【四月】魅了されし人々
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/17 17:44



■オープニング本文

 目を覚ました時、そこは何故か見知らぬ村だった。
 ぱっとみは普通の村である。

 しかし、何故か村人達は全身黒ずくめだった。

 劇場で、俗に言うところの『黒子』と呼ばれる装束に身を包んだ彼らは、なにも仮装をしているわけではない。ごく普通に地元の名産である『チャームまんじゅう』とか『魅了クッキー』なる代物を、極めて自然に観光客に売っていた。そう、とけ込んでいる。
 普通の格好をしている人々こそが、何故か奇異に映る不思議。
 あなたの心の奥底に芽生える、不思議な感覚。
 恐怖か、恐れか、それとも新しい感情か。

「あら、その格好は冒険者ね。新手が来るなんて久しぶりだわ」
 目の前に現れたのは、目の冴えるような赤いマキシ丈ドレスを纏った、なんとも蠱惑的な女性だった。
「え、いえあの、私たちは開拓者」
「あら、新しい境地を開拓しに来たのね! 素晴らしいわ! さぁ会場はこっちよ」
 人の話を聞かない。
 大きな円形闘技場にも等しき、広大な舞台へとつれてゆかれた。
 遙か高台に『1』から『10』の札を持った高貴な身なりの爺様達が、しかめっ面で腰掛けている。
 やがて舞台の上には、腰巻き一枚で大事なところを隠した、ほぼ全裸の丸坊主男が現れた。その手に握るのは禍々しくピンク色に輝く刀身。見ていると怪しげな衝動と、何とも不安な気配を感じる。やがて対面から現れるのは、巨大なワニだった。

「みんな、俺の雄志をみててくれ!」

 観客の女性達に、爽やか且つかっこよく微笑む。
 しかしそのあられもない格好に、本来感じるべき感動が九割ほどそがれているような気がする。
 半裸の男は剣を握り、かけ声一つ残してワニに立ち向かった。

 そして。
 何故か、生命を左右する剣を、空高くに投げ放った。

「ぎゃあああああああああああああああああああ!」

 響く絶叫。
 最後の良心をガブリとやられた可哀想な男。
 その恐るべき光景の中、先ほど空に放った剣は、ワニの胴体をすばりと貫いた。
 ワニ、絶命。

 なんという噛み技。いや、なんという神業。

 会場から歓声が沸き上がり、男性達は立って賞賛を送り、じじぃたちは8点の札を次々とあげながら涙を流している。無謀極まりない男性はといえば、最後のポーズをキメながら、担架で搬送されていった。


 なんだろう、コレ。


「さすが、チャンピオンの器は違うわ」
 うっとりと呟く、隣の女性。
「すいません。一体なにが起こっているんでしょうか」
「あらやだ。あなた達、そんなことも知らないで、こんな所に来ちゃったの? ここはね、その道のプロの村、と呼ばれている唯一のチャーム世界大会の聖地よ」
「ちゃーむ?」
「今見た、ああいうの。芸術は様々な美で、見る者を魅了するでしょう? ここではね『人間が己の全てをかけて観客を魅了する』ことで、点数がつけられるの」

 チャーム。
 そう、いかなる手段でもかまわない。
 観客を魅了する。
 ただそれだけに『己の存在価値全てをかける』という。
 そこには保身という文字はない。

 女性曰く、過去の参加者は猛者揃いだったという。
 曰く、ギリギリの肉体美披露。
 曰く、骨っぽい男色疑惑の爺さんにキス。
 曰く、友人に凍り漬けにされる。
 曰く、なんとも妖艶な姿で男性を誘惑する男性。
 曰く、華麗に女性をさらって戦線離脱。
 曰く、壁を貫いて参上。
 曰く、あえて絶壁から銀盤に散る。
 曰く、手段のためには目的をいとわない。 
 伝説と武勇伝にはことをかかない。

「なんてデタラメな」
「あなた達も出場者にエントリーしているじゃない」
 気がつくとエントリーナンバーのゼッケンがあった。
 そんな莫迦な!
「黒子さんたちは仕事が早いし、魔法や医術にも長けてるから。ほら、さっきの彼なんてもう生き返ってる」
 担架で運ばれたはずの半裸男は、包帯で全身を包まれていたが観客に手を振っていた。
「私はプシュケ・エレネシア。ここの支援者の娘で、応援団長よ」
 にっこりと笑って片手を差し出す。
「貴方も頑張ってね」

 一体どうしろというのだろう?


※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
シュラハトリア・M(ia0352
10歳・女・陰
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
露草(ia1350
17歳・女・陰
ネオン・L・メサイア(ia8051
26歳・女・シ


■リプレイ本文

「えっと、僕は何故こんな所にいるのでしょうカ」
 相川・勝一(ia0675)が明後日の方向を見上げる。『いでよ、精霊の門!』とか言ったら帰れるだろうか。いや、今更ではあるのだが、どうにかして帰れないかと頭をひねる。
 そして、事件は起こった。
「なんで私がこんな場所にいるんですか、こんなところにいられますか、私は帰ります!」
 万木・朱璃(ia0029)がリターンを試みると、黒子さんが行く手を阻む!
「なにもの、ぐ!」
 鳩尾一発。万木失神。
 女性だからとかいう程度で加減をしてはくれないのが、この町流の礼儀らしい。がっくりと崩れ落ちたお嬢さんを、明日に備えて宿にさらって、いや、運んでいく黒子。
 ぞ〜〜〜〜、と背筋に冷たいものが落ちていく。
 勝手に舞台から降りられない。
 悪夢だ。
「参加拒否もできないんですね、これ。うー、どういうことしたらいいんだろう」
 相川がおろおろとしながら、連れ去られた万木を心配して後をついていく。
 逆にヤル気満々の人種もいる。
「ほう。人を魅了しろと言うか‥‥面白い、我の魅力を伝えてやろう」
 淡々とした口調のネオン・L・メサイア(ia8051)。
 難しい表情をしていたが何かひらめいたらしい。
「単純に肉体美を披露するのは面白くないな‥‥そうだ、男装か。これはいい」
 歩いていた黒子を一匹捕まえると、明日の演目に備えて相談をしながら歩いていく。
「シュラハの魅力でみんなをノックアウトしちゃうんだからぁ。それじゃ、イってみよぉ〜」
 二つ返事で宿に向かうシュラハトリア・M(ia0352)。
「何だか前世の記憶が揺さぶられるわね〜〜前世はシリアス特化でノータッチだったけど現世はヨゴレ上等! を掲げてるし。一つ全力でいってみますか! おーほっほっほ」
 斜めに突っ走ることを宣言する葛切 カズラ(ia0725)。
 勿論、誰も止めない。
 彼女たちの後ろ姿を眺めながら、別の黒子が何か羊皮紙に書き込んでいく。
 露草(ia1350)がプシュケに黒子の作業を尋ねると。
「ああ、危険マークを書き込まれているのね。要注意人物だわ」
「危険マーク?」
「しばらくお待ち下さい、対象者。大丈夫、明日になれば、貴方にも意味が分かるから」
 爽やかな微笑み。不穏な空気を感じずにはいられない。
 露草はじっと舞台の上を眺めて、不適に笑った。
「いいんですね? 何をやっても」
 何をやっても許される。
 魅了出来るか否かが全て。
 そんな自由奔放な舞台、なかなか存在しない。
 首を洗って待ってらっしゃい! 声を高らかに発した露草が宿に向かってゆく。

 翌朝。
 結局、逃げることが出来なかった面々はステージの暗幕の後ろに立っていた。
 暗幕は中から外は見えるが、外から中は見えないらしい。
「皆はどんなことするんでしょうか?」
 相川が周囲を見やる。
 シュラハトリアは体のラインが浮かび上がる、桃色のドレスを纏っていた。最近の流行は裾にレースが入った品らしい。なぜか胸元から符が見えているが、見なかったことにした。
 見るからに危険な格好をしているのは、全身を縛られている葛切だった。
 なんというか、縛り方が普通じゃない。
 最も正統派っぽいネオンは男装の麗人だったが、なぜか不安が胸をよぎる。
 露草は紐できびきびと着物の袖をめくりあげた。二の腕までは見せてはならない、それが着物の心得だ!
「今までやってみたいとは思っても‥‥やろうとすらしなかった事ですからね、試合前には十分以上の集中をうさぎさん‥‥わんこさん‥‥うふふふふ」
 言っていることはまともなのに、怪しげなオーラを放ち始めた。
 相川が助けを求めるように万木を見た。
 昨晩、食事に下剤を仕込んだ恐るべき適応力の万木はといえば。
「まぁいいです。こうなったら全部終わらせて堂々と帰りますから!」
 勇ましかった。

 さて、ついに運命の扉は開かれた。
 肌を油でテカらせた熱き男達が、ふんどし一枚で特大太鼓を打ち始めた。
 舞台の中央に、美青年達の御輿が向かっていく。その上に黒い衣装の女が居る。
 歩みを止めた一行。
 優雅に座っていた女は立ち上がり、得意の大音量で叫び始めた。
「れでぃぃぃすあんど、じぇんとるめん! 故郷よ、私は帰ってきた!」
 ばさぁぁぁ! と脱ぎ捨てる黒い外套。
「黒衣の講談師、モアイ・ヒナトが実況中継をお送りします!」
「あ、少年狂いで捕まった人だ」
 会場のどこからか聞こえてきた一言に、モアイさんのハイヒールが吹っ飛ぶ。
 刹那、給仕を担当しているショッキングピンクのチャイナを纏った細身の男が倒れた。
 ニチョーメと呼ばれる居酒屋のママさんだ。
 南無。
 被害者の人権を保護する為、明日の朝刊には名前が一部伏せられているに違いない。
「それでは、本日の挑戦者を紹介しよう!」
 赤い垂れ幕が取り払われた。
 六人の奇人変人、いや、勇者と愛の伝道師達だ!

「一番手は、シュラハトリア・M!」
 観客に愛らしく微笑みかけながら、シュラハトリアは胸元の符を栗鼠に変化させた。
 豊満な胸から顔を飛び出す栗鼠。男性陣が羨ましそうな視線をおくるなか、栗鼠は鎖骨から首筋をよじ登り、観客に向かって愛想を振りまく。
「やーん、きゃわいい!」
 女性陣のハートもがっちり掴んでいた。
 待っている露草が人様の曲芸に目を奪われて葛藤している。
 シュラハトリアの体の上を自由奔放に走り回る栗鼠。それまでは、よかったのだが。
「やん!」
 甲高い声がした。栗鼠がもぞもぞと服の下をはい回る。
 観客の男性の目はギラついていた!
「そんなトコ入っちゃ、んぁぁ、だめぇ」
 そんなとこって、どんなとこだ!
 よがり出すシュラハトリア。黒子さんが走り出した!
 怪しい術が発動する刹那、白い布でくるまれ、視界を遮断して運ばれていく。

 しばらく‥‥『ふぁぁあぁん、感じちゃうのぉぉ』‥‥お待ち下さい。

 思わず下心で満点の札をあげようとした審査員。ジジィどもをどつき倒した貴婦人達が、新たに審査員になった。
 真っ赤になっている正常な男の子がいる。相川だ。
「わ、そんなことまで!? あんなことしないとダメなんですかね」
 いや、逆だ。黒子さんにさらわれる。

 司会のモアイさんが黒子から紙を受け取った。
「えー、一番手は落ち着くまで個室に監禁だそうです。何故か人為的事故により審査員もかわりましてー、二番手は、露草ぁぁぁ!」
 和服美少女は、きらん、と目を輝かせた。
「よろしい。本当のかわいいものスキーの根性というものをお魅せしましょう」
 今こそ人魂の真価を発揮するとき!
 露草は動物の増産を開始した! 手のひらサイズのひよこから始まり、徐々にサイズが変化していく。鳥、兎、猫、犬、狼、ロバ、熊と。大量の動物たちを生み出し、順次ペアを組み替えながら踊り始めた。
 そこはまさに、癒しの森。
「舞いおどれ! かわいいもの! そーれそーれ、もっふもふ」
 己の力が続く限り、想像力を行使し続ける露草。ああ、憧れの毛皮。二束歩行のクマさん。デフォルメされた、まぁるいフォルムに惑わされた子供達が、演目の途中だというのに、舞台によじ登って混じり始める。
 黒子は、さほど危険と判断していないようで動かない。
 露草本人はといえば、悦に入った表情で、瞳をきらめかせ、くるくる回りながらケモケモを増やしていく。ここは絵本とおとぎの世界!
 明らかに能力のムダ遣いだが、過去にこんなメルヘンを提供できた者はいない。
「ゆけ! 届け! 君の心に! そして審査員を燃やし尽くすのだ!」
 人格も少々壊れてきた気がしなくもない。
 審査員の元に、天使の羽をもった、桃色の兎が飛び出していく。
「いやー、かわいいわ! もって帰りたい!」
 ご婦人の手をすり抜けて、会場に戻っていくエンジェルラビット。
 そして術者が力つきた。
 前のめりで地に倒れ、ずりずりと床を這う。可憐な指先がうさぎさんにのびていく。
「うふふふふ、大当たり。うさぎ天使さんが迎えにきましたよ‥‥すて‥‥き」
 ぱたり。
「は、いかん! 森のくまさんと戯れてしまったわ! 救急班、彼女を保護せよ!」
 カワイイものの魔力に取り憑かれていた司会が我に返って指示を出す。
 露草は、我が人生に悔い無し、という表情で倒れていた。

「メルヘンに高得点がでております、三番手は、ネオン・L・メサイア!」
 ネオンは豊満な胸をサラシで巻き上げ、男物の洋装を纏って現れた。
 途端、膨大な薔薇の花びらが会場に降り注ぐ。
「我はネオンと言う。お嬢さん方、今日のご機嫌は如何かな?」
 空を見上げると、空飛ぶホウキに乗った黒子さん達が籠を片手に、花を蒔いているのでロマンが破れていく。再び舞台を見ると、薔薇を纏った美貌の麗人。
 空を見上げなければ、そこは魅惑の世界だ。
 危機感を感じ取った司会のモアイさんが、そっと身を隠す。
 ネオンは手頃な観客の女性にウインクを送ると、手招きして何事かを囁いた。ぽーっと見入っている女性が、こくこく頭を縦に振る。
「それでは我の妙技を披露しよう。失礼」
 にっこり笑って、唇を奪った。
 きゃあぁぁあぁああ!
 会場に響く黄色い悲鳴。今度は女性達の視線が釘付けになった。
 かと思ったら、胸元や臀部の布が裂けて、ネオンがあられもない格好になった。
「ぬっ、いかん。バレてしまったようだな」
 うおおぉおぉぉおぉ!
 女性同士という光景に、つまらなそうにしていた男達が食いつく。
「えー、恋愛は自由ですが、お子さまの目には早すぎる領域なので、黒子さんカマン!」
 モアイさんが指を弾くと、黒い影がネオンを襲う。

 しばらく‥‥『ぬ、なぜだ! ちゃんと相手のいない者を選んで』‥‥お待ち下さい。

「四番手は、葛切 カズラ!」
 すると、真っ赤なシーツがかぶせられた巨大オブジェが現れた。
 司会が首をひねっている。
 とりあえず、シーツを剥げという指示が届いたらしく、司会がシーツを剥いだ。
「見られてる、見られてる、さぁもっと注目すればいいわ!」
 カズラは、いた。
 確かに、いた。
 しかし着物姿のまま、明らかに大きいお兄さん達が好むような縛り方で全身を拘束されたうえ、特殊な粘液生物を全身にまとわりつかせていた。粘液の色はもはや実況不可能。
 司会のモアイさんは、無言で笛を取り出した。
 ピピーッ!
 笛の音と共に、右手に輝くレッドカード。舞台の上にぽっかりと穴が開いた。つまり。
「え、へ? ひ、ひゃあぁああぁぁぁぁぁ!」
 声が遠くなっていくカズラ。
 登場後、十秒と経たないうちに姿消失。

「続きまして『四番手』は、相川・勝一!」
 見せられない光景は、無かったことにされた。
 次に現れたのは緊張した若者だった。
「と、とにかく魅了すればいいんですよね! 皆さん凄いですけど、僕は真面目に」
 凛々しい表情で長巻を構え演舞を行う。
 その華麗且つ雄々しい舞い姿に、生真面目な審査員が批評を試みた。
「むぅ、これはなかなか筋が良い」
 髭が素敵なジェントルメン。
「あら? すいません、審査員の貴婦人達は?」
「おお、モアイさん。貴婦人達はかわいいモノの創造主、露草さんの看病に行かれたよ」
 審査員がころころ変わるのも珍しいことではない。
 司会が振り向くと、そこにはフンドシ一枚の若者がいた。目をこすってみた。やっぱりフンドシ一枚の若者が長巻をかまえて、演舞を続けている。褌には【庶汰】の文字が!
「こうなったらどうにでもなれです!」
 吹っ切れたらしい。
 最後に武器を高く投げ上げ、落ちてきたところを掴んできめる! ‥‥はずだった。
 しゅぱんっ!
「あ」
 刃は目の前を通り過ぎ、前髪一房とフンドシをかすめた。当然、物体は重力に従う。
 はらり、庶汰の字と最後の良心が虚空を舞う。

 しばらく‥‥『にゃー!? み、みないでくださいぃいぃぃ!』‥‥おまちください。

「失踪率が高いわけですが、五番手は、万木・朱璃!」
 今や一番の期待の星。
 巫女装束を纏った万木は、髪をきらきらと輝かせて現れた。
「皆さん、私の職業が一体何か分かりますか?」
 問うまでもない。小さなお友達と大きいお友達が「巫女さーん」と声を重ねた。
「そう、巫女です。巫女さんハァハァという少し怪しい方向でも人気があるあれです」
 自認しているのが、微妙に切ない。
「巫女の奇跡、とくとご覧に入れましょう! ミノタウロスさんかまん!」
 どっこーん!
 激しい爆音と共に、壁がぶち破られた。鼻息の荒い雌牛がいる。その額に一枚の紙が貼られていた。『ブリュンヒルデ』と書かれていた。黒子さん達が『猛獣注意』の板を高々と掲げて練り歩いている。
「巫女といえば『萌え』アンド『癒し』! その力がいかに素晴らしいか、証明してみましょう! 牛さんこちらですよ〜!」
 ひらん、と揺れる赤い袴。
 鬼さん、こちら。
 手の鳴るほうへ。
 緋色の袴は、目の前だった。闘志に燃える雌牛が立ち向かっていく。
「ぁ、いや少し勢いが凄すぎへぶふぅっ!」
 吹っ飛ばされた。しかしそこは筋金入りの開拓者、ズタボロになっても回復を試みる。
 普通の男でも逃げる場面に、勇猛果敢に立ち向かう。血を吐きながら、万木は叫んだ。
「ち、ちょっと洒落になってませんが‥‥この通りミノタウロスにだって負けません! 仮にここで暴走して皆さんが酷いことになっても回復できますよ!」
 皆様、旅の際は巫女をお連れ下さい。
 そんな全ての巫女には共通しない捨て身の演目を披露した万木は、何度も突進してくる雌牛にぶっちぎれて、角をつかんだ。
「というか暴れすぎですから! 私の玉のお肌を何処まで傷つける気ですか!」
 ごしゃぁあぁぁ!
 何故か剛力を発揮して倒した。
 普通じゃきっとあり得ない技。それはきっと、此処が不思議の村だから。勝利をかみしめた万木は、得意げに観客の方を振り返る。
「この通り巫女ならどんな悪鬼とでも仲良くなれまごふぅ!」
 会場の中央を、空高く飛んでいく乙女。
「天国のお父様、お母様。朱璃もそちらへいきます」
 雌牛は観客相手に、最後まで戦っていた。


 優勝は万木の演目、いや壁をぶち抜いたミノタウロス(雌牛ブリュンヒルデ)だった。
 どうも雌牛は有名な農家からつれてきた雌牛で、魔法で凍らせてても耐えるほどタフだという。荒い鼻息の雌牛を迎えに来た、農場経営の夫妻と、その娘。
「よくやった、ブリュン。お前の雄志、見せてもらった。ローストにも負けないぞ」
「今月の稼ぎに免じて、干し草に干しブドウを混ぜてやろうか」
「ブリュンは強いのーっ!」
 遠ざかっていく賞金。
「わ、私の賞金が」
 ずりずりと万木が追いかけようとして、力つきた。

 迷い込んだ不思議な村。
 六人はというと、翌朝、元通りの天儀本島にいたという。