凍れる湖の輝く水面
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/29 14:36



■オープニング本文

 吐息も白く凍る冬。
 川の水も凍り始めた頃、五行の東では各地の湖に人が集まるようになっていた。

 湖の氷は厚く張り、大人が歩いても全く割る様子がない。人々は釣りの道具を手に、完全防備で湖へ繰り出す。ここと決めた場所に、機材で穴を開け、針の先に餌をつけて糸を垂らす。ただそれだけで、旬の味覚であるワカサギが釣れるのだ。

「……で、俺たちは警備仕事?」
「警備っていったって、万が一アヤカシが出たら仕事してくれ、って話だから大したことねーよ。一緒になって釣って楽しんでこいや」
「料理って自分ですんの?」

 どうやら近くで道具を貸出している店以外に、宿と食堂があるらしい。
 高いお金を払えばワカサギ料理を出してくれるそうだが、多くの観光客は宿の台所を借り、自分が釣ったワカサギを捌いて努力の成果を堪能していくのだとか。
「釣りだけってつまんなくね?」
「それだけじゃねーんだって」
 男性の多くが釣りに興じる傍らで、女性やカップル、子供たちは刃物がついた靴を借りて、分厚い氷の上を滑って遊んだりするらしい。時々運動神経のいい若者が、飛んだり舞いを見せてくれるというから面白い。

「んーじゃあ、行ってくっか」


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / アルフィール・レイオス(ib0136) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 劉 那蝣竪(ib0462) / 透歌(ib0847) / 杉野 九寿重(ib3226) / 嶺子・H・バッハ(ib3322) / ウルシュテッド(ib5445) / フレス(ib6696) / 捩花(ib7851) / 音羽屋 烏水(ib9423) / ソヘイル(ib9726) / 祖父江 葛籠(ib9769) / 桃原 朔樂(ic0008


■リプレイ本文

 身に纏うフードファーなど寒さ対策はぬかりがない。
 捩花(ib7851)が相棒のからくりこと明琳の手を引いて、湖に進んでいく。脳裏にはワカサギ料理の数々が浮かんでいた。
「釣りよ釣り! ワ、カ、サ、ギ! 冬と言ったらワカサギよ、明琳!」
「はぁ」
 すごぉーくやる気のない明琳の反応を気にも止めず、捩花は恐るべき手際のよさで氷に穴をあけ、釣り道具を準備し、糸を垂らす。捩花の手元には、相棒の明琳が飽きた時のための本も一冊準備済み。
 苦手な忍耐も、旬の食材の為ならばなんのその。
「ついでにウグイとかを釣って釣って釣りまくって、食料をゲットするのよ!」
 相変わらず「はぁ」と興味のない返事。それをいつものこと、と気にもとめない捩花は時々、同じように釣りをしている知り合いに手を振ったりしていた。


 不思議な夢を見たのだと。
 氷の穴に釣り糸を垂らしながら、アルフィール・レイオス(ib0136)は淡々と話した。
 傍らにいるのは恩人のウィンストン・エリニー(ib0024)である。最近は殆ど手紙でしか交流がなかった。
「……と、まぁ所詮、夢の話なんだが」
「ふむ、夢か。オレも最近、不可思議な夢を見た。もし放逐直後に会えていたら……共に暮らす時間もきっと長くなったのであろうし、どんな風であっただろうな」
 からからと笑いながら白銀の糸を引き上げる。細いワカサギが何匹も食いついているのを見て、レイオスは一向に当たりがこない自分の釣り糸が恨めしい。エリニーは器用にワカサギを針から外して、小さな籠に投げ入れていく。
「いずれにせよ。真実は巡り合わせが悪かった」
 決して変わることがなく、取り戻せない時間。
 レイオスが「ん、そうだな」と呟く。
「こうして会う機会は大分減ったが……ウィンストンには感謝している。お前がいなければ、今頃どうなっていたことやら」
「さぁて。想像もできん。それでも後日保護できた事は、喜ばしいものであろうな。お互いに忙しい身なれど、こうして時に無事を確かめられるのは良い」
「ん、釣りも随分と久しぶりだ。この釣りは初めてだしな……まったく引きが来ない」
 空気が重くなる。
 未だ0匹のレイオスを眺め、エリニーが糸の様子を凝視した。
「ふむ……そこ、糸が引いているぞ? オレの竿が大きく揺れたのは、コレのせいだ」
 エリニーが、ぷらん、と自分の糸の先を見せる。
 そこには掌ほどもあるウグイが、ビチビチと揺れていた。


 ワカサギ釣りが盛んなこの湖では、釣りに興味のない女性や子供たちも、氷の上を楽しげに滑って遊ぶことができる。
 普通の靴で滑るのではない。
 貸し出される特性の靴には刃が取り付けられている。
「あの靴で氷上を滑り廻るのですね。こういう遊びは知りませんでした」
 杉野 九寿重(ib3226)が楽しそうな声に耳を傾ける。毎年、この時期はワカサギ釣りが主体だと思い込んでいただけに、新しい遊び方に心惹かれていた。
 今回、皆を誘った胡蝶(ia1199)が「故郷じゃ珍しい遊びでもないのだけどね」と呟き、人数分の特性靴を差し出す。
「今日は身体を動かす日ってことで、気晴らししましょう。みんな、コレ履いてね」
 靴を手渡された嶺子・H・バッハ(ib3322)は「ふふふ」と不気味な忍び笑いをしていた。靴の下に刃がある、という構造が、心と妄想をほどよく刺激しているようだ。
 透歌(ib0847)は凝視している。
「ずいぶん危なそうな履物なんですね〜。胡蝶さん……これ元々は武器?」
「違うわよ。刃物に見えるけど、研いである訳じゃないから。手袋をしていれば、手も痛めたりしないわ。私が両手で支えるから、歩くところからね」
 早速転倒する杉野をみて、ぶるぶると震えだす透歌。
 一方で完成させたい技があるバッハは、転んでも全く諦める様子がない。
「まあ氷の上で痛そうには見えるけど、開拓者は運動神経が良いから、みんなすぐに慣れるわよ。私みたいに。……て、いっても多少、上手い程度じゃ自慢にならないけど」
 胡蝶が肩をすくめると、 透歌が首を振った。
「そんなことありません。後ろ向きで滑れる胡蝶さん、すごいです。宜しくお願いします」
「それじゃ、よろしくされようかしら。任せなさい」
 やる気になる透歌と胡蝶の前方では、奇跡的に立ち上がった杉野の尻尾を、人妖の朱雀がしがみついてモフモフと遊びつつ……容赦なく引っ張っていた。杉野の技術上達の近道だ、と朱雀は考えているようだが……どう見ても邪魔にしかなっていない。
「ワンコー、もっと斜めに足を滑らせないと、こけるね」
「尻尾を放しなさい」
 時間が経過するにつれて、全員それなりに安定して滑れるようになった。
 ただしこの『うまくいっている』感覚が曲者だ。調子にのったバッハが不敵な笑みを浮かべて速く滑り始め、回転をしようと足首をひねらせる!
「名づけて、氷牙旋風脚ぅぅぅう!?」
「ちょっと、嶺子それは危な――ッ!」
 ズシャアァァァア、と体で滑っていく。
 周囲の人々が器用に、嶺子を避けていた。
 胡蝶が慌てて回収に向かう。後で甘酒でも飲みにいきましょ、と誘って慰めていた。


 一方、同じく刃の部分に驚いていた祖父江 葛籠(ib9769)は、包丁のように鋭く研がれたわけではない事を確認して胸をなでおろしたが、別な心配が浮かんだ。
 怯えるソヘイル(ib9726)が「氷割れたりしませんよね?」と老人に確認を取る。
 大丈夫だ、と念を押され、湖にせり出した小屋で靴を履き替えた二人は、手すりに捕まって恐る恐る氷の湖に降りた。
「うわぁ……一面、氷の世界だ! すごいね! 行こう、イル!」
「まって、つづ――――つづらさあぁぁぁあぁん!?」
 へっぴり腰のソヘイルの目の前で、祖父江が盛大に転倒し、胴体で遠くへ滑っていく。
 呻き声をあげる祖父江は、何も掴まる物がないので、うまく起き上がれないらしい。
 親友の窮地にオロオロしたソヘイルは、助けに行こうと頑張った。
「わわわ……ひゃぁっ、難しいです。でも、つづらさんが……まずは、八の字で立って」
 老人に教えられた手順で立ち上がり。
 右へ左へ、少しずつ足をずらして、重心の置き方を覚え、柵から手を離す。
 歩くよりも遅い速さで前へ進み、祖父江の元に辿りついた。
「イタタ、失敗しちゃった。ありがとう。むー、ソリみたいなものかな……練習しよう」
「はい、つづらさん!」
 かくして元の場所に戻り、少しずつ動き方を覚えていく。中でもソヘイルは職業的な才能故か、動きを覚えるのが早かった。三時間もすると、後ろを向いたまま滑っていく。
「滑れるようになると面白いね! って、待ってよ、イル!」
「つづらさーん、みてて〜っ!」
 ソヘイルが心の中に思い描くのは雪降る光景だ。氷上でも心で思い描くままに踊りたい。
 後ろ向きで、ゆらゆらと左右に揺れていく。片足で立ち、優雅な動きでくるりと一回転。
 勢い任せに虚空へ飛んで……盛大に転んだ。
「い、イル――ッ!」
 氷上の妖精になるのはまだ少し、遠い道のりらしい。
 それでも輝く空の光は、踊る心とともに二人の胸に染み込んでいく。


 仕事故の身軽さなのか、早くも自在に滑る緋神 那蝣竪(ib0462)が片手で支えているのは、黒い獣耳をぴこぴこと動かすフレス(ib6696)だった。初めて氷の上を滑るので、腰がひけている。立っているのが、やっとだ。
「ふふ、フレスちゃん。そんなに緊張しないで。少し重心を低くして、まずは私の手に掴まって一緒に滑ってみましょ? ちゃんと支えるから安心して。さあ柵から手を離して」
「う、うん、なゆ姉さま。ちょっと寒いけど、頑張ってみせるんだよ! きっとすぐに、ひゃっ!」
 片足を滑らせたフレスを支える緋神は、全く揺れ動かない。
 顔を覗き込んで「大丈夫?」と囁く緋神にしがみついたまま、フレスは姿勢を正した。
「う、うん。大丈夫なんだよ、ありがとう、なゆ姉さま。……上手になれるかなぁ」
 へちょりと耳や尻尾が垂れるフレスを見ると、可愛らしくて、つい抱きしめたくなる。
「もー、フレスちゃんたら可愛いーっ! 絶対大丈夫よ! コツさえ掴めば、とっても楽しいんだから!」
 ぎゅむー、と抱きしめられて、フレスは少し苦しそうに身を攀じった。緋神の胸の谷間に埋もれていると、つい、のっぺりと平らな自分の体と比較してしまう。いつかこんな風になれるかなぁ、と頭の隅で考えつつ、母のような温かいぬくもりに幸せを感じた。
「なゆ姉さま、もう一度がんばるから! これとジプシーの舞とか結びつけると面白いかもしれないんだよ。滑れるようになったら、試してみようかな」
「そうよ、フレスちゃん、その調子!」
 元々の平衡感覚に、上手な教え方も手伝って、数時間も経つとフレスは滑れるようになっていた。人をかきわけ、キュキュッと方向転換していくのを見て、緋神が拍手する。
「素敵よ、フレスちゃん!」
 舞うように滑れたら、そこは白銀の舞台と同じ。
 上手に滑れるようになり、煌くドレスを纏って踊れたら、とても素敵に違いない。


 氷上を自由自在に滑る者たちを眺めつつ、音羽屋 烏水(ib9423)は竿を背負う。
「氷の上をあんな靴で滑る事はわしではできんじゃろうし……かといって三味線は」
 この凍てつくような寒さの中では指も凍るし、楽器も痛む。考えた結果、ワカサギ釣りをすることにした。用意したのは御座に毛布、もふらのいろは丸を背にして、近くに七輪を置けば、きっと暖かいはず。
 支度中に近くの捩花に気づいて手を振った。捩花が声を張り上げる。
「ひゃっほー、つれてるー?」
「これからじゃー! うー…むむ、それにしてもワカサギ釣りは初めてなんじゃが、簡単に釣れるものなのかのぅ?」
 首を傾げる音羽屋。
 捩花が「お互い頑張ろう!」と声を投げてきた。
 背後のもふらが謎の威圧感を放つ。
「釣り糸を、垂らして馳せる、旬の味……烏水殿。沢山釣り上げるもふよ」
 どっしりと座り込む。
 何もしないもふらを、音羽屋は物言いたげに眺めた。
 そして視線を戻した先の捩花は、さっぱり引きのこない釣竿を眺めていて疲れたのか、いつの間にか寝込んでいた。音羽屋が近づいてみると「天ぷらぁ」と寝言を零しながら、もごもご口が動いていた。 

 ところで。
 からす(ia6525)は驚きの方法で釣り……否、漁をしていた。
 皆が小さな穴を開けている中で、ミヅチの魂流を囲むように大穴を開け、凍れる水の中に相棒を容赦なく落としたのだ。
「釣り糸に引っかからないようにね」
「ミュー」
 沈みゆくミヅチの魂流。そうまでして極寒の湖を泳ぎたいのか、と音羽屋達が呆然と眺めていると、からすは箱を設置し、自分は離れた場所に穴をあけて釣竿を設置した。
 数分後。
 湖から浮上したミヅチの魂流は、大量の魚を胃から箱の中へ吐き出した。たばたばと落ちてくるワカサギ……よりもウグイやヤマベの量が多い。
 まるで鵜飼である。
「うむ、よくやった。魂流、もうひと泳ぎしてきてくれ。振舞うには量が足りない」
 確実すぎる漁法を見出したからすは、後で魚をカラッとあげよう、と色々想像を巡らせていた。ミヅチの魂流には酒のご褒美が待っている。


 弖志峰 直羽(ia1884)に「滑っていい?」とおねだりをした水鏡 雪彼(ia1207)は、ゆっくりとではあったが確実に上達し、湖の中央に向かって進んでいく。
「直羽ちゃーん、たのしーよー!」
 後方の婚約者を振り返って、大きく手を振る。太陽に透ける金糸の髪は、銀盤に反射する光を受けて、明るい色に染まっていた。防寒具に手袋をはめて。最初は何度も転んでいた弖志峰も、直線状を進めるようになって表情が和らいだ。
「慣れると結構楽しいなぁ、待って雪彼ちゃ……あれ、そういえばこれ、どうやって止まるんだっけ?」
 血の気がひいた弖志峰が、前進し続ける水鏡を呼ぶ。
「えー? なーに? 聞こえないよー、直羽ちゃーん? ……止まり方?」
 勢いを増して滑りながら、沈黙すること数秒。
「雪彼もわかんない! でもいいこと思いついたよ! ちょっと待ってて!」
 前にしか進めない為、弧を描くように大回りして、のろのろ動いている弖志峰を目指す。
「わ、わ、雪彼ちゃん!? ちょ、早い!」
 慌てる弖志峰。水鏡は物理的な原則に基づき『お互いに衝突して抱き合えばなんとかなる』と考えた。しかしながら動く早さは水鏡の方が上だ。
「いくよ〜、直羽ちゃん!」
 大好きな人の胴にしがみつく。
 その瞬間、押された弖志峰の視界は空を向いた。
 あ、ヤバイ……と思った時には、咄嗟に水鏡の体を抱き込み、お尻から背中を打ち付けていた。
 ごち、と鈍い音がした。
 水鏡の安全を優先したので、自分の後頭部が痛い。
「……はぅ。……大丈夫? 雪彼ちゃん」
「ぶつかって止まれてよかったね! でも、怪我ない? どこか痛い?」
 心配そうに弖志峰の顔を覗き込む。大切な人の無事を確認した弖志峰が「このくらい平気だよ」と微笑んだ。手袋のおかげか、何度も転んだ成果か、起き上がるのは簡単だ。
「ちょっとお腹が空いたし、ワカサギ料理、食べに行こうか。それからまた遊ぼう」
「うん! 一緒にお料理食べに行く。一緒に食べると、おいしいよね」
 無邪気な笑顔が幸せを運んでくれる。


 毎年この時期になるとワカサギ釣りをしていたな、と。
 厚着のウルシュテッド(ib5445)は懐かしそうに呟いた。慣れた手つきで何度目かの竿を操り、次のワカサギがかかるのを待つ。膝の上にのせた忍犬のちびは、前足を折りたたんで幸せそうに丸くなった。傍らの親友ジルベール(ia9952)も、遠くで駆け回る愛馬ヘリオスの嘶きに耳を澄ませつつ、釣竿の行方を見守る。
「やっぱし天麩羅かなー。蕎麦に載せて食いたいわ。後はオイル漬けとか串焼きとか」
「いいねえ、蕎麦。マリネもいいし、俺はフライにして熱々の丼だな。ジル、どっちが多く釣れるか競争しようか」
 想像だけで鳴ってしまう腹の虫も、数時間は我慢できる。
 おいしい料理には、空腹が最高の調味料だ。
 しかし時間の経過とともに、ウルシュテッドとジルベールの釣り上げる量には、明確な差が現れ始めた。
 ウグイやヤマベまで釣れて笑いの止まらないウルシュテッド。逆に、寒さに凍えて「炬燵に入りながら釣りたい」と無茶を言い始めるジルベールの籠にはワカサギが数匹。
「なんだいジル、根性ないな。その釣果じゃあ、大した料理にならないぜ?」
 精々、天ぷらのかき揚げくらいかな、と考える。
 それでも自分で釣り上げた魚の味は格別だと、ウルシュテッドは知っていた。
「さぁて、もう少し釣ったら宿に帰るか。ジル、もう一時間か二時間で、いいとこ片付けないと晩飯が間に合わないぜ」
「あかんねん……俺、奥さんに『山ほどワカサギ釣って帰る』って言うたから、山ほど釣れるまでやめられへん……やめられへんのや……山ほど釣らんと帰られへん」
 ブツブツと呟くジルベールの空気が重い。
「ジ、ジル……み、土産なら俺の分もやるから……な?」
「だめや……嘘はつかれへん……なぁ、テッド、夜明けまで頑張れば、ひと籠くらい釣れるんかなぁ……俺、何か眠くなってきたわ……あれ、天麩羅蕎麦もうできたん?」
 ジルベールの手が虚空を彷徨う。
 空腹で幻覚を見るほど憔悴している。
「ちょっ、待て! それは天麩羅蕎麦じゃないぞ!」
 慌てて忍犬のちびがジルベールの膝に乗り、顔を舐め回した。
 ジルベールが正気に戻ったのを眺めて、ウルシュテッドが肩を叩く。
「少しは目が覚めただろ? 明日、土産用に再挑戦しようじゃないか。つきあうぜ」
「……せやなー。とりあえず、じきに日も落ちるし……戻って、今日の成果をつまみに、これでも飲んであったまるか?」
 ジルベールが荷物から持ち出したのは、宿で飲む為に持参した酒瓶だった。 


 和奏(ia8807)は釣りの光景を眺めて感動していた。
「氷に穴を開けて……こういう漁法もあるのですね」
 一般的には、舟や湖に作った板張りの通路から釣ることが多い。しかし此処の氷に穴を開ける方法には、幾つか別の理由があった。
 暇そうにしていた近くの中年との会話が弾む。
「小さい湖だし、ここらの氷は厚いから、放っておくと大きな魚なんかが酸欠で死んじまう。この近くの家は、池も人の手で割らなきゃいけないんだ。その点、ワカサギ釣りに来た客が、勝手にボコボコ穴あけてくれるから、大助かりなんだぜ」
「寒い地域は、色々と大変なのですね。画期的です。お家に帰ったら、相棒さんたちにも教えてあげないと……」
 和奏はワカサギ釣りを始めてから、小魚はワカサギに限らず「大きくなってくださいね〜」と全て湖に戻した。和奏は順調に釣った魚を横で眺めながら、ふと調理方法を考える。
「ワカサギは、食べる時に内臓を取らないんですよね……取ったら食べる部分なくなってしまいます。けど、このままだとエサにした虫さんは魚のお腹の中に」
 考えて、頭を振って。
 考えないことにした。
 余談であるが、ワカサギ釣りの餌となるのは、蠅や蚊の小さすぎる幼虫などだ。


 賑やかな空気の中で、柚乃(ia0638)はからくりの天澪と仲良く手をつないで滑る練習をしていた。立ち方と止まり方を覚えれば、あとは前へ進むのみ。踊るような動きを見せる者たちを羨ましげに眺めつつ、負けじと精神を研ぎ澄ませる。
「つるつるぺったん、つるぺった〜ん? あ、ここ危ない」
「どこ?」
 時々亀裂が走って不安定な穴の場所を見つけると、氷を作ってはめ込んで、補修をしていた。突然、割れて落ちたら風邪を引いてしまう、と考えたからだ。
 補修を満足げに眺めて、再び氷の上を滑る。
「みんな上手だね」
 風と流れる鳥のように、水中を泳ぐ魚のように。


 普通に滑れるシルフィリア・オーク(ib0350)は礼野 真夢紀(ia1144)に調理を任せて、ひとり、凍れる湖で気持ちよさそうに滑っていた。遠くから噂をきいてやってきた旅行者は不慣れな人物が多いらしく、教えたり補助役が歓迎されたからだ。
 なにより。
 役に立てるのは、やはり嬉しい。
「御嬢さん、楽しい一時の為に、エスコートは入用かい?」
 優雅かつ颯爽と気取って見せるのは、少しばかりのお茶目な悪戯心。
 ふとした休憩時間に立ち止まって宿を振り返る。
「まゆちゃんの料理、楽しみ」 


 一方で相棒と来た村雨 紫狼(ia9073)は、不格好な着ぐるみにダメ出しをされていた。
 いくら湖が美しくとも寒い。湖に分厚い氷が張っているのだから、推して知るべし。
「寒いんだよぉ! だいたい、お前が無理やり連れてきたんだろーが!」
「問答無用! マスターたるもの、わたくしのエレガンスさを磨き上げる義務がございますわ! さあ、お脱ぎになりなさーい!」
 村雨は着ぐるみを脱がされて、氷の上に放り出された。


 青い空が茜色に染まり。
 燃える夕日を追いかけるように星空が静かに姿を見せる頃になると、人々は宿へ戻っていく。
 水揚げされてきたワカサギは、各自が調理して好きな料理に仕上げていた。


 けれど、からすがミヅチを使って水揚げした量は一人で食べるにはとても多すぎた為、皆に振舞うことになった。
 料理を率先して担当したのは、礼野真夢紀と桃原 朔樂(ic0008)だ。
 礼野はからくりのしらさきにワカサギ料理を手伝わせた。
「ヤマベのウロコ、おしまい。ねーマユキ、ワカサギ、オサシミできる?」
 礼野はじっとワカサギを眺めた。あまりにも小さくて細い魚なので、基本的に内蔵も取り除かずに食用に用いられる。とはいっても、和奏のようにワタが気になる人がいるのも事実。
 何事も挑戦だ。
「小鯵より小さいけどやってみよっか。あと酢漬けが出来るならオリーブオイル漬けも出来るかな? 揚げ物は海苔入れて磯部揚げ風と……素焼きで塩味もやってみようか」
 使いたい調味料は沢山あって、料理をしていると心が踊る。
 ふと料理酒が目について、宴会になったら男性に『ワカサギに合うお酒』をきいてみよう、と思い立った。
「そちらの小鍋の具合はいかがです?」
 一方の桃原 朔樂はワカサギの甘露煮を担当していた。
「だてに〜、妹達の世話をやってきたことは〜、あるわよ〜? こうすれば〜、美味しくなるのよ〜」
 飴色に変化する小さなワカサギを、煮崩さずに作るのは大変だ。ことこと煮込む火加減に注意しながら、ヤマベなどの大きな魚もウロコを落として捌いていく。
「んふふ〜後で玄関の走龍にもあげなきゃ〜。冷えた体には〜温かい料理が一番よ〜? 美味しく食べてもらえるかしら〜。さぁーみなさ〜ん、おまちかねの〜ふるこーす〜ですよ〜!」
 大皿が広間の机に並べられていく。


 気づけば。
 外はちらほらと白い花が舞う雪景色。
 月光を吸い込んだ雪あかりで浮かび上がる湖を眺めて、人々は幸せな食卓を囲んだ。

 巡り来る季節のめぐみに、感謝して。