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■オープニング本文 今年も残り、あとわずか。 それは吐息も白く凍る寒い日のことだった。 「参拝道入口の御神木を切り倒す?」 「ああ、老朽化で危ないから、だとさ。だから『時の小箱』っていう記念碑を、代わりに立てるんだそうだ」 ここは五行。結陣の外れにある小さな社だ。 毎年秋になると、寂れた社は菊祭で息を吹き返す。 人々は丹誠込めて育てられた菊を眺めて心を和ませ、参拝道途中の小料理屋で菊花膳を楽しんでいた。 そんな社にも冬は巡る。 蟷螂が高い場所に卵を付け、今年の大雪に御神木の一つが耐えられないだろう……という話になり、開拓者に依頼して安全面の配慮から御神木の一つを切り倒すことになった。しめ縄がかけられるような立派な大木である。地元の人々は申し訳なさと寂しさを抱いていた。 だから御神木がそこにあったのだという事実を、記念碑にして残すことになった。 切り株の隣に佇む真新しい記念碑は『時の小箱』と名付けられる。 記念碑は内部が棚状になっており、中に沢山の人々の手紙を詰めるらしい。 未来の自分へ。 或いは、未来の大切な人へ。 今は秘めたる思いを手紙に託して、記念碑に封印し、数年後に受け取りに来るのだそうだ。 「御神木の枝は来年以降の絵馬にするって話だし、どうせ仕事のあと暇だろ? 一緒に手紙をつめてきたらどうだ?」 御神木、最後の別れ年。 記念碑『時の小箱』へ手紙を託す為、多くの人がそこへ出かけたのだった。 |
■参加者一覧 / 柄土 仁一郎(ia0058) / 滋藤 御門(ia0167) / 羅喉丸(ia0347) / 真亡・雫(ia0432) / 柄土 神威(ia0633) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / からす(ia6525) / 千代田清顕(ia9802) / フェンリエッタ(ib0018) / アグネス・ユーリ(ib0058) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ジークリンデ(ib0258) / 真名(ib1222) / 蓮 神音(ib2662) / 西光寺 百合(ib2997) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ローゼリア(ib5674) / フレス(ib6696) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / 乾 炉火(ib9579) / 明神 花梨(ib9820) / 佐藤 仁八(ic0168) |
■リプレイ本文 石碑『時の小箱』へ未来へ託す手紙をつめる。 その話を改めて開拓者たちが聞かされたのは、御神木を切り倒して処理を終えたあとのことだった。よろしければ参加していって欲しい、と声をかけられて、応じた者たちが近くの茶屋で温かいお茶を頂きながら、頭を悩ませている。 明神 花梨(ib9820)は尻尾を躍らせながら「面白い催しやなぁ」と呟いて、手紙を購入した。宛先は未来の自分と未来の開拓者両方に向けた言葉を選ぶ。 「手紙を書くなんて何年振りかねぇ」 乾 炉火(ib9579)が墨を擦りながら、眉を寄せていた。普段の愉快な仕草からは、想像もできないほど真面目な顔で唸っている。 宛先は、ここにはいない息子宛。 「がぁぁぁ、違う! こうじゃねぇ!」 ぐしゃぐしゃと和紙を丸めて、ぽいっと捨てる。そして新しい紙に挑む。一字の誤字すら許さないような、そんな気迫に満ちていた。乾は延々と文面に悩み続けた。 仲良し三人を呼び止めたのはアルーシュ・リトナ(ib0119)だった。 「もしよかったら……四人で手紙を交換しませんか? 未来に宛てたお手紙」 リトナの誘いにローゼリア(ib5674)は「素敵なお考えですの」と喜び勇んでついてきた。 そして現在に至る。 リトナは茶屋でお茶を頼みつつ、自前のお菓子を取り出した。ほんのりと酒をきかせたプティングは香り高い。お茶請けが手紙にこぼれないように、との配慮からだ。 「さて、なんて書きましょうか。手紙からはみ出さないといいのですけど」 真名(ib1222)は上機嫌でお茶菓子をつついていた。 仲良しの四人組。地方の祭や仕事で顔を合わせることが多いとはいえ、こうして共通の秘密をあえて抱えるのは初めてのことだ。 「未来の自分へ、っていうのもいいけど、それぞれに手紙を贈るのって、楽しくってくすぐったいわね」 そんな真名の向かいで、無表情のサミラ=マクトゥーム(ib6837)の手が止まっていた。 ……何を書けばいいのだろう。 今のリトナではなく、未来のリトナへ贈る手紙だ。 将来どうなっているかなんて、自分のことすらよく分からない。思いつかない。 何を書けばいいのか、何から書けばいいのか。 顔を上げて、ちらりと三人の様子を伺う。楽しそうだった。 真名と目があった。 「どうかした?」 「うーん……何書こう、かな、て。貴方はなんて書く、の?」 「それを言ったら、未来のお楽しみじゃ、なくなっちゃうじゃない」 う、と言葉につまる。 確かに真名の言うとおりだった。 四人で手紙を交換し、内容を秘密にする。 そういう約束だったから聞くのは無粋だ。 マクトゥームは「我慢だね」と頬を掻いた。肩から力を抜く。石碑『時の小箱』の催しを聞いて、手鞠のように胸が跳ねた時の温かい気持ちを、そのまま書き記す。 ふと書き終えたリトナが、三人の顔を眺める。胸に温かい光が注ぐようだった。 「どうしたんですの?」 「ああ、いいえ。ただ……嬉しくて。好きだなぁって」 リトナはローゼリアの肩に舞い降りた雪を摘んだ。 初心な恋人たちもお互いの手紙を交換し合うことにしたらしい。 さらさらと筆を走らせる滋藤 御門(ia0167)が、フレス(ib6696)の様子を伺う。 太陽のように微笑んでくれる恋人。 いつ開封することになるか分からない二つの手紙。 未来の花嫁は、どんな言葉を残してくれるのか、楽しみでもある。 千代田清顕(ia9802)と西光寺 百合(ib2997)も手紙を、お互いに手紙を交換し合うと決めた。未来の愛する人がどんな風になっているか、さっぱり想像ができないけれど、それでも誰かに宛てる手紙は楽しい。小春日の中で胸が踊るような気がする。 「雪が降ってきた……今年も寒くなるかな」 巡り来る日々。 忙しく駆け抜ける日々の中で、何も変わらぬように見えていても、そこには明確な違いがある。雪振る空を見上げることは、まだ見ぬ明日を思う事に似ている。 「……俺も贅沢になったものだね」 千代田の独り言を、西光寺はじっと聞いていた。言葉の意味を追求はしない。 いつか。 そう、いつか。 彼の手紙を受け取った時に、呟きの意味を知るに違いないから。 遠い未来を見上げる紫水晶の瞳に魅せられる。 西光寺は手紙を丁寧に折りたたんだ。 まだ見ぬ君へ、これを捧ぐ。 これも一つの記念に、と。 夫婦で参加した柄土 仁一郎(ia0058)と柄土 神威(ia0633)は、雑談をしながら手紙を書いていた。 自分自身に宛てる手紙だが、お互いの手紙の内容は秘密にしてある。 仁一郎が唸った。 「……しかし、何年か先の誰かへ、か。面白いと思うが……未来の自分へ、何を言い託すべきなのか悩むな。下手なことを描いて残すわけにも……」 神威は仁一郎の百面相を、じっと観察していた。 手元の手紙と見比べて「ふふ」と頬が緩む。胸が踊る。夫が考えに考える中、自分は楽しいことを思いついてしまった。 「ん、なんだ? 楽しそうだな」 「え? ええその」 神威の視線が虚空を泳ぐ。ばらしてしまうのはもったいない。 今はまだ。 「色々と善処しようと思って」 それだけ答えて、はにかんだ。 未来の自分にだけ、一足お先に教えておくことにする。 「初心に帰る、とはこのことかな」 羅喉丸(ia0347)は手紙に文字を綴って、筆を置いた。 時がすぎれば、人は過去を懐かしむ。幸せな昔語りができれば、尚良い。 仮に、いつか再び手紙を見た時に、そうすることができなかったとしても、忘れ去った気持ちは、時をこえて自分に届く。 この手紙は残せる証のようなものだった。 リィムナ・ピサレット(ib5201)は手紙を記しながら『未来の自分』というものを考えてみた。まず未来の自分がどうしているか、と考えて思いつくものは決まっている。 「未来のあたしって何やってるんだろ? やっぱ開拓者かな」 物凄く強くなってたらいいのに、と願望も込める。 「結婚とかしてるのかなぁ、もうおばあちゃんだったりしてね……楽しみだなぁ」 未来の自分へ伝えたいことが沢山あって。 ピサレットは手紙に書ききれるか心配していた。 「未来の僕、かぁ……どうなってるんだろう」 真亡・雫(ia0432)は手紙を書きながら、自分の細腕を眺める。 今はため息しか出ない、しなやかな腕が……将来は凛々しく逞しければいいのに、と願望が脳裏に浮かんでくる。うっかり書きそうになって、首を振った。 将来開封した時に細腕のままだと、心が折れてしまいそうだ。 「自分宛って、ちょっと恥ずかしいかな。だけど」 ふ、と口元に笑みが浮かぶ。 未来の自分に伝えたいことが、雪のように降り積もっていく。 「時の小箱って素敵ね。でも自分宛って……なんだか照れくさい」 フェンリエッタ(ib0018)は茶屋の隅で隠れるように手紙を書いていた。誰かに見られると思うと、顔から火が出るほど恥ずかしいと思ってしまう。 「今は、今を重ねていくだけで精一杯だけど」 筆を握る手をみて、ふっ、と微笑んだ。 人で賑わう茶屋を見渡して、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は頬を掻いた。 「……ま、付き合ってあげますか。えーっと、自分宛でいいのよね」 そわそわと落ち着き無く周囲を眺めながらも、未来への思いを託す。 全く興味がないそぶりをしつつも、手紙は思いのほか長くなっていった。 礼野 真夢紀(ia1144)も自分あての手紙の内容に悩んでいる。 「うーん未来の自分へって難しい……でも、こういう事考えるのは素敵だよなぁ」 茶屋の表で肌寒い風に身震いしつつ、石碑を眺めながら思いを綴る。 自分宛の手紙を書きながら、柚乃(ia0638)は役割を終えた御神木のことが気になって仕方がなかった。 始まりがあれば、終わりがある。 終わりがあれば、始まりがある。 不変なものなど、ありはしない。 「悲しんでばかりもいられないのですね……」 管狐の伊邪那を召喚して襟巻きにした柚乃は、気合を込めて手紙を記す。 からす(ia6525)は無表情でさらさらと文字を書き記した。 宛先は、もちろん自分。そうでなくとも代理人に。 茶菓子を運んできた店員に「君は御神木の樹齢はわかるかい?」と声を投げた。 「さぁ。随分な巨木でしたから……けど、あたしらやばあさまが生まれる前からあった木ですからねぇ。やっぱり寂しいもんですよ。全部なくなってしまうような、そんな気がして……だから石碑の建立が決まったといえば、決まったんですけど」 からすは肩を竦めた。 「君も笑って送ることだ。哀しむことはない。形あるものはいつか滅び、命ある限りいつか死ぬ。それが自然で……御神木も寿命を迎えただけのこと。老いて死ぬことは新たな旅立ちを意味する。死したものは、残された者の記憶の中に生きる」 忘れはしないだろう? と言いたげに見上げると、店員は「そうですねぇ」と笑った。 「未来の自分に託すこと、か」 悩んでいたアグネス・ユーリ(ib0058)は、暫くして唐突に妙案を思いついた。未来の自分へ宛てる手紙なのだから、アレコレ尋ねるよりも、もっと適した内容がある。 少なくとも今の自分にとっては。 これ以外にない、という内容を文字に綴った。 一瞬たりとも迷いはなかった。 ジークリンデ(ib0258)は白紙を眺めて葛藤していた。 書くべきか、書かぬべきか。 長いこと胸の中にしまってきた気持ちを、吐露してしまうか悩んでいた。この手紙を読むのは未来の自分であるはずだから、若気の至りや昔の恥として赤面するのは自分だとしても、誰か他人に見られる訳ではない。 「……もし、許されるならば」 賭けてみたい。託してみたい。いつ開かれるか分からない手紙に、凍る心の底にしまった気持ちを移しておきたい。だから眠る石の棺に預けておくのも悪くないと思えた。 「明日からまた戦場ですものね。束の間の休みですもの。気の迷いでも、かまいませんわ」 口元に浮かぶのは、慈愛の微笑。 さらさらと、筆が紙の上を泳いでいく。 蓮 神音(ib2662)は筆を舐めながら、何を書くか考えていた。 「未来への手紙かー」 未来の自分を想像すると胸が高鳴る。 「うん、やっぱりアレしかないよね」 散々悩むかに思われたが、案外あっさりと内容が決まった。幼い頃から何度も考えたことを未来の自分に尋ねておく。しかし思い入れのある内容なだけに、蓮は妄想でにやにやしたり、一転して落ち込んだりと気分の浮き沈みが激しく、挙動不審だった。 ところで佐藤 仁八(ic0168)は不気味な笑い声を響かせていた。 「くっくっくっ……開けたら泡噴いてぶっ倒れるに違えねえ」 未来の自分に宛てた手紙。 と聞いて『面白いこと』を思いついたようだ。雪や雨に濡れぬよう、真っ白な布でくるんだ大事な荷物を腕に抱えたまま、にやにやと始終笑って、最後に指を噛んでいた。 茜の空に闇の帳が降りるころ。 手紙を石碑『時の小箱』に託す作業は着々と進んでいた。 「石碑の名前が『時の小箱』ったぁ、洒落てるじゃねぇか」 乾も息子あての手紙を納めたが、その眼差しは真摯な色をしていた。 佐藤はやはり「くっくっく」と不気味な笑い声を上げて手紙を納めた。 果たして何を書いたのか、誰にも分からない。 分かるのは、未来の彼だけだ。 「次は私たちですね。皆さん、ちゃんと宛先の人に書けました?」 リトナの問いに、ローゼリアが胸を張る。 「無論、間違えてなどいませんの。私は真名お姉さまより頂き、サミラに送るのですよね」 真名は「ほら見て」と自慢げに手紙を見せた。宛先はローゼリアになっている。 サミラが未来のリトナに宛てた手紙も、そっと納められた。 「よかった。私は真名さん宛ですよね。では」 手紙を納めつつ、リトナは思う。 時として時間は全てを残酷に変えていく。 ずっと一緒に居られなくても、同じ私でいられなくても。 ここにいる三人が、自分の大切な人だと言う事だけは変わらない。 そんな証として、残しておきたい。 羅喉丸は手紙を詰めると、決意に満ちた眼差しを向けて、一言投げた。 「願わくば、己の歩んだ後に道があらん事を」 まだ見ぬ未来の、遠い自分よ。 もしかしたら。 忘れているかもしれない。 或いは、手紙を読んで笑うのかもしれない。 けれどそんなことにならぬように、胸を張って歩んでいきたい。 ユーリは気軽に手紙を納めると「よし!」と満足げに呟いて戻った。 手紙を納めた真亡は、御神木の切り株の前に経って、上を見上げる。 そこには、もう何もない。 見えるのは、薄い雲と星空だ。 瞼を閉じれば思い出す、大樹のさざめき。もう二度と戻ることのない過去を思う。 人よりも遥かに長い年月を生き、人々を見守ってきた御神木の終焉。 それゆえに訪れた機会に、感謝の祈りを捧げた。 ピサレットは切り倒された切り株に、御神木だった事に対する敬意を払った。 ぺこりと一礼して「お手紙を宜しくお願いします」と祈りを捧げて、小箱に納める。 未来の自分へあてた、時の手紙。 「バイバイ、また後でね〜!」 元気に手紙へ手を振って、そして人々の中へ戻った。 明神は手紙を納めると切り株に近づいた。 「御神木さんにも精霊さんが宿っとったんやろか? 社を見守る大業、お疲れ様やったで」 そして膝を折って祈る。 役目を終えた御神木と、その記念碑。自らの職の性質を思うと、祈らずにはいられなかった。 管狐の伊邪那を襟巻にした柚乃もまた、自分あての手紙を納めると、御神木の切り株の前に静かに佇み、祈りを捧げた。皆が手紙を納めた後で、精霊の記憶に語りかけてみよう、と胸に決めた。 切り倒されてしまった御神木に祈る者たちを眺めた礼野は「雪深い所だと仕方ないのかなぁ」と小声で呟きながら、手紙を納めた。御神木を切り倒す時は、なんだか嫌な気分が拭えなかった。 それでも今、傍らに建立される石碑『時の小箱』を見ると、温かい気持ちになる。 「必ず届きますように」 命が危険と隣り合わせの開拓業だ。礼野は『万が一』に備えて、確実にこの手紙が届くように故郷の住所も封書に書き記した。それをもう一度確認して、手紙を納める。 フェンリエッタは『未だ見ぬ明日のフェンへ』と宛てた手紙を、そっと時の小箱に託した。周囲の微笑みとは違って、フェンリエッタは思いつめた顔をしていた。じわりと浮かんでくる涙も、すぐに掬い取って、空に散らす。 石碑から遠ざかって空を見上げた。 「私はどんな顔で、どんな想いで、再びここに立つのかしらね」 その答えを、フェンリエッタはまだ知らない。 フェンリエッタの様子を見ていたからすが、ぽん、と肩を叩く。 「そう哀しい顔をしなさんな。未来の君に笑われるぞ」 からすもまた未来の自分あての手紙を棚に納めた。 なんとなく周囲の空気が苦手な鴇ノ宮は、とっとと未来の自分あての手紙を託すと、石畳の高い場所から退屈そうに様子を見守っていた。 ジークリンデは石碑の棚の前で立ち止まった。 未来の自分は、果たしてこの手紙をどう受け取るのだろう? 小さな恐怖心ととともに、ジークリンデは思いを託した手紙を納めた。 自分の手紙を小箱に納めた蓮は、神頼みをするぐらいの勢いで熱心に祈っていた。 手紙を納めた仁一郎は、傍らに立つ愛しい妻を見下ろして囁く。 「取り出すときもまた、二人で来よう」 「はい。また一緒に手紙の受け取りに来ましょうね」 固く握り締めた手のぬくもり。未来もこうして、傍らにあるように。 「いつか、あれを読む時……君が健やかであるように幸せであるように祈るよ」 千代田は石碑『時の小箱』が固く閉ざされていくのを眺めながら、恋人の冷えた指を握り締めた。ゆっくりと移りゆく、愛おしいぬくもり。 「百合は俺に宛ててくれた?」 「ええ、千代田さん。ずっとしまいこんできた気持ちも、なにもかも全部こめて」 お互いに顔を見合わせて、笑いが零れる。 嬉しいような、恥ずかしいような、陽だまりの気持ち。 滋藤は落ち着きのないフレスの顔を覗き込んだ。 「どうしたの? 未来の僕へ書き忘れ?」 滋藤に問われたフレスの頬が薄紅に色づく。ぷるぷると頭を左右に振った。 将来どんな顔をして、滋藤が自分の手紙を読むのか、それが気になる。 なんとなく恥ずかしい。 「私をお嫁さんにしてくれたら、いつか二人で一緒に読もうね」 あとは。 いつか開封する未来で。 変わらぬ想いと共に、変わらず傍らにあることを願うだけ。 「ん、交換して一緒に読むのが楽しみだね。その頃には子供もいるかもしれないよ?」 顔が朱に染まったフレスが、滋藤の背中に顔を隠した。 乾は石碑が固く封印されると、ぐっと背筋を伸ばした。 「さーて、せいぜい長生きしようかね……あいつがあの手紙を見た後が楽しみだしな」 大切な息子が、どんな顔をするのか分からない。だからこそ楽しみが増える。 からすが「そうだねぇ」と相槌を打つ。 「さてさて、これら過去からの手紙を読んだ者はどんな顔をするかね? 未来が楽しみになるね」 「違いねぇ」 乾が、くつくつと声を上げて笑う。 幾つもの春を過ぎ、夏の陽に佇み、秋の木の葉を愛で、冬を越えて。 石碑『時の小箱』は今の思いを、未来へ届ける。 瑞々しくも、色鮮やかに。 眠るような別れの年。 さようなら。そして、おやすみ。 いつかまた、未来で巡り会えることを……ここに願う。 |