【玄武】悩める忘年会2
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/26 12:06



■オープニング本文

【このシナリオは玄武寮専用シナリオです。一年生、二年生含め、玄武寮に所属している方々の参加が対象です。】


 朝早くから、しんしんと降り積もる牡丹雪。
 遠くの山が雪化粧で白銀に染まる季節が訪れた。

 ここは五行国陰陽寮が玄武寮。
 秋は満月を愛でた『花梨の石庭』も、今は真っ白な雪で埋め尽くされた。
 凍える廊下を呑気に歩いていくのは、玄武寮の副寮長こと狩野 柚子平(iz0216)である。今年は桂銅作の玄武符「黒天ノ光」で冷え知らずだった。向かう先は玄武寮の寮長、蘆屋 東雲(iz0218)の個室だ。扉を軽く叩くと、蘆屋が狩野を出迎えた。

「お疲れさまです、蘆屋さん。今年は年末筆記試験をしないと伺ったのですが、本当ですか?」
「ええ、試験の代わりに生徒の特性調査を考えています」
 寮長は紙の束を副寮長に見せた。
「冬に入る前に行われる予定だった魔の森の課外授業……魔の森と東地域の様子がおかしいからと春に延期になりましたでしょう? ですから春、魔の森へ出かける前に、生徒の性質を知っておこうと思いまして。緊急時に備えて、個々の性質を理解しておく必要があると思うのです」
「魔の森ではぐれた場合……でしょうか?」
「どれだけ広い視野を持てるか、おてなみ拝見です。それより」

 玄武寮の寮長、蘆屋東雲は悲しそうな表情で副寮長に頭を下げた。

「霧雨さんの件、とても残念です。アヤカシに加担するような方には見えませんでしたのに」
 玄武寮の雑用係として出入りしていた御彩・霧雨(iz0164)が裏切り者として開拓者に処刑された。その悲報は、少なからず蘆屋の耳にも届いていたらしい。柚子平は「彼も色々思うところがあったのでしょう」とだけ短く告げた。
 霧雨殺害に関する経緯と顛末を知っているのは、処刑を依頼した副寮長を含め、該当の依頼に直接関わった現場の者たちのみであり、詳細については情報が規制され、開拓者ギルドでも殆ど出回っていない。
 一般の開拓者が知っている話といえば『陰陽師の御彩霧雨という人物が、アヤカシに加担した。よってそれを目撃した開拓者一行に処刑された』……それだけである。
 蘆屋は廊下に目を配った。
「今でもひょっこり、廊下の角から陽気な笑い声を響かせて現れるんじゃないか……そんな風に考えるんです。お部屋の私物、どういたしましょうか」
「あー……、長屋の処分は私がしましたが、こちらの私物は手をつけていませんでしたね。手が空いていそうな寮生に、手伝ってもらいますよ」
 すると人妖の樹里が「忘年会は?」と頬を膨らませて柚子平の髪をひっぱった。
「掃除が終わったら私も参加しますよ。あなたは宴を楽しんでいなさい」
「やったー!」
 くすくすと笑い声が溢れる。
 寂しいことも、楽しいことも、色々あった。

 数日後、玄武寮所属生のもとに届いた年末試験と忘年会の案内。
 今年もあと僅かである。



■【玄武寮の年末筆記レポート−状況判断能力調査−】■

【問題】
あなたは無力な陰陽師です。
厳しい戦いで、体力や精神力とともに練力が尽きてしまいました。
回復薬はありませんが、隣に相棒はいます。(相棒は万全の状態でいると仮定します)
そんな状態の中で帰宅してみると、五行の都がアヤカシたちの襲撃をうけています。
とても一人で対応できる量ではありません。仲間の姿もありません。

あなたは戦力になれるか分からないまま戦いに参加しますか?
それとも誰かへ助けを求めますか?
あるいは第三の選択をするでしょうか?

同伴する相棒をひとつ選び、自分が最善だと考える行動を300字以内で書きなさい。

行動猶予は一日です。
複数の行動は物理的に一日で可能か考えてから記載しましょう。

【相棒:ミヅチ、ジライヤ、人妖、羽妖精、管狐、忍犬、からくり、霊騎、鬼火玉、走龍、駿龍、甲龍、炎龍、猫又、迅鷹、鷲獅鳥、駆鎧、土偶ゴーレム、滑空艇、もふら】


■参加者一覧
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
常磐(ib3792
12歳・男・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
十河 緋雨(ib6688
24歳・女・陰
シャンピニオン(ib7037
14歳・女・陰
リオーレ・アズィーズ(ib7038
22歳・女・陰
セレネー・アルジェント(ib7040
24歳・女・陰
エリアエル・サンドラ(ib9144
11歳・女・陰


■リプレイ本文

 渡り廊下の屋根から雪が落ちる。
 具合が悪そうなエリアエル・サンドラ(ib9144)は、無事に終わった試験に胸をなでおろした。
「もう今年も終わりとは早いもんじゃのう。ついこの間、寮の門をくぐり、月見に勤しんだばかりな気がしておるのに。しっかり提出も済んだ事であるし、忘年会を楽しむのじゃ」
 席から勢いよく立ち上がって廊下を目指す。
 ふらふらふら、ゴンッ。
 緋色の柱に衝突したのを見て、セレネー・アルジェント(ib7040)が駆け寄った。
「大丈夫ですか? あまり無理をしてはいけませんよ、辛かったら遠慮なく」
「うう、大丈夫じゃ。風邪がなかなか治らぬが、特に咳が酷いのじゃ。熱はあまりない」
 話を聞いたリオーレ・アズィーズ(ib7038)が「後で喉に優しい飲み物を作りましょう」と声を投げた。
「そういえばこの時期シルベリアでは、お爺さんが子供にプレゼントを配って回るそうですね。何でもその服は、襲い掛かってくるモテない男たちの返り血で真っ赤に染まっているとか」
 アズィーズは「それにしても……なぜ、子供にプレゼントを配るお爺さんに、独身男性が襲い掛かるのでしょう?」と首をかしげて、一人でブツブツ呟く。
 風習の情報が歪んで伝わっていた。
 年末の試験書類を提出して、ぞろぞろと宴会会場まで向かう。
 ネネ(ib0892)が歩きながら手を揉む。
「実は、試験を考え込みすぎて、知恵熱出るかと思っちゃいました」
「確かに考えてしまいますよね」
 アルジェントが試験を思い出してから、首を振る。もう終わったことだ。考えない。
 十河 緋雨(ib6688)が首を鳴らした。
「うぇー試験は疲れますねぇ。まぁアレです。落第しなければいっか」
 どこまでも前向きだ。
 白銀に染まる花梨の石庭を眺めた寿々丸(ib3788)が遠い記憶を遡るように雪を眺める。
「どうした、寿々」
 常磐(ib3792)が立ち止まった親友を呼び止める。元気がない。ぺたりと耳が垂れた。
「今年も楽しゅうございました。来年も、楽しく……皆、一緒に」
 寂しそうな微笑み。
「あぁ……そうか、そうだな。今年は色々あったな。良い事も……嫌な事も」
 そんな玄武寮の寮生達に、狩野 柚子平(iz0216)が声をかけた。
「霧雨くんの部屋を掃除するんですが、どなたかお暇な方、手伝ってくださいませんか?」
 立ち止まったネネの隣から、シャンピニオン(ib7037)が顔を出す。
「え、どういうこと? みんな……なんでそんな顔してるの?」
 白い耳を垂らした寿々丸に寄り添う常磐が、ポソッと耳打ちする。
「ギルドとかで聞いてないか? 御彩、アヤカシへの通敵容疑で処刑されたらしい」
 一瞬、空気が止まった。それまで情報を知らなかった者も立ち止まる。
 シャンピニオンが「うそ」と袖を掴んだ。
「嘘じゃない。俺達もギルドの名簿を確認したが、死亡記事と一緒に凍結されていた」
「うそ、だって、霧雨お兄さんはアヤカシに加担するような人じゃ!」
「処刑を命じた依頼者は、結果を報告したのは副寮長だった」
 常磐の言葉にシャンピニオンが振り返る。
 にこりと薄気味悪い微笑みで佇む……玄武寮の副寮長、柚子平がいた。
「それで。どなたがお手伝いを?」
 シャンピニオンの困惑など気にもとめない男の声が響く。
 微妙な空気で満ちた廊下で、ただひとり、十河がウキウキと歩み寄った。
「詳しくは存じませんが、いわくつきの開拓男子の部屋の整理なんてイイネタだと思いません? はいはーい、このヒサメ、隅々まで取材……もといお掃除にお供しますよ!」
 その背中をじーっと物言いたげに眺めたサンドラも挙手する。
「霧雨殿と申される方の部屋なのか、ふむ。片付け手伝うぞよ」
 かくして九人の寮生が名乗りを上げた。


 主人を失った部屋は、黴臭い匂いと薄い埃で満ちていた。暫く誰も来ていないのだろう。
「霧雨お兄さん……もう、いないんだね」
 シャンピニオンが呟く。
 寿々丸と常磐が周囲をぐるりと見渡した。
「ふわ……寿々の部屋では、無いものがいっぱいでする〜」
「流石だよな……御彩の本とか借りれない……か、だよな、押収物みたいなものだし」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)が発熱させた玄武符で暖をとりながら家小人のほうきを取り出す。
「埃っぽいわね、流石は独身男の部屋。……ほーんと、人なんて簡単に死ぬものねぇ。霧雨さんも、何を思ってアヤカシに加担したんだか。ちゃっちゃと始めましょ、ギンコ」
 羽妖精のヴェルトが緋色の髪を結び、中へ踏み出す。
 そこで「すみません!」とネネが手をあげた。
「二人一組でやりませんか? アヤカシに通じた人だから、といいますか……それに、ふたりでやれば、早く片付きますから」
 その提案にアズィーズとアルジェントも賛成した。
「アヤカシに通じた人物である以上、何が有るか判りません。陰陽術関連だけでも危険な物が有りかねませんし、気をつけるに越した事は無いと思います」
 アズィーズが目を配ると、アルジェントも首を縦に降る。
「リオーレさんの言うとおり、アヤカシに組した人ですものね。何か事情があったのかもですが……、でもアヤカシに加担するなど許されませんもの。一人では危険かと」
 三人の主張を聞いて、副寮長は皆を見渡した。
「分かりました。ではこうしましょう」
 そこで、ネネとヴェルト、寿々丸と常磐、アズィーズとアルジェント、シャンピニオンとサンドラ、そして人妖樹里に十河と組むように告げたが……
「あれ?」
 十河の姿がない。
 気づくと踊るような足取りで部屋の中にいた。妙なやる気に満ちている。
「ここが噂の部屋! このヒサメ、容赦せん! 先ずは、部屋の外に蓙でも広げて部屋の中のモノをすべての運び出してから、人魂をつかい隈無く探索をして、隠されたお宝やら日記やら手紙やらを探しだしてみせますよォォォ! さあ皆さん、ご一緒に!」
 狙いは『記事のネタ』らしい。
「これは手記でしょうか!」
 ぱぁん、と凄い音がした。
 常磐たちが呆然と眺める中で、サンドラが十河の手から手記を叩き落とした。
「……十河先輩。こたびの無礼、平にお許し願う。しかしアレを見てもまだ『お宝探し』とやらをされるおつもりか」
 幼い指先が示したのは、涙をこらえていたシャンピニオンと寿々丸たちだ。
「私はその、知られざる秘密をですね」
 落ちた品物に目が行く十河。
「……シャニ姉達の話を聞く限り、世の評がどうあれ、処刑された霧雨殿は人々から愛される人柄じゃったと感じておる。会った事がなくとも悼む人を見れば、よく分かる。知るままの姿で故人を悼む……それが良いと思うのじゃ。故に、故人を暴き立て、辱める行為は……いかに先輩とて、我は許さん。記事のネタなど、もってのほか!」
「はい、そこまで」
 柚子平の長閑な声が響く。
「副寮長殿」
「ゆっぴ〜、助かりましたぁ」
「勘違いしないでくださいね。今回はサンドラさんの方が正しいです。貴方の行動は、遺族が集う葬儀の席で、遺体に落書きをするようなもの。表現の自由とやらを謳うなら、もう少し考えて行動するように。では……ネネさん、掃除が終わったら『気になったもの』を持って副寮長室へ知らせに来てください」
 事情通のネネに掃除現場の責任を委任し、副寮長が廊下の果てに消える。
 虚空に浮いていた人妖の樹里が「うわぁ」と声を漏らしながら十河の頭に降りた。
「樹里ちゃん、どうしました?」
「ゆずの瞳が本気で怒ったの、久々に見た」
「へ?」
「も〜ヒサメちゃん、自分の欲望に忠実すぎ。後で謝んなきゃダメよ。ゆずはいつも『ああ』だし『仕事に私情は持ち込まない』けど、霧雨ちゃんのこと愛してるんだから……仕事以外の場所でヒサメちゃんに何かあったら、多分助けてくれないよ?」
「樹里ちゃん……その愛とやらは、一体どう言う意味ですか?」
 十河の興味が変なところに向く。
「割と文字通り。かなり歪んでるけど。……ゆずにとって霧雨ちゃんは肉親と同じだったのよ。大好きだったお母さんの次くらいに。だから会えなくなった事が寂しいの。他界した大事な家族の私物を、他人に面白半分で荒らされたら……誰だって怒るでしょう?」


 やがて霧雨の部屋の掃除が粛々と始まる。
 サンドラが気遣わしげに「シャニ姉」と声をかけると「ん、平気」と笑顔を作った。
「霧雨さんのお部屋の……年末掃除をしてあげないとね! さっきの日記みたいなのとか、特に大事そうだなって物は別個に保存して、家族とかに渡してあげたら……きっと慰めにはなるよね」
 本や私物を整理する。汚いものや汚れたものは分類していく。
 アズィーズが大袋を持ち出した。
「ひとまず部屋の道具類は危険な物、雑品、本人が大切にしていた様に見える物に仕分けましょうか」
 セレネーが区分けを手伝いつつ「遺品はお願いしますね」とネネに声をかける。
 使命感に満ちたネネが、皆に目を配りながら着々と掃除に勤しむ。
「しっかりと片付けなくては、ですね」
 傍らのヴェルトが「そうねぇ」とパタパタ天井をはたく。蜘蛛の巣が多い。
「もういない人の部屋を掃除するのって……ちょっとしんみりしちゃうわねぇ」
「そう、ですね」
「ギンコ。そっちの雑巾とって。……玄武寮の人間って、それぞれが研究室に閉じこもって研究してることが多いでしょ? 顔を合わせるのは、講義の時や忘年会とかばっかり」
 この寮で時を過ごして、じきに二年が経つ。
「同じ場所にいるはずなのに。案外、一緒に過ごす時間って驚く程少ないんだわ」
 ヴェルトの瞳が、どこか遠い場所をみていた。
 後方では、寿々丸が食べ残しが乾燥して箸と一体化している皿を見つけた。
「御彩殿が、そのまま消えたかのようでございまするな」
「寿々。それ、割れ物だよな? 割れ物はこっちだ。研究のヤツなら、そっちに固めて置いてるぞ」
 皿からベリッと干物化した何かをはがす。
 常磐は陰陽術の資料なども、後々寮長や副寮長も処理し易いだろう、と考えてひとまとめにしていた。
 時々、手の止まる寿々丸の方向を眺める。
「御彩殿……もう会えないのは……寂しいですぞ」
 ぽつりと呟き、袖で目をこする。泣くのは周りを困らせると思ったからだ。
 寿々丸の様子を察した常磐が、頭を撫でる。
「寿々……情報規制されてるって事は、何か裏があるんだろ。御彩が何もなしにアヤカシに加担するとは思えない。短い付き合いでもそれだけは分かる」
 俺たちは信じよう、と。
 常磐の瞳が強い光を宿していたのを見て、寿々が首を縦に降った。


 掃除を終えると空は茜色に染まっていた。
 玄武寮の忘年会が始まる。ヴェルトが代表して葡萄酒の盃を掲げた。
「一年、お疲れ様」
「メリークリスマス、今年も一年お疲れ様でした。さ、高い刺身は早い者勝ちです」
 アルジェントは早速、海苔に酢飯をのせて手巻き寿司を始める。旬の魚が美味しい頃だからと、厨房で取り寄せた魚類を必死に捌いた。勿論、旬の野菜や卵焼きも欠かせない。生魚がダメな人様に、創作料理も用意した。酒の粕汁や煮物などの手の込んだ料理は常磐が作った。
 ネネが「さあ食べましょう。試験も提出しましたし!」と拳を握ると、笑い声が溢れる。
「それでリオ姉、季節限定のお菓子とやらはあるかのぅ」
 きらきらと瞳を輝かせるサンドラに、アズィーズが微笑む。
「どうぞ」
 デザートはアズィーズが作ったジルベリアの焼き菓子だ。一見、真っ白い砂糖の塊だが、中にはドライフルーツや豆類が、沢山つまっていた。包丁で薄くスライスして皆に渡す。
 サンドラはシャンピニオンの隣で、お菓子ばかり食べ漁り始めた。
「うまいのぅ、いろんな味が楽しめるのじゃ」
「口の周りが砂糖で真っ白だよ? おじいさんのお髭みたい」
「むぅ、シャニ姉、こういうものは舐めれば良いのじゃ」
 更に笑顔のネネが、腕に小袋の詰まった籠をさげて厨房を覗き込む。
「食堂のおばちゃん、今年もありがとうー!」
 ジルベリアの焼き菓子を小袋に入れて、愛らしく包装した。感謝の気持ちが伝わるといいなぁ、と思いながら、喜んでもらえるように工夫した。
「あたしらにも? クリスマスプレゼント、ありがとう」
 一方、寿々丸と常磐が蘆屋寮長の前に並んで座す。ぺこりと頭を下げた。
「寮長殿。今年も、大変お世話になりました」
「今年も、お世話になり……ました。これ、よかったら」
 常磐が試験の前に作っておいた、甘味噌タレがけのふろふき大根の大皿を差し出す。
 単なる大根ではない。煮崩れないように包丁をいれ、米とぎ汁で煮た後に、出汁で煮込み、技術の粋を集めた自信の一品だ。
 二人と入れ替わるように、十河が料理そっちのけで寮長に取材をはじめた。
 サンドラが遠巻きに眺める。
「相変わらずじゃの。副寮長殿はまだお部屋か」
「ネネちゃんが報告にいったら、試験の添削をしていたみたいですよ。お料理は取りに来るって、おっしゃっていたそうです」
 アルジェントの言葉に、サンドラが「採点が怖いのぅ」と明後日の方向を見上げる。
「でも、お掃除終わってよかったです。遺品もご遺族のところに届くといいのですが」
「何もないというのは、寂しいからのぅ。こうして、誰かが傍に居てくれる……それは当たり前の事のようで、凄く幸せな事なのじゃ。故に、我は幸せじゃ。……む? シャニ姉? 厠かのぅ」
 サンドラが周囲を見回す。
 いない。
 先程まで明るく振舞っていたシャンピニオンが、姿を消していた。


 宴を抜け出したシャンピニオンは、綺麗になった霧雨の部屋にいた。
 少しだけ持ってきた料理を窓辺に置いて、蝋燭を持ち、冷え切った部屋の隅に腰掛ける。流石に寒いので、畳んでおいた外套を一着借りた。色あせた袖に腕を通して膝を抱える。
「ふふ、埃っぽい。あったかいけど……汗の臭いもしないや」
 じわっ、と涙が浮かんだ。
 遺体を捨て置いたから墓はないのだと、ネネから聞いた。
 だからこの部屋に来た。本人の気配が残る部屋で、色んな事を報告する為に。
 事情なんて知らない。殺されなくてはいけない程の何をしたのか、なんて分からない。
「……もっとお話ししたかった、色んな事教えて欲しかったのに」
 かたん、と音がした。
 入口に副寮長が立っている。
「か、勝手に入ってごめんなさい」
「こんな所にいたのですか。ここは冷えますよ」
 伸ばされた白い指が、蝋燭の炎で朱を帯びる。
 指についた墨が血のように見えた。
『……処刑を命じた依頼者は、結果を報告したのは副寮長だった……』

 この手は。
 あの人を殺した手。

 ぱぁん、という炸裂音が響く。
 衝動的に払い落としていた。我に返ったシャンピニオンが「ごめんなさい!」と謝る。
「……構いませんよ。私も女性に対して無作法でした」
 特に気を悪くした風もない柚子平の顔を見て、樹里の言葉を思い出す。
『……ゆずにとって霧雨ちゃんは肉親と同じだったのよ……』
「どうして霧雨お兄さんのこと、処刑したんですか。助けてあげなかったのは、なぜ?」
「必要だったからです。例え本心でなくても、仕事に必要なら、やらねばならない」
 返事は事務的で非情だった。
 大人になれば分かると、言われている気がする。
「わかんないよ。わかんない。こんなのって、ないよ。何も知らない僕に、悲しむ資格なんてないかもしれないけど」
「この世は理不尽で満ちているものです」
 飄々とした声に、憤りを覚えて顔を上げる。
 けれど微笑みに出会った。冷たい冷笑ではなく慈愛の笑みに。
「誰かが泣けない分を、あなたが泣くのです。犯罪者という肩書きで態度を変える人が多い中、あなたのように霧雨くんを悼んでくれる子がいることを……私は嬉しく思います」
 柚子平は部屋の鍵をシャンピニオンに渡して戸締りを任せた。そして立ち去っていく。
「……やだな、僕、こんなにすぐ泣く子じゃないつもりだったのに」
 今はただ、許された悲しさに身を任せた。


 忘年会は賑やかに過ぎていた。
「樹里殿。常磐殿のお料理を食べませぬか?」
「たっべる〜! 食べさせて〜!」
 びゅ〜ん、と飛んで、寿々の頭にはりつく。寿々が「樹里殿、手で前が見えませぬ」と言いながら、熱々の大根のひとかけらを食べさせようと、動かす。まるで二人羽織をしているような状態だったので常磐が焦った。
「ふたりとも。熱いから、舌焼くなよ?」
 下手したら顔が火傷だ。
 人妖の樹里が渋々、寿々の頭から懐に移動する。
 ぬくぬくと温まりながら二人の膳を食べ始めた。
「常磐ちゃん、お料理上手よね」
 酒の粕汁をすすりながら樹里が褒めた。寿々が嬉しそうに「そうなのです!」と叫ぶ。
「常磐殿のお料理は、まこと美味しゅうございまするな!」
「いや……普通だろ? 料理を専門にしてる人の方がもっと、美味しい」
 賑やかで楽しくて、だからつい忘れてしまう。
 いなくなった人が『いなくなった』事を。
「御彩殿の分も後で包んで届け……」
 は、と我に返る。
 常磐が「寿々」と声をかけると「な、なんでもございませぬ」と言い繕った。
 去年のことを思い出す。一緒に過ごした日々を。最後に会ったのはいつだったろう?
 そんな事を考え始めると、楽しい心がしぼんで、寂しさがこみ上げるのだ。
「大丈夫?」
「樹里殿、寿々は大丈夫でございまする。寿々は、寿々は……来年も……変わらず、皆と一緒に」
 欠けてしまった席は埋まらない。
 常磐が寿々の肩を叩いた。
「……寿々。来年も、きっと皆と一緒だ。樹里もそう思うだろう?」
 人妖の樹里は「うん、きっとね」と笑顔を返した。


 ヴェルトは羽妖精のギンコに「お酒はちょっとだけよ」と釘を刺していた。
「ずるいですよ〜」
「飲ませてあげるんだから、文句いわない」
 自分の盃を置いた。本当は自棄酒をしようかとも考えた。
 けれど楽しそうな寮生たちを見ていて、更に静かに故人を偲ぶ者たちをみていて、気が変わった。
 窓の雪を見ると、故国ジルベリアを思い出す。
 淡々と降り積もる白銀の雪に花と散った、思い出の中に生きる人々の記憶が蘇る。
 人間は、あっという間に逝く。
 戦いに身を置く、男はとくに。
「バカみたいね」
 見知った者の他界。
 感傷的になっているのかもしれない、とヴェルトは思った。
 盃の酒に映り込む自分の影に自嘲する。多くを旅した。駆け抜ける命を見てきた。
 瞼の裏に蘇る様々な人影が、ひとつ増えただけと思いながらも……ちょっとは酔いたい気分になる。
 大切な娘がいる自分には、華々しく散るような生き方は選べない。
 女は青草のように地に広がり、冬を越えて、芽吹く春を見上げるのだから。
「ギンコ」
「ふぁい?」
 アズィーズ特製の焼き菓子にかぶりつく羽妖精を見て、ヴェルトは囁いた。
「私は、研究を完成させてみせるわ。いつか、ね」
「……酔っているのですか?」
「かもしれないわねぇ。そういうことにしときましょ」
 つん、と指先でギンコの頬をつついた。

      
 そして自室へ戻り一人で提出された回答を眺めていた柚子平は。
「ゆっぴー副寮長〜、心から謝罪しますので取材うぉぉぉ〜」
 十河の取材攻撃を受けていた。
「では、心から謝罪しているらしいアナタへの罰は、反省文でなく取材拒否で」
「そんなぁ!」
 暫くして「では銅さんに酒を飲ませて吐かせるとしますか」という呟きが聞こえ、十河の足音が廊下の果てに消える。

 溜息を零した柚子平は、再び回答に目を通し、お茶をすすった。
「ここまで差が出るとは……なんにせよ、総合的には大丈夫そうですね。緊急時に死なれてはたまりません。私は計画を進めるとしましょう」
 それは単純に見えて、単なる試験ではなかった。
 少なくとも、副寮長にとっては。
 何が大丈夫なのか。
 まだ誰にも、何も知らされてはいなかったけれど。
 柚子平は意味深な言葉を残して、眼鏡を外し、窓の向こうを見上げる。

 降り積もる、牡丹雪。
 今年も残り、あと僅かである。