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■オープニング本文 【当シナリオはWTを始めたばかりのプレイヤー、及び、低レベルキャラクターをもつ方向けの内容です】 ●神楽の都にて 薄っすらと雪化粧の施された街路を、浪志組の隊士らが進む。 穂邑の暗殺未遂に端を発する衝突の緊張は、開拓者たちの素早い動きにより、現場レベルでの手打ちが早々に取りまとめられた。 現場での衝突を抑え、方々を駆け回り、その中から五行を根城とする大アヤカシ「生成姫」の影に気付き、あるいは、一部の開拓者は大胆にも御所に忍び込み、武帝の真意を問いただしもした。 穂邑は今、長屋で静かに傷が癒えるのを待っている。 「……声?」 ふいに、顔を上げた。 ●五行の東〜沼垂の里〜 神楽の都で、生成姫が放った刺客の存在が明らかになりつつある頃。 五行国内では、アヤカシの動きが活発になり始めていた。各地の里が襲撃を受け始めたのである。 沼垂の里も、そんな被害を受ける里の一つだった。 「助けてください」 開拓者ギルドに救いを求めてきたのは、沼垂の里の若者だ。 沼垂の里は、五行国の首都「結陣」から東にそびえる、渡鳥山脈を超えた五行の果てにある……小さな里だ。川の河口で漁業を生業とする沼垂は、大アヤカシ「生成姫」が支配する魔の森に近いため、度々アヤカシの襲撃を受けてきた。 そして今度も。 沼垂の里にアヤカシが現れた。 体長2メートルほどで棍棒を所持した豚鬼が2体、森から沼垂へ襲ってきた。そして豚鬼が殴り殺した人間の死肉や無防備になった子供を狙おうと付き従う、10羽の眼突鴉が徘徊している。 眼突鴉は、その名のとおりカラスに似ているが、人間の目が好物として知られている。鉄のように鋭く硬い嘴で、空から獲物を狙うのだ。 一方、豚鬼は特殊な技こそ使わず、動きは鈍いが……頑丈で、とても人の力ではかなわない。 依頼主は里の財産を持たされ、遠い開拓者ギルドまでやってきた。 「今、里の者達は各自、家に立てこもっています。家財で窓や入口を塞ぐように言ってありますが……食料や水の備蓄も数日分で、いつまで持つか分かりません。お願いです。どなたか助けて頂けませんか!」 受付が依頼書を書き上げる。 「人が里中を逃げ回っている、という訳ではないのですね。豚鬼は武器を持って徘徊中、と。……かしこまりました。今すぐ、開拓者を手配しましょう。しばしお待ち下さい」 静まり返った里の上空を飛び回る、10羽の不気味な眼突鴉たち。 そして。 飢えで耐えられなくなり、家から出てくる者を虎視眈々と狙う豚鬼2体。 昼も夜も、アヤカシが休むことはない。 里に残された者を救えるのは、開拓者しかいない。 |
■参加者一覧
ユングヴィ(ib9556)
19歳・男・魔
セオドア=オーデン(ib9944)
15歳・男・魔
ユメル=K=ミーティア(ic0018)
22歳・男・武
守氏之 大和(ic0296)
15歳・女・シ
雨野 歯車(ic0374)
20歳・女・騎
鶫 梓(ic0379)
20歳・女・弓 |
■リプレイ本文 開拓者たちは深夜0時に開く神楽の都の精霊門から、五行国首都「結陣」の精霊門へと飛んだ。 人々が寝静まった時間帯でも、開拓者たちは休む間もなく仕事場へと散っていく。 現場である沼垂の里は、五行の東の果てだ。 日をまたいで沼垂に近づいた頃には、再び空も白み始めていた。 空を移動する開拓者たち。 その先頭を行くのは駿龍ぽちに跨った守氏之 大和(ic0296)だが、長時間の飛行は体に堪える。 吐息が白い。 雲の間から牡丹雪がちらついていた。 「わぁ、雪が……まだ冬ですね。地面も真っ白。うぅ、耳に風が当たります……ひゃっ!」 風のいたずらで、銀毛で覆われた垂れた耳にも雪が忍び込む。 簪を彩る翡翠の粒が、小さく揺れた。 「この程度ならイイ風だぜ! ひゃっほーっ!」 太陽に愛された眩い金髪を靡かせて、ユングヴィ(ib9556)は炎龍と共に大空を泳いでいた。時折、雪も舞う空の空気はひどく冷たかったが、初仕事な事も相まって胸が踊る。 賑やかなユングヴィを眺めていたユメル=K=ミーティア(ic0018)が、炎龍の夢見幻想の手綱を操り、傍らを飛んだ。 「あんまりはしゃぐと現地でバテるぞ?」 「わはは、貴様は俺様を心配しているのか? 心配すんなって、頼もしい俺様を信じろ!」 ミーティアを見て、片目を瞑って見せた。青く輝く瞳は自信に溢れている。 やれやれと赤い髪を掻いたミーティアは、ユングヴィの無鉄砲さが災いした場合は術で怪我を治せばいいか、と考えを改める。主人の会話を聞いていた炎龍の夢見幻想が『いいのか?』とでも言いたげにミーティアを振り返った。 「案ずるな。皆もいるさ。また命を預けさせてもらうぞ、夢見」 「あは、ユングヴィ殿は元気だね。ボクは久しぶりの仕事だから、少し緊張してるかも」 風で乱れる黒髪を抑えながら、セオドア=オーデン(ib9944)が声を投げる。甲龍のアースの背中で乗り心地を確かめながら、時々旋回したりするのは決して遊んでいるわけではない。初めて戦うアヤカシがいると聞いていた為、久々の戦闘で失敗をしない為だ。 「でも、そうですよね。今回はミーティア殿が言う様に、皆さんが一緒……て、あれー?」 二人ほど姿が見えない。 周囲を見回すと、遥か後方に探していた仲間がいた。ふらつきながら飛んでいる駿龍の雛。その背中に跨る鶫 梓(ic0379)と雨野 歯車(ic0374)だ。 「いーやー、みんな、まってーっ! おいてかないでーっ!」 おどけた口調で雨野が手を振っている。手綱を握る鶫が、ぶつぶつと何か呟いていた。 「やっぱり言わんこっちゃない。今回だけだからね、まったく歯車は……」 「ごめんねー梓ちゃん、愛しのアーマー買う為に駿龍を売っちゃったのよー。でも何だかんだ言って、梓ちゃん、乗せてくれるし。やっぱり持つべきものは友達ね! 大好きよ!」 ぎゅぅ、と鶫にしがみつく。 己の欲望に任せてアーマーに愛情を注いだ結果、移動手段のない雨野を鶫が連れて行く事になったのだ。しかし龍は本来一人乗り。二人乗れば、安定して飛ぶことすら怪しい。 「駿龍の雛は速さが売りなのに……次は落とすわよ」 「うう、善処します」 冗談なのか本気なのか分からない会話をしている内に、沼垂の里に到着した。 雪に沈む沼垂の里は、静まり返っていた。 人が住んでいるとは思えぬ静寂の中で、眼突鴉の鳴き声が響き渡る。 よく注視すると大通りには明らかに人間とは違う足跡があった。辿った先に見えるのは、鈍く揺らめく歪な巨体だ。家から出てくる人間の姿を探しているのだろう。時々思い出したように民家を棍棒で叩く破壊音が耳障りだ。里の構造に目を光らせていた守氏之が、口を押さえた。 「むこうの家畜がやられてます……なんてひどい」 悪戯に食い荒らされる家畜たち。 敵を眺めたミーティアが漆黒の双眸を細める。 開拓者とは最前線で戦うもの、という先入概念があったミーティアだが、いざ動きの鈍い豚鬼を眺めて肩を鳴らした。 「あの程度の敵では、俺の命を呉れてやるには値しないな。まぁいい、さっさと片付けて酒でも喰らうか。川の清流を肴に飲むのも悪く無いだろう。叶うなら桜の頃がよかったが」 「雪見酒ってのも悪くないんじゃない?」 雨野の提案に「同感だな」と小さく笑った。さらに雨野が周囲を見渡して手をあげる。 「ねーねー、みんな。家を壊したりしたら申し訳ないから、建物のない場所まで誘い出して戦闘しない?」 「そうだな。人間の被害が出る前に、早いところ駆除しよう。大和、いい場所はないか」 「ユメルさん。さっき広い場所を見つけました。そこへ誘導しましょう!」 守氏之は旋回した僅かな時間で、拓けていて民家に被害の出にくい場所を見繕っていた。 「では近くで降りて、順番に誘導しましょう」 鶫の話を聞きながら、雨野がぽりぽり頬を掻いた。 「あたしはアーマー搭乗の準備があるから、誘い出すのはみんなに任せることになっちゃうわね。誘い出す場所で搭乗して待ってるわ……それにしても、ついにヴァルクちゃんと一つになれるのかと思うと、はなぢ吹き出しそうね、うふふ、ふふふふ」 「歯車、妄想してる場合じゃないのよ。……ユングヴィさん?」 「おい、様子がおかしいぞ」 里の上空を大きく旋回すると、流石に眼突鴉たちも開拓者の存在に気がついたらしい。 一匹が警戒音を発し、何匹かこちらに向かってくる。 あまり時間はないようだ。 オーデンが黒い革張りの魔道書を持ち出した。 「上空の眼突鴉が邪魔ですね……ボクは、このまま行きます。ご武運を! アース!」 命令に答えて甲龍は翼を傾けて隊列から離れた。 「頼むぜ! やかましい鴉風情に気を散らされんのは勘弁だ。……動きは鈍いくせに面倒なやつらだぜ」 ユングヴィが忌々しげに眼下を見下ろす。 上空を見上げて獲物が降りてくるのを、愚鈍に待っている豚鬼から距離を離して、五人は地上に降りた。空ではオーデンの雷が迸っている。 ミーティアが炎龍の夢見幻想を振り返り、上空の眼突鴉を示した。 「遠慮は要らん、夢見。飽くなきまで喰い尽くせ」 いけ、と顎をしゃくる。炎龍は大きく羽ばたいた。 降りた守氏之も、疾風の手綱を手放した。 「いいですか、ぽち」 守氏之の華奢な指先が駿龍を撫でる。 「私達が豚鬼と戦っている間、オーデンさんを援護しつつ、眼突鴉を退治してきなさい。私達の邪魔をしようとする眼突鴉はとくに。臨機応変に戦うのです。一匹ぐらい狩らないとだめです。今回の為に、お前にも大枚はたいて、良い装備を身に着けさせたのですよ?」 守氏之は、初陣のぽちに並々ならぬ愛情を注いでいた。 黒ずくめの禍々しい武器、魔除けの呪文が刺繍された純白の衣や鉄甲、精霊の力を込めた手綱に、ユーモラスな雰囲気の鰯の頭部の図柄が刷られたお守りの札。いずれも自分の武具同様に、鍛冶屋へ足繁く通って鍛錬した。くず鉄を創りだす店の意地悪にも耐えた。 全ては依頼を成功させたい一心で。 守氏之は微笑んでいるが、金の瞳と言葉の中には……底知れぬ威圧感が含まれていた。 手ぶらで戻ってきたら齧り付いてやる、位の気迫が見え隠れしている。 「さ、皆さんと共に気合いを入れて、絶対に里の方を助けましょう! 行って!」 肩に積もった雪を払っていた鶫も、駿龍の鞍をぺちぺちと叩いた。 「二人も乗せて疲れてるとこ悪いけど……あなたも行きなさい、雛。ただし私の援護も忘れないでね。倒れそうになったら無理はしないこと。いいわね」 駿龍が一声鳴いて空へ戻った。 豚鬼の足音が近い。 戦闘地点を教えた守氏之が、深紅の宝珠が埋め込まれた弓に弦を張る。 「初めてのお仕事ですが、精一杯がんばりますね!」 「俺様だって、初めてとは思えねぇ輝く働きを見せてやるぜ!」 鶫が肩をすくめる。 「私も初めての依頼だし、私は私ができる事をするだけよ。でも、おびき出すのなら任せなさいよ。弦月の飛距離は長いもの。みんなが隠れる時間や準備時間くらい、稼げるわ。理想的は、近づかれる前に射殺したいところね。歯車、ユングヴィさん、ユメルさん。誘導はこっちに任せて。いくわよ、大和さん。足の速さ、頼りにしてるわ」 「はい!」 「二人共、気をつけてな!」 「無理すんなよ! 俺様が助けてやるからな!」 「いってらっしゃーい、あたしたちは準備して待ってるからね〜!」 五人は一旦、二手に分かれた。 黒い革張りの魔道書を手にしたオーデンは、他の龍たちと共に上空を旋回する眼突鴉を追った。残飯をあさりに来た眼突鴉たちは、縦横無尽に空を飛ぶ。全くもって纏まって飛ぶ気配がない為、一網打尽にするのは難しく、術の行使範囲である三十メートル範囲に近づいても、すぐに引き離されてしまう。オーデンは甲龍の首を撫でた。 「アース。ボクに近づく眼突鴉を退治するようにお願いします。他の龍とぶつからないように。ボクはまず……頑張って倒さないと」 ふと。 オーデンの視界の片隅に、ひとりで道を走る守氏之と、それを追いかける豚鬼の姿が見えた。 しかも眼突鴉が三羽ほど後方を追いかけている。たった一人だから獲物にちょうどいいと判断したに違いない。 「追ってください!」 オーデンの指示で、守氏之の方を追う。追跡に気付いた駿龍のぽちが真横から一羽を浚っていったが、まだ残っている。 「仲間は襲わせません!」 眩い閃光が迸る。 オーデンが生み出した雷が、たった一発で眼突鴉を砕いた。 「これで三匹! 大丈夫そうですね! 積極的に責めていきましょう! アース、次を!」 早く倒せそうだと胸を躍らせたオーデンの後方では、炎龍の夢見幻想と駿龍の雛が、鋭い鉤爪で眼突鴉を引き裂いていた。 空にはオーデンの雷が走っていた。それを見上げる金の瞳がある。 雪を踏みしめる音が響く。 「はぁ、はぁ、はぁ、あと――少しッ!」 守氏之が通りの角を曲がった。 走り続けると呼吸が乱れる。頬を撫でる冷気が寒い。 冷気が肺腑の奥に忍び込み、守氏之の体を芯から冷たく焼いた。 時折、振り返って足の遅い豚鬼に矢を射るが、寒さで凍えた指先は思うように動かず、降り積もる雪が益々集中力を奪っていく。 けれど弱音を零す余裕はない。 「私が、頑張らなきゃ……被害が、出ないように、誘導しなきゃ、です!」 六人の中で最も足の速い守氏之は、一体目の豚鬼を皆の元まで誘導すると、引きつけ役を鶫に任せ、二体目の豚鬼を連れて里を走り続けていた。 二体同時に相手をするのは危険だと判断した為だ。 一体目は雨野と鶫、そしてユングヴィが対応する。 二体目の豚鬼は、ミーティアと守氏之が離れた場所で退治が決まっていた。 「はぁ、はぁ、はぁ、……ユメルさん、もう少しです。みんな、どうか、無事で!」 祈りながら再び矢を射る。 深紅の燐光が虚空に散った。 時は少しばかり巻き戻り。 一体目の豚鬼の誘導を守氏之から引き継いだ鶫が、雨野達の所まで走ってきた。 「くるわよ!」 アーマー人狼ことヴァルクの準備を終えた雨野が胸を張る。 「さあ! 雨野歯車とヴァルクちゃんの初陣、ビシッと決めるわよ!」 そしてよじよじ登った。 今までずっと地面に立って待っていた。 「ちょっと歯車! なんで準備完全にしてないのよ! まだ距離あるからいいものの!」 矢を射る鶫の指摘に、雨野は沈痛の面持ちで「それは……」と言葉に詰まっている。 「あたしの練力だと、ヴァルクちゃんと合体しても動かせるのって五分間が精々なのよ」 「短期決戦!? そういうことは早めに言いなさいよ!」 雨野と鶫の口論が、半ば漫才に聞こえる。 どうでもいいけれど、豚鬼との距離は残り二十メートルをきっていた。 「おぃおぃ、きなすったぜ?」 「わかってるわよ。何度見ても豚臭い鬼ね、近づかないでもらいたいわ。歯車!」 「はいはーい! あたしが抑えてる間にガンガンやっちゃってねー? いっくよーっ!」 雨野自慢のアーマーことヴァルクが、豚鬼からユングヴィと鶫をかばうように立ちはだかる。豚鬼が振り上げた棍棒を受け止め、ぎりぎりと力で押し返す。 「ふっふっふ、この程度なんともな……いやーッ! 塗装が! 昨日磨いた腕に凹みが!」 不敵な口調が一変。 結婚したいくらい愛している美しきアーマーに傷をつけられ、歯車が叫びだした。物陰で豚鬼の急所に狙いを定めていた鶫が声を投げる。 「歯車! 修理はあとにしてよね!」 「わ、わかってるわよ! ……よっくも、あたしのヴァルクちゃんの美麗なボディに傷をつけてくれたわね!? 怒りの一撃、くらいなさいな! 梓ちゃん達、やっちゃって!」 豚鬼の死角を駆け抜けた鶫が、一旦距離をとって弓を構えた。 呼吸を整えて豚鬼に狙いを定め、弓を構える。 空を覆うオーデンの雷鳴も聞こえない。 狙うは、豚鬼一体のみ。 「背中がガラアキよ」 精神を研ぎ澄ませた渾身の一撃が放たれた。 風を切る音がして、矢が豚鬼の肩を砕く。鶫は頭を狙ったつもりだったが、どうやら寒さで凍える指先が、精度に影響を及ぼしたらしい。 ぐらりと斜めに傾いて膝をついた豚鬼は、まだ動いていた。 特別な外套で多少の寒さ対策をしていたユングヴィが、小麦色の口元を釣り上げて笑う。 「ふん。まだ生きてやがんのか」 杖を振るった瞬間、ぼっ、と火の玉が出現し、豚鬼に降り注ぐ。 「俺の炎に酔いしれな!」 致命傷を負った豚鬼は、そのまま紅蓮の炎に包まれ、砕け散った。 一方、その頃。 別の場所で待機していたミーティアは、守氏之と共に豚鬼の巨体と戦っていた。 凡そ2メートルの巨体は、ミーティアも圧倒されるほどだ。だが走り疲れた守氏之を後方に庇い、穂が十文字を描いている十文字槍を大きく振るった。腹を減らした豚鬼は、二体の獲物を食うことしか考えていないらしく、ぼたぼたと涎を垂らしていた。 「誘導よくやった。大和。おまえは少し休んでいろ、少しの間なら俺も盾ぐらいになれる」 「いいえ! 私も戦います! この位、なんともありません!」 守氏之の凍った指先は、既に感覚がなくなっていた。 だが、気丈に立ち上がる。 「絶対に、絶対に里の方は守らねばです! 怯えてる人が、退治を待ってるんです!」 黙っていたミーティアが、疲労の色が濃い守氏之を一瞥した。 「ふ、分かった。無理はするなよ、後で傷や凍傷を治すとしよう。参る!」 重い槍を振り回して突進するミーティアの穂先が、棍棒を絡め取って、滑るように豚鬼の胴を貫いた。三メートル近い槍故にできる芸当である。 「鈍いな。その程度か? たかが知れるぞ?」 しかし十文字槍に貫かれた豚鬼は、奇声を発しながらも槍を叩き割ろうと棍棒を振りかざす。一歩その動きに気づいたミーティアが、槍を引き抜く。 砕く標的を失った棍棒が、鈍い音を立てて雪に埋まった。 「大丈夫ですか、ユメルさん!」 「大事無い! 全く……殴り殺すは良くて、刺さるるは嫌か。そうはいかんぞ、アヤカシめが。大和、併せるぞ!」 「はい! もう一度、隙を作ってみせます。任せてください!」 守氏之が再び矢を射る。 今度は狙い通りに当たらなくても構わない。 倒す為ではなく、ミーティアの確実な一撃を叩き込む為の『隙』をつくるのが狙いだ。 「ユメルさん!」 「ああ! 長年磨いた俺の槍技、冥途の土産にくれてやろう!」 再び豚鬼に接近した十文字槍は、ミーティアの豪腕が繰り出す速さをもって、大きく虚空を凪いだ。ぱんっ、と弾けるような音がして、豚鬼の首が飛ぶ。 雪に沈んだ豚鬼の体は、瘴気となって大地に還った。 アヤカシはごく一部を除いて『遺体』という物は残らない。 元々そこかしこに漂う瘴気が結晶化して個体となるのがアヤカシである。 ミーティアが影も形もなくなった豚鬼が『そこにいた』証明である雪型を見下ろし、十文字槍を担ぎ直した。大和が、ほっと安堵のため息を漏らす。 「お疲れ様でした、ユメルさん!」 「此度も死に損なったか……まぁいい、平和で上等だ。さて。まずは大和の治療だな。その後は……ああ、向こうも倒し終えたか。おーい、そちらに怪我人はいないか? いるなら俺の元に来い」 遠くから歩いてくる三人の中で雨野の纏う空気が重い。 「あたしのヴァルクちゃんが怪我人よ! たまのお肌が傷だらけ!」 「歯車。俺の浄境で治療できるのは、生き物に限るぞ。セオドア達の方も終わったようだし、傷をふさいだら里に知らせるか」 戦いを終えた六人は、静まり返った里中に退治が終わったことを知らせて回った。 六人は村に歓待されたが、ミーティアは黙々と村に怪我人がいないか調べた。 「で、そこで俺様の美しい炎が醜い豚野郎を燃やしたわけだ!」 酔ったユングヴィが、身振り手振りで戦いの様子を、仰々しく里人に教えている。 一方、広い屋敷の片隅ではミーティアが子供と向き合っていた。 「ぼ、ぼくは別に痛いわけじゃないぞ!」 「……こんな所で強がってどうする。医者にかかると高額な治療費がかかることだしな。傷の治りが早いほうがよかろう。世話が焼けるな。そら、傷口出して見ろ」 「ユメルさん、その子で最後ですか?」 「ああ、大和は大丈夫か?」 「おかげさまで。お財布がからっぽだったので、帰って治療したらお金かかるかも……って悩んでたんですけど、ユメルさんのおかげで心配が減りました」 昼間はさっぱり動かなかった指を、ぐーぱーぐーぱー動かしてみせる。 「財布がカラ?」 治療を終えたミーティアが傍らに腰掛けると、ミーティアの前にも温めた酒と膳が運ばれてきた。 守氏之の銀毛に覆われた耳が、ぺったりと力なく垂れる。 金の瞳に光がない。 心ここにあらずだ。 「ええ、そうなんです。実は……初仕事に張り切って、今回の為に頑張って、私とぽちの装備を調えたりして懐が少々……いえ、かなり厳しくなりました。でも! これで少しでも助けられる命があったのですから、後悔はありません!」 うりゅ、と金の瞳が潤んだ。 今はひもじくとも報酬が入れば、今月の生活は明るい。 傍で話を聞いていたオーデンが「人のため……うんまあでも、仕事しないと食べていけないですし、そのためと考えても、いい仕事ができたかな」と独り言を呟く。 朱塗りの盃を手にしたミーティアが、くつくつと笑った。 「大和は……どんなに窮しても、か。まさに鷹は飢えても穂はつまず、だな」 「はい? なんですかそれ?」 ミーティアの呟きに、守氏之は首をかしげた。 所で愛しのアーマー整備に納屋へ出かけていた雨野が、吹雪に凍えながら戻ってきた。 「豚鬼は倒したし、眼突鴉も一掃したし、ヴァルクちゃんの掃除も終わったし! つまみもあることだし、梓ちゃん、あたしとお酒のまない? ちょうど万商店で『極辛純米酒』ってのを手に入れたから、これで乾杯しましょう。初仕事お疲れさま。かんっぱ〜い!」 半ば押し付けられるように。 盃を渡された鶫が小さく微笑んだ。 「しょうがないわね、乾杯。どこまで飲む気か知らないけど、歯車には負けないわ」 「あはは。瓶がすぐになくなっちゃいそう。ざんねーん」 「帰ったら……新しいの買ってあげるわよ」 「え、ほんと? 梓ちゃん優しい!」 「頑張ってくれたから、よ。でも二日酔いのままで運ぶのは嫌だから、ほどほどにね」 言いながら、疲れて休んでいる駿龍の雛に目を向ける。 夜が明けたら再び、二人を背に乗せて結陣まで戻り、精霊門から神楽の都に戻る。 駿龍の雛がゆっくり翼を休めることができるのは数日後なのだと気づいて、初仕事が成功した祝いに、後でお酒を買って、改めて飲もうと胸に決めた。 明日からまた、忙しい日々が戻ってくる。 |