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■オープニング本文 【当シナリオはWTを始めたばかりのプレイヤー、及び、低レベルキャラクターをもつ方向けの内容です】 ●襲撃 開拓者ギルド総長、大伴定家の下には矢継ぎ早に報告が舞い込んでいた。 各地で小規模な襲撃、潜入破壊工作が展開され、各国の軍はそれらへの対処に忙殺され、援軍の出陣準備に手間取っている。各地のアヤカシも、どうやら、完全に攻め滅ぼすための行動を起こしているのではなく、人里や要人などを対象に、被害を最優先に動いているようだ。 「ううむ、こうも次々と……」 しっかりと守りを固めてこれらに備えれば、やがて遠からず沈静化は可能である。が、しかし、それでは身動きが取れなくなる。アヤカシは、少ない労力で大きな被害をチラつかせることで、こちらの行動を縛ろうとしているのである。 「急ぎこれらを沈静化させよ。我らに掛けられた鎖を断ち切るのじゃ」 生成姫がどのような策を張り巡らせているか、未だその全容は見えない。急がなくてはならない。 ●姿なき足音の群れ ひたっ。 「ん?」 その倉庫番は、不審な音に顔を上げた。 外も夜だからか、内部もまた薄暗く静まり返っている。 現在、この中型飛空船は五行国の東で戦う開拓者の為に、沢山の食料を運んでいた。アヤカシと違って、人間は食事を摂取し、適時休まねばならない。苦しい戦場における楽しみ、それが『食事』である。 つらく厳しい戦いの中にいる開拓者に、食事のひとときだけでも笑顔になってもらいたい……、そんな善意から、物資を運搬している訳だが、神楽の都を出発してから何かがおかしい。 船員以外の気配を感じるのだ。 「気のせい……だよな?」 倉庫番はくるりと身を翻した。その時。 ひた、ひた、ひた。 ――――ドシャッ。 何かが傍を通った。斜め後ろの荷が崩れた。 この倉庫にいるのは自分ひとり。振り返っても、誰もいない。 ぶわっ、と全身の産毛が逆立った。噛み合わない歯がカチカチと音を立てた。 「……誰か、いるのか」 刹那。 ひたひたひたひたひたッ。 奥から何かが近づいてくる。けれど何も見えない。何もいないのだ。 「なんだよ! 誰だよ! 姿をみせろ!」 ピピッと水滴が頬に当たった。 金臭い。手で頬をなぞる。 「……え?」 べっとりとした液体は、後方の光を浴びて赤黒いことがわかった。 倉庫番の頬は、バックりと横に裂けていた。 「ひぎゃあああああああああああああああああああ!!!」 船員の甲高い叫び声は、船外で警備を務めていた開拓者たちの耳にも届く。 何事かと甲板に降り立つと、中から船員が飛び出してきた。 「アヤカシが紛れ込んでる! 助けてくれ!」 かくして船内と船外にいた開拓者は現場に駆けつけた。血染めの廊下は、襲われた船員を医務室まで運んだ痕跡らしい。食料を積んだ倉庫は締め切られていたが、中から激しい足音が聞こえてきた。まるで大勢が走り回っているかのようだ。 何があったのか聞かされた者たちは、愕然とした。 「ランダムウォークか」 肉眼では姿の見えない、幽霊のようなアヤカシである。 一瞬で五体ほどの分身を作り出し、薄暗い場所を闇雲に歩き回る。 分身は弱いが、一気に足数が増えるので本体を見つけにくい。なんとか本体へ強烈な一撃を与える事ができれば一目散に逃げ出す臆病さを持っているが、……それが逃げ場のない空間や獲物となると話が変わってくる。 無数の足音に紛れた素早い動きに、飛んでくる見えない刃が厄介だ。 しかも痛覚がないのか、切られても呻き声ひとつあげない。 とことん見つけにくい。 砂地ではない船内で足跡は残らない。 この見えないアヤカシを倒す為には……いかに沢山の光を当てて影を生じさせるか、が重要になってくる。 影だけが連中の居場所を知らせてくれるが、倉庫は薄暗い。 「倉庫幅は6メートルの奥行15メートルでしたか。他に通路や窓は?」 「ありません」 「袋小路ですね……自前の術や松明で光を作るしかなさそうです。ダミーも影は生じたんでしたっけ」 「ああ」 街中とは違う、狭い空間。 無造作に積まれた物資の数々。 物資を破壊しないように戦うのは、随分と骨が折れそうだ。 |
■参加者一覧
勧善寺 哀(ia9623)
12歳・女・巫
大江 伊吹(ib9779)
27歳・女・武
守氏之 大和(ic0296)
15歳・女・シ
悠司(ic0329)
18歳・男・ジ
春炎(ic0340)
25歳・男・シ
綾花(ic0488)
25歳・女・巫
白雪 沙羅(ic0498)
12歳・女・陰 |
■リプレイ本文 船内にアヤカシが潜んでいるという報告を受けて、外で警備をしていた開拓者たちも呼び戻された。 悠司(ic0329)が甲板へ降り立ち、綾花(ic0488)もそれに続く。 綾花の銀髪が夜風に揺れた。 「内部となると、炎龍の光焔さんは外に居てもらうしかないのう。万一敵に逃げられたら龍の牙でがぶーってして貰いたいが、そうならぬよう努めたいの。外の警備を任せるぞ」 炎龍が一声鳴いた。 綾花がくるりと身を翻す。 首を傾げる駿龍の首を、悠司が撫でた。 「俺たちはアヤカシを倒してくるよ。俺がいない間、外で色々警戒しててね。一寸頑張っててね。終わるまで待っててね! 全部終わったら、一緒に飛ぼうね!」 駿龍の鶏肉と空を飛んでいた勧善寺 哀(ia9623)も遅れて甲板へ降り立つ。 「……空でも飛んでて」 鶏肉が再び闇夜に飛ぶのを見てから、船内へ戻ってきた。 七人が扉の前に集結した。 肩に迅鷹の鬼剣舞を乗せた大江 伊吹(ib9779)は、激しく怒り狂っていた。 「まったく物資を狙うなんて許せない!」 素晴らしき正義感……に思われた、が。 「あたしが飲むお酒がなくなったら、どうしてくれるのよ! 戦場で勝ったら祝い酒する為に、態々積み込むお酒の種類にも口出したのに! 絶対に倒す! そう思うでしょ?」 大江の発言は私情が入り混じっていた。 「お酒もそうですけど……美味しい食事は皆さんの心の癒し! 邪魔する者は許せません」 からくりの桃簾を連れた白雪 沙羅(ic0498)の体は微かに震えていた。だがそれは恐怖からではなく怒りの所為だ。 守氏之 大和(ic0296)は腕に抱えた忍犬の花子を床に下ろす。 「見えない敵は怖いですけど、これ以上の被害を出さない為にも頑張って倒さないと!」 戦場へ物資を運ぶ為、危険を承知で手伝ってくれていた船員たち。 そんな彼らが大怪我を負ったという話を聞いて、守氏之の金の瞳に怒りが宿っていた。 「しかし……目に見えぬアヤカシか。厄介だな」 言葉少ない春炎(ic0340)は、足元でちょろょろと動く忍犬の次郎さんを見下ろした。 紫水晶の瞳が暗く陰る。 肉眼で見えないという事は、闇雲に攻撃しても、普通の攻撃は当てられない。 何らかの手段で本体を抑えねば、録に当てることすらままならないだろう。 さらに見えないという事は、相手の攻撃してくる瞬間も判別できないということだから、気づいた時には致命傷を負わされている可能性もありうる。 事実、船員は大怪我をした。 これ以上、怪我人を増やすわけにはいかない。 「まるで怪談話じゃのぅ」 深紅の爪を研ぎ終えた綾花の指が、くるくると銀髪を絡めて遊んでいた。 船員が開拓者たちの顔色を伺う。 「後は任せても?」 「無論じゃ。その為の、わしらじゃからの。……そうじゃ。船員はしばらく持ちそうか」 「はい。今、止血をしています」 「そうか。おぬし、負傷した船員に『歯ぁ食いしばって待て』と伝えておくがよいぞ。幸い巫女に武僧、陰陽師と回復手は充分じゃからな。倉庫を片付けたら治療に行く故」 遠ざかる船員の背中を眺め、綾花は閉ざされた倉庫の壁に向き直った。 「折角皆の食料じゃ、無事に送り届けねばならぬ故、微力を尽くそうかの」 まず七人は突入前の準備を始めた。 船長に許可を取りに行く者や、手荷物から松明を持ってくると言って走っていく者もいる。その場に残った大江は、白墨を小袋に入れて、槍の柄で潰し始めた。 「ホントは、こういう小細工とか好きじゃないんだけど、ま、しょうがないか」 白墨を何故粉にしているかというと、ランダムウォークにぶつける為だ。 作った粉の袋を、白雪にも渡しておく。 守氏之が戻ってきた。 「シュンシュン〜、皆さん、お待たせしました! 足跡用の水は撒いてもいいそうです。ただ倉庫の樽は篭城用の水とお酒があるので、間違わないように注意して欲しいそうです」 松明を使う以上、万が一にでも酒に引火した場合、派手に燃えることになる。 「微量だが、俺の岩清水がある。足りなかったら借用しよう」 春炎が竹筒を取り出し、守氏之にも渡した。 勧善寺も足音を作る助けになれば、と。非常食の干飯を全部持ってきた。白雪が干飯の袋を破るのを手伝う。 「もったいないですけど、いいですね! 思いつくことは全部試してみましょう。ひたひたという足音以外に音が出て、本体が特定しやすくなると良いのですが……」 白雪と悠司の青い瞳が、閉ざされた扉へ注がれる。 悠司が手元の松明を眺めた。 「松明を設置するとして……倉庫内、四隅くらいかな? 積荷の影も注意しないと」 春炎が「四方か」と呟き、大江が「そうねぇ」と唸る。 「松明が照らせるのって、五メートル程度よね。もう二本くらい足す? ほら、例えば光の陰影構造って二方向から照らすと、地面の影が交錯するじゃない? 複数の薄い影が重なる以上、物体の焦点も定めやすいと思うのよね」 最終的に大江と白雪の案で、倉庫の四隅と奥行中央に二本、松明を設置することになった。 勧善寺がぽそぽそと言葉を添える。 「なるべく……光が影を消してしまわぬように、……隅まで照らせる様に設置とか……しないと」 「そうだね。上手く本体に当れば、どれが本体か分身か、判るかな。分身は弱いって話だし。あとは足元にも注意だね。俺、護衛するけど、誰が持つ?」 悠司の言葉に、白雪がぴ、と手を上げる。 「私、照明係します! 松明たくさん持ってきましたし、万が一消されても夜光虫で補えます。皆さん、是非使ってください。……火、どうしましょう」 松明を手渡しつつ、ふと我に返った。 「……あたし、巫女」 「右に同じくじゃな」 「あ、そういえば火種って便利な術があるんでしたっけ。勧善寺さん、綾花さん、私や大江さんたちがお持ちの松明にお願いできますか」 「沙羅ちゃん、ごめん。あたし、松明の設置が終わるまで盾持ってるから無理だわ」 勧善寺や綾花が火種を生み出し、春炎と守氏之、白雪が持つ松明を点火する。 「……まずは、設置ですね」 「わしは出入口に立って見張っておこう。倉庫の外に出られると、厄介じゃしのぅ」 渡された松明に点火した綾花が、金色に輝く片目をぱちりとつむってみせた。 火をつけた松明を設置する場所は、全部で六ヶ所。 大江の迅鷹の鬼剣舞が黄金色の柄を持つ投げ槍――魔槍「ゲイ・ボー」と同化した。 「では、ゆくぞ」 春炎が取っ手に手をかけて、戸を開いた。 倉庫は暗く埃っぽい空気に満ちている。人によっては、心落ち着く静かな場所。警戒が終わったら、倉庫で休もうと思っていた勧善寺は「……アヤカシは出て行け」と零した。 すると。 ひた、ひた、ひた。 足音がした。 まるで呼びかけに答えるような、存在を示すような、確固とした足音である。 けれど姿は一向に見えない。 蟠る闇から目を離さぬまま、春炎が守氏之を呼んだ。 「聞こえるな……大和、お前は向こう側を。俺は此方側から索敵しよう。任せたぞ」 「うん」 先行する春炎と守氏之が、精神を研ぎ澄ませる。倉庫の床が軋んでいた。春炎の後ろに続く大江は、逆五角形の盾をかざして白雪が攻撃されぬように横歩きしていく。 また守氏之の背後に続く悠司が、松明を設置する勧善寺の壁となる。勧善寺は乾いた場所に干飯を撒き始めた。 ざらざら、と米が散らばっていく。転がっていく。 綾花が見守る中で、二手に別れた仲間たちは、散在する物資に気をつけながら闇の中を進んだ。壁に取り付けられた金具を探し、松明を立てかけていく。 まずは二本。 ひた、ひた、ひた…… 姿なきランダムウォークの足音が遠ざかる。光からは逃げるという性質故だろうか。 春炎と守氏之が竹筒の水を巻き、中央の暗闇に向かって勧善寺が干飯を撒いた。 干飯は虚空の一箇所にあたり、弾かれるように真下へ散っていった。 「……なにか、いた……」 刹那。 ばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばた! 中央の足音が一気に増加した。 五人、否、六人が走り回っているような感じがする。 しかし春炎と守氏之は、未だ照らされぬ奥の闇に『ひたひた』と歩く音を感じていた。 それらが導く結論は至極簡単。ランダムウォークは一体ではない。 床に散らばった干飯が、激しく移動していた。 「痛ッ」 勧善寺を守る悠司が声をあげる。頬に触れると、べっとりと赤黒い血が付着していた。 闇の中を睨み据えた勧善寺が、空間を歪ませる。だが足音がひとつ減っただけで、中央の闇に潜むランダムウォークは走り続けている。悠司が短剣を一閃させる。 だが手応えがない。 「さっき勧善寺さんを狙った? ぐ、う! いつっ!」 連続して浴びる見えない刃。 刃が多方向から飛んでくる為、方向を補足できない。 こちらから敵は見えない。 だが敵には、松明で悠司達の居場所がよく見える。 「中央はダミーだが、本体もいる。奥の方にもな。……大和!」 「うん! こっちは任せてシュンシュン! 花子、綾花さんを守ってて!」 春炎と守氏之は地をかけた。早く明かりを増やさないと、こちらが体力を削られる。 紫水晶の瞳が淡く輝き、暗視に頼って闇を見渡す。乱雑に積まれた物資を素早く避けて、四隅に松明を設置した。奥で『ひたひた』と動いていた足音も、一気に数を増やして薄暗い中央の闇に加わっていく。 「うるさい足ね! きりがないわ!」 大江は盾で防いでいたが、そのまま防御に徹していても足音は減らない。 盾の影から、粉状にした白墨を投げ放った。すると虚空に散った白墨が多数の『何か』にぶつかり、微かに輪郭を浮かび上がらせた。 「見えた!」 「お礼の時間よ!」 悠司の短剣が閃く。大江の槍もまたダミーを貫いた。 立て続けに白雪も砕かれた白墨を投げていく。 「狩りの時間にゃー! 皆やっちまうにゃ〜! ボッコボコにしてやるにゃーっ!」 口調が豹変した白雪の斬撃符が、虚空を切り裂く。 白雪はからくりの桃簾を振り返った。 「桃簾も敵をボコボコにしてやるにゃ〜! ……は、でもまだ中央設置してないにゃ。……照明、守っててにゃ。照明が足りにゃい時は松明を持ってて欲しいにゃ!」 かくん、と首が前後に振れる。 その間も、勧善寺たち後方の人間が、松明を掲げて距離を詰めていた。 「……うるさい、足」 空間が歪む。足音が減少する。春炎と守氏之も大振りのナイフや小太刀を手に、影をたどって偽物の数を減らす作業を始めた。ひ弱とは言え、ダミーの存在が本体の居場所を隠してしまう。 挙句、光をつけたから優勢、という訳ではなかった。 ふっ、と突如として壁の光が消えた。 皆、何が起こったのか……理解できなかった。 しかしよく見ると、真下に松明の『先端』が落ちている。ランダムウォークは、松明の炎を切り落としたのだ。幸いにも春炎と守氏之が撒いた岩清水のおかげで、水に浸かり消火していたが……水を撒いていなければ今頃、物資が炎上していた可能性が高い。 ふっ、と2本目の炎が消える。――まずい。 「闇を増やす気か」 「悠司さん、心配するんじゃないにゃ〜! 綾花さん、勧善寺さん、頼むにゃ!」 「うむ、任せよ!」 「……わかったわ」 からくり桃簾にその場を任せた白雪が、斬撃符を放った。手応えはない。前方に敵がいないことを確認すると、素早く予備の松明をさしていく。出入り口にいた綾花が少しだけ内部に足を踏み入れ、火種を出現させ、再び松明に炎の息吹を注ぎ込む。 皆、其々が松明の予備を保有していた。 奥は勧善寺が、手前は綾花が。 再び照らされた炎の中に、人影が見える。ぱきぱきと干飯を踏み潰し、水に濡れた足でさまよう、ランダムウォークの足跡がわかった。 意図的に歩いたと思しき影……おそらくは本体。守氏之が叫んだ。 「花子! そいつに食らいついて!」 「きゃん!」 がぶ、と忍犬の花子が牙を立てた。影が消えない。忍犬がずりずりと引きずられていく。 「見つけたわよ、本体!」 大江が槍を放った。一撃で『見えない何か』が消失する。忍犬が、ぽてん、と床に落ちた。瘴気が虚空に散り、床を抜けて消えていく。綾花が叫んだ。 「残るは一体じゃ! 皆の者、注意せよ!」 ふっ、と3本目の炎が消える。 「奥だね!」 悠司も予備の松明を持っていた。悠司の刃が虚空をなぎ、勧善寺が力の歪みを放つと、ひたひたと足音が遠ざかっていく。素早く松明を入れ替え、勧善寺が火種で炎をともした。 影が見える。 多角的に重なる薄影の中央を目指して、春炎と守氏之が襲いかかった。 「次郎さん、いくぞ!」 「わん!」 「逃しません!」 確かな手応えと共に何かを貫く。紫色の瘴気が舞い散り、虚空へ消えた。 医務室では大怪我をした者を、大江と綾花が治療していた。 「いてぇぇ!」 響き渡る情けない声に、大江が呆れる。 「男でしょ、我慢しなさい。根性がないと思わない? 綾花さん」 「はっはっは、おぬしは手厳しいのぅ。しかし治療せずに傷跡を残したほうが、港の女にもてたかの? 次は女を庇った名誉の傷でもつけるのじゃな」 綾花が深紅の爪で、傷口があった場所をつっ……、となぞった。目の前には綾花と大江の豊満な胸。目のやり場に困った船員が「は、はひ」と言いながら天井を仰ぐ。 ……ランダムウォークの討伐が済んだあと。 船員の負傷を治療しに行った二人以外は、その場で勧善寺と白雪に怪我を治療してもらい、倉庫の掃除に明け暮れた。 散乱した干飯。 砕かれた白墨。 びちゃびちゃに濡れた床。 散乱した物資の数々。 しかし船長は、敵を倒して火事を防いでくれたからいい、と笑って許してくれた。 薄暗い部屋を照らすのは、燃やし続ける松明だ。 「これどっちに持っていこうか。重いから下に積んだ方がいいかな」 袖をめくった悠司が、乱れた積荷を積み直し、肉体労働に勤しんでいる。 白雪が夜光虫で物陰や隙間を照らした。一部は既に箱が壊されて、果物などの食品が滅茶滅茶に踏み潰されていた。食べられない食品は、流石に廃棄処分するしかない。 「ううう、ごはんー! ランダムウォークさん、許せません! 次に遭遇したら、ギッタギタにしてやるにゃ〜! 今度はタテに二分割、ヨコに四分割してやるにゃあぁぁぁ!」 「それ八つ裂きだよね!? もう滅んでるから! 今更だけど……方言?」 悠司が素朴な疑問を尋ねると、白雪が我に返った。 「……は!? いえ、あの」 聞いてはいけない事をきいたかな、と悠司が頭の隅で考える。 「い……今のは、気のせいです! 幻聴じゃないでしょうか!」 白雪が輝かしい笑顔を向ける。 後光輝く菩薩像のようだ。今更言い逃れができると思っているのだろうか。 しかしデキる男の優しさなのか、悠司は「そっかぁ、気のせいかぁ、疲れてるからかな」と微笑みを返して……あえてそれ以上、突っ込まなかった。 勧善寺が竹箒でざかざかと米を掃いていく。 「……この室内で、コメを掃除するのは……戦闘よりも大変かもしれない」 守氏之と春炎が床の雑巾がけをしていた。 「でも無事に倒せて良かったです。……きゃー! 花子、雑巾を持っていかないで!」 「次郎さん……俺よりも雑巾がいいのか」 仕事が終わって褒めて欲しい二匹の忍犬は、主人の掃除の邪魔をしていた。遊んでいる。 「シュンシュン! 落ち込まないで、雑巾を取り返して!」 「賑やかじゃのぅ」 綾花と大江が戻ってきた。 髪を結んで掃除を手伝う。大江が箒で床を掃きはじめた。 「アヤカシ倒すのより、掃除が大変かもね。沙羅ちゃーん、ちりとりとって〜、終わったら一杯やりたいわぁ」 大江が葡萄酒や天儀酒の樽を眺めながら、そんな事を呟いた。 飛空船は深々と振る雪に紛れ、戦地を目指していく。 |