鬼灯祭〜迎え火の花道〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 39人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/24 09:38



■オープニング本文

 しんしんと、降りそそぐ白い雪。 
 渡鳥金山の高嶺に、うっすらと雪化粧。 
 吐息が白く曇る頃になると、人々はにわかに活気づく。 
「今年もこの時期がきたねぇ。さぁ、みんな。鬼灯籠をめいっぱい飾ろうじゃないか」 

 ここは五行結陣が東方、山麓の田舎里。 
 かの名を『鬼灯』と人は呼ぶ。 

 かつて人々は里の裏山……渡鳥金山を『しでのやま』と呼んでいた。 
 要は『死者がこえていく山』すなわち『あの世』を意味する。所々魔の森の侵食を受ける山脈は常人達から恐れられ、行商人や旅人が山を越えていく『山渡り』は命がけと言われている。 

 そんな過酷な場所だからか。 

 鬼灯の里では、山で命果てた者を「鬼になった」とよく例えた。 
 アヤカシの鬼という意味ではなく、飢えた死者の魂という意味である。
 鬼灯では古くから土着信仰が根強く、飢えた死者の魂が鬼となり、いつか里へ戻ってくる、と信じていた。
 人々は里へ来る鬼の目を逸らすために、外出時は黒か赤の鬼面をかぶる。更に自分が食われないよう鬼の食事として供養の炎を軒先に吊したり、持ち歩くようになった。この炎を灯した鬼面の描かれた提灯を、里の人々は『鬼灯籠』と呼んでいる。
 現し世の食べ物が冥府で炎に変わってしまう御伽噺から、現世で炎を燃やせば、あの世で炎は食べ物にかわるだろう、という眉唾な話が広まって定着した説が有力で、人々は供養の為、提灯に火を灯して供物とし、鬼面を被って来たる鬼をやり過ごす。

 これが祭の起源と呼ばれている。 

 そんな土地の風習は、いつしか鬼と共に宴を楽しむ祭、へと変化を遂げた。 
 厳しい冬ごもりの前に、鬼に怯えず皆一緒に昼夜を騒ごうではないか。
 里の人々は、鬼面の描かれた提灯『鬼灯籠』を飾りに飾った。 
 出かける者は、大人も子供も、赤か黒の鬼面を被る。 
 誰が鬼か、誰が人か。 
 祭の間は、区別もつかぬ。 
 さあ……飲んで食べて、歌って踊れ。鬼灯祭が始まった。 

 + + + 

「鬼灯祭の警備?」
 毎年、鬼灯祭が近づくと開拓者ギルドには警備仕事が並んできた。
 五行都市『結陣』東方に聳える渡鳥金山の山麓に『鬼灯(ホオズキ)』と呼ばれる里がある。
 卯城家と境城家の二大地主が土地を治め、閉鎖された鉱山の坑道を自然の蔵とし、酒造りと、山向こう地域との交易の要として栄える場所だ。だが里の裏手に聳える渡鳥金山一帯は、生成姫が潜伏していると噂の魔の森に半ば呑まれていた。

「今年は少し変わってるらしいよ」
「え?」
「なんでも鬼灯の地下や彩陣方向の山道にウヨウヨいたアヤカシが、さーっぱりいないんだって。色んな依頼で鬼灯へ調査に出かけた開拓者が、複数確認してるから間違いない。屍人ひとり出ないって言うから、随分と長閑なものさね」

 子供が山道を渡っても襲われない。
 これにより、地主たちは趣向を変えた。
 山道の両脇に鬼灯篭を設置し、山道を少し歩いた場所に聳える一本松までを、炎でぐるりと囲んで迎え火の花道を作ったのだ。魔の森の付近や山道には警備を配置してあるので、安全面も申し分ない。迎え火の道を歩いて一本松へ行き、くるりと里を振り返ると……そこには鳥居の形をした鬼灯の大通りが、煌めいて闇夜に浮かび上がる。
「最終日は自由にしていいそうだから、いってきたらどうだい?」
「はいよー」

 + + + 

 鬼灯祭が終わりにさしかかるころ。 
 舞台のあった広場には、一軒家ほども高く積まれた薪が配置される。 
 村人も旅人も、多くが広場の薪に注目していた。 
 鬼灯祭の警備を行っている迎火衆と呼ばれる男達は、皆、赤か黒の鬼面をつけていた。男達は片手に松明を持ち、頭の合図で松明を投げ込む。 

 程なくして巨大な火柱が出来上がった。煙が天まで昇っていく。
 人々は嬉々として手に持っていた鬼灯籠や鬼面を炎のなかへ投げ込んでいく。 
 無病息災を願い、時には秘めた願いをこめて。 
 かつて送り火に慰められた鬼が安らかであるように、祈りを書いた鬼灯籠を一緒に燃やしていたのが、いつしか願い事を書いて燃やすと叶うと言われるようになった。

 天に届け、この願い。 

 祭の警備に増員されていた開拓者達が、暇を得られた最終日。 
 ともに祭りに参加するべく、里へとくりだした。


■参加者一覧
/ 鈴梅雛(ia0116) / 滋藤 御門(ia0167) / ヘラルディア(ia0397) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 水鏡 雪彼(ia1207) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九法 慧介(ia2194) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 珠々(ia5322) / スワンレイク(ia5416) / からす(ia6525) / フェンリエッタ(ib0018) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 久遠院 雪夜(ib0212) / 萌月 鈴音(ib0395) / 天霧 那流(ib0755) / 透歌(ib0847) / 真名(ib1222) / テーゼ・アーデンハイト(ib2078) / 蓮 神音(ib2662) / 杉野 九寿重(ib3226) / 嶺子・H・バッハ(ib3322) / ローゼリア(ib5674) / 蓮 蒼馬(ib5707) / アルセリオン(ib6163) / フレス(ib6696) / 刃兼(ib7876) / 月雪 霞(ib8255) / 呂宇子(ib9059) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 一之瀬 白露丸(ib9477) / ソヘイル(ib9726) / 祖父江 葛籠(ib9769) / 緋乃宮 白月(ib9855) / エリアス・スヴァルド(ib9891) / 津田とも(ic0154


■リプレイ本文

 平野 譲治(ia5226)は最終日に渡された黒鬼面を見て、飛び回った。
 実に一昨年ぶりに見た鬼面だ。
 古い旧友に会うような、そんなくすぐったさを覚える。
「おおっ! 黒鬼面! お久しぶりっ! なのだっ! これをかぶって食べまわりっ!」
「元気だなぁ、怪我すんなよ〜」
「大丈夫なりね! 久々の祭は遊ばねば損なのだ! 全身全霊を込めて遊んでくるなりよっ! 荷物よろしくなり!」
 びょーん、と我先にと走り出す。
 目指すは懐かしの味。屋台の軽食。そしてお土産に願い事。
「饅頭屋のおっちゃん! これくださいなっ! 後で強に持って行ってやろうっと」
 鬼灯祭は始まったばかりだ。


 鬼灯の二大地主、境城和輝の屋敷から出てきた蓮 神音(ib2662)は肩を落とし、傍らの蓮 蒼馬(ib5707)が「今日は奢ろう。屋台で好きなだけ食っていいぞ」と娘を元気づけていた。
「うん。まさか友禅の在庫が先週ぜーんぶ神楽の都に出荷されちゃったなんて……来年までお預けかぁ」
 五彩友禅を買い占めたのは、一体誰だろう?
 と思いつつ、屋台でヤケ食いを始めた神音は底なしの胃袋を発揮した。
 途中、蒼馬が路上の飲み比べに巻き込まれる珍事が起こったが「神音がついてるよー! そこの赤っ鼻! 神音のセンセーが負ける訳ないんだから!」という声援は、蒼馬に勝利を運んでいた。
「センセーのみすぎ〜、ほら、たき火始まっちゃう」
 蒼馬の手を引いて大通りを目指す。
 神音の視界を子供たちが駆けていく。
 大人にぶつかって人混みに紛れ、母に手を引かれて光を目指し、父親に肩車をされて喜ぶ少女を見ると、自分の幼い頃を思い出す。
 本当の親と過ごした祭日の思い出。
「……いいなぁ」
 それは二度と戻れぬ日々の片鱗。
 刹那、ふわりと神音の体が浮いていた。真下には蒼馬の青い髪。
「センセー!? 肩車なんて危ないよ!」
「あははは、俺が本気で酔ったと思うのか? 見くびるなよ。そら、走るぞ」
「きゃあぁぁぁ!」
 肩車をしてもらう年齢は、とうに過ぎた。
 酔っぱらいに振り回される神音に注がれる、不憫そうな周囲の視線が痛い。神音の顔は羞恥心で真っ赤だったが、見下ろす光の道が懐かしさを呼び覚ます。
 遙か昔に、忘れた気持ち。
 肩車をしてもらえる小さな子供が羨ましかった。
 にじむ涙を袖で拭い、かすかな声で「ありがと」と囁く。蒼馬の口元が、満足そうに弧を描いた。


 黒鬼面を被った音羽屋 烏水(ib9423)は楽器を鳴らしながら、白毛に璃寛茶の鬣をした身の丈三尺程度のもふらを連れて大通りを歩いていた。
「うぅむ、桜祭に白原祭、菊祭。そして此度の鬼灯祭と。これで五行東の四大祭を制覇じゃなっ! って、いろは丸!? どこへ行く気じゃ〜!」
 勝手に脇道へ歩いていくもふらを捕まえてみると。
「鬼灯の焔に投げく……酒饅頭。烏水殿、お腹が空いたもふ」
「……いろは丸、相変わらず食べる事しか考えておらんのか。仕方ない。わしらも屋台巡りに制覇と行くかのっ! で、どこから食べたいんじゃ?」
「あっちもふ」
 演奏をしようと考えていたのに、どうやら暇がないらしい。
 たまにはこんな日があってもいいのかもしれないと考えながら、音羽屋はいろは丸についていった。


 赤い鬼面を被ったソヘイル(ib9726)は様々な屋台に目移りし、黒い鬼面を被った親友の祖父江 葛籠(ib9769)も里の催しには興味津々だった。
「あれ見て! 甘酒かぁ……美味しそう。甘酒は、お寺でお正月に振舞ってたなぁ」
 昔は修行ばかりだった、と思い出にふける。
「つづらさん、四角のお店の甘酒が美味しいって屋敷の人がいってましたし、あそこにしましょう! ボク、酒粕のお鍋も後で食べたくて……つづらさん、いつのまに!」
 振り返れば、腕にホカホカの酒饅頭を抱えた祖父江がいた。
「えへへ、できたてのとっておき。はい、イル、はんぶんこしよ! お互い食べたことないでしょ、酒饅頭。鬼灯酒が飲めなくても、これはお菓子だからへーき!」
 火傷しそうなくらい熱い饅頭を二つに割って、口に含む。
 仄かに香る酒の香りと、栗の欠片入りの白餡子が甘くトロけた。
 美味しいね、と囁きあえば笑顔がこぼれて。
「ね、イル! 甘酒飲んだら、広場に願い事を投げに行こう!」
「はい! あ、ボクまだお願い事書いてなかった……つづらさん、書きました?」
「ひーみつー! 後でね」
 甘酒で温まってから二人で願い事を書いた。秘密にしたまま炎に投げ、顔を見合わせる。
 大人になったらまた来たいね、と。


 甘酒を手にした倉城 紬(ia5229)は、湯呑に唇をよせて仄かな生姜の香りに頬を緩ませた。
 季節は冬。
 降り積もる雪で冷える指先や体が、甘酒で温まっていく。
「もう降る季節になったのですね。早いものです」
 今だ降る雪を軒越しに見上げると、吐息が白く夜空にとけた。
「……こんな綺麗な色ならば、来た鬼さんも美味しそうに見えて寄って来ますね。おじさん、甘酒のおかわりをお願いします!」
 空になった湯呑をおく。
 橙の火が灯った鬼灯籠が揺れる道。里の人々の笑顔が眩しい。
 後で、友人や義姉妹の無病息災を祈りに行こうと、自分の鬼面を見て微笑んだ。


 酒々井 統真(ia0893)は両腕に抱えきれない屋台飯を購入し、卯城家を訪ねた。
 五彩友禅が無事に届いた事への感謝と、祭で集まって騒いでいた子供たちの相手である。
「すみませんな。祭の終日ですのに」
「いーんだよ。人妖を働かせといて自分はしっかり楽しむ、ってなぁ性に合わねぇんでな。勉強はどうにもならねぇが、体力余ってるがきんちょ達の相手は任せとけって」
 うらー! と声を上げながら賑やかな幼子たちを追いかけていく。


 ローゼリア(ib5674)は、一枚の紙切れを持った杉野 九寿重(ib3226)の背中を追う。
「ローゼ、ここの店の二階のようです」
 杉野の手のひらには『忘年会のお知らせ』とある。
 胡蝶(ia1199)の計らいで、料亭の席を幾つか貸し切った慰労と親睦を兼ねた宴会に、二人とも招かれていたのだ。
「窓から大声が聞こえて参りますわね……九寿重、皆さん、もうできあがっているのでは」
 鬼灯酒が名物なだけに、飲んでいない……などありえない。
「そのようですね。希儀でも一息ついた事ですし、肩の力が抜けたのではないかと。ローゼも先日、妖刀打倒を成し遂げたわけですし、丁度いい催しじゃありませんか。暫くは平穏無事で居られるでしょうね。さ、お鍋が空にならぬ内に参りましょう」
 時は少しばかり巻き戻り。
 胡蝶は店員を捕まえてアレコレ頼んでいた。
「あとそうね、鬼灯酒を徳利で2つ、1つは隣の座敷の開拓者に。勘定はこっちにね」
 隣では警備仕事で一緒だったからす(ia6525)と津田とも(ic0154)が鍋を囲んでいた。
 希儀探索の慰労会をかねている為、盛大に祝いたい気持ちがあった。
「二人ほど来てないけど、遅れるってきいてあるから始めましょ。警備仕事も済んで、希儀での活動も無事に終わったし、皆お疲れさま! 今日は無礼講よ! かんぱぁーい!」
 見慣れた仲間たちの笑顔が、ご馳走の並ぶ座敷を彩る。
「おっと、透歌はまだお茶ね。スワン達は一献、付き合いなさいよ」
 透歌(ib0847)は早速串物を手にかじりついていた。鶉の卵ひとつとっても味がしみていて手が込んでいる。とはいえ味が濃い料理は喉が渇くもので、過って酒に手を伸ばさないよう、胡蝶が焙じ茶の湯呑を手渡した。
「ありがとうございます」
「もちろんです、胡蝶隊長」
 透歌の隣ではスワンレイク(ia5416)が、向かいの席にはテーゼ・アーデンハイト(ib2078)がいて、手分けして鍋を取り分けていた。人数が多くなると分かっているので、鍋の味も鍋ごとに変えてある。アーデンハイトは自前の柄杓まで持参して、鍋奉行ぶりを発揮していた。彼の目の前にある酒粕鍋は、アーデンハイトの裁量によって、常に具で満ちている。
「この鍋は俺のテリトリーだぜ! おねぇさーん、野菜盛りひと籠、牛肉四皿追加、あとつみれ。薬味のネギが足りなくなるからソレも」
「なんて美味しいスープ……身も心も温まりますわね、胡蝶隊長」
「スワンの言うとおりね。テーゼ、いいとこ見つけたわね」
「ふふっ、隊で唯一の男として……エスコートしなければなるまい! お褒め頂き光栄です」
 気取りつつ恭しく頭を垂れてみせたアーデンハイトの小芝居に、皆で吹き出した。
 ここ連日、祭の警備をしながら『何処の店の料理が美味しいか』や『仲間の味覚に合うか』、そして『最終日の篝火がよく見えるか』などの条件に合致する店を探して予約したのはアーデンハイトだった。
 ふと気づくと隣の嶺子・H・バッハ(ib3322)がいない。
 嶺子は見晴らし抜群の窓際に悠然と腰掛け、意味深な笑い声を零して、己の世界に浸っていた。
「くくく、鬼面の迎火衆……やはり連中もこの『異変』に気付いたか……この炎が消える時が合図よ……そう、終わりの始まりのね、くくく、はーはっはっは」
 周囲の客がドン引きしている。
「嶺子ー? おーい、帰ってこないと鍋がなくなっちゃうぜー?」
 妄言に慣れたアーデンハイトが呼び戻す。
 嶺子は「ふっ」と気取った冷笑を向けつつも、しっかりと席に戻ってきた。お腹が鳴っているので、椀を渡すなり黙々と食べ始める。
 そこへ隣の席のからすがやってきた。
「鬼灯酒をありがとう。胡蝶殿。ささやかながら、こちらの料理も持ってきたのだが……充分だったかな」
「気にしないで。今日はお祝いよ。なんなら一緒に飲みましょう。ちょっとそこの人、この仕切り屏風、どけてくれるかしら。仕事仲間なの」
 屏風を退けると、津田が「うめー! 酒飲んで仕事になるなんざ信じられねえ、おかわり!」と完全にできあがっていた。
 あっという間に、ふた組の座敷がつながっていた。益々賑やかな場所へ、待ち人も訪れる。
「お待たせ致しました、ローゼを連れて参りました」
「こんばんは、皆様。本日は賑やかな席に……」
「あら、堅苦しいわね。こういう日は遠慮しないものよ。ほら、御寿司でも取りましょ」
 胡蝶が杉野とローゼリアを手招きし、隣の席とテーブルをつなげて、宴は更に賑やかになっていく。部屋の片隅では、カラクリの桔梗と人妖の朱雀が、長閑に眼下の祭を眺めていた。


 屋台を巡ったアルーシュ・リトナ(ib0119)と真名(ib1222)もお互いの手を握り、広場に来ていた。
 一緒に鬼灯祭へ訪れるのは二年ぶりで、静かで変わらぬ里の街並みも輝いて見える。
 楽しそうな真名の笑顔を見ていると、リトナの口元にも笑みが浮かぶ。
 去年は療養中でこられなかった鬼灯祭。
 それでも同じ季節に温かくて穏やかな夢を見れたような覚えがあった。
「ね、真名さん。投げ込む前に鬼灯籠を掲げ揺らしてみませんか? 一本松から私達を見ている人がいるみたいです。小さな光は焚き火の橙に紛れてしまうかもしれませんが」
「ええ、姉さん。それじゃ、おーい! あ、姉さんは大声だしちゃだめよ、痛めてるんだし」
 リトナは仕事で喉を酷使していた。真名の気遣いに感謝しつつ「では任せますね」と微笑む。
 一本松に向かって鬼灯籠を掲げ、くるくると回すと、同じ動きをする光があった。
「あは、気づいてる! よかったわね、姉さん。……今度は投げないとね」
 真名は『姉さんとずっと笑っていられます様に』と書いた。
 リトナは『誰かの失ったものが戻って来ますように』と書いた。
「姉さん、辛いことでもあった?」
「え? これはその……人の命や想い、品物……取り戻せないものは世の中に沢山ありますけど。今日位は 願うだけでも……と思って。私はまずは声を元通りにしませんとね」
 そっか、と微笑みを返す。
 真名とリトナは暫く炎を眺めていたが、夜風に冷えた体を温める為、食事処へ向かおうと踵を返す。
 刹那「少し待ってて」と真名は一枚の紙を炎の中に投げ入れた。
「二年越しだけど、一応返事よ。受け取んなさい」
 不敵な微笑み。
 真名の手紙は燃え上がった。満足げに見てからリトナの元へ戻っていく。


 弖志峰 直羽(ia1884)と水鏡 雪彼(ia1207)も大焚き火の前に来ていた。
「また季節が廻って。君が隣にいてくれる事にとても安堵してる自分がいたよ。来てくれてありがとう。今年のお願いごと、決めた?」
 自分で女々しいとは思いつつ、心から嬉しいと思える。
 水鏡は願いを書いた鬼面を、隠すように大切なもののように、強く抱きしめる。
「今回は……願うだけじゃなくて、自分で動く事にしようと思う。雪彼が出来るかはわからないけど。直羽ちゃんは?」
「そっか。俺は……今年は俺自身の為に、俺の我儘のような願いにしたよ。決意、かな」
 弖志峰が水鏡を見つめる。
 水鏡には見慣れた弖志峰の顔が、知らない男性の様に見えた。
「俺の願いは『雪彼ちゃんを、俺のお嫁さんにしたい』だよ」
 見せられた鬼面。
 澄んだ青い瞳。
 冗談ではなく本気なのだと、悟らずにはいられない。
 水鏡はなんと返事をしていいのか、分からないようだった。自分の赤鬼面を強く握る。
「………雪彼でいいの? 雪彼は両親を殺した人を、殺そうとしているのに。直羽ちゃんはお医者様を目指してるのに。それでも……そんな雪彼でいいの? いつか直羽ちゃんの知らない雪彼になっても? 後悔しない?」
 告白に火照っていた弖志峰の顔が冷静さを取り戻し、淡々と質問に答えていく。
「うん。雪彼ちゃんが良いんだ。傍に寄り添うことを許してくれれば、だけど。俺のお嫁さんになるのは……嫌?」
「……嬉しい。嬉しいよ、直羽ちゃん」
 ぽろぽろと泣く水鏡。
 弖志峰と水鏡はお互いの鬼面を交換して、火に投げ込んだ。
 それはお互いの願いを叶え、同じ重荷を背負う決意と覚悟ができた、ということ。
 涙が溢れる水鏡を腕に閉じ込めて、ざわめきの中を歩いていく。
「直羽ちゃん、来年も一緒にお祭り行こうね」
「……うん、また来年もきっと、な」
 そっと指で雫を拭いつつ、星空に祈る。
 この先、どんな風に変わっても。願わくば共に歩めるように、と。


 願いを書き終えた滋藤 御門(ia0167)が、熱心なフレス(ib6696)の様子を伺った。
「思えば、色々あった一年だったね。今年の願い事は?」
「うっ……今年は見られるの、ちょっと恥ずかしいかな。御門さんの願いも教えてくれる」
「いいよ、僕は困らないから」
 その余裕が悔しい。
 フレスは『御門さんとたくさん、楽しい思い出を作っていけますように』だった。
 滋藤は『フレスと末永く仲良く楽しい時がすごせるように』だった。
 願い事を見たフレスが、赤くなって顔を伏せた。一方の滋藤はフレスの願いが、去年と違い、周囲から自分自身に向いていることに気恥かしさと喜びを覚えていた。
 相思相愛。
 その事実を確かめて炎に投げ入れた後は、一本松の道を目指して歩く。
 白く冷たい指先も、大切な人の手を握るとぬくもりに変わる。
「ん、どうしたの?」
 けれど寄り添うフレスは元気がない。振り返って首を傾げる。
「ね、御門さん。えっと、その……前のお嫁さんの話だけど、あれホント?」
「今日は心配性だね。お嫁さんにしたいのは本当だよ。フレスが大きくなるまで待つつもりだから焦らなくていいよ? 時々、このまま浚って……帰りたくなってしまうけどね」
 頬を撫でる風のような、悪戯な囁きに心臓が跳ねる。
 かちーん、と石の如く固まったフレスを見て、滋藤が楽しそうに笑った。最後のは冗談だよ、と言って緊張を解く。きちんと待つから、という囁きと微笑みの眼差しが、星よりも眩しく、月よりも優しい光に満ちている。
 幼い恋は、大切な思い出と共に育っていく。


 既に願いを書いた呂宇子(ib9059)は呆れた眼差しを刃兼(ib7876)に向けていた。
 いくら炎の傍にいるとは言えど、寒空の下で延々と待たされるのは辛い。
「……散々悩んだ挙句、去年と同じって、どういうことだ俺!」
「やぁっとー? どれど……あらま? これ書くのに、こんなに時間がかかったわけ?」
 頭抱えて己に絶望する刃兼の書いた願いは『家内安全』のたった四文字。
「そういう呂宇子は」
「私はこれ」
 赤い鬼面には『母さんの体調が良くなりますように』と書かれていた。
「呂宇子はお袋さんのこと、か。まだ具合良くない……のか」
「やぁね、なにその顔。元々あんまり身体が頑丈な人じゃないし、娘が二人とも開拓者になって、大変だろうしさ。自分のことは自分でどうにかできるけど。こればっかりはね」
 ひらひらと鬼面を掲げた陽気な動き。
 けれど茶色の瞳が切なく曇る。
「少し、願ってみたくなったのよ」
 感傷的な夢だとしても。
 一夜の夢に過ぎなくても。
 もしも願いが叶うなら……、誰でも一度は考える。
「二人して家族の事を願うとは思わなかったわ。何だかんだで『帰る場所』なのかしら」
 明るく振舞う呂宇子に刃兼は「成長してないのか、家族離れができていないのか」と肩をすくめつつ、味気ない四文字を見下ろす。この一年で様々な経験をして、願うことは山ほどあった。
 けれどイマイチしっこりこない。
 再び悩み始める刃兼。眉間にできた縦皺を、呂宇子が指先で弾いた。
「痛ッ」
「あれこれ悩んでるみたいだけどさ。あんたのそーゆー家族想いなトコ、私は結構好きだけどねえ。……やーね、友人的な意味で好きってことよ。ほら、いったいった」
 刃兼の背中を叩いた。鬼面を炎に投げ込む為に。


 珠々(ia5322)は誰よりも真剣に鬼面を見ていた。
 願い事はただ一つだ。
 一文字一文字に魂を込めて、今度こそ叶いそうな願いをしたためる。
 それすなわち『人生における人参料理回避』だ。
「できました! それでは誰かに取られるその前に、心を無にして煩悩を捨て去り……てぇぇぇぇーい!」
 気合を込めて大焚き火に放り込む。
 誰よりも高く投げ込んで神様を崇め奉った。


 投げ込んだ鬼面が燃えてゆく。
 鬼面が黒ずんで灰に変わる様を、フェンリエッタ(ib0018)は静かに眺めていた。
 願うことなら沢山ある。
 もしも本当に神様が居るのなら『亡き人々が光と共にありますように』と祈りたい。
 自分の望みを叶えてくれるとするならば『もっと強い心が欲しい』と願うに違いない。
 多くを願わずにはいられない。
 己の痛みや醜い感情にも囚われない私でありたい……何があろうと折れないしなやかな心で、優しい未来を創りたいから。
 胸に秘めた信念に背かず、生きていきたい。
 炎を瞼の裏に刻む。
 頬を伝う今の涙が、決して悔恨だけではないことを……フェンリエッタは感じていた。


 願い事を書き終わった天霧 那流(ib0755)は、鬼面を眺めて「ふふっ」と面白そうに笑った。
 記した願いは『打倒、生成姫。』の文字だけ。
「なんだか喧嘩売ってるみたいね、相手が喧嘩を買って出てきてくれれば楽なのに。さて」
 鬼面を炎の中に投げ込みに行く。
 本当の願いは、ここに書かない。
 その願いは、誰かに叶えてもらうものではなく、自分で叶えるものだと知っているからでもある。
 今年も無事に開かれた鬼灯祭にほっとした。
「……待っててね」
 去年とは違う祭。隣には誰もいない寂しさ。
 記憶の中の姿を想って、今夜は迎え火の道をゆく。


 その頃、久遠院 雪夜(ib0212)は駿龍の小烏丸に乗って、鬼灯の里に舞い降りた。
「まーにあったー! 杏くん、みて! 鬼灯祭だよ!」
 最終日の休みを貰った直後、久遠院はすぐに白螺鈿へ渡った。毎月のように訪ねている農場の少年を連れてきたかったからだ。普段遊ぶ暇もなく、ダメになった収穫の代わりに楽しい思い出を作ってあげたかった。
 杏と一緒に手をつなぎ、屋台を練り歩いてお土産を買い、二人で願い事を書きに行く。
 久遠院は『農場が平和で皆が元気でありますように。ミゼリちゃんの目が見える様になりますように』と記して、炎に鬼面を投げ込んだ。


 両手に一杯の晩御飯を手にした鈴梅雛(ia0116)が、萌月 鈴音(ib0395)と共に大通りを横切る。
 広場で大きな篝火が燃え上がると、離れていても熱気が体を包んでいく。
「そろそろお祭りも佳境でしょうか。この酒饅頭……どこで食べます?」
 広場は炎に集まる人々でいっぱいで、宿や食事処の二階も満席だった。
「今年は……一本松の方にも……行けるみたいですし、一本松の方に行けば……鬼灯全体をゆっくり眺められると思います……雛ちゃん、案内します」
 何度も通った迎え火の山道。
 かつてはアヤカシが蠢く恐ろしい場所だった暗い夜道は、今は無数の光に照らされて、子供の笑い声すら聞こえてくる。一本松に到着してから岩に腰掛けて里を見下ろす。
 こちらに向かって手を振る里人に、ひらりと提灯を掲げてみせた。
「白螺鈿のお祭りとは、やっぱり少し趣きが違いますね」
「はい、ひいなちゃん。この前は案内……ありがとうございました。鬼灯祭を……楽しんでもらえたなら嬉しいです。……このままアヤカシが居なくなって……鬼灯や他の町が、平和になれば……いいのですけど」
 萌月の独り言を風がさらう。


 山道を歩く月雪 霞(ib8255)は傍らのアルセリオン(ib6163)を見上げて微笑んだ。
「一年前は付き合って初めてのデート。今年は夫婦になって初めてのデート、ですね」
「今年も霞と共に来る事ができて良かった。同じ場所だというのに、何故だろう。去年よりも楽しく感じられる、な」
「楽しいといえば……ふふっ、一年前のこと、覚えていますか? まさかお姫様抱っこで運ばれるとは思いませんでしたよ、アル?」
 たった一年。されど一年。
 ふたりの関係は恋人から夫婦へと変化した。
 繋いだ手の指には指輪が光る。お互いに遠慮の多かった頃の昔話は、懐かしさや恥ずかしさも思い出す。慌てたアルセリオンがあれこれ言いながら「すまない」と頬をかいた。
 一本松には大勢の人が集っていた。
 見下ろした鬼灯の里。大通りの煌めきが闇夜に浮かぶ。
「とても綺麗ですね、アル」
「綺麗だな。一人では、こんなにも美しく見えないのだろう」
 手を握れば、確かな温もりが返ってくる。
 些細なことが、不安な心を溶かしていく。
 交錯する視線の穏やかな眼差し。
「ねえ、アル? 少し内緒話があるんです」
「なんだい」
 愛しい妻の呼び声で顔を近づけたアルセリオンの唇に触れる優しい熱。
 口づけだと気づいた時には、唇にとまった白銀の蝶は、ふわりと舞うように離れていた。
「ふふ、綺麗な里ばかりに見惚れていたら……私も妬いてしまいますよ、旦那様。アル。これからも……共に風と奏でを、ね」
 寄り添うふたりの影が、再び重なっていく。


 坂道を歩く礼野 真夢紀(ia1144)の隣には、仕事で一緒だった九法 慧介(ia2194)の姿があった。
「え、じゃあ、いつもの恋人さんは一緒じゃないんですか?」
「うん。この景色を恋人と見れたら良かったのだけど、仕事で忙しくて機会を逃してしまってね。不甲斐ないなぁ、と自分でも思ったんだけれど……また来年があるさ。そちらは?」
「連れてきたい子は色々いたんですけど、一応お仕事ですから。駿龍の鈴麗を警備の方にいかせてます。本当にアヤカシが居ないのなら良いんだけど……心配で」
 雑談をしながら坂を登る。
 一本松からは里が見おろせた。
 大通りに飾られた炎が、鳥居の形を闇夜に浮かび上がらせる。
「綺麗だねぇ」
 広場で燃え上がる大きな炎に、九法たちもしばし見惚れた。


 身を飾ったヘラルディア(ia0397)は、傍らに温もりがないことを少し寂しく思いながらも、今宵も忙しいあの人に思いを馳せて、無事を祈りながら迎え火の道を歩いていく。


 エリアス・スヴァルド(ib9891)は、鬼灯酒を煽りつつ、迎え火の道を歩いていた。
「ジルベリアの冬は厳しい寒さも相まって陰気なもんだったが……ここは違ぇんだな」
 同じ冬でも、故国から一歩出れば随分と有り様が異なる。
 祭の暗い成り立ちから変化した明るさ。
 漂う熱気、残る信仰。
 猥雑で、どこか淫靡だが『悪くない』と思えた。
「不吉な存在と共に歌い踊る、彼岸と此岸の狭間の宴。ここでは死者は身近な存在なのか」
 笑顔に彩られた里人と己を比較する。
 立ち止まっている自分もいつか、あんな風に笑える日がくるだろうか?
 そんな眩しささえ感じてしまうのだ。
 黒い鬼面を深くかぶり自嘲したスヴァルドは「女々しいな……」と呟いた。


 羽妖精の姫翠を連れて、緋乃宮 白月(ib9855)は迎え火の道をのんびりと歩いていた。
「幻想的な雰囲気ですね、姫翠」
「わ〜、鬼灯がいっぱい並んでて綺麗です! あそこみたいです!」
 一本松の周囲には、既に沢山の人がいた。皆が里の方向を見下ろしている。
「ここからの眺めは壮観ですね」
「大通りの鳥居の形がはっきり見えて凄いですっ!」
 最近は仕事ばかりで一緒に楽しむ事を忘れていた。
 緋乃宮は姫翠のはしゃぎっぷりを見て、楽しそうに笑った。


 この里では鬼は死者の魂で、炎は死者への供物だと聞かされた。
 迎え火の道を歩きながら天野 白露丸(ib9477)は周囲を見回す。
 鬼の描かれた鬼灯籠に赤と黒の鬼面を被った人々。隣を通り過ぎる少年を見る度、心臓が早鐘のように鳴り響いた。
 じわりと汗がにじむ。ありえない、と理性は囁く。
 それでも弟が現れるのではないかと……漆黒の瞳は子供達の背中を追い続けた。
 一本松に辿りついて里を見下ろす。
 鳥居の形に輝く光の粒。広場で燃え上がる大焚き火。
 近くで見るのが怖くて此処まで来た。それでも来た。逃げるのではなく、進みたくて。
「私は……生きたいと、思う。例え、許されなくても」
 逃げる訳じゃない。
 忘れたい訳じゃない。
 けれど少しだけ、我が儘を認めて欲しい。この願いは罪なのか、自分でも分からない。
「……彼の、隣にいたいと、思う。……好きで、いたい……んだ」
 思い出すのは悲鳴と泣き声。遠い在りし日の姿だけ。
「だから……、あ!」
 落とした鬼灯籠が、坂道を転がってゆく。やがて幹にあたって、ボッと燃え上がった。
 里に戻って新しい物を買わなければ、と手を伸ばして、恐ろしいはずの炎に魅入る。
 ……おねえちゃん……
 記憶の果てに眠る幼い弟が、懐かしい声で、呼んだ気がした。



 開拓者たちが鬼灯祭を楽しんでいた頃、相棒たちは魔の森の近くで警備をしていた。
 不気味なほど、静かな夜である。

 からくりの瑠璃は炎龍の鈴と一緒に、夜空を見上げていた。気合を入れて森の警備に着任したが、小鬼一匹森から出てくる気配がないので、暇を持て余している。
 それは、からくりの梓や銃後も同じこと。
 一方で猫又の石榴は暇な仕事を抜け出し、主人の尾行を試みたところを、甲龍のサンドローズにつかまって連れ戻される、という行動を三度繰り返した辺りで主人追跡を諦めた。
「真面目に警備でもするかにゃー」
 といいつつ、同じ猫又の所へ遊びに行く。
 猫又のキクイチとくれおぱとら、石榴は情報共有という名の猫会議状態だ。
 もふらの昼寝は、首から下げたごはん籠の野菜をもしゃもしゃ食べているし、土偶の地衝は、主人から預かった筆記用具を使い、暗闇の中で風景画を描いていた。
 人妖のルイは仕事代金として装飾品のお土産がもらえる事になっていたので、ニコニコと機嫌が良かった。万商店の品と違って単なる玩具でも、家に帰れば仲間に自慢できる。
 主人からのお土産が楽しみなのは人妖のウィナフレッドも同じらしく、名物饅頭を買ってきてもらうのだと自慢げに話していた。
 駿龍の鈴麗は時々悠々と付近を飛んでみたが、深入りしない限り襲ってくる様子がない。
 駿龍のポチも上空警備を交代で行っていたが、どちらかといえば主人の手を離れて、悠々と飛べるのが楽しそうだ。
 甲龍の強は、かったるそうに巨体を揺らしつつ、他の龍と顔を見合わせては鳴いていた。内容は世間話と主人の愚痴他諸々である。
 駿龍フィアールカは主人から貰った贈り物でご満悦なのか、休憩時間はぬくぬくと休んでいた。

 猫又のポザネオは、ぼんやりしている相棒たちに時々喝を入れ、集中力の低下も考慮して担当区画を割り振り、2〜3組にすることで一時間ごとに仕事を変わる提案をした。他にも万が一に備え、警戒を怠らない。
 主人が隣にいなくとも立派に務めを果たそうとする姿勢は性分なのだろう。
「にゃ?」
 がさっ、と音がして振り返ると、見るからに開拓者が立っていた。相棒の様子を見に来たのだろう、と思って首を戻して暫く歩き…………ばっ、と再び振り返った。
 その開拓者が出てきた方向は、人里ではなく魔の森だ。
 けれど先程までいた人影は、何処かへ消えていた。

 一方、人妖の穂輔は、魔の森ギリギリまで近づいて土質調査をしていた。
 精霊系の相棒と違い、魔の森近くにおける人妖は満腹のような感覚を覚える程度とはいえ、具合が悪くなる訳でもない。勿論、魔の森の奥は流石に有害だが……
 こつん、と何かが頭に当たった。
 拾い上げた木の実は胡桃に似ていたが、濃い瘴気に汚染されている。
 隣にいた忍犬の風巻が、木の上に向かって唸り始めた。暗視で見える、何かの影。
 木の枝にいたのは眼突鴉だった。ごくありふれた低級アヤカシだ。眼突鴉は突然、人妖の穂輔に襲いかかったと思いきや、手に持っていた木の実を奪った。
 そのまま天高く舞い上がる。
 穂輔は紙に『捕まえて』と文字を書いて、霊騎スヴェアの背中にいた迅鷹の絶影へ見せた。
 上空には悠々と舞う駿龍の鈴麗がいる。
 けたたましく鳴くと、流石に異常に気がついたらしい。
 たった一匹の眼突鴉だと知り、やれやれと挟み撃ちを試みた。鋭い爪で引き裂かれ、単なる瘴気に戻った刹那、不気味な木の実は魔の森の中へと落ちていった。


 広場の炎が、一際大きく燃え上がるのが見えた。
 今年の鬼灯祭も、じきに終わりを迎える。