白螺鈿の雪神祭〜雪若〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 27人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/24 23:42



■開拓者活動絵巻
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ohyo






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■オープニング本文

 ここは五行東方、白螺鈿。
 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。
 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、苦痛なだけの除雪を楽しいものに変えようと考え、いつしか名物の『雪若投げ』と合わせてお祭り騒ぎへと変化していった。
 大雪の季節になると除雪した雪を使って、沢山の雪像が会場に作られていく。
 花、人、建築物、怪物など。
 その多種多様な造形美は人々を楽しませる。
 やがて賑やかな『雪神祭』にも習慣のようなものが生まれた。
 それは、

『参加者は小さな雪だるまを作り、会場に奉納していく』

 ことだ。
 大人も子供も、握りこぶし二つ分ほどの雪だるまをつくって会場の一箇所に並べていく。
 二つとして同じものは作られることがない。
 その心温まる幻想的な景色は地元民や観光客にも愛されていた。

 そして今年の1月も雪神祭が開かれる。

 + + +

「どなたかーどなたか、この日、お暇な方はいませんかー!」

 ギルドの受付が慌てた様子で人を呼び集めている。
 話を聞いてみると、どうやら祭の為に送った警備の人間達が、除雪で腰を痛めたらしい。
 流石は冬。
 積雪量は既に1メートルを突破しており、益々積もる傾向があるという。

「早朝のお仕事の後は遊んで下さってかまいません! 本当に人がいるんですぅぅぅぅ」
 情けない声で泣きつく受付。

 立ち並ぶ雪像を一目見ようと、沢山の人間が行き交っている。
 祭が恙なく進むように警備の仕事をしてくれれば、担当時間外は好き放題に遊んでいていいと言う。

「へぇ、雪像作りって参加できるんだ」
「はい! 毎年おもしろい像をつくっていく方がいるそうですよ」
「芸術的な? 雪若投げって何?」
「それでしたら雪神祭案内の裏に解説がのってますよ」

 雪若投げは、所謂『福男探し』である。
 毎年豪雪となるこの一帯では、会場に大屋敷並の高さまで雪を盛って坂を造り、その上から半裸になった『未婚の男』を投げ飛ばして、何処まで転がれるかを競う。
 大抵は雪まみれになり、時に風邪をひくが、最も遠くまで転がった者が、その年の『雪若』要するに福男として扱われる。
 尚、雪若がもたらす福は、その周囲に限定される為、本人に福が来る保証は無いらしい。

「昨年は開拓者が雪若に選ばれて、雪若様と呼ばれてひっぱりだこだったそうですよ」
「もてもて? ほかには?」
「雪若の会場の周囲では食べ物屋さんも揃いますし、夜は巨大かまくらが宴会場に」
「それはいいね!」

 こうして急いで雪神祭へ出かけることになった。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 平野 譲治(ia5226) / 輝血(ia5431) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / サーシャ(ia9980) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / ハッド(ib0295) / 岩宿 太郎(ib0852) / 蓮 神音(ib2662) / レビィ・JS(ib2821) / 杉野 九寿重(ib3226) / ローゼリア(ib5674) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 蓮 蒼馬(ib5707) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 鍔樹(ib9058) / 音羽屋 烏水(ib9423) / ナシート(ib9534) / 黒曜 焔(ib9754) / 弓弦葉(ic0267


■リプレイ本文

 初めて見る雪に喜んでいたのはナシート(ib9534)だった。
「わー! 雪だー! つめてー! 白いー! つめてー! ふわふわしてるー!」
 ばふ、と大の字で地面に横たわり、自分の雪型をつくる。
 起き上がった顔は雪まみれ。
 けれど雪の型を満足げに眺めて「あははは! 俺のかたちー!」と、喜びながらごろごろと転がっていく。
「ナシートは雪は初めてじゃったかの?」
「うん! はやくこいよー!」
 行き交う人々とぶつかったりしないように、と気を配りつつ、慌てて親友の後を追いかける音羽屋 烏水(ib9423)は、ぐるりと白銀の世界を見渡した。
「雪神祭というだけあって、見事な賑わいじゃなぁ……、のう、ナシート。せっかくじゃからお互いに雪像作ってみんかの? どちらの像がより人を集められるか、勝負じゃっ!」
 びしぃ、と。
 叩きつけられた挑戦状。ナシートが不敵に微笑む。
「よっし! じゃあオレは、相棒のスーラジの像を作るぜ!」
「わしはもふらのいろは丸じゃ!」
 数時間後。
「俺のスーラジは、これだあぁぁぁ!」
 そこには凛々しく牙をむく甲龍スーラジの雪像と。
 つりんつりんの歪なもふら雪像が出来た。
 自分の雪像に喜ぶ甲龍スーラジと、複雑な議題を選んだがゆえに、牛と化したもふらっぽい雪像のいびつさに、自己嫌悪に陥る音羽屋がいた。
「……っく、わしの負けじゃ」
 音羽屋とナシートが勝敗について話していた裏で、はしゃぎまくった甲龍が足を滑らせ二つの雪像を破壊してしまった。固めた雪の下敷きになる音羽屋とナシート。
「のわーーっ?!」
「うぎゃーっ!?」
 埋まった二人が、ぼこっと、顔を出す。
「敗者の像を壊すとは……や、やりおったな……っ! これでも喰らえ――っ!」
「うぶっ! だー、壊したのはオレじゃね――っ! こらスーラジ!」
 謝れー、と叫んでも、甲龍は会場の隅で身を丸めて落ち込んでいた。しだいに雪合戦とかしていく。もふら丸は「大福が食べたくなるもふね」と飛び交う雪玉を眺めていた。


 和奏(ia8807)は人妖の光華姫とともに、見よう見まねで雪だるまを作り始める。白く冷える指先で雪を押し固めると、なんだかおにぎりのようになってしまった。
「……どうみてもおにぎりですね……丸くなるように付け足していきましょうか」
 一人一つの雪だるま。決して同じ表情や形をしたものはない。試行錯誤をしながら整った球体を作った和奏は、昔見たジルベリアの雪像を思い出して、雪だるまの顔の造形に凝り始めた。


 ところで雪神祭といえば『雪若投げ』がひとつの見所である。


「雪若がモテるって本当か!?」
 地元のじいさんを捕まえて前後に揺さぶる男がいた。
 ラグナ・グラウシード(ib8459)である。必死に尋ねている。老人いわく、雪若は周囲に幸福を齎らす一年限りの現人神で、雪若から福を分けてもらえる、と地元では強く信仰を集めている。その証拠に、と教えられた方向には、新しい雪若さまの誕生を待ちわびる、可憐で清楚な女性たちが、身を飾って男たちをみていた。
 かくしてグラウシードも高台に登る。
 愛が欲しい!
 もてもてのハーレムが作りたい!
「今年の雪若の座は私のものだあああああッ!」
 態々鬼の如きオーラを発して、気合を入れる。能力の無駄使いだ。しかし彼にとっては死活問題。全身全霊をかけて雪若の座に輝いてみせる、と。坂道を転げ落ちていった。
 必死すぎる胸中を知りつくしている妹弟子のエルレーン(ib7455)が、お菓子を片手に観戦していた。


「なるほど福男、か……どれ、ひとつ新年の運試しといこう。て、ちょ、服脱ぐの!? ……ここから投げ飛ばされるの!?」
 ひん剥かれて驚き、投げ落とされる坂の角度に震えていたのは黒曜 焔(ib9754)だ。
 寒い。寒すぎる。思わず猫耳がぺったりと下を向く。そして高さは屋敷の屋根と同じにしかみえない。幾ら雪がふさふさもこもこでも、毛皮と違って、冷たい抱擁に間違いない。
 坂の下で黒曜を見守っているのは、赤いおべべが鮮やかで、もこもこのもふらさま。
「……く、おまんじゅうちゃん!! 私がこれから行う動作をよく見ておくんだぞ!!」
 半ば自暴自棄になって叫び、泣きながら飛び込んだ。
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロズシャアァァァ!
 白い肌が、真っ赤になっている。ぴくりとも動く気配がない。
 仕方がないので、もふらのおまんじゅうちゃんは、もふもふと歩いて相棒を回収した。
「早く食べ物屋さん行こうもふ〜」
 全く心配していなかった。


 そして蓮 蒼馬(ib5707)やハッド(ib0295)が投げられる番になって、異様に熱意のある声援を送っていたのが、雪だるまを作り終えて戻ってきた鈴梅雛(ia0116)である。
 昨年の雪若は農場の友人だ。今年も仲間が雪若に選ばれて欲しい。長くこの地域に暮らす鈴梅は『雪若』という肩書きが、白螺鈿でどれほどの影響を及ぼすのか理解していた。
「頑張ってください! 絶対に優勝してくださいね!」
 そして投げる男達の方を、キッと見つめる。
「大丈夫です。開拓者は頑丈ですから! 遠慮なく! 思いっきり! 力の限りに投げ飛ばして下さい! 何なら、ひいなもお手伝いしますから!」
 応援が必死すぎる。というか容赦がない。


 そんな応援に切なさを覚えることもなく、一緒に祭へ来ていた杏や聡志、小鳥の頭を撫でた蒼馬は、胸を張って高台にあがった。蒼馬も雪若の知名度を理解していたからだ。
「これしきの寒さで俺を屈服させる事など出来んぞぉぉぉぉぉぉ!!」
 とう、と青い髪の男が虚空に飛び出す。
 今年で挑戦二度目。
 蒼馬は冷たい雪にまみれて、ゴロゴロと落ちていった。


 目の前で転げ落ちていく蒼馬を眺めつつ、ハッドは不敵に笑った。こちらも雪若投げに出場するのは人生で二度目である。再び巡ってきたこの日を、決して無駄にはしない。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イシュ・バルカ3世! 王である! 杏〜ん、よ〜見ておけ〜、これが王の道ぞ〜? ひかぬ〜こびぬ〜かえりみのぉ〜〜ぐふっ!」
 早く飛べ、と蹴倒されたハッドが転がっていく。


 次々に落下していく仲間たち……よりも大雪に気をとられていた鍔樹(ib9058)は、胸を躍らせていた。故郷では、薄く雪が積もるだけで大騒ぎする。比較にならない。
「やっはあ! すげえな、雪がこんなに積もってら」
 見ているだけでも、充分に楽しい。
 しかしこの際、楽しんでしまった方が勝ちだ。
 最も、寒さで楽しむどころではない人もいるらしいが。
「お次は……えーと、大丈夫ですか?」
 係員の視線が、鍔樹の頭に向かう。角だ。刺さったり、折れるんじゃないかと心配しているらしい。鍔樹は不敵に笑って「そんときゃそん時だ。楽しまなきゃ損ってモンだぜ!」と上着を預けた。折れたら、白銀の景色が流血沙汰になるんじゃないかと心配している係員のことなど気にもとめず、定位置に立つ。
 仲間達の叫び声は聞いてきたが……長い口上はいただけない。
 軽く悩んで、心は決まった。
「大漁豊作、祈・願・だァァァ!」
 すると鍔樹は背中を丸め、真横になって小さくなった。
 さぁ投げろ、ということらしい。彼の場合、前転は確かに危険である。
「どうなっても知りませんよ!」
 男たちが掛け声をあわせて鍔樹を放り投げた。
 小麦色の肌が、太陽の中に消える。
 そして投げ落とされた鍔樹は雪の斜面に叩きつけられて、ごろごろと転がっていった。
「いてぇえぇぇえぇぇええぇぇぇ……」
 激痛。
 遠ざかる雄叫び。
 見ているのと、実際にやるのは……大違いである。


 ところでエルディン・バウアー(ib0066)は集まる視線に快感すら覚え始めていた。
 己の活躍は人々の視線を集め、ひいては信者を増やすことに繋がるはずである。半裸故に感じる寒さなど、信仰という情熱で打ち消してみせる。百花繚乱の褌で清く正しい美しさも主張するバウアーは、大きく息を吸い込んだ。
「教会へおいでませ〜!」
 木霊する布教の掛け声と共に、バウアーが転がり落ちていく。
 転げ落ちてゆく友人を眺めた岩宿 太郎(ib0852)は、次に控える己の番を待ちながら、薄雲で淡い青色をした空を見上げた。あの濁った空のように、靄のかかったアヤフヤな空のように、曇った日々を過ごしてきた。
『昨年はあんまし幸せになれんかったのう……』
 幸せが欲しい、と切に思う。聞けば雪若は福男。今年こそ幸せが欲しいと思った岩宿は「いっちょやってみっか! おねーさぁぁぁん!」と甲龍を放置して受付に走った。しかし雪若が齎らす福が『周囲に限定される』という話をすっぱりと聞き逃していた。
 そして現在、高台に立っているわけで。
「見せてやるぜ……鍛え上げた俺のタックルラブを!」
「はいはい次ですよー」
 軽く受け流されながら、岩宿は定位置につく。
「新年初新技! ユキダルマンタックルいっきまーす!」
 そして岩宿は大空へ羽ばたいた……
 ところで。
 バウアーの羽妖精ケチャは、主人を応援せずに、他人ばかり応援していた。というより妄想していた。
「太郎様ったら脱いだらすごいのね。神父様とは旧知の仲みたいですわ。……はっ、あのステキな筋肉で神父様を抱きしめているのね! 禁断のカソックを脱がすひととき……」
 どこから知識を仕入れてきたのか、開拓ケット(カタケット)にはまってしまって、愛し合う男たちの妄想が頭を離れないようだった。小声でぶつぶつ呟きながら、目を爛々と光らせる様子を眺めたバウアーはといえば。
「ケチャは楽しそうですね。お祭りが好きなんでしょうか」
 微笑ましそうに、幸せな勘違いをしていた。
 ついでに転がり落ちて半ば雪だるまと化した岩宿の元へ、放置されていた甲龍のほかみが救いに……いったかと思いきや、前足でゴロゴロと会場の端へ運び出し、あろうことか主人の頭に雪玉を乗せた。このまま岩宿が雪だるまそのものとなれば、新しい主人が見つかるんじゃないか……なんて、邪な気持ちが働いていた。


 平野 譲治(ia5226)もまたブルブルと震えて「寒いのだっ!」と独り言を連ねていたが、どこか楽しそうである。自らの番になった平野は、白銀の坂を見下ろして叫んだ。
「人間大砲準備っ! 照準確認っ! 発破ぁっ!」
 助走をつけて、びょーん、と虚空を飛ぶ。
 しかし着地に失敗して転がっていった。
 有り余る元気だけを武器に滑り落ちていく主人を見上げた相棒の甲龍こと小金沢強 は、元気だねぇ少年よ、と生ぬるい眼差しを向けていた。


 そして今年は珍しい人物が雪若投げに参加していた。
「うう、ありえない。すっぴんなんて、半裸なんて、屈辱だわぁぁぁ」
 顔を覆い、おネエ言葉で嘆く黒髪の青年は、短髪に整った顔立ちをした好青年だった。細い首筋に、黒子のない白い肌、薄い胸板と華奢な四肢。少し線の細すぎる所が難点だが、決して貧弱ではない。
 しかし誰も見たことがない。けれど実際には、街の誰もが知っている。
「頑張ってぇぇぇ!」
 声色を変えて応援していたのは変装した蓮 神音(ib2662)だ。難色を示す彼――如彩家の次男坊である神楽を、おだてて持ち上げて、ここまで連れてきた。普段は厚化粧につけ毛に女装、という三拍子なので、いざ素顔を晒すと……誰も神楽を判別できない。
「意外性抜群! 女装しなくてもキレーだもん! これで神楽さんが雪若になれば、センセーが女の人に追いかけられたりしないもんね! 神楽さんが勝ちますように! センセーがモテモテになりませんように!」
「あはは、面白そーっ!」
 人妖のカナンが高台を見上げてはしゃいでいる。匿名希望の如彩神楽は、投げられた後、走って天幕の中に消えた。化粧をして普段の格好に戻るためである。


 かくして一日中続いた雪若投げは終了した。
 沢山の男たちが空に散った。何人か、顔面から叩きつけられて大変なことになっていたが、飛距離の計測が終わってから、司会が声を張り上げる。

「皆様、大変お待たせいたしました。本年の雪若の誕生をお知らせいたします! 本年の雪若に輝いたのは……『鍔樹』さんです! おめでとうございます!」

 わぁ、と観客の歓声と拍手が巻き起こった。
 十秒後。
 それまで「いやー、やっぱり寒いわな。風邪引かねーように気をつけねェと」と呟いていた鍔樹は、数百人に及ぶ地元住民が、自分を目指して走ってくるのを見た。
 人々が押し寄せてくる!
「雪若さまああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「わたしに! わたしに今年こそ縁談ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「商売はんじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「きれいになりたいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 なんか言ってる。
 皆が両手を前につきだし、血走った眼差しで今年の雪若『鍔樹』に触れようと走ってくる。
 雪若は、周囲に福を齎らす福男。
 たった一年だけの現人神だ。
 あの人数に取り囲まれたら、生きて街を出られない気がした。
 鍔樹は、全力で逃げ出した。


 雪若の発表を眺めて、崩れ落ちたグラウシードは、嫉妬と羨望の入り混じった眼差しを鍔樹に向けつつ、号泣した。なぜだ? どうしてこうなった? 今年の雪若を射止めた鍔樹が美しい乙女たちに追いかけられる様子をチラ見して、更に落ち込むグラウシード。
 どこか諦めた眼差しで大空を見上げ、はらはらと涙を流した。
 が。
「うぷぷー、見てよもふもふ、おばかさんがおばかな顔してるよぉ」
「……えるれん、何もそこまで言わなくてもいいのにもふ」
「だって、だって、ぷぷぷ、あっははははははは! ばーかばーか!」
 グラウシードの背中を眺めて大爆笑するエルレーンがいた。


 雪若に選ばれるかどうかは、完全に運と言える。
 残念そうに溜息を零した鈴梅は、温かい食べ物と飲み物をを用意して、蒼馬やハッドに差し入れに行った。
「お疲れ様でした。これで、温まって下さい」 
「おぉ、子守ご苦労じゃ。さて、出場もすんだ事であるし。子供たちを頼むぞ」
 ハッドは杏たちを鈴梅と蒼馬に託した。鈴梅が「お出かけですか?」と首を傾げる。
「これだけの雪じゃからの〜。アーマーの鉄くずを使って農園まで除雪して道を作っておこうと思う。まだまだ降るじゃろうしのー」
 ハッドはそう言って身を翻した。
「僕らも帰る?」
 杏が蒼馬を見上げる。
「おいおい。まだ奉納してないだろ。そら、お前達も雪だるまを作りにいかんとな」
 幼い杏や聡志、小鳥たち達を促し、小さな雪だるまをつくる。寒い中でも子供は元気だ。頬を赤くしながら、懸命に雪玉をつくる。不格好で小さな雪だるまを見ると、心が和んだ。ふと妙な熱意を感じて肩を見ると迅鷹の絶影が雪だるまを凝視していた。
「……つっつくんじゃないぞ? 屋台も見てまわろうか」
 一行は屋台で賑わう人混みに消えた。


 杉野 九寿重(ib3226)とローゼリア(ib5674)は二人で屋台を巡りながら陰鬱な顔をしていた。
「朱雀の我儘に、桔梗も付いてきてとなると……又悪巧みに巻き込まれた感が有りますね」
 深い溜息がひとつ。
「そうですわね。はてさて……、可愛い物好きのからくり桔梗に、積極的に勧められたものの……何ができあがるのやら」
 深い溜息がふたつ。
 二人の心配は、雪像の会場にいる相棒たちである。人妖の朱雀とからくりの桔梗にせがまれて雪神祭へやってきた。そして雪像を作るというので、雪を盛る作業を手伝った後、造形は自分たちがやる、と言いだしたのだ。かくして完成まで二人で屋台をうろつくことになったワケだが……何分、悪知恵の働く相棒達の意味深な笑顔を思い出すと胃が痛い。
「ワンコー、できたよー!」
 人妖朱雀の声が響く。傍らには、からくりの桔梗がいた。。
 会場に完成していたのは、杉野とローゼリアの雪像だった。夏祭りの浴衣姿を、髪型や手に持っている小物、浴衣の柄に至るまで緻密に再現されている。
 ローゼリアと杉野は「あら」とか「まあ」とか言いながら、その出来栄えに見入っていた。正直な話をすればまさか真面目な雪像が出来上がるとは考えてもみなかった。
「少々、予想外な仕上がりですが……まあ、これなら良いですわね」
「ええまあ、余り恥ずかしいものではないし……今回は褒めてあげますね」
 人妖朱雀を撫でる杉野。ローゼリアは桔梗たちにお礼を述べた。


 人妖のウィナフレッドと小さな雪だるまを作るフェンリエッタ(ib0018)は、幼い頃のことを思い出していた。雪だるまをつくるのは得意で、昔は毎日のように雪だるまを作っていた。
 お出かけ前、家へ入る前、そうして並べた雪だるまに精霊が宿ると信じていた。
「でーきた、やっぱり昔の感覚って鈍らないものね。小さな雪だるまは簡単だし」
「ウィナには全然小さくないんだけどな」
 ぶつぶつ呟く人妖のウィナフレッドにとっては、フェンリエッタが作ったものと同じ大きさの雪だるまは、己の背丈の半分にもなる為、非常に重労働である。
「ウィナもお祭りに参加するんでしょ? ふふ、可愛い雪だるま。この後は……雪像作りにいこっか。ウィナの雪像、つくってあげる。髪飾り付きの奴でね」
「えー、リエッタ。最初は屋台がいい。ねえねえ、ここの宴会って、どんな料理出るかな」
 食べることばかりに意識が向くウィナフレッドに呆れ「雪でも食べてなさい」と器用に雪のドーナッツを作って、ウィナフレッドに被せる。人妖は「いやー! リエッタ冷たーい!」ともがいていた。


 雪像をつくりにきたフェンリエッタの隣では、防寒具を着込めるだけ着込んだ弓弦葉(ic0267)が、もふら像を作っていた。
「んー…こんな感じでいい、かな?」
 何度も四方から確認して、鬣やもふもふ感が表現できているか確かめる。固めていくとツルツルの氷像になってしまうので、基本を作った後でふわふわの粉雪をつけていった。
「あら、すごい上手ですね!」
 隣のフェンリエッタが、ひょっこりと顔を出した。
「ほんと? よかった。初めてだったから、どの程度のものをつくればいいのか分からなかったけど……みんなの思い出になるといいな」
 此処へ来た時は警備仕事の緊張感で顔がこわばっていた弓弦葉も、自分の自信作の完成を見上げて、ふっ、と頬を緩ませた。通りすがりの子供たちが「もふらさまだー!」と叫びながら瞳を輝かせる様をみていると、心が和む。


 ところでサーシャ(ia9980)は愛機アリストクラートを雪像で作り始めた。
「大雪ですね〜お祭りですね〜〜燃えますね〜〜〜みなぎってきましたよ〜〜〜〜!!」
 燃え上がる芸術魂。
 アーマー人狼を使えば、重い雪を積み上げるのは難しいことではない。着実に雪を盛って削って、水をかけて凍らせて。細かい細工は生身で慎重に作業していく。時々愛機アリストクラートを横に並べて比較し、より高い完成度になるよう心がけた。
 童心に帰るとは、きっとこういう事を言うのだろう。
「目の部分はどうしましょうかね。折角ですから着色して、他の雪像と差をつけたいところですが〜〜……はッ! そういえばいいものがありました!」
 サーシャは手荷物から葡萄酒を取り出した。


 雪像の会場にいたケイウス=アルカーム(ib7387)とゼス=M=ヘロージオ(ib8732)は、お互いの相棒の紹介を手早く済ませると、相棒を交換して雪像を作り始めた。
 アルカームは駿龍のクレーストを。
 ヘロージオは駿龍のヴァーユを。
 何故、二人が相手の相棒を作る事になったかというとヘロージオの粋な提案があったからだ。
『ただ相棒の雪像を作るのもつまらないじゃないか。俺はヴァーユ、お前はクレーストの雪像を作るというのはどうだ? なに、上手く作れるよう努めるさ』
 かくして。
 親友の作り上げた雪の相棒は、とても素敵な仕上がりだった。
「ゼスの雪像、上手く出来てるなぁ……手先が器用なんだね。あ、ヴァーユ! 覗き込むのはいいけど、そーっとだよ! ちゃんとゼスにもお礼を言うんだぞ?」
 どこか上機嫌な声で、ヘロージオに擦り寄る駿龍のヴァーユを眺めて、アルカームは切なくなった。
「ヴァーユ……なんで俺に対してより愛想がいいんだ……拗ねるぞ?」
 くす、とヘロージオが笑った。
「何を言っているやら。ケイウスの作品も立派だが? 首のあたりも凝っているし」
「あ、気づいた? 首の南十字星に似た模様もしっかり表現してみました! 気に入ってくれるといいな」
 寒さも忘れて作り上げた。
 モデルになった駿龍たちは、動いてはいけない時間が長くて、少し退屈そうではあったけれども。
 雪像を作り終えて屋台を歩き、胃袋も満たされた頃にアルカームが何かを思い出した。
「そうだ。いっこ忘れてた。雪だるま、俺達も作ろう!」
 最後に会場の隅へ奉納したのは、小さな雪だるまだ。
「今日は楽しかったな、クレースト」
 駿龍のクレーストに触れたヘロージオは、傍らの親友アルカームを見上げた。
「ケイウスも、ありがとう」
「俺の方こそ、今日はありがとう! クレーストもっ! ヴァーユもお疲れ様だ」
 今日一日を過ごして、最初は主人に害をなす男なのではないか、と。アルカームと駿龍のヴァーユにキツイ眼差しを向けていた駿龍クレーストも、のんきで賑やかなアルカーム達を見ていて警戒が薄れたらしい。
 今年も楽しいことが沢山、起こりますように。
 そんな願いを胸に、微笑んだ二人と二頭は、連なる雪だるまを満足そうに眺めていた。


 レビィ・JS(ib2821)は冷え切った手を擦りあわせて息を吐きかけた。
 あちこち痛いし、指先の感覚が殆どない。
「うぅ、素手で雪だるま作るんじゃなかった……乾燥してるし、唇も切れちゃった、痛い」
「おや、そこの主。寒そうじゃな。温まりたいのならよい場所があるぞ?」
 管狐の導 が「ちこうよれ」と尻尾でぺしぺしとなりを叩く。戸惑うレヴィが主人と思しきシュバルツの方を一瞥すると、視線に気付いたウルグ・シュバルツ(ib5700)は餅を焼く手を止め、毛布や手当の道具を持ち出した。どうやら準備万端らしい。
「えっと……オジャマします。レヴィです。こっちは忍犬のヒダマリ」
「……ウルグだ。手を見せてみろ。……冷やしすぎたようだな。応急処置しかできないが、何もしないよりはましだろう。何か食べて、温まっていくといい。導、火の番を頼む」
 塗り薬や包帯などを取り出すシュバルツの後ろでは、管狐の導は「火種については任せるがよい。その程度造作もない」と言いながら、火鉢にかけた網の端に魚を乗せていた。
「雪像でも作っていたのか?」
 膝の上に忍犬のヒダマリをのせたレヴィが「ううん、普通の雪だるま」と顔をそらす。
 すると焼き魚の番をしていた導が「おお、奉納の雪だるまか。壮観じゃったよな」と声を投げてきた。
「主も参加すれば良かったのにのぅ。昼間は雪若投げやら色々と賑やかだったではないか……とはいえ、まぁ、進んで参加しているところなど想像はできんがの」
 口が達者な管狐に唖然としつつ、気づくと両手の手当が終わっていた。
「唇の乾燥には、この軟膏でも塗っておくといい。無味だ。安心していい。何か食べるか」
「うん、ありがとう。……ね、もう少し自己主張してもいいんじゃない?」
 導を一瞥したレヴィは、シュバルツにぽそぽそと囁いた。


 あちこちで始まる宴会の音が聞こえる。
 響き渡る声を聞いて、輝血(ia5431)は外を眺めた。日も沈んで夜になったというのに、外は随分と明るい。一面の銀世界が、漆黒の闇の中でも淡く輝いていた。
「ここは静かだけど、外はずいぶん賑やかだなぁ」
 くしゅん、と鼻を抑える。
 すると御樹青嵐(ia1669)が立ち上がり「冷えにはお気を付けください」と毛布を羽織らせた。ぬかりのなさに、輝血が苦笑をこぼす。お酒は熱燗、鍋は水炊き、と一人てきぱき支度をする様も甲斐甲斐しい。
「青嵐、気を使いすぎ。あたしのことばっかりじゃなくて、自分のことにも気をかけなよ」
 はい? と首をかしげながら、その手は椀に具を掬う。
 おかんな動きが染み付いていた。
「言ってる傍から……もう、たまの休みなんだから、あんたも気を張らない。ほらほらお酌してあげるから」
「ありがとうございます。静かなかまくらの中で一杯とか乙なものですね」
 朱塗りの盃に酒を注ぐ。濁り酒を眺めながら、青嵐は照れるどころか……どこか陰鬱な表情をしていた。心ここにあらず、といった様子である。
「……なんか浮かない顔してるね」
「え、……申し訳ありません。輝血さん、少し考え事を」
「青〜嵐。駄目だよ、女を前にそんな顔してたら。……大丈夫だよ。別にあたしはどうにかなったりしたりしないから。まぁ最近、色々もやもやしてるところもあるけど……青嵐が傍にいてくれて、随分と楽になってる部分もあるよ。いつも、ありがとね」
 考えていることや悩みなどお見通しだというように、輝血は囁いた。
「しんみりした話はこれでおしまい。折角のお祭りなんだから楽しく飲もうよ、青嵐。つきあってくれるでしょ?」
 酒瓶を手に、もうひとつの盃を掲げる輝血。御樹は「はい」と返事をした。


 ところで雪若投げで健闘し合った暇な男たちが宴会をしようと集った。
 巨大なかまくらの中で、その宴会を切り盛りしているのが……仮眠から目覚めたばかりで目を擦っている礼野 真夢紀(ia1144)だった。からくりのしらさぎも、せっせと主人を手伝う。
 実は人々が雪若の誕生で賑わっている昼間の内に、味噌味の海鮮鍋を人数分揃えるための支度を命じておいた。刻んだ野菜に、手に入れた冬の味覚。魚の切り身は食べやすい大きさに切って、骨も毛抜きで抜いてある。
「マユキ、お鍋の準備しておいたの。お鍋用にウドンあります、ゴハンたく?」
「そうね、ご飯も炊いてきて。焼きお握りにするわ。正月過ぎたばかりで、お餅は飽きてる人多いと思うから。飲み物の支度をしてくるわ」
 お茶に甘酒、酒以外はなんでも揃う。
 黒曜はもふらのおまんじゅうちゃんと共に鍋を囲んでいる。
 隣には出番を終えた平野が「にゃはーっ、感謝なのだ」とご馳走になっていた。
 夢やぶれたグラウシードは「俺の桃色生活が!」と未練がましく呻いてやけ食い中だ。
 岩宿とバウアーも、礼野の手料理に舌づつみ。
「いやー美味しいですねぇ、生き返ります」
「今年の幸せの始まりって感じかな」
「そうかァ?」
 隣には数百名に襲撃されていた時の人、雪若『鍔樹』もいた。
「えれー目にあったぜ……つーか、民間人に護衛される開拓者って、いったい……」
 後で行こうと思っていた屋台は『大混乱になるからダメです』と言われ。
 せめてかまくらで鍋が食べたい!
 と主張した鍔樹の望みを叶える為、昼間は会場を警備していた強面のおっさん達が、只今二十四時間体制で鍔樹の護衛を勤めている。立場が昼間と逆である。
「そんなにありがたいもんかねェ?」
 自分自身は、全く何も変わっていない。打ち身で体が痛いぐらいだ。
 ただ少し仲間よりも転がった距離が長かっただけ。
「それが雪若なんだよー」
 如彩神楽と一緒に鍋をつついていた変装中の神音が「モッテモテなんだから」と力説する。
 昨年の雪若とは友人だったし、仕事先でよく一緒になったので、神音も『雪若が、どれほど白螺鈿でありがたがられる』のか理解していた。
 白螺鈿の人々は、雪若が幸福をもたらしてくれると信じている。
 雪若が街を歩けば、かなりの高確率で先ほどのように襲撃される。老人も若者も関係ない。白螺鈿の人々の注目を集めるという意味では、地主以上の影響力だ。雪若が足を運ぶ店では品物がよく売れるし、商売に携わる人々はこぞって雪若を宣伝に活用しようとする。
 ただし二年間連続で開拓者が選ばれてしまったので、常時、雪若が白螺鈿にいるとは限らない。その為、人々は殺気立ってお近づきになろうとするのだ。
 雪若に触れて、願いをすると、願いが叶う。
 簡単なおとぎ話だ。
 色々と予想外な扱いを聞かされながら、疲れ果てた鍔樹が串をかじる。
「あー、酒がのみてぇな。何か買って来てェケド……無理かね」
「雪若さま。鬼灯の里の大吟醸『鬼殺し』の無濾過生原酒でございます」
 どっからきた、おっさん。
 極上の一升瓶を差し出した地元の爺が、一礼して去っていく。
「こんばんは」
 別のかまくらにいた鈴梅が、酒を開封した鍔樹を見つけて「少しよろしいでしょうか」と手招きした。後ろには三人の子供をつれた蒼馬がいる。
「鍔樹さん、おめでとうございます。身勝手とは承知の上で、お願いしたいことが」
 まさか。
 開拓者の中にも、雪若を信じる奴がいるのか!?
 と顔色が青くなった鍔樹の前に、三人の子供たちが並べられた。
「うちの農場の子達に、福を分けてください。頭を撫でてくださるだけでいいんです」
「え……あ、まぁ、それくらいなら」
「ほら、三人ともいってこい」
 後方の蒼馬が送り出す。
 鍔樹が最初に、杏という少年の頭を撫でた。
「ねーちゃんの目が見えるようになりますように」
 二人目は聡志という少年だ。
「かーちゃんの足がよくなりますように」
 三人目は小鳥という少女だった。
「おかあさんが泣き止みますように」
 子供たちはお礼を言って、蒼馬と鈴梅の所に戻った。鈴梅が頭をさげる。
「ありがとうございます。お邪魔しました。よかったら今度、うちの野菜を食べてってくださいね」
 ばいばいと手を振る子供たちに手を振り返しながら、頬を掻く。
「あれくらい純朴なら、いーんだけどなァ」
 昼間の大人たちは物欲の塊であった、と。思い出すだけで、ぞっとする。
 たった一年限りの雪若という肩書き。
 一歩、白螺鈿の里の外に出れば、そんな風習を知る者はいない。他人に福をもたらせるかどうかだって怪しい。自分は単なる修羅の開拓者に過ぎない。そうは思っても、白螺鈿の人間にとって、雪若の価値は単なる象徴以上の価値があるのだと思い知らされた。
 本人に福がこない、という辺りが難点だが。
「明日から大変ですね、雪若さま?」
「よせって、おっかねェ。さー、神楽の都に帰る前に、食って食って食いまくるぜ!」
 もらった酒を朱塗りの盃に注ぎながら、大騒ぎを始めた。


 ひらり、ひらりと。
 深々と降り積もる白銀の輝き。
 雪深くなる五行の東で、雪神祭が賑やかに過ぎていく。