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■オープニング本文 その日。 街の大通りには、なぜかもふら様の隊列が歩いていた。 この寒い中、もふら様が荷車を引いている。雪よけ用の幕で、何が積まれているかは分からない。 もっふ、もっふ、と懸命に荷を運ぶもふら様たちは、一つの建物に吸い込まれていく。 搬入口、と書かれた裏口だ。 そして建物の正面入口には、完全防備で寒さに備えた幅広い年代の男女が列を成していた。 頭の禿げたオジ様が、人々に向かって大声を張り上げる。 「これより、サークル参加者様の入場を開始いたします。皆様、お足元にお気を付けて、ゆっくりとご入場ください。尚、一般参加者様の入場開始予定時刻は、一時間後となっております」 誘導係員たちが掲げる看板には、 『カタケット〜冬の陣〜』 という謎めいた文字が記されていた。 + + + カタケットとは『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』の略称である。 親しみを込めて業界人からは『開拓ケット』(カタケット)と呼ばれている。 何を売っているのかというと、名だたる開拓者や朋友への一方的で歪んだ情熱を形にした、絵巻や雑貨品の数々だ。 もちろん本人の許可を得ているわけではないので、半ば犯罪である。 また開拓ケット会場には著名な開拓者の装備を真似た仮装を得意とする、仮装麗人(コスプレ◎ヤー)なる方々も存在していた。 業界人にとって、開拓者や朋友は、いわば憧れと尊敬の的。秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。 およそ2万人。 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。 そして腕の立つ開拓者は重宝される。 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、人々の関心を集める結果になった。 問題は……彼ら英雄を元に、想像力の限りを働かせる奇特な若者たちが、近年大勢現れたことにある。 憧れの英雄は、彼らの脳内において好き勝手に扱われた。 その妄想に歯止めなど、ない。 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。 + + + そして何故か、アナタはカタケットの会場にいた。 大きな催しがあるので、会場設営という簡単なお仕事に駆り出されたのだ。 夜明け前に会場へ集い、設営を終えた。 それはいい。 しかし仕事が終わった後、開拓者達は其々の戦場へと向かっていく。 戦う相手は、アヤカシではない。 ある者は、夜明け前から凍死寸前で並んでいる一般人に混じって、入場者列に並んだ。 ある者は、急いでもふら様のいる搬入口へ走り、売り物の数々を取りに行った。 ある者は、急いで手荷物預かり所へ走り、衣装を受け取る。 そして事情を知らない不運な者は、警備仕事の延長を申し込まれ、気がついたら雛壇にいた。 そう、ここはカタケット住民の聖地。 開拓者たちを愛し、相棒を愛してやまない、情熱に満ちた人々の夢の国。 会場の渡り廊下では、出張してきた飲食店が立ち並び、身もココロも満たす用意は万全。 お昼になれば、お決まりのテーマソングを歌う吟遊詩人たちが現れる。 入場者全員で起立し手拍子を行う、あの一体感が再来する! 「えー、皆様。 大変長らくお待たせいたしました。 只今より『開拓ケット〜冬の陣〜』を開催致します! また今回は、開拓者様のご厚意により、外部会場にて相棒祭を実施しております! 普段は報告書でしか目にできない相棒たちとの交流をどうぞ!」 聖夜なんてしらないぜ! 俺たちの聖戦が、今ここに始まったのだから! |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 音羽 翡翠(ia0227) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 露草(ia1350) / 御樹青嵐(ia1669) / 嵩山 薫(ia1747) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九竜・鋼介(ia2192) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 浅井 灰音(ia7439) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 村雨 紫狼(ia9073) / ニノン(ia9578) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / シャンテ・ラインハルト(ib0069) / ヘスティア・V・D(ib0161) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / ミシェル・ユーハイム(ib0318) / 八条 司(ib3124) / 杉野 九寿重(ib3226) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ローゼリア(ib5674) / セレネー・アルジェント(ib7040) / エルレーン(ib7455) / 捩花(ib7851) / 刃兼(ib7876) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / エリアエル・サンドラ(ib9144) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 黒曜 焔(ib9754) / 緋乃宮 白月(ib9855) / 宮坂義乃(ib9942) / 藤本あかね(ic0070) |
■リプレイ本文 開拓ケット(カタケット)……そこは未知の知識に溢れる楽園である。 開拓ケットに一般客が入場する前に席に着くのが『さぁくる』と呼ばれる売り手である。 さぁくるの席に辿りついたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は、早速すぺぇすを飾り付けて、ふぇちのつまった本を並べた。 ちらりズムたっぷりな有名開拓者の姿絵と開拓者による冒険の仕方本。 健全に見えるが、片隅には『エルディン×竜哉』絵巻がある。 「おとなりさんはまだ、か。D・D〜、春華王の衣装もったか? いくぞ」 ヴォルフは竜哉(ia8037)の仮装に着替える為、からくりを連れて更衣室に出かけた。 隣の『霜月零』なる、さぁくる名の机に現れたのは、ギルドの受付が本業の深緋(iz0183)だ。 荷解きを始め、新作を並べる。 表紙は神聖なるカソックを淫らに纏うエルディン・バウアー(ib0066)が描かれていた。 「ふわぁ……徹夜してしまったわぁ。お肌に悪いのよねぇ。でも……うふふふ」 にんまりと笑う深緋。今日の売上で新しい簪と着物を買うのだ。 そこへヴォルフが戻る。 「お隣さんですか。今日は宜しくお願いしま……」 「ええ、宜し……」 ギルドで見たことがある受付係と開拓者の邂逅。 その瞬間、二人は言葉を失ったが、お互いの机の上を見て、表情に生気が戻っていく。 「同志のようね!」 「同志のようだな!」 女たちはエルディン萌えで分かりあった。珍妙な絆、ここに爆誕。 お互いの新作を交換しあえば、もはや後は萌語りが閉会まで続くのみだ。 エリアエル・サンドラ(ib9144)はガイドマップにさぁくるカットを張り込み、移動経路を朱文字で書き込むという、全く初心者には見えない技術で、初めてのカタケットに挑んだ。 一般入場開始の声と共に「いざ出陣なのじゃー!」と歓声をあげる。 目指すは開拓ケット(カタケット)住民の聖典『月刊「開拓じゃんぷ」』で大人気の各国擬人化痛快四コマコメディ『ヘタリ儀(ヘタリギ)』の二次創作である! 「ほわー、綺麗な絵がいっぱいじゃ。あとは玄武寮の先輩方が題材の本も買わねばのぅ」 まずは希少な冊子や絵巻が売り切れにならぬよう、表紙買いを決行する。 時々立ち止まって何冊か開いてみた。 完全なる発禁だった。 「……む、むむ、ほーこれは……ちと我には早いかのぅ、しかしヘタリギならよし!」 益々深みにハマっていくサンドラ。 無垢な時代に、戻れない。 そんなサンドラと同じ巡回経路を歩いていたのが捩花(ib7851)だった。 人々の熱気が祭を連想させ『なんか面白そうね!』と胸踊ったのは一時間前。 未知の世界を知った捩花は、想像を超える趣味に呆然としつつ、恐るべき速さで順応し、数々の戦利品を勝ち取った。 何故か興志王の発禁ものばかりだ。 からくりの明琳が「鼻血たれてますが」と指摘する。 「は! 久しぶりに興奮しちゃって……まさか裸で■■王を■■■■てるって思わなくて」 自主規制が必要な妄言が乱舞する。 手拭いで鼻を抑えていると……正面のサンドラに目が止まった。 「あ、あれは! さっき売り切れで買い損ねた『朱潘(興志王)の熱情の午後』!」 「む?」 サンドラが顔をあげる。 捩花は「明琳! 行くわよ!」と突撃した。 読みたかった。とても読みたかった。そして萌えたかった。 心は一時間でカタケット住民だった。 「お友達になってください! あと、その絵巻! ちょっとだけ読ませてくれませんか!」 勢いに呆然としたサンドラも、めざとく捩花の腕の絵巻を眺める。 「むぅぅ、中々に良い絵師の本をお持ちじゃのぅ……お昼時に萌語り交換会はどうじゃ?」 わずか数秒でゼロ距離。 カタケットは偉大である。 「初めてきた時より、ますます人が多くなってます、ね」 シャンテ・ラインハルト(ib0069)は犇めく人々を眺めて呟く。 かつて初めてカタケットに訪れた時、ラインハルトは、これほど開拓者の情報が氾濫しているなら、父親の手がかりがあるかも……と淡い期待を抱いた。 そんな純朴な時代は遠い昔。 現在は立派にカタケット住民となっていた。 「最近は相棒擬人化が増えてきましたね……普通の相棒の純愛を探すのが大変です」 霊騎などの純愛を扱った絵巻物を読んでいると、幸せな気持ちになれる。 やっと捜し当てたお目当ての絵巻を買い込んで相棒祭に向かうラインハルトが立ち止まる。 「……私が通ると、この区画の方、商品を隠されてしまうんですね」 まさか自分がネタに成ってると考えない。 「身分差のノーマルカプ純愛を読むなら、どこのじゃんるにハマればいいんでしょう」 「それならジルベリアじゃんるがオススメよ」 突然の第三者。 声の主はマチェク本を買い漁っていたフェンリエッタ(ib0018)だった。 「あ、朝の設営にいた……」 「フェンリエッタ。今ジルベリア区画を全部見てきたんだけど、身分差ものはかなり多かったわ。あと陰殻区画で大御所が身分差ものも手広くやってる、って聞いたから、行ってみたらどうかしら?」 ラインハルトが嬉しそうにお礼を言って走っていく。 「いいことをすると気持ちがいいわね。作り手の情熱はいい刺激になるわ。マチェクさんの何冊か表紙買いしちゃったし……傭兵団の絆ものはよくあるけど、性別逆転なんて初めて見ちゃった。お姉様これ見たらどんな反応するかしら。ふふふ」 「リエッタ! これっ、ウィナこれ欲しい!」 突然、人妖のウィナフレッドがフェンリエッタの髪を引いた。 そこには二頭身の人妖や羽妖精をはじめ、愛らしい人形細工が売られていた。 鈴梅雛(ia0116)はもふらさまの着ぐるみに着替え、黒ヒゲ付き眼鏡で変装し、新作の朋友絵巻を買いあさっていた。 「折角ですし、マリィ先生の所へ行ってみましょう」 真麗亜こと黄薔薇のマリィ先生は大手である為、午後は近寄れなくなる。 様子を見計らって訪ねると、そこにはニノン・サジュマン(ia9578)もいた。 戦利品入りの巨大且つ二重の風呂敷包みが目立つ。新刊購入且つ、差し入れに来たらしい。手が汚れぬようにと折詰の柿の葉寿司が風呂敷から出てきた。 「あら? ひいなちゃん」 「こんにちは、お忍びごっこ中のひいなです。差し入れに来ました」 濃い話が始まる前に離脱する。 原稿を手伝ったとはいえど、やはり刺激が強いのだ。 「ウブなひいなも、かわゆいのぅ。流石はほのぼのじゃんるのお姫じゃ。一般人は、よもやひいな姫が、あんな愉快な格好をしているとは気づくまい……ではマリィ殿、儂もまだ『じじいずらぶ』な買い物が残っておるのでな、失礼するぞ!」 肌あれひとつない笑顔で去っていく。 管狐にさぁくるを偵察させるという恐るべき方法を駆使していた。こき使われている管狐の花林糖は、己の擬人化本を発見して『ここはアヤカシの巣窟より恐ろしい』と震え上がっていた。 その時、会場見学中の胡蝶(ia1199)が見たものは、開拓者ギルドで仕事を斡旋する北花真魚(iz0211)が『鷹羽柊架』さぁくるの薄くて高い本を大人買いしている姿だった。 イケメン陰陽師が箸を持って、わんこ系巫女に食事を食べさせている表紙が見える。 「あ、新しいイケメンさまが! ここは人生の理想郷なのです! きゃ! ……あ」 振り返って固まる。 例え過去に担当仕事で縁がなくとも、お互いに顔や名前だけは知っていたりするものだ。 「こんにちは。ここ一帯は陰陽師区画なのね。耽美本とかも創作活動の範疇だから否定はしないけど……こんなの五行は兎も角ジルベリアでやったら牢獄行きじゃないかしら」 「大丈夫ですよ、胡蝶さん! ここは神楽の都ですから!」 拳握って力説する北花の姿が眩しい。 「でしょうねー。とはいえ、私も陰陽師絵巻で面白そうな本があれば娯楽変わりにと思っ……ん?」 対岸のさぁくるに、見覚えのある顔や名前の絵がある。 陰陽寮のネタ本がずらーりと並んでいた。高名な開拓者は例外なく餌食らしい。最初は面白半分で近寄ってみたが、同性と絡む自分や人生捏造本を発見し、凍りつく。 「ちょっとぉぉぉ!」 顔を真っ赤にして狼狽える胡蝶を、母の如く見守る北花。 「ふふ、胡蝶さんのカタケット人生はこれからですね! ……あら?」 本物の開拓者が様々なポーズを取らされている雛壇に、見覚えのある顔を見つけて北花は歩いていく。 「…………なんぞこれ」 刃兼(ib7876)は観衆に囲まれた雛壇の上で怯え慄いていた。 「待て。ちょっと待ってくれ。俺の絵姿描いても、何も面白味がないだろ。ないハズ、だよな!?」 見覚えのある開拓者と似た格好の人物が、大量に会場を徘徊しているのを見て『そういう職人が集まる祭なのかな』と漠然と考えた刃兼は、その認識が誤りであることに気づかされていた。 違う。全く違う。 刃兼と同じくお気楽な発想をしていたのが弖志峰 直羽(ia1884)である。 活気に満ちた会場を眺め、お祭り気分だった弖志峰 直羽も次第に熱狂の渦が『異質』であることに気づきはじめた。自分を見上げる者たちの持つ絵巻が衆道的な要素を含むのを見て、魂の底から震え上がり、御樹青嵐(ia1669)の陰に隠れた。 「え、ちょ……あれってどういう事なの……ま、真魚ちゃんまで何故あそこに!?」 観衆の中に見えた開拓者ギルド受付の北花真魚と目が合う。 微笑ましい眼差しを注がれた。 「聞いてる青ちゃ……」 御樹を眺めると、悟りを開いた修行僧の眼差しを観客に向けていた。 「まさか真魚さんに見られるとは聊か厄介」と溜め息をこぼしながらも「直羽はまだ、この世界の深淵を知らなかったですよね……怯えることはないですよ。あれです。力持てる者の義務として割りきればいいのです」 持てる者の義務? 御樹が管狐の白嵐を呼び出すと歓声が上がった。 仕事で嫌でも顔を合わせる受付にまで見られた以上、ここは開き直るしかない……的な結論に至ったようだ。御樹は観客が投げた薔薇の花束を一輪、管狐に結び、更に一輪を直羽の米神に飾り付ける。 「へ? ちょ、青ちゃん? 青ちゃん!?」 ぞわ、と鳥肌が立つ。 「直羽、私たちは今日一日限りの生ける芸術品なのですよ。客の要求に答えつつも、そこに究極の美意識は欠かせません。希儀の石像になったつもりでいなさい」 御樹は壁から椅子を持ってきて優美に腰掛け、弖志峰を地べたに座らせると、御樹は毟った薔薇の花を天井へばさぁ、と放り投げた。 ひらひらと舞い散る深紅の花びら。 顎を強制的に固定された弖志峰と御樹が見つめ合う。 すると。 「ぎゃああああああ! 青嵐さまぁ!」「直羽くぅぅん!」「流し目! 流し目で一枚!」 乙女のツボを完璧に網羅した青嵐の芸術が、乙女たちの思考をふしだらにかき乱す。 「……皆、喜んでるみたいだし、これで……いいの、かな?」 そこへ通りかかる旧知の人影。 「あら? あれは青嵐さんと直羽さん……堂々たる風格のあの姿勢、まさに女王と犬……そんな趣味があったとは! 本人達公認ならば遠慮は無用ですわね! 昨今の流行とはいえ、せめて知り合いの方のはやめておくのが仁義かと思いましたけど」 セレネー・アルジェント(ib7040)、欲望に陥落。 一度は諦めた友人の薔薇絵巻の購入を決意したアルジェントは、差し入れのお菓子の包を持って、人混みをかき分けて雛壇正面にでた。 「直羽さん、これからも頑張って下さい。心から応援しています」 「あ、セレネーちゃん。それお菓子? わぁいありがとー! 青ちゃん、お菓子もらった!」 御樹が目頭をくっ、と抑え「暖かなお心遣い感謝します」といいつつ、弖志峰がもらった菓子をわざわざ御樹の手で食べさせるという芸当を始めた。 逆に抵抗なく餌付けされている弖志峰を眺め、刃兼は反応に困っていた。 死闘をくぐり抜けてきた友。医者を目指す心優しい好青年。そして時に、浄化の炎で敵を焼き尽くしたりもしちゃったりする友の……餌付け。 「……食べますか?」 御樹が手招きした。 口をあけてぱくぱくしていた刃兼に気づいた。 「セレネーちゃんのお菓子美味しいよ」 そういう問題ではない。 「……い、いや、直羽、俺はなんだか胸がいっぱいなんだ……気持ちだけ受け取っておく」 かろうじて絞り出した声が、丁寧に餌付け辞退を申し上げる。 そして、そっと目をそらした。目頭が熱いのは、気のせいということにしておく。 「俺、恐ろしい場所にきてしまったな……キクイチ、大丈夫かな」 猫又の身を案じていた。 人ごみから脱出したアルジェントは露草(ia1350)に遭遇した。 「おや御同輩。こちらの業界人だったのですね」 「まぁ、露草さ……それは、なんですか?」 「これですか? 背負子の下に滑車をつけたプチ荷車です! 大量の荷物のらっくらく」 改造背負子の上には、人妖の衣通姫が乗っていた。 アルジェントが露草に耳打ちする。 「だ、大丈夫なんですか? 人妖ちゃん、一緒でも」 「だぁーいじょぶです! ほら、最近噂の『開拓人形屋』が人妖ぬいぐるみシリーズを出してますからね。それでオーナー達のぬいぐるみ用の衣装が、いつきちゃんにも合うんです〜、着せ替えごっこやり放題! その紙袋はドレスとアクセでいっぱいです」 きりり、と自慢げに戦利品を見せる。 「ぬいぐるみドレスを買い漁れと、そうしろと本能が囁くのです」 よく見れば噂の人妖ぬいぐるみを持つ人々が『服飾』区画にいっぱいいた。 人を隠すなら人の中。 人妖隠すならぬいぐるみの中である。 「それじゃ、私はこれで! いつきちゃん、次は花凛屋のドレスを買いましょうか」 ガラガラと改造背負子をひいて、ぱんぱんに膨れた財布を持ち、露草は戦場へ戻っていく。アルジェントも買いそびれた絵巻を買う為、ガイドマップを読み出した。 「やはり面白い絵巻ならその、見てみたい気は……この絵巻面白そう! 買いですね」 そんな彼女たちの近くをエリアエル・サンドラ通り過ぎていく。 「先程から寮の先輩や知人の声がするような……気のせいかの?」 気のせいではありません。 警備の名のもとにおもちゃになっていた着ぐるみ姿の竜哉は、専用の控え室に逃げ込んで「この時期でも着ぐるみで動くと結構暑いな」と言って、ぺったりと地べたに這った。 「そんなところで死ぬな」 琥龍 蒼羅(ib0214)にぺしぺしガイドマップで起こされる。上半身が人間で、下半身がモサモサの犬という竜哉の姿は、なかなかに愉快な絵だ。 水を煽りつつ我に返る。 「ふー……あれ? そういえば鶴祇はどこ行った」 「相棒祭の会場だろう」 鶴祇は姿を消していた。 休憩を終えた琥龍が、相棒の飄霖を肩にのせる。 「全く警備の仕事と聞いていたのだがな……まあ一度引き受けた以上、仕方あるまい」 主催者に騙された現実を噛み締めつつ、会場に戻って餌食になる準備を始める。 竜哉に「真面目だな」と言われれば「お互い様だ」と声を返した。 「他人の趣味を否定する気はないし、絵を描きたいのなら迷惑にならない程度で好きにすれば良い。ではな。まかない弁当は泰国の蒸し饅頭だそうだ。机の上にある」 琥龍は司空 亜祈(iz0234)の出店饅頭を指差し、午後の熱気の中へ戻っていく。 雛壇の片隅では、ローゼリア(ib5674)が「どういうことですのぉぉぉ!」と杉野 九寿重(ib3226)を問い詰めつつ前後に揺さぶって大騒ぎしていた。 この二人。 お互いの相棒達の策略で、生贄として会場に捧げられてしまったのだ。 それを満足げに眺める人妖とからくり。 「作戦成功! 私たちが堂々と来るには、こうするしかないね!」 「ええ。杉野女史もきます、は効果抜群でした。なに、親友と一緒にいればそこまで機嫌を損ねる事はないでしょう。なによりあの絵師の数……絶対に逃げられません」 最大限に悪知恵を働かせる、人妖の朱雀とからくりの桔梗。 朱雀は首からさげた財布の中を覗き込む。軍資金はたっぷりとあった。 「とりあえず島一つ大人買いするねっ! わんこ萌え絵巻を探すね!」 「心配には及びません。ガイドマップにて調査済みです。最近の流行は面白いですね」 目指すは『騎士×志士』『犬耳×猫耳』『主従逆転』『獣耳総受』各種である。 騙された多くの警備役開拓者が歯ぎしりや精神的苦痛を味わう中でエルディン・バウアーだけは仮装麗人たち並みに生き生きと輝いていた。 「カソックは仮装じゃありませんよ、本物の神父です」 時々迅鷹のケルブと一体化して友なる翼を披露するという才能の無駄遣いっぷりであったが、全ては布教の為と信じて疑わない。その甲斐あってか、エルディンは昼頃には取り巻きから解放されていた。 「もういいのでしょうか。いくらでも説教を致しますのに。折角ですし」 そうだ、ご主人様に会いに行こう! と。 考えて、少しだけ落ち込んだ。 「……なかなか、みかん箱生活のなごりが消えませんね」 ご主人様改め開拓者ギルド受付職員の深緋を探す。 魔術師区画の何処かに出店している可能性が高かった。なにせ自分が散々モデルを務めたのだ。そして巡りあった第一声は! 「見つけましたよ、ご主人様!」 ざわざわざわざわ…… 余計な誤解、生まれる。 「今日もいい男ね。この前はありがと、おかげさまで大盛況よ」 「ありがとうございます、ではなく! いやいや、私こんな表情しませんよ!?」 「失礼。エルディンオンリー『霜月零』さぁくるはこちらかな。色紙をお願いし……」 ウキウキしているミシェル・ユーハイム(ib0318)が、深緋達を見て固まっていた。 隣では竜哉の仮装をしているヘスティア・ヴォルフの所へ、人妖の鶴祇が訪れた。 ヴォルフは内心絶叫していた。鶴祇がいるということは竜哉がいるという事だ。 「薄くて高い本……けしからん、けしからんのう。ヴォルフ?」 「な、ナナナナンノコトカナ、ひ、人違いだろう」 「けしからん。ゆえに、もっとやれ、じゃ」 鶴祇は立ち読みし、ぐっじょぶ、と声援を投げて去っていった。危機は去ったようだ。 秋のカタケットで萌えられて激昂していたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、今回はなんと石鏡の香香背の格好をしていた。仮装麗人達が、とても楽しそうに見えたのだ。 「他の方になりきるのはドキドキ致しますわね! それにしても」 一時間ごとに鳴らされる会場の時報。 まだ帰ってこない。 アルフォレスタはハーブ仲間のユーハイムの出店で、売り子として来ていた。 半ばアルフォレスタの握手会と化している現場では「マルカ姫ぇぇぇ」と叫ぶ狂人を除けば、至って平和だ。仮装会場にもいってみたいと思いつつ……持て余した暇つぶしに本をめくる。 頭が真っ白になった。 ユーハイムの売り物『花林糖絵日記』や『たわけモン』をてっきりハーブ日記かなにかだと思っていたアルフォレスタは、その時初めて、中身が『ニノン・サジュマン×相棒擬人化』であることを知った。 思い出すのは、ユーハイムの凛々しい横顔。 『最近、分かって来たんだ。人だろうと相棒だろうと……触れ合わすのが心であるなら、同じだって。一人でいるのが寂しいのも、最初の一歩が怖いのも、さ』 格好良く聞こえるが、別なものに目覚めたという意味だ。 騙された。 完全に騙された。 そこへ色紙を入手したユーハイムが煌く笑顔で戻ってきた。凍てついた微笑みが迎える。 「ミシェル様、騙しましたわね?」 煌く微笑みが凍りつき、ざーっと血の気だけ引いた。 「あなたにはお仕置きが必要かと」 紙の束でひっぱたかれたユーハイムが倒れたので、人様のお邪魔にならぬよう回収する。 「全くもう。改心してくだされば良いのですが……あら?」 アルフォレスタがサジュマン本人を発見したが、相手は『大伴×藤原』絵巻などを大量に買い込んで「次は、病弱寡黙、無理しがち! 美味しい! そして芹内王じゃぁぁぁ!」と飛び跳ねていた。 「……ネタにされている事など、全く気に止めるそぶりすらありませんわね」 誰にも彼女は止められない。 騒ぐユーハイム達を遠巻きに眺める影がある。 「あの売り子は何処かで……気のせいかのぅ?」 異様な熱気を祭と勘違いした音羽屋 烏水(ib9423)は仮面を被って会場を歩いていた。 「おぉ……自作自筆の市のようなものかのぅ? ほぉ、もふら。これは愛らしい。和まされるのぅ。おや、あそこの娘、何か落としていったぞ」 親切な音羽屋が、捩花の落とした薄くて高い本を拾う。 「……はて、見覚えがある顔付きのような」 ぺらり、と一枚捲ってキワどい興志王の褌姿に石化した。 「こ、これは……雄っぱいじゃと?! しゅ、衆道か?! な、なんとけしからん!! い、いや、そもそもこの絵の下の者も見覚えが」 「いやぁぁぁ! かえしてぇぇぇ!」 捩花が本を奪い返して、物凄い速さで走り去った。 友人に買い出しを命じられた浅井 灰音(ia7439)は、始めて来たカタケットの熱気に複雑な思いを抱いていた。友人に警告されて変装をした。一方変装なしで雛壇にあげられた開拓者達に同情の眼差しを注がずにはいられない。 「明日は我が身ね。次の悪堕ち絵巻どこだっけ」 開拓者がアヤカシ化する。 そんな『もしも』シリーズは、一部に熱狂的な支持を得ていた。おそらくカタケット住民の聖典『月刊「開拓じゃんぷ」』で『アヤカシは繁栄しました』が巻頭カラーを獲得するほど絶好調な為だと思われる。 「これで『にんげんさんはたべものです?』も購入っと。……なんだろう、最初は怪しげな雰囲気を感じたけど……ふふ、悪くないね。こういう本を見ていると、何だか血が疼いてくる気がする」 いっそのこと全部買って帰ろう、と大人買いを始めた。 財布が軽くなっていく。 そして自らの正体を偽ろうともしない村雨 紫狼(ia9073)は秦国の女性装束にジルベリアの女性下着を備えた格好で厚化粧がすごい。 「本日『屋良内科』では、暁きゅん総受け本『ボクこわれちゃう』を再販したぜ! 来年はうちの相棒本もでるからな〜! ハッピーうれピーよろピクね〜」 「今日はミーアも女医さんの格好で一緒なのです!」 村雨のサークルは暁総受けエリアで大はしゃぎしていた。 そして裏通りにずらりと並ぶのが、鍛冶屋でお馴染みの興志王関連絵巻などである。 ところで絵師の鉄壁から解放された九竜・鋼介(ia2192)は会場を歩いていた。 相棒祭に捕らわれているであろう人妖の瑠璃を探すためだ。 案外あっさり見つかったが、瑠璃は九竜を某さぁくるに連れてくる。そこには『にょろーん、クリュウさん』という冊子があった。瑠璃がぼしょぼしょと小声で「これって主殿ではないか?」と尋ねる。 表紙を見た。 ふてぶてしい二頭身のサムライだ。 45度の太陽を見上げ、犬のような顔にでふぉるめされていたが、身にまとう衣装は確かに九竜と同じ。ひとまず続編の『スベッてますよ、クリュウさん〜ダジャレの哀愁〜』共々買い上げて、後で検証してみることにした。 弱小さぁくる『瑞穂の国の人だもの』には、巫女装束に眼鏡で変装した礼野 真夢紀(ia1144)が友人と共にいた。売り物はオリーブオイル中心の『開拓メシ』最新刊と依頼体験談をひねった成人向け絵巻の委託販売などがある。 礼野が会場の時計を一瞥する。 「それじゃ、私、お昼ご飯の蒸し饅頭を買ってきます。早く行かないと売り切れちゃう」 礼野、離脱。 背中を見送った音羽 翡翠(ia0227)がぼそりと一言。 「姫……十八禁ロリ系だけで済んでるから少ないけど、しらさぎちゃんあちこちで犠牲になってるから、バレたら怖いわ。さて、ここで売り子ちゃんとやっててね」 「うん」 音羽は頼まれものと欲しいものを狩りに出かけた。 からくりのしらさぎには『今日は真夢紀の名前は言っちゃ駄目』と言い聞かせた。 渡り廊下では浪志組の格好をした司空亜祈が、泰国の蒸し饅頭、実演販売していた。他にも様々な料理屋があったのだが、手軽に食べられて暖まれる蒸し饅頭が飛ぶように売れていく。 礼野やフェンリエッタたちも例外なく長蛇の列に並んだ。 品数が少なくなっても、運送屋の『青空希実』が追加の饅頭を運び込む。 「司空さん、これどこで温めればいいのかしら」 「蒸籠は外よ。自分で好きなときに蒸して、熱々を召し上がってね」 寒さが苦手な虎娘は、爽やかな笑顔でセルフサービスを強調した。 時計の針が昼を少し超えた頃。 昼食を買いに行った礼野が戻って来た時、売り子のしらさぎは「マユキおかえり」と言ってしまった。異様な人だかりの発生に、係員の笛の音がぴーぴー響き渡る事になる。 からくりの桜花を連れた宮坂 玄人(ib9942)は、さほどでもない知名度が功を奏し、気軽に会場内を歩いていた。 「ここは、開拓者の似顔絵を売ってるのか? ……あの絵、依頼で一緒になった人に似ているし、嫌な予感がするのは何故だ?」 「キャー! 玄人様! あれ! あれカッコいい! 買ってください!」 「コラ、ここで騒ぐんじゃない。客じゃなくて警備なんだぞ!」 輝くからくりの眼差しが、不吉な悪寒しか運んでこない。 ところで会場に潜む全シノビの皆様、及び、陰殻に詳しい方々、そして雛壇の犠牲者たちから『なんでそこにいるんだ』と注目を浴びる人物がいた。 北條・李遵(iz0066)……陰殻4大流派の北條流頭領である。 世が世なら慕容王と呼ばれても不思議ではない人物が、何故か、さぁくる『白銀紅夜』で姿絵と薄い本を売りまくっていた。 そしてここにもヘビーなカタケット住民であるサジュマンは現れ、北條様お手製の絵巻を立ち読み始める。 次第に目が血走り、頬が紅潮していく。 「ふおぉう、夜春と影縛りのコンボキター! 純愛ゆえの狂気! 粘泥ものはテッパンじゃのう、これぞ陰殻とシノビを知りつくした者にしか描けぬ! やはり保存用と布教用も買っておかねばな」 大金が流れ星と化している。 更にジルベリア身分差恋愛絵巻を買い占めたシャンテが、陰殻ものを調べに来ていた。 「純朴な身分差の恋ってありますか?」 「それなら『北條流の若きシノビ』がオススメです!」 「すまぬ北條殿『陰殻妖し奇譚』を2冊追加で」 「お買い上げありがとう! 貧乳はすてぃたす、貧乳はじゃすてぃすよ! 胸を張って沿った時に膨らむ絶妙な貧乳と強調される上前腸骨棘、細い肢体を堪能するならウチです」 陰殻びいきの北條様は、慕容王百人切り伝説に始まり、相棒擬人化総攻め本、純愛、もふらさまに萌えるほのぼの絵巻まで手広く絵巻を制作し、更には絵師に混ざって雛壇に立たされた開拓者を片っ端から描いて売りさばいて荒稼ぎしていた。 部下が知っているかは不明だが……多分、泣かれる。 隣では、捩花やエリアエル・サンドラが北條の描き上げる色紙の手際に尊敬の眼差しを注いでいた。 まさか相手が陰殻の超大物だなんて、ちーっとも気づいていないのだった。 ところで。 「もふら様、私も相棒にしたいなあ、もふもふ、あったかい……さ、いっていい」 もふらさまの行列に気を取られて、そのまま会場に居ついてしまった黒曜 焔(ib9754)と柚乃(ia0638)は、延々と搬入口で箱の運搬を手伝っていた。 柚乃が首をかしげる。 「なんだか会場内に人が沢山いますが、なんでしょう?」 「俺もわからない。一体この集まりはどういうものなのだろう……見た事のあるような姿もいるが……でも何か違うな? はて?」 黒曜の獣耳やしっぽがゆらゆらと揺れる。 柚乃が忙しい自分の代わりに、管狐の伊邪那を放ったが、面白がって暫く戻ってこなかった。ついでに『巨勢王×大伴爺×武帝』なる衆道絵巻の落し物まで拾ってきたので、耳まで赤くなった。 ちなみにサジュマンの落し物である。 その時。 「やめろぉぉぉ!」 叫び声が聞こえたので柚乃達が駆けつけてみれば、そこにはもふらたちと同じく謎の荷物を搬入する自称運送屋のノイ・リー(iz0007)が『姫野里美宛』という印のついた箱を持たされたまま、仮装麗人たちに取り囲まれていた。 「折角だから遊んで行きなさいよ! 衣装は余分にあるんだから!」 「俺は荷物の搬送仕事できたんだ! って、俺の髪はおもちゃじゃねぇぇぇ! 離せ! つか、女モンなんて着ねぇよ! 仮装とやらもしねぇ! だから俺を巻き込むなぁぁぁ!」 泣き叫びながら荷物を置いて去っていく。 柚乃が首をかしげた。 「……あの荷物を運んだら終わりかな。遊び半分で警備してくれればいい、って会場の人は言っていたけど……あの人混みに入ると捕まっちゃうような」 柚乃は、ちらりと自分の格好を眺める。 仕事後はおでかけのつもりだったので、クリスマス仕様のカワイイコーディネートを選んだ。だから時々絵のモデルになっている開拓者達のように、万が一絵師に捕まっても恥ずかしい思いはしない。 その葛藤を沈めたのは、頼れる男子だ。 「重そうだし、私がとってこよう。少し待っていてくれ」 紳士の微笑みで引き受けた黒曜は、荷物を運びながら、仮装麗人の藤本あかね(ic0070)の白い美脚に目を奪われていた。 だって男の子だもん。 一方藤本あかねは、仮装麗人としての華々しい趣味と人生を謳歌していた。 真冬且つ屋外なので外套こそ羽織っているが、五着の衣装を持ち込んで、一時間ごとに着替えている。有名どころの格好を選ぶと、時々集合がかかるので、尚の事楽しい。 「うふっ」 黒曜のような熱い視線には、片っ端から投げキスやウインクなどの色っぽい仕草で返す。 「巫女の集合入りまーす! 仮装麗人さんと絵師さんはお集まりくださーい!」 藤本が人妖のかりんも連れて一角に集う。 そこには一般人だけでなく、巫女装束を着たリィムナ・ピサレット(ib5201)やマルカ・アルフォレスタなども含めて大勢がいた。 また本日はマジもんの開拓者と一般人が入り乱れる冬の祭典である為、絵師たちは開拓者のいる雛壇と野外会場を往復する有様だ。 しかし大御所絵師としての顔を見せる北條や深緋は、全く疲れる素振りを見せない。 十五分ほどの集合の後も、集団は散らなかった。 「みんなー! 開拓者への応援ありがとー、流行りのポーズいっちゃうよ〜!」 歪んだ情熱に寛大なピサレットは、露出高めの藤本とペアを組むと、向き合って両手を絡め、頬をくっつけて寄り添った。 愛らしい乙女二人の共演。 折れそうな腰。零れそうなナイス乳に、視線が釘づけになる男たち。 過度な露出がいいのではない。 見えそうで絶対見えない焦らし。露骨な部類とは違うチラリズム。 あの清純な危うさが、限りなく良いのだ! 「開拓者って、実は有名人だったんですね」 何故か仮装会場にいた鈴木透子(ia5664)は生ぬるい眼差しを注いでいた。 「これって絶対本物が紛れ込んでますよねー、と思ったら、紛れる通り越して、堂々としてましたね……遮那王。あれ?」 お付きの忍犬は、少し離れた場所で人様に遊んでもらって上機嫌だった。 さて、どうしようか。 と空を仰ぐ。同じ仮装麗人に「本物ですか?」と聞かれ「偽物です」と切り替えしたら「仮装は会場内でやるんですよ」と誘導されてきた。色々けちをつけられても「はい、努力してみます。がんばります」と言えばすむ。 陰陽覆で顔が見えないのが救いだ。 「折角ですから、陰陽寮区画を見に行ってみますか。胡蝶さんをさっき見かけましたし、久々にお話するのも楽しそうです」 よもや自分と胡蝶がネタにされている絵巻があるなどと露ほども知らない鈴木は、胡蝶と遭遇した際、微妙な空気を味わうことになる。 その頃、昼食休憩を済ませた竜哉が着ぐるみを纏って雛壇へ戻ってくると、想定外のものを目にした。なんだかよくわからない拘束具で椅子に固定された流韻(iz0258)が『月宵』というさぁくるを筆頭に餌食になっていた。 控えめに見ても健全とは言い難い格好だ。 「もう……やだ……」 虚空を舞う白い紙に何が描かれているか、など見たくもない。 死守したのは帽子だけ。そこへ竜哉が現れ、流韻の表情は歓喜に満ちた。 「竜哉お兄ちゃん!」 奇跡に感謝します! と言わんばかりで、救ってもらえると思った。 しかし。 「お兄ちゃん!? 流韻君、総受け!?」 「この二人、できてる!」 救いを乞う眼差しと発言は、別な疑惑を呼ぶだけだった。 呆然と立ち尽くす二人を見つけたエルレーン(ib7455)が「ごめんなさい、私には救えないの!」と言い残して走り去る。 エルレーンは「仕事の邪魔をしないで!」と叫んで人混みを脱出し、自分とラグナ・グラウシード(ib8459)がネタになっている区画を目指していた。 開拓者として磨いた経歴は、同時にこちらの業界で『じゃんる拡大』を意味する。 「ちょっと! そこの人たち! わ、私、こんなやらしいこと言わない、しないもんッ! それに、ラグナなんかどうとも思ってないし、勝手はゆるさないんだから!」 「エルレーン! 貴様、こんなところにま……で」 猛抗議中に本人様が降臨した。 口を開けて立ち尽くすエルレーンの前で、うさちゃんを担いだグラウシードが壁を眺めると、そこには巨大な張り紙にお洒落な下着姿のエルレーンが白玉あんみつを食べていて、真上から半裸且つやけに凛々しいグラウシードが迫っていて……つまり『寝台の上であんみつの食べさせっこをしている』絵があった。 「こ、これは! なんだ!?」 積まれた冊子を手にして立ち読みを開始するグラウシード。 超熟読。 「は……はぅはぅ、みみみ、見ちゃだめえっ! やらしーのはだめぇ!」 隙だらけのグラウシードから高くて薄い本を奪い取り、顔を覆って逃げ出す。 エルレーンよ、それは窃盗だ。 成り行きでさぁくるの過激な新刊見本を手にした彼女は、返却にいくのが嫌で、渋々中身をみて筆者名を探し、本部に落とし物として届けた。 無垢な時代にさよならだ。 ちなみに残されたグラウシードは、一般人に囲まれて質問攻めにされていた。 「ち、違うッ! わわわ、私はこんな貧乳女なんか趣味じゃないぞ!」 胸が大きかったら嫁にするのか? と返され、ひと騒ぎして顔を覆って逃げ出した。 まるごとからすを纏ったからす(ia6525)もまた特に抵抗はなく、服装や姿勢の要求には柔軟に応じた。やはり着衣の影響が大きいのか、ほのぼの系を愛する絵師が集まってくる。ただで描かせる条件として、同じものを二枚描くように命じた。 自分も欲しいからである。 「私の名も知れたものだね」 「ただいま〜」 「ああ、琴音おかえり。相棒祭はどうだった。面白いものはあったかね?」 律儀にも全く動かないからすが、人妖に声だけ投げる。暫くして休憩をいれると、人妖の琴音が戦利品を見せて「満足」と告げた。ほのぼのから始まり、武器大全だけでなく、擬人化相棒との恋を描いた成人向けの品物が何冊か。 「……足りないな」 「へ?」 「相棒の種類が偏っている。琴音、追加で融資するから島買いをしてくるように」 収集魂が変なところで燃え上がった。 人妖の琴音が再び相棒擬人化本を買いに行く。 ちなみに同じく相棒擬人化の区画を、猫又のキクイチを連れた刃兼が歩いていた。 緋乃宮 白月(ib9855)は、なぜ自分がこの珍妙な祭で女性的な姿勢を取らされるのか理解はできなかったが、別に嫌ではなかった。羽妖精の姫翠と遊ぶ絵や、ほっぺにちゅー、などの絵は幸せな気分になる。 「もっと小首をかしげて! 憂いの微笑みで!」 「こ、こうでしょうか? 姫翠は楽しそうだね」 「えへへ〜、かわいいって褒められます! これはこれで楽しいですっ! マスター、描いてもらった絵、記念に買ってください。マスターと一緒のが欲しいです!」 「う〜ん、あんまりお金が……でも、記念だものね」 時々、ジルベリア執事風の衣装を纏い、髪をオールバックに整えたキサイ(iz0165)との主従関係的な一枚を『奈華綾里』さぁくるに要求されていたが、紳士的且つ美麗な絵だったので嫌悪感も浮かばなかった。 「さぁお次は?」 緋乃宮達は着実に楽しさを見出し、ノリに乗っていた。 ノリにのっている、と言えば小伝良虎太郎(ia0375)も同じかもしれない。 最初は『……おいら会場の警備って聞いてたけど、なんでこんな事してるんだろ?』と首をかしげつつ頭に迅鷹の迅を乗せてポーズをとっていた。 しかし北條李遵様の絵が上手い。 自分が絵を描いている為、技術を盗みたい位には上手い。 「えーとね、足はもうちょっと上げて、手の角度は垂直、迅鷹の飛び立ちを表現してくれるかしら」 「北條さーん、おいらにも後で迅鷹の羽の描き方教えてー!」 「いいわ。ただし……そこのキサイくんに、抱きついて迫られる絵と引き換えにね!」 仮装中のキサイに火の粉が降りかかった。 小伝良にも動揺が走る。 散々、御樹や弖志峰、竜哉と流韻などの絡み姿勢を見ているだけに、それが何を示すのか……ここまできて分からない訳がない。 「お……お……おいら、おいらやるよ!」 「よくぞ言ったわ。成長したわね」 まるで師弟の如き寸劇が周囲の笑いを誘う。 「おい、俺抜きで勝手に話を進めるなって」 「キサイくん。ここを何処だと思っているの。聖地カタケットよ。ここに『すいーとな罠師キサイのゆうわく』という総受け絵巻があります。紐をほどくと全てが」 「やめろおおおおお! わかった! わかったからそれを開くな! あと後ろのやつ! おまえらも、なんでそんなに血走った目で集まってきやがるッ!」 通りがかりのアルジェント達がそっと目をそらす。 かくして容赦なく作画が実行されていく。 遠巻きに眺めるサジュマンは「リバありじゃのぅ」と攻め受け判定をしていた。 ついでに北條がちらつかせた魅惑のキサイ絵巻も、サジュマンはしっかり購入済みで興奮気味に握りしめていた。既に絵巻を詰め込んだ二重の風呂敷が破れそうだ。 雛壇の上で、雲母(ia6295)は八条 司(ib3124)を膝に乗せて、時々耳を甘噛みしていた。きゃわきゅい、きゃわゆい、と他人の声が聞こえる。 「あはは、どうも……って、大丈夫なんですかこんなの。きらにゃーん」 「薄い本を買い占めてる司の言う台詞じゃないな」 「だから、きらにゃんやお師様にも、ごめんなさいって言ったじゃないですか」 さめざめと泣いたフリ。 買い物を見つかって連れ戻され、一緒に絵の題材になっていた。 「じきに夕刻か……昼も食べ損ねたしな。確か、屋台が廊下に出てたんだっけ?」 そこで八条は、ぴぃんと耳を立てた。 隠しておいたお師様本の袋から財布を取り出すと、尻尾をぱたぱたさせる。 「ん、と……きらにゃーん、おー師様っ、お使いいきますから、もう一回、お買い物へいっちゃだめですか」 「……早めに戻ってこいよ。あと中身は確認するからな」 八条を送り出した雲母は、雛壇の上で休憩中も煙管をふかす。 他の開拓者達と違い、特になんとも思っていないらしい。しかし自分を描く絵師の絵は一つ一つ確認の上「下手な絵を書いたら粛清するから覚悟しろ」と絶対の完成度を求めた。 「楽な仕事があるとは聞いていたけど……かなり特殊な催しみたいね、これ」 嵩山 薫(ia1747)が絵師に「少し休ませて」と声を投げてから雲母に近づいた。 誘われて参加した仕事は、確かにアヤカシ退治より楽だった。 「あまり調子に乗ったことをしなければ、基本的には放っておけばいい」 「その割には添削熱心じゃない」 「少年は兎も角、男との絡みがあった奴は廃棄処分にするぞ。油断も隙もないからな」 「そ、そうなの……私は前線から離れてかなり久しい開拓者だし、わざわざ題材にする物好きはそう居ないと思ったけど、案外そうでもなさそうね」 嵩山はちらりと斜め右を一瞥して「統真さんまでいるし」と呟く。 「薫も捕まってたんだな……」 げっそりと窶れた酒々井 統真(ia0893)の横顔に嵩山が苦笑をこぼす。 「人気者じゃない。とんでもない場所で師弟の再開を果たしたものね。まあ丁度良いわ。師弟関係なら真っ当な描写が望めるでしょうし、付き合ってもらうわよ?」 嵩山がぐい、と酒々井を引っ張る。 胸を強調する姿勢にあきていた所だ。 嵩山の狙い通り、師弟の登場にザワついた。背中合わせや拳の突きをやってみせると周囲が騒ぎ出す。今更逃げるに逃げられなかった。しかし酒々井は考える。男同士で手を握ろ、等の意味不明な要望よりは、よほどマトモだ。 「師匠が周りに認められてるのは、悪い気はしないんだが……客層がなぁ」 そして絵師から「次は抱き合ってください!」と声が飛んだ。 酒々井が固まった。 「で、き、る、か! 既婚者だぞ!」 「修行で傷ついた弟子を認める懐の大きい師匠の慈愛を表す偉大な師弟の絵うぉおぉ!」 物は言いようである。 健全な要求に聞こえる。 「ですって。まぁいいじゃない。ほら」 いや。 ほら、ではなく。 酒々井は石のように固まった。 師弟関係とはいえ相手は女性である。しかも既婚者。自分も将来を誓いたい女性を持つ身。肩は抱けない。胸に顔を埋めるなんて論外。 散々葛藤して、膝をついて腹にしがみつくという形に妥協した。 そして酒々井は、黒いお髭なもふらさま姿の鈴梅雛を発見した。 時が止まった。 「……師匠と弟子……これが噂の酒々井じゃんるノーマルカップリング四大王道の一つ」 普段殆ど喋らない鈴梅雛が、呪文みたいな言葉を連ねて、石化している酒々井に微笑む。 「許されないからこそ萌える師弟愛分野はよくあります。描かれて困る訳でもないですし。ひいなも楽しんでますから」 「……ま、まて、これは……おい、ひいな、ひぃなぁぁぁ!?」 木霊する叫び声を残して誤解が加速する。 その頃、相棒祭から解放された人妖の雪白は、自分と主人の絵巻物を買いに行っていた。 「へー、ボクが特別な薬で統真と同じ身長に……おねーさん、この絵巻ちょーだい」 雪白が『十四禁』の文字を把握していたかは不明だ。 夕暮れとともに、主催者が閉幕の声を張り上げる。 本日も開拓ケットは満員御礼。 おうちに帰るまでが開拓ケット(カタケット)! 皆さん元気に年末年始をお過ごしください。 冬を超え、雪が溶け。 情熱が萌える春に、またお会いしましょう――と。 |