月間『開拓じゃんぷ』
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/21 20:52



■オープニング本文

「ネタが出ないィィィ!」
「真麗亜お姉さま、しっかりしてください!」

 神楽の都の片隅で、本日も画家の叫び声が響いていた。
 閑静な住宅地に佇む豪邸は、ジルベリア出身の金髪碧眼の女性、真麗亜さんの屋敷である。彼女は数年前まで、アヤカシを擬人化した絵を描いて小銭を稼いでいた。世に跋扈するアヤカシを、美女や美男子、美少年や美少女、果てはマニア向けに筋肉質な男性や豊満な女性とか、要は魅惑的な姿で描いて、同じ嗜好を持つ人間相手に売りさばいていたのである。
 しかし『開拓ケット』の存在を知った事が、人生の転機となった。

 + + +

 カタケットとは『開拓業自費出版絵巻本販売所(絵巻マーケット)』の略称である。
 親しみを込めて業界人からは『開拓(カタ)ケット』と呼ばれている。

 何を売っているのかというと、名だたる開拓者や朋友への一方的で歪んだ情熱を形にした、絵巻や雑貨品の数々だ。もちろん本人の許可を得ているわけではないので、半ば犯罪である。また開拓ケット会場には著名な開拓者の装備を真似た仮装を得意とする、仮装麗人(コスプレ●ヤー)なる方々も存在していた。業界人にとって、開拓者や朋友は、いわば憧れと尊敬の的であり、秘匿されるべき性癖のはけ口といえよう。
 開拓者ギルドに登録する開拓者の数。
 およそ2万人。
 神楽の都が総人口100万人と言われる事を考えると、僅か2パーセントに過ぎず、世界各国で活躍する活動的な開拓者に条件を絞れば、その数は更に減少する。
 開拓者とは、アヤカシから人々を救う存在である。
 そして腕の立つ開拓者は重宝される。
 英雄たちの名は人から人へと伝えられ、人々の関心を集める結果になった。それはいい。仕事の宣伝としても無問題だ。
 問題は、もしも、たら、れば、で……彼ら英雄を元に想像力の限りを働かせる奇特な若者たちが、近年大勢現れたことにある。
 憧れの英雄は、彼らの脳内において好き勝手に扱われた。

 その妄想に歯止めなど、ない。

 妄想は妄想を呼び、彼らに魂の友を見いださせ、分野と呼ばれる物が確立される頃になると「伴侶なんていらない、萌本さえあればいい」そう言わしめるほどの魔性を放っていた。

 + + +

 真麗亜が開拓ケットの世界にどっぷりと染まり、男性の同性愛を描き始めてからというもの、飛ぶように絵巻が売れ、ついには職人(プロの腐女子)にのぼりつめた。
 現在では月間『開拓じゃんぷ』という一般冊子の看板作家である。
 代表作は『血染めの薔薇〜ブラッディローズ〜』(開拓ケット俗称『BR』)だ。

「うっうっう、もうダメよ、商業誌も同人誌もネタがでない、枯れかけなのよ。うわぁぁぁん!」
「いいから描いてくださ……あら? 飛脚ですね、お手紙でしょうか」

 普段は、過酷な運命を背負った開拓者の青春の冒険活劇を描く、真麗亜先生。そして日陰では、萌える有名開拓者を題材にした、お子様には見せられない作品を作り続ける、黄薔薇のマリィ先生。この二足わらじを受け入れた結果、彼女は育児をしながら原稿に取り組むため、実家に帰る暇もなくなった。
 天儀歴1010年の4月に生まれた娘の日向も、来年は三歳になるが……未だ故郷ジルベリアを知らない。従って毎月、別居中の旦那こと紫暗に手紙で溜息を吐かれている。

「年末年始はそちらにいきます、ですって。カタケットのせいで帰って来れないのをよく理解してますね。……お姉さま、そろそろ自分でお手紙を書かれてはいかがでしょうか?」
 寿々という黒髪の娘は、旦那の手紙を代読しながら義理の姉を諌めてみた。
「締切がやばいのよ! 代筆宜しくゥ!」
 逃げた。
 ……紫暗さん、よく愛情消えないなぁ、と思いつつ。仕方がないので、寿々は義姉の近況と子供の様子を書き記す。
 寿々が手紙を出しに行こうと立ち上がった瞬間。

「姉さん、邪魔するよー!」
 どぱーん、と扉を蹴破って現れたのは、真麗亜と瓜二つの容姿をもつ、流離いの憂汰さんであった。後ろから静々とつきそう少女は、化物並みに強いと噂のお目付け役である。
「憂汰!? 何しにきたのよ! お金を無心するなら、紫暗か和斗尊君のとこに行って頂戴!」
 旦那の扱いがヒドイ。
「実の妹にひどいなぁ。年末の挨拶にわざわざ来たっていうのに。で、何、原稿真っ白なわけ?」
 真っ白な原稿を眺めてニヤニヤ笑う。この双子の姉妹、色々事情があって姉妹仲が微妙だった。
「喧嘩なら受けて立つわよ」
「お姉さま、受けて立たないでください」
「いやー、怖い怖い。この繊細で美しいボクが、壁すら粉々にする姉さんの護身術をくらったら死んでしまうよ。そんなにネタがでなくて家事が大変なら、いっそのこと開拓者そのものを雇ったらどうなんだい? もの好きは多いらしいからね」

 一瞬、時が止まった。

「いい手だわ! 開拓者を雇って、モデルも家事も子守も手伝いも頼む! ついでに過去の経験や恋愛模様も聞いてしまって、脳内で置き換えてしまえば万事解決よ! ……という訳で」
 くるーり、と真麗亜は寿々を振り返った。
「すずちゃーん、依頼書も出してきて、真麗亜の、お・ね・が・い」
「……分かりました」
 ふかぁぁぁい溜息を零して出て行く。
 そして。
「じゃ、ボクは子猫ちゃんたちのところへ帰るよ。原稿に挟まれる、悪夢に満ちたよいお年を〜!」
 余計な一言を言って去っていく憂汰に、真麗亜は厄払いの塩を撒いていた。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
音羽 翡翠(ia0227
10歳・女・巫
露草(ia1350
17歳・女・陰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
風瀬 都騎(ia3068
16歳・男・志
ニノン(ia9578
16歳・女・巫
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
一之瀬 戦(ib8291
27歳・男・サ


■リプレイ本文

 噂の真麗亜の屋敷へ向かう者たちは、其々に煩悩や野望を抱いていた。
「プロの作家さんのお仕事が見れるなんて、ひいな……どきどきします」
 笑顔の鈴梅雛(ia0116)の隣では、隙のないおめかしで身を飾ったルンルン・パムポップン(ib0234)がいた。風瀬 都騎(ia3068)に「気合が入ってるんだな」と言われると。
「真麗亜先生にお会いしても失礼の無いようにです! ご覧下さい、この青き衣!」
 ひらん、と一回転する。
 露草(ia1350)たちが「金色の野原がみえちゃうわけですね!」と興奮気味に話しかけた。
 何かの作品の模倣らしいが、風瀬たちにはよくわからない。
 パムポップンは夢心地で妄言を連ね始めた。
「そうなんです。金色の野だって見えちゃう気分なのです! 私、開拓ケットにはまだ行ったこと無いけど……『開拓じゃんぷ』は毎号読んでるんです!」
 愛読者が降臨した。
「私は美少年アーマー乗り達がアヤカシ門からやってくる大アヤカシと戦う、壮大な駆鎧伝が好きですし……ヘタリギとかも読んでますし、真麗亜先生のも読んで網羅しています! だから本物の先生に会えるなんて感激だもの!」
 煌く視界は夢の彼方。
 そこで露草が「ふふふー、私だって萌え語りは負けませんよぉ」と待ったをかけた。
「五行さんを祖国と呼べる人間、ここに参上です! でも好きなのは、陰殻さん! あのクールさと、にこやかな残酷さがたまりませんよね! もちろん先生の作品のマスコットキャラも愛してますけど。きけば先生は原稿が落ちる寸前。惨状にはならない、させない、させるものかぁあああ! カタケットで新刊を待つ、すべての人たちの為に!」
 そこでニノン・サジュマン(ia9578)が「ふむふむ。ヘタリギかぁ、儂はジルベリアさんがよいのぅ」と独り言を連ね始めた。
 四人揃って全く違う本誌の『萌』を語っていたが、素養が育つと人数分独り言でも会話が成り立つようである。
 一之瀬 戦(ib8291)は彼女たちを見て感心していた。
「へぇ、マジモンの腐女子ってのは幼女も居んのねぇ。ま、偏見もねぇし存分に腐りな」
 安易に出たゴーサインが、風瀬の未来を恐怖に陥れる。
「戦は……話の意味がわかるのか?」
「まあなー。で、そっちのあんたもアレの仲間?」
 尋ねられた音羽 翡翠(ia0227)は、首を横に振った。
「いえ。私は一般人ですが……幼馴染がこっちの世界にすっかり嵌っておりまして。彼女の修羅場はあがったんですけど『先生が大変だけど本業でお手伝いに行けない』と叫んでいたので代理で行く事になりましてね。新刊欲しがってましたし」
 一般人な割に基本と単語を知り尽くしている。
 ところで本誌の話題は勿論ながら『萌え』とか『カタケット』とか『腐女子』とか『腐る』とか、さっぱり意味がわからない風瀬が首をかしげた。
「正直何をすればいいのか分からないが、先生のお手伝いを何かしらするとして……『原稿をおとす』というのは、そんなに大変なことなのか?」
 サジュマンが、カッと眼をひらいた。
「勿論じゃとも! 商業誌が疎かになるのはいかん。だがしかし新作のないカタケットは、読者は勿論、作家本人にとっても苦いものじゃ。『新作絵巻落ちました』と貼紙し、閉場までの数時間をじっと俯き耐える事を想像してみよ! その辛さは今の苦しみの百倍はくだらぬぞ!」
 この世の終わりのように叫ぶ。
 サンジュマンの迫力にたじろぐ風瀬は、重大な事態らしい事は悟ったが、やっぱり意味がわからなかった。
 暴走は続く。
「よって笑って新年を迎える為にも、ここが踏ん張りどころじゃ! ゆくぞ皆の衆! 黄薔薇のマリィ殿をお救いし、本誌とカタケットに輝きをもたらすのじゃ!」
 おー! と意気込む女性陣を眺めて。
 一之瀬は拉致った親友に「そんな警戒すんなって」と言い、肩をぺしぺしと叩いた。


 噂の屋敷内は散らかり放題の魔窟だった。
もはや『だらしない』とかいう問題ではない。出迎えたのは黒髪の少女だ。
「いらっしゃいませ。私は義妹の寿々です。あちらがお義姉様の真麗亜、この子は日向」
 疲れ果てている付き添い人と、口から魂の抜けている作家本人がいた。
 しかし。
 全てを知り、全てを悟った乙女たちはめげない。
「私、ルンルンって言います、がんばっちゃいますからどうかよろしくお願いします!」
「小器用な陰陽師こと露草です。なんぼでもお手伝いします、ベタ塗り、効果線を頑張らせてもらいます。特にカワイイ系のモブ絵には自信があります! もっこもっこ!」
「ひいなも原稿のお手伝いをさせて貰います」
 そして音羽とサンジュマンは台所を担当することになった。
 原稿を汚さない為に、文字通り腐海と化している空き部屋を音羽が掃除し、夕飯の買い出しへ出かける。サンジュマンは「腹が減っては戦ができぬからな!」と原稿の傍らで食べられる、小さなおにぎりをこしらえ始めた。
 そして取り残された男性二名を発見し、真麗亜先生に少しだけ元気が戻る。
「なになに。あなた達が見本になってくれる男の子? まぁー流石開拓者、イイ体してそうじゃない。いいわね若いって。なんだったら素っ裸で絡んでくれたって問題な……」
「お義姉様! 旦那様になんて報告する気ですか! そもそも日向の教育に悪いです! 隣の部屋でやってください!」
 キーキー雷を落とす義妹の寿々に「ケチぃ」と口を尖らせる真麗亜先生。
 後ろの方では、聞き耳を立てていたサンジュマンが「ぶふぉ」と吹き出していた。
「あっはっはっは、因みに、都騎は猫耳が似合うぜ。ってぇ事で取り敢えず都騎、脱げ」
「脱ぐ? ああ、半裸のスケッチの為か?」
 隣部屋に入って開口一番で『脱衣』を要求された風瀬が問い返す。
「そ。みろよ、センセだって準備万端だろ。あ、拒むと無理矢理脱がすからな?」
「なんだその笑顔は……いや、脱がされるくらいなら自分で脱ごう」
 もそもそと上着を脱ぎ始めた風瀬は『人体のモデルか』と考えつつ、何故開拓者でなければならないのかという理由が、未だ分かっていなかった。
 ついでに『素っ裸で絡む』という言葉が意味不明ながら、不吉な予感を抱かずにはいられなかった。


 食事で音羽達は工夫を凝らした。
「私も友人から料理を教えてもらって覚えましたから、晩御飯はお任せを」
 量が確保できて味が色々変えられる鍋が美味しい季節である。
 ジルベリアの茸、体を温める生姜、鶏がらを煮込んだウマい出汁、温野菜を各地のソースで絡めた料理もおやつ感覚で楽しめる。秋の名残のさつまいもを薄く切って炙ったり、裏ごしして羊羹に仕上げたりと工夫した。
 勿論、夕食だけでなく、夜食に備えた一品料理もぬかりない。
「今夜はお好み焼きを台所に用意しておきましょうか。お腹が減ったら食べられるように」
 絶えず様々な食べ物を用意して置ける環境は、原稿に対する集中力を確保するのに一役買っていた。


 日向の子守は、音羽とサジュマンが交代で行った。
 音羽は鬼ごっこで体を動かし、ブレスレットベルを与えて歌ったり演奏をしたりもした。
 サンジュマンは散歩に連れ出したり、鞠遊びを教え込む。
 そして時々囁くのだ。
「日向殿の母は、腕一本で何百何千もの人々を幸せにする、尊い仕事をしておるのじゃ」
 案外マトモな教育だった。
 時々、ベタ塗りで煮詰まった鈴梅が現実逃避で日向と遊んだりもしていた。


 一方隔離された作画部屋は、異様な空気で満ちていた。
 最初は熱心に人体の構造や筋肉のつき方を描いていたので、まさに『仕事』だったのだが、一通り必要な資料を作り上げると、真麗亜先生はアレな姿勢を二人に要求した。
 真麗亜先生の肩をもんでいる、パムポップンの鼻息が荒い。
 現在、半裸の一之瀬が半裸の風瀬を抱えていた。
「飯食ってんのか? 細ぇし白いし女みてぇ。お前ぇこんなんじゃ直ぐ折れちまうぜ?」
「他の男性より細いのは認めよう……しかし、女性ではないんだが」
 すっかり警戒心の消えた風瀬の体を眺めつつぺたぺた触る。
 七輪を並べた部屋なので寒くはない。
 が、くすぐったさで身をよじった。一之瀬がにやりと笑って真麗亜を一瞥する。
「どーかね。ちょー簡単に押し倒せるし、よっ!」
「……って、え? おい!」
「嫁の為に体力と筋力付けておいてやろうか? 俺の拘束から逃げ出せたら勝ちな」
 にやにや笑いながら風瀬を組み敷いた一之瀬を見て、パムポップンは悶絶し、風瀬本人は必死に抵抗を始めた。
 俺の下であがけ状態である。
「馬鹿力め……こっちも、やられっぱなし、じゃ……ない、ぞ、っくぅ、う!」
 勝てない。
「慣れてるわねぇ、こっちはありがたいけど」
 真麗亜先生の手が別の生き物のように動いている。一之瀬がからからと笑った。
「っま、此れも良い気分転換っつー事で、楽しまなきゃ損、だろ? それに俺ぁ、男も女もイケる口なんでね。何時も通り好き勝手するだけさ。後はご自由に脚色どうぞー?」
 ボキャァ、と筆が折れた。
「な、ん、で、すっ、て! そこんとこ詳しく! お姉さん、再現でもいいのよ!?」
 そしてパムポップンと交代する為に、茶を持って来たサンジュマンは原稿を覗き込み「ぶふぉ」と再び妙な声をあげた。
 しかも帰らなかった。
 真麗亜の隣でスケッチを始めた。サンジュマンの双眸が光る。
「よいぞぉ。のう真麗亜殿、それが終わったら、次は壁ドンなどどうじゃ? 立ち姿勢に、追い詰められた受け、繰り広げられる第二戦、これは定番じゃと思うのじゃ」


 そして頭の茹だったパムポップンが、隣の作業部屋に戻ってきた。
「お、お、男の人が2人して、あんなことやこんなこと……とってもいけない気がするけど、尚更目が離せないのです、お隣りの部屋は禁断の楽園です!」
 きゃあきゃあと騒ぐ姿を見て、音羽は悟った眼差しで天井を見上げた。
「好きな人は好きなんですね……男性は大変そうですけど」
 そっちの趣味がないだけに。
 露草が「そうですねー」と相槌を打つ。
「濡れ場は人気が高いですからねー、私は健全系が好きですが。隣を覗いたら最後、帰って来られないか、窓を突き破ってお邪魔しましたァ! が関の山ですから、我々は粛々と原稿を仕上げるのみです。大丈夫、健全系でもお誕生日席や壁前は取れますから!」
 露草がシャッシャッシャ、と集中線を仕上げていく。
 美しい直線の芸術だ。
「ひいなは濡れ場より……もふらさまのモコモコが好きです……あの、露草さん。ひいな、網掛けがうまくいかなくて。ここはどうすれば良いんでしょうか?」
「それはですねー、この角度をもう少し斜めにして……」
「私にも教えてください!」

 最初は元気だった鈴梅たちも、日を追うごとに作家という生き物の生活が過酷であることを思い知り始める。元よりカタケットで産みの苦しみを知っている露草やサンジュマンにはわかりきった状況ではあったのだが、睡魔という怪物は不要な奇跡を生む。

「眠くない……眠くな、は! お箸でペン入れをしていました! 描きにくいと思ったら」
「いやああ! 美少年の脇毛がボーボーに! 脇毛真拳絵巻じゃないのに!」
「墨の飛び散りは、夜で、夜で回避しました! そのためのシノビの奥義なのです!」
「ひいなは……まだ大丈夫……です。寝るまでは……まだ『今日』です、今日です」
「梱包の余裕を生み出さねば! とにかく締め切りに間に合わせる為には手を止めてはなりません! 飛脚便の最終便がぁぁぁ!」
 混沌とし始めた辺りで原稿の大失敗を防ぐ為に、交代で眠る案が提示された。

 そして嵐の日々が過ぎた。

「みんなおめでとう! 原稿は完成したのじゃ! これはその祝いじゃ!」
 最後の晩餐のシメを飾るのは、サジュマンの痛い絵のついた生菓子だった。
 やけに丹念に仕上げていると思ったら、風瀬に迫る一之瀬のアレな様子が描かれている。筆と珈琲の粉を駆使した見事な白黒絵を、薄紅の生クリームが囲んで華を添え、飴細工の薔薇が圧倒的な存在感を放っていた。切り分けた菓子はバラバラ『肢体』の事件現場だ。
「真麗亜殿はラブラブな顔がよいかのう? 細腰かのう? お尻も良い曲線なんじゃが」
 異様な情熱で菓子を食する一部女性陣に対して、純朴な少女組は顔を真っ赤にしつつ無難な絵柄を選び取り、餌食となった男性二人は、片方が恐るべき芸術技に感心し、片方は見てはならない世界を見た気がしていた。
 食べるに食べられない。


「色々、勉強になりました。あとサインありがとうございました」
 目の下に隈ができている鈴梅は、やり遂げた表情をしていた。
 音羽は友人の為に、幻の初版本と新作絵巻の予約券をゲットした。ついでに腐女子技術に磨きがかかり、頭の中で朋友擬人化話を展開していた。もはや音羽は一般人ではない。きっと諸々すっ飛ばして売り手になっているに違いない。
 今回、勝手を知り尽くしていた露草は、カタケットイベントに備えた委託の梱包までこなしており、とても感謝されていた。
 パムポップンはといえば。
「休憩時間に希儀のお話もたっぷりできたし、来年の連載や別冊の方で、希儀神話の眩しい鎧を纏った美少年達が、アルテナの元で戦う連載とか始まらないかな? きゃああ!」
 妄想が充実しているようだ。
 サンジュマンは依頼料を財布に入れ、冬の開拓ケットで何冊買えるか計算していた。
「ぶふぉ、これだけあれば念願の新分野開拓もできるではないか。よいぞぉ。そうじゃ、帰り次第、ガイドマップに『大伴定家×藤原保家』があるかも確認しておかねば! 飄然とした大伴殿に対抗心を燃やす藤原殿の小物感がかわゆいのじゃが……爺萌えは、まにあっくすぎて本場の大イベントでなければ手に入らぬからのぅ」
 財布が底をつくまで帰ってこない気満々である。
 そして風瀬は……顔を覆って泣き喚いていた。一之瀬がやれやれと連れ戻しに向かう。
「都騎くーん、なぁにゲンナリしちゃってんのー? 折角の綺麗な顔が台無しだぜぇ?」
「恥ずかしい思いをしたのは誰のせいだ、誰の……っ!」
「あー? あの菓子の絵なんて可愛いもんだって。本場は…………あー、まぁ冗談はさておき、今回はありがとな。久々にお前ぇと遊べて大分楽になったわ。有難う、都騎」
「……楽になったんなら、よかったが。その笑顔に免じて許すとするか。次からは依頼内容くらいは教えてもらいたいな」
 なんだかイイ話で友の絆が修復されたらしい。
 しかし。
「そよとき……少々強引な俺様攻めに、影のある美少年受け……嫁の立場を思いつつ、拒否しつつも、いつしか目は彼を追ってゆくのじゃな……よいのぅ、実に良いぞ」
「きゃーきゃー、もっとすごいの見ただけに、ガン見せずにはいられません!」
 二人を遠巻きに眺めるサンジュマンやパムポップンたちの妄想は果てしなく続く。

 修羅場が明けた。
 あと数日で、聖地『開拓ケット』が神楽の都にやってくる。