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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 それは開拓者ギルドの帰り道。 怪しげな風呂敷を抱えた人妖の樹里と目があったことから始まった。 「過去へ戻れる?」 近場の茶屋で雪を眺めながら菓子をつつき、生姜入りの甘酒で体を温める。 ほんの世間話のつもりで話を聞いてみると「過去へ戻れる道具があるの」と樹里は話した。 風呂敷の中には、封印符の貼られた木箱があった。 人妖「樹里」の主人である陰陽師は狩野 柚子平(iz0216)といい、五行の封陣院に分室長として勤務する若き鬼才である。奔放すぎる人柄に周囲は手を焼いているものの、その研究や実績は確かなもの故に確固たる地位を築いていた。 そんな彼の趣味の一つが『遺物の収集』だ。 学術的な歴史的価値を持つあれこれではなく、曰く付きの代物……世間一般的には呪われているとされる昔の遺物収集に目がない。それは遺失技術再生を掲げる、研究熱心さが影響した趣味だったが、何しろ『ヤバイ遺物』を集めてくるので危険極まりなかった。 「この刻魔鏡は倉庫の中に保管されていたの。だけど年末の大掃除で引っ張り出した時に、持ち出してきたってわけ。昔に戻れるなんてワクワクしない?」 「……ありえない」 「ゆず曰く『ひどい幻覚をみせる馬鹿げた道具』とはいうけど、もしその程度のガセだったら、ゆずが態々超厳重封印する訳ないじゃなーい。ね、ね、試してみようよー!」 純粋な好奇心に満ちた、樹里の瞳に魅せられた。 過去へ戻れる。 置き去りにした遠い過去へ。 もしも昔へ戻れるなら、と誰でも一度は考える。 常識から考えて『そんなことはありえない』と理性は囁く。 けれど。 戻りたい、と思ってしまった。 試してみたい、と願ってしまった。 心の底にしまいこんだ記憶の果てに辿り着くことが叶うなら、と。 そうして。 貸し切った宿の一室で、一同は顔を見合わせた。 時を遡る代償は、己の血。 部屋中に敷き詰めた和紙は謎めいた文字を記す。 開封した禍々しい刻魔境を床に置いて一滴の血を滴らせ、其々付属の勾玉を首に飾った。 「それじゃ、はじめるよ〜!」 鏡を取り囲んで手をつなぐ。 「帰りたい場所を強く願ってね。過去へ滞在できる時間は48時間って話だから、忘れないで」 本当か嘘か。 鏡に彫られた呪文を唱えれば判明する。 樹里は目をつぶって、歌うように声を張り上げた。 「天地にきゆらかすはさゆらかすは神わがも神こそは来ね聞こゆ。来ゆらかすはすめかみのよさし給える大尊。踏み行くことぞ神ならなるに、より返し打ち返す。波は風行き海の面も漬けし。バン、ウン、ターラク、キーリク、アク」 ぽう、と首飾りが光を放った。 これはもしや……ヤバイのでは? そう思った時には、樹里は呪文を詠い終えた。 「九天応元、雷声普化天尊!」 視界が眩い光に包まれた。 目が痛い。意識が遠のく。埃っぽい空気が消え、澄んだ風が頬をなでた。 ゆっくりと瞼をあけると……そこは森だった。宿ではなかった。 樹里がいない。仲間もいない。離れた場所に街道が見える。 全身から血の気が引いた。 ここは一体、どこなのだろう? |
■参加者一覧
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
アルフィール・レイオス(ib0136)
23歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
須賀 廣峯(ib9687)
25歳・男・サ
エリアス・スヴァルド(ib9891)
48歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●叶わぬ逢瀬を夢に見て 蝉が鳴いている。力の限りに。 「いやがったよ」 喪越(ia1670)は溜息を零した。懐かしい生垣の隙間から見た立派な屋敷。そこには若き日の自分が、人の目を盗んで、縁側で横になっていた。椿油で整った黒髪に違和感を覚える。 「うーわー、優等生やってた頃じゃねえか。几帳面に草履揃えて、ありえねぇ」 喪越は己の首飾りに目を落とした。 此処が天儀歴990年代半ばの昔である事を思い知らされる。 「しかしなんだ。やっぱ俺、イイ男だなぁ。惚れ惚れするぜ……馬鹿野郎め」 十五歳前後の『あの自分』は神童と誉れ高かった。それ故に、これから起こる未来を思うと胸が潰れる。黒い眼鏡をかけた喪越は生垣を飛び越えた。 「よぉ、アミーゴ。景気はどうだい?」 若い自分が飛び起きる。 突然の侵入者に符を構えた。 「よせよせ。お前じゃ、今の俺には叶わねぇよ。怪しいもんじゃない……つっても、この格好じゃ怪しさ爆発か。暇そうな顔してたから、声かけただけさ。すぐに出て行く」 消えない警戒心に苦笑が零れる。 この頃の自分が何を恐れていたのか。よく理解していた。 「親にサボリを告げ口したりしねぇよ」 肩から力が抜けたのを見て、自嘲気味に笑ってしまう。 この頃の自分は孤独だった。 誰も信用できなかった。期待に応える為に無理をしていた。 今なら『誰でもいいから話し相手が必要だった』という単純な答えに辿り着く。 返事を待たず、喪越は隣に座った。 「型にはめられた優等生はつらいよなぁ」 「おじさん……誰?」 「おじ……ま、存在を消された遠い親戚、みたいなもんさ。いつか分かる。そんな湿気たツラしてんなよ。此処が嫌なら飛び出しちまえ。長く生きてっと、嫌なことは星の数ほど起こるがな。――――ボウズ、世界は広いぜ」 無垢な瞳をした若い自分と語らいながら。 喪越は肌を焼く眩い太陽を見上げた。 茜色の空に、闇の帳が落ちていく。 都から去った喪越は、付近の森へと足を運んだ。 この時代を望んだ理由は、昔の自分に説教をする為ではない。 思い出の中に眠る『彼女との邂逅』を望んだからだ。 「……もし、殿様。咲き狂い桜の屋敷からおいでになりましたな。若君をご存知ですか」 足が止まる。 懐かしい美声に胸が痛んだ。 「へぇ、こんな頃からボウスに目をつけてたのか。見る目があるねぇ」 喪越の黒い瞳が主を探す。 木陰に佇む可憐な美姫に目が止まった。 ふわりと香る白檀の香。 真新しい市女笠に品の良い壺装束。 月光を浴びて輝くぬばたまの黒髪と穏やかな白面が美しい。 幾度も夢に見て、悩み憎んだ恋しい女が佇んでいた。 「若君をご存知ですのね。どうか若君にこの手紙を」 「やめとけよ、人の娘のふりなんざ。わりぃな……お前ぇさんが何者か、俺は知ってる」 六芒星が刻み込まれた篭手で印を組む。 魔性の女は一歩後ずさった。 喪越は思う。 今このアヤカシを滅する事ができれば、歴史が変わる可能性が高い。 若い自分が『アヤカシに誑かされて家の秘術を持ち出す』なんて馬鹿な行動を起こさずに済むだろう。道を踏み外さずに後継者になるに違いない。結果、今の自分が消えても、森羅万象に絶望し、家も名も全てを捨てる事にはならないはずだ。 きっと全てが変わる。 全てが。 悩んだ喪越は術を発動させずに手をおろした。 「聞いていいか。お前ぇさん、本当はあいつをどう思っている?」 戦え、と理性は囁く。 アヤカシは害悪でしかない。よく分かっている。 それでも。 「力を得る為のただのカモだとしたら、どうしてあの時、涙を――」 問わずには、いられない。 「だー、やめだやめ! 出会う前に聞いても意味がねぇ。飛ぶ時間を間違えたか……お前ぇさん、若君をオトしたいんだろ? なら、もっと話しがいがあって涙が似合うようなイイ女になってもらわなきゃな。あいつは誰でもいいってわけじゃ……」 口を押さえた。 自分の発言に眉をしかめる。 「…………はは、そうか」 首飾りが淡く輝く。 「アディオス」 甘く苦い夢が覚めていく。 ●気高い淑女の逃亡歴 過去に舞い戻ったアルフィール・レイオス(ib0136)は途方にくれた。 「過去に戻るという話は……本当だったのか? いやでも」 望みの時間からは、大幅にズレていた。 旅の開拓者ルフィアを名乗り、聞き込みで分かった事は、天儀歴999年の……当時貴族令嬢として暮らしていた九歳の自分が、母親の事故死により生家レイオス家から放逐される時期だという事だ。 母親を救うつもりでいたレイオスは困り果てた。 その時。 「おぼえてらっしゃい!」 苛烈な声に振り返ると、場違いなドレスを纏った幼い自分が、一抱えの荷物を持って大通りを歩いていた。 家を追い出された直後だ。 勝気で負けず嫌いで、けれど外の世界を何も知らなくて。 この後、散々酷い目にあって、レイオスは女として振舞うことをやめた。周囲の者は、甘い言葉で近づいてきて、身ぐるみを剥ごうとする。まともな生活を手に入れるのは……赤髭に拾われる数年先の話だ。 「そうだ。ん、赤髭ならきっと助けてくれる」 赤髭という男は、この頃に主家の警備を任ぜられている騎士で、元はレイオスの母親の開拓者時代の友人である。ただの友人が、何故開拓者を退き、貴族の妻となった母の傍で仕事に励んでいたのか。理由は知らない。けれど一介の傭兵は、騎士の身分を持つまでに成り上がった。そしてレイオスを、長年遠くから見守ってくれていたという。 放逐された自分を見つけ出したのも、赤髭ただ一人だ。 『探しましたよ、お嬢様』 令嬢としての礼儀作法すら忘れ、荒んだ自分を、涙を流して迎えてくれた。 いわば恩人。彼ならば救ってくれるはず。 「アルフィール!」 自分を呼び止める。幼い自分は、つんとすましていた。 「どなた? レディを呼び捨てにするものではありませんわ。家を出ようとも、わたくしは誇り高きレイオス家の娘。アルフィールさま、とお呼びなさい! あなたお名前は?」 放逐されても尚、貴族としての自尊心を捨てていない。 母が死ぬまで、蝶よ花よと育てられた身だ。 仕方がない、と今なら言える。 「俺は、ルフィア。アルフィール……さま、を心配している方がいる。案内しよう」 「まぁ、お名前を知っている方なら、ご一緒してさしあげてもかまいませんわ。知らない方には危険だからついていくな、と。お母様の教えがございますから」 レイオスの脳裏で警鐘が響いた。 いつも『赤髭』と呼んでいたので、この重要な時にフルネームが出てこなかった。挙句、この頃の自分は『赤髭』を知らない。言葉に困るレイオスを見た、幼い自分の表情に怪訝な色が浮かぶ。 兎も角「まずは食事を」と半ば強引に食堂へ誘ったが、幼い自分の舌は贅沢に慣らされていて、怒り出す始末だった。宥めながら、赤髭に現状を知らせる手紙をしたためる。 「ヴィアライン、この手紙を主家の赤髭に届けてくるんだ」 この手紙で赤髭が自分の窮地を知れば、未来が変わる。 駿龍は一声鳴いて、空に飛んだ。 明日には迎えに来てくれるはずだ。確信を持って席へ戻る。 「今、相手へ手紙を届け……」 席が空だった。幼い自分の荷物も消えていた。周囲の者に尋ねると「厠へ消えた」という。後を追いかけた。厠の窓は空きっぱなしで、切れたドレスの布が、釘に引っかかっていた。 幼い自分に逃げられたのだ。 ●蒼き竜胆が狂い咲く里で 見覚えのある森にいると気づいた柄土 神威(ia0633)は、迅鷹の夕霞を茜色の上空へ飛ばした。天儀歴1001年まで存在していた故郷の位置を知る為だ。 「里は祭だった! 見えるはずよ!」 迅鷹は上空を旋回して戻ってきた。 眼鏡を装備して変装し、導かれるまま獣道を走る。 急に視界が開けた。 山間の村は、軒下に沢山の提灯を吊るし、広場に篝火の準備をしていた。 温和で働き者な村人達と子供達の笑い声が聞こえる。 「見ない顔ね。どこから来たの?」 養母の女泰拳士が現れて、近づいてきた。 思わず『お師匠様』と呼んでしまいたくなる。 「開拓者のユカラと申します」 「事件か何か? 今から祭があるの、休んで行きなさい」 祭の夜に里は滅んだ。 変えられるのならば変えたい。 それが世界の理に背く行為だとしても。 「今すぐ里人を集めて逃げてください。奴がここに来る前に!」 刹那。 足元の竜胆が青い花をつけ始めた。 瞬く間の出来事だった。 里中の竜胆が青い花をつけ、屍の狼の群れが里を襲った。 一人でも多く逆方向へ逃がそうと、アヤカシの群れを拳でなぎ払う。排除するには数が多すぎた。戦いの中で見つけた十七歳の自分は、気力を振り絞って魅了に抵抗した為、憔悴して意識が朦朧としていた。 「ユカラ! その子を連れて逃げなさい! ……アタシの想い出の花をよくも」 柄土は村人に幼い自分を託し、師匠の言葉に逆らった。 置き去りにする訳にはいかない。 広場で青年姿のアヤカシが嘲笑っている。 積年の恨みを拳に宿し、柄土は師匠と共に大地を蹴った。 どれほど拳を振るったか、覚えていない。 重症を負って退いたアヤカシを深追いせず、柄土は崩れ落ちた師匠に歩み寄った。練力は底を尽きていた。師匠を回復しようとしても白霊癒が発動しない。 「ユカラ、みんなは」 「大丈夫です。半数は向こうの森に逃がしました」 「だめよ。森にはケモノがでるの。縄張りへ踏み込めば制裁を受ける」 「では呼び戻して参ります」 「まって」 柄土を呼び止めた師匠は、竜胆を手折って柄土の黒髪に刺した。 「祭の日に来てくれたのに、こんな事になってごめんなさい。この花を神威に。一輪は、あなたにあげるわ。アタシの誕生花。馬鹿弟子がくれたのよ。明日は三人で、この花を髪に刺して、祭をやり直しましょう。イイ女がいないと祭が盛り上がらないの」 苦しそうに息を吐きながら笑った。 「はい、必ず」 横たわる師匠を残し、柄土は森に逃げ込んだ里人を探した。 村人はいた。けれど大型ケモノの餌食になっていた。ある者は踏み潰され、ある者は投げられていた。角が刺さった痕跡もある。逃げ惑った子供たちは、崖から足を滑らせて転落していた。森へ逃げ込んだ末路は悲惨な結果となった。 一夜にして里は滅んだ。 今宵もまた。 唯一生きていたのは、里の大人に庇われた自分だけだ。 そのままではケモノの餌になってしまう為、里へ連れ戻す。家屋へ運び込んで、布団をかぶせた。水を汲んで師匠の元へ戻ると、既に鼓動が止まっていた。 体はまだ温かいのに、瞳孔が開いていく。 「お師匠様」 返事がないと分かっていても。 「御弟子さんは、貴方の事を、本当の母として慕っていると思います」 豪放磊落で口が悪かった師匠の瞼を閉じさせると、柄土は残された時間を墓づくりに費やした。 涙を拭い、泥まみれになりながら。弔いの墓を作り続けた。 ●挑み続ける背中 賭博場の用心棒として過ごした日々が、須賀 廣峯(ib9687)の脳裏に蘇った。 開拓者として働き始める以前の話である。 活気に満ちた街の大通りから脇道へ入り、陽光も届かぬ脇道には、薄汚れた酒場が軒を連ねていた。強面の男たちが壁に背を預け、迷い込んだ気の弱い若者を連れ込んでいくのもありふれた光景で、華美な化粧をした女たちが白い手で手招きする。 若い頃の須賀も、そんな吹き溜まりの中で暮らしていた。 「かわらねぇな……当たり前か」 懐かしい小路を辿りながら、須賀が笑う。 半信半疑で『戻りたい』と願ったのは天儀歴1004年の、遠いあの日。 当時、十五歳の須賀の取り柄といえば、腕っ節の強さと志体故の頑丈さだけだった。 喧嘩となれば負け知らず。そこで賭博場の主人の目にとまり、用心棒に雇われた。 押し入る者はなぎ倒し、逃げる者には制裁を加える。 門番気取りで、いい気になっていた。 井の中の蛙だった自分の、人生を変えた分岐点。 「お、あった。確か……あの屋敷の影」 その時だ。 「ガキに用は無ぇ。見逃してやる。そこで伸びてろ。いくぞ!」 須賀の目の前で屯していた男たちは逃げ出し、隣接する店の客引き女たちが様子を見守る。地面に倒れている男は、若き日の自分に他ならない。 あの声を覚えている。 あの顔を覚えている。 この日のことは、絶対に忘れない。須賀は拳を握った。 「あの時とは違う。油断もしねぇ。絶対に負けねぇ!」 この震えは、歓喜の武者震いに違いない。 屋敷に消えていく開拓者一行の背を見送り、須賀は物陰に身を潜めた。事情など、今更周囲に聞く必要もない。かの賭博場は、違法行為を重ねて摘発された。事実を知ったのは、開拓者の一撃で沈んだ自分が、目を覚ました翌日のこと。 一時間後。 賭場から出てきた開拓者の一人に、須賀は襲いかかった。昔の自分に拳を叩き込んだ男から根付を奪う。相手は、怪訝な顔をした。 「なんだ、お前。財布ならこっちだが」 「随分と可愛らしい根付だなぁ。返して欲しいなら、俺を倒すんだな。おっさん」 確実に相手の気をひける品物は根付だと直感した。 相手は首を鳴らして仲間に大剣を預ける。武器を構えた須賀は「話ならしねぇぞ。その大剣でかかってこい」と言い、にやりと笑ってみせたが効果がなかった。 「会話の成りたたん人種に、やる時間はない。素手で充分だ」 ぶちり、と。 何かが切れる音を聞いた。 「おおおおおおおおおおおおお!」 獣のような咆哮をあげて、須賀は男に襲いかかった。 敵意をむき出しにして、一直線に向かう。一撃で首を落としてやると殺気に満ちた須賀の視界から、男がかき消える。太刀筋を躱しながら身を屈めた男は、須賀の鳩尾に渾身の一撃を叩き込んだ。 「がはっ!」 二、三歩よろけて地に倒れる。 昔より強くなった。それでも尚、相手は上を行くというのか。 「流石は辰。宣言通り、素手で一撃か」 「うるさい。全く……馬鹿のせいで随分汚れちまった。娘に謝らねぇとな」 ちりん、と鈴の音がした。根付を取り戻した男が身を翻す。須賀は相手の足首を掴んだ。手に力が入らない。吐き気が込み上げてくる。それでも声を絞り出す。 「ま、待ちやがれ! てめぇとの勝負はまだ……終わっちゃいねえ!」 「俺も暇じゃねえんだ。相手してほしけりゃ、神楽の都にでも来るんだな。尤も、下手な挑発に乗ってる内は……結果は同じだろうが。出直せ、若造」 蹴られて腕が外れた。須賀の意識は遠のいていく。 ●遠い日の翁に捧ぐ 緋那岐(ib5664)は自分の手を眺める。そこには小さな掌があった。 「おー、すげぇ。本当に遡れた。なつかしー、石鏡の屋敷近くの森じゃないか」 絶句したのはからくり菊浬だった。一緒に連れてきてしまったらしい。 水溜りに映る緋那岐は、紫水晶の瞳と青い髪はそのままに、七歳程度の幼い姿をしていた。しかしこのままでは動けない。 「推測が正しければこの時代、からくりは遺跡から未発見で存在しないし……そうだ」 抱えていた荷物から変装の衣類を持ち出し、菊浬に着替えさせた。 「手袋もはめて肌を隠して。市女笠で顔も隠して。友達のふりをしてくれ」 「わかった。……言うとおりにする」 菊浬は、素直に首を縦に振った。 変装して森を出て、屋敷の様子を物陰から見守る。長旅を終えた家族が屋敷の中へ入っていくのが見えた。菊浬は「ここどこ」と聞いてくるので「ばば様ん家だよ」と教える。 「新年を迎えると、毎年石鏡に住むばば様の元へ挨拶にいってた……けど、確かこの年は……もふらが怖くて嫌がって逃げ回ったんだ。本来の俺は留守のハズ」 「子供の頃から、もふら恐怖症なの?」 「前の年になーもふら牧場で、もふら様にもみくちゃにされて、恐い思いをして。大騒ぎしたんだよ。感情的になって、爺へ酷い事を言った。物をぶつけたり」 溜息とともに肩が落ちる。 「じいじ?」 「幼少の頃の世話役、かな。現役を退いた陰陽師で、かなりの高齢だったから、ばば様の屋敷守の傍らで、俺の面倒を見てくれていたんだよ」 緋那岐が天儀歴1005年に遡ったのは、どうしても爺に謝罪したかったからだ。 「爺に会えれば、いいんだけど」 「お呼びですかな」 背中からかけられた言葉に心底驚いた。掃除をしてきたと思しき爺が、怪訝な顔で緋那岐を見下ろしている。視線は菊浬に向かった。 「どちらさまでしょう」 「友達! 爺に言いたいことがあって、勇気でなくて、ついてきてもらったんだ」 首を傾げる老陰陽師に、緋那岐は頭を下げた。 「去年、色々物を投げたり、やつあたりして、ひどいことを言った……ごめんなさい」 「なにやら……暫く見ないうちに、急に大人っぽくなられましたなぁ」 よいしょ、と膝を折って視線を合わせ、緋那岐の頭を撫でる。 「気にしておりませんよ。それよりも今度、お見せしたいことがあるのです」 そう言って笑った。 用事があるから一足早く帰ると言い残し、緋那岐は家に舞い戻った。 幼い自分に伝えなければならない事があると思ったのだ。実家に戻った緋那岐は、双子の妹の姿を装って、逃げ回っている自分を探した。 よく隠れた場所なんて、知り尽くしている。 「そこで何してるの」 幼い自分は膝を抱えて、ふて腐れていた。 時間がないので一方的に話を伝える。 「莉玖。石鏡にいってきたよ。大暴れしたもふら様の群れから、莉玖を救ってくれたのはじいじだし、物を投げたのも怒ってないって。会えないのが寂しいって言ってたよ。莉玖に会わせたい子犬がいるから、ずっとお屋敷で待ってるって」 「僕……」 「莉玖。じいじに心配かけないでね」 最後にそれだけ言って身を翻す。走って菊浬の元へ辿り着くと、首飾りが淡く輝いた。 ●残された約束 あの日の事故から、彼女を守れるのならば。 俺はもう何も望まない。 天儀歴1006年、冬。 アーマー技師であった『彼女』は事故に巻き込まれて、この世を去った。 「リューリャ、どう……あれ?」 簡易整備及び日雇い労働者として潜り込んだ竜哉(ia8037)を見て、彼女は気さくに声をかけてきたが、顔を見て押し黙った。間違えた、と思ったに違いない。 「……えっと、ご兄弟……ご親戚の方かな」 「整備で来た者だ。一日かかると聞いて手伝わせて貰っている」 「そうか。すまない。友人と勘違いを……私は、ここの主任技師だ。よろしく」 ぎゅ、と。 握り締めた手の体温を実感する。 明日には見るも無残な姿に変わるなんて信じられなかった。 『死ぬと判っているからって……納得できるかよ』 「痛いんだが」 我に返った竜哉が手を離した。 笑って「俺、握力が強くて……よく物を壊すんだ」と誤魔化した。 手を離したくなかった。このまま浚って逃げたかった。 「明日は、来てもいいかな」 「申し訳ない。試作実験があって、関係者以外は立ち入り禁止なんだ。忙しくなるから整備関係も全部止まる。君の機体の受付は何時頃に?」 「早朝」 「では今日中に終わるように部下を急かしておこう。私に任せたまえ」 ひらりと手を振って遠ざかる。 その手を掴んだ。 「明日は……実験に立ち会うな。家に、帰るんだ。それがダメなら食堂の西側に」 隠れていろ、と。 続けようとして腕を振り払われた。 彼女は不審な眼差しを向けて去っていった。 翌朝、竜哉は爆音で目を覚ました。 太陽は既に真上だ。工房が粉々になっているのを見て、完全に言葉を失った。 慌てて駆ける。 警告した。 安全だった食堂の位置も教えた。 もしかしたら生きているかもしれない。 淡い期待を胸に抱いて「危険だ」と叫ぶ若者を殴り倒し、瓦礫の中へ走る。 彼女の遺体が見つかったのは、一体どこだった? 記憶を辿って実験場に到着し、崩れ落ちた天井の板の下に、赤黒く染まった彼女の髪を見つけた。即死だった。 その後、どうやって外に運ばれたのか。 覚えていない。 竜哉は自分のアーマーにもたれかかり、紅蓮の空を見上げていた。 彼女は警告を聞かなかった。 助けられなかった。 何の為に時を遡ったのか、まるで意味が分からなかった。 明日の朝には元の時代に戻される。 「……もう一度、戻れば」 人妖の樹里に頼んで、再び刻魔鏡を使わせてもらう。 力づくなら彼女を救える。 竜哉の黒い瞳に生気が戻った。 ひとまず寒い外気から身を守る為に、機体へ入ると……煤と油に汚れた、手紙が置かれていた。 「差出人は――彼女から?」 慌てて封を破った。 『整備を間に合わせる為に、私もこのアーマーを見せて貰ったよ』 そんな言葉で手紙は始まっていた。 『正直、私も未だに信じられない。最初は私の設計図を盗んだのかと思ったけれど、色々説明がつかなかった。刻まれた刻印や製造番号、私が整備で付けたキズと同じ痕跡。錆の具合や耐久年数。この機体は……外観は大分変わったけど、私が手掛けた例の機体――なのだろう?』 気づいていた? 『私の機体は、今も格納庫にある。こんな事が現実に起こりうるのか、分からないけれど……もしも君が未来から来た、私の知るリューリャなら、伝えておきたい』 喉が鳴った。 『立ち会うな、と言ったね。家へ帰れ、と。明日、手紙を回収して直接尋ねるつもりだから、君がコレを読んでいる今、私は手紙を回収できなかった。つまり、何かに巻き込まれたという事だ。想像はつくけどね』 彼女は悟っていた。 ならば何故? 『命令で押し切られたけれど、明日の実験、本当はとても安全とはいえない。私は、失敗すると思う。君が私を止めたのは、君が私の行く末を知っていたから……だったりするのかな。だとしたら馬鹿なことは考えるな』 目が点になった。 『リューリャ、人は失敗がなければ成長しないんだ。明日、悲劇が起ころうとも、人は強く立ち上がる。様々な事が変わっていく。痛みも苦しみも悲しみも、嫌なものかもしれない。でもそれは人々を強くしてくれる。同じ悲劇を繰り返させない為に成長する。君も、同じように立ち上がるべきだ』 心臓が跳ねた。 全て見透かされている気がした。 『過去に囚われるな、でも忘れるな。どうか前を向くと、私と約束して欲しい。最後に一つ……助けに来てくれて、ありがとう』 ●無限回廊の森 木漏れ日が心地よい。 馬の嘶きで目を覚ましたエリアス・スヴァルド(ib9891)は、森林の緑に古葉色の瞳を瞬かせた。乾燥した冷たい風。細く立ち並ぶ森林。幾度も散策した砂利の街道を抜ければ、故郷へ辿り着く。 霊騎スヴェアの手綱をひいて森を抜けた。 まず見えたのは、質素ながら活気に溢れた宿場町だ。街を歩きながら己の目を疑った。頭上で風に揺られた木版の看板には、酌婦がヴォトカの瓶を掲げていた。 現実には存在しない。 五年前の火事で焼けてしまったはずの酒場だ。 「うそだ……嘘だッ」 ガセなら笑い話の種にすればいいと思った。 それでも後ろ髪を引かれたのは、縋る様な願いの現れだった事を思い知る。 動揺を押し殺して愛馬の手綱を鉄輪に結び、酒場に入る。記憶の中で焼け死んだ娘が、スヴァルドの無精髭と小汚い格好を見て、一瞬首をかしげたが、すぐに満面の笑顔で迎えた。 「いらっしゃいませ」 「一杯、頼めるか」 どうぞと差し出された盃に映る自分を見て、首元の異様な飾りに気づいた。 『帰りたい場所を強く願ってね。過去へ滞在できる時間は48時間だから、忘れないで』 「48時間、か」 老人を捕まえて「今日は何年だったか」と確認したが、返った答えは予想通り。 「天儀歴だと1008年じゃなかったですか?」 つい数日前、天儀1013年になったばかりだ。 此処は約五年前のジルベリア。 強い酒が喉を焼く。もはや疑っても仕方がない。 焦がれた時代に戻ってきた。では一体どうすればいい。 領地への未練か? 捨てた妻や子供に会う為か? 様々な事が思い浮かんだが『いいやそんな事をする気はない』という結論に達する。妻とは政略結婚で、愛が無い以前に関心がなかった。血を分けた子供も同じことだ。 帰る場所はない。 『おじさんは、過去に戻ったら何がしたい? 会いたい人はいる?』 人妖の問いかけと共に、思い浮かんだ別の笑顔に頭を抱えた。 「……は、ははは、そういうことか、なるほどな」 自分は何故、五年前を選んだのか。 答えなど、とっくに出ていたのだ。 「まだしがみついている訳か、俺は」 失ってしまった、遠い情熱。 一生に一度、身を焦がした恋の為に。 開拓者を始める前、スヴァルドは帝国貴族として何不自由ない生活をしていた。淡々とした日々を色鮮やかに変えてくれたのが、森で出会った娘だ。妻も子も、地位や財産も、己の全てを賭けられた愛する女。彼女が他界して世界が変わった。胸中を支配する空虚感は『あの時、出会わなければよかった』と思うほどに深く身を苛んだ。 「今の俺に、できることは」 出会わなければよかったのだ。 こんな苦しい牢獄の日々を彷徨うくらいなら。 ならば彼女を手にかけるか? いいやそんな事はできない。 できるとすれば…… 「自分なら、自分の手で終わらせられる」 過去の自分を殺す。その結論に行き着いた。 翌日、森に戻ってきたスヴァルドは、霊騎スヴェアの馬具を外した。 「こんな相棒で、すまなかったな……どこへなりと行き、自由に地を駆けろ」 腐りゆく自分に縛るわけにはいかない。 首を傾げる霊騎スヴェアの鼻を撫でて、背を向ける。自分が愛馬で駆けた道は知り尽くしていた。野生の獣のように気配を殺して獲物を待つ。やがて獲物は姿を現した。立派な身なりで胸を張り、金の髪を油で整え、森の中を呑気に散策する若き日の自分だ。 「隙だらけだな、エリアス・スヴァルド!」 樹上から飛び降りて落馬させる。 地面へ叩きつけられた自分の肩を刺した。 「おまえが生きていても……愛する女ひとり、幸せにはできない」 剣を振りかざす。 ヒュォン! と耳鳴りがして矢が視界を通り抜けた。通りかかった部族の若者に邪魔をされてたまるかと思いつつ、ここで殺されるなら、それでもいいと思えた。 これで終われる。楽になれる。 そう思って瞼を閉じた。 「誰か! もっと兵を連れてきて! 彼を救いなさい! 早く!」 急激に意識が引き戻された。 徐々に集まる若者たちの後方に、懐かしい姿が見える。冥土の餞には充分すぎる褒美だ。かつて愛した女に看取られて消えられることに歓喜すら覚えながら、体の向きを変えた。刹那、ふわりと全身が虚空に浮く。地面が遠い。 突如現れた馬具のない霊騎が、襲撃される主人の首元を咥えて走り出す。 「スヴェア!? やめろ、元に戻――ッ」 胸の玉飾りが輝く。 「刺客は追い払いました! しっかりしてください!」 涙が溢れるくらいに焦がれた娘の声がした。 いいや、だめだ。 「誰か、魔術師様をお呼びして!」 やめてくれ。 「こんなところで死んではなりません!」 やめろ。助けないでくれ。そのまま俺を死なせてくれ。 スヴァルドは叫び続けた。変わらぬ歴史をなすすべもなく見送りながら。 ●漆黒のドレスと別れの森 天儀暦1010年、夏。 過去に戻ったマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は鬼火玉の戒焔を連れて両親がいる別邸を訪ね、阻む門番に掴みかかった。 「マルカが来たとお伝えなさい!」 「マルカ!? どうしたんだ、その髪は!」 父親の声でアルフォレスタは己の失態に気づいた。 長かった金髪は、ある依頼を機に短く切りそろえていたし、漆黒のドレスは両親の為の喪服として常日頃から着ていた。 現れた母親が、父親に囁く。 「あなた。マルカではありませんわ。よく似ていますけれど」 泣きたい気持ちも、甘えたい気持ちも、後回しだ。 なりふり構ってはいられない。 「わたくしはマルカ・アルフォレスタです! 特別な道具で未来から参りました! 話をきいてください。明日の宴に出席してはいけません! 刺客に殺されてしまいますわ! お願いですから行かないで!」 泣き喚いて懇願する姿を見て、哀れんだ母親が屋敷に迎えた。 まずは汚れた格好を何とかするように、と、温かい湯船を用意される。 「着替えを用意させたわ。娘の服があえばいいのだけど」 それは母親と出かけて仕立てた、華やかなペールグリーンのドレスだった。 蘇る思い出に涙が溢れる。 両親の他界後、黒以外のドレスは衣装箪笥に封印した。 「肩幅と胸元が少しきついかしら。私にも娘がいるのだけど、あと数年したらお嬢さんのようになるのね。楽しみだわ」 母が笑って手を取った。 「話が……仮に本当だとしましょう。あなたが未来のマルカで、刺客に狙われているとしても、私たちは城へあがらなければならないの。召喚を拒むことはできないのよ。拒めば戦火を招くかもしれない」 「ならば、わたくしを護衛にお連れください!」 長年腕を磨いた。 今ならば守れる自信があった。 宴の帰路、馬車の車輪が外れた。 マルカは御者台から投げ出され、馬車は横転して転がった。 「アルフォレスタだな」 抑揚のない冷えた声だ。満月を背にした仮面の男は、青い髪を靡かせて、樹上からこちらを見下ろしている。硝子の瞳に、ぞっと肝が冷えた。呻く声が聞こえて我に返る。 「戒焔!」 鬼火玉を呼んで、漆黒の柄と白銀の穂先を構える。 アルフォレスタの白刃が閃く。 鬼神のような動きで虚空を凪いだ刃は、刺客の腹を掠めた。 「ただの傭兵じゃないな」 相手の目つきが変わる。鬼火玉の体当たりを躱した蒼い髪の男は、襲いかかる槍から身を守る為、矛先を握って受け流した。懐に潜り込まれたアルフォレスタは、無防備な鳩尾に強烈な拳が叩き込まれる。 一瞬だけ意識が飛ぶ。 柔らかい肢体が巨木に叩きつけられた。 「か、は」 「お前は危険だ。排除する」 「「マルカ!」」 二重の叫び声が聞こえた。痛みがない。骨の折れる音が聞こえた。 覆いかぶさってきたのは両親だった。 「傭兵をかばうとは。予定は少し変わったが、任務完了だな」 「貴様ァァァ!」 再び槍を構えて立ち上がる。 仮面の男は刃を交わして、素早く森へ消えた。 「おかあさまぁ、おとうさまぁぁぁ!」 動かぬ両親に縋った。 こんな結末は望んでいない。 殺された両親の仇を打つ為に開拓者になった。 女の命である豊かな金髪を切り捨て、宝飾で飾った華麗なドレスを脱ぎ、重苦しい兜と鎧を纏い、慣れぬ槍を振りかざして腕を磨いた。 全ては敵を見つけ出して、この手で殺す為に他ならない。 悲惨な一夜が起こらなければ、自分は幸福に包まれていたはずだ。 だから今の自分が消えるとしても、どうしても両親だけは救いたかった。 「う……」 「お父様!?」 意識を取り戻した父親は「にげろ」と譫言のように囁く。骨ばった手を握り締めたアルフォレスタは「大丈夫です。敵は去りましたわ!」と訴えた。 「誰か来てぇ!」 叫び声が暗い森に響き渡る。歓喜が絶望に変わっていく。 なぜ誰もいない。 どうして誰もこないの。 このままでは死んでしまう。助かったのに。歴史を変えられるのに。 そこで何故自分が騎士なのかを問うた。魔術師や陰陽師ならば、この程度の怪我は癒せる。巫女なら秘技を使って命を繋ぎとめ、蘇生させる事すら可能だ。 けれどアルフォレスタは術を持たない。 何もできなかった。 「誰かぁぁぁ!」 虚しく木霊する声が憎い。 傍らで、血を吐く父親の唇が動いている事に気づいた。 「ま、るか」 「マルカはここですわ、お父様」 父親が小さく笑う。 「言う事を、きけば良かった、な」 「喋ってはダメです!」 父親の赤い瞳が、同じ色の瞳を見上げる。 「大声を、あげるものでは、ない。貴族の淑女は、いかなる時も、品位と誇り、を」 こんな時まで説教か。 と思う反面、礼儀作法に厳しい親のらしさに笑ってしまう。 「お説教は帰ってから何日でもお聞きしますわ、ですから今は」 「いいや」 泥まみれの手が、アルフォレスタの頬を撫で、涙を拭った。 「助けに来てくれて、ありがとう」 禁忌を侵して時を遡った。 「お前が助かってよかった……愛しているよ、マルカ」 敵を倒すことは叶わなかった。 「おまえは自慢の娘だ」 ぱさっ、と手が落ちた。 赤い瞳から光が消える。静寂が満ちていく。 「……おとうさま?」 返事がない。 脈がない。手からぬくもりが消えていく。 その意味を、知らないわけではない。 胸元の首飾りが淡く輝く。 「わたくしも、愛しておりましたわ」 アルフォレスタと鬼火玉の姿が、光の中に溶けて消えた。 ●夢の終焉 一斉に目を覚ました。 目の前には人妖の樹里を紐で縛り上げた狩野 柚子平(iz0216)が、恐ろしい笑顔で立っている。刻魔鏡と首飾りは没収されていた。 「皆さん、悪夢を楽しまれましたか? 全く目を離した隙に」 樹里は既に、延々と怒られたらしい。 柄土と竜哉は、奇妙な感覚を覚えて右手を開いた。竜胆の花と手紙があった。花も手紙も、瞬く間に劣化し、煙のように消えた。スヴァルドや須賀は青痣を見て愕然とし、数名が柚子平に詰め寄った。 もう一度使わせてくれ。 金なら幾らでも払う、と。 鬼気迫る一同に、柚子平は微笑んだ。 「皆さんは夢を見たのですよ。知っていますか? 余りにも夢が鮮明だと、肉体も影響がでること。箸の先を焼けた針だと言って肌にあてると、水膨れになってしまったり」 「花と手紙は」 「刻魔鏡は悪夢を形にする力があります。妄想を瘴気で形にしたのでしょう。そんな事より。二日間も寝ていたので、宿の女将が心配していました。何か胃に優しいものでも食べてください」 其々に金一封を渡して、柚子平は立ち去った。 喪越がジト目で見送る。 「あいつは案外、わざと人妖に持ち出させて実験してんじゃねぇか? 何かあってもただの事故で済むしな。……夢から醒めた夢、かぁ」 緋那岐が肩を回す。全身が痛い。 「まぁ……トラウマに関しちゃあ、自力でなんとかするさ」 「都合のいい話なんて無いよな」 スヴァルドも諦めたように笑った。焦がれてしまうほど、甘い夢だった。 須賀は不機嫌そうに押し黙って立ち上がる。過去へ戻れないなら、今の世界で相手を探し出すのみだ。 レイオスも部屋を出て、寄り添う戒焔を撫でるアルフォレスタの頬には涙の跡が残っていた。竜哉はアーマーの掃除にいくと言い、柄土は押し花のお守りを作る為に花屋にいくのだと微笑んだ。 「イきますかね、明日へ」 喪越も部屋を出た。 もしも過去に戻れたら? 誰でも一度は考える。 けれど。 本当に過去に戻れる道具があるならば、それは全てを変えてしまう。 歴史の改竄。 それは人が辿りついてはならない、神の領域。 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニング及びリプレイは架空のものであり、ゲーム世界観に一切影響を与えません。 |