開拓者たちの眠れない夜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/30 12:09



■オープニング本文

 奴らは、大事なものを盗んでいきました。
 我々の平常心です。


 開拓者に許されている特別な移動手段というものがある。
 それは精霊門。
 深夜0時にひらく奇跡の門だ。開拓者ギルドと各国を結んでいる精霊門は、一瞬で各地に移動することができる。しかしお偉い方々の許可がなければ使用が許可されることはない。
 精霊門をくぐれること。
 それすなわち一人前の開拓者と認められている事を意味する。

 しかしこの門には不便なことがあった。
 前述のように『深夜0時にしか開かない』という事である。

 その為、開拓者は出発までに仮眠をとったり、現地についてから短眠をとったり、またうっかり仕事に疲れて寝過ごし、集合に遅れる……なんて現象も往々にして発生する。
 いつも眠い。仕事を終えた開拓者たちにアンケートをとってみると、食べるか寝る、という返事が多いことに驚かされる。
 そしてこの日。
 ある仕事を受け取った開拓者たちは、大変な混乱の中にいた。

「……おい、なんだそこの変質者は」
「え、もふらでしょ」
「どこの世界に首から下が人型で、筋肉ムキムキのもふらさまがいるんだ! ここは関係者以外立ち入り禁止だ! でていきなさい!」
「無理に押すんじゃない! 頭の皮がはげちゃうだろう! 中の人がかわいそうだろう、よすんだ!」
「中の人なんていません!」
 代理作戦、失敗。
 きーきー騒いでいる開拓者たち。
 彼らは、焦っていた。とても寝ている暇なんてなかった。
 というのも自分たちの朋友が、総じて何処かに行ってしまった為である。
 朋友たちの中には、人並みに知恵の働く者も多く、時には開拓者のお使いを頼まれたりする為、勝手気ままに動く姿も見られる。朋友たちは開拓者たちにとって、なくてはならない頼もしい半身と言える。
 しかし固有の意思を持つということは、時として厄介な事態を招くこともあった。
 そう。

 ストライキだ。

「ご主人様ったら、全くお小遣いもくれないの!」
「いつも朝起こしてご飯をつくっても、ありがとうのひとつも言わないし!」
 主人の横暴に耐えかねた朋友たちは、ストライキを決行した。

 いつもならば自分たちの事など目もくれず、仕事優先で置いて行ってしまう所だが、今回の仕事では朋友たちの助けが、なくてはならない。
 連れて行けなければ、失敗が目に見える。
 そこを逆手にとって、主人を困らせてやろうという話で意気投合した。
 お互いの主人の愚痴をこぼしながら、持ち出した主人の財布で優雅な時間を過ごす。
 神楽の都は、夜も賑やかだ。ちょっと人の言葉が話せる仲間がいれば、好き勝手にできてしまう。
 一方、彼らの主人は、見え透いた身代わり作戦を諦め、逃亡した朋友たちを捕獲する為に夜の街へと繰り出した。
「いやああああ! 仕事! 仕事! 仕事が!」
「うおおおおお! 門が、門が閉じる! どこいったー!?」
 いなくなって味わう、この焦り。


 深夜0時の精霊門開放まで、あと一時間。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
喪越(ia1670
33歳・男・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂
レオ・バンディケッド(ib6751
17歳・男・騎
リオーレ・アズィーズ(ib7038
22歳・女・陰


■リプレイ本文

 薄暗い大通りの街角を、猫又二匹とミヅチ一頭、人妖三体に羽妖精二体、そしてからくり一体が軽快に曲がった。
 皆、同じ依頼を受けた開拓者を主人に持つ。
 そして主人という追跡者から逃げていた。
 猫又は「ミハイルだ、よろしく」と爽やかに挨拶し、月を仰いで「俺はアーニャの手下じゃない、ペットでもない……よって意に沿わない事に従う義理は無いさ!」と脱走を正当化していた。
 気位の高い猫又くれおぱとらは、最近のしょぼい食事にご立腹らしく、口には主人の財布を咥えていた。その怒りに満ちた表情からして、財布がカラになるまで豪遊する気満々である。
 先程から喧しいミヅチ藍玉の鳴き声は、常人には理解できない。だが朋友達は意図を察していた。
「ピィー! ピィ、ピィピィ!」
 を意訳すると。
『また僕を置いて行ったんだー! いいもん今度は僕が置いていくから!』
 となる。人妖の紫水は「うちもです! 何時もほったらかしの癖に、都合のいい時だけこき使おうなんて笑止千万です!」と同調した。
「もはや我慢の限界です! まずは食べ物で豪遊です! 腹が立つ時は食べ歩きが基本です! でも少しでも安いお店に入りたいですねー、お金は貴重です」
 紫水の細腕にも主人の財布がある。
 羽妖精のフォルドは「こっちも酷いんだぞ!」と叫び、延々と例を挙げる。例えば『アヤカシ退治がいい!』というフォルドの希望は全無視で、護衛依頼になった事などだ。
「気持ちわかりマス」
「ベルクート、わかってくれるのか!」
「勿論デス。リオも、ワタシの事を解っていません。ワタシは戦闘用野からくりだというノニ……書類整理ばかりで依頼に連れて行ってくれないのデス」
「同志よ!」
 朋友達は分かりあった。フォルドは拳を握る。
「こうなったら逃げきってやるぞ! まずは手始めに屋台だな! あ、お小遣いたっぷりあるから奢るぜ! バンバン食べても良いぞ! 騎士は懐も大きいんだぞ!」
「おごりー! 懐おっきい、素敵です!」
 奢る宣言に喜んだ羽妖精のルゥルゥは、仮装用に藍色の布を抱えていた。
 これで闇に紛れる準備は完璧だ。
「甘味たくさん食べたいです、女の子の主成分は砂糖菓子です!」
 興味本位でついてきた人妖のコトハは「フォルドくんが奢ってくれるっていうなら、一緒に屋台ツアーにいくよ!」と力強く拳を握った。
「ただで食べる御飯って美味しいんだよね〜」
 人妖の刻無は既に白い風呂敷を頭から被り、目や口の穴を開けていた。
 見事に誰か分からない。
「マスターがいない夜の街って、何だか新鮮だよ。朋友だけの集会があっても良いね」
 最近かまってもらえなかった刻無も逃亡劇に反対はしない。
「フォルドの奢りで皆で一緒にご飯、ご飯! あ、僕も少し出すよ」
 こうして朋友達のストライキ大作戦は決行された。


 一方、逃亡の察知に遅れた主人達は、不穏な気配に戸惑っていた。
 いない。
 何処を探しても、誰も見つからない。
 水月(ia2566)は「コトハちゃぁん」と可憐な声を響かせて半泣きで探し回った。
「コトハちゃん……どこいっちゃったの?」
 途方に暮れて肩を落とす。歌ったら戻ってきてくれるのでは、と淡い期待を抱いてみたが、仲間の朋友も一斉に消えた為、此処で歌っても望みは薄い。
 普段は涼しげなジャリード(ib6682)の表情にも焦りの色が伺える。
「ルゥルゥの奴……あいつ本当は、お菓子の妖精なのか? 俺を困らせて俺が食べてきたお菓子の敵討ちか?! 菓子を我慢させた事が、それほど非難されることなのか!?」
「落ち着けよ。皆、家出に心当たりはないか? 俺は……ある、な」
 レオ・バンディケッド(ib6751)は羽妖精フォルドが姿を消した事に驚いていなかった。
「全くフォルドの奴め……護衛任務だって立派な騎士の役目だってのに! あいつらが帰ったら、少し罰を与えないとな!」
「……時間までに無事に戻れば、ですけどね」
 魂の底から凹んでいる真亡・雫(ia0432)は覇気がない。
「どうしちゃったんだろう、刻無。今までこんな事なかったのに……もし攫われたりしたら」
 朋友達は高値で売買される。
 そこで嫌な想像が脳裏をよぎり「うあああああ、刻無――っ!」と叫んだ。
 リオーレ・アズィーズ(ib7038)まで挙動不審になった。
「誘拐!? ど、どうしましょう。うちのベルクートは不注意で不用意でクラッシャーな子ですから、周囲の方に迷惑かけていないか心配です」
 心配が逆だ。
 乃木亜(ia1245)は「……皆さんも苦労しているんですね」と呟く。
「家出の心当たり、私は留守番の件ですね。藍玉に機嫌を直してもらわないと。あの子ったら、まだ置き去りにした時の機嫌が直らないなんて……前はどうしても必要で石榴を連れていったのに。どうにか見つけて説得か、実力行使でしょうか」
 万木・朱璃(ia0029)が「困った子達です」と壁の時計を見上げる。
「うちも最近放りっぱなしでしたからねぇ……兎も角、早く連れ戻さないと仕事が!」
 精霊門の開放まで一時間もない。
 その時「お財布が見つからない」と蓮 神音(ib2662)が叫んだ。
 荷物に残った歯型に猫の毛。窃盗犯の痕跡だ。
「やっぱり神音のお財布がない。もー、くれおぱとら、お財布持って何処いったの〜? 最近太り気味だから理由をつけて食事制限してたの怒ったのかなー?」
 他に真亡達まで財布がないと判明した。
 蓮が唸る。
「お金を持っていったって事は、何か買うって事だよねー? くれおぱとらはご飯だろうけど……みんなは?」
「うちのルゥルゥも食い意地が張っているから屋台……かもしれないが、俺はルゥルゥにお金は持たせていないし……まてよ、例えば芸をして人様の注目を集めて、タダなお菓子を貰いに知らない人について行っ……うわあああ攫われるー!」
「落ち着きましょう。焦っても仕方ありません」
 万木はきらりと双眸を輝かせた。
「ここは一つ、食べ物で釣る作戦はどうでしょうか。私達の存在が知れたら、すぐ逃げるでしょうし、いっそ町民さん方にご協力頂いて、タダで食べ放題をやっているとか偽情報を流してみるというのは! 特にケチな紫水なら釣り針に食いつくはず!」
 アーニャ・ベルマン(ia5465)と真亡、蓮は皆の朋友の特徴や好み、注意事項を書き留めていく。
 何故か大半が食品に結びついた。
「食べ物好きが多いみたいですね。実はうちのミハイルさん、お酒が好きなんです。とくにマタタビ酒。もう夜遅くですし、屋台か飲み屋にでもいるんじゃないでしょうか」
「食べ物を好む子が多い様なので、食事処の周辺に的を絞って捜索しますか?」
「早く見つけて食べすぎを阻止しないとね! あの子の為だもん! 神音、糠秋刀魚を焼いて持っていこうかなぁ」
「よそ様の迷惑になる前に捕獲を!」
 ジャリードが手に汗握る。
「喋れない子も人語が喋れる子の傍にいるでしょうし、見つけやすい子から探しましょう。その前に」
 万木の視線の先で喪越(ia1670)が長椅子に寝ていた。
 ひどく魘されている。どうやら家に置いてきたからくりに家出される悪夢をみているらしい。
 彼はうっかり走龍を連れてきていた。今回の仕事では龍の保管場所がない為、ギルドに預かって貰っている。よって喪越には眠る余裕があった。
「喪越さん、喪越さん」
 ゆさゆさと万木が喪越を起こす。寝ぼけ眼で「あと5分〜」と宣う男を無理やり起こすと「私たち朋友を探しに行ってきますから留守番頼みますよ!」と叫んだ。
 かくして九名は夜の街に向かう。


 その頃、朋友たちは居酒屋に集っていた。
 夜の人外集団は異様に目立つが……余り変には思われていない。ベルクートがフード付きマントで変装しており、人同然の体格の為、肌を隠した後ろ姿は開拓者とかわりない為だ。
 最もそれは後ろ姿の話で、店員には不審に思われていた。
 幸いフォルドがこれみよがしに財布を持っていた為、追い出されなかった。
「ご主人様と待ち合わせかい?」
「ああ、気にしないでくれ。迷惑はかけないぞ!」
 給仕のおばさんは横に注文の団子を置いて戻っていく。
 フォルドはベルクートに向き直った。
「……それでな、ここ半年は鍛錬だけで何処にも連れてってくれないんだぜ?」
「オー、監禁セーカツという奴デスか。ワタシも、一人で外に出ると、大丈夫か何もなかったかと心配ばかりされるデス。初めて同行した仕事の時も小言ばかりだったデス」
「へぇ〜監禁かぁ。みんなのマスターって珍しい趣味だね」
 誤解が飛躍。
 人妖の刻無は、おでんの餅巾着を食べながら他の家の事情を興味津々で聞いている。
 猫又のミハイルは小皿に注がれた酒を楽しんでいた。
「この前、遊びに行く約束をしてたのに、アーニャが仕事を被せてきやがった! 嫌がらせだ! しかも俺が泳げないの知ってて海に潜る依頼受けるんだぜ!? あと俺の宝物を踏んづけやがった! 許せねぇ!」
 猫又のくれおぱとらは、子持ちシシャモを齧りながら喉を鳴らす。
「最近の妾の食事は粗末な物ばかりじゃ! そのくせ神音の奴は値の張る技術を買うたのじゃ! そんな金があるなら主たる妾にご馳走すべきじゃと思わんか!?」
 尻尾をぶんぶん回して怒る。
 羽妖精のルゥルゥは棒状の七色寒天を食べ続けていた。
「ご飯は確かに大事ですね! 私ならデザートです! デザートが無くてはご飯がしあげられません! 晩御飯はデザートでシメが世界の決まりです、できれば朝と昼にもほしいです! なのに甘いもの禁止とか、あんまりです! お菓子を毎日買ってくれると約束するまでは絶対に出て行かないのです! 店員さん、苺おかわりなのですー!」
 皿の量がひどい。奢りなので遠慮がなかった。
 人妖の紫水は「私だって一緒にお料理したりお出かけしたりしたいだけなんですー!」と叫びながら、酔っ払った年寄りのように主人への不満を零す。
「いつも私の事ほったらかしなんです! その癖こき使うし、ケチですし、胸あんまりないから男運なさすぎだし、妄想癖酷い上に嫉妬心だけ強すぎで、だから何時まで経っても彼氏が出来ないんですー!」
 もはや万木への不満ではなく単なる悪口だ。
「ピィー! ピィピィ! ピィーピィーピィー! ピピィ……ピィィ!」
 という藍玉の訴えを意訳すると。
『いつも一緒なのにこの前は石榴を連れて出掛けちゃった。少し前も勝手に一人で何処か行っちゃって、僕はこんなに好きなのに……乃木亜は僕のこと好きじゃないんだァァ』
 と喚いていた。
 人妖のコトハが、山盛りの白玉餡蜜を食べながら「よしよし」と撫でる。
「あ、誰かきたよ? 水月たちだ!」
 コトハがぴらぴら手を振る。先頭のバンディケットが網を振り回していた。
「見つけたぜ! さぁ! 大人しく捕まってくれよ!」
 開拓者達に見つかった。
 状況が一変した今、後は神に命運を託すのみ。
「やべ、見つかったぞ! おい店員、ここに食事の代金を置いとくからな。釣りはいらねぇぜ! さぁみんな逃げろぉぉぉ!」
 フォルドの声を合図に、皆が互いに幸運を祈った。
「ピィピィ!」(意訳『みんな頑張ってね!』)
「ふん、猫エージェントをなめるんじゃねぇぞ! 一泡吹かせてやろうぜ!」
「妾もゆくぞ! 何処までも徹底抗戦なのじゃ!」
 くれおぱとらは、凛々しく鳴き、魚と財布を咥えて走り出す。
 紫水は揚げ物の残り物を、紙袋に放りこんで抱えた。
「今回は私も怒っていますから、どこまでも逃げますよ! いきましょ、刻無さん!」
「わぁ、マスター達の顔がこわいや。ひとまず逃げよっか、皆ぐっどらっく」
「ルゥルゥも頑張って逃げるのです!」
「ふふっ、このベルクートをこの程度で捕まえられるとは思わないほうが良いのデス」
「あ、今度は鬼ごっこなんだね! ボクも負けてられないんだよ」
 何か勘違いしたコトハも食べていないお菓子を掴み、ぴゅーんと飛ぶ。
 蜘蛛の子散らすように四方八方へ逃げていく。

 そんな光景を前に、万木達も負けてはいられない。
「あぁ! 紫水! 絶対に逃がしませんよぉぉぉぉ!」
「なんだあの皿の数は! 寒天の皿はルゥルゥか!?」
「ミハイルさぁん」
「刻無〜! なんで逃げるの〜!?」
「うわーん、くれおぱとらが太っちゃうぅぅぅ!」
「周囲のみなさぁぁぁん! 今逃げてる私達の相棒を捕まえてください!」
 叫ぶバンディケッドの後ろで、ぱたぱた走る水月は、屋台から漂う美味しそうな匂いに惹かれつつ、ぐっとこらえる。乃木亜は捕獲に練力を行使して力技に訴えるか悩んでいた。
 ここで全力を尽くすと仕事に差し障りが出る。
 アズィーズは走るのを諦め「私は待ち伏せます!」と言って酒場に向かった。
 一人戦線離脱。
「えええ! アズィーズさん!?」
「一部変装をしているようだし、ここはひとつ手分けをしよう」
 こうして八人も散った。


 酒屋で待ち伏せを決め込んだアズィーズに興味を示したのが、人妖の刻無だった。そっと近づいて「ベルクートを探さないの?」と顔を覗き込んだところで捕まる。
「ふっふっふ、逃しませんよ〜、全員で捕まえると話を……あれ、逃げませんね?」
「別に。捕まったのは残念だけど、特に抵抗はしないよ」
 面白がっていただけの刻無は肩を竦めた。

 走っていた蓮が発見したのはミヅチの藍玉だった。
 自分の猫又ではなくとも、逃がしはしない。なぜなら全員捕獲できないと意味がない。
 恐るべき瞬脚で追い上げる。
「逃〜が〜さ〜な〜い〜か〜らぁぁぁ!」
「ピィィ!?」
 荒鷹陣で威嚇する蓮を見て震えあがった藍玉は、堀へ逃げようとしたが捕まった。捕まってもなお、助けを求めるように鳴き叫んでいた。

 虫捕り網を振り回すバンディケッドは、羽妖精は羽妖精でも、木の陰に隠れていたルゥルゥに向かって網を振り回していた。
「にーがーすーかぁぁぁ!」
「私は虫じゃないのです! 女の子は丁寧に扱うべきなんですー!」

 猫又のくれおぱとらにすねこすりで転ばされて逃げられた真亡は、蹲って落ち込んでいた。それを小鳥に姿を変えて見ていたコトハが不思議そうに眺める。
「水月と一緒にいた人だよね。おなかでも痛いの? 神風恩寵しようか?」
 ほんわりにこにこ話しかけてくるので、真亡は唖然とした。
「コトハちゃん!?」
「なに?」
「い、一緒に戻りませんか? 水月さんも心配して泣いてましたし」
「水月……泣いてたの? じゃあ戻る」
 素直に降りてきたので、再び目が点になる真亡は恐る恐る「帰るのイヤじゃないの?」と尋ねると、コトハは「全然だよ〜水月、大好きっ」と機嫌がよかった。
 じゃあなんで逃げたんだろう、と真亡は思ったが……逃げられると困るので黙っていた。

 一方、水月は偶然発見した猫又のミハイルを追いかけていた。暗くて狭い場所も、水月にはなんとか追える。しかし弄ばれるように逃げられ続けて、水月の胸中は寂しさでいっぱいになった。
「まってぇ、逃げちゃやなの〜、あ!」
 ぽて、と倒れた。お膝が痛い。
 その様子をあざ笑うように、戻ってきたミハイルは一定の距離から「はん、俺の敵じゃねぇな!」と優越感に満ちた捨て台詞を吐いた。
「あばよ、アーニャによく反省するように言って……あれ?」
 今までべそをかいていた水月がいない。消えた。
「ふん、俺の速さに恐れをなして逃げ」
「つかまえた! もういっちゃやなの〜!」
 いつの間にか水月がミハイルを捉え、自分の猫のように撫で撫でする。
 水月はナハトミラージュとビーマイシャを存分に活用していた。最初は抵抗しようとしたミハイルも巧みな指使いに骨抜きにされていた。……仕事の前に、水月の練力が尽きるかもしれない。

 ところで真亡から逃げきった猫又のくれおぱとらは、乃木亜に発見されていた。
「やっと見つけた……さ、一緒に帰りましょう。神音さんも心配していますよー?」
「嫌じゃ! あの貧相な食事が変わるまで、妾は譲らぬ!」
「では私が口添えをするのは如何でしょうか」
「なぬ、口添えとな」
「そうです。同じ仕事になる事も多いですし、私からもお願いしてみます」
 猫又は悩んだ。一匹で文句を言うよりも、主人と同じ開拓者の口添えは強力だ。ここは乃木亜を味方につけて、要求を通したほうが賢い道だ。
「……妾に味方するな? 仕事の後に好きなものが食べられるよう、いってくれるな?」
「もちろんです」
 ここで袖の下作戦による取引が成立した。

 ベルマンは走り続けるベルクートを、息を切らして追いかける。
 持久力は生身でないからくりの方が勝る。
「ワタシはそう、魔王を倒すまでは捕まるわけにはいかないのデス」
「魔王って何!? 待って!」
 逃げられてしまう。
 そこでベルマンは別の戦法に出た。
「アズィーズさんは、とても心配してるんです! お願いですから一緒に戻って! 今回の仕事にはなくてはならない存在なんです! 主人に切に必要とされている今、背を向けるんですか!?」
 からくりの自尊心を擽ってみる。立ち止まった段階で勝敗は決まった。

 ところでジャリードは人妖の紫水を発見して、捕まえたが……紫水は、べちべちとジャリードの顔を叩いたり、大声を張り上げる。
「あんな無慈悲な鳩胸の所に私は帰らないのですー! いやー、人さらふごっ!」
「……万木が泣くぞ」
 口を塞げば噛み付かれ、それでも耐える凛々しい男がいた。

 羽妖精のフォルドは延々と街中を飛び続けていたが、疲れてきた所を待ち伏せしていた万木に襲撃されて、容赦なく捕まった。


 戻ってきても尚、ベルマンはミハイルと口論を繰り広げていた。
「約束があったミハイルさんには悪かったとは思いましたけど〜、百戦錬磨の猫又じゃないとこなせない事があるから仕事に連れて行く訳で、第一、誰かさんにはいつだって会えるからいいじゃないですか」
「大体俺の眼鏡を踏んだ恨みは消えないぞ!」
 隣ではフォルドはバンディケッドに叱られている。相当堪えたのか、ろくに視線も合わせず「ごめんだぞ……もうこんな事は絶対しないぞ」と誓いつつ震えていた。だが物陰で「多分」と言い添えた。喉元過ぎれば熱さを忘れる性格なのかもしれない。
 万木は膝を折って人妖を崇め、うるうると情に訴える。
「私には紫水が必要なんです……お願いです、戻ってきてください。一緒に仕事しましょ?」
「な、涙で誤魔化そうとしても無駄です! そんな事されたって私の寂しさはなくなりませんからー! 毎回一人でお留守番する位なら出てってやるのですー! は!」
 いつのまにか、ぴぃん、と紫水の足に縄があった。
「逃しませんよぉ、今度こそ逃しません。お仕事をしないと、明日からの夕飯が大根の漬物のみになってしまうんです!」
「卑怯ですー! 次こそ出てってやるですー!」
 万木と紫水の騒ぎを遠巻きに眺める真亡は「元気だなぁ」と呟く。真亡の頬を刻無がつついた。
「ねぇ……マスターは僕のこと、心配してくれたの?」
「刻無は大切なパートナーなんだから。いっぱい心配したよ!」
 返事に満足そうな顔で「そっか」と答えると肩の定位置に戻った。
 水月はコトハを抱きしめて「寂しかったの〜心配したの〜」と頬をすり寄せている。
 蓮は『仕事が終わったら好きな食べ物をご馳走する』と猫又に約束していた。まずは手始めに、居酒屋で購入した秋刀魚の押し寿司を与えた。
 ジャリードはルゥルゥ希望の品を延々と書き留めている。
「あとカワイイお洋服を沢山買ってください! 着たきり雀はいやなのです!」
 要求が上乗せされていた。
 仕事の後、きっとジャリードの懐は空だ。
 アズィーズはベルクートの主張を延々と聞かされている。
 藍玉は乃木亜に泣きついている。蓮がよほど怖かったらしい。
 なんにせよ間に合った。
 仮眠を終えた喪越が、欠伸一つして立ち上がる。
「おーい、門がひらくぜ」

 精霊門前に集う、大勢の開拓者。
 今宵も彼らはアヤカシ退治の旅に出る。