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■オープニング本文 秋風薫る斑雲の空の下で。 本日も開拓者が、一件の(面倒極まりない)仕事を紹介されていた。 「五行の東に、急いで欲しい仕事、あるです」 受付曰く、その名もない村は魔の森の傍に隣接し、日が暮れる時刻になると森の方向から棍棒を持った鬼系アヤカシが現れるそうだ。倒しても倒しても湧いて出る脅威は、流石は魔の森といえよう。村は定期的な驚異にさらされ、昔から開拓者の派遣を頼んでくるらしい。 今回も、3匹の豚鬼出現による、退治要請だった。 至って平凡な退治依頼だ。 ひとつ特筆するべき事があるとすれば『派遣した開拓者がいつのまにか連絡がとれなくなり、神楽の都に帰ってこなくなる』ということ。 「あの、前任の開拓者の方は?」 「なんか持病で死んだです」 「は?」 「昔から何人も開拓者を送り込んで対応してるです。でもなぜか皆、短命です。数代前の前任者の調査記録あるです。目を通してくださいなー」 古ぼけた冊子を手に取り、表紙を捲る。 『○月×日。今日から私も開拓者だ。 まだ新米とはいえ、アヤカシの脅威に怯える村のためにできることはあるはず。 役に立ちたい。 村への挨拶も済ませた。 様々な苦労をしたが、ギルドでコツを聞いていたおかげで、うまく信用を勝ち取れたように思う。 ついでに村娘と良い関係を築いていけたら良いのだが』 『○月×日。何日か通いつめ、だいぶアヤカシを掃除できたようだ。 早くも沢山の退治をこなす機会に恵まれた。 話に聞いていたが、これほど多いとは……。 開拓者という職務がいかに重要なものなのか感じられる。 なぜ魔の森がここまで拡大されているのか理解できない。敵は多い。 仲間がいればよかったのだが……。かわりにギルドへ増援を要請しておく』 『○月×日。今日は宴を設けてもらった。 村を救ったことで、救世主のように褒め称えられ、尊敬された。 素晴らしい歓迎の舞。 秘蔵の地酒、霜降りの肉、旬の秋刀魚、山菜の珍味。 至上のごちそうを前に、実に満ち足りた時間を過ごすことができた。 それにしても……増援がこない』 『○月×日。顔を合わせるたびに熱狂的な歓迎を受ける。 これではアヤカシ退治が進まない、というのは贅沢な苦悩だろうか。 私は旅の開拓者だから、過度の干渉はさけるべきだ。 しかし近隣の魔の森の繁栄具合は目を見張るものがある。しかるべき処置を施したい。 そういえば村長が『増援を断る手紙を出した』と言ってきた。 あなたの神がかり的な腕を信じている、という。 悪い気はしないが……少し買いかぶり過ぎではないだろうか』 『○月×日。愛されている自分を感じる。 村の彼らが出してくれる豪華な料理に舌鼓を打つばかり。 酒も各種様々なものが出される。毎日が利き酒だ。 それ以外に何が必要だというのだろう? 辛く苦しい戦いの日々より、この善意溢れる素晴らしい人々との交流は大切だと実感する。 アヤカシ退治よりも、村の歓迎会に出席する時間が長くなってきたように感じる』 『○月×日。今日はとくに豪華だった! 溺れるような料理は、どれも私の故郷の食文化を再現した料理ばかりだ。 しかし余りにも料理が多過ぎる。 村人はすべての食材を私のために振舞う。 救世主さま……つまり私に捧げているらしい。 命の恩人だから当然という価値観は、この土地特有のものだろうか』 『○月×日。ああ、鮮度抜群のご馳走が今日も。 少しでも残そうものなら、村人の悲しそうな表情を目の当たりにする。 彼らを悲しませるためにここへ来たのではない。 人の好意を無下にしてはならない。 アヤカシ退治に行く前に、この料理と酒だけは平らげてしまわなければ! しかし最近、体がうまく動かない。 少しばかり食べ過ぎたせいだろうか?』 『○月×日。食べきれないなら、時間をかけて食べればいいのだ』 『○月×日。今日もヤキニクにつぐヤキニク。酒に次ぐ酒。 ヤキニク、酒、ヤキニク、酒、ヤキニク、酒……』 『○月×日。ニク……酒……』 そこで一旦、開拓者たちは記録から目を離して、受付の顔をみた。 受付が「意味分かるです?」と首をかしげている。 これは前任者の行く末に、なんとなく同一の想像を抱かざるをえない。 善意が狂気に変貌する事例の片鱗を見た気がする。 ふと思いついた一人が提案した。 「……女性の開拓者を派遣してみては? これなら」 「村一番のおにーさんが接待についてます。似た日記になってました」 なんということだ。敵に隙はないらしい。 羨ましい。 否、なんと恐ろしいのだろう! 羨望や嫉妬が渦巻く心。悩める開拓者たちに、受付は淡々と「このままだと危ないです。村が滅びます」と告げた。しかしそこで少しだけ理性が警鐘を鳴らす。 受付の言葉は果たして。 無尽蔵に沸くアヤカシに村が襲撃されたら危険という意味なのか? それとも。 記録から切々と感じる、無害に見えるが有害な存在による危機感か? 判断が難しい。 「村危険です。鬼退治にいくです、村守るです」 とりあえず我々に拒否権はない。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
からす(ia6525)
13歳・女・弓
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
日ノ宮 雪斗(ib8085)
24歳・女・志
大江 伊吹(ib9779)
27歳・女・武 |
■リプレイ本文 空は何処までも青く澄んでいる。 リィムナ・ピサレット(ib5201)は炎龍のチェンタウロに「楽しみだね、お兄ちゃん」と話しかけた。 戦慄なんて感じない。むしろ楽しみで仕方ない。 問題解決の方法は……追々考える。 逆に村雨 紫狼(ia9073)の顔色は白い。 「普通の村で無尽蔵に飽食、しかも故郷の味まで再現なんてヘンだろ絶対! 人間を太らせて食うアヤカシの罠かも!? ……お、俺は退治こなしつつ、村の真相を暴く! だが無理なら逃げるぜ!」 さりげなく逃亡予告が入った。 からす(ia6525)は「まぁ確かに変だな」と一応頷いておく。 「村人は人間だろうか? ヒトではない村も無きにしも非ずとは思う」 村から少し離れた場所で一行は様子を伺った。 その際からすは人妖の琴音に『人魂で栗鼠に変化し、こっそり先行潜入しておけ。上手く動けよ』と指示を出した。誰も連れてきていない風を装うようだ。 残された記録から怪しい空気を感じ取りつつも、目の前に用意されるというご馳走や酒の数々が楽しみで仕方がない大江 伊吹(ib9779)は、呑気に歌を歌っていた。 「この依頼〜は歓待〜で酒が飲めるぞ〜っと。まぁ『ギルドに帰るまでが依頼』って心構えでいれば、いいんじゃない?」 黎乃壬弥(ia3249)が「だなぁ」とボリボリ頭を掻く。 「ま、酒と飯は皆の分まで食っとくから、問題解決の方はひとつよろしく頼むぜ」 依頼は仲間に丸投げした。 大江が顔を見上げる。 「余裕ねー? 胃袋に自信アリ?」 「おいおい食が細く見えるとでも? タダで旨い酒に旨い飯が食えて、ねーちゃんまでついてる仕事とくりゃあ、やる気がでるってもんだろ」 頼もしく輝く黎乃の横顔。 しかし彼のやる気は仕事以外の物事に傾いていた。 喪越(ia1670)もまた『三食昼寝に美女付き』という通常ではありえない待遇の依頼に飛びついた男である。理想の美女を追い求める彼の姿を、一歩後方から見守っているからくりの綾音は、浮き足立つ主人の代わりに手元の依頼書を分析していた。 「しかし不穏な気配しかしませんね。そもそも、贅沢な接待をする余裕がどこから湧いているのか。……ですが、主の身の回りのお世話は私の使命。たとえ主に命じられようとも譲るつもりはありません!!」 その健気な台詞に主人が立ち止まった。 「綾音……」 じぃんと胸に染み渡る感動。 「――などと私が言うと思われましたか? 私の業務は個人的な趣味です。主が他の女性と宜しく哀愁されたいのでしたら、ご自由にどうぞ。主は全く当てにできない以上、村人は私が警戒しておくと致しましょう」 使えない烙印を押されて喚く喪越を、黎乃が呼んだ。 「おい、そこ。漫才もその辺にしておけよ。きなすったぜ」 まるで敵襲のようなささやき。 しかし相手は豚鬼ではない。 噂の村人である。 「やや! ようこそ開拓者さま! お待ち申し上げておりました!」 「……え、えぇ……」 アレーナ・オレアリス(ib0405)は住民たちの特徴的なかぶりものを凝視して不気味な威圧感を感じていたが、気を取り直して礼儀正しく微笑みかけた。 「まだ事情がよくは分かりませんけれど……豚鬼が村を困らせているとのこと。私たちがさっさと退治して、村に平和を取り戻して見せましょう」 「おお! 流石は救世主さま!」 早速オレアリスが崇められていた。危険な匂いがする。 「そうと決まれば、救世主さま方には力をつけていただかねば!」 「急ぎ、膳の支度を!」 まずは仕事を始める前に活力を! と差し出されたお膳を前に、エルレーン(ib7455)は引きつった微笑みを浮かべながら『急いで……これなの!?』と村の歓待に早くも戦慄を覚え始めていた。 「どういたしました。食が進みませぬか?」 「……た、戦いの前には、しんけいをとがらせなきゃいけないから。それに、いつだって戦えるようにしとかないと! そう! もふもふにも活力をつけさせなきゃ!」 自分のお膳を持って離脱しようとしたが、もふら含める朋友たちには既に倍以上のご馳走が用意されている。 呆然と立ち尽くすエルレーン。 ジャリード(ib6682)は「なんと恐ろしい」と呟きながら、羽妖精のルゥルゥを撫でた。 「このような暮らしが常態になれば、砂漠に帰れなくなる……よな」 過酷な環境で生き残れない体にされてしまう! そんな危機感が脳裏をよぎった。 一行は、まず軽食(?)を食べるとアヤカシ退治に出かけていった。 オレアリスは望遠鏡、からすは鏡弦、エルレーンは心眼で、豚鬼の様子を探る。 すぐに発見できた。 三体の豚鬼は人々が恐る強面でぎょろりと周囲を見回し、のしのしと存在感を訴えながら村に向かって進行を開始した。 逃がさない為に、包囲して殲滅を提案するオレアリスの隣で、村雨が「ごー! ごー!」とか叫びながら、武器を振り回して正面から走っていく。 黎乃が喪越達を振り返った。 「いっちまったぜ、オィ」 オレアリスが「わたくし目眩が」と呟いていたが、からすが肩を竦めた。 「こうなれば仕方がない。私とピサレット殿が足止めしよう」 「おっけー! お兄ちゃん、飛んで〜!」 からすが豚鬼の足を狙って援護射撃を行い、ピサレットがアイヴィーバインドを唱える。 村雨が二発喰らわせると豚鬼が一体消滅した。 「右は私が!」 「もおっ! しょうじき、あなたたちがいるからっ、哀しみが終わらないのッ!」 さらに追いついたオレアリスの聖堂騎士剣の一撃で豚鬼を屠り、エルレーンの紅焔桜による二発で三体目の豚鬼が滅んだ。 豚鬼討伐、終了。 「……十秒とかからずに終わったな。帰ってねるかぁ」 黎乃があくびをかみ殺す。 「すっぱり倒せましたが……もの足りないですわね」 先日強敵と戦ったばかりのオレアリスがしょんぼり呟き、大江が酒を片手に首を鳴らす。 「宴会前の前座としては少々……というか寂しいにも程があるわね」 豚鬼というのは屈強なアヤカシとして知られている。 駆け出しの開拓者にとって、隙あらば命を失いかねない畏怖の対象とも噂される。 しかしそれも『普通なら』の話だ。 幾つもの戦場をくぐり抜けてきた熟練の彼らにとっては、ひとりでも三十秒……いや、十秒とかからずに屠ることが可能な者すらいる。 こうなると豚鬼数体など驚異ではない。 単なる玩具だ。 からすが何かひらめいた。 「よし、こうしよう。体も鈍っていることだし、依頼書では『3匹の豚鬼』と聞いたが、本当に3匹なのか調べる……というのは如何かな。魔の森も近いことだし、他にも何匹か当たるだろう」 敵がいなけりゃ、敵を探す。 その好戦的な提案に、ジャリードも頷いた。 「他にもいるかもしれないしな」 「え、……マジでやるの?」 寝る気満々だった黎乃が聞き返す。 依頼は終了した。これ以上はただのただ働きだ。 しかし全く働く必要のない戦力が半数以上に上るという有様なので、遠路遥々やってきた開拓者達は何かをしないと帰れないような錯覚に見舞われた。大江が、ぴょん、と溝を飛び越えて歩き出す。 「さあ、少しは汗をかいた方がお酒も美味しいものね。私は暴れさせてもらうわ」 いってきまーす、と気楽な声につられて、喪越たちも後ろに続く。 「だなぁ。焼肉の前には程好い運動で腹を空かさねぇとな。アヤカシ退治にレッツラゴ〜!」 そんな仲間たちの後ろ姿を眺める黎乃は『全く戦わずに村人の命を助けなかったらどうなんのかねぇ?』という恐るべき発想を抱きつつも、食後の運動に出かけた。 従って九名の開拓者による一方的な殲滅作戦が開始された。 しかし彼らの戦いは、今まさに始まったばかりだったのだ! 開拓者達は、豚鬼討伐後も村に留まった。そして恐るべき日々を送ることになる。 後にギルドに提出された手記には、日々の変化が克明に記されていた。 『○月×日。記録者:リィムナ・ピサレット。 今日は村を襲う豚鬼退治の日! お兄ちゃんと連携プレーで倒したよ。 何人か物足りなくて、手当たり次第にアヤカシ退治してた。 村に帰ったら大歓迎されたなぁ。 悪戯できて楽しかったし、限界まで飲み食いしちゃった。 子供って楽だよね! 大人は色々大変そうだったなぁ……お行儀とか礼儀とか』 『○月×日。記録者:ジャリード。 気持ちのいい朝だ。しかし眠い。 明け方まで厨房を見張っていた所為だ。昨夜は夜遅くまで宴会が続いていた。 確かに素晴らしい料理の数々で、思わず手を伸ばしたくなったが…… これが連日続いたら、と思うと背筋が寒い。 なんとか好物がもれないよう沈黙を保ちたいが…… 昨日からルゥルゥ(羽妖精)が延々何かを食べているので心配だ」 『○月×日。記録者:からす。 昨夜も凄かったが、よく毎食これほどの料理が用意できるものだ。 私は少食なので食事については少量だ。 村人の反応にも慣れてきた。 そういえば、からくりの綾音殿から『主は役に立ちません』とカクカクシカジカ説明を受けた。 曰くパッツンパッツンの金髪美女の手とり足とり腰とり接待でなければダメらしい。 喪越殿は昼食を取った後、村の女性を物色していた。 仕方がないので調査は勝手にすすめることにした』 『○月×日。記録者:大江伊吹。 来る酒は拒まず、でも来る者にも拒ませず。 ……これがあたしのモットーってね! 昨日も今日もすごい料理。勿論断ったりしないわ。 流石に胃袋が少しきついけど、あたしは料理より酒だから。 ぼっちで呑む酒が嫌だといったら男が三人傍についたわ。悪かないけど……変な感じね』 『○月×日。記録者:アレーナ・オレアリス。 まだ二日目……胃もたれがひどいのですわ。 過剰な歓待に礼儀正しく接し続けるというのも、なかなかに難儀なものですわね。 心なしか肌もテカってきたような…… ゆ、由々しき事態です! 今夜は食後に見回りと称して、胴のひねりを聞かせた走り込みや素振りを夜明けまでやろうと思います。 余計なお肉を落とすにはコレしか方法がありません。 ただ肥えて無様な姿は絶対に晒しませんわ! しかし気分が悪いので、少し横になろうと思います。 胃袋が重くって…… 明日から運動しますわ』 『○月×日。記録者:エルレーン。 私、夢でもみてるのかな。 食事の時間になるとハンサムなおにーさんが料理を運んできて、苦手な食材があるとすぐに取り替えてくれて、もう食べれなーい、って言うと、あーんって食べさせてくれるの。 食べきれなくて『はぅ……ご、ごめんね』と涙目攻撃をして見逃してもらったり…… 人間ダメになりそう』 『○月×日。記録者:黎乃壬弥。 据え膳食わぬはなんとやら。 俺は思うがまま歓待されてみたが…… 適齢期の娘から未婚の若者といった連中は、体重や外見の変化に怯えているみたいだな。 それにしてもセ■■ラしても逃げもしないとなると、なんつーかこう、やりがいがないな。 きゃー、ってのがいいんだが…… 言ったら叩かれるから言わないがな?」 『○月×日。記録者:村雨紫狼。 もう三日か。はえーな。俺の食事はアイリスが管理していたぜ。 塩分とりすぎは体に毒なんだよ、もう年なんだしってオィ。 ダルいぞ体、ダルいぞ体、そんなに若くない〜〜。 食料庫にはアヤカシ対策と銘打って、アイリスに監視を命じたぜ。しゃれんなんねーからな。 けどアイリスの姿がなくなると村の連中がおつまみを持ってくる。 ちっと食べたってバレないよな?』 『○月×日。記録者:綾音。 主が使えませんので私が代筆です。 最近皆様の目つきが徐々に澱んできたように感じます。 食べ過ぎで布団に粗相をなさったピサレット殿は、炎龍に噛まれておりました。 なかにはお国柄の習慣を理由に、食事を拒否なさるジャリード様のような方も現れ始めています。 それにしても主の厳しい査定に落ちた村の娘たちが…… なんと申しますか。 日に日に露出度をあげて主を追いかけているのですが……あれはなんなのでしょうか』 『○月×日。記録者:エルレーン。 絶対おかしい。絶対おかしい。絶対おかしい。 村人って本当に村人なの? 中に豚鬼が混ざってるんじゃないの? 私たちをぷくぷく太らせて食べるつもりかもっ……!! って話をしたら、一時間後に村雨さんが村から消えたわ。 ギルドに報告義務があるからーって。 どちらにせよ、このまま残ったら私、体型が維持できなくなっちゃう。 無理! 絶対無理! 私は自分の体を犠牲にしてまで、村に残れないわ! ……む、胸だけおっきくなるんだったら、いくらでもごはん食べるのに。 さよならハンサムな男性たち!』 『○月×日。記録者:黎乃壬弥。 昨夜から朝にかけて脱落者が多いな。 例えば金髪美女不在に打ちひしがれていた喪越が、何か悟りを開いていた。 虐げられないと萌えないらしい。 からくりの綾音が『ど変態でございますね』と主人をなじって都へ連れ帰った。 開拓者が一人いなくなるたびに……ほら、まただ。 村人が雨乞いのような怪しい儀式をしてるのが気になるが…… そういや、たまつーに『村人は飯や酒をどうやって調達してるのか』を調べさせた。 が、普通に買ってるらしい。 いくらなんでも、財が続くと思えんのだが……謎だ』 『○月×日。記録者:アレーナ・オレアリス。 ……もう、 ……もう限界ですわ! 昨夜も眠る暇がありませんでした。 運動消費量と食べる量が比例いたしません! その証拠に脇腹のお肉が、つま、つま、つまめ…………』 『○月×日。記録者:リィムナ・ピサレット。 毎晩かみしも走ってた騎士のお姉さんが、お腹を隠すような服に着替えてた。 お肌とか二の腕とかむちむちしてたの。 絶対、太ったに違いないよ! 『私だけ良い思いをしてしまうのは気が退けますので、村の救世主として優待される権利を譲渡しようかと思います。残念ながら同じ人に再譲渡することはできませんでしてよ』 って優雅に微笑んでから、姿がみえないんだけど。 ……これって完全に逃げたよね。 って書きつつ、私もこれからトンズラするけども。 ギルドに戻ったら、料理はいりません、って言える開拓者を派遣するように進言しなきゃね。 お兄ちゃん? あぎゃー!』 『○月×日。記録者:大江伊吹。 毎朝目を覚ますと、仲間が一人ずつ消えていく。 って、かなり怖いわね。 今夜も豪華だったけど……人が減った分、料理が集約されてる気がするの。 こんなに食べられないわよ。 いい感じに周囲に酔いが回ってきた辺りで『救世主さまに捧げる価値観』について話を聞いてみたり、これまでに来た開拓者について話を振ってみたりしたわ。 どうやら残留者は手厚く葬って、その偉業を称える祠を建立したらしいけど…… ……そんなのあったかしら?』 『○月×日。記録者:からす。 今日は琴音(人妖)が村の片隅に、英雄の石碑を見つけた。 ここで戦死した開拓者らしい。 手を合わせておいたが、近くに物置小屋があった。 中身は……開拓者の装備でぎっしりだった。 持ち出す者がいたので後をつけさせた。 どうやら遺品を転売している。 考えてみれば…… 開拓者の装備は、民間人の年収分に匹敵する品物も多い。 奴らは我々を飽食で倒して、身ぐるみを剥ごうというのだろうか? これは驚いた。 埋伏りを駆使して脱出すべきかな』 『○月×日。記録者:ジャリード。 毎朝、仲間が根こそぎ、書置きを残して消えている。 この環境をどう認識すればいいのだろうか? とはいえ。 私も、ルゥルゥに誘惑の唇を使わせて食事を運んでくる人を魅了状態にして「持ってこなくてもいいです」と思わせる生活も、いい加減苦しくなってきた。 胃が、吐き気が、うぅ…… そして外がなにやら騒がしい? …………たった今、大江さんが村を去った。 声をかけようとしたが「まだ見ぬお酒があたしを呼んでるのよ。じゃあねー!」と言われた。 どうみても夜逃げだ。 豚鬼は倒した、もてなしも充分受けた、頃合だ、そうだ、もういいはずだ! 私も逃げるべきだ! 延々食い続けるルゥルゥのペースに合わせていては、私が死んでしまう。 すまない黎乃さん……』 『○月×日。記録者:黎乃壬弥。 静かだ。 曜日の感覚が曖昧になってるな。 この極楽生活も十日たったが…… 最近、娘と同年代の女に寝込みを襲われる、想定外の事態が当たり前になってきた。 既成事実作って俺を婿にって。 どーいう教育してんのかね、この村は。 流石にこれ以上は養えないから、うまいこと言って逃げ回ってきたが…… ここらが年貢の納め時だな…… 俺は娘のもとに帰る! そうさ。 父の愛を思い出すまでに十日かかったなんて幻覚だ。今回の仕事は、仕方なく残ったんだ。 豚鬼の軍勢に、俺はひとりで必死に抵抗した。 そういうことにしておこう。 ……おしろいの匂いとか残ってないよな? 帰りに温泉にでもいって、汗臭くなって帰ろう。うむ』 後日、これを読んだ後任者が叫んだ。 「解決してないじゃないですか!」 「アヤカシは倒してるです。食事は人でなしになって拒否るです。それで正気のうちに逃走するです。そうすると、かろうじて生き残れるです!! 進歩してますー」 「進歩って」 とりあえず帰ってくるようになったから、いいらしい。 亡き英雄たちの装備品を金に変え、謎の価値観で歓待する村。 その村は今も、次の救世主を探しているという。 |