 つまみ食いをしていた人妖のウィナフレッドが、萌月から貰ったブレスレット・ベルをシャンシャンと鳴らす旭の肩をつつく。 「ねえ手伝ってよ。むこうにいるリエッタ達に、お水とか持って行きたいんだよね」 フェンリエッタ(ib0018)達は、歌いっぱなしで休む気配がなかった。 「……行って、みますか?」 萌月の問いに、旭は少し考えると頷いてついていった。 エミカやイリスをアルカーム達に任せたリトナとローゼリアは、恵音と結葉の様子をみにいった。 里から救出した時、リトナは新しい先生を名乗って笛を交換した。リトナたちが孤児院に到着した時、楽器所有者は恵音ひとり。一つの楽器を交代で使っていたのだろう。 「教えてもらうのも踊りも素敵ですが、結葉にはエンジェルハープを差し上げましょう。笛以外の楽器も楽しいでしょう?」 沢山の音、重なる美しさ。 まずは楽しむ事を知ってほしい。 子供たちに色々と配り歩いていた宿奈は、音や踊りに惹かれてきた仁や和、明希達に、小鼓や平家琵琶、囀りのオカリナ等を順番に与えていった。今まで楽器を持つことを許されなかった子供たちは興奮気味だったが、結葉たちは面白くないらしい。 「明希たちはダメよ。まだおかあさまの試験に合格してない」 「おかあさまの歌は特別なのですね?」 宿奈の問いに「うん」と頷く。 「では別の曲にしましょう。丁度、楽譜「精霊賛歌」を持っていますから。あの子達もいつか一人前に演奏するはず。別の曲で訓練をさせれば、上達するのでは?」 生成姫に教えられた曲以外。 この条件で、年長者達も渋々応じた。 子供達にとって楽器を持って演奏することは一人前の証なのだろう。 人が集まり始めたのを見て、久遠院は羽妖精の姫鶴と一緒に傍へ行った。更に牡丹とヘラルディアも声をかける。 「ふふ、楽しそうでありんすなぁ。素敵な音でありんす」 「恵音さん。楽器が得意なのでしたら、新しい楽譜を演奏してみていただけません。わたくし、是非聞いてみたいのです。お許し願えるのでしたら、即興で歌詞を作ってみます」 「別に、いいけど」 様子を見て猫又のポザネオが、結葉の足元に擦り寄る。撫でて可愛がってもらえるように。 「フィアールカも一緒に歌いましょうね」 キュゥ、と駿龍が鳴いた。 一緒に歌を諳んじて、音の楽しさを表現していく。ローゼリアが立ち上がった。 「お姉さま、ちょっと水をくんで参りますわね」 ローゼリアは、物陰のアルドに気づいた。 「貴方も吹きたいのでしょう。私の笛をあげますの。あれと同じものですわ」 それは恵音と同じ横笛「早春」だ。 「……ありがとう、先生」 「先生はおよしなさい。それを差し上げる代わりに、一つお約束なさい。様々な楽譜に挑戦すること。腕を磨くには、世の様々な曲に触れるのが一番ですわ」 頷いたアルドが、恵音たちの所へ走っていく。 「演奏や歌もいいけど、適度に休まないと!」 旭を連れた人妖のウィナフレッドがやってきた。蜂蜜入りの水を配り歩く。 「まあ、ありがと。丁度、喉が渇いてたの」 お盆に乗せた湯呑を一つ受け取り、フェンリエッタが旭の頭を撫でる。旭の視線は、兄や姉に注がれていた。アムルタート達が恵音やアルド、結葉の音に合わせて踊る。シャンシャン音を立てる金銀細工に、薔薇を象る髪飾り。 「踊ろう一緒に!」 「でも踊ったことない」 「大丈夫、大丈夫、そぉれ〜!」 萌月がお盆を受け取り、すかさず旭の両手をとって巻き込んでいく。 牡丹のからくり夕弦も、舞扇片手に踊りの輪に混じる。結葉がちらりと人目を気にした。 「ふふ、好きに舞えばよろしおす。夕弦も自由にしておりんすし」 「そうかな」 一曲踊って戻ってきた結葉を、牡丹は抱きしめて頭を撫でた。 「慣れぬというのによう舞いした。えらい子でありんすな」 身飾りの一つに、ブローチ「グリーンクローバー」を上着につけてやった。恵音が羨むので酒々井がフラワーブローチ「ツツジ」をつけてやる。 片隅では灯心が甲龍カタコによじ登って遊び、甘藍と紅雅が落ないかハラハラ見守っていた。 日が暮れ始めた頃から夕飯が始まった。 「……この中で、火の扱いが上手い奴はいるか?」 パニージェが尋ねると年長者以外にも、星頼や到真が手を挙げた。火起こしが得意だという。あえて巫女に火種の術を頼まず、星頼や到真たちに頼んで沢山置いた七輪の炭に火を入れさせた。 「……良い子だ。良くできた。その調子で残りも頼む」 網をのせて焼きの開始だ。 「そう、しゃっちょこばらなくてよいでありますよ。さあさあたーんと焼くであります」 「しゃちょこ?」 七塚の癖のある言葉に首をかしげつつ、礼文たちが皆、肉の串焼きを手伝う。焦がさないように七輪を眺めながら、隣で食事だ。泉宮から借りた希儀の料理指南書。本を読んでつくったオリーブオイルをかけたサラダを摘んでいた。 炭の爆ぜる音。肉の焼ける香り。 机の上には沢山の料理とお菓子。 鈴木が好みの串を焼く子供たちを眺めて呟く。 「あたし達は食べないと生きていけないんです。お互いに。人の業です」 「ごー?」 説明に困った鈴木は、ひとまず手を合わさせ「頂きます」を復唱させた。 意味がわからなくてもいいと、様子を眺めたグライフは感じた。一つの料理には、沢山の命の営みがあること。今はわからなくてもこれから知る機会が必ずあるだから、と。 この頂きますに苦労していたのは紫ノ眼も同じ。 「おはなだ」 「白銀丸と礼文が作っていたものだが、まぁまて」 紫ノ眼は真白が箸で突き刺した人参を戻すと「まずは両手をあわせて」と自分の真似をさせた。そして「いただきます」という言葉を真白たちに復唱させた。 「これは命を頂く、という意味だ。他の生き物を殺して喰うのは、常に生きる為のみ。故に、残してはならぬ。嫌いなものでも、全部食べるのだぞ」 「きらい?」 幸いなことに。常に食に困窮していた子供たちに『好き嫌い』という選り好みの感性は無かった。ただ、ひとつ違うものを食べるごとに「いただきます」を几帳面に繰り返す仁や和たちを見て、紫ノ眼は教えることの難しさを知った。 あちこちで賑やかな声が響く。 「じゃーん、緋那岐クンの料理教室ー、ぺぺんぺん」 砂糖を入れた小麦粉の生地を、薄く伸ばしていく。今までアルド達に与えられるお菓子は、全て殺しの報酬だった。悲しい思い出を、楽しい思い出で塗り替える機会だ。 「飾りの果物やソースなんかは色々あるから、同じ材料でも、同じ物はできない不思議って奴だな。いっちょあがり〜」 次々に焼きあがる生地を、平皿の上にのせていく。 「どんどん果物やソースをのせろ〜。笑顔が生まれるおまじない、だ」 好きに飾らせるのは、自ら作る楽しさを知ってもらえたらと考えてだ。 しかし子供たちは動かない。 並んだ果物や蜂蜜などを眺めて、互いに顔を見合わせる。「どれがただしいの?」と囁く声が聞こえた。自由がなく、定められた正解だけを求められ続けた弊害と言えた。 グライフが子供達に助け舟を出す。 「自分が食べたい味をのせるんです。チョコレートソースや蜂蜜でお絵かきしてもいいし」 適当にしていた子もお絵かきを始めた。 「わなー」 「おかーさま」 貧困すぎる発想に思わず物悲しさを覚えつつ、中には今日一日の影響で変化もあった。 「てまり」 未来が泉宮に貰った鞠をチョコレートソースで描く。 「もふらさまー」 ののが苺の赤やクリームの白で色に凝っていた。 少なくとも内面に変化があった事を悟ったグライフたちが「上手ですよ」と褒める。 ああ……遊んでよかった、と。 実感する一瞬だ。 ネネは市場で仕入れた果物を鉄板で焼いた。 「おいしいものを、おなか一杯食べましょう。次は、焼き果物はいかがですか?」 子供たちが口にした事のある果物と言えば、水源に自生していた木苺や野苺。市場から沢山用意された果物を食べ比べすると、恵音や結葉たち年長組も「こっちは甘い」とか「こっちはすっぱい」と話していた。 「元々美味しいですけど、こうすれば意外な味になるんですよ」 旭は二つ欲しい、とワガママを言った。 ネネが二つ渡すと、旭は一緒に踊ったアムルタートの所へ持っていった。 「あげる」 分け与える、という行動は、大きな一歩だ。 遠巻きに見守るネネの目元が緩んだ。 アムルタートは食事をしながら「ありがとう、楽しかったね!」と旭に声をかける。お礼に砂漠の薔薇の髪飾りを、旭の髪に飾り付けた。 「お揃いだよ!」 照れた微笑みが眩しい。 食後の片付けや洗濯は大人の仕事。 お腹を満たせば、寝るまで遊ぶ時間だ。 しかし幼子は母を求めて泣く。周囲も感化される。 「……何時までも泣くんじゃないよ。あんたたちを救ってくれる人が、何処かにいるから。あたしが、そうだったから」 輝血がぬいぐるみを渡しても泣き止まない。これは根気との勝負だ。 ウルシュテッドは、号泣気味の桔梗を抱きかかえた。 「寂しいよな。でも今は俺達がいる、傍にいるよ」 足元では忍犬ちびが心配そうに見上げていた。泣いても涙の跡以外、何も残らない。キャンディボックスを渡して落ち着いた頃を見計らって「泣き止んでくれたね、嬉しいよ」と桔梗の頭を撫でながら「もっとおやつ食べに行こうか」と星頼の手もひいて誘った。 居間には皆が持ち寄ったお菓子が山と積まれていた。 「もう少しハネを削るべきやな」 芦屋は真白やスパシーバに簡易遊具の作り方を教えていた。 作った竹蜻蛉を明日、空へ飛ばして競うという。 郁磨(ia9365)は猫又の璃梨と一緒に、和や仁達と話をしていた。 「此の子は猫又の璃梨。猫又は精霊力を帯びた特別なケモノで、お喋り上手なんだよ〜」 「あたしは偉ーい猫又様だからね。ぞんざいに扱うんじゃないよ?」 気取った声が響き、尻尾がゆらりと揺れる。 「……こんな感じで、猫又は大抵生意気だったり。でもとっても賢いから、俺達の良き相棒になってくれる心強い子でもあるんだ。君たちがいつか、俺達と同じ仕事に就いたら、心強い相棒に出会うよ」 全ての命に心が在り、温もりが在る事を知ってほしい。 瀬崎 静乃(ia4468)は内向的なエミカやイリスの傍らにいた。 「……小指ひっかけて、人差し指と親指でつまんで」 常に口元に微笑みを絶やさず、アヤトリを教える。亀や橋などを作り出す糸の複雑さに、エミカたちは熱心に取り組んだ。 「……次は二人ひと組でやってみようか。一手ずつ交代。糸がほどけたり、絞まったら負け。先手は、うまく亀がつくれたイリスからね」 アズィーズは、幼い春見達の持ってきた童話を語って聞かせた。記憶喪失になって以降、昔のこと等まるで思い出せないけれど、自分にもこんな時代があったはずだという想像を、子供の笑顔に重ねていく。 菊池も持参した挿絵の多い童話「白い妖精」を読み聞かせていた。 暗殺鍛錬を日記に書かされていた子供たちの識字率は異様なほど高かったが、一人前に文字がかける年長者と違い、到真や礼文たち六歳前後の子供は単純な文字しかよめない。 いつの間にか眠った真白たちを撫でる。 どうか。 まだ見ぬ世界の景色や出来事に、興味を持ってくれますように。 旭と明希は、白雪とお手玉で遊んでいた。 お手玉の童謡も興味を引く材料になったらしい。白雪が『一緒にやってみませんか?』と誘うと、熱心に遊び方を聞いてきたが、それでも二つが限界。三つ四つと滑らかに行き来させる白雪を、羨望の眼差しで見ていた。 やがて「寝る時間だ」という声に旭が走っていく。白雪は明希にも寝るよう促した。 「もう寝ないと。お手玉は差し上げますから、皆にも教えてあげて」 「ううん、いい」 「どうして?」 「教えられるほど上手じゃないもん。もっと上手になって、皆を驚かせるの。また教えてくれる?」 首を傾げる明希に「では代わりに」と琥珀の首飾りを贈った。 眠る時間だ、と。 子供たちを呼び集めたのは、宿奈に貰った契約の時計を持つアルドと、懐中時計「ナイトウォー」をグリムバルドから貰った星頼だった。灯心は台所の御樹に料理を聞きに行ったっきり。 銀の手鏡を覗き込み、寒椿の柘植櫛で髪を梳いていた恵音も、星屑のヘアピンをとめて礼野に貰ったブレスレット・ベルをはめる。身支度を整えて結葉と共に子供を集める。結葉も御樹が与えたお守り「絆」とネネから貰った南天の首飾りをブローチ以外に身につけていた。 「身だしなみに気を使う……よい傾向ですね」 宿奈が振り返ると、絨毯の上で寝るもふらの典膳の傍らで、未来と華凛がしがみつくように寝ていた。 寝ようと言っても、寝ないのも子供である。「ねむくないー!」と泣いて抵抗するのぞみに、グライフは額を飾る翔鷹の鉢金を握らせた。 「いつも一緒、ね? だから今日はおやすみなさい」 酒々井が仰天した。 「おい、フェルル」 それはお前の大事な――…… 「いいんです」 グライフが立ち上がる。のぞみを柚乃たちが連れて行った。 「私も昔、泣いていた時に、こうしてもらったから。次は、私の番です」 かつて師から託された鉢金は、無数の戦いを共に乗り越え、今日までグライフを支えてきた。 そして今度は、次代に託す。 ネネと柚乃が幼子たちを、もふら布団に寝かせている。 柚乃は眠れない幼子たちに、もふらのぬいぐるみを一つずつ与えた。今日一日遊んだせいか……もふらさまは精霊力の結晶体であり、瘴気の結晶体であるアヤカシと違うこと、は理解したらしい。『もふもふ感』はお気に召したようだ。 「……もふらさま見せたいな」 ののが生成姫の事を思い出したのか、ぬいぐるみを抱えて丸くなった。 「柚乃も……柚乃の母様とは離れて暮らしてるの。もう……三年は経っているのかな」 「会えないの?」 「遠い場所にいるから。でも寂しくないよ、今は。さ、寝ようね。子守唄歌ってあげる」 悲しい夢も怖い夢も、見ないように願いを込めて。 今の子供たちは、幾度となく生成姫の夢を見るだろう。 記憶の中で、慈母が如く微笑む大アヤカシを恋しがるに違いない。 それでもどうか……今日の楽しいと感じた出来事を忘れないで欲しい。 「帰る?」 久遠院はトゥワイライト・レターと携帯ペンセットを、年長者のアルドに渡した。 「明日、お仕事がある人はね。でも時間がある人は夜明けまでいるよ。だから困った事があったら、ボク達にお手紙を書いて。絶対に来るから。勿論何もなくても……お手紙を書いてくれたらうれしいな。どうしてるか知りたいから」 「色がたくさん」 結葉が、ウルシュテッドの手元を覗き込んだ。神秘のタロットは、色鮮やかな絵柄が描かれている。暇な休日に客をとって占う程度には得意なウルシュテッドが「見てみるかい?」と首をかしげると、素直に頷く。 絵柄の意味。これは何、と熱心に話し込むうちに丑の刻を過ぎていた。 「もう寝ないと明日起きられなくなるな……今日はここまで。正位置と逆位置の違いはまた今度だ」 子供が全員眠った後。 居間ではフェンリエッタが刺繍をしていた。眠くなると瞼をこすって、苦い緑茶を一口。色鮮やかな縮緬の守り袋に、子供たちの名前を刺繍していく。中に入れるのは、開拓者が子供に贈った名前の紙と桜色の宝珠の根付。 泉宮は残ったお菓子等を施設に寄付し、個人所有になった品物に名前を書きながら、今日一日の成果を職員に報告した。 「……些細な疑問や不満も、根気よく丁寧に説明すること。以上です。私達はずっと傍にいる事はできませんから、子供達を宜しくお願いします。必要ならいつでもよんでくださいね」 台所のファルストは温めた牛乳を一口飲み、人妖の樹里に相談していた。 「打算目的の環境でも、あの子たちにとって紛れもない育ての親を奪いましたし、少しでも責任取らなきゃって考えたら……養子かな、て。ずっと考えてて」 樹里曰く。 現状は子供が監視対象な為、里親候補が開拓者でも、不在時が多い以上は難しい。ただし将来的に、子らが生成姫より動物や人を愛し、開拓者を親と認めれば、可能かもしれないという。 早朝、皆旅立った。 残る寂しさ。けれど母を求めて泣き叫ぶ声は少ない。 楽しい時間を思い出させてくれる贈り物が、皆の手に残っていた。 |