ひゃっはー汚物は消毒だ
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/12 10:10



■オープニング本文

「ひゃっはー、汚物はショードク……ぎゃー!」

 なんかカタコトで喚いている。周囲は濃い瘴気でいっぱい。
 しかし片っ端から不憫な吟遊詩人が、我を忘れて歌って瘴気を浄化している。
 目の前には瘴気で汚染された土嚢がごっちゃり。
 そしてその処分を命じられたのは、紛れもなく開拓者たちだった。

 五行の東、渡鳥山脈を超えた白原平野。
 少し前から白螺鈿の里では、農地の土壌が腐るという不思議な現象が多発していた。
 調査の結果、原因は瘴気。
 ある日突然、クルミのような木の実が畑に落ちていて、木の実から瘴気が滲み出ていた。その木の実の周囲にいた昆虫はもれなく死に、中には脆弱すぎるもののアヤカシ化させているという。とある開拓者が試しに不審な木の実を割ってみると、中から濃縮された瘴気が一気に溢れ出し、十メートル四方へ広がった。

 こりゃあ、まずい。
 よくわからないけど、やばい。

 民間人の手には負えない、と判断した地主は、汚染された土壌と不審な木の実を、街の外の一箇所に集めた。様々な農家が荷車で連日運んでくるほどだったので、廃棄場は小高い丘のようになっていた。もはや人が容易に近づけない土と種の山の処理を任されたのは、紛れもない開拓者である。
 しかしアヤカシ退治や瘴気の除去と聞くと、大物を連想してしまうのが開拓者の悪い癖。
 目の前に積まれた丘状態の汚染土。
 土嚢の山。
 総数が分からない脆弱なアヤカシ。作業に終わりが見えない地味な仕事。
 これら前に、開拓者たちの意気込みは殆ど消えた。
 その結果。

「イヤアァァァア! 来るなァァァ!」
 奇声を発しながら、牙の生えちゃった五センチのゴキ●リをぶった切る。瘴気に還った。

「私の料理がマズイっていうのおおおお!? エルファイヤァァァァ!」
 ここにいない彼氏への苛々を、汚染された土壌に向けて放出する人々。大技の無駄遣いだ。

「うふふ〜、あたるかな〜、あたらないかな〜、てぇい! ギャアアア!」
 噂の瘴気の木の実を実験と称して割っては、時々瘴気感染を起こす無謀な挑戦者たち。

「みなぁーん、煮物ができましたよ〜」
 討伐にきたものの、荒れ狂う人々に作業を任せ、感謝にやってくる農家の人から頂いた作物で次々に料理を作ったり、危険な遊びで倒れる人々を介抱する方々。

 そして好き勝手に散らかされた瘴気の後始末といえば。
「アアアアァァァアァァァァァ!!!」
 喉が枯れてしまい、もはや歌というより魂のシャウトと化している吟遊詩人の皆様だった。


 この混沌の宴。
 果たして夜明けまでに終わるだろうか?


■参加者一覧
/ 万木・朱璃(ia0029) / 鈴梅雛(ia0116) / 羅喉丸(ia0347) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 珠々(ia5322) / からす(ia6525) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / ジークリンデ(ib0258) / ティア・ユスティース(ib0353) / フィーナ・ウェンカー(ib0389) / フィン・ファルスト(ib0979) / 桂杏(ib4111) / エラト(ib5623) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / 蓮 蒼馬(ib5707) / アムルタート(ib6632) / エルレーン(ib7455) / 刃兼(ib7876) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / エリアエル・サンドラ(ib9144


■リプレイ本文

 見上げた空の澄み渡る蒼が美しい。
 見慣れた田畑に背を向けた桂杏(ib4111)は、悟りの眼差しで丘を微笑み。
「ふふっ……いっつも家長ぶって、兄様の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ……と。
 実兄への怒りを炸裂させて、低級アヤカシに忍刀「蝮」を突き刺していた。
 普段は極めて落ち着いており、穏やか且つ冷静な側面を見ている蓮 蒼馬(ib5707)や酒々井 統真(ia0893)は、野に響き渡る桂杏の怒号に、びくりと身を震わせたりしていた。
 どうやら堅実で聡明なお兄様による、小姑がごときお達しがくだされたらしい。
「きぃぃぃ! 私だって、私だって、何時までも子供じゃないのに! もう一目置かれてもいいぐらいの仕事をこなしてきたっていうのに! 危ないから首を突っ込むな、なんて、どこの口が言ってるのよぉぉぉ! 横暴だわ、これは差別に違いないわぁぁぁぁ!」
 心配性の実兄の思い、妹に届かず。
 益々兄妹の溝を深めつつ、認めてもらえない事に半ギレ状態の桂杏は、忍刀「蝮」を手にして拳ほどもある黒光りするアレなアヤカシを、次々三枚おろしにしていく。
 時々縦に二分割、横に四分割している辺りで、文字通り『八つ裂き』にしていた。
 その怒りの矛先が兄に向かわない事を祈るばかりである。


 万木・朱璃(ia0029)もまた不気味な笑い声を響かせていた。
「今こそ常日頃の鬱憤を晴らす時! これだけ数が多いと一匹一匹片付けていても埒があきませんからねー、ここはひとつ正義の精霊砲です! さぁ汚物は消毒ですよー!」
 かっ、と瞳を見開く。
 空を飛ぶモノ、地を這うモノ、全ての動きを青色の瞳が捉えた。
「彼氏が出来ないのはアヤカシのせい!」
 理不尽な精霊砲が鼠型のアヤカシを吹き飛ばす。八つ当たりだ。
「紫水がやたら反抗的なのもアヤカシのせい!」
 後方の人妖が振り返った。
 しかし万木は気づかない。
「そこにいるのはいつも台所に出てくる黒い悪魔!」
 黒光りするアレに酷似したアヤカシが消し炭に。
「てめぇ等の血は何色だー!」
 アヤカシに血液はない。そして周囲の男性陣が、暴れる巫女を呆然と見守っている。
 恐るべき振る舞いは、万木の婚期を更に遠ざけていく。


 勇ましい女性がいる一方で。
 うぞうぞと地を這う虫のアヤカシに半泣きだったのはエルレーン(ib7455)だった。
「ひいぃぃ……な、何でこんな仕事受けちゃったんだろ、ひ! くるなぁ!」
 アヤカシと分かっていても気持ちが悪い。そんな彼女に迫る危機。
「貧乳娘もつぶれろおおおぉ!」
 背中を蹴倒された。倒れる先は……虫の山。
 ぐちゃ、べしょ。
 所詮は虫の死骸に瘴気が入り込んだ程度なので、非常に弱い。入れ物が圧死した瞬間、エルレーンの周囲は紫色の瘴気が土煙のように舞い上がり、大地に消えていった。
 エルレーンを蹴倒したのは、非モテ代表のラグナ・グラウシード(ib8459)である。
「あはははは! 無様だな! 平らな胸がよりまっ平らになりおった! ……あ、あれ」
 起き上がったエルレーンが「うわぁぁぁん」と盛大に泣き始めた。斬りかかってくると思っていたグラウシードが対応に困る。エルレーンの体は泥と虫まみれだ。鳴き声で周囲の万木たちが振り返る。
 刺すような視線の雨!
 このままでは男としての評判が危うい!
「す、すまなかった。やりすぎた、かな、怪我は……」
「よくも」
 地の底から響くような声がした。
「よくもよくもよくもおッ! 乙女になんてことすんのよぉぉぉぉ!」
 グラウシードの顔面を殴り飛ばし、さっきまでギャーギャー叫んでいた拳くらいの黒いアレ型アヤカシを引っつかむと、あろうことか彼の口に押し込んだ。
「おごおおおおおおおお!」
 体内に入らないよう、慌てて引き抜く。
 悲しいかな、彼のディープキスは美女ではなく虫アヤカシになった。
 尚、普通は死んでしまいますので、良識ある開拓者は、真似をしてはいけません。
 一歩間違えると食い殺されかねない光景を前に、ローゼリア(ib5674)は「頑張りますわねぇ」と呑気な声を投げた。その眼差しは冷たかった。


 一方、ジークリンデ(ib0258)もまた土嚢の山に遠い目をしていた。
 アレコレ悩みが脳裏を巡る。
 人間は、何故か願いや思い通りに動いてくれないものである。
 暫くして鷲獅鳥のクロムに乗り、上空から人気のない場所に、ボルケーノを叩き込む。地表から噴火するかのように炎が巻き上がり、汚染土壌とアヤカシを次々焼いていった。


 その頃、大技の実験場だと思い込んでいて、あくまでアヤカシ退治だと知らされたフィーナ・ウェンカー(ib0389)は、少し残念そうな素振りを見せつつ「いえ、結果は一緒ですよね」と意味深な呟きを漏らした。
「ようは敵を、皆殺しにすればいいのですから!」
 爽やかに微笑みながら魔導書「光輝の書」を取り出す。
 修練を重ね、覚えた大技。
 しかし威力や範囲の問題で、さっぱり使う機会に恵まれない。仲間たちが豪華になぎ払い、或いは焼き払うのを眺め、ジークリンデと同じく、優雅な足取りで残党処分に向かう。
「さぁ、楽しくぶっ殺して差し上げましょう。消し炭におなりなさい」 
 強烈な雷鳴がアヤカシを襲う。


 そして吹っ飛んでくる虫アヤカシを盾で防御していたのがフィン・ファルスト(ib0979)である。
 コンコン硬いものが当たる音がしては、瘴気が大地に落ちていく。
 こんな楽な討伐は他にない。
 しかし、それだけでは退屈だ。
「よっしゃ、鬼切の練習しよう! ロガエス、変なとこ弄っちゃダメだよ?」
「怪我人出るまで暇なんだからヒマつぶしが要るだろー」
 人妖のロガエスは礫を投げている。
 ものは考えようだ。ここまで小型ならば当てる練習になるに違いない。ファルストは騎士剣「グラム」を構え、意気揚々と盾の向こうに飛び出した。刹那。
 べち。サクッ。
 顔面になにか付いた。鼻が痛い。どうやら噛まれた。小さな口で噛まれたところで、すぐに治してもらえるから問題ない。そう思って片手でむしり取ってみると……
 艶々と輝く、手のひらサイズの……黒い、ゴキ●リ。
「みぎゃあああああああああああああ!」
「余波だけで危ねぇぇぇ!」
 うっかり掴んでしまった黒いアレに鬼切で潰すと、半狂乱になって騎士剣を振り回した。
 いかに場数を踏んだ開拓者でも、繊細な乙女心は理性を凌駕する。


 ところでアムルタート(ib6632)は台所にいそうな黒いアレっぽいアヤカシの軍勢を見ても、全く怯まなかった。多くの女性たちが避けて通った道を一瞥した刹那、アムルタートの足先が輝き、一蹴りで空に舞い上がるかのように跳躍する。
 向かう先は、ど真ん中だ。
 黄金に輝く鎖のムチを、ひゅんひゅんと音をたてて振り回す。
「ヒャッハーッ! 消毒だーッ! くらえ〜い!」
 ひゅわぁぁぁん、と鞭が旋風のように回転した瞬間、一部の標的は消滅したが、近くのアヤカシが軒並み吹っ飛ぶ。遠方のエルレーンたちが悲鳴をあげて逃げる中で、アムルタートは歌声でも聞こえてきそうな位、楽しそうだった。
 そして後方からファルストの叫び声が響いた。
「イヤァァァ飛んだァァァ!」
 低級アヤカシだって飛ぶ。常識として、それは分かる。
 しかし恐れおののき絶叫しているファルスト達にとっては、黒いアレそのまんま外見が生理的嫌悪感を呼ぶ。
 近づきたくない。
 よって野放しの黒いアレに似た拳ぐらいのアヤカシは、華麗に雄々しく大空へ羽ばたき、アムルタートの背中目掛けて羽ばたいたが、その柔らかい肉を食むことは叶わなかった。
「残念でした〜、ひゃっほーい! ハエたたき〜!」
 ハエではありません。アヤカシです。
 心おきなく鞭がふるえるこの戦場で、アムルタートは輝いていた。


 意気揚々と走り出す者がいれば、気だるそうにしていた者たちも腰を上げる。
「件の土壌汚染か。なんかわかるかね……よーし、好きなだけチョップしていいぞ」
 がしがしと頭を掻いていた緋那岐(ib5664)が、からくりの菊浬を振り返る。すると「あちょー!」と叫び声っぽいものを上げながら、木の実の山に向かっていった。
「菊浬ぱーんち! あひゃひゃひゃ!」
 その後ろ姿は、虫を潰して遊ぶ童そのもの。
「……あんな掛け声、教えてないぞ。何処で覚えてきたんだ……」
 知らぬ間に成長する子供を見守る親とは、もしかすると、こういう心境なのかもしれない。
 そんなことを考えつつ、緋那岐は放任主義の名のもとで自由行動……すなわち放置を決め込んだ!
 休憩所でおでんを受け取り、三十メートル程後方から様子を伺う。時々黒い壁を出現させて、菊浬が大技の巻き添えにならないよう気を配った。
「おぃ、邪魔すんなコラ」
 近くの開拓者の背中に張り付いたカマキリっぽいアヤカシを呪わしい声で引き裂く。
 そんな主人にも気づくことなく。
『あっひゃっひゃっひゃ!』
 菊浬は、ぽんぐしゃ、ぽんぐしゃ、と木の実を潰す作業に専念していた。
 瘴気は漏れ放題である。


 楽しげに暴れるアムルタートたちの様子を眺め、羅喉丸(ia0347)は冷静に現状を分析していた。
 大した知恵も力もないはずの下級アヤカシが有力な実行部隊となり、瘴気汚染により小さな村なら滅び、上手くいけば魔の森が広がる。
 ……羅喉丸の優れた観察力をもってしても有力な阻止方法は浮かばなかった。
「ここは一つ、有効じゃないと誤認させる為にも、全力で拳を振るおう」
 最も、別な意味で全力な人々で周囲は溢れかえっていた。
 ここは自分の仕事に徹するべきかもしれない。
 人妖の蓮華は濃い瘴気でお腹いっぱいだったが、やる気を漲らせる主人に声援を送る。
「日々の修練は何のためぞ。行くぞ、羅喉丸」
 羅喉丸は効率重視で、うぞうぞ這い出てきた牙もつミミズに旋棍を打ち込んだ。


 そして数々の派手な大技が取りこぼしたアヤカシ退治を引き受けていたのが刃兼(ib7876)たちだった。後方で弖志峰 直羽(ia1884)が神楽舞「衛」で応援をしている。物陰の小物探しは、猫又のキクイチにも猫心眼で手伝ってもらっていた。
「しかし、この数……キリも果てもなさそうだ、な」
「うん。生成姫も本当にえげつないテを使ってくるよなぁ……目立って力を誇示する訳ではない裏には、何か理由があるのかな、と思ったりもするけど……むぅ、それでも好きにさせる訳にはいかないよな! 俺も手伝うよ!」
 刃兼が「あぁ」と振り返ると、弖志峰は舞いをやめて扇を翳し、浄炎を放っていた。
 一瞬にして燃え上がる非力なアヤカシたち。
「す、直羽?」
「……うん? どーかした?」
 いつもの穏やかな微笑みが、逆に怖い。
 刃兼が「いや、その」と言葉に困っていたが、考えた末「その調子だ!」とイイ笑みを返して誤魔化した。ちょっと意外な一面を見た気がしたが、追求するのはやめておく。
 皆も暴走気味である事に今更気づいた刃兼だった。


 時がすぎれば空も次第に暗くなる。
「小雪、七輪の炭に発火で。皆のご飯作りましょ……夜明けまでならお腹空くし」
 くたびれている猫又の小雪を見た礼野 真夢紀(ia1144)は、まずは新米で栗ご飯を炊き始めた。蜂蜜と柚果汁を混ぜたお湯。皮をむいている小芋と人参と牛蒡は煮しめになる。
「もう少し色々作りたいけど、やっぱり土壌汚染の影響で葉物とか高かったわね、小雪」
 今は貰い物の処理に徹しようと、包丁を躍らせた。


 時は少しばかり巻き戻り。
「浮舟、『状況開始』」
「いえすまむであります!」
 からす(ia6525)の言葉に従い、もふらの浮舟は土壌に体当たりを始めた。虫はめしめし踏み潰す。
 そして主人はというと、離れの茶席で傍観していた。
 振り返っても主人はいない。
 しかしそれも全ては浮舟への愛情だ。
 もふらは弱くても頭は良い。つまり今回の仕事は助けを求めたり協力を仰ぐ訓練に適している、と。
 そんな訳で、からすは主に農家の対応を行っていた。街のあちこちから土を捨てに来る人々がいる。
 そして「お礼に」と渡された野菜の数々を礼野達のところへ持っていく。
「礼野殿、大根が十本ほど来たのだが」
「その大根はおでん風に煮ましょうか、骨付き肉もこっちに入れれば柔らかく煮えるでしょうし。薄く刻んで酢の物にしても美味しそうですが」
 全く動じない礼野が、腕ほどもある太い大根を冷水で洗って、皮むきを始めた。
 疲れて休憩にやって来る者にお茶を出し、桂剥きを手伝う。
 しばらく経って遠くから「疲れたであります〜」という声が聞こえてきたので、からすは焼き物を手に浮舟のもとへと戻った。
「ほれ、食事をもってきてやったぞ。状況終了にしていい」


 ところで開始早々に氷龍を放っていた御樹青嵐(ia1669)は討伐班ではなく救護班で、礼野のように、せっせと料理を作っていた。
「やはり鍋が嬉しい季節ですね。新米を使ったきりたんぽ鍋にいたしましょう。お餅なども良いかもしれません……私には、この方がストレス解消になるのかもしれませんね」
 派手な戦闘より、手の込んだ料理を作る時間が楽しい。
「当然ですが、好き嫌いは許しませんよ」                          
「だ、第三の目でもあるんですか?」                                  
 殊勝にも鍋当番をかって出た珠々(ia5322)は、鍋に混入された花形の人参を丁寧に取り除いていた。となりに犬はいない。
 忍犬の風巻は遠くで「あおーん」と吠えている。遠距離では普通の遠吠えに聞こえるが、実際は忍犬お得意の不快な高周波攻撃だ。なにしろ『ここは一発、ぶちかましてください、風巻ちゃん!』というご主人様の許可が出ているので、やかましいほど鳴いている。
「第三の目はともかく、人参嫌いのあなたのことです。やはり避けていましたか」
「うぐ……で、では……私の分だけ人参を抜いてください」
「いけませんよ、好き嫌いは。お残しもだめです」
 まるで『田舎のおかん』だ。
「に、人参が入ってたら……となりのお皿にぷれぜんとです!」
「ネギ入りの鍋で煮た人参を、忍犬にでも食べさせる気ですか? ダメですよ、全く」
 ネギ類を犬に与えてはいけません。
「……仕方ありません。こうなったら珠々さん、あなたの人参キライを叩き直して見せましょう。まずは前菜に千切り人参の甘酸っぱいマリネ、すりおろした人参の根菜スープ、人参とひき肉の炒め物に、赤ワインと人参ソースで鮮やかに飾った白身魚の焼き物もいいかもしれません。御飯は人参の絞り汁で色をつけた炒飯にして、さっぱりと。デザートは人参の……」
「いやあああああああああ!」
 恐怖の人参フルコースをやめてもらう為に、拝み倒す珠々がいた。


 瘴索結界で撃ち洩らしがないか調べてきた弖志峰が休憩所で見たものは、猫又のキクイチと羽九尾太夫を抱え込んで、暖をとっていた刃兼だった。珠々から鍋物を分けてもらい、食事を運ぶ。
「刃兼君お疲れさま。はい、あったかい食べ物もどうぞ」
「すまない。心頭滅却と言っても、寒いのはちと堪えてな……明日はもっと寒くなるかな」
 戦いの途中から『寒、い、ん、だ、よ!』と焔陰を叩きつけている刃兼の後ろ姿を見た弖志峰は『そっか、寒いの苦手なんだ、わー』と見守っていた。


 ところで。
 声が枯れてでも歌いきってみせる、と。
 アルーシュ・リトナ(ib0119)は喉の痛みを感じつつも『精霊の聖歌』で大地を浄化し続けた。
 一回三時間に渡る重労働なので、同じ吟遊詩人のエラト(ib5623)とは交代制だ。
 汚された土壌に響き渡る、澄んだ歌声。薄緑色に輝く燐光が舞い散る。
 この地が、息を吹き返しますように。
 恵み豊かな風が吹き渡りますように。
 祈りと願いを込めた浄化の聖歌。
 歌いながら、リトナは視界の片隅に入る桂杏や酒々井たちの暴れっぷりを眺めつつ、ちょっとばかり色んな意味で頑張っている仲間たちの心が休まるようにも祈った。
 歌が終わる頃には、周囲百メートルは綺麗な土に戻っている。
「ふぅ、まずまずでしょうか」
「お姉さま! お疲れさまですの! 素敵でしたわ」
 走り寄ってきたローゼリアから蜂蜜と生姜入りの温かいハーブティを受け取ると、リトナは後方のエラトに後を頼んだ。
「では、宜しくお願いします」
「ええ、交代します。次は私の番ですね」
 エラトはからくりの背中に座った。
 からくりの庚に、近くの農家から借りた背負子を装着させ、そこに腰掛けている。荒縄で二人を結びつけてあるので、滑り落ちる心配はない。
「では庚。私が歌っている間、皆さんの行動についていって下さい。あの丘より奥ですよ」
 重量や足場の問題で、からくりの動きは格段に鈍るが……特別素早さが必要な敵でもない。美しい旋律を奏でながら、さくさくと丘状態の汚染土壌を歩いていく。
「いってらっしゃいませ。お姉さまは三時間の休憩ですわね」
「ええ。ローゼリアさん、お茶の準備、ありがとうございました。それと護衛の方も」
 リトナは毛布に丸まってフィアールカに寄りかかる。ローゼリアと三時間の休憩を楽しむことに決めた。飴などの準備も抜かりない。礼野たちが作った軽食と、自分のお茶を盆にのせて、リトナの隣に座り込んだローゼリアが、茶色の耳をぴん、と立てた。
 実はローゼリア、リトナに近づく低級アヤカシを、片っ端から魔弾で打ち抜いていた。
「お、お姉さま気づいてましたの? 大したことではありませんわ。お姉さまの演奏を邪魔する不届き者は、万死に値しましてよ。人でもアヤカシでも容赦はしませんわ!」
 くすくすと笑い声がこぼれた。

 一方で演奏中のエラトはあちらこちらで『ひゃっはー!』している仲間たちを眺めて、後ほど安らぎの子守歌を歌うべきか真剣に悩んでいた。
 心の消毒が必要なのか、判断に困る。
 そしてエラトが戻ってくる頃には、ティア・ユスティース(ib0353)が火鉢の番をしていた。
「はいどうぞ。しょうが湯です、温まりますよ」
「ありがとうございます」
 ほっと一息。
 甲龍のフォルトが風よけになってくれている七輪には、琥珀色の生姜湯がこぽこぽと音を立てて甘い香りを放っていた。
 同じ吟遊詩人としてエラトたちの喉が限界に誓いことくらいはよくわかる。
 ユスティースは、いつか『精霊の聖歌』を習得したらリトナやエラトたちのように瘴気を浄化できるのだろうか、と己の未来に希望を抱きつつ『天鵞絨の逢引』で支援に徹した。
「数少ない歌い手の方々にしか出来ない大切なお勤め……無理せず、確実にこなす事を考えましょう。この分だと夜明けには間に合うかもしれません」


 そんな吟遊詩人たちの大変さを傍観していたのが鈴梅雛(ia0116)だ。
「詩人さんが、大変そうです」
 椀を手にした鈴梅雛は時々現れる怪我人、といっても手を噛まれたとか、膝をすりむいた程度で戦場で見るような重傷者は殆どおらず、かといって瘴気感染した人間は都に帰ってもらう他ない為、治療や瘴索結界で呼ばれるまでは礼野の料理をつまんだり、差し入れを受け取ったりしていた。
「煮込んだ大根が美味しいです」
 じきに雪がちらつく頃合だからか、昼間太陽の光が登っている間も、なかなかに寒くなってきた。
「長老さまも食べますか? 畑の汚染、何とかなりそうで良かったです」
 毎月近くの農家で働いている身としては、とても嬉しいことに違いない。


 エリアエル・サンドラ(ib9144)は木の実を割っては実験を繰り返していた。
「うぅむ、やはり木の実を割った直後は、濃い瘴気の回収ができるのぅ。やはりそれだけ汚れておるということじゃろうか。しかし瘴気回収をしても……大地に変化がないとは」
 残念そうに唸る。
 陰陽師の瘴気回収で瘴気の完全撤去や浄化ができるかというと、殆ど不毛な結果になる。
「やはり無理か。ふーふーふー、他の職、吟遊詩人にはできて、瘴気に精通する陰陽師が遅れを取るとは不愉快なのじゃ。必ずや我は術開発を成し遂げてやるのじゃぁぁぁ!」 
 目標は高く!
 叫ぶだけ叫んで、木の実割りに戻った。
「しかし、不思議よのぅ。実があれど、木がないとは。運ばれてきているのであろうか。魔の森にこのような植物がわんさか生えておるのか? 謎だらけじゃ。寮長たちが魔の森の授業を計画しておるというが……うぅむ」
 木の実の木があるならば調べたい。
「ついでに木の実から木が生えるのかも実験してみたいような……いやいやいかんいかん」
 ぶんぶん頭を振る。
 歪んだ知的好奇心が勝つか、社会的常識と理性が勝つか、微妙なところだ。


 同じく陰陽師の胡蝶(ia1199)は、ジライヤのゴエモンと向き合っていた。
「……お嬢、どういうつもりだ」
「みれば分かるでしょ」
 わざわざジライヤを召喚し、延々と練力を注ぎ込みながら会話中の胡蝶は、すっと両手を差し出した。その手に乗っているのは、濃い瘴気が閉じ込められた不気味な木の実である。
「良い? ゴエモン、貴方の身体は瘴気から構成されているわ。そしてこの木の実は瘴気が閉じ込められている。つまり体内で消化すれば、瘴気の密度が増して、生命力の増加や体力強化に繋がるはずよ!」
 だから食え、と。
 容赦なく差し出される不審な物質を、ジライヤは舌で……ぶん投げた。
「あ、こら、何すんの!」
 飛んでいった木の実をアムルタートが鞭で破壊する。
 そして胡蝶とジライヤの口論が勃発した。
「こっちのセリフだ! お嬢はオレをなんだと思ってるんだー!」
「え? ジライヤ?」
「そうじゃない! 消化できるかも分からん不気味なモンを食わそうとすな!」
「だから今試すんじゃないの! 偉大な発見には、何事も最初の一歩、最初の犠牲が肝心なのよ! 大体、不気味も何も、貴方だって瘴気の塊みたいなもんでしょーが!」
「犠牲!? 繊細にできてる芸術品のオレを、其の辺のアヤカシと一緒にすんな! その場でアヤカシを増産するような木の実なんだろ!? 万が一、オレが暴走したらどうする気だ!? まさか……お嬢はオレを廃棄処分にでもする気かー!? うぉぉぉお嬢ぉぉぉ!」
「こら! 離しなさいっ! そんな訳な……って舐め、いやぁー!」
 すがりつくゴエモンの舌に絡め取られた胡蝶がもがく。
 早く召還符に封じればいいのに。


 見慣れた長閑な風景の中で、働き続ける迅鷹の絶影……の飼い主こと蓮 蒼馬は、遠くから丘状態の汚染土壌に目を凝らしていた。次から次へと、ミミズっぽいアヤカシだとか、鼠っぽいアヤカシを風で切り裂く迅鷹の絶影はやる気を漲らせている。
「……そういえば、最近は見張りばっかりだったもんな。元々野生だもんな、悪かったな」
 多分、聞こえていないであろう謝罪を零しつつ、絶影が飽きるのを待った。
「おーい、思う存分やったかー? こっちも手伝ってくれ」
 絶影を呼び戻した蓮が、真紅の鱗が鮮やかな篭手に同化するよう指示すると、篭手は煌めく光に包まれた。最初はちまちま倒すことに専念した。
 そのうち飽きた。
 相棒は主人に似るのかもしれない。
「ここはひとつ、アレを試してみるか」
 使う機会がない大技を試したい欲求が体を満たす。
 拳くらいの黒いゴ●ブリなどより、もっと手応えがありそうな大物は、大物はどこだ、この際、少し大きければ妥協しよう。
 蓮の眼差しは、獲物を狩る獣の眼差しと化していた。
 そして見つけた獲物は……針山と化しているモグラ。
「かああああああああああああああああ!」
 体に満ちる力を感じる。大きく振った足をモグラっぽいアヤカシに打ち込んだ瞬間、青い閃光が龍のように走り、雷雲のような鳴き声を轟かせる。
 砕け散る、モグラっぽいアヤカシ。
 完全に能力の無駄遣いだったが、蓮はにやりと笑っていた。周囲に感化され始めていた。


「うがあぁぁぁぁぁぁ!」
 酒々井 統真、人語を忘れる。
 日頃発散できないストレスを、無尽蔵に湧く鼠や昆虫型アヤカシに炸裂させる。
 ひっさびさになんも考えずに暴れられる。始める前は、そう思った。害虫より少し強い程度だ。倒すなんて楽勝だろう、と。しかしいざ始めてみると、終わらない。どこまでも終わらない。まるで滝に向かって延々と拳や蹴りを続けているような気分になる。
 これは鍛錬の延長なのかもしれない。
 酒々井は1メートルほどの黒いアレを発見し、崩震脚を打ち込んだ。
「うらぁぁぁぁぁぁぁ!」
「はい、百匹め」
 ぱぽーん、と木桶を叩くからくりの桔梗が酒々井の倒したアヤカシの数を数えていく。
「まだ百匹なのか。いいぜ、やってやる。物陰も見逃さねぇ!」
 なんだか楽しくなってきた。
 後ろで桔梗が「はい。頑張って」と声援をなげていた。


 爆音や笑い声、奇声を響かせながら。
 汚染された土壌の処理と、発生する低級アヤカシを殲滅する作業は、大技の連発の甲斐もあってか、夜明けまでには片付いた。
 喉が枯れ果てた吟遊詩人たちはさておいて、時間を持て余した開拓者たちが何をしていたか……というと、白螺鈿の街の宿をとり、神楽の都に戻る日時まで、優雅な日々を過ごしたという。