雪の花の宝石細工
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2013/01/07 00:13



■オープニング本文

 空から深々と降る雪の結晶は、花びらに似ている。

 牡丹雪、と。
 遠い故人が名付けた空の儚い夢を、時をこえて私たちも見上げている。
 太陽が白い雲の背に隠れ、時々微笑む仕草は、狐の嫁入りとは少し違う味わいがある。

 手のひらで儚く散る、雪の結晶。
 白い花が恥じらうような冬の夢。

 全てが白銀に包まれる特別な季節が、静かに歩み寄ってきていた。

「今年も来たのね、雪の花が」
 熱に触れると消えてしまう白は、外では可憐な姿を残している。
 五行の東、白螺鈿。
 毎年、一月から四月は大雪で閉ざされると噂の街は、雲ひとつない夜を超えると、町中の道が鏡のように輝く朝が増えた。
 いつもは真綿の布団にくるまれて眠る幼い愛し子たちも、冬ばかりは輝く心を閉じ込めておくことはできない。子供心を忘れた大人達が困ったように笑う傍らを、風のようにすり抜けて、誰よりも綺麗に鏡の上を滑り出す。煌く鏡の上でくるくると踊る姿は、無垢な笑顔に満ちていた。

 そして見上げた先にあるのは、雪化粧と陽光で煌く、宝石のような雪の花。
 樹氷である。
 毎年、春には真珠や薄紅の花で覆い尽くされる樹木が、冬の間は雪の花を咲かせていた。
 降り積もる雪の花びらと、絶妙な風の悪戯が築く、白き芸術。

 もう少し雪が濃くなると、連日のように積もった雪で樹木の幹が埋もれてしまい、小高い丘のようにしか見えなくなってしまう。その為、樹木に付着した雪が成長し、大輪の花のように見えるこの美しい現象は、毎年たった半月程度しか拝むことができない。
 まさに大自然が生み出す奇跡。
 現し世に現れた夢路をみた芸術家が、儚くも気高い立ち姿につけた名前がある。

 雪逢いの仙女。
 
 雪の花で彩られた木々を仙女にたとえて、人々はそう呼ぶ。
 桃源郷の仙女は雪とともに現れて木々に宿り、恋した男を探しているのだ、と。
 そんな夢物語も生まれるほどに、雪の花の並木は美しい輝きに満ちていた。

 茜は愛しい夫を振り返る。
「清史郎。みんなを呼んで散歩に行こう」
「もう年末ですから……少し早めの年越しの宴としましょうか」

 ここは螺鈿の様に輝ける里。
 共に歩こう。
 冬と遊ぼう。
 吐息も白く凍る、白銀の夢路で。


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
劉 那蝣竪(ib0462
20歳・女・シ
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
ソヘイル(ib9726
15歳・女・ジ
祖父江 葛籠(ib9769
16歳・女・武


■リプレイ本文

 茜たちの丼屋を手伝った最終日。
 開拓者たちは店を閉めて、全員で白に輝く街へ繰り出した。

 凛と冷えこんだ冬の空気は、寒いけれど嫌いではない。
 緋神 那蝣竪(ib0462)はそう思う。
 研ぎ澄まされていく感覚が伝えるのは繊細な雪の結晶達の囁きだ。
 雪を踏みしめる音が、楽器の音にも聞こえる。
 昨夜とは一転して、風が囁く程度の穏やかな日になった。
 それでも冬の空気は凍てつく。
 陽光は朧にしか届かない。
 傍らには「寒そうだね」と自分のマフラーを貸してくれる恋人の劉 天藍(ia0293)がいる。自分は大丈夫だ、と言い切る言葉は、強がりかもしれないが……劉の気遣いが、緋神の胸にしみた。
「それと那蝣竪さん、滑りやすいようだから……俺に捕まってて」
 少しだけ自信のない劉の声音。
 緋神は笑わなかった。
「ありがとう、天藍君。寄り添っていれば、二人とも寒くはないよね」
 妖精の悪戯が如く降り注ぐ真綿の雪は、時折視界を純白で覆い尽くし、銀のレースで人々をくるんでしまう。一緒に歩いてきた仲間の姿すら、雪の彼方に隠してしまうほどだ。雪の花の中で朱塗りの傘に身を寄せ合うと、劉はふたりっきりの世界に辿りついたような錯覚すら覚えていた。
 陽光に照らされて、ひときわ輝く大樹の前で足を止める。
「雪逢いの仙女……か。彼女も誰を探しているんだろうか」
 物語に息づく仙女の面影。ちらりと傍らの様子を伺うと、緋神の黒曜石の瞳は遠い幻を見るような眼差しをしていた。息を呑むほど美しい横顔には、雪の如く儚く消えた夢の残像がある。
 緋神の脳裏を横切る顔は、劉ではない。
 もう声も思い出せなくなってきているけれど。
 かつて大切に想った男。いつか迎えると約束してくれた、もういない人を……緋神は思い出す。恋した男を探す雪逢いの仙女を身近に感じてしまうのは、癒えない傷の名残なのだろう。
 果たされる事のなかった約束を思うと。
 知らず手に力がこもる。
 置き去りにされる辛さを、失うことへの絶望を、二度と味わいたくはない。だから今度はいなくならないで欲しいと、昔の記憶を重ねてしまうのだ。
 緋神の胸中を知ってか知らずか、劉は手を握り返した。
 ここにいるよ、と。確かなぬくもりと共に。
「戻ろうか」
 海のように青い髪と金色に輝く瞳を持った、今、愛する人。
「……ええ。帰ったら忘年会ね。皆が、良いとしを迎えられるように準備しなきゃ」
 太陽よりも眩しく思えた。


 樹氷を見に行こう。
 そう親友を誘ったのは祖父江 葛籠(ib9769)だ。
「わぁ……つづらさんっ! 世界が真っ白。何もかも白、白、白! 一晩でこんなに降りましたよ! 雪や雪逢いの仙女さんにお日様が当たるとキラキラしてお星様や宝石みたい。明るくって眩しい! ひゃ!」
 心の底から踊るような足取りで跳ねるソヘイル(ib9726)が転びそうになった。
 滑らないような歩き方を教えても、興奮を前にしては効果が薄い。
 祖父江が笑いながら「気に入った?」と小首をかしげた。
 祖父江の可憐な耳を彩るのは、誕生日に貰った水晶の髪飾り。
 贈った物を親友が使ってくれていると知り、ソヘイルの表情も笑顔で彩られる。
「はい。生の雪は初体験です」
 蒼き恵のオアシスと命の緑。
 黄金色に輝く砂漠の砂しか、ソヘイルは知らなかった。
「こんなに真っ白で、綺麗だなんて、知らなかった。つづらさんは、ずっと昔からこの白を知っていたんですね、いいなぁ。羨ましい……お義父さんにも見せてあげたいな」
 赤褐色の掌で溶けてしまう結晶に喜び燥ぐソヘイルを眺めて、祖父江はエメラルドグリーンの瞳を丸くする。
 白銀の雪は見慣れていた。
 厳しい修行の中で、無垢な白さを冷たく感じたこともある。
 雪山は魔物だと教えてくれた周囲には年長者ばかりで……年の近い『お友達』と呼べる関係はソヘイルが初めてだ。
 生まれと育ちで、こんなにも感性が違うものなのかと思いながらも、今まで見いだせなかった煌く視界に心が揺れた。
「イル、実はね。樹氷を見るのは、あたしも初めてなんだ」
「ええ!?」
「あたしの冬は修行ばっかりだったから。雪景色を楽しもう、なんて気持ちはなかなか持てなくて……でも、今日は心が踊るんだ。雪化粧って、こんなにも眩しいものなんだね」
 喜んでくれる親友がいたからこそ、幸せな記憶として脳裏に刻まれていく。
 祖父江の体を、ソヘイルの柔らかい腕が包み込んだ。
「こんな美しい光景初めてです……つづらさんが誘ってくれたおかげです。ありがとう。お返しにいつか、砂漠の美しい黄昏時の絶景にご案内しますね」
 砂に満たされた故郷にも、人々の胸を震わせる景色がある。
 新しい約束は、新しい感動の前触れ。
 楽しみがひとつ、またひとつ、増えていく。 
「イル……こちらこそ、ありがとう。スノードロップの耳飾り、大切にする。いつかイルの故郷の黄昏色の夕暮れ……楽しみにしてるね」
 初めての友達。初めてのお洒落。初めての感動。
 それらを齎らす奇跡の絆。
 二人で歩いた雪の足跡に、ぬくもりを感じる。
 ソヘイルの金の髪についた牡丹雪を、祖父江は口の中へ放り込んだ。一瞬でとけた冷たさに「ひゃーっ、冷たい!」と思わず叫ぶ。黒真珠の瞳が、興味深そうに眺めた。
「つづらさん……雪って美味しいですか?」
「ふふ。そうだね、水飴やジャムかけたら美味しい氷菓子だと思う」
 吐息も白く凍る真昼の小道を、二人の少女が冷えた指先や頬を温めながら、賑やかに歩いていく。


 フレス(ib6696)は滋藤御門と乳白色の枝を見上げていた。
 凍てついた枝は珊瑚のようで、虚空を舞う雪は大輪の花に見えた。
 けれど如何に輝ける氷でも、熱い想いを凍りつかせることはできない。
 少し強く指に力をこめた。
 繋いだ手が無言で握り返してくる。ぬくもりが心を満たしていく。
「みてみて御門さん! むこうの木に咲く白い雪の花……ひゃあ!」
 足を滑らせたフレスを助け起こす。滋藤御門が「おんぶしようか」と声をかけた。
 フレスがむくれる。
「おんぶだなんて、ちょっと子供ぽくって恥ずかしい……んだよ」
 将来を誓った一人の女性としてではなく、未だ妹のような感覚なのだろうか、と不安な気持ちが生まれ、心に薄雲のような影を差す。
 そこで滋藤は傍らの輝く樹を見上げた。
「だって雪逢いの仙女が綺麗だからね。僕が男の身代わりでさらわれない様に、フレスに捕まえててもらおうと思ったのだけれど……フレスは僕がいなくなってもいいの?」
「だ、だめーッ!」
 そよそよと風に揺れる白い小枝が、手を差し伸べてきたかのように見えて。
 フレスは枝から引き剥がすように、滋藤の胴にしがみついた。
「フレス……それはおんぶじゃなくて抱っこだよ」
「御門さんは、渡さないもん! お嫁さんになるんだもん!」
 わぁん、と半ば本気で泣き出したフレスに「どこにもいかないよ」と言って腕の中に閉じ込めた。二人の頭上では白く輝く花が降り注いでおり、青空を見上げた滋藤が雪逢いの仙女に『僕は彼女のものだから』と言葉なく仙女にお断りを囁いた。


 白銀に煌く、雪の花の小路を歩く。けれど言葉はない。
 フェルル=グライフ(ia4572)は恋人の酒々井統真と手こそ繋いでいたが、仕事の間は勿論、臨時休暇の今日も殆ど喋らず、金色の瞳と目も合わせなかった。
 傍らの酒々井も、グライフの反応に困り果て、何から切り出せばいいのか悩み続けている。
「ねぇ、統真さん。雪逢いの仙女は……愛する人の傍にいられなかったんでしょうか? ――だとしたら、寂しいです」
 手のぬくもりを確かめるように、グライフは小麦色の指を握り締めた。


 長く外を歩いていると、冬の風の冷たさを感じつつも体の芯はぽかぽかと温かく、頬は薄紅に色づいていた。茜と清史郎宅にたどり着くと、フレス達は髪や肩に降り積もった雪を払う。同じようにソヘイルが金色の耳や自慢のしっぽに付いた雪を落とした。
 美しい銀世界を黒真珠の瞳に焼き付けることができた事を感謝する。
 緋神が壁に外套をかけて、厨房に向かう。
「さぁ忘年会の支度を始めましょ。やっぱり鍋物がいいかしらね」
 朝から仕込んだ鶏骨の出汁。雪の下で寝かせて甘味が増した瑞々しい野菜に、塩漬けの茸、真っ白な豆腐も欠かせない。鶏肉団子には下味を付け、大鍋に並べていく。シメの雑炊用に新鮮な卵を用意して、秋の新米を炊き込むのも忘れない。
 緋神のやる気に影響されたのだろう。
 劉も台所に立ち、手際よく鱗を落とした鰤を捌いていく。
 昨晩から昆布出汁で仕込んだ大根の輪切りと脂ののった鰤の切り身で煮込んだブリ大根。雪の貯蔵庫から掘り出した林檎を焼いた、焼きリンゴはバターをひと欠片落とすと芳醇な香りでフレス達の胃袋を擽った。
 漂う香りが悪戯に手招きする。厨房と居間を往復しながら、ソヘイルと祖父江は部屋を片付けていった。
 やがて飾り付けられた広間の卓に並ぶのは、身も心も温まる冬のご馳走だ。
「皆さん、お待たせ。はじめましょ……天藍君にも喜んでもらえたら、とても嬉しいわ」
「那蝣竪さんの料理が……一番楽しみだった」
 さりげない劉の褒め言葉に、緋神が嬉しそうに頬を染める。
 部屋は俄かに活気づいた。
「じゃあみんなで乾杯したいと思うんだよ。欲しいものを言ってね。御門さんは何がいいかな?」
 お鍋や料理は得意な友人に任せ、フレスは様々な飲み物を次々と作った。香ばしく香り高いお茶。大好きな人には好みの柚子茶。寒い人には乳白色の甘酒に生姜を添えて。
「かんぱい」
 小部屋に響き渡る、年越しの声。
「かんぱいだよ。御門さんの好きな具は何かな?」
「お鍋の具は豆腐と大根が好きかな」
 ひとつの鍋を皆でつつく。
 緋神と劉は、まるで夫婦のように微笑みを交わす。
 フレスは「今度はこちらが」と言って、食べさせあいっこを試みる。
 グライフは酒々井の隣で酌をしつつ、時々清史郎達のいる厨房に手伝いに行っては、なにやら長話をしていた。
 冷えた指先を温めるお椀。美味しい料理を口にすると、自然と口元が綻んでしまう。
「あったかい……美味しいです」
 満たされていくものを感じながら、ソヘイルは庭に視線を向けた。白銀の世界に白い花が舞っていた。どうやら明日は遥かに積もるらしい。疲れでうとうと微睡んでいた祖父江がソヘイルの視線を追いかけて、囁く。
「夜の雪景色も、きれいだね」
「うん」
「また、来ようね」
「うん。また来年の冬もつづらさんと見たいな」
 流れ行く時間に身を任せて。


 皆が寝潰れてしまってから、酒々井を起こしにきたのは茜だった。
「奥の角にお部屋を用意したから、今日はそっちで寝てね。こんな場所じゃ風邪をひくわ」
 酒々井が欠伸を噛み殺して薄暗い廊下を渡ると、冷えた木目を月光が照らした。
 満天の星々の中で梔子色に輝く月が、微笑んでいるように思える。
 愛しい笑顔に重なって見えた。
「さぁて、寝直す……か」
 扉を開いて、足が止まった。
 ふわりと頬を撫でる温かい空気に満ちた室内を行灯が照らしている。
 部屋の中央に立つのは、豪奢な着物に着替えた金色の花嫁だ。
「……覚えています? 二年前、五彩友禅をいつか私に、と言ってくれた時のこと」
 グライフが纏っていたのは、酒々井が此処へ来る直前に贈った五彩友禅「天香国色」だった。それは五行の彩陣で染められた五彩友禅の中でも、最高級品『山上』の落款が記された贅沢な着物で、紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩が特徴とされる。
 格式高い黒地に煌く金糸と銀糸。
 華麗に咲き誇る絵は、富貴と繁栄の象徴である牡丹の花。
 恥じらいの芍薬、清浄の睡蓮、純愛の撫子、幸運を象徴する胡蝶蘭、長寿や延命を表す吉祥文様を兼ね備えた、四季の花が移ろう至高の逸品だ。また名にある天香とは天のような素晴らしい香り、国色は国中で第一の美しい色を意味する。
 つまり『傾国の美女』の為に染められた一着といっても過言ではない。
「私に似合うかも、と言ってくれたこと。今の私は、統真さんにどう映っていますか?」
 眠気が完全に飛んだ酒々井は、必死に言葉を考えた。
「その友禅は……は、花嫁衣装だし、それを渡したのは……そういう意味、だ。それは色んな願いの籠ったもんでもある」
 色気のない求婚に、グライフは微笑んだ。
 彼らしい、と思ったのだ。
「……幸せが永遠に続くように、でしたっけ?」
 酒々井が「ああ」と首を縦に降ると「嬉しいです」と素直に告げた。
 着物に込められた気持ちが、嬉しい。
 なにより、芯が強くて少し不器用な愛する恋人の想いが身を包む。
「統真さん、私も愛しています」
 待ち望んだ返事……の後に、意味深な笑みが向けられる。
「でも『家を守る』なんて言いません。そんなこと望んでませんよね? 分かってます。統真さんも私も、まだまだ駆ける先があるから」
 少し寂しげな横顔。ここで焦ったのは酒々井の方だ。長年、微妙な距離を保ってきた。いつまでもはっきりしない距離に、業を煮やしたのではないかと錯覚したのだ。
「フェ……フェルル、俺は別に身を固めたくないとか、そういう意味じゃ」
「統真さん、なに焦ってるんですか」
 くすくすと可憐な笑い声が零れる。
 グライフの笑顔に曇りはなかった。
「家は守りません。今はまだ。その代わりに私は……統真さん、あなたと一緒にこれからを作っていきたい、と思っています。楽しい時も辛い時も、どんなに道が険しくても……傍にいます。二年前に出会った頃から、あなたが私にそうしてくれたように」
 蜜蝋色の髪を靡かせた花嫁が囁く。
「いつまでも貴方の傍にいさせて下さい。傍らで戦う野蛮な妻でも、迎えてくれますか?」
「ああ。その着物に相応しいくらい、お前を大切にする、絶対に」
 しなやかな白磁の指を握り締める。
 待ち望んだ誓いは成された。

 銀に染まる冬の地で、今宵、花嫁が生まれた。
 雪逢いの仙女を生んだ白螺鈿の空は、祝福の雪を深めていく。