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■オープニング本文 「ヒマだ」 膨大な依頼が貼り出されたギルドの壁を見上げた。 世の為、人の為と心躍らせて精霊門をくぐったのは、遠い昔のように感じる。 開拓者は自己葛藤を続ける存在といえる。 転職を繰り返して肉体改造に磨きをかける者。鍛冶屋の屑鉄量産に耐えて、一般人の年収にも匹敵する武器や防具を強化し続ける者。本来は希少価値の高い相棒収集に明け暮れる趣味人も現れ、例えば里対立を生み出したと言われる人妖や、極めて稀な発見と言われた羽妖精も、神楽の都の開拓者ギルドへ出かければ、ほぼ必ず目にできる。 そんな環境下において、強きを求めた開拓者の何人かは惚けていた。 燃えつき症候群、という奴である。 ひがな一日、依頼書が張り出される壁を眺め、己の腕や知恵が発揮できる依頼を探し続ける。日が沈む頃になると鍛冶屋で武器や防具を強化し、夜になると拠点で仲間と夜明けまで喋り倒す。 彼らの目が輝くのは、大抵が上級アヤカシや大アヤカシが蠢く戦時が殆どだった。 人生の中で肝心な事は『生きることにあきない』ことである。行き場のない力を持て余す開拓者たちが日々増加していた中で。 「そうだ、魔の森へいこう」 誰かが唐突に呟いた。 魔の森に近い里は、日々脅威にさらされている。 最近では大アヤカシ討伐の功績が重なり、主不在の魔の森が増加しつつあった。その多くは森を焼く段階に達しているが、強敵が息を潜め、未だ手つかずの森もある。 最たる例が五行国の東だ。 「誰か魔の森にいかないか?」 「いいねぇ。丁度、刀が研ぎ終わったところだ」 「私もご一緒するわ。新しい技を覚えたの」 まるでお茶でも飲みに行くような気安さ。僅か数分で『魔の森でたこ殴り隊』が結成された。携帯食料や装備品の話で盛り上がる。 おかしい。 「あのぉ」 声の主は、様子を見ていた受付だった。 「渡鳥山脈にいかれるのでしたら、鬼灯の里でお酒の試飲仕事もしてきてくれませんか? 世界を旅する開拓者の舌で宣伝して欲しいそうですよ」 旅の資金も確保した。 +++ かくして魔の森へやってきた。 いるだけで体力が削られるこの環境。 「選り取りみどりだが、何を倒す?」 「今回は『鵺(ぬえ)』で行きましょ」 顔が猿、胴が狸、手足が虎、尾が蛇といった不気味な姿のアヤカシだ。 空を飛ぶ上、多彩な雷を操る相手だ。しかも動きが早い。 里から300メートルほど先の森の中に、数体いると報告を受けた。 「帰りに発酵酒粕から作った野菜と果実酒の評論もしなきゃな」 さて、戦いを始めよう。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
ヴィオレット・ハーネス(ic0349)
17歳・女・砲 |
■リプレイ本文 魔の森の入口へ到着早々。 朝比奈 空(ia0086)が手を挙げた。 「単独の鵺は私が参りましょう。相手は鵺。勘を取り戻すには良い機会です」 「もう片方は俺がいってもいいか? 今はちっとでも暴れねぇと気がすまないんだ」 酒々井 統真(ia0893)の気合は、まるで抜身の刃だった。行き場のない闘志を持て余している。駿龍鎗真の背に跨りながら「欲求不満で戦うってなぁ、褒められた事じゃねぇのは分かってんだがな」と呟き、理性と感情の狭間で悩んでいた。 「残り5体の群れは、こっちの仕事だな。手早く片付けられそうかね」 北條 黯羽(ia0072)が仲間を見渡した。 「俺も手伝おう。酒は後だな」 劉 天藍(ia0293)が共同戦を快諾する。 生成姫が倒されても魔の森が消えるわけではない。まして亡くなった人は戻ってこない。未解決の課題は圧倒的。そう考えれば、里を襲撃しそうなアヤカシは早く根絶やしにすべきだろう。 ディディエ ベルトラン(ib3404)も共同戦には協力的だ。 「異論無しですね〜。まだ見ぬお酒を楽しむついでにですね、魔の森に行ってみる。食前の運動のようなものは結構でございますですね〜。疲れた後の酒は格別といいますし〜」 北條も頷く。 「同じく。ま、鵺と戦闘ができて酒も呑めるってンなら乗らねぇワケにゃいかねぇさね」 ジークリンデ(ib0258)が考え込んだ。 「鵺といえば少々厄介な飛行アヤカシ。他国での目撃例も多く、今後も戦う可能性が高い事を考えれば、抵抗力や耐久力を測っておくには悪くないと思います。合戦で見た強化型ではないようですし……と申しますか。さっさと片付けて新酒を楽しむと致しましょう」 北條は頬を掻いた。 「まぁ、里の近くに鵺が居るンじゃ……鵺の啼く夜は何とやらってぇコトで、おちおち眠れねぇだろうからな。旨い酒のめるようにしてやるさね。用意できたらいくぜー?」 ヴィオレット・ハーネス(ic0349)はやや緊張気味の面持ちだった。 「熟練の猛者がいる所でアタシの威力がどこまで通じるか、だな」 とはいえ。 実際の戦い上で必要になる技術は、いかに負傷せず、状況を見極め、持久戦にも耐えるかという事が重要だ。ハーネス自身も『威力があっても当てられなければ無意味』な事は理解していたが、何が生死を分けるのか。身をもって体験することになる。 「アタシは神風に乗ってくから」 ここで一つ、皆を悩ませた問題があった。 相棒も魔の森に入れば汚染される。鵺の落雷射程を考えれば、道なき道を進み、気配を殺して接近するには不向きだ。相棒の存在が、皆の命運を大きく左右することになる。 いかに優れた開拓者でも、魔の森に滞在すれば瘴気汚染は免れない。 瘴気に耐性を持つ陰陽師ですら、魔の森という環境下で高い攻撃力や知覚力を発揮できたとしても、瘴気汚染によって肉体に生ずる負荷は、他職と同じ。魔の森が人に及ぼす悪影響は、生命力・練力・気力の低下だけではない。集中力を乱し、五感を鈍らせる。ゆえに大凡、二十分の一の力を封殺されるに等しい。 この深刻な汚染は、精霊系の相棒のみならず、半ば瘴気で構成された人妖や機械、からくりにも影響を及ぼす。 朝比奈は一人、紫の瘴気漂う森を歩いていた。 魔の森の中は整地された道と違って鬱蒼としており、視界が悪い。草木をかき分けて進む体が、鉛のように重く、シノビでもなければ音を立てずに進むことは到底不可能だった。時折、枝の間から見える太陽で方角を確認していたが、上空にでも上がらぬ限り詳細な位置確認は判別不能と言えた。夜になれば、引き返す事も難しい。 「そろそろですが」 目を凝らした。残念ながら、単なる静止視力には限界がある。 朝比奈が鵺の存在や位置に気づいたのは、魔の森の奥で寝転んでいた鵺が立ち上がり、雷撃を放ってきた時だった。幸いにも初手は範囲外で助かったが、その平均射程は50メートルだ。朝比奈を目指して森の奥から疾走する鵺は、わずか十秒で20メートル先に迫っていた。 「邪魔な物から崩していきますか。まずは飛ばれないように」 朝比奈が術を発動させて、灰色の光球を生み出す。微かに木々の狭間に見える鵺の背を狙った。 しかし尾が灰になっただけ。 「そんな。外れるわけが……はっ!」 外れた? いいや違う。目標を大きく誤ったのだ。空を飛ばせない為に翼を狙った。 ところが迫った鵺に『翼』はない。鵺には幾つか体の構成が異なる者がいる。今回、事前報告にあった鵺は翼のない個体――顔が猿、胴が狸、手足が虎、尾が蛇という姿だ。 空を飛ぶからといって、翼があるとは限らない。 「私としたことが」 間に合わない。鵺が迫る。 朝比奈は、瘴気を宿した鵺の爪に幾度も胴を引き裂かれ、後方へ投げ飛ばされた。 白銀の着物が血に染まる。 爪の直撃を受けながら、朝比奈は管狐青藍を召喚し、携帯品から黒茶色の刃を持つ曲刀を取り出す。その間にも、鵺は不気味な鳴き声を上げ、朝比奈に呪詛を試みていた。だが呪詛に朝比奈が耐えた事を悟り、再び迫って、爪で背を引き裂く。 「ぐッ……青藍! 焔纏を!」 鞘に収めた魔剣を引き抜き、管狐を呼ぶ。管狐が魔剣に溶け込むように同化し、炎を纏った。鵺が再び不気味な声を響かせると、急に体が重くなった気がした。 ついに抵抗に負け、呪詛を身に浴びたのである。 「流石に手強いですか」 放たれた鵺の雷撃が身を掠める。直撃しなかったにしろ、体に残る雷の片鱗は体内を駆け抜け、臓腑を焼き続けた。胸を抑えてよろめく朝比奈に、瘴気を帯びた爪が襲いかかる。 「……速い!」 回避しきれない。 だが朝比奈の瞳は輝きを失っていない。刃が澄んだ梅の香りを放つ。 「自身を極限まで研ぎ澄ましたこの一撃……同じ技でも志士と似て非なる物です!」 同化した管狐の力で威力を増す。朝比奈は地を蹴った。 黒茶色の剣先が鵺の足を薙ぐ。鵺の回避力は桁外れで、軽傷を負わせる程度だ。 しかし威力に驚いたのだろう。飛び退いた鵺が様子を見ている。接近は危険と判断したのか、鵺の雷撃が朝比奈を狙った。逃げきれずに肩が焼かれる。体内を駆け巡る雷に、朝比奈の表情から余裕が消えた。 このままでは押し切られる。 朝比奈は高位精霊を呼び出し、身を癒した。 剣を握り締め、鵺を襲って肉を抉る。鵺は瘴気の爪で応戦してきた。力で押しながら、徹底して雷を浴びせ続ける気だ。戦いながら、朝比奈は迷っていた。管狐の召喚は、練力を大きく削り続ける。 刹那、同化が解かれた。 「しまっ……」 爪が朝比奈を襲う。鵺の動きを朝比奈が追えない。 受けきれなかった爪が、朝比奈の体を裂いた。猛烈な痛みと悲鳴を噛み殺し、朝比奈が管狐を呼ぶ。再び魔剣と同化したのを見届けて、刀を一閃した。しかし鵺も獲物を焼き殺そうと電撃を浴びせてくる。 大技を放つには、既に練力が足りなかった。魔の森にいるせいだ。 「負けるわけには参りません!」 体内を駆ける雷に臓腑を焼かれながら、朝比奈の刃が鵺の胴を薙いだ。 鵺の体が大地に崩れる。砕け散った。 危なかった。 朝比奈も地に膝をつく。管狐が武器から剥がれた。 「ご苦労様、青藍。まさか抜くとは思いませんでしたよ……用意しておいで正解ですね」 手にした曲刀を眺め、朝比奈は安堵の溜息を零した。回復する力も、既に残っていなかった。 一方、酒々井は駿龍鎗真と魔の森の上空を飛んでいた。 「鵺の攻撃距離がなぁ。先手はくれてやるが、いつまでも叩かれるわけにもいかねぇ。とはいえ、前みたいに追いかけっこになったら追いつけねぇんだよな……お?」 魔の森の中に見覚えのある姿。鵺が岩の上で寝そべっている。駿龍鎗真が上空を旋回すると、鵺が立ち上がった。手足に雷鳴を帯びた雲が集約し、ふわりと浮かび上がる。 「上手く戦おうとしたって柄じゃねぇ。全力で叩けるだけ叩く。突っ込むぞ!」 駿龍鎗真の手綱を握り、なんと正面から突入させた。 「うおおおおお!」 酒々井が放出する気迫に、鵺がひるむ。 しかし振りかざした爪は駿龍鎗真のウロコを削っていった。 上空で衝突し、もつれ合うように互いを引き裂く。 酒々井はこの接近を狙っていた。 「かあああああ!」 精神を集中し、拳に力を集約する。規則的な呼吸で構えた刹那、拳には真っ赤な炎が宿った。紅蓮の鳳凰を彷彿とさせる利き腕は、けたたましい鳴き声にも似た音を反響させながら鵺の胴体に打ち込まれた。 鵺の体が、くの字に曲がり、拳を叩き込まれた場所から瘴気に戻っていく。 奥義を駆使した渾身の一撃だ。 「懐に貫通できれば一撃か。やっぱ、強化型じゃねーと張り合いねぇな。すっきりしねぇ。おい、鎗真……鱗が数枚禿げたくらいで泣くなよ。いや、俺の無茶のせいか……自分の不手際が発端の無茶に付き合わせて悪い。けど、もうちっと付き合ってくれ」 酒々井の目は、次の獲物を探していた。飢えた瞳が訴える。 俺より強い奴に会いにいく。 ところで。 5体の鵺を引き受けた北條たちは、グライダー神風を操るハーネスを除き、全員地上を歩いていた。皆が空を飛べる相棒ではなかった事と、飛行による標的化を警戒した為だ。整地された道のない魔の森での低空飛行は困難を極める。従って、空を飛ぶ場合、ハーネスのように森の上を飛ばざるを得なかった。龍も四人の背を鈍足で追う。相棒の瘴気汚染はやむを得ない。万が一の奥の手だ。 ひとり、仲間の真上を飛ぶハーネスが地図を眺める。 「巡航状態なら数時間飛べるといっても、旋回しても森が深くて……デカいのしか」 見つけられない。そう言おうとして、視界に閃光が迸った。 「うっ!」 息が詰まった。肌が炭化し、血液が沸騰する。 落雷だ。一瞬で激しい火傷を負い、瀕死の重傷に陥ったハーネスに気づいたのは、アメトリンの望遠鏡で、周辺に気を配っていたジークリンデだった。反射的にレ・リカルの術を唱える。白い光がハーネスを包み込み、一瞬で怪我を癒した。 「痛ッ……た、助かっ……あああ!」 眩い閃光が空を駆ける。落雷が再びハーネスを襲った。 逃げられない。 一瞬で炭化する体を、ジークリンデの強力な魔法が元通りに修復する。 それはまさに、体が死にかけては瞬時に生き返る、という不気味な感覚を繰り返していた。 もしも並外れた回復力を持つジークリンデがいなければ、ハーネスは間違いなく死んでいただろう。 「集中攻撃されている……落雷の射程は120メートル、鵺には上空の彼女しか見えていないのですわ。接近してきます。皆様、ご注意を!」 上空のグライダー神風が撃墜される。 遠くで目突鴉が何十羽も舞い上がった。 来る。 落下した獲物を目指して、鵺の群れが此方へ来る。地を駆ける音を聞いて舌打ちした北條が、自分たちの前方に黒い壁を出現させた。視界を遮る事になるが、術の光は標的になってしまうからだ。 とはいえ。 鵺5体が放つ連続落雷からは、ジークリンデの技量を以てしても庇いきることはできなかった。 劉の持つ五芒星が描かれた符が輝き、炭化したハーネスの体を修復していく。 「懐に入られたら拙い。短期決戦だな。下がっていろ、凛麗!」 駿龍を後方へ押しやり、腐った林の向こうに捉えた鵺へ意識を集中する。再び符が星の輝きを纏う。草むらを飛び越えた一体の鵺が大地に崩れた。劉に恐るべき呪いを送り込まれた鵺は、のたうちまわりながら瘴気に還った。 「まずは一体」 「流石です。完全なアウェー戦で相手もタフですから、減らせるときは一体ずつ確実にですね、仕留めていきたいというわけです、はい」 ベルトランの聖なる光が、劉や北條たちを包み込む。 「そう行きたいとこだが、一気にお出ましさね。寒月も下がってな」 三十メートル前方に迫った鵺。その前に、北條が黒い壁を構築する。 衝突音がした。どうやら壁に衝突した個体を、一時的に昏倒させたらしい。 しかし一体の動きを止めても、残りは3体。 二十メートル先に迫っていた。 「速いですね〜、こうなれば視界を奪うしかないわけです、はい」 ベルトランが杖を掲げる。薔薇型の石の先端から激しい吹雪が放射された。迫る鵺たちに浴びせられた吹雪は、その場に滞留し、霧のように鵺の視界を白く覆い尽くす。 鵺の足音が止まった。 しかし。 おぉおぉぉぉおぉぉぉん…… 不気味な鳴き声だった。半径50メートルの範囲に響き渡った鵺の声は、生き物を呪詛するもの。呪詛された者は、体力を大幅に削り取られ、ありとあらゆる異常の影響を受けやすくなってしまう。体にまとわりつく不気味な感覚を、北條と劉、ジークリンデとベルトランは跳ねのけた。 長年鍛え抜かれた強靭な抵抗力が可能にする耐性だ。 しかしハーネスは違う。 「なんだよ、これ。アタシ、体が、重い」 ハーネスの生命力が、半分近く削り取られる。北條が慌てた。 「呪詛られたか。解術できる奴がいねえ以上、とっとと片付けて戻るぜ。でないと永遠にこのままさね……うお!」 呪詛の恐ろしさを知る北條が、霧の果てから放たれた雷撃をかわす。向こうから視界が悪いとは言え、声や足音で標的の位置は把握される。連続で放たれる雷撃をジークリンデも回避しきったが、劉とベルトラン、ハーネスに至っては足や肩をかすめてしまった。 「体の中が焼かれる」 「……これは、厄介ですね、はい」 「アタシだって、やられっぱなしには、……うぐ」 ジークリンデが仲間を見渡す。瀕死のハーネスを最優先して、レ・リカルを唱えると管狐のムニンを召喚した。同時に北條が、結界呪符を縦に構築できないか挑戦したものの、残念ながら横にしか出現しなかった。 「お酒が待っているので〜、この程度でひけませんですね〜」 体内に残る雷で身を焼かれながら、ベルトランは杖を振るった。激しい冷気が生み出され、氷の刃が霧の中から現れた鵺を襲う。渾身の一撃は、吹雪で足や尻尾が凍っていた鵺を砕いた。 鵺、残り三体。 「何度も丸焦げにしてくれた仕返しをしてやるよ!」 魔槍砲を掴んだハーネスが、体を引きずりながら精霊力を瞳に集中させた。射程距離は最大でも十メートル。接近戦は不利と判断したベルトランたちは、二十メートルの距離を確保していた為、グライダーが落ちた今、弾を打ち込むには術で射程距離を伸ばすしかなかった。 呪詛を浴び、帯電したままのハーネスに鵺が迫る。爪で裂かれるか、放電を浴びれば一発で死ぬ、諸刃の剣だ。ハーネスの砲撃が熱を帯び、霧の向こうから現れた鵺に打ち込まれる。 しかし鵺は倒れない。 威力に自信のあったハーネスは愕然とした。 「う、嘘だろ! 普通なら……あ」 ここは魔の森である。 陰陽師たちと違い、威力も集中力も格段に落ちる。ましてや呪詛に帯電状態では、本来の力など発揮できない。 劉は速やかに結界呪符をハーネスの前に構築し、瘴気を帯びた爪から守った。 一方、ジークリンデは管狐ムニンを巫女装束に同化させる。総じて低下した力を補うためだ。 揺らめく炎を纏い、威力を増した氷の刃を叩き込むと、鵺は跡形もなく砕ける。 北條の持つハサミ型の呪術武器が虹色に輝く。 「あと二頭! 次の雷撃は打たせねぇさね!」 攻撃性を増した死に至る呪いを送り込み、鵺の息の根を止めた。 ハーネスは劉が構築した壁を縦に、最後の鵺に砲撃を打ち込む。 「くらえー!」 「僭越ながら援護いたしますね、はい。早く戻りませんと、お体に悪いですね〜」 ベルトランが氷の刃を重ねて打ち込んだ。鵺が砕けた。 だがゆっくりしていられない。劉たちは雷が残る体を抱え、一刻も仲間の呪詛を解いてもらうべく、龍に乗り合わせ、壊れたグライダーを回収して、魔の森を後にした。 「強化型でもねぇのに、やけに遅ぇな。と思ったら、呪詛の治療に行ってたのか」 スルメを齧りながら酒々井が声を投げた。既に地主に挨拶は済ませていた。 隣に朝比奈が腰掛け、品よくお酒を楽しんでいた。 ほんのりと目元が赤い。 五行国には現在、多くの開拓者が出入りしている。こと鬼灯の里には、酒の管理や山道管理などの人を除いて、殆ど住民がいない。代わりにいるのは護衛役の能力者たちで、滞在していた巫女に頼んで、呪詛を解いてもらった。 「大丈夫か、ヴィオレット」 「アタシは今回、一つ悟ったことがある」 「何を」 「威力だけ抜きん出ても無理な状況がある、ってことをさ。魔の森とか敵の特性とか甘く見てた。呪詛とか落雷とか。一人じゃ絶対、死んでた……というより死ぬって痛みを肌で感じた」 体が何度も炭化したので無理もあるまい。 北條が盃を手に座る。 「あとは瘴気汚染さね。俺たちの体質的に半日……遅くとも一日程度は汚染が進んでも大した被害じゃねぇし、深夜の精霊門が開門するまではギルドに戻れない以上、ここを経つのは日が落ちてからでもいいか」 瘴気を浄化するには、ギルドへ戻って特別な処置がいる。しかも相棒がいる分、金がかかる。鵺退治を引き受けた段階で治療費が必要と分かっていたからか、焦りはない。 「皆様、お疲れ様です。お忙しいのに新酒の味見を頼んで申し訳ありませんな」 鬼灯の里の地主。 卯城家の当主が追加の酒と、紙や筆を持ってきた。 酒粕と野菜と果物から作った酒の宣伝文を書くのが本来の仕事だ。 盃を空に掲げ、目を細めた劉は、ひとつの区切りにと心の中で献杯した。 「うん、甘い。とにかくバランスが良くて飲みやすくて美味しい酒だと思う。『鬼灯の厳しい自然が育んだお酒』とか『寒い程果実や野菜は甘く、冷たい雪解け水のキレがバランスを取る』……って位でいいのかな。俺、ツマミ作ってくるよ。台所借ります〜」 道端で摘んだふきのとう等、手元の籠に山菜の山。胡瓜も美味しい季節になった。 酒々井が手を振った。 「お、頼む。さて、酒に詳しくねぇんだよな……『体の隅々まで染み渡り疲れを癒すような、深みのある味』とかそんな感じか?」 単純に疲れているだけかも、と酒々井が茜の空を仰ぐ。 「飲みやすいですし、これからお酒を飲まれる方にも勧められそうですね。『果実によるかぐわしい香りと、酒が織り成す調和と豊かな味わい』……でしょうか。おかわりお願い致します」 朝比奈の隣に、空き瓶が並んでいる。 ジークリンデも念願の酒で乾杯していた。 「酒粕を使ったと聞いて色々想像していたのですが、甘酒に似て飲みやすいですね。『口のなかに広がる果実のような爽やかさと円やかな甘み、お酒が苦手な方でも楽しめる芳醇な味わいを貴方に』と」 隣ではハーネスがやけ酒気味である。 「あまり強い酒ではないな。まぁこれはこれで。『うやむやな気分もこれでぶっ飛ばす。風景を見ながらでもよし。宴会に使うのもよし。なんでもござれの果実酒。』とでも謳えばいいか? ついでに別の酒も試飲したいんだけど」 北條も盃を傾けて悩んだ。 「さぁて、なんて書こうかね。『優しく甘い果物の味に爽やかな喉越しは、貴方の心を酔わせます』……ってトコか? いや、うん……微妙に小っ恥ずかしいのになっちまったが、宣伝文句と言うコトで」 ベルトランに至っては、酒を管理している杜氏の若頭と熱心に話し込んでいる。 「酒粕を使っているぶんの濁りは当然としまして〜、香りもよろしいですね。酒独特……いかにも酒! といった匂いをですね、下戸の方は嫌われる事が多いのですが〜、ええ、肝心のお味がこれでしたら。甘いだけのお酒も嫌いじゃありませんが、甘いだけではないというのが特に。それに飲んだ後に喉が灼ける感も少なくてですね、普段お飲みにならない方や、これから飲酒の楽しみを覚える方に最適かと思われます、はい」 酒好きの話は終わる気配がない。 後日。 北條とジークリンデの宣伝が、鬼灯の酒屋の暖簾に書かれることになる。 |